PR
Keyword Search
Calendar
Comments
Freepage List

【甲斐の転切支丹類族墓石】
多くの方々は、「甲斐の転切支丹類族墓石」というタイトルに驚かれているかもしれません。この「六地蔵」石仏は、そして、最近、ここでもご紹介したことがありました。六地蔵が彫られている石板に、6名分の戒名が彫られています。そして、上部中央に「卍」が彫られています。これは、先日も訪ねた甲斐のとある村の檀那寺の墓地にありました。
この一体にあるとある村には、こうした六地蔵がサイノカミ(どんど焼き)をする場所に残されていて、そこには「球形道祖神」も残されています。また、修験のものと思われる石塔も残っています。しかし、多くの方々はこうした石仏をご覧になれば、仏教のものであるとしかお考えになられないだろうと思います。しかし、墓石に「卍」が彫られているのをご覧になったことがおありでしょうか。そして、ここは間違いなく浄土宗のお寺です。地蔵菩薩像は似合いません。
先日、甲斐のとあるところでキリシタンに関するとある集まりがあったので、所長と出掛けてきましたが、集会の日にはこの一帯を歩き回ることは難しいだろうと思い、3月の末に一足先に出掛けて、この一帯にあるお寺を訪ねてきました。この写真はその時に撮った写真ですが、江戸時代初期に、大八事件に関わって謫居(たっきょ・流罪)させられた有馬晴信というキリシタン大名がいました。幕府の記録では、幕命によって切腹したとなっていますが、ローマ・カトリック教会では家臣に首を落とさせたとされています。有馬晴信が斬首されたのは慶長17年(1612)です。
そして、こうした「卍」が彫られている墓石は転切支丹類族の墓石であると、仏僧が執筆されたキリシタン研究書に載っています。こうした文献はなかなか手に入りにくいのですが、小生の手元にも何冊かあります。ある方からの依頼で、この一帯にある仏僧が転切支丹類族のモノとされている墓石などに関して、拙文を寄稿させて頂けることになりました。明日の夕方までには書き上げたいと思っています。