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2代目タイガース非公式サイトです
みなさんこんにちは 今日は試合がないので「猛虎異人伝」を掲載しますね
75人目の助っ人マイク・キンケード選手 「キンちゃん走り」とかで話題になったこともある選手だよね
キンケード選手についてはもう2年以上前になるかな 2024年6月17日の「 背番号史22-6」で掲載してるんだけど ほぼ先代が残した文章でした
あまりにもでデッドボールが多いのが不思議で そのあと2代目はちょっと調べてみたのよ そしたら・・・もう大嫌いな選手になりましたよ! だから「背番号史」とは全面的に書き換えました その理由は本文で見てね

列伝75 マイク・キンケード
Michael Arthur Kinkade ( 2004 )
生年月日:1973年5月6日
身長体重: 185 cm 、95 kg
背番号:22 右投右打 投手以外全ポジション
出身地: アメリカ合衆国ミシガン州 ワシントン州立大学
所属球団:阪神(20 04 )
阪神在籍1年: 26 試合 86 打数 20 安打 7 打点 3 本塁打 19 三振 16 四死球 1 盗塁 打率 .233
(1)シドニー五輪金メダルもメジャーでの成績は乏しい
マイク・キンケードは、1995(平成7)年にブルワース入団、メッツに移った1998(平成10)年に初めてメジャー昇格を果たした。
メッツ時代のキンケード
その後、2000(平成12)年にオリオールズに移籍、2002(平成14)年からはドジャースでプレーしている。
LA ドジャースのころ
メジャーは通算6シーズン経験しているが、通算記録は222試合429打数110安打48打点13本塁打と平凡だ。最多出場は阪神へ入団する直前の2003年だが88試合でわずか162打数35安打14打点でホームランは5本、打率は2割1分6厘と平凡以下の選手にしか見えない。
オリンピック代表メンバーカード
2000年のシドニー五輪にはアメリカ代表チームの一員として出場し、金メダル獲得にも貢献した。阪神とは2003(平成15)年12月11日に正式契約、推定年俸は80万ドル(当時のレートで約8800万円)だった。
背番号は阪神では重要な番号とされる「22」に決まる。(ちなみにキンケード退団後に「22」を引き継ぐのは藤川球児。)
(2)グラブ8種類持参で報道陣の度肝を抜いたキンケード
2004(平成16)年1月30日、キンケードは、来日の記者会見で「グラブは8種類持ってきた。どこでも守る準備をしている」と豪語したが、首脳陣はすでに外野でスタートさせる方針を固めていたようである。本当かどうかはわからないが、最初のプロフィールでも紹介したように投手以外のポジションはどこでもこなすという。(確かにウィキペディアにもそういう記載がある。)
キャンプに入ると、フリー打撃で連日のようにさく越えを連発。2月12日の広島との練習試合では、初回にいきなりバックスクリーン横に特大の3ラン、第2打席もタイムリーで計4打点を記録する。
2月14日の日本ハムとの練習試合でも右中間へソロ、翌15日も前日と同じところに2ランを放り込んで3試合連発。期待以上の長打力に阪神首脳陣は目を細め、逆に他球団のスコアラーは警戒感を強めた。
(3)岡田監督は冷静な目線で「ボックスでの立ち位置に危機感」
しかし、岡田監督はさすがによく見ていた。最初から気になっていたのは打席での立ち位置だった。
キンケードはバッターボックスの内側のラインぎりぎりに立っている。オープン戦のホームランを見た他球団の投手はいずれインコースを厳しく攻めてくるだろう。そうなると死球が怖い。助っ人に怪我をされては元も子もない。
前年のドジャース時代、191打席で16個の死球を受けている「負の実績」も気になるため、2月17日の練習の際に、「もっとベースから離れろ」と、初めてアドバイスしている。
監督の心配はともかく、オープン戦の初戦となった2月28日のオリックス戦でも、キンケードは第2打席でバックスクリーン左へ第1号、3月6日のオリックス戦で2号を放っている。
キャンプからエンジン全開で来た疲れからか、3月中旬に一時調子を落としたが、最終的に20打数8安打、打率4割ジャストにまとめた
オープン戦の後に行われたメジャーとの親善試合でも、28日のデビルレイズ戦で2安打、29日のヤンキース戦でも1安打して、開幕に向けて準備は上々だった。
(4)開幕第1戦で退場処分!開幕から6試合で5死球!
4月2日、開幕初日の巨人1回戦でキンケードはいきなり事件を起こす。7回表、カウント2-2から見送った球を「ストライク」と判定されて激高、主審に暴言を吐き、退場処分を受けてしまった。この行為に対し、翌日、セリーグから制裁金5万円の処分を言い渡されている。
開幕戦でケチがついたキンケードだったが、4日の巨人3回戦の4回表、木佐貫から第1号2ランを放つ。これが来日初安打・初打点で、球団史上初の巨人戦開幕3連戦3連勝に貢献し、周囲を安堵させた。
しかし、この3連戦で岡田監督が心配していたことが現実のものになっていた。4日の第3戦の初回、キンケードは木佐貫から死球を受けているが、実はすでに3試合連続の3個目なのである。
首脳陣は、移動日となった5日、初めて左ひじにプロテクターを付けて練習させ、翌日の横浜戦から万全の装備で臨むことになった。
4月6日の横浜1回戦では、初回に吉見から4試合連続となる死球を左ひじに受けた。幸いプロテクターがあって大事には至らなかったが不安は消えない。バッティングも低調になり、8日の横浜3回戦では3番から5番に打順を変えてみたが効果は出ず、9回には5個目の死球を食らっている。
(5)監督の不安が的中 6個目の死球が頭部直撃しファーム調整へ
6試合で5個! 安打より死球の方が多いとは、もはや尋常ではない。いくら身体が頑丈と言っても生身の人間である。もらう個所によっては命にもかかわるからだ。しかし4月9日の中日1回戦で監督が一番恐れていたことが本当に起こってしまう。

