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2011.08.31
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カテゴリ: 明治期・浪漫主義

『二人比丘尼色懺悔』尾崎紅葉(岩波文庫)

 この短編集には二つの話が入っています。これです。

『二人比丘尼色懺悔』(明治22年4月)
『新色懺悔』(明治23年2月)

 解説を参考にして、作品初出の年月も加えておきましたが、一般的に『二人比丘尼色懺悔』といえば(「一般的」ってのは、まー、高校の文学史の教科書レベルってところですかね)、この二作は、セットでひとつと考えるんですかね。どうなんでしょう。

 ちなみに、我が家の本棚の肥やしになっている『現代日本文学大系・全97巻・別巻1巻』(筑摩書房)中の、尾崎紅葉所収の第3巻によりますと(ついでながら、以前にもこの『現代日本文学大系』については拙ブログで少し触れ、その時、巻数が作家に対する評価になっていると私は述べましたが、紅葉は内田魯庵・廣津柳浪・齋藤緑雨とセットの、1/4巻となっていますがー、……わたくし考えますに、この評価は少し低すぎるんではないでしょうかと。)、収録されているのは前の方の作品だけです。(ねっ。1/4巻なんて冷たい扱いをするから、片一方しか入らなくなっちゃったじゃないですか。)

 やはり、別々なんですかね。
 確かに、前者は書き下ろしだし、後者は読売新聞連載だそうです。制作時期もほぼ一年の間があいています。
 とすると、一般的に初期紅葉の出世作といわれる『色懺悔』は、やはり前者の作品を指すんですかね。

 と、なぜそんなことに私がこだわるのかと言えば、この二作を読み比べてみると、圧倒的に後者の方がよいと、私は思うからなんですね。
 あたかも、前作から一年が経って、なるほど作家とはこのように成長するのだなぁと、感心してしまうほどの違いであります。
 そしてその成長の中心には、文体の差があります。

茶の煙だに挙らずば。山賤も知らぬ谷陰に誰がすむ庵ぞ。かくても尚捨難き浮世の面影のこす菱垣。疎に結ひ廻し。竹は蝕み。縄朽ちたれど。枯蔦の名残惜しく縋れるままに倒れもやらず。二本の黒木を入口の標に茅葺の屋根は歳に黒み。落懸る軒風に傷はしく。風情は月にばかりの破壁。強くは踏れぬ竹縁。切株の沓脱より左に三尺。其処に筧の。水ほどにもなく絶えせぬ雫。閼伽桶に滴る音の。やうやう幽に疎に成りゆくは樋の口凍るにやあらん。夕暮の風寒し。(『二人比丘尼色懺悔』)

人間は苦労の器物といへり。上は大臣より下万民の我等まで誰かこの器ならざるべき。金銀あればあるにて苦労なり。なければまた無きにて苦労ある世の習ひと諦め、従弟と分離の憂身、恋の花あたら咲て散るも命なるべし。されど苦楽は羽子板の裏表にして、いつか一度は裏がへる時節に遭ひ、今を昔語りに玉子酒相酌はし、思ふ人にいとしがつて貰ふべしと、只其ばかりを希望に老夫様をもやさしく待ひ、竹の孫の手老体の肌ざはり快らじと、わが柔かき指頭にて痒き処を掻き参らせ、思ふまま老夫様を悦ばせけり。(『新色懺悔』)

 どうでしょうか。それぞれの引用個所が、そもそも描写をしている部分と説明をしている部分という内容の違いはありそうですが、全編にわたって、『二人比丘尼』は「語り」の強い和文脈の描写文体で、『新色懺悔』は同じ和文脈でも歯切れのいい「説き」の文体となっています。
 そして上記に、私はこの文体の変化を「成長」と書きましたが、厳密に言えばそれは個人の「成長」ではなく、少し大げさに言えば、明治という新時代のより求める文体への「進化」でありましょうか。

 すでに多くの指摘があるそうですが、『新色懺悔』のこの文体と、そしてそれと不即不離の、ストーリーの切り込み方には、井原西鶴の影響が色濃く出ています。
 なるほど、伝統とはありがたいものですね。過去の古いものが、新しい方向を導いてくれています。
 そしてその導きの先に、紅葉の場合名作『多情多恨』があるのは(『多情多恨』は完璧な言文一致体ではありますが)、明らかであろうと思います。

 確か紅葉は漱石と同年生まれですから、明治の年号がその年の年齢になり(満年齢で)、とするとこの二作は、紅葉22歳と23歳時の作品となります。
 漱石は典型的な「遅咲き」でしたから、ちょっと比較にはならない気がしますが、時代の転換期に出てくる傑出した人物というのは、実際そのほとんどが、時代を駆け抜けていったような早熟な「早咲き」人物であります。(枚挙に暇はありませんが、他の例として一等有名どころでいえば坂本龍馬。)

 そしてそんな人物に付き物のもう一つの特徴である「夭折」も、紅葉は残念なことに十分兼ね備えてしまいました。
 上記にも挙げた名作『多情多恨』は29歳で、ベストセラー『金色夜叉』の連載開始は30歳時、そして36歳にははや亡くなってしまいます。

 漱石にとってのその年は、後に『道草』の舞台として描かれる、ロンドンから帰った翌年でありました。デビュー作『吾輩は猫である』まで、後2年であります。


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Last updated  2011.08.31 06:55:24コメント(0) | コメントを書く
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シマクマ君 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  ボクも読みました。結構素直な作品とい…
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