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傾聴に関してもう少し書きますと、私はかねがね、親や教師や上司などは人の“魂や心の声”を聴く配慮が欲しいと主張しています。人間は「何らかの理由」によって、ゆがめられた構えを心に作ります。そうしてその構えから脱却できずに、非社会的(神経症的行動)や反社会的(非行行動など)には知る場合が多いと思われます。その構えが自分にとって不都合であることは、百も承知している場合も少なく有りません。魂や心の声を聞く私たちの配慮が、その「何らかの理由」に働きかけてくれます。その「何らかの理由」の重要な事柄に、お互いの心が「通じない関係」にあり、多分その部分にカウンセリングは働きかけてくれるのでしょう。-河野浩著「実践」と「体験」の心理学よりー
2007.09.10
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なぜ私たちは、そう言う具合に心が働いてしまうのでしょうか。私たちは、小さい時から(幼児の時分から)たいがいの人は親や学校の先生、友達、その他の人から、本当の自分の気持ちが分かって貰えず、簡単に評価された経験が有ると思います。表面的、言語的(言葉だけ)の世界の中で、評価や批判でがんじがらめになって、過ごしてきた人が多いと思います。(特に神経症と言われる人々は、その最大の被害者です)だのに、人はそれを反省するどころか、自分の経験がそうあった如く、他人に対しそう振舞う人になっているのです。傾聴は、此処のところを教えてくれます。人の話の心を聞く、表面的なものではなく、もっともっと言葉の奥を聞く、すなわち気持ちや心を聴く(聞くのでなく、これを聴くと申します)すぐどうのこうのと言わず(評価せず)聴く、これが傾聴なのです。-河野浩著「実践」と「体験」の心理学よりー
2007.09.07
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=言葉を聞いてすぐ反応しない=我々が傾聴できない理由はまだまだ有ります。あなたが生活の中で、次のような事を感じたことが有りませんか。人は自分の気持ちを現すのに、言語と言う一つの表現方法を借りますが、言語という表現は、自分の気持ちの何十分の一、または何百分の一しか表現できません。言語表現(言葉)の奥にはそれによって表現できない何十倍、何百倍のかくされたもの(気持ち、心)が有ります。そうであるのに、我々は言葉を聞いてすぐ簡単に反応し、ああだこうだと評価します。それは本当に困った事です。-河野浩著「実践」と「体験」の心理学よりー
2007.09.06
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暫く休んでいましたが再開します「心の声を聞く」=大変難しい・・自分の気持ちを聞いてしまう=「カウンセリングは傾聴する事なり」と言う。傾聴はカウンセリングの一つの大きな要素で、常識のようになっています。しかし、この傾聴が簡単なようで難しい。傾聴は相手の気持ち(心)を聴くことですが、我々は知らず知らずの内に、自分の(カウンセラーの)枠(気持ちの方)から相手を評価して(事柄の表面)を聞きます。疲面接者(クライアント)と面接者(カウンセラー)が対面していますと、1.この人はまだこんな事を考えているのか2.考え方が幼稚だな~3.馬鹿な事を考えているな~4.子供から大人になっていないな~物の考え方が甘い人だ5.どこか一本抜けている話だ等、常識が無い、幼稚だ、馬鹿な事を、一本抜けている、大人になっていない、物の考えが甘い、と口ずさんでいます。それは傾聴では有りません。自分の気持ち(心)を聞いているから、すぐに評価してしまう事になるのでしょう。-河野浩著「実践」と「体験」の心理学よりー
2007.09.05
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