問題の場面は4回裏の第2打席。キンケードは中日の先発のバルガスの投球を左側頭部に受けて転倒する。

13日から練習を再開すると、「意地でも立ち位置を変えるつもりはない」と宣言し、右方向に左足が突っ込むクセの矯正にのみ専念した。しかし、調整のために出場した17日のウエスタン・ダイエー戦でも、投手のすっぽ抜けとはいえ、また死球を食らっている。
(6)一軍復帰も死球をもらい続けるキンケード
4月20日に一軍に復帰し、中日4回戦でリベンジを・・・と意気込んだ。ところが、4回表ドミンゴから7個目、9回にも岡本から8個目の死球を受ける。こうした中でも、6回にはチャンスを広げるヒットを打っているのは、キンケードのアグレッシブなところである。しかし、一方で「いつか何かがあるのでは?」という首脳陣の不安の要因にもなっているのが問題だった。
続く4月21日の中日5回戦で、また死球をめぐるトラブルが発生する。主役はもちろんキンケード。
4回表の第2打席、山本昌の投じた内角低めの球が、踏み出したキンケードの左ひざに当った。キンケードは一塁に向かおうとしたが、主審が「故意に当りに行った」と見て、単なる「ボール」とジャッジしたため、またまた激高する。

岡田監督やコーチ陣もベンチから出てきて主審に詰め寄って猛抗議し、一時試合が中断する騒ぎになった。しかし、判定は覆らず、結局この打席は三振に倒れている。試合も0-5で山本に完封を許した。
ここで余談というか暴露を
どうしても言っておきたいことがあります
実はある人のブログの中に上の写真とともに 次の様な比較写真が掲載されてる
写真の右上の矢印はバットを指してるんだけど
上が山本昌さんがリリースした瞬間で キンケード選手の右ひざに当った下の写真と比べてもバットの位置はほぼ微動だにしてないのよ つまり振りにいってるわけじゃない
ではすぐ下の写真の右ひざに注目してね
下の写真の右ひざを見ると「くの字」になって わざと前に出して当たりに行ってるのがわかるよね 上の写真のまま立ってて見逃がせば単なるインコースのホール球!
こういうずるいことやってたのよ そうじゃなきゃ制球の好い日本のピッチャーたちが特定の選手にこんなにたくさんぶつけるわけが無いわ・・・では本文に戻るね
翌22日の中日6回戦、阪神は6回表に1-1の同点に追いつき、さらに一死三塁で打席に立ったキンケードは三遊間を破るタイムリー放ってチームを勝利に導き、ようやく中日との因縁に一つの決着をつけた。
(7)監督の直接指導も無視した挙句 死球による骨折で戦線離脱
しかし、4月23日からの巨人3連戦でも「死球王」は健在。24日、25日と連日で死球を受け、驚異的なペースで二けたの10個に到達している。まだ通算8安打で打率は1割8分6厘、相変わらず死球の数がヒット数を上回っていた。監督が直せと言ってもまったく耳を貸さないのだから始末に負えない。
ひやひやしながら見守ってきた岡田監督の我慢にもさすがに限界がきた。27日にキンケードと話し合い、ベースから30センチ離れ、ややオープンスタンスで打席に立たせ、そこからスクエアに踏み込むフォームを直接指導している。
