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先ほど、禁固十ヶ月の判決をだされた方へのお便りを投函しました。彼には裁判の時に傍聴したのと、それ以前にも拘置所で面会をした事もあり、また拘置所の中からのお手紙も頂いてますので、お便りも私の本心で書けたように思います。とは言っても、検閲は入るので、言葉は選ばなくてはなりません。会って話せば、とてもいい方ってのはわかるけれど、いろいろ聴いてみると、それなりに問題は抱えてるよねってこと。その問題に対するアプローチがないとか支援が無いから、彼は、問題を繰り返してしまっての逮捕、拘留でしょう。初犯なら実刑を食らう事なくて済んだろうし、初犯逮捕の段階で、支援に繋がれなかった事が残念ですねー。今回の判決で、実際には後半年ほどのお務めになりそうですが、その期間も含め、かなり長い期間の拘留となります。その時間を無駄にする事なく自己成長と学びの時間にしてほしいもの。単に模範囚になって仮釈放を取っても本人の価値観や行動様式が変わらなければまた再犯する可能性はあるし、さらに危険な犯罪者になりかねません。辛抱仮釈では済まないのに、実際の制度は模範囚になるかならないかだけを問う仕組みでしかないのかもしれません。これが「更正」を基本とする現行制度の限界です。ほんとの意味での問題解決は、本人が人生を変える事だけれど、本人が人生を変えようにも一旦逮捕拘留され前科がつけば何につけ、社会の偏見や差別などの抑圧を受けます。人生を変えるのはとても難しい・・・・一人では・・・。この事件、逮捕、服役、という体験すら世間に隠すべき恥ずべき体験とするのではなく、それを社会的な意味でも意味付け、自分の人生の貴重な一ページとして誰に対しても語れるような自己信頼を持ってほしいもの。そのためには、今は彼を受けとめ、ともに育ちあう仲間の存在は不可欠。お手紙は「孤立を怖れる必要はありませんし、ご自身のあるがままを受入れる仲間もいます。まだまだ寒い日々は続きますが、必ず春は訪れます、希望を持って、お過ごしくださいますように。」との言葉で締めくくらせて頂きました。で、これから、城陽で行われるミーティングに参加です。ダルクのスタッフの語りをメインにした集まりです。当事者の語りは面白いし学びや気づきを頂ける事を期待して・・・多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/31
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今日、宅配でジャパンマシニストの「おは」が届きました。これは少し前に私が原稿依頼されてたもの。当月号のテーマが「男親と男の子」です。父と息子の関係についていろんな立場の方が執筆しています。私は女、男に限らず、シングルペアレントの抱えやすい葛藤の原因を社会病理としてみる事で、問題解決につなげるような視点、で文章を書きました。悪者探しをしない、困難な状況と心理の弁別、多様な視点や多様な価値観の獲得、理解しあえる仲間との対話と分かち合い・・など私の援助実践を簡単な言葉で解説してみました。ほんの三ページ半というタイトなスペースだから、私の伝えたい事を如何にコンパクトに伝わりやすいものにするか・・・「ダメ親でも非常識でも、それが私と居直って。どうせ、わかってくれない世間は困った時には助けてもくれませんから。わかりあえる仲間はいい事も悪い事も分かち合えるから、いざと言う時には心強いもの。そんな人たちの中で親も子どももみんなが育ちあう。法律や制度、常識からは遠いけれど、それがほんとの家族かも・・・大丈夫一人じゃないから・・・」という文で締めくくらせて頂きました。宅配の後、お電話があって某行政関係から支援要請の問い合わせでした。聴いてみれば、以前例の冤罪セクハラ裁判以降、私から離れて行かれた方でした。当時離れて行かれたのはとても残念でしたが、離れる理由もそれなりに興味深いものがありますし、それなりに力もある方ですから、再び元気になられて、いいお仕事をしてほしいもの。その方の体験や事実についてその方自身が向き合い、惑わされたり巻き込まれたりもせず真実に従って自信を持って生きる力を獲得してほしいもの。そのお手伝いができれば、と支援要請について前向きにお返事させて頂きました。そう言えば、少し以前も、ずっと以前スタッフをされてた方が、当時の状況に関する書類がほしいとの事で久々に訪ねて来られました。その方のお話しするに、その方もあやうく巻き込まれそうだったけれど、問題を起こされた方の不適切な対応に疑問を感じたとの事で、巻き込まれる事はなかったと、語ってくださいました。対人援助を業務として行うとき、それがプロであれアマであれ、有償であれ無償であれ、社会的な責任が生じます。下手な感情論や正義感、同情や哀れみなどで、関わると、とたんに巻き込まれ、事態を悪化させ、多くの人を傷つけたり困らせたりする事になってしまいます。自分がどういう感情や考えに基づいて判断しているのか行動しているのか、常に自己洞察を怠らず、自身を客観視する力も不可欠ですし、疑問ができたら、仲間と語り合う検討会のような場も必要、時には第三者的な立場の専門家の助言を求める、なども必要です。こういう事が当時のスタッフ全員ができてたら、妄想に憤る必要もないだろうし、無益な提訴も不要、冤罪をねつ造する必要も無いし、多くの当事者が困るような状況にもせずに済んだものを・・と、スタッフの受け入れ・信頼構築に対する厳しさが不十分だった私に対して反省・・・です。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/30
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まあ、マスコミは大騒ぎ・・・確かにテロ組織のやり口はえぐいし、被害者の方や親族の方の思いを考えると胸痛むけれど・・・マスコミのはしゃぎようもひどいんちゃうって思う私。もっと冷静に報道してほしいものだけれどね日本人二人の命、と言っても彼らは自ら危険地域に入ってる訳だし、後藤さんは自分に責任があるって言ってるし、覚悟しての事でしょう。人の命について軽重は言えないけれど、テロリストに爆殺される多くの市民が当地にはたくさんいるし、自爆するテロリストもまた愛する人たちを空爆で殺された傷みを恨みに変えて自爆します。暴力と憎しみの連鎖は簡単に終わるはずはありません、心の傷みは何年経っても終わる事はありませんから。その連鎖の渦中にある欧米の歴史は巻き戻す事はできません。その連鎖におバカなあべちんは自ら巻き込まれようとしてる、ほんとバカっ。暴力を舐めてるよねえ、あべちん。アメリカはあれだけ巨大な軍事力を持ってしても、テロを根絶できなくて、いつ核爆弾がニューヨークやワシントンで炸裂するか恐怖に苛まれています。あべちんはその事についてオバマにちゃんと聴いてないんちゃうかな。ていうか、ワシントンの言うことには逆らえない傀儡自民党ですからねえ。日本がテロの対象にされた時のリスクについて、あべちんや財界の方々考えてんのかな?考えてないだろねー平和ボケしてるから。いつでも核汚染させてくださいと言わんばかりに無防備な原発を田舎にたくさん作ってます。テロリストが狙えばいつでも日本を核汚染させて壊滅させられるのにねえ。アルカイダにしてもイスラム国にしても、百年の歴史の上にあることであって、いきなり湧いて出たものではありません。その歴史には関わってないって言う日本のスタンスを投げ出したらあかんでしょ、ねぇあべちん。むしろ日本がそのフリーハンドをうまく使う事で、暴力の連鎖を終わらせる事に寄与する事すらできるって言うのに・・・ほんとこれに気づかないあべちんも、歴代保守政権も、その政権を支えてきた国民も・・・みんなバカなんかなあ。なんで、私がここまで言うかって言うと・・・暴力の連鎖はテロだけでなくて、身近な家族間においてもやはり同じような事が起こってるってことで私には、テロもDVも解決策は同じように思えるから・・・暴力を犯した者を正義に名をかりた暴力で制裁する、それで被害者の溜飲は下がるでしょうけれど、制裁に納得してなければ、反撃するのは当たり前、暴力に反撃する暴力、その際、怒りや憎しみは動悸としてはけっこうおおきいもの。暴力がなぜ起こったか、そのプロセスに思いを馳せ、傷付いた心の闇に光を当てなければ、暴力の連鎖は終わりません。テロ組織のテロを真に終わらせるのは簡単ではないけれど、貧困や差別、偏見がなくなり一人一人が尊重される社会がくればテロは終わるはず。少なくとも空爆で終わらせる事はできないでしょう、というのが私の考え。DVも同じ、厳罰化し、更正プログラムを強制した所で、所詮権力によるコントロールにしか過ぎません。女も男も、差別、抑圧が無くなり、一人一人がすべて大切に育てられる、そんな社会になれば、人が人を力で支配する必要は無くなるし、暴力もなくなるでしょう。でもねぇ、まだまだ、みなさん、パワーコントロールが大好きで、力が正義、みたいな所はあるからなあ、今の法律や制度では当分DVはなくならんでしょう。その間、離婚ビジネスで儲ける人が当事者の不幸をネタにカモルんだよねえ。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/29
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今日のワークでも語ったし、いつも私が語るのが、私の育った家庭での食卓のありようです。私が小学生の頃、家族は瀬戸内海のとある造船所の運営する社宅に住んでました。丁度高度成長にさしかかる頃で、夜になると社宅の窓には工場の溶接の光が明るく届いてました。工場では夜遅くまで皆さん仕事していました。けれど、我が家では父親が残業する事もなく、毎日定時間で帰宅し、夕方には家族で飯食ってました。おかげで、我が家はいつまで経っても冷蔵庫もテレビも入らない貧しい家庭でした。近所の子どもたちは当初テレビのある家庭に押し掛けてみんなで見てましたが、やがてどの家庭にもテレビが入り、他所の家庭に見に行く子どもはいなくなったけれど、私だけはいつまでも他所に見に行くしかありません。子供心にも、うちの貧しさを呪ってましたし、それもみんな父親が残業しないからだ、と内心父親をうらんでました。けれど、父親が毎日残業せずに定時で帰宅して家族と飯食ってた、その親父の思いが最近はよくわかるようになったし、そんな父親に感謝する私です。世間の当たり前よりも自分の大切なものを優先する、という価値観を貫いたのでしょう。ひょっとして、何も考えず、ただ仕事がいやで早く帰ったのかもしれません。けれど、それでも毎日家族と食卓を囲むと言う選択をしてたのは有り難いものです。その食卓でどんな会話がなされたか、今は私の記憶にありませんが、少なくとも監視やコントロールではなかったような気がします。実際、私がどんなに成績が悪くても、どんなに学校でセンセともめても、両親はそれを家庭で問題視する事は一切ありませんでした。ですから、私は自分に問題があるとは思わずに済んだようです。センセともめるのはセンセがバカだからだとマジで考えてた私です。安心して家族で食事する・・・この当たり前が私の人格形成に大きく作用したのは間違いないでしょう。世間と私の間でどんな問題が起こっても、それは世間が間違ってるからだ・・との思考回路は昔も今も同じようにあるけれど、原点は家族との食卓だったのかもしれません。それを思うと、今の子どもたちのなんと痛ましい事か。毎日家族と安心して食事することができる子どもはいるのだろうかと。塾やらお稽古で遅くまで家に帰れない、たまに家族といても、成績の事とか進学の事、友達付き合いとか遊び方の事とかいちいち親に小言やら忠告を受け、大丈夫なんて言ってもらえるこどもはほとんどいないのではないかと思います。ダメよーダメダメ・・・ばっかりでしょうから。多くの子どもたちが不安を抱えたまま、自信をなくし、対人関係で傷付き、自分を偽って生きるか、引きこもるか、生きる事すら放棄するか、そんな選択肢しか残されない事になりかねません。せめて、食事のときくらい、何も言わずにただみんなでおいしいねーって言いあえる、そんな食卓にしてほしいものです。いただきまーす、ある日のシェルター定食多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/28
