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『水死』大江健三郎(講談社) ……えっと、わたくし、今まで本ブログで大江健三郎を取り上げるたびに、作品が難解で読むのに難儀したと書き続けてきたことを、今さっき過去の記事を振り返って確認いたしまして、……えー、にもかかわらずまた今回も取り上げてしまい、やはり難解さに辟易しつつ何とか読み上げたところであります。 そもそも読む度に、あー、そうだったなーと何回も同じ事を思い出すのは、わたくしに「ウロ」が来ているせいであろうと思いつつ、一方で、若かりし頃は大江作品を次々に読んでいたことを思い出すと、あー、かつてはこれが難解ではなかったのだなー、少なくとも難解さを我慢するこらえ性がまだあったのだなーと、例えばもはや今となっては100メートルを全力疾走することなど思い及ばないのと同様の、しみじみとした感傷性に浸ってしまうのでありました。 ……えっと、よーするに、今回の大江作品もとても難しかったということですが、そもそもなぜ私が冒頭の本書を読んだかと言いますと、アマゾンでぼんやり何気なく大江作品を見ていたら、本作が大江作品にしては易しい、大江もとうとうこんな平易な文体で作品を書くようになったのだなー的なレビューがけっこうあったもので、つい怖いもの見たさに(だって、文体が難解じゃない大江作品なんて想像できますか。つい怖いもの見たさしてしまうではありませんか)、ふらふらと買ってみました。 で、読後第一の感想が、冒頭の「やはり難解」であったと。 実際、本書は内容が複雑に絡み合ってる上に、各エピソードの抽象性が極めて高く、わたくしのようなシンプル一本槍の頭脳ではとても一度読んだだけでは読み切れないものであると思います。(じゃ、再読すればいいじゃないかという声が聞こえそうですが、この小説を再読! と考えただけで、何だか頭が痛くなりそうです。) 以前も少し触れたような気がするのですが、まずこの大江氏独特の「私小説」の構造がよく分かりません。 例えばこんな文章があります。この個所は、大江氏自身をモデルにした小説家の主人公に妻が出した手紙の部分なのですが、文中の「アカリ」というのは実在の大江氏のご長男(大江作品に再三登場する障害を持った男性)がモデルの人物のことです。 (略)そこでひとつ頼みごとをしよう、と思い付いたのです。あすこにあるあなたの本で、アカリのいったこととして書いている言葉を書き抜いて送ってくださいませんか? それを真木のきれいな明朝体の、もう時代遅れだそうですがワードプロセッサーで豆本にしてもらおうと思います。(中略) そこでアカリの言葉としてあなたが書いていられるものを、書き抜いて欲しいのです。アカリの言葉については、事実そのままに書く、粉飾しない、アカリには自分からそれを訂正してくれと言い出すことはできないから、とあなた自身が本気でいわれたことを覚えています。 ……うーん、どうでしょう。割と分かりやすいこんな個所でもよくよく読むと、「大江的私小説」の構造が、結構複雑な成り立ちをしていそうだということが読みとれます。 でも、まだこんな部分はいいのです。(「いいのです」というのは、シンプルな私の脳みそでもなんとか理解できそうだということですが。) 考えるほどによく分からないのは、例えば本書では大江健三郎の過去の作品『みずから我が涙をぬぐいたまう日』がテーマに深く関係するものとして扱われるのですが、登場人物の名前がことごとく仮名の世界の中で、なぜ『みずから我が涙をぬぐいたまう日』という実際に存在する作品名がでてくるのか、そんな出し方をしていいのか、ということであります。 例えば本書には同様に漱石の『こころ』が登場してきます。でもわたくし的には、それは全然違和感なしです。 ただ例えば漱石の『こころ』が、「送籍の『こころ』」となっていたら、どうですか。 自分をモデルとしながら「大江健三郎」ではない仮名を一方で使いつつ、自分の過去の作品名は実在のタイトルそのままということに、私はとてもこだわった、なんだか拗くれたような感覚を持ってしまうのですが、それはとんちんかんな過剰反応なんでしょうか。 自作だからいいじゃないかとか、そもそもお前(「お前」とはわたくしのことですが)は、小説表現の全ったき自由を主張していたのではないのか、とか、いえ、そうなんですが。 ……そうなんですが、そもそも小説表現の全き自由にしても、それは、その自由表現が文学性を最終価値として目指していることが前提であり、つまり言い方を少し変えれば、作品内で小説家は仮名だがその小説家の作品は実名であるという混在は、文学性に対する不誠実ではないかと、わたくしは愚考するのであります。 ……やっぱりピントはずれのヘンなこだわりでしょうかね。 ともあれ、本書は全体としては私にとってとても難解で、唯一終盤のエピソードは具体性がくっきりしているもので良く理解できたものの、終盤だけがくっきり分かるという理解のバランスの悪さは、どうも落ち着いた感じにならず、上記に「大江もとうとうこんな平易な文体で作品を書くようになったのだなー的なレビュー」と書きましたが、私は全く真逆な感想を持ってしまいました。 青春時代の愛読書作家の本を歳を取ってから読むというのは、おおむねこういった感想を持つものなんでしょうか。 しかし、こと、大江健三郎氏ですから、……たぶん、……そういうことではなく……。……。……ねぇ。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2017.07.26