28日の横浜4回戦では新フォームで1安打を記録したが、「俺は20年間このフォームでやってきた」という自負心は動かない・・・と言うより『ベースから離れたらわざとあたりに行く技が使えない』」ということだろう。翌29日には勝手に元のフォームに戻してしまう。しかも、かすっただけとはいえ11個目の死球を受けた。
30日のヤクルト4回戦から打順を7番に下げられ、守備もサードからライトに変わった。これで気分がリフレッシュしたのか、この日に1安打し、翌5月1日には決勝点となる久々の第2号ソロが出る。
5月4日の広島3回戦の9回には第3号ソロを放ち、7日の中日7回戦で来日初の3安打猛打賞。この数試合は死球もなく、打撃上昇の兆しが見えはじめた。
ところが、首脳陣が安堵したのもつかの間で、11日の巨人7回戦の8回表、キンケードはシーズン12個目の死球を受け、翌日の検査で 「左第四指中手骨骨折」が判明、出場選手登録を抹消されてしまう。しかも、症状は深刻で、戦線離脱は長期に及ぶ見通しとなった。
(8)8月の長期ロード中に復帰するも 今度は膝を壊す
約3カ月後の8月9日に一軍登録されたキンケードは、10日の横浜16回戦の9回、代打で現場復帰し、門倉の初球をセンター前に運んで復帰戦を飾った。
しかし、スタメン復帰を果たした横浜17回戦の3回表、セカンドゴロで一塁に全力疾走した時に足を痛めてしまう。その裏の守備でゴロを処理したところで痛みがこらえきれなくなり途中退場。病院で MRI検査を受けた結果「右腓腹(ひざ裏)筋挫傷」の診断で、8月12日に登録を抹消され、残留か否かの判断が下されるシーズン終盤に、実戦でアピールできない状況に追い込まれた。
9月20日には解雇が決定的となり、22日、キンケードは「来季は1年を通じて結果を出したい」と残留を希望して帰国したが、10月18日に解雇を通告された。
マイク・キンケード[完]
キンケードの年度別打撃成績

キンケードさんは 好い意味では戦闘心あふれる選手だったとは言えそうね これだけデッドボール受けても まったく怖がる様子もなく懲りずにまたもらう 悪い意味では「バカじゃないの?」とも言いたくなっちゃうよ
でもね 本文にも余談として書いたけど次の写真見てみてよ これも明らかに右ひざを前に出して当たりに行ってるよね たまたま かすりもしなかったようだけど キャッチャーやアンパイアには見え見えだったんじゃない? こんな「逆一本足打法」なんてあり得ないからね メジャー時代もやってたのかな? とにかくこんなあざといことする選手は1年でクビだよ
キンケードさんのズルについては次のURLで確認してみてよね
sorepena.sakura.ne.jp/_001/backnumber/s2004/game/game_08.html
最後に先代の証言
「よく見つけたなあ。この写真は自分が調べてた当時は見つからなかったぞ。これはひどいな。達川(光男)でもこんなことまではしなかった。もっとも達川の場合は痛い思いまでするのは嫌だったんだろうな・・・。 その点キンケードはモロにあたったりしてるから極端すぎるわな。当たっても逃げてないといってデッドボール認めなかった審判もいたから。怪我と隣り合わせのズルだから岡田も困ったやろ」
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