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2019.08.19
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​   『穴』小山田浩子(新潮文庫)

 さて、前回の続きです。4回続きになってしまいました。
 ということで、さっそく始めます。
 「いたちなく」「ゆきの宿」の作品世界の、わたくし的「妄想的読み」であります。

 ふたつの作品内の時間を「X年」まで戻して、時系列で書いていきます。

 1.妻の不妊の原因の根本には、僕の不倫があります。あるいはひょっとしたら、妻が不妊を悩む以前には、僕の子どもを作りたくないと思っていた妻の姿(極端には人工妊娠中絶をする妻の姿)があるかもしれません。

 2.「X年」12月頃のsperm検査依頼の日以降、僕と妻の間に性交はありません。(妻の寝顔を見ていません。)しかし「X+1年」の4月以降、二人は何度か人工授精を試みました。(異説あり。詳細後述)しかしこのあたりの経過を見ますと、妻自身、妊娠について自分が本当に望んでいるのかどうかよくわかっていないような心と行動の揺れが読み取れます。

 3.「X+1年」の12月、妻自身まだ知りませんが、人工授精に成功します。(ただしこれについても後述します。カッコ付きの事実です。)また「ゆきの宿」の舞台の日になってもまだ気づいていないかどうかはよくわかりません。(職場同僚が産休育休をとることに対してのシニカルな意見の一方、母乳がよく出るようになるという稲荷寿司を「あやからなくちゃ」と言います。)

 4.そして「X+2年」の2月末、「ゆきの宿」の舞台の夜、僕の不倫と自らの不妊に泣く妻の姿があります。(妻が自らの妊娠に気づいていたならば、泣く理由は微妙に異なってきます。)

 どうでしょうか。このように「僕」の不倫を前提にすると、「僕」と妻の不妊治療についての共通認識のなさについての謎が解けるように思います。

 では3つめ最後のヘンな言葉ですが、これは予想がつくと思いますが、「僕」が斉木君に妻が泣いている話を聞いた後、斉木君の隣家の老婆が現れ、「僕」に妻の妊娠を告げる場面です。老婆はこのように言います。


 このお婆さんは見るからにかなりヘンですね。この後、お婆さんは「僕」に対してとても不審な行動をします。(「僕」の「手首の骨をがっきと掴み離さなかった」)
 しかし何といっても最もヘンなのは、本文中には、このお婆さんが妻の姿を見たシーンが描かれてないことであります。(実は穿って読めば、ぎりぎりそう読めないこともない場面はありますが……。)

 老婆の、妻の妊娠の予言は本当なのでしょうか。それに関係しそうな記述のまとめを再掲するとこうなります。

 1.「X年12月頃」→
sperm検査を行うが、その日以降「僕」と妻の間に性交はない。
 2.「X+1年4月中旬頃」→妻は sperm検査結果を今に至るも「僕」に知らせない。 sperm採取日以降、妻から子供の話題はない。
 3.「X+1年12月中旬頃」→老婆の話を元にすると、妻、受精成功か。

 以上の記述まとめから見る限り、これらすべてが真実であったとすれば、「2」と「3」の間に、この夫婦の仲が大きく修復する方向での話し合いがあり、そして、性交か医療的な行為が再開された、しか考えられません。
 しかしそうなると、「ゆきの宿」内での妻の涙は説明しにくく、また、妊娠をなぜ「僕」に告げないかも不可解です。(妻の無意識的な心理の反映くらいの説明は可能でしょうが。また、描写にないだけで「僕」は妻の妊娠を知っていたという可能性は、全くないとはいえないようですが……。)

 以上から判断すると、「老婆の、妻の妊娠予言は虚偽である」という結論に至ります。
 では、老婆はなぜこのような、ピンポイントの恫喝のような虚偽発言をしたのでしょうか。そもそもこの老婆の正体は何なのでしょうか。

 それはわかりません。ただ、「穴」に出ていた義兄に雰囲気が似ていると思うばかりであります。(非存在とまでは読み切れないと思いますが、妻の心理の実像化めいたものの可能性はありそうです。)

 ……というように私の「妄想的読み」を書いてきましたが、もしもこの「妄想」通りだとすると、筆者はいったいどんなことを書こうとしているのでしょうか。

 実は私は、ネットでアマゾンの「穴」のレビューも少し覗いてみたのですが、この「いたちなく」と「ゆきの宿」に触れている読書感想は、概ねがクールではあるが好感度溢れる夫婦の姿というものでした。

 しかし「妄想」を展開した今、私に読めるのは、夫の不倫に気付いていながら夫を詰め切れず、子供を産むことについても自分で自分の気持ちがよくわからなくて混乱する妻と、妻に不倫が気付かれていることを知りながらも夫婦関係の修復を積極的に図っていこうともしない夫の、しかし表面的には仲のよさそうな二人、という寒々とした構図であります。

 最後に。
 「いたちなく」は2013年7月の雑誌初出作品ですが、「ゆきの宿」は、2014年1月の「穴」(初出は2013年9月号「新潮」)の単行本化に当たって書き下ろされた作品です。(前に指摘した、芥川賞受賞作品だけでは一冊の本にならないから受賞以前の作品を収録した一冊、という私の思い込みはほぼ間違っていたんですね。)

 「穴」の報告でも触れましたが、また最新刊『庭』で書かれた短編小説の多くにも見られますが、作品を終わらせるにあたって、この筆者はかなり感覚的な作品の「種明かし」をする癖があるように感じられます。
 この好短編「いたちなく」から、表面的には読めそうな好夫婦像を崩すことが目的のような続編「ゆきの宿」を書いてしまうあたり、ここにもその傾向は見られるように思います。

 また、蛇足ながら、私の「妄想」の通り読んだとしても、「いたちなく」が素晴らしい短編小説であることは間違いないと思います。

 ※補足
 後日読みました『工場』に収録の「ディスカス忌」に、この「僕」「妻」「斉木君」が出てきます。「僕」の一人称小説で、「結婚して三年」、妻は「まもなく四十になる同い年」、そして不妊についてなかばノイローゼのように「毎晩のように相談をしてくる」と描かれています。(これは「ディスカス忌」の大きなテーマです。)
 しかし、「いたちなく」「ゆきの宿」に見られる「妻」の不妊への悩み具合とは、かなり感じが異なるので、本稿では、一応別の世界観の作品とし、連作としては触れませんでした。


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Last updated  2019.08.19 19:16:46
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