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今日の女ワークは半年ぶりの参加の方もいて、とても楽しい雰囲気で始まりました。今日のお題は「みんなで物語り」でした。一人一行ほどの文章で架空の物語りを妄想して発表します。次の人はその物語りを繋いでまた一行を加えていきます。こうしてみんなで物語りを作っていきます。この作業で、自分の発想と人の発想とは随分違う事、自分の予期せぬ方向に物語りは展開するけれど、自分の発言が物語りに影響を与えている事、などなど、実は現実も同じように動いている事に気付きます。現実に対しては感情に囚われて、なかなか客観的にみることは難しいものですが、架空の物語りとして語り合うと、全体を俯瞰したり自身を客観視したりする事も容易くなります。このトレーニングを重ねると現実に対しても、臆する事なく、自分の物語りとして自分の人生を引き受けることもたやすくなるかもしれません。他人は自分の思い通りにはならないけれど、自分がポジティブなメッセージをだせば、他人もポジティブな反応を返してくる、その積み重ねが相互の関係とか、自己イメージを作り上げていく事になります。自分の願いや希望は決して無意味ではありません。今日のワークのおまけは先日のアップルパイ・・・ああおいし。ワークの後の後のランチもたっぷり楽しめたし、なにより延々と続くみんなのお喋りが一番のごちそう・・・そうそう、その物語のなかでしきりに語られたのが、みんなで食事したりみんなでお喋りしたりすること。食事を共にする事の意味についてみんなでシェアしてみると・・・それぞれの生育の家庭の食卓が微妙に影響していることもわかります。安心して家族と食卓を囲んだ人と、食卓が不安と緊張だった人と・・・いろいろあるけれど、物語りの中で、食事の楽しみを分かち合う事ができたら、現実の世界でも喜びを分かち合う事ができるようになるみたい。ワークの中でも家族モデルを得られるって事ですよねえ。妄想が世界を創る・・・多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/28
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今朝は歯の治療に行きました。ずっとそこのセンセに診てもらってますが、彼は口は悪くてけっこう強引に治療を進めますが、腕は確かで私も納得してます。今朝の治療は奥歯の歯根に空いた虫歯の穴を削って樹脂を詰めると言う作業です。前回にだいたい削ってるので今日は削るのもわずかで済みました。歯科治療に昔はアマルガム(水銀を含む合金)がふつーに使われてましたが、最近は樹脂が多く用いられています。今日使われた樹脂は紫外線硬化樹脂で、未硬化の樹脂を穴に詰め紫外線を照射して硬化させると言うもの。硬化後は殆ど透明から乳白色になるので見た目はほとんどそれとわかりません。便利になりました。治療後は歯医者から事務所に出勤。昼からは電話でのカウンセリングを一時間。DVとかアルコール依存とか、様々な要素が絡んだケースで、すでに法的な事案に発展してますが、法的対応だけではうまく行きそうにないとの判断で、本人が私につながって来られました。遠隔地だけれど、たまたま私の友人の知人で、友人に私のことを紹介してもらったとのこと。医療にしても司法にしても行政にしても修復的な支援はどこにもなくて、かなりの割合で離婚が家族の崩壊、人間関係の断絶を意味するから、離婚したくない当事者は抵抗もします。公正な審判や適切な支援があればまだしも、一旦DVや依存のラベルが貼られると当事者は、たちまち社会の暴力的な圧力に曝されます。そうなると、当事者によっては暴力的な反撃をするか、病理やさらなる依存に逃げ込むか、問題を拡大させかねません。一時間でお話を聴きつつも、修復的支援のあり方についてその概要を説明し、本人の選択肢を提示しました。離婚するもしないも修復的支援の範疇です。家族の崩壊を防ぎ、人間関係の再構築を目指すあれこれの方法について語り合いました。そんなカウンセリングの後はかなり時間があったので、ネットラジオを聴いてたら、なにやら体を動かしたくなって・・・やにわに室内ランニングをしてみました。一週12メートル六秒のコースを音楽聴きながらランニング・・・結果、80分およそ十キロのランニングができました。このところ随分ランニングもご無沙汰してたので、けっこうすっきり・・・やっぱし体は動かさないとね。筋肉が落ちるのもよくないし、循環機能や心肺機能が落ちるのも困ります。それにしても、音楽聴きながら体を動かすってのは、なかなかいいもんですね。野生の情動が活性化されるみたいでいい感じ。こうして今日は体のメンテナンスに精出した一日でした。夜は、ナイトシネマしよっかな。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/27
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昨夜は男の料理教室・・・宣伝もお知らせもしてなかったせいか、参加者はお一人でマンツーマンのレッスンとなりました。二人でやれば早くできるので、一時間で完成。あさりのピラフにんにくバター風味・・これもなかなかいけました。面倒な事は一切せずに材料を炊飯器に合わせてスイッチオンするだけ。失敗したのはポテトサラダのゆで卵・・古い卵と新しい卵と間違えて、剥けないゆで卵に・・しかも半熟になってて、最悪・・と言う訳で卵だけはやり直して・・と。あとはチキンカツ・・・揚げたてカラリのチキンカツのおいしい事・・・と白菜のクリーム煮とわらび餅と・・どれもうまーい。それに、なんと言ってもお喋りも楽しくて・・・暮らしの事、仕事の事、DVの事・・・etc・・・男が二人でおばちゃんトークなんてとてもいい感じ。こんな楽しみって多くの男は知らんのよねえ。料理を作って食べて喋って・・・こんな楽しみってほんと金はかかりません。金の力ではなく生活の力で人は豊かになれるんですよねえ。だから私は、この25年間まともに稼いで無いけれど、充分に幸せですからねえ。けれど、この生活力を多くの男たちは持ってないので、サービスやものを金で買うか、妻にやってもらうかしかありません。だから男に取って金は大切だし、稼いでる事に対する自負もあるでしょう。けれど、その男の価値観と女の価値観のズレに男は無自覚です。特に生活力もあり働く力もある女に取って、男の稼ぐ金はさほど価値あるものではありません。そんな女に取って大切なのは家族である事の楽しみや助け合える利便性、人としての充実感などなど・・・。要するに家庭と言う家族の入れ物ではなくて、家族の人間関係が家族の本質で大切、けれど男にとっては家族の入れ物である家庭とか家庭を成り立たせる金や世間体が重要と考えます。だから、離婚話になると別居でもいい離婚だけはしたくない、と疑問もなく語ります。その家庭を維持するために男は辛抱して忍耐して働いてる、と言うのも事実でしょう。家族のために忍耐して働いてるのだから、その分家族は自分のためにサービスして当たり前、との考えになっても当然です。このズレがコミュニケーションを阻害し、対立の源になってる訳ですが・・・。女からすれば、そんなにエラソにするほど稼いでる訳ちゃうでしょ、と言う所か。だったら、もっと家でも謙虚であってほしい心優しくあってほしいと思うのもまた当然の話し。このズレにお互いが気付かなければ、いつどの家庭でもDVが起こってもおかしくない、というのが私の判断です。で、幸い、私は子どもの頃から適応不全な人だったから、まともに稼ぐ事もできなくてパート主夫になったりした訳ですが・・・結果大正解。イヤな仕事はしなくて済むし、好きな料理はいくらでもできるし、自分らしい生き方家族のあり方を選択する事もできました。昨夜の彼もそんなこんなで一旦は夫婦関係を終わらせたけれど、その後彼自身が生活力や対人スキルを身につけたので、今はハッピーなシングルライフを送ってるらしい。とはいえ、片付けはどうも苦手ならしく・・・とんでもない家になってますって笑ってられました。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/26
