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今年の秋、私は思いもかけない幸運に恵まれました。大好きなアレクサンダー・テクニークの先生のひとりであり、チェリストであるヴィヴィアン・マッキー先生の小さなコンサートの伴奏をやらせていただけることになったのでした。実は昨年、3日前に楽譜を渡され、小曲の伴奏を数曲やらせていただいたのですが、その時の喜びと言ったら!ヴィヴィアン先生の強くてあたたかい人柄と、大きくて深い、自由な音楽に包まれて、まともに弾けなかったことよりも、そのような機会に恵まれたことに感謝するばかりでした。そして今年!2ヶ月くらい前に曲目を聞き、譜面を用意して練習することになりました。今年の曲は去年と違い、私にとってはチャレンジングなものばかりでした。なるべくヴィヴィアン先生のチェロの音を聴きたいので、出来る限り自分のパートを楽にしておきたいと思っていましたが、自分のパートばかり練習しているうちに、「出来ないかもしれない」「間に合わない」と、どんどんネガティブになっていきました。そして1ヶ月くらい前に、ふとしたことで右手を怪我してしまいました。こぶしの出っ張った部分に3針の怪我。友人に冗談で「自傷行為?」なんて言われましたが、無意識的にそんな思いもあったかもしれません。怪我の直前に頭の中にあった言葉は、「出来ないかもしれない」でしたから。いざ右手が使えなくなると、肝が据わりました。「出来なくてもいい。私はやりたい。」右手が使えなくなったことで、今までと違う情報が見えてきました。練習の仕方はかなり習慣的なものがあったようで、おそらくここにはたくさんの可能性が眠っているような気がします。でも、一番大切なのは「迷わない」でしょうね。「やりたい」「できないかも」という2つの考えが行ったり来たりしていたのは、本当に不必要なもので、それをやめた時、練習の成果がぐっと上がったと思います。本番は、とにかくこのような機会に恵まれたことに、ただただ感謝です。ヴィヴィアン先生、支えてくれた大勢の皆様、本当にどうもありがとうございました。
2008年12月24日
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ガラ・コンサートを観に行った時のことです。ひとりのピアニストを見て、「ああ、この人の弾きかた、昔の私と似ているなあ」と思いました。それと同時に、その弾きかたの時に感じていた怖さとか、緊張感とか、からだの状態とかを思い出しました。「思い出した」ということは、少なくとも昔のあの状態ではなくなったのでしょうね。からだの使い方と感情、緊張、感覚、思考、すべてのものは関係しているようです。プログラムを見てびっくりしたのは、そのピアニストの師事した先生は、私の師事した先生でもありました。同じ門下だったようです。どうりで「自分の弾きかたと似ている」と感じたのですね。自分の「習慣」は、自分だけのものではなかったようです。そう、私たち弟子は知らず知らずのうちに、先生のたくさんの情報を無意識にコピーしているのですね。良いものもあるけれど、必要のない情報まで知らないで手に入れています。「無意識」の限りない大きさに驚きました。それと同時に、今までやってきた「教える」ということの恐ろしさを感じました。でも今アレクサンダー・テクニークを教え始めてから、「教える」という言葉の意味が変わりました。今では「教える」ことは、とっても素敵なお手伝いだと思っています。
2008年12月14日
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アレクサンダー・テクニークを学ぶと、日常全ての動きが面白くなって、いろいろなことに興味が出てきます。たとえば掃除機のしかた、食器の洗い方、靴下の履き方、ペンの持ち方…。どの動きも自分の習慣から離れた動き方を経験すると、行動の意図まで変化してしまうことがあるくらい、面白い経験をすることが多いです。あまりにも筋肉的な反応が小さくなった場合、時間がワープしてしまって、「自分は動いたらしい。でも何が起きたか把握できない。」なんてことも起こりました。ピアノの演奏も、最初にレッスンを受けた頃は、自分が弾いたのかどうかわからないくらい筋肉的な反応が小さくなって、とてもとてもショックでした。とにかくショック。とても言葉にならないほどのショック。今まで別に不自由とも思っていなかったのに、不自由だったみたいです。弾くことに、あまりに努力を感じなかったので、罪悪感を感じるほど。まわりで聞いてくれていた皆は、その罪悪感を感じた演奏の方がずっと良いと言いました。今までの努力は水の泡…。ショック。なんだ、今まで長いこと損した!それが正直な感想かな。
2008年12月09日
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私は音楽大学の学生だった頃からピアノを教えていて、卒業後はちょっとだけ高校で音楽の授業を教えたりしたこともあって、なんだかんだ言って長いこと「教える」ということに関わってきました。ではどのように「教えて」いたのかと言うと、自分の先生方から教えていただいたものを基に、良い経験はそのまま、嫌な経験は反面教師とし、自分なりに作り上げてきたつもりでした。また幼稚園、小学校から始まる一連の、自分の受けてきた教育によって「教えること」「教わること」を理解してきたつもりでした。アレクサンダー・テクニークを学んで一番打撃を受けたのが、この「教える」、あるいは「教わる」という概念です。いや、これはアレクサンダー・テクニークなのか、私達のディレクターであるジェレミー・チャンスという人からきたのか、あるいはジェレミーの先生であるマージからきたものなのか、私にははっきりと区別がつきません。そして、自分の経験の中に全く存在していなかったので、自分が新しく経験していることを分析したり、言葉にすることが全く出来ませんでした。「先生」という概念自体が、全く違っていました。そして、「学ぶ」ということが、まるで違っていました。ピアノの先生として「教え方」や「もっとも伝えたいこと」は、経験によってどんどん変化して来ました。でも全ては自分の経験の枠を超えられるはずはありません。自分の経験を基に発展させてきたのですから。アレクサンダー・テクニークというものは、私にとって全くの未知の経験であり、ジェレミー・チャンス氏の行っている教育は、全く新しいものでした。私は私の受け取っているものを、まだ言葉に現すことが出来ません。でも、世界を見る目が変化したのを感じています。
2008年12月06日
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