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2021.02.04
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カテゴリ: 昭和期・後半男性
​   『一人称単数』村上春樹(文芸春秋)

 ……えー、前回の続きであります。
 村上春樹の最新短編集を読みながら、わたくしはわたくし的「新発見」をしたと、前回最後にハッタリをかましてしまいました。

 えー、先にお詫びしておきます。ごめんなさい。
 そんな大したものではありません。
 でも、まー、わたくし的には、「なーるほど」と、かなり納得のいく了解だったもので、まぁ、そんなつもりで以下、お読みください。
 それは、こんな部分の話です。

 例えば「ウィズ・ザ・ビートルズ」に出てくる「彼女の兄」(なんとも素晴らしい造形で描かれていますが)のこのセリフ。

​「月の裏側まで行って、手ぶらで帰ってくるようなものや」​

 私もこの関西弁のセリフをクスッと笑いながら読んだのですが、その後、こんな箇所を見つけ、そして、はっと思いついたのでありました。

​ 遅かれ早かれ彼女とは別れることになっただろうと思う。とはいえ、彼女と一緒に過ごした何年かを懐かしく思い出すことができる。彼女は僕にとっての最初のガールフレンドであり、僕は彼女のことが好きだった。女性の身体がどんな風になっているか、それを(おおむね)教えてくれたのも彼女だった。僕らは二人で一緒にいろんな新しい体験をした。おそらく十代のときにしか手にすることのできない素晴らしい時間を共有もした。​

 多分どの部分か、お分かりになると思いますが、「女性の身体がどんな風になっているか、それを(おおむね)教えてくれたのも彼女だった。」の部分ですよね。

 実際、この部分って、なくてもいいと思いませんか。
 ちょっと、外してみますね。

​ 遅かれ早かれ彼女とは別れることになっただろうと思う。とはいえ、彼女と一緒に過ごした何年かを懐かしく思い出すことができる。彼女は僕にとっての最初のガールフレンドであり、僕は彼女のことが好きだった。僕らは二人で一緒にいろんな新しい体験をした。おそらく十代のときにしか手にすることのできない素晴らしい時間を共有もした。​

 ね。これでもう、しっとりとしたいい思い出の文章じゃないですか。十代の性的な興味についても、後半の記述の範囲で十分仄めかせてありますし。

 また、「品川猿の告白」のこんな部分だってそうです。

「はい。子供がおられなかったので、そのかわりにといいますか、暇を見ては私をみっちり教育されたのです。きわめて我慢強く、規則性をどこまでも重んじる方でした。真面目な性格で、正確な事実の反復こそが真の叡智への道だというのが先生の日頃の口癖でした。奥様は無口ですが、とても優しい方でして、私にはそれは良くしてくださいました。仲の良いご夫婦でして、こんなことをよそさまに申し上げるのはなんですが、夜の営みはかなり激しかったです」
「ほう」と僕は言った。

 ここも、猿の最後のセリフはなくてもいいですよねー。(ただ、ひとつ上の引用部に比べたら、ここ記述はもう少し小説のいろんな部分と絡み合っているような気もしますが。)

 ともあれ、村上春樹はこんなふうに書くんですね。
 そして、アンチ・ハルキストから、ミソジニストなんて言われたりして、気持ち悪がられたり、憎まれたりしちゃうわけです。

 でも今回私は、上に書いた「ウィズ・ザ~」の「彼女の兄」のセリフなんかとセットで読んでいて、(ひょっとしたら世間では「今更」なのかもしれませんが、)はっと気がついたんですね。

 あ、村上春樹は、「関西のしょうもないこと言い人種なんや」と。

 これは最近の村上作品に、かつては一切出てこなかった関西弁が時々顔を出すようになったことと関係しているのかもしれませんが、「月の裏側~」の減らず口は、間違いなく関西テイストです。
 冗談としての比喩の在り方に、意味を飛ばした過激さがあり、それは関西テイストであろう、と。

 以前私は、本ブログで町田康の作品の読書報告をした時に、「さ、家帰ってへぇこいて寝よ」という下品な一文(関西では広く伝播している一文)のことを書きましたが、「しょうもないこと言い人種」は、こんな下品なわざわざ言う必要など全くないことを、つい、言ってしまうんですね。
 我が意に反して、本当に、気がつけばすでに舌が滑っているんです。
 まるで吸った息を吐くように、何の意味もない下品な表現を、無意識に口から吐き出してしまいます。(これはひょっとしたら、遠く井原西鶴あたりの呪縛かも知れません。難儀な話やなー。)

 かつて村上春樹は、なぜ作品に過激な暴力やセックスを書くかについて、読者に揺さぶりをかけるためということを書いていました。
 それはその通りなのかなとは思います。(本短編集の「石のまくらに」の彼女の、「いっちゃうときに、ひょっとしたら」うんぬんの設定などは、それに近いように思います。)

 そうなのかなとは思いつつも、ひょっとしたらもう少し「軽い」次元で、村上春樹は、(あるいは村上春樹といえども、)「関西しょうもないこと言い人種」のDNAの命令に逆らえず、つい、つるりと書いてしまったのではないのか、いや、きっと、そうに違いないと、私は、この実にしっとりとしたいい短編集を読みながら、ごく関西人的に考えていたのでありました。
​





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Last updated  2021.02.04 15:43:35
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