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私の所に相談に来られる方で離婚がらみの方は少なくありません。DVとかモラハラとかが原因と言う事が多いのも事実で、今朝のワイドショーでも三船美佳と高橋ジョージの話題がテーマになってましたが、世間ではたいていどちらがいい悪いと言う話しになります。で、悪い方・・(たいてい、男が悪いことになってしまう)が慰謝料を払うと言う事でちゃんちゃんとなります。タレントの場合ワイドショーのネタになり弁護士のカモになり・・本質的な問題は何も変わらないままの幕引きとなります。モラハラとかDVとか、誰が決めるのかその定義はどうなのか証拠はあるのか、疑問符はいっぱいつくのですが、世間ではラベルを貼られた人が悪者になり反論すれば、反省しないひどい男のラベルが重ねられるだけ・・基本的に離婚調停・訴訟は民事であり刑事事件のような厳格な証拠に基づいて判断するというものではありません。本人の申告による立件ですから、ねつ造も簡単ですし、冤罪が容易に起きてしまいます。真実に基づかない司法判断は当事者の感情をより険悪なものにし相互不信を深めます。裁判所や弁護士はそれでよくても、当事者はその現実を一生背負わされる事になります。ですから、私はどちらが悪いかという判断はしませんし、離婚するべきか否かも重要視しません。それは司法の仕事。私は何が問題か、なぜ問題が起こったか、どうすれば、みんなが幸せになれるか、を一緒に考えていくためのお手伝いをするのが私の仕事。ここ数日ある夫婦の離婚問題に関わっていて、はじめに私が行ったのが、直接連絡しないでくれということ。次にそれぞれの考えを通訳をし(同じ日本語を使ってても文法や話法や語彙が違う)、それぞれに解説もしていきます。それぞれの価値観や行動様式は私にはよく分かる話で、私にはそれぞれ何の違和感も無いのですが、それが夫婦で随分と違うものだということそのズレがとても大きい事も私にはよくわかります。けれど当事者はそれぞれ、自分の価値基準でしか判断しませんから、相手を理解しえないし、対話も誤解と不信の原因にしかなりません。私が通訳しながら深まった誤解や不信を取り除きながら対話を進めていく事で、少しずつ誤解や不信が減じていきます。もともとは愛し合って一緒になった二人ですから相互理解がすすめば、相手が傷付くような事はしなくなるのも当然と言えば当然。無理や負担があった過去を終わらせ、もっと信頼やいたわりのある関係を再構築するには、どうすればいいのか、相互の最適な距離とか関係はどういうものか、本音で語り合いながら試行錯誤しつつ、そのベストを導いていくしかありません。それには長い時間がかかります。半年とか、長いと数年という時間が必要だけれど、その間、その作業にずっと見守りながら寄り添う支援も必要です。先述の夫婦も、なぜ離婚したいと思ったのか、なぜ離婚したくないと思うのか・・自分の心の奥底を理解し、言語化する事で、修復的な対話が可能になるかもしれません。理由を相手の問題として相手に転嫁していては相互理解はできず不信感が高まるだけ・・・。対話の結果、離婚になるのかならないのか、それはこれからずっと先の判断だし、対話の無い結論では問題が変遷するだけでだれも幸せになれません。しっかり対話し、納得できる結論になれば、離婚するしないに関わらず、いい家族として再構築できるはず。もちろん再構築のためには、それぞれの心に向き合うだけでなく抱えるさまざまな問題について、問題を終わらせると言う作業も不可欠。カウンセリングだったりグループワークだったり・・・・。あのご夫婦も・・きっと幸せになってくれるだろうな・・今日もそんな事をやりながらも、私は私の日常の楽しみは忘れず・・・アップルパイを焼きました。パイ作りの後はマーラーの五番を楽しみました。これから、夜の男の料理教室の準備です。お一人のキャンセルがはいったので、お客さんいるのかなぁ。誰もいなかったらどうしよー(笑)今夜お暇な方、ぜひいらしてくださいね。女性は見るだけ食べるだけの参加も可能です。参加費、男性千五百円、女性千円です。五時くらいからですー。何時にきてもOKだしー(笑)ちなみに今夜のメニューはあさりのピラフ、白菜のクリーム煮、チキンカツ、ポテトサラダ、わらび餅ですぅ。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/25
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昨夜は女と男のワークでしたが、女性の参加はなくて、男だけのこじんまりとした集まりとなりました。話すうちに進んだテーマは「変態」です。人の生き方に、正しい間違いというのはあるのだろうか、ということと似ていますが、性のありように正しいも間違いも無いだろう、あるとすれば、人に喜ばれるか迷惑がられるか、くらいのもの。それも個々の関係によるものだし・・・で、多くの人は自分の性のありようについて、けっこう自分で縛りをかけていて、なかなか、その縛りを解く事もできないし、自分のあるがままも受入れられないのではないか、と私は持論を語ってみました。ある参加者は、自分の頭の中の妄想の事を語ってくださいました。ある参加者は変態の自分をなかなかカムアウトできないと語ってくださいました。私も過去の変態?体験を話しました。結果・・・なーんだみんな変態じゃないかー(笑)ふつーみたいな顔してぇー・・・多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/24
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今夜は男のワークでした。遠くから初参加の方もいらして賑やかな集まりになりました。女性二名の参加もあって、とてもいい雰囲気です。その女性のおっしゃるに、はじめは加害男性と言うだけで、怒りやら嫌悪感が湧いてきてたけれど、何年か私の所に関わるうちいろんな加害男性と対話するようになり、今では、当初のネガティブな気持ちはなくなり、好奇心やら親しみやらも感じられるようになったとの事。要は加害男性が恐いのではなくて、加害男性が恐いと思い込んでた、自分の問題だとの気づきが得られたとの事でした。その女性は子どもに対して怒りの感情は出てくるけれど、コントロールはしない、できないとのこと。要は子どもとの対等な関係の中での怒りの表現はありだと思うとの事。対等なので子どもが親に怒りをぶつける事もあるし、親の反撃もある・・多少は暴力的な言動はしてるけれど、コントロールも無いし、傷つける意志もないので、怒った後はお互いすっきり爽やかになってるってことでした。暴力はいけないと言う事を狭義に解釈すると、暴力でなければいいと判断されがちで、これは少々危険です。本質はパワーコントロールや優しいコントロール等、暴力の有無ではなく、コントロールの有無が問題の本質です。相手の意思を無視して支配することは人間関係を豊かにすることではありません。相互の信頼やら対等な関係があれば一見暴力的な言動があっても人間関係としては破綻もしないし、問題も起こらないでしょう。このあたりとても難しい議論になるけれど、DV男は危険、何するかわからない、だから早く逃げて早く離婚すべき、というのは乱暴だし、本人の幸せを考えて言ってるとは思えません。DVやモラハラ等いろいろあるけれど、加害男性だけの問題ではないし、男性だけが加害者になる訳でもありません。このあたり日本の援助形態がとても大きな問題を抱えてると言わざるをえないし、はやく法律やら制度やらを変えたいけれど・・・どうなる事やら・・・。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/22
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今日は十数年関わってくださってる方のお話を聴かせていただきました。小学生だった子どもさんが成人になるほどの時間をともに紡いできたように思います。その方の家族みんながそれぞれ頑張って今日まできたけれど、その道のりは決して平坦ではなくて、むしろそれぞれ抱える困難があって、否応無く自分と向き合ってこられました。世間の基準からみれば、ダメな事が次々起こりましたが、私は世間の基準で計る事もしないしジャッジする事も無いし、ただ、それぞれの気持ちに寄り添い、大丈夫、と言い続けてきました。それぞれに自分と向き合い、自分を育てていく力があることはよくわかってましたから。そして今、お互い人生の午後に至って、これから、家族のありようも、自身の世の中との関わりもこれまでとは少しずつ変わっていくのは当然で、人生の意味について、納得のできる自分なりの答えを探さなくてはならないね、と語り合いました。幸い私は世間に不適応な自分を抱えてたばかりに、いろいろ回り道をしたように見えるかもしれないけれど、ふつーの人は体験しないいろんな体験を重ねる事ができて、ほんと人生の味わいは誰よりも楽しめてるような気がします。辛さや苦さもいろいろ知ってるから、ほんとの甘さも堪能できてるし。そして、最後は、納得して感謝に満たされて、来世に向かって旅立つ事もできそう。それが明日か数十年先か、それはわからないけれど、今を納得して、自己一致し、満たされてるからこそ、そのように思えるんだろうとも思います。私がこんなに思えるのも、今日お話を聴かせてくださった方だけではなく、多くの当事者の方の体験や思いに寄り添わせて頂いて、多くの物語りをともに紡ぐ事ができたからと考えています。ほんと有り難い事です。今日は、あれこれ甘いもの、おいしいものに恵まれた一日・・・見切り品コーナーで見つけたりんご・・さっそくアップルパイ用にコンポートにしましたお土産に頂いたチョコ・・二粒とひとかけが今日のランチになりました。発作的に作った、バナナ炊飯ケーキやはり発作的に作った、インスタントキムチ風ああっほんと、人生っておいしい・・世の中、舐めたら甘いしー 多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/22
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先月の電気料金の請求書をみて、びっくら・・なんと二万円をこえてましたー、どっひゃー。確かにシェルターに半月ほど利用者はいたし、なんやかや、エアコンを回してたのでエアコンの暖房費なんだろうと思うけれど・・それにしても二万は痛いよねえ。先月はスピーカーユニットの交換、アンプの入れ替えなどで三万ほど出費があったし、先々月はバイクで十万ほど要ったし。バイクもアンプも一時的な出費で、それなりに利便とか快適さを得てるから、納得はしてるけれど・・・電気料金が二万は痛かったなあ。と言う訳で、お客さんもいないしスタッフもいないので、今日はエアコンを使わず、もちろん他の暖房も一切使わず、エコライフに挑戦してみました。昼頃の室温は七度くらいです。今も九度ほど。寒いっちゃ寒いけれど・・私には耐えられないほどでもありません。寒いっていえば、昔私が学生してた頃、雪のしんしん降り積もる夜に窓を開けて雪見酒してたのを思い出しました。そのときは寒さに耐えるのに布団をかぶってました。アルコールとともに雪の夜の寒さはむしろ心の寒さを忘れさせてくれる心地よい刺激だったのかもしれません。今は、心の寒さを感じる事もなくアルコールに逃避する必要も無いけれど、あえて寒さを感じてみると、それはそれで面白い。こんな寒さもとくに暖房もなく耐えてた昔の人に思いを馳せたり・・・・ほんとは体動かす仕事があればいいんだろうけれど、今日はデスクワークしかなくて、じっとしてたら、けっこう冷えてきます。ときどき体を動かしてあっためつつ・・・流しっぱなしのネットラジオをとめて、昔のレコードを引っ張りだして鳴らしてみたり・・・あたたかいミルクティーを楽しんでみたり・・それぞれの心地よさが身にしみます。ああっやっぱし、私はMなんだわー(笑)40年前のレコード・・ショルティー指揮シカゴ交響楽団のマーラー 八番 千人の交響曲 ホールを揺るがすような重厚な音も再現できます。なつかしー多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/21