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『旅のラゴス』筒井康隆(新潮文庫) じわじわととっても人気の小説であるらしい、とどこでだったか聞きました。 なるほど、アマゾンのレビューの数を見ますと、他の筒井作品のレビュー数より完全に頭一つ飛び抜けて多いですね。こんな数値になっています。 『旅のラゴス』→169 『パプリカ』→44 『家族八景』→70 『ビアンカ・オーバースタディ』→67 『時をかける少女』→72 『ロートレック荘殺人事件』→74 筒井作品の中からレビュー数の多いのを挙げてみましたが(これ以外のレビュー数はだいたい10~20くらいです)、第2位の『ロートレック~』をダブルスコアに、さらに上回っています。すごいですね。 レビュー数が多いということはやはり人気のある作品ということですよね。でも、なぜこんなに人気なんでしょうか。 私も一読すぐに、とても筒井作品とは思えぬ落ち着いた涼やかな展開と文体(描写)であることに驚きました。 この筆者はこんな作品も書けるのだと、少々失礼ながら呆れるように感じたんですね。 だって筒井康隆といえばスラップスティックが自他共に認める(とたぶん思うのですが)売り物じゃないですか。 筒井作品といえばこれ、とも言えるどこかキレた人物が今回は登場してきません。 また、筒井作品に様々に見え隠れしつつ漂っている「下品さ」が感じられません。 これは何? 筆者のキャリアの中のそんな特殊な時期なの? それとも時代の影響? と思いながらちょこちょこと調べてみました。まず筆者のキャリアです。 本作は1986年に作られた作品ですが、本作の前後十年ほどは筆者絶好調の時期ではありませんか。まさに筆者を華々しく現代日本文学の最前線に一気呵成に祭り上げたような作品群が、立て続けに書かれた時期です。少し年譜を追ってみますとこんな感じ。 1975年(41歳)『大いなる助走』 1978年(44歳)『虚人たち』 1984年(50歳)『虚航船団』 1987年(53歳)『夢の木坂分岐点』 1989年(55歳)『残像に口紅を』 1992年(58歳)『朝のガスパール』 ……うーん、どうですか。ほれぼれしてしまう名作意欲作問題作の山脈ではありませんか。 筆者の年齢も働き盛り、筆の一番乗ってくる40~50代で、火山の噴火の如く次から次へ駈け上がる充実した仕事ぶりが見事であります。 しかしこうして前後の作品を列挙して見比べますと、むしろ本作は、地味で目立たないちょっとインターバルめいた作品のように感じてしまいそうですよね。……ふーむ。 (閑話ながら、このほとんど直後に筆者に大きな人生上の試練が訪れるんですよねー。1993年から3年間に及んだ「断筆宣言」、まさに「好事魔多し」の言葉通りでありました。) などと思いながら、もう一度本作の読後感想を丁寧に振り返ってみますと、どうもかつて同じような感覚をした「何か」に思い至りました。その「何か」とは何だったのか。 少し考えましたが思い出しました。 パソコンのRPGゲームです。 そんなに「嵌った」というほどではありませんが、かつて私も、一応人並みにそんなゲームを経験しました。あれはいつ頃のことであったか……。 ……わかりました。 1986年『ドラゴンクエスト』第一作発売 1987年『ファイナルファンタジー』第一作発売 ど真ん中にこの時代ではありませんか。そして確かに『旅のラゴス』の読後感は、上質のRPGゲームをクリアしたときの満足感に近いものがあると感じます。 ……うーん、これだったのか。……。 さて冒頭に書いた本小説の人気ですが、さらに詳しく調べますと、どうも男性に人気だといいます。なるほど、さもありなん。 RPGゲーム感覚、ロードムービー的展開、(『フーテンの寅さん』イメージでもいいですね)そして主人公が様々な困難を経験して成長していく様は、本書をビルドゥングスロマン(教養小説)として読むことも可能にし、それはまさしく男性に人気の小説の王道であります。 実は私はかつて、井伏鱒二の小説を読んだときに考えたことですが、日本には成人男性がしっかり読める小説がないのではないか、と。(井伏作品はそうであるという論旨ですね。) だから仕方なく(「仕方なく」は失礼ですが)、成人男性は時代小説を読むのだと、そんな分析したことがありました。 というわけで本書はうわさ通り、男性読者の一番人気小説です。 なるほど、とても面白かったです。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2017.07.12
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