相川彰一の Keep Walking ~歩き続けよう~

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カテゴリ: 小説
 ★毎週土曜日の朝に連載している小説の続きです。 いよいよ後編に入りました。

===
 “彼女”との待ち合わせまでには、一時間三十分ほどあった。待ち合わせの時間が午後十二時。待ち合わせの場所である紀伊国屋ビックマンには、環状線と地下鉄を使えば三十分ぐらいで到着できる。
 時間を潰すために、ボクらは近くの喫茶店に入った。それぞれの近況を話した。協力隊の失敗の後のオーストラリア旅行、そこで会った人たちと本の話、今追いかけてる夢の話。話題は尽きなかった。木村の方からは、翻訳学校の話から、新しく始めた赤十字のパンフレットの英訳のボランティア、最近見た映画の話、台湾旅行の話を聞いた。
 「ところで木村さん。今日、これから紹介する橋本さんのことなんだけど」
 ボクはかき混ぜていたコーヒースプーンをコップの横に置いた。
 「実は、“彼女”のこと好きなんだ」
 一瞬の沈黙、そして「へぇ~!」という驚嘆の返事。
 ボクは努めて冷静に言ったが、木村は好奇心がそのまま顔を覗かせたよう表情をした。

 「そりゃそうやけど。前田君は、恋愛する時間なんかないぐらい忙しいんやと思ってたから。どういうきっかけなの?」
 ボクはこれまでの経過を伝えた。結婚式での“彼女”との最初の出会い。協力隊の失敗でもらった言葉。本とCDのこと。恋人がいることが分かって初めて“彼女”を愛している自分に気付いたこと。これまでのことを時系列で並べながら、まるで歴史学者のように解説した。
 「で、私にその“彼女”との恋のキューピット役をしてほしいと」
 直球だった。
 「それもある」とボクは即答し、すかさず「でも、それ以上に大きな理由があるんだ」と付け加えた。ボクは真剣な眼差しで木村の目を見ながら言った。
 「木村さん、オレ、小石さんのようなかたちで大事な友人を二度と失いたくないんだ。小石さんを失ったあと、ボクは過ぎ去っていく時間の中で自分の心が何度も揺れるのを感じた。小石さんの話を聞いたあの日、部屋に一人でいて電気を消したとき、ボクはどうしようもない震え、揺れ、痛みに刺し貫かれたのを覚えている。それらに対して、ボクは無力だった。できたことは、歯を食いしばって通り過ぎるのを待つだけだった」
 今もそうなの?、と木村は訊いてきたので、ボクは、いや今はそんなことはない、と答えた。その後、沈黙が流れた。なんでそんな話をしたんだろう、とボクは後悔した。人の死、それも身近かで大切な人の死をいくら話しても何も解決しないことは分かっていた。ただ、どんな心理も哲学的な発見も、大切な人を失った哀しみを癒すには何の効果がないことだけは理解できるようになっていた。
 ガチャーンと、ボクの後でコップが割れる音が聞こえた。すいません、とウェイターの女性がこちらに向かって頭を下げていた。周囲の視線を感じたその店員は顔を真っ赤にしながら手際よく破片をかき集め、厨房に戻っていった、ボクは木村の方に向き直って、口を開いた。
 「木村さん、オレいろいろな女性(ひと)を好きになってきたけど、“彼女”ほどすてきな女性に巡り会えたことがないと思っているんだ。一方的な片思い。相手には恋人がいる。距離もあって、会いたいときに会えない。すごい悪条件だなんて言うことは、小学生でも分かると思う」
 「その難しそうな状況に挑むなんて、前田君らしいね」
 「でも、今までの恋愛と一つだけ大きな違いがあるんだ」

 ボクは冷めかかったコーヒーをほんの少し口をつけ、テーブルに置いた。
 「“彼女”には、誰よりも幸せになってほしいと願ってるんだ。もちろん、望みは“彼女”と一緒に幸せになること。もし、オレと“彼女”の関係が結果的にダメになっても、その話とは別に、“彼女”を応援し続けてほしい。これは、友達としてのお願いだ」
 木村は、軽く腕を組み、目を閉じた。店内のBGMが、ビートルズのレット・イット・ビーから、サイモン&ガールファンクルのサウンド・オブ・サイレンスに変わった。サウンド・オブ・サイレンスが二番に入りかけようとしたとき、木村は静かに閉じていたまぶたを開け、ボク目を見ながら力強く言った。
 「うん、分かった。約束するよ。応援するわ。前田君は“彼女”に対して純粋なんやね。でも、この貸しは大きいで」
 「ありがとう」

 「前田君にそこまで言わせる“彼女”ってどんな人なんやろ。会うのが楽しみになってきたわ」

続く





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Last updated  2006年07月08日 06時14分24秒
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