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半年以上前、断食からスタートしたダイエットだけれど、途中ビタミン不足の症状がでたのでダイエットをゆるめて、澱粉ダイエットを続けてますが、六キロあたりから、減量が進まなくなり、澱粉制限してても六キロあたりを行ったり来たりしています。生理的にはベストの状態だとは思うのですが、美的にはまだまだベストではありません。もっと脂肪を落として、ムキムキではなくて、細マッチョでもなくて、ふっくらぷりっとした程度に筋肉付けて・・今から二十年ほど昔この程度に近づけたいと思いつつ、還暦にはこの姿を再現してみせると豪語したものの、還暦になっても当時の体重にはなりません。はあー、約束を守れそうになくて・・ごめんなさいー。還暦+1 くらいの美ボディーヌードにできたらいいなと思っています。なんせ還暦もあと二ヶ月でおわりで、その間に脂肪を三キロほど落として筋肉付けるというのはどう見ても無理そうなのでー。で、今日はいつもながらにお昼はほとんど食べずに、手作りヨーグルトにマーマレードを添えてランチとしました。近代以降男は強さばかりを求められて、反対に女は美しさばかりを求められ、それぞれ人生の幅を狭められています。強くない男、美しくない女は半人前のような扱いをうけてしまいます。先日のカウンセリングでも、怒りを抑圧されて男らしくないまま育った方が、男らしくない自分として生きる事に辛さを抱えておられて、それを語ってくださいました。実は私も、三月生まれで体も小さく、何をやってもうまく行かず、勉強もスポーツもだめ、コンプレックスを抱えていました。ほんとっ可愛い55年前のぼくちゃん幸い、私は両親にほとんど抑圧を受ける事はなかったので、他者のコントロールを暴力的な怒りの表現で跳ね返す事ができました。けれど乱暴で危険な男という自分を抱える事になり、所詮暴力男は二流でしかなくて、自分らしく生きると言う事もできず、不安障害、アルコール依存というプロセスを踏む事になります。そいういう意味で、先日の彼とは男としてダメな自分をお互い抱えてたよねって、思いを分かち合う事ができました。で彼は私から怒りのエネルギーを私は彼から優しさの力を受け取る事ができたような気がします。そして今も昔も私は、抑圧された美しき男を自分のものとしたいと願っているのでしょう。男もいろんな生き方があっていいし、美しい男、優しい男、細やかな男、いろいろあっていいはず。優しさ細やかさ、感情の豊かさ、などなど多くを獲得できたと思ってる私です。そんな私、もう男とか女とか、どうでもいいって思えるようになっているけれど・・・性的には変えられない部分もあって、それはそれであるがままの私として、私を楽しみたいとも思います。そのあるがままの私の身体・・・これは男の要素を消す事はできないし消したくもないし、こんな私の身体を自分でも楽しみたいと思う私。そんな私は、身体的には女の存在に惹かれるけれど、ジェンダー領域では強い女に惹かれます。けれど、強い女・・・世間では嫌われるんですよねえ・・・だから女は弱いフリをしたり、弱さを武器にしたり・・このあたりDVの問題が絡んできますが、その話しはまた後日・・・強い女、美しい男が、メディアの世界だけでなくて、日常の世界でふつーに生きていけるにはあと何年かかるんでしょう・・嗚呼・・多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/20
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昨夜のバスではとなりの兄ちゃんのいびきがひどくて、眠れんかったー。はあー。ごおーがぁーというのではなくて、けろけろぱふーという軽い音のいびきだけれど、耳元でやられたらたまらんす。昨日朝一のミニゼミでは、こじんまりとスタートしたけれど、女ワークの時間になって、ぼちぼち参加者もこられたのでしばらくミニゼミを続けました。この中身は某大学の「ジェンダーと法」の夏期セミナーで講義したものの一部。殺人や、傷害、強・姦、虐待死、など警察のデータを検証しました。全般にこの十年で半分くらいに件数は減ってます。DVや虐待の件数は激増しています。この現象のカラクリとか、報道のありようとかについて理解し、犯罪についての真実はどう言う事なのかを学んでもらいました。加害・被害に関する世間のイメージや、人々の思い込みがいかにあやふやで根拠の無いものか、そしてそのあたりについて研究者がまともに研究してないかあるいは研究が世間に伝わってないか、アカデミズムの無能力を批判してみました。ミニゼミの後は女ワークでした。マイワールドなるワークで、それぞれの意識世界を俯瞰する作業をしてもらいました。自分の思考や感情を意識化することで、より冷静な判断が可能になりますし、自己洞察や自己信頼も深まります。お昼からの男ワークでは「もう許せないこんなヤツ」と言うワークで、怒りの本質やらその表現の仕方等について考察してもらいました。怒りの感じ方や表現の仕方など、性差や個人差があり、自身の加害や被害体験はどう言う事だったのか、自分の問題として考えて頂きました。男ワークに女が参加する事の意味がでてきます。加害被害を善悪で理解しようとしてるうちはその本質は理解できなくて、理解できない部分はすべて相手の悪意として認識してしまいやすい事・・・・そんなことも理解してほしいと言う私の思いでしたが・・・・きっとみなさん理解してくださったのではないかと思います。参加二回目の被害女性が、自身の被害体験について理解が進み、気持ちがらくになったと伝えてくださいました。ある男性は、参加女性の発言が妻のいつてた事と同じと、苦笑されていました。かように、自身の言動や感情に対する理解が進むと、相手の気持ちや行動に対する理解もすすみ、DVの構造に対する理解も深まります。訳のわからない不安や恐怖から解放される可能性が出てきます。DVはこういうものです、との、ステロタイプの説明では納得できるものではなく、不安も無くなることはないのではないかと私は考えます。ミニゼミでも語られた事だけれど、加害被害に関するステロタイプな価値観をファシリテーターが参加者に押し付けるような加害者プログラムでは、脱暴力も難しいし、被害者も癒されないまま不安の中援助者に依存してしまう危険性があるのではないかと、そんな話しも語られました。ワークの後は、夜バスに乗るまでびつしりとカウンセリングが詰まりました。お昼時間もカウンセリングしてて、この日は六件のカウンセリングとなりました。それにしてもみなさん語って頂く事で、ずいぶんお気持ちも和らいでこられねようで、私もどんどん元気を頂いたような気がして、ちっとも疲れは感じませんでした。とはいえ、バスで眠れなかったのは辛かった・・・(涙)
2015/01/19
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昨夜零時発の夜バスは無事東京に。実は前回の夜バスでは、途中で突然強烈な悪心に襲われて、苦しくて脂汗過呼吸に動悸の亢進と生きたここちもしなくて、それが10分ほど続いてまたっすっと元に戻りました。いつたいあれは何なんだ?乗り物酔いでもなく、食中毒でもなく、感染症でもなく・・・症状はどれも当てはまりません。結論・・・祟りだっ ・・というのは、前回が初めてではなくて、実はその数ヶ月前にもまったく同じ症状がありそれも同じく銀座に向かう夜バスの同じ時刻。死霊の祟りか生き霊の祟りか・・・祟られるような悪い事はしてないし、憎まれるスジはないんだけれど・・・・祟られるとしたら、私を潰そうとしたけれど、私が潰れるどころか多くの人の信頼やら愛情を得ている現実を突きつけられてしまってる人の、さらなる嫉妬が祟りになってるのかもー。ああっこわー言動がぶれる事なく、自己一致して、当事者と関わり続けている私の現実を受入れる事ができなくて、私を嫉妬し誹謗し排斥する人たちは今も少なくはなくて、とても残念な事だけれど、そんな方達に私が伝えたいのは、劣情を刺激された他人の噂話しやマスコミの情報ではなく、事実は私が一番知ってるし、私は何も隠す事はないので、とにかく私に確認してほしいと言う事。また私に今も関わる当事者・関係者に裏をとってほしいと言う事。世間の権力構造に依拠する人たちに取って、私の言動は目障りで不快なんだろうけれど、それは私の問題ではなくて、そんな人たち自身の自信の無さや差別意識や偏見という問題でしかありません。その人たち自身が自己成長を願うなら、真実に向き合う勇気を持ってほしいもの・・私を誹謗しようが排斥しようが祟ろうが、そんなことで私は潰れる事もないし壊れる事もありません。私はすべてを天に委ねていますから・・・さてさて、今日の銀座ではどんな出会いがあるのかな・・楽しみ楽しみ・・・そんなこんなで、銀座について今はMacで休憩中。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/18
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昨夜もグルメナイトは賑やかに・・・おじさんと子どもの面白い関係・・この少年の四人目のパパになれるでしょうか(笑)先日頂いた四キロの大根があれこれのメニューになりました。バカと思うくらいの品揃え・・・いつもながらにパッタイは人気メニューですぅー。昨夜は参加二回目と言う男性とベテラン女性たちのやり取りが面白くて・・。DV男性は暴力をやめた所で、パワーコントロールに依存しているという自己洞察にはなかなか至りません。世間では、パワーコントロールの関係は当たり前なので、その事には気付きにくいもの。またグループワークでは、パワーコントロールをしないというある意味枠の中の関係なので、その事に対する自己覚知にはやはり至りにくいのかもしれません。その点、グルメナイトでは私はファシリもしないし、枠も設けないから、お互い言いたい放題、ここでは、世間のような抑圧もなくみんなが自由に語れるから、女らしくする必要も無いし、男らしくする必要も無い・・。で、うっかりパワーコントロールを口走ると・・・世間と違っていきなり、びしばし反撃されたり・・女に反撃されるなんて体験を面白がれるDVおじさんには、とても心地よい場になるけれど、面白がれないおじさんにはけつこう厳しい修行の場になってしまうかも。いずれにしても、DVの本質であるパワーコントロール依存である自分の問題に気づき、パワーコントロールを自覚しながら個々の関係を作っていく、その実習の場になってるのかもしれません。グルメナイトで鍛えられたら・・DVおじさんたちはほんといい男になっていきます。もちろん、DV女もまたいい女になっていくし、いわゆる被害者も力ついて、コントロールを拒否する力もついてくるし・・・ビミョーな人間関係のありようについて学ぶってのは・・・ほんと面白い・・・そして、子どもたちもそんな大人たちに愛されて・・・逞しく育っていくんよねえ・・グルメナイトは、みんなが育ちあう場だと思うけれど、こんな家族のような人間関係のありようって・・今の近代家族の価値観ではどこにもないんよねぇ。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/17
