近代日本文学史メジャーのマイナー

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2011.11.30
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カテゴリ: 明治期・耽美主義

『夢の女』永井荷風(岩波文庫)

 ……しかしなんですね、ごく限られた近代日本文学史の小説作品でさえ(当たり前といえば当たり前ですが)、星の数ほどあります。拙ブログにて細々と読書報告を書いてきて、いっこうになくなる気配がありません。(やはり当たり前ですか。)

 もしこれが、世界文学まで含めてしまうと、いったいどうなってしまうのでしょうか。
 いえ、別にどうにもならないでしょうが、というより、そもそも私は、世界文学をほとんど知りません。でも昔はもっと知りませんでした。
 昔というのは、大体高校時代までの私です。

 大学に入りまして、日本文学を専攻しまして、そこで初めて私は思ったんですね。
 「世界文学を読まねばならぬ」と。
 で、いくつかの読書案内を読みまして(今みたいに手軽にネットで調べるなんて方法がなかったものですから)、そして100冊くらいの「世界文学名作一覧表」を自分で作りました。そしてそれに従って、こつこつと読み始めたわけです。

 ところが、世界文学というものは、それも名作と呼ばれるものの多くは、ご想像いただけるように、とってもとっても長いのですね。長編も長編、大長編であります。で、いっこうにノルマが減らない、終わらない、と。
 そこで私はとうとう、100冊の世界文学を途中で「ケツわり」してしまいました。

 でも「ケツわり」したとはいえ、一時的にもそんな集中読書をしたおかげで、いわゆる世界文学名作については、少しは読んだと言うことができるようになりました。
 しかし一方、そのように集中読書したせいで、作品内容がこんがらがって、分からなくなった小説もいっぱい出てきました。

 例えばトルストイの『アンナ・カレーニナ』と『戦争と平和』は私の中では完璧にごちゃごちゃになって、訳わからん状態であります。
 フランスの心理主義小説あたり、えーっと、『アドルフ』とか『クレーブの奥方』とか『危険な関係』なんかもですか、このへんもぐちゃぐちゃですね。
 ということで、やはり付け焼き刃は、もうひとつ役に立ちません。

 さて、そんな私の付け焼き刃の一つに、エミール・ゾラがいます。フランスの自然主義文学の大家ですね。
 フランスの自然主義といえば、日本の自然主義の「ちんぴら」作家とは違って、全く本格的であります。ゾラもその一人で、確か「ルーゴン・マッカール叢書」ってんですか、バルザックの「人間喜劇」の向こうを張った連作を書きました。そしてそれがことごとく長い(と思います。全作は知りません)。

 いえ、本当は私はそのうちの一冊だけ、『居酒屋』を読んだだけなんですが、でもこの話も長かったです。
 主人公が、やたらと不幸になるんですね。とっても悲惨な話なんです。それも徹底的に。そしてその過程を、坦々と延々と筆者は永遠に終わらないかのごとく綴っていくわけです。
 実は、各作品の尽く不幸になっていく主人公達は、同じ先祖から出ているんですね。そして彼等が不幸になるのは、遺伝のせいである、と。

 今考えると実に奇妙な論理性ですが、とにかくそんな話です。
 で、さて、ここにやっと永井荷風が登場します。
 日本の「ちんぴら自然主義」ではなくて、フランス本家からの直輸入としての自然主義文学の、いわば最初の結実が本作であるわけですねー。
 例えば、こんな表現があります。

お浪は端なくも過去った凡ての事柄を、もしもその時、ああしなかったなら、あるいはこうしたなら、今は如何になっていたものであろうかと、名古屋へ奉公に出た事から、思掛けず子供まで設けた昔しの事までを、次第次第に遡りつつ種々に考えて行くと、繋累多き自分の生涯というものは、やはりどうしても、今日のような有様にならねばならぬように思われるのだ――生まれながらにして、已にその人の運命は、逃れる事の出来ぬ一定の方向に進むべく限られているものではなかろうか。
 お浪は堪えがたい寒さと、寂しさと、今にも途絶えはせぬかと思われる父の寝息、そして気味悪いほど明い燈火の中に。何時か二時と覚しい深夜の鐘を聞たのである。


 実にゾラから直輸入の、奇妙な自然主義理論であります。若き日の荷風はこんなのも書いていたんですね。
 ただ、フランス自然主義の本邦での結実の一つといわれる本作は、残念ながら極めて小粒で、不幸になる主人公も、あのヨーロッパ大陸的徹底的な不幸さ悲惨さ残酷さがありません。どこか、なにげなーく、「風流」なんですね。
 そして、日本文学びいき(依怙贔屓)の私としましては、やはりそこが、いい、と。

 そんな若き日の荷風が、アメリカ・フランスに渡航する寸前の、24歳の時に書いたのが本作です。そして次にフランスから帰ってきた荷風の書くのは『あめりか物語』『ふらんす物語』であり、それは今度は、日本の耽美派小説の濫觴となります。
 荷風が本当に荷風らしい作品を書き出すのは、ここからであります。

 というふうに若書きといえば若書きの本作ですが、でもやはり荷風らしい描写力や、終盤に描かれる色町の風景など、興味深い場面はいくつもあります。
 「いつもの荷風」とは、ちょっと感じが違うのですが、なるほど作家とはこのようにして成長していくのかと思いながら読んでみると、それはそれでとても面白い作品であります。


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Last updated  2011.11.30 06:29:26
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analog純文 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  シマクマ君さん、コメントありがとうご…
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