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2025年01月07日
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カテゴリ: 読んだ本



一つは鎌倉初期、二つは幕末、三つは終戦間もない時期だという。いずれも時代の変わり目ということは共通しているし、平安末期から鎌倉初期に生まれた仏教諸派もでてきた時には新宗教であった。
本書は浄土真宗の祖の親鸞を主人公にした歴史小説であるが、最後の方はいささか親鸞が神格化されすぎているし、また、親鸞没後の浄土真宗内部の争いも描かれていない。むしろ貴族の子として生まれた親鸞が源氏の武士の血をひくために幼くして仏門に入り、学識ある僧侶として将来を期待されながらも、恋に悩み、比叡山を離れて法然の弟子となるあたりが、最も面白い。親鸞は最初に妻帯した僧侶なのだが、妻を持ちたい…という人間の自然の欲求を認めたうえで、その弱い人間をまるごと救う他力の信仰を確立したというところが宗教家として画期的なところなのだろう。修行によって悟りを開くというおそらく本来の仏教とも異質であるし、貴族がお勤めとして読経をする平安仏教とも違う。ただ、凡夫もたった六文字の南無阿弥陀仏を唱えれば極楽往生できるという教えは非常に簡略であり、こうしたものだからこそ、広く民衆の間にも伝わっていったのだろう。今でも仏教の宗派別にみると浄土真宗系が最も多くなっている。
明治の初期には僧侶の肉食妻帯を認める太政官布告が出された。これによりすべての宗派で妻帯が普通になり、子供がお寺を継ぐということも普通になっている。いまでも多くのお寺が存続しているが、僧侶の妻帯がなければ後継者がなく消えたお寺もあったことだろう。ただ信者からみると、お坊さんもお寺に生まれただけの普通の人であり、肉食、妻帯も普通となると、いったい我々とどこが違うのとなる。
難しい教義も厳しい修行もいらない、僧侶も肉食妻帯自由…こうした本来の仏教とはあまり関係なさそうなものが日本で普及したのも不思議なのだが、しかし、もし、こうしたものがなかったら日本では仏教はとうにすたれていたのかもしれない。よいとか悪いとかではなく、日本人のぼやっとした宗教観の中に仏教もまた受容されていったということなのだろう。





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最終更新日  2025年01月07日 12時45分00秒
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Re:「親鸞」(吉川英治)を読んで(01/07)  
maki5417  さん
お坊さんもお寺に生まれただけの普通の人であり、肉食、妻帯も普通となると、いったい我々とどこが違うのとなる。



家内の実家は真言宗ですが、そこの坊主は僧侶になるために奈良の本山でかなり厳しい修行をしたと話していました。

当地では、毎年2度ほど寺びらきのイベントがあり、いろいろなお寺を見て回れます。
仏教と言っても色々ですね。 (2025年01月07日 17時38分19秒)

Re:「親鸞」(吉川英治)を読んで(01/07)  
・曙光 さん
>凡夫もたった六文字の南無阿弥陀仏を唱えれば極楽往生できるという教えは非常に簡略であり、こうしたものだからこそ、広く民衆の間にも伝わっていったのだろう。

極限に至れば、或いは究極的には人間の生き様は理屈ではない。
仏教の将又、他宗教においても、その目指すところは一つに帰すでしょう。
乃ち,一言で云えば「自己を放擲する。」です。

いつも自分が自分が、オレがオレが、全ての視点がオレ・ファーストが醜き人間そのものと言えるでしょう。世界で最も醜くその醜態を晒しているのが、恥そのものを表している「米国ファースト」と大声で喧伝したトランプであり、力により他国領土を奪う事こそが絶対的正義であり、神聖にして譲ってはならない国是であると愚かにも信じ切っているプーチン、習近平、金正恩でしょう。

自己を放擲し、我執から離れ、無になった時、人は救われます。
それこそが、現世においてもあの世においても極楽浄土の世界です

親鸞は「南無阿弥陀仏」の六文字を唱えていれば、自己を放擲し、我執無き無の世界、乃ち浄土へ行けると、実質的に説いたのでしょう。

究極の答えはいつもシンプルです。非常に簡明乃ちシンプルイズベストを親鸞は唱え体現したからこそ、親鸞の教え、乃ち浄土真宗は広く民衆の間にも伝わっていったと云えるでしょう。
(2025年01月07日 19時36分53秒)

Re[1]:「親鸞」(吉川英治)を読んで(01/07)  
七詩  さん
maki5417さんへ
田舎の祖母はよく「お寺さんの集まり」に行き、葬儀の時にはお坊さんは祖母の若い頃の話などもしてくれました。地域共同体があって、そこでお寺も一つの核になっていたようです。単なる葬式仏教ではありませんでした。
お寺もいろいろ僧侶もいろいろですね。あと、テレビでお坊さんの厳しい修行の実録を紹介したものを見ましたが、凄いといえば凄いのですが、あれとトライアスロンとどう違うのなんて思ってしまうのは不信心のせいでしょうか。
(2025年01月07日 20時31分32秒)

Re[1]:「親鸞」(吉川英治)を読んで(01/07)  
七詩  さん
・曙光さんへ
自分を凡夫と自覚して阿弥陀仏に帰依することで我執を離れるということでしょうか。鎌倉仏教の出現で仏教は初めて貴族だけのものから民衆のものになったように思います。

(2025年01月07日 20時41分16秒)

予定説と通ずるところがあるが  
鳩ポッポ9098 さん
>地域共同体があって、そこでお寺も一つの核になっていたようです。単なる葬式仏教ではありませんでした。

そりゃ檀家制度がありますからね、寺の権威の下に惣領の采配で各家が負担を配分するのが習わしなんだから、これに背いたら村八分の集団リンチですよ(笑)葬式の時だけネットでレンタル坊主出来る昨今は、隔世の感がありますね。

>お寺もいろいろ僧侶もいろいろですね。あと、テレビでお坊さんの厳しい修行の実録を紹介したものを見ましたが、凄いといえば凄いのですが、あれとトライアスロンとどう違うのなんて思ってしまうのは不信心のせいでしょうか。

まあ不信心のせいですね。一番の違いは、努力に対する結果を確認する事ができない、それを信じられない人にとっては、自己満足以外の何物でもない。

実は、欧州の予定説も真宗も、そういう人間の「無駄な努力」を諦観をもって見る心理がある、つまり、努力をネタに神や仏におべっか使って救済して貰おうとする魂胆が、果たして美しい物と言えるのかと、そういう疑問から発出しているわけです。神や仏はそんな人間の浅知恵などお見通しだ、ってのが彼等の結論ですね。

しかし、そういうユルい思想を信仰すると、人間は狂信的な力を発揮するのは、歴史の示すとおりです。どんな事をしても救いがあるのだと思えば、努力しなくなるのかと思いきや、逆なんだから人間の心理は面白いですね。 (2025年01月10日 14時34分57秒)

Re:予定説と通ずるところがあるが(01/07)  
七詩  さん
鳩ポッポ9098さんへ
予定説は教科書の知識だけですが親鸞と通じますね。
だいたい親鸞の思想は西欧とも通じるところがあって、出家とその弟子など思いっきり欧州の倫理観で書いてあったと記憶しています。
人間の考えることは東西を問わず似ているということなのかもしれません。 (2025年01月11日 07時42分30秒)

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