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今夜はグルメナイト、月1の疑似家族ももう五年になりました。大人も子どもも、みなさん少しずつ成長してくれて・・なにやら頼もしい。いろんな話しで盛り上がるけれど、世間では話せないようなことも安心して話せるグルメナイト・・・。大人も子どもも、女も男も、みんなが学びあい、育ちあう・・そんな素敵な・・・少々喧噪な混沌な・・・不思議な空間・・みなさんも一度覗いてくださいね。とは言っても、先月も大人と子ども合わせて二十人以上になったので、ちょー満員御礼・・もう入れないかも・・すんませんー。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/16
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世の中には、相談電話というものがあって「悩んだり困ったりした時には一人で抱え込まずにいつでも電話してください」とテレビ等で報道されたり、行政の施設に利用案内が置かれていたりします。命の電話、消費者相談、女性相談、男性相談、子育て相談、などなど・・・けれど、各電話の主旨やら開設時間、回線数、ワーカー(電話の受け手)の能力、など様々な状況があります。チラシやパンフに書かれている情報もあれば、書かれてない情報もあります。それらの案内を見た多くの人は、ああ、行政も困った人のための支援を行ってるんだ、と納得するのかもしれません。けれど、ある日、当事者になって、開設時間を待って、やっとかけてみるけれど、何回コールしても、只今通話中、のメッセージが返って来て、結局開設時間を過ぎてかけたら「只今開設していません。開設は何曜の何時からです」。とアナウンスされて、イライラさせられるだけ、ということも少なからず起こっているでしょう。私が以前関わっていた男性相談の電話でも、回線は一本で、月三回×二時間という開設でした。今すぐ聴いてほしい教えてほしい、などの相談者に対しては対応できません。いつでもいいわ、とか、またでいいわ、繋がったら儲けもの、せいぜいお喋りしてマスタ・ベーションのネタにしよう、と言う方には充分役立つ電話です。そんな方は気持ちよくなるのが目的なので、一時間でも二時間でも話し続ける傾向があります。こういう方が電話を塞ぐと、ますます緊急性のある相談者の電話としては機能しなくなります。そこで、大きな組織であれば、回線の数も複数有り、ワーカーも複数スタンバイし、24時間常時開設という相談電話とする事も可能です。それはそれで大切な意味がある訳ですが、やはり、悩みを聴いてもらうと言うより、自分の性的な好奇心を満足させるためにかけてくる通話者も少なくありません。そんな性通話者に対する対応についてきちんとしたトレーニングもなかなか難しいようで、ワーカーが傷付き潰れていくと言う事は想像に難くありません。で、あまりスキルも知識も無い未熟なワーカーが対応すると、こんどは悩みに寄り添えない相談となり、相談者は傷付いたりしかねません。このあたりとても難しい。組織を維持する予算をどこから引っ張るか・・・ボラスタッフの研修費やら市民のカンパ、助成金などでまかなうのですが、そのためには、いいイメージの相談電話にする必要があるし、いろいろ舞台裏の話しもでてくるようになります。本当に利用者のための電話になっているのか・・・このあたり、常に相談電話の主旨と実態とを厳しく自己洞察しないと、援助のための援助になってしまいかねません。幸い、私は、予算を行政の予算に頼る訳でもないし、助成金に頼る訳でもない、研修生の研修費に頼る訳でもなく、カウンセリングやワークの利用者の方の利用料でまかなっていますから、利用者の利益のためにのみ開設する事が可能です。事務所は朝十時ころから夕方の七時ころまで、ほぼ毎日、しかも、回線も登録名は違うけれど三回線の電話をスタンバイさせています。いつでも繋がれるように・・・しかも、相談内容は、家族間暴力はもとより、引きこもりとか自傷行為、依存や性の悩み等、家族問題や心理問題であれば、ほぼどんな問題でも対応させてもらってるし、次の受け皿としての、グループワークやカウンセリング、講座やイベント、シェルター利用、等の案内も即答可能、ほぼワンストッブでの支援につなげる事が可能です。こんな事が可能なのは、私が自分の事務所で支援している事、私がボランタリーに働く事が可能な事、私に様々な援助スキルがある事、様々な受け皿を持ってる事、など私の個人的な状況に由来することが事実ありますが、私ひとりでもやれる事だから、私以外でも、何人かが協力して組織化すれば、できないはずは無い、と思うけれどねえ・・・ちなみに、最近は女性からの問い合わせが若干増えてきてるような気もします。もともと、センター開設当初から窓口電話に入る電話は問い合わせも含め女性が半数以上ありました。いまもその傾向は変わりません。今日も女性からの問い合わせの電話とパニックになってた男性の方の緊急電話がありました。女性の方は夫はすでに別の所のグループワークやカウンセリングに通ってるけれど、なかなか解決しないとの事で、こちらに電話をかけて来られました。男性の方はしばらく一人で頑張って来られたけれど、ひさびさにストレスが増してしんどくなられたとの事。こちらでは、グループワークでもカウンセリングでも、その他の事でも、女性に対する支援もしているので、かけて来られた妻さん自身のケアも可能だし、そうする事で、夫婦問題も進展することも可能かもしれない、と助言させて頂きました。もちろん窓口電話ですから、その電話では二十分くらいで終わらせて頂きました。電話で直接相談とするのは、予約頂いて、料金を負担して頂くと言う前提で、こちらもスタンバイしてお話を聴かせていただく事になります。このあたり、世の相談電話とは若干異なる対応となるのも当然と言えば当然でしょうか。また窓口の電話では無く、ある程度カウンセリング等の支援が進んでいる方に対しては、個人の携帯電話や自宅の電話もお知らせして、夜間の緊急対応を可能にしています。昨夜は深夜に彼女との関わりでしんどくなった男性から、緊急電話がありましたし、今朝は今朝で、夫婦問題でパニックになった女性から、不安を訴える電話を頂きました。いずれも、10分から20分程度の対応でしたが、それでパニックはおさまり、なんとかしんどい時間をやり過ごしてくださったようです。昨日も久々の女性から電話がありましたが、この方の場合、これまでの支援の継続性もあるので、窓口の電話をそのまま、カウンセリングの電話として、聴かせて頂きました。あとで、すこし落ち着いたとのメールを頂きました。ほんと、世間ではあり得ない支援を十数年続けてきてるけれど、世間ではあり得ないだけに胡散臭く思う専門家、不信感を持ったまま事実を知ろうとしない援助者、保身を優先する行政、などからは、ことごとく干されていて(笑)、私の支援を必要とする当事者が繋がるチャンネルはかなり狭くなっています。読者の皆さん、もし、どこに行っても理解されなくて、解決できなくて困ってる当事者の方がおられたら、遠慮なくこちらをのサイトを紹介してくださればありがたいです。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/15
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最近は、何やら睡眠時間が長くなって・・・・毎日六時間ほど寝ています。以前は四時間から四時間半ほど寝たら充分だったのに、いつの間にやら、五時間になり、今は六時間程度。 五時間の所で、目覚ましをセットするけれど、ちゃんと止めて二度寝してしまいます。確かに起きるのが1時間ほどズレた所で、大きな問題にはならないので、特段困る事は無いけれど・・・その分、職場に入るのが多少遅くなる程度。 とは言っても、六時間と言うのはふつーであって、長過ぎも短すぎもしない良好な睡眠時間と言う事なんでしょうけれど・・・健康と言う意味では、何の問題も無いけれど、私の生活時間が1時間減ると言う事が問題なのです。事務所に入るのが少し遅れて、掃除を手抜きしたり、電話番がいなくて無人の事務所になるのも困りもの・・なんです。とはいえ、無理して起きて仕事に励むのも私の本意ではないし・・・さて、どうしましょ。 多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/15
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今日は女のワークでした。テーマは「去年の自分と今年の自分」自分の変化を時間軸で計ってみようと言う作業です。さらに自分の未来の物語りを紡ぐというもの。何気ない家族との関わりや、家族の会話を客観的に理解してみるとか、自分の気持ちや考えを俯瞰してみるとか、さらに自分の人生を検証するとか・・・・そういう事がワークで行われます。今日のワークの参加者の語りだけでなく、先日の家族カウンセリングの方の語りにもあった事ですが、家族の修復には家族関係の解体と再構築のプロセスが必要で、それには個々の家族に起こった個別の問題に対応しつつ、それぞれの家族の物語りを紡ぎあわせていくかなり高度な援助が求められます。何か家族の問題が起こった時に・・・・アルコールだったり、ギャンブルだったり、DVだったり、引きこもりだったり、自傷行為だったり・・・いろいろな現象がある訳ですが、世間では、それぞれ個別の専門領域でその専門家がいて、個人の問題として個別に対応していきます。けれど、実は現象は表面的な事に過ぎなくて、問題の本質は家族病理であり社会病理であって、個々の表面的な問題をなくしても、また別の問題が家族に起こるだけ・・・解決には至りません。根本的な問題解決に至るには、家族の役割意識だとか、家族の契約の概念だとか、ぞれぞれの自己概念だとか、それらをいちいち白紙にもどして、新たなアプリやらデータとしてインストールし直すって作業も必要です。いわゆるアンラーンということに近いものでしょう、その作業無くしては、認知の修正も行動変容も難しいものです。ましてや人生を書き変える作業はできないでしょう。(DV加害者に更正プログラムを強制しても狡猾な加害者になるだけ・・)そういう作業を家族全員が行う事ができたら、家族がまったく新しい家族として再出発し、新しい家族関係を再構築して行く事も可能です。その結果は、数年後数十年後に振り返って、みんなが笑って語れる笑い話になることかもしれません。家族に悪者、無能者、病人、のラベルを貼るだけでは解決しませんが、世間では、そんな支援しか無いし、家族の解体、再構築による修復的なケアのできる援助者って・・・いないんよねぇ。もちろん、そんな支援があっても、半年とか数年とかの時間も必要です。援助はマジックではありませんからねえ。今日のワークの方もとてもいい笑顔で話されていましたが、ここに至るまでには半年間に渉る家族全員の努力も必要だった訳で、一人一人の成長によってもたらす事ができたんだろうと思います。家族関係の解体と再構築・・そのために必要な一人一人の成長と、それを可能にする支援と・・・そんな世間ではあり得ない物語りを実感できたのは、私だけではなくて、ワーク参加された方もまた、いろいろ感じてもらえた事でしょうねぇ。ほんと有り難い事です。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/14
