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2014.11.09
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カテゴリ: 昭和期・後半男性

『女のいない男たち』村上春樹(文芸春秋社)

 とりあえず、現段階での村上春樹小説の最新刊であります。
 予定通りの短編集であります。
 「予定通り」と書いたのは、これは有名な話ですが、村上春樹氏は、「大長編小説→長い目の中編小説→短編小説集」というサイクルを、見事に長期にわたって守り続けて執筆活動をしていらっしゃる方で、ちょうど今回の順番が予定通りの短編小説集であったと、そういうことですね。
 しかしつくづく頭の下がる勤勉振りであります。

 さて、短編集であります。
 以前村上氏はインタビューの中で、短編小説は頭の中に引っかかったいくつかのフレーズをもとに、短時間に、即興的にとりあえず第一稿を書く、といったことをおっしゃっていたように思います。

 それによると、そんな短編小説を鑑賞するには、あまり細かい部分について論理的にあげつらうんじゃなくて、そこに表現された言葉や展開そのものの「感覚」に大いに興味を持つべきじゃないかと、まー、私は考えまして、そして、読んだわけです。

 もちろん、面白かったですねー。
 そして、ある意味、少しヒヤリとしました。
 何にヒヤリとしたかといいますと、これも以前よりそういった指摘をなさる方があることは私も知っていた、村上春樹氏の女性蔑視傾向であります。

 例えば、本書には珍しく筆者による「まえがき」が付いてあるのですが、そこにこんな風に書いてあります。

僕がこれまでの人生で巡り会ってきた多くのひそやかな柳の木と、しなやかな猫たちと、美しい女性たちに感謝したい。そういう温もりと励ましがなければ、僕はまずこの本を書きあげられなかったはずだ。

 どうということもない、いかにも「まえがき」らしいフレーズのようにも思います。
 また、「柳の木」「猫」という言葉は、集中の『木野』という短編を踏まえているのだと思います。(ついでながら『木野』という短編は集中いかにも異色かつ破格な短編で、この作品はきっとこの後、次の村上作品の取っ掛かりになるように思える好短編です。)

 しかし、ここになぜ「美しい女性」が出てくるのでしょうか。
 でも、一方でここに「美しい女性」が出てくるのは、いかにも村上春樹的とも思えます。そしてそのような表現をかつて私は、村上春樹のレトリックだと思っていました。
 しかし、今回は、少しこの表現がヒヤッとします。

 6作収録されている短編の最初から3作が『ドライブ・マイ・カー』『イエスタデイ』『独立器官』となっていますが(実際に筆者が各作品を書きあげた順については、「まえがき」に詳細されています。ただし、村上春樹の場合、そう書かれているからといってそれが本当なのかどうかについては、やや判断を保留するところではありますが)、1作目と3作目に女性の精神の病が、2作目に男性の精神の病(「病」という言い方がもしも不適切であるなら「大きなトラブル」が)描かれています。

 そして、私が読んだ印象では、男の病は人間的で、女の病は不気味で陰湿な気がしました。これは私の読み違いでしょうか。

 しかしそもそも総題が『女のいない男たち』となった時点で(その時点は、一番早い時に発生したとこれも「まえがき」に書いてあります)、こういった傾向とか、上記のまえがきの表現とかは、当然書かれるべくして書かれた、とも考えられます。

 『シェエラザード』という短編中にこんな表現があります。

女を失うというのは結局のところそういうことなのだ。現実の中に組み込まれていながら、それでいて現実を無効化してくれる特殊な時間、それが女たちが提供してくれるものだった。

 この短編集に描かれる「女」あるいは「女がいなくなること」とはそういう意味なんだなと分かる引用部ではありますが、さて、この上記の引用部の「女」を「男」に変えても、この文脈は成立しているのでしょうか。

 そのようにも思うし、とてもそうは思えないとも感じます。
 それが、今回、本短編集を読んで、最後まで私が少しヒヤヒヤし続けた原因であります。
 もちろん一方で、村上作品らしい深い喪失感と癒しの感動も味わいながら。


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Last updated  2014.11.09 09:27:29コメント(0) | コメントを書く
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analog純文 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  シマクマ君さん、コメントありがとうご…
シマクマ君 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  ボクも読みました。結構素直な作品とい…
analog純文@ Re:主人公の心情がよくわからない(06/14)  シマクマさん、コメントありがとうござ…
シマクマ君 @ Re:主人公の心情がよくわからない(06/14)  昔、この作品が出たころ読んで面白かっ…
シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…

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