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2014.12.08
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カテゴリ: 明治~・劇作家

『手鎖心中』井上ひさし(文春文庫)

 本当のことを言いますと、この筆者の作品については、わたくし、あまり存じ上げておりません。
 というのも、たぶんこの筆者の一番の本業である小説について、私にあまり面白さが分からないからであります。

 以前、『吉里吉里人』という恐ろしく分厚いしかも二段組み本を買いましたが(あの分厚さに関わらず、確かベストセラーになったんじゃないかと思い出すんですが)、結局読み切れずに現在に至っております。(その本は今でも、かなり日に焼けたりしながらわが部屋の本棚に、少し恨めしい風をして収められております。)その外にも何冊か小説を読みましたが、残念ながらやはり面白さがわかりきれないでいます。

 一方上記に、「この筆者の一番の本業である小説」と書きましたが、亡くなられて4年ほどがすでに過ぎ、出版界のことや現文壇などのことは全く知らない私でありますが、現在の筆者に対する評価は、かなり戯曲家としてもののほうが高いように感じられるのですが、間違っているでしょうか。

 この筆者の戯曲についても、わたくしはさほどたくさん存じ上げているわけではありません。しかし、いくつかの作品は実際に舞台で触れ、そして、何と言っても『父と暮らせば』という圧倒的な完成度を誇る作品の筆者として、私は高く評価・理解させていただいております。

 というわけでという訳でもありませんが、1972年直木賞を受賞された冒頭の小説をこの度読みまして、とても感心感激したかといいますと、まことに言いにくいながら、うーん、さほどでもなかった、と。
 たぶん私の読みぞこないもありましょうが、なんといいますか、……いえ、面白い部分も結構あるんですね、例えば、こんなところ。

(略)言葉についちゃァ妙な癖がある。たとえば、向学という言葉を聞くか言うかするとする。するとその途端に、おれは、好学、後学、皇学、高額、講学、鴻学……というように同じ音を持った違う意味の言葉を思い浮かべてしまうんだよ。しかもそれだけじゃすまない。同じ音の次は似た音の言葉探しだ。合格も向学と音が似ている。高閣も行客も口角も似てる。損も得もないんだ、趣味というのんびりした気持でもない、そうすべきだと心に心が下知しているんでもない、ひとりでにそう励んでしまってるんだから、つまりは、貧乏性なんだろう。わがことながら、ご苦労様だと思うがね。さてお次はどうなるか、――(略)

 ……と、こんな感じでもう少し、言葉あるいは表現に対して持って生まれた作家の業が描かれるのですが、こんなあたりは遡って思い出せば芥川龍之介の『地獄変』とか『戯作三昧』あたりと同種のテイストがします。そして、それなりに面白い。

 また主人公の材木問屋の若旦那栄次郎の戯作に命をかけ続ける姿は、ふと阿佐田哲也の『麻雀放浪記』を思い起こしたり、そういえばとはっと気づいたのが、戯曲絡みかも知れませんが、「内出血の喜劇」といわれたつかこうへいの『熱海殺人事件』や、特に『蒲田行進曲』にマゾヒスティックな類似性を感じたりました。

 (ついでに上記2作の初出時期を調べてみますと、『熱海殺人事件』は1974年に岸田國士戯曲賞を受賞しています。『麻雀放浪記』は1969年に『週刊大衆』に連載されています。1972年直木賞受賞の本作と相前後してという表現がまさにぴったりで、なるほど、時代が作品を作るのか、作品が時代を作るのか、なかなか印象的なエピソードでありますね。)

 しかし、私としましては長さが中編どころであることと関連して(文庫で80ページほどです)、後半少々尻切れ感が残ります。
 特に主人公の「心中」に至るやり取りや因果については、物語が順調に流れていくだけの書き込みが弱く、やや必然性に難があり、唐突ではないか、と。

 実はこんな感じ(終盤失速するような感じ)について、私は何作かしか読んでいない同筆者の作品に何度か感じたことがあります。
 個々の作品で私の感じ方が正しいかどうかは当然異なるとしても、少し大きな枠で考えてみれば、小説の持つ二大要素、「表現」と「物語」の問題について、井上作品に対する私の感じ方の基準が、一方に偏っているかもしれないという思いもしています。

 それが冒頭に書きました「私にあまり面白さが分からない」ということの一番の原因であり、そしてそれは、多分筆者の「業」でもあります、言葉への偏愛をどう読み手が理解するかということでありましょうか。


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Last updated  2014.12.08 09:58:47コメント(0) | コメントを書く


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シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…
analog純文 @ Re[1]:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  シマクマ君さんへ。  おや、思わぬお方…
シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  いつも読ませていただいてます。あのせ…
analog純文 @ Re[3]:無理筋仮定を考えてみる(12/28)  七詩さんへ、重ねてのコメントありがと…
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