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先日やっとシネマ「ゴーンガール」にいきました。何人かの知人に面白かった、と聞いてますし、デビッド・フィンチャーのサスペンスとなると、期待したくなる私がいました。結果は期待通りの面白さでしたねぇ。女は恐い、と言う言葉は恐くない女に対して失礼だし、女だって男だって、予想外の事をされたら恐くなるのも当然と言えば当然なのでねぇ・・・・私がゴーンガールをみて、思い出したのが、自宅にマスコミのテレビカメラがやってきて、自分の顔がテレビ放映されるというシーン。私の四年前を思い出しました。あれはもう四年ほどまえのある日突然、複数のマスコミのテレビカメラやら記者やらがどやどやと事務所にやってきました。私は一体何の事かわからず「何ですか?」テレビ記者は「あなたセクハラで訴えられましたよ、ご存知ですか?」私は「は?なんの話し?、セクハラ?誰の話し?」。記者は続けて「原告はあなたにセクハラされた、これこれあれこれされたって記者会見しましたよ」「訳わからんですねぇ、誰の話しやら?寝耳に水の話しです」よく聴いてみると、半年前に突然ぶち切れて辞めた元スタッフが原告らしい。辞める前も辞めた後も労働相談とか人権相談とかも行くはずもなく、労基からも警察からも、なんの警告も問い合わせもなく、私もそんな事実もないし、まったくセクハラで提訴してくるなんて、予想もしてませんでした。だから、突然のテレビの質問に、具体的に証拠をだして反論を説明する時間もなく、「寝耳に水」というのが精一杯。二時間後は夕方のニュース番組でセクハラで訴えられたカウンセラーと一斉に大写しで報じられました。それを見てた連れ合いから事務所に電話があり、「あんたテレビ出てるでーセクハラしたんかー」「してないしてない、よーわからんけれど帰って説明するわ」と返事。こんなこと許せる事ではないけれど、マスコミ報道のいい加減さやら、それに踊らされる世間の人々の軽さ、愚かしさも思い出されたし、「ゴーンガール」の主人公ニックの不安やら憤りもまったくの他人ごととは思えませんでした。それに、ニックに対応した無能な警察の偏見に満ちた対応にも腹だたしくもあったけれど、私を黒判決にした司法も許せない私です。とはいえ、争うのは私の価値観にはそぐわないし、訴訟を継続するのも時間と手間の無駄と判決を受入れて、請求には応じましたけれどねぇ、何のための司法か、ほんとにそのお粗末さを実感させられました。腐ってます。その司法判断に巻き込まれて、私との関係を切った、多くの行政やら専門家たちの不節操さも、実感。とはいえ、この事が私の人生の汚点になるはずもなく、私はこの体験から多くを学んだし、このエピソードは同じく冤罪や理不尽な判決に苦しめられる当事者に対しては、とても役立つエピソードになっています。司法も行政も弁護士も期待するな、役に立たないものと理解して利用しなくちゃねと。それにしてもニックのこれからが気になるジエンドでした。どーなるんでしょうニックのこれから・・・・えっ、私?、私は大丈夫ですぅー。昨日のゲストがお土産に持参してくれたちょー特大大根。三キロ以上はあるでしょね。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/13
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以前から事務所オーディオの左スピーカーの音が良くなくて、きっとスピーカーユニットのコーンがネズミにかじられて穴があいてた(厚紙で補修はしたけれど)からだと思って、ネットで同じメーカーのスピーカーユニットを購入しました。でー、新しいユニットと交換してみたら・・なんと、スピーカーユニットの問題ではありませんでした。アンプが壊れてたんだあ、がぴーん。で、こうなりりゃとことんやるしかないってことで、またネットでアンプも注文しました。そのアンプが今日宅配されて・・・さっそく入れ替えしようと作業してたら、久々のゲストの方が来談されて・・・けっこう長い時間お喋りしてました。晩ご飯の準備もそこそこに、夕方から続きの作業をしました。左右のスピーカー、レコードプレーヤー、CDプレーヤー、ワイファイユニット、などを新しいアンプに繋いで・・と・・・それぞれがうまく作動するか確認して・・と。で、新しいアンプに新しいスピーカーで鳴らしてみると・・・おおっ・・・これだこれだ・・バックロードホンの手作りスピーカーが重低音もしっかり歪みなく響いてくれます。満足じゃー♬多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/12
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昨夜の女と男のワーク、相変わらずちょーこじんまりだったけれど、回復当事者と渦中の当事者男女を交えたとてもユニークな対話となりました。修復離婚の結果、とても家族がいい関係になったという女性にすれば、離婚に抵抗して闘いを深めて傷つけあうと言う事の意味が分からない、というのも当然の事。渦中の当事者にしても、もう闘う意思もなくて、完全に白旗をあげて調停に臨んでるのに相手方はまったく闘いの姿勢をゆるめず、これ以上闘おうとする意味が分からないということらしい。で話し合ってるうちに行き着いたのは、離婚を巡って、援助者がそれをビジネスのネタにしてるから、なかよくなって当事者同士で分かち合えたらビジネスにならないよねー、ということ。離婚弁護士は修復的なメッセージは一切遮断して、相手方の悪辣さを誇示し、闘わないと大変な事になると不安をあおり援助者に依存させる。確かに裁判では、いずれ離婚と言う形にはなるだろうけれど、誤った悪意を信じ込まされた当事者には、あらためて相手と関係修復する事はほとんど不可能で、焼け野原になった家庭は二度と復興することはあり得ません。夫婦だけの問題ならまだしも、子どもが巻き込まれ、様々な問題を抱え込まされる事で、夫婦の問題が子どもに連鎖していく事になります。昨夜の彼も「白旗揚げるだけではなくて自分の問題と向き合い、自己成長のためのワーク参加などしてるのに、彼女は自分の問題に気づかず、弁護士にあおられ、何の担保も無い離婚とその後と言う未来に進もうとしている、これから辛くなるんじゃないかな・・・どうしてあげる事もできないのが残念」とごくまともな事を話されてました。もちろん彼は私の所で修復的・自己成長的な支援を受けているから、そのように判断できるけれど、そんな支援に繋がらず、行政相談員・離婚弁護士のコースで突き進む多くの当事者は、修復的な判断はできませんしねえ。胸痛む所です。私がいつも言う事だけれど、離婚するしないは大きな問題ではありません。信頼関係が築けるか築けないかが問題です。家という家族の入れ物が守るべきものなのか人の関わりとしての家族という中身が守るべきものなのか、間違えないように。今の家を解体しても信頼関係ができたら、別の形の家で家族を楽しめます。実際、昨夜の彼女の発言では、修復離婚の結果ダブルハウスの自立家族としてパパもママも成長していってるし、子どもはその間で自由に親と関わる事ができている、時に家族全員で楽しめる、そんな理想的な共同養育が達成できています。とのこと。法律や制度はなくても、適切な支援があればこういう事も可能なんですよねえ。彼女の語りが渦中の彼の希望になってくれたらいいな、と大阪をあとにした私でした。家族での闘いは無意味だよねー。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/10
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昨夜の男ワークはいつもながらに女性を加えてのワークとなりました。お題は「許せない、こんなヤツ」とのことで、昨年一年間にであった許せない人物を書いてみてください、というもの。私自身は昨年、一昨年と許せないと思うほどの人にはであってなくて、三年前の冤罪セクハラ提訴関係者の事を書きましたが・・・。中には、過去の自分自身を許せないヤツとして書かれた方もいたし、そんな方も今は自分を許し、あるがままを生きている事がとても素敵と感じさせて頂きました。許せないと言う感情は、自分の身体や人格が理不尽に傷つけられたり攻撃に曝されたりした時に自己防衛のために発動する情動と私は理解しています。ことはDVでも、先日のパリの銃撃事件でも基本同じでしょう。自分の価値観や存在を否定され傷つけられたと思う人は、その傷みから防衛的な心理になるし、それは正義の名を伴って暴力も肯定してしまいます。戦争もテロもDVも心理的には同じような心理メカニズムがあることでしょう。そう言う暴力や暴力的言動で相手を攻撃する人は、自我が脆弱で、且つ暴力的な言動でしか自分を守れないと思ってしまう判断力の弱さもあるでしょう。彼らを暴力的に追いつめても、彼らは自身の暴力をいっそう肯定するだけで、反省も謝罪もあり得ません。社会的に加害者に対する制裁を加える事も必要でしょうがそれでは解決はしないし、問題の本質は温存され連鎖され再生産されてしまいます。昨夜のワークの後、あるワーク参加者と話してて、池田小事件の宅間さんの話しになりました。国は彼を早々に死刑にしたけれど、彼は謝罪も反省もなく、勝利宣言を残して去ってしまいました。残された遺族にしてみれば、事件の再生産と言う悪夢に毎年六月には苦しめられることになったのかもしれません。暴力を終わらせるには、加害者に対する脱暴力支援が不可欠だし、その中では、権力によって加害者をコントロールするという事があっては矛盾です。他者がなんと言おうと、揺らぐ事の無い自己信頼を育てる事、パワーコントロールの関係に依存しない対人スキルの獲得、等が不可欠。でもこれって、今の社会では難しいんだろうなあ。上から下までパワーコントロールの社会だからねえ。裸の一当事者として当事者と向き合う私だからできる事と言えなくもないけれど、私個人の職人芸にするつもりはありません。ということで・・・これから大阪で女と男のワークに出かけます。大阪は天満橋ドーンセンターで夜七時から。興味のある方はいらしてくださいね。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/09
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今日はえらかったっす。えらいもんですぅ・・・自分でも褒めますぅー。なんせ咳もひどいし、頭痛もひどい、微熱も八度に・・・こんなときふつーのサラリーマンなら、すんません・・で済むかもしれないけれど、事務所に入るのは私だけだし、今カウンセリングができるスタッフは私だけ、ということで休む訳には行きません。いやー、それでもどうにもなんなければ休むけれど・・・・・・しんどい人にしてみれば今なんとかしてほしいって思いもありますからねえ。それに、多少は売り上げの事もあるし・・・というわけで、今日も一応事務所には出勤というか、午前からカウンセリングの予約はあったので、定刻には入りました。で、カウンセリングの準備して、さあ、どうぞ、となると不思議と体のしんどさはどこかに行って咳もさほどでなくなります。お昼からは会計のスタッフもやってきて、会計の報告を聴いてふむふむ・・・先月もよく仕事したー・・ふむふむ。四時頃には不安が強くなってる子育てママからヘルプのお電話で、電話カウンセリングを一時間ほど・・・不思議と人の話しを聴かせてもらってる時は自分の頭痛は気になりません。咳もかなり抑えられます。その後食欲はないけれど何か暖かいものがほしくて、お味噌汁(ほんとにおだしに味噌にネギだけの)とデスソース付きの目玉焼きを頂いたけれど、これがおいしくて。やはりこんな時こそ刺激がほしー・・・ああっ私って、変態だわー(笑)さてこれから夜の男ワークの準備です。年明けで初の男ワーク・・今日はどんな物語りにであうかな、楽しみ楽しみ・・・多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/08
