近代日本文学史メジャーのマイナー

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2011.10.08
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 『不意の声』河野多恵子(講談社文芸文庫)

 冒頭早々ですが、えー、何といいますか、世の中には不思議な感心の仕方をしてしまう小説というものが、やはりあるものですねー。
 もちろん、今回報告する小説がそうだと言っているわけですがー。

 「感動」といってしまうのとは少し違う気がしますが、いえ、読み終えて「ふーむ」と考えこんでしまうというか、そんなふうにしばらくじっと考えていると、やはり私は感動しているのかなと、ヘンな考え込み方をしてしまうような小説です。

 更に私が考え込んでしまったのは、こんな小説が、今を去ること40年近くも前にひっそりと書かれていたと言うことで、いえ、「ひっそり」というのは私が世間のことをほとんど知らないゆえの極めて主観色の強い感想でありまして、正確な表現ではありません。
 正確に申しますと、この作品は発表された時、文壇で一定の(大いに?)話題となり、そして読売文学賞を受賞しています。

 ですよねー。さもありなんと思いますよねー。
 こんなハイ・レベルの小説が発表されて、それが話題にもならなかったとしたら、それはどれほど高いレベルの文壇なのか(つまりこの程度の小説なら普段たくさん目にしているから話題にするまでもないという状況でしょうから)、と思いますものねー。
 (でも、もしもそんな文芸界の状況なら、それは想像するだにわくわくするような凄い「文芸復興」ですよね。)

 ともあれ、とても不思議な感覚で、そして心の深いところからざわざわと迫ってくるような小説であります。

 私は、河野多恵子の小説については、むかーし、『幼児狩り・蟹』という芥川賞受賞作を含んだ新潮文庫の短編集を読んだ記憶があるのですが、いかんせん大昔でありまして、内容はほぼ忘れております。
 その後、大学で谷崎潤一郎を調べていた時に(これも後になって、結構話題となった評論だと知ったのですが)、『谷崎文学と肯定の欲望』という筆者の長編評論を読みました。
 しかし、これも内容はほぼ完璧に忘れています。(全く何の役にも立たない頭ですねー、わたくしの頭って。)

 そして今回本書を読んで、戸惑うような「感動・感心」状況にいるわけですが、この「感動・感心」状況をもたらした一番の根本といえば、それはすぐに思い至ります。

 「文体」であります。

 実際、読んでいてこれだけまろやかな、心地よさを感じさせる文章が書ける作家は、不遜な言い方ですが、現役の現代作家にはいないんじゃないでしょうか。(いえ、河野氏自身がご高齢とはいえ、現役の作家でいらっしゃいますが。)

 かつて私が読んでいて近い印象を持った作家を思い出すならば、野上弥生子あたりはどうでしょうか。『秀吉と利休』なんてそんな感じのまろやかな心地よい文体ではなかったかと記憶するんですが。

 短い部分だけを抜き出しての紹介はかなり難しいのですが、例えばこんな感じの書き込み方です。

吁希子は、押し入れの襖を明けた。膝を突いて、仏壇の扉を左右に開く。母が台所のほうへ立ち去った。彼女は灯明は点もさなくても済むなと思う。下の戸を引き、線香を二本摘まんでマッチを擦った。焔が振り消されて煙に変った線香を立てると、彼女は坐り直して、威勢よく鉦を鳴らした。が、一瞬掌を合わせて瞑目しただけだった。今日は碌に位牌の戒名さえ読まず、彼女は掌をおろした。日当りのいい庭を眺め、母の戻ってきた気配に、もう一度鉦を鳴らすと、部屋の隅の座蒲団を二枚引き出して、卓子の前の二方へ置く。
「久しぶりで、お父さんも喜んでいらっしゃるでしょうよ」
 入ってきて、母は言った。
「喜んでいらっしゃると思うわ」


 どうですか。掌の上にあるものを観察しているような緻密な書きぶりでいて、かつとても自然なそして滑らかな進み具合ですよね。なんか、お茶の作法のような文体であります。
 この文体の力が圧倒的に大きいですよね。

 そして、この文体が紡ぎ出している物語なのですが、これが、まー、何とも言い難い傑出した独創性を、驚きと共に我々に与えつつ、展開していきます。
 ひとつひとつの場面を取り上げていくときりがないんですが、ただ後半のなんとも「シュール」な展開になっても、上述した「文体」が、全くぶれることなく屹立しているのが見事であります。

 我々はともすれば、実験小説には実験小説の文体が、シュール・レアリスムにはシュール・レアリスムの文体があるかのごとくに思いますが、本当に「堅牢」なリアリズムの文体というものは、いかなる物語の展開をも十分に支えきるのだと言うことを、私は、今回の読書で大いに学んだ次第であります。


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Last updated  2011.10.08 07:35:14
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analog純文 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  シマクマ君さん、コメントありがとうご…
シマクマ君 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  ボクも読みました。結構素直な作品とい…
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