相川彰一の Keep Walking ~歩き続けよう~

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カテゴリ: 小説
 おはようございます。 毎週土曜日の朝に連載している小説ですが、明日の朝はブログができないので、今日します。

===
 「小石さん、オレ、担任としての自信が日に日になくなっていくんだ」
 「どうしたの、前田さんらしくない。また、学校で何かあったの?」
 「これといったことはないんだけど、どうも生徒の気持ちがつかめないんです。やってることが空回りというか・・・」
 「そんなこと、学校の先生をしてたら誰だってあることよ。主人なんかいつも前田さんと同じような愚痴をこぼしてたわ」
 ボクは一呼吸おいて話題を変えた。
 「ところでやっぱり、理論を勉強すべきなんですかね?」
 「それって、昔から言ってた大学院に行くって意味?」

 「ええ、学級経営以外にも企業経営にも興味があるし、そういったことを専門に勉強するのもいいなと思って」
 本心だった。教師になる前、ボクは大学院に進むか教師の道を進むか、ずっと迷っていた。最終的には教師の道を選んだが、大学院への心残りはあった。
 突然、小石さんの口調がそれまでのものとは違う怒った口調になった。
 「前田さん、よく聞いてね。はっきり言うけど、今のあなたが大学院に行っても満足な研究なんかできないと思うわ。目の前の一人の生徒を大事にできない人が、なんで全体を大事にする学級経営の勉強ができるのよ!そんなことを考える暇があったら、その時間とエネルギーを目の前にいる本当に大事な生徒(ひと)達にぶつけるべきよ。そうしないと・・・生徒達がかわいそうよ」
 この言葉が、ボクを現場にとどまらせた。いま、こうして教師を続けているのも小石さんのおかげだった。
 「小石さん、ありがとう。こうやって真剣にボクを叱ってくれる人がいてくれて嬉しいです。オレ、現実から逃げずに頑張ってみます。ところで、小石さんの方は調子どうなんですか?困ってることはないんですか?」
 一瞬、小石さんの声が詰まったような気がした。が、小石さんはいつものような丁寧な物言いだった。
 「私の方は大丈夫よ。いろいろあるけどね・・・。前田さんのように元気をくれる人が身近にいるから私も頑張れるの。いい、前田さん。前田さんは自分のことを一生懸命すればいいの。辛いときはこう自分に言うの。『大丈夫、流れは変わる!』って。そうすれば、どんな辛いときにも光が見えてくるから」
 「『大丈夫、流れは変わる!』ですね。挫けそうになったときは、それを何度も口ずさみます」
 「そうよ、前田さん。あなたは苦しい人や困っている人達の流れをいい方向に変えることができる力を持ってるの。逃げずに踏みとどまって頑張っていれば、流れはいい方向に変わってくるから」
 「大丈夫、流れは変わる!ですね」

 それがボクが聞いた小石さんの最後の言葉だった。まるで小石さんが耳元で言ってくれるような、そんな身近さを感じた。さよならと言ってお互い受話器を置いた。
 数日後、小石さんは自らの命を絶った。

 「押田さん、おっ・・・オレ、小石さんにもらってばかりで・・・なっ、何もしてあげることができなかった」懺悔をし、己の悔いを改めるような宣教師のような弱々しい声だった。「あっあの時、自分のことばかり言わずに、小石さんの苦しみを聞くだけの余裕があれば・・・」
 「前田君、それは言いこなしだ。彼女は自分の運命を自分で決めたんだ」

 ボクはこの時誓った。目の前で困っている人、哀しんでいる人がいたら、その人達の力になれる人間になろうと。何が具体的にできるかどうか分からないけど、その人達の言葉に耳を傾け、心に元気を取り戻す手助けできる人間を目指そうと。それが小石さんにできるボクの恩返しであり、大事な友達を失わない最善の策の方法だと思った。


◆ ◆ ◆ 
 小石さんの葬儀は、六月の下旬にひっそりと行われた。親しい親族だけを招いての密葬だったという。

 「ここだと思うねん」と木村が指をさす先に、大きなお寺があった。心なしか先行の微かな香りが漂ってきた。並んだ仏像。手を合わせて静かに祈りを捧げる人達。地価が高すぎる大都市では、このような形で祖先を奉るんだと木村から聞いた。本道の前には、列がずっとできていた。ボクと木村は、その最後尾に並んだ。二人とも、境内で売っていた線香を右手に持っていた。会話はなかった。ボクがそうであったように、きっと木村も記憶の中で小石さんと一緒に過ごした日を思い出しているに違いないと思った。
 「さよなら、小石さん。ありがとう」
 ボク達はじっと手を合わせ、この世界で再会できない小石さんに別れを告げた。

続く





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Last updated  2006年06月30日 07時13分04秒
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