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昨年末、ネット出版を始めた駆け出しの出版社から、出版のオファーがあり、どうせまた出版をネタにぼったくろうって話しかなって思いながらもとりあえず、担当者の方に会う事にしてみました。随分若い方で、兄弟で事業を始めたとの事、親会社とのからみもあるので、企画会議を通さないとGOは出せないけれど、と企画会議に臨んだとの事。ポイントはDV支援がDV防止に役に立ってない現実に対して鋭く切り込んで世間に問題提起をしたいという私の意図がどう判断されるかだったようだけれど、会議では前向きに評価されて、すんなり通ったとのことでした。でさっそく、契約を交わして、出版のための費用を振り込んで、タイムテーブルもでき上がりました。費用と言ってもいわゆる自費出版とは違うので、さほど大きな額ではありません。タイムテープルとしては今年の秋を出版予定として、それまでの作業を時系列にまとめたものです。本のページ数としては前作の「殴るな」とだいたい同じ200ページ程度ですが、3人の共著になるので、サイズはもっと大きいものにしたいですね。とりあえず、他の二名の共著者についてはおいおいお知らせするとして、とりあえず、発起人の私がまとめ役として顔を出す事にしました。出版のご案内のサイトはhttp://bookbuddy.asiaです。ちょっと覗いてみてください。出版社の方には、ふつーの写真にしてくださいとの事だったので、私らしくなく、さわやかさっぱり風味の私の写真にしてみました。笑ってやってください。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/07
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あれから、カキフライを作りました。中粒のカキを四十個ほど。十個ほどを今晩の家人の夕食にして、残りはグルナイ用に冷凍しました。クリーム煮もホワイトソースから作ると、とってもおいしくなります。外食では食べられないうまさ・・大げさだけど。こんなうまいものを安い値段で食べれるなんて、ほんと幸せ。カキフライも、手作りすると安くておいしくて・・・・ほんと有り難い話しです。でもねえ、料理は誰でも簡単においしくできるってものでもないし。私も何十年というキッチンの歴史があるしプロ向けの教室に通った事もあるし。なにより、調理理論を化学実験の延長で考える事もできる私だから、調理も自由にアレンジできるというスキルがあります。ある意味私の生活の知恵であり、財産でもあるでしょうねえ。料理だけでは無いけれど、あらゆる事で私は私なりに自由に思考し論理構成し、実践していく事ができました。日々の暮らしも援助実践も然り。体制のアウトサイドで生きてきたそのメリットです。私が子ども時代に今で言うLD児であった事が私にそう言う道を選ばせました。けれどデメリットとしては、社会適応不全であり、財産も築けない、家族も養えない、社会的な地位も名声も得られ無いどころか、スタッフに裏切られてセクハラカウンセラーにされちまう始末(笑)けれどそんなデメリットを引き受けてもなお、状況を楽しく生き抜く力がある事はほんとラッキーだし。その幸運をもたらしてくれたのは私の両親の私に対する対応でしょうか。学校でなんと言われようが評価されようが、まったく意に介さず、たんたんと家族で夕飯を食った家族でした。この幸運を、社会的な抑圧から辛い思いを強いられてる当事者にお裾分けしたいし、彼らとの関わりからまた私自身もエンパワーメントされたり、学びを得たいと思います。こんな事考えてたら・・・咳とか風邪とか・・どうでもいいよねぇ。 それにしても ああうまいっ♬多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/07
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数日前から少し咳き込むようになって、昨日は咳がかなりひどくなってきたし、頭痛もすこし感じるようになって・・ああっこれは風邪じゃないかと、妙に納得。だからといって風邪薬を飲んだり、病院に行ったりする事はないのですが・・・・今朝は予約してた歯医者をキャンセルしました。治療中に咳き込むとミスったり事故ったりしかねないし、スタッフや患者さんに風邪をうつす事もあり得るし・・たまにこうして人並みに病気するのも悪くないですねえ。私は痛いとかしんどいとかいう事に対して、鈍感なのか耐性があるっていうのか、不安になったり困ったりする事も無いので、たんたんと状況を楽しむ訳ですが。殆ど寝込んだり通院したりということもありません。寝込むほどの病気と言えば五年ほど前にヘルペスで三日間ほど激痛で寝込んだ事とか、七年ほど前に鼠蹊ヘルニアで手術して病院に一泊入院した事くらいで、ほとんどひどい病気とは無縁の生活です。今もたぶん健康そのもの。健康診断も何年も受けてないから絶対健康とも言えませんが(笑)そんな私、数年に一度風邪をひいたりもするようですが、寝込んだりする事はなくて、仕事も生活も日常通りたんたんとやってます。ただ、咳とか頭痛が少し煩わしい程度かな・・・そんな私の日常・・・昨日は正月用と連れ合いが買ってたエビちゃんが冷蔵庫で泣いてたので、簡単に串を打って塩焼きにしました。今日はベシャメルソースから作った白菜のクリーム煮を作りました。これからこれまた連れ合いに頼まれてた冷凍のカキで、カキフライを作ります。嗚呼っ・・たまには寝込んでみたいー。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/07
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昨日はけっこうハードな一日でした。と言っても、とても充実感や達成感が感じられて、いい一日でした。午前中はスカイプでのカウンセリングが一件、お昼からは、家族四人のカウンセリングだったけれど、個別のカウンセリングを妻・夫・こども、と行った後、家族全員でのカウンセリングを行い、トータルで七時間ほどのセッションとなりました。一件のケースのカウンセリングとしては最長のカウンセリングとなりましたし、一日で九時間近いカウンセリングを行ったのも、最長となりました。ハードではあったけれど、帰りはみんなの笑顔とねぎらいの言葉でバイバイできたのはとてもすっきりとできて、私も満足できました。それにしても問題の大きさに対して、それぞれが納得できる方向性にまで至るには、やはりそれなりの時間が必要と言う事も改めて実感できました。この家族の場合、少々、遠いということと、当面表面化している家族の問題を早急になんとかしたいとの事で来談されていたけれど、とりあえず一人一人の体験や視点を確認しておかないと、どの方向が家族に相応しいのか、それさえわかりませんので、個別のカウンセリングから始めさせて頂いたと言う訳。本来なら、個別のカウンセリングやグループワークで、自分の問題に向き合ったり、コミュニケーションスキルを高めてもらったりした後にカップルでのカウンセリングに入ります。いきなりカップルでのカウンセリングとはしたくない私です。家族の問題が起こった時に、自分の問題というより、相手の問題で自分が困ってるから相手をなんとかしたいと考えるのは当然の事で、両方の話しを聴いて、どちらが正しいかジャッジする、と言う作業は司法での方法論です。それが間違いと言う訳ではありませんが、私は裁判官ではないので、ジャッジすることはありません。私の仕事はそれぞれのお話を聴かせていただく事で、それぞれのお気持ちに寄り添い、感情を昇華させたり、思い込みに気づいてもらったり、様々な知識に関して情報提供させて頂いたり、考えを明確化して頂いたり、過去の体験から来る心理的な困難を終わらせたり、これからの物語りをともに紡がせて頂いたり・・・と、いずれにしてもクライアントご本人の作業のお手伝いする事が私の仕事です。誰かに悪者のラベルを貼ったり、教育したり、指導する事は私の援助ではあり得ない事です。特にDV加害者に悪者の烙印を押して、反省を求め、謝罪させ、行動修正を強制する、そんな加害者プログラムが存在する事は知っていますが、それでは、善悪二元論の価値観や、パワーコントロールを是とする価値観が強化されるだけで、自己肯定感はより低下し、誰かに従属し自己決定自己責任を放棄する事になりかねません。それでは加害被害の関係が逆転するだけで、DVが終わるはずもありません。DVだけではないけれど、たいていの家族の問題の背景には生育の問題が潜んでいるし、それは社会病理と連動しています。もちろんそこには性差別という社会病理もありますが、単に男性加害女性被害というステロタイプな理解で済む事ではなく、性別を越えたパワーコントロールの問題が根底にあります。当事者はパワーコントロールを手放し、なおパワーコントロールで成り立つ病理社会の中で、生きていく勇気や自己信頼が求められます。そのためには、暴力や権力等のパワーで自己防衛しないと自分が守れない脆弱な自我から、権力や常識の枠から離れて自分を支える、強い自我が求められます。加害被害にに関わらず、それぞれが自己肯定感を高められるような支援でなければ、家族問題の根本解決は難しい、と私は考えます。そのための支援、カウンセリングやグループワーク、時にはシェルターだったり料理教室だったり、グルメナイトだったりする訳ですが、複合的で多様な支援を提供する事で、当事者は自分の問題に気づき、自分を成長させ、コミュニケーションスキルや対人スキルを高め、自然に家族関係も変わっていくし、人生も変わっていく事になります。今日来られたクライアントの方にも「家族の理不尽な言動だけれど、その家族の抱える問題を理解し、その問題をみんなで乗り越えられたら、きっとあなたの人生もとても豊かなものになるし、あなたも楽に生きていけるようになりますよね、そんな課題が目の前にあるって考える事ができるといいかなって思うけれど・・・」とお返事させて頂きました。家族の誰かに悪者のラベルを貼って、糾弾したり排除したり・・・それは私の仕事ではありません。時間をかけ、みんなが成長するお手伝いをし、みんなの幸せを私もともに喜ぶ・・・そんな支援を日々行わせて頂いて、ほんと私は有り難いと実感する毎日・・だから仕事は長くてもちっとも区になりませんでした・・というご報告でした。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/06
