近代日本文学史メジャーのマイナー

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2025.06.01
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『かわいそうだね?』綿矢りさ(文芸春秋)

 前回の続きです。詳しくは前回のところをご覧いただくとして、とりあえず、下記の本の内容を報告いたします。この本です。

『大江健三郎賞8年の軌跡 「文学の言葉」を恢復させる』(講談社)

 この本の冒頭には、大江健三郎によるこの賞の設立趣意書のような一文があります。これはいわば、これからこんな本をこの賞に選んでいきたいとたった一人の選者である大江健三郎が述べている文章なので、わりと重要です。だいたい、こんなことが書かれてあります。

 1・今の社会で「文学の言葉」がとても痩せている。
 2・しかし、だからこそ大逆転の時があるのではないか。
 3・確かに、社会の表現と認識の言葉をリードしていく層の人たちが、「文学の言葉」と無縁になっているが、
 4・注意深く見れば今も力にみちた「文学の言葉」は創られている。
 5・それを、知的な共通の広場に推し立てたい。「文学の言葉」を恢復させたい。

 と、こうなっています。
 新時代に力のある文学表現としてふさわしい作品を選ぶ、というところですかね。

 で、次に『かわいそうだね?』が選ばれた時の選評を読んでみます。
 大江氏は、ミラン・クンデラの小説論を引用するところから始めます。(その前にも少し前振りはありますが。)

 ミラン・クンデラによると、小説とは、
 1・ある美的な計画に基づく長い仕事の成果で、
 2・自分・他者のために、本質的なもののモラルを説くべきものであろう。

 いかがですか。いかにも大江健三郎が共感しそうに小説論ですね。
 「1」について、大江氏は「小説のたくみさ」と補足しています。そしてこの選評をこう括っています。

​ 才能のきらめきとのみ見えた小説のたくみさが、晩年の仕事における本質的なモラルの表現の支えとなるのを知っています。​

 そして、この『かわいそうだね?』との関係についてはこう書いています。

​ (略)彼女の文学生活のひとつの転機を記念する傑作というほかない作品をつうじて、私はクンデラの小説論を具体的に検証したいのです。​

 つまり、本小説は、クンデラの小説論の具体例にふさわしいから賞を与えた、と、まあ、こういうことですね。
 で、以下大江氏は「検証」していくのですが、作者との対談という形式での「検証」は、やはりかなり荒っぽくはありました。ただ、読んでいる分にはなかなか面白くもあります。大江健三郎はそんなところに着目し、そんなふうに褒めるのか、と、とても興味深かったです。

 以下に、私が理解できた範囲で(この「範囲」が、かなり狭いうえにかなり不安でありますが)、ちょっと書いてみますね。

 ポイントは、タイトルの「かわいそうだね?」の語が否定的なものとして描かれていると捉えるところから始まります。
 主人公の感情の根底にこの語があって様々な行動が描かれていき、クライマックスの後に、それが変わっていく姿が描かれます。ここが、本作の最も重要な部分だと、大江氏は説明します。その個所を少し引用してみます。

​ 「困っている人はいても、かわいそうな人なんて一人もいない」というのが、彼女のモラルといいますか、彼女の精神的な結論なんです。今までの自分から、精神的に、人間的な深みに一歩踏み出したことが、そこで示されているわけです。​

 一歩踏み出した先のことを、大江氏は作品中の言葉である「慈愛」だと指摘し、これこそが「本質的なモラル」だと説明します。
 「かわいそうだね」の同情は、自分と対象を切り離した上での感情だが、「慈悲」とは共感であり、その状態を共有しようとする意志だ、と。
 そして、こうまとめます。

​ 一生の間に一つの(中略)本質的な、根本的なモラルが、人間が生きていくこと自体において固まってくる。小説の中にそれを表現して、それを一つの作品として、人びとに向かって差し出すことが、作家にできることだとミラン・クンデラは言っているのです。​

 いかがでしょうか。だから、本小説に賞を与えた、と。
 わたくし、この一連の文章を読みまして、一作品全体の評価としては、少々、「牽強付会」っぽくはないかと、ひそかに愚考いたしました。
 しかし、大江賞とは大江個人が選ぶ賞でありますから、その時の選者大江氏の興味のありかがそのまま賞に反映するというのは、それはそれで、悪くはないように思うのであります。
 少なくとも、大江研究にとって、それはなかなか興味深いことではないかなと、もうすでに『かわいそうだね?』の読書報告からはるかに隔たってしまっている本報告の最後に、わたくしは思った次第であります。

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Last updated  2025.06.01 14:36:13
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analog純文 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  シマクマ君さん、コメントありがとうご…
シマクマ君 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  ボクも読みました。結構素直な作品とい…
analog純文@ Re:主人公の心情がよくわからない(06/14)  シマクマさん、コメントありがとうござ…
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