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2011.08.27
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カテゴリ: 昭和期・後半男性

『アカシヤの大連』清岡卓行(講談社文庫)

 この文庫には5つの(少し長めの)短編小説が収録されています。これです。

『朝の悲しみ』『アカシヤの大連』『フルートとオーボエ』
 『萌黄の時間』『鯨もいる秋の空』


 読んでいる時は結構辛い小説でした。しかし読み終えてみると、とても見通しの良い読後感の残るものでした。
 それはこの5部作(といわれているそうです)の最終話『鯨もいる秋の空』の読後感が、とても爽やかなせいであると思われます。

 実はこの最初の小説『朝の悲しみ』というのが、この筆者の小説デビュー作なんですね。
 そして2作目の『アカシヤの大連』で芥川賞を受賞した、と。
 「小説デビュー作」と書きましたが、この筆者はそもそも詩人なんですね。そして評論家。

 有名な評論がありましたよねー。高校の国語の教科書で私も読みました。
 ……えーっと、なんてタイトルでしたか、ちょっと良く覚えていないんですが(もうこの失念状態はなんか致命的でありますねー)、確かミロのビーナスの美しさは両腕が欠けているからだと説いた「失われた両腕」(確かこんなタイトルだったような)という評論であります。

 詳しい内容は既に分からなくなっていますが、なんか、明晰な、びしびしと迫ってくる、タイトな感じの評論だったように覚えています。(ちがったかしら)

 という詩人兼評論家のイメージが私にはあったのですが、それもそのはずでこの筆者が小説を書き出したのは47才からなんですね。女房が亡くなったのが、まぁ、切っ掛けみたいな感じで書き出された「私小説」。

 さて、上記に「読んでいる時は結構辛い小説」と書きましたが、なぜ辛いのか、その理由は二つだと思います。

(1)文体について、かなり観念性の強い部分があり、そこが非常に読みづらい。
(2)昭和後半あたりにもなって「私小説」を読まされる意味がよく分からない。

 この2点だと思いますが、この2つはお互いに関係し合って「読みにくさ」を増幅しているように思います。
 まず1点目についてはこの表現通りなんですが、その寄って立つテーマが「青春の彷徨」といった感じの部分であり、そこにはやはり青春期特有のナルシズムも含まれ、そんな部分が、うーん、とっても読みづらいです。

 そして2点目については、少し説明いたしますね。
 上記に「青春期特有のナルシズム」と書きましたが、そもそも「私小説」と「ナルシズム」はその成立期より不可分の関係にありますよね。

 そのころ(「そのころ」というのは「私小説」の成立期ですね)、人々はまだまだ「野蛮」で、そしてその自らの野蛮さを、誰かに指導して貰いたがっておりました。(説明がだんだん物語り口調になってきました。どうも、マユツバですなー。)

 その指導をしたのが、例えば志賀直哉なんかですよねー。
 「おれの生き方を読め。おれの生き方感じ方こそが、文化的な人間の生き方なのだ」と、私小説でもって自分の生き方を描き、それをお手本にさせたわけです。(『小僧の神様』なんて、まさにそんな話ですよね。)

 ところが時は移り、その間もいろいろな私小説作品が描かれてはきましたが、世の中は少しずつ野蛮さから啓蒙されてきました。
 いえきっと、本当は相変わらず野蛮であったのでしょうが、人々は「少なくともおれだけは野蛮ではない」と、ほぼ全員が、ばらばらに思い始めました。

 で、こんな風に感じ始めるんですね。
 「もう手本などはいらない。というより、手本なんて鼻につく。」
 人々は、私小説がもはや古くさく、何より、「自分のことを描く価値がある人間だと考えること」が私小説の前提であることに、恥ずかしくなってくるんですね。(ふつーの羞恥心なら、そのあたりの感覚は、まー、正しいですわねー。)

 しかしここに、あくまで「おれを見ろ」と、私小説をしつこく書き続ける人々がいます。
 しかしその方法論が、もはや今までのままでは通用しない(少なくとも尊敬されない)ことも熟知しており、そこで彼らは新しい戦略に出ます。

 「居直り」です。
 現代小説の私小説作家は、ことごとくこの「居直り」を手法としています。

 ところで、今回の清岡卓行の作品の頃はどのあたりかといいますと、これがとてもビミョーな時期なんですね。私小説の手法が古くさくなり始めて、人々が、「なぜこんな個人の話を読まねばならないんだ」と思い始める、ちょうどそんな時期ですね。
 で、そこに強い観念性が加わって、そしてとっても「読みづらい」と。

 しかし、にもかかわらず、前述しましたように読後感はとてもいいです。一体これはなぜでしょうか。
 ……うーん、それはおそらく、文章の力なんでしょうねー。

 上記「失われた両腕」の部分でも述べましたが、「明晰な、びしびしと迫ってくる、タイトな」文章。
 今更ながら私は、文章の持つ凄い力に大いに感銘を受けたのでありました。


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Last updated  2011.08.27 08:46:06
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