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性的抑圧を利用した国民の意識管理を行う近代からの権力構造に対して、私は抵抗はしても従属したくはありません。寄らば大樹ではなく、むしろ孤高であっても自由でいたいものです。こんな私、性的抑圧を拒否するために「スケベで変態な私」と自嘲気味に自称していますし、政策的に抑圧された性的な価値観や規範について、かなり醒めた目でみています。クライアントのかなりの方が、意識化するか否かは別として、性的な問題も抱えていて、性(ジェンダー領域あるいはセックス領域での)の問題がからんでいます。いわゆるジェンダー意識とか、性差別意識と言われるヤツです。当然ジェンダー領域だけではなく、セックス領域に於ける問題も抱えている場合も少なくありません。けれど、ジェンダー領域の問題は語れてもセックス領域での問題は意識化するのも言語化するのも難しいものです。その難しい作業がなされないとセラピーも進みにくくなるのもこれまた当然の事。けれど、その難しい作業を行う時に、カウンセラー自身が、性規範、性的抑圧に縛られていては、当事者の性的加害や被害、その傷付きや回復のプロセスに無条件に寄り添う事が難しくなります。先日のカウンセリングでもクライアントは「こんな事は一般のカウンセラーには話せないし話しても通じない」と話されてました。ずっと以前にも長い間別のカウンセラーに聴いてもらってたけれど、性の問題はどうしても語れなかったと話された方もいます。中には性被害について今まで誰にも話さなかったし、自分でも話すつもりも無かったのに私とのカウンセリングの中で本人も知らん間に性被害の体験を語ってくださった女性もおられます。私が性意識を利用してクライアントを支配しようとか利用しようとか考えるカウンセラーならこういう事はあり得ないでしょう。ましてやセクハラするようなカウンセラーであれば尚更、クライアントは恐怖で語れるはずもありません。逆に、私自身の防衛をといて私自身が性的マイノリティーである事を開示し、性的に傷付き、性的にマイノリティーとされた人と同じ地平に身を置く事で、クライアントは私に安心感やら信頼感を感じてくださるのだろうし、性的に傷付く事そのものも社会の評価の問題であって、なんら自身の尊厳は傷付いてないのだと、自己に対する深い受容と尊厳を回復していかれます。こんな私の変わった援助論だけれど・・・・当事者には理解されても・・・世間には通じないよねえ・・・どうしましょ・・・そうそう、昨日はちょっとお正月気分で穏やかな瀬戸内の浜辺を散策してみました。数ヶ月前の徳島での浜辺体験に続いての浜辺体験でした。私が子どもの頃は浜辺や磯で自由に遊んでたのを思い出しました。あの頃の身体感覚が今も私の中に息づいていて、私の日々を支えてくれているのだと、当時の私や私を巡る家族や環境に感謝を感じた私でした。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/05
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今日もある方のお話を聴かせていただいて胸痛みました。その方の親族の青年の問題で悩んでおられるのですが、お聴きするその青年の思いもよくわかるし、そのご家族のお気持ちもよくわかります。今みんながつらい思いをされているけれどここに至るまでその問題に気づかなかった、そのくやしさはとても大きなものでしょう。そのご家族だけではないけれど、来談される多くの方がなんでもっと早く気がつかなかったのかと悔やんでおられます。けれど、ある程度当方の支援を受けながら自分の抱える問題に向き合いつつ、やがて問題解決が進んでいくと人生を書き換え、家族関係も再構築する事が可能となります。その頃になると当初とても苦しんだ出来事も、人生をよりよいものにして行くための大切なプロセスだったと思えるようになっていきます。そうやって、困難を乗り越えるだけではなく、よりよい人生や家族にして行けるようになってくださるのはとても有り難いけれど、誰にも繋がれず、一人孤立してたり、家族同士の傷つけ合いが続いてる人たちも多いのではないかと思うけれど、それを思うと胸痛みます。家族を巡る問題がおこったとき、問題の本質を理解し解決に至るにはそれなりの支援が必要な場合が殆どでしょうけれど、DVや虐待も含む家族問題に適切に支援できる制度や仕組み、法律が日本には皆無です。とても残念な現実です。そもそも教育も行政も司法も、人権について無理解、問題を理解していませんから、次々と家族を巡る問題が起こるし、傷付きは終わりませんし多くの当事者が回復しないまま辛さを抱えておられるのではないかと思います。こんな私から見れば、問題の無いいい子・・・それが問題だーと言いたくて仕方ありません。逆に、子ども時代に問題が表面化した場合は早く気付けてよかったね・・と思いますし、その事をお伝えすることで、安心してもらう事も少なくありません。また、DVや虐待でもひどい事件、事態になる前に繋がって来られたのはほんとよかったよねーと安堵する私です。事態が深化した場合は解決したり乗り越えていくのにとても困難や手間ひま苦悩が伴います。できるだけ早く繋がってほしいと思うけれど・・・・うちの子は問題がない・・うちの家族は問題が無い・・・そんな話しを聴くと・・・それは問題だー、と言いたくなる私・・老婆心ではないんだけれどね。問題が無いと思ってる人に、問題が無い事が問題だって言ってもチンプンカンプンだもんなあ・・嗚呼多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/03
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昨夜も雪がしんしんと・・・・今朝起きたら、元旦の夜よりもさらにたくさん降り積もったみたい・・・積雪としては25センチくらいになったかなぁ・・・車で移動する人は今日は動けないんじゃないかな・・・大変だ・・私もまた今日もバイクは止めてテクシーで通勤することにします。多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/03
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今日は久々のお散歩セラピーでしたが、雪解けの道はけっこう大変。疎水べりの散策路はまだいいけれど、大津に抜ける小関越えは積もった雪が溶けかかってる所に、詰まった国道を迂回するする車がひっきりなしに通過して汚れた雪をはねとばしていきました。やれやれー(笑)小関越えあららー大変咲き始めた蝋梅一時間ほどで歩けるコースでしたが、二時間半ほどの時間になりましたとさ。帰った頃には靴からしみた水で靴下もじゅくじゅく、なんと水々しいお足だこと(笑)多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/02
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一夜明けたら、すっきり快晴、降り積もった雪が朝日に輝きます。こんな風景も京都では久しぶり・・・今日はこれから初仕事・・・スノーセラピーになるかな・・・多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/02
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さらに降ったり病んだりしながらも雪は少しずつ積もり続けています。今は二十センチくらいの積雪ですかねえ。
2015/01/01
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昼頃から降り始めた雪はやむ事なく降ってます。バイクで来たけれど、帰りはテクシーで帰ります。雪を踏んで歩くのって久しぶり。
2015/01/01
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謹賀新年・・・・なんですが・・・あけましておめでとうございますと言うには、私の意識は少々ひねくれてて・・・(笑)今朝の朝日朝刊にピケティーのインタビュー記事があって、納得。ピケティーははやりの経済学者らしいけれど、私は彼の名前は知ってるけれど著作を読んだ事はありません。記事では、経済は人々の欲望に基づいてるけれど、格差拡大を伴って社会を不安定化させるから、格差の縮小をもたらして社会を安定させるのが政治の役割だとの事を、言ってましたねえ。イスラム国の出現のように近年のイスラム過激派が台頭してきたのも、イスラムの人たちのそれぞれの民族間の価値観の共有ができる前に、格差拡大が進み、貧しくなったイスラム文化の人たちが、近代の西欧資本主義文化がその元凶と暴力的な抵抗を始めたと言う事でしょうかねえ。これは私の推論です。フセインやカダフィーを倒すのではなく、彼らの政策をあらためさせるべきだったと思うけれど、後の祭り・・十年前ほどのソマリアのような出来事が、はるかに大規模な世界的な規模で起こり始めているのがイスラム過激派の活動のような気もします。暴力を暴力で押さえ込むのは限界があって、絶望する人々にとって死は恐くない。暴力に走るものを制するには希望を与える事しか無い。わかりあえる、分かち合える、ともに存在する事の喜びを伝えるしかないように思います。これを国際的な規模で行うのはとても難しいし、それなりの政治力が必要だけれど・・・少なくともあべちんには無理。まったく反対方向を向いてるもんなあ、アナクロニズムだしぃ。まあ世界とか国家とかの話しでなくても、DV虐待も同じ事のように思えます。加害者を力で抑えて、自由や家族を奪うのはよりハイリスクな状況になりかねません。時間をかけてパワーコントロールしないされない関係の心地よさとか、安定を理解してもらう事で、暴力やコントロールを自ら手放すし、それは永続的な非暴力、自由で対等な関係を構築することになります。家族と言うレベルでも国家と言うレベルでも、同じような原則が働いているんでしょうねえ。私は国家規模の問題解決には関わりはないけれど、家族規模の問題解決には、それなりの自負も実績もあるし、家族みんなが幸せになるための私の援助論を世間に伝えたい、というのが今年の私の抱負です。こんな妄想チックな元旦の思いの私ですが、皆さんには今年もよろしくお付き合い頂けますようお願い申し上げます。皆さんにとってもこの一年が素敵な一年になりますように・・・多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村
2015/01/01
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