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6月、かつての音楽のパートナーだった妹麗華の一周忌と追悼ライブを無事に終了し、2週間ほどほっと一息ついていたが今度は、私の教室のスクールコンサートの準備にとりかかりだし、8月(ジャズボーカルのバック)と9月(ジャズファンク)のライブが決まり 今週は披露宴演奏でリクエストが何曲もあるため多忙になってきた。時間を上手く使って練習や研究に当てなければいけない。だがとても充実感と幸福感がある。今は良い仲間や、環境に恵まれているようだ。1日1日を大切にすごしたいと思う。
June 25, 2008
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長年音楽に携わっているが、その付き合い方は様々だ。あるときは癒しになりあるときは活力になる。幼い頃は唯一の友達だったし思春期も今もそれを通じてたくさんの友人の輪が広がった。それを仕事にしてからはさらに深く、幅広いスタンスで日々向き合うこととなった。幅を広げすぎて、目標が定まらないこともあったし達成感いっぱいで本当に、今までやってきてよかったと思うこともたくさんあった。先日、ジャムセッションに行き翌日に尊敬する先輩のライブに行った。そのときに私は自分が今後、音楽とどう付き合っていけばいいのか明確に、わかった。もう迷うことは無いだろう。
June 16, 2008
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6月1日。去年のこの日は癌と壮絶な闘いの末、旅たって行った、妹麗華のお通夜の日だった。あの日、私は1年後のこの日に彼女のために追悼のイベントをすることを決意した。 その後、、いろいろなことがあった。音楽、絵。そして多くの人たち助けられ私は次第に妹を失った悲しみから立ち直っていった。妹の他界後、ライブをするようになったツインピアノのパートナー、加茂麻由美さんとは 定期的に唐津や福岡を行き来して音合わせをし、話し合い、時に意見が分かれながらも同じひとつの目標に向かって歩いた。今回応援に来てくれるお客さんは 音楽関係やダンス関係のためラテンを多く取り入れ アレンジも、セッションではできないような凝った仕掛けをいれたり イントロエンディングにこだわったりした。ゲストドラマーは麗華も共演を望んでいた、博多の屈指のドラマー木下恒治氏に依頼。パーカッションを使い分け、見事なプレイを披露してくれた。妹が生きていたらどんなに喜んだことだろうと思った。ボーカリストは麗華が他界する1週間前に「私の代わりに歌ってね」といった、麗華の元生徒のeiriちゃん。彼女は今もAn.Musicの生徒で、ほかの講師に指導を受けているが麗華の影響は多大なものだったようだ。確か、正式にレッスンを受けたのは2~3回だったと思う。後は麗華は入院したから。でも麗華はeiriちゃんのことを「彼女は伸びるよね。たのしみだね」といってかなり期待をかけていた。彼女はビジュアルがいいし何せ、華がある。今回のステージはこの、二人のゲストのおかげで、特に華やかだった。迫力ある曲、涙する曲。神秘的な曲。私の嗜好もはいっていたが、特に選曲にはこだわった。以前のりふれホールのステージをみた生徒から「今回は丹生谷先生っていう感じの選曲でした」といわれた。私は、すべての曲の暗譜を徹底したが、本番でまったくプログラムを見ないで曲目が言えるよう、いつも曲順どおりに練習したり曲順どおりに音源をMDに録音して暗記し、順番が抜けることなくいえたのだがそれに気づいた人は 一人もいなかった。。。。。セッションで知り合ったサックス奏者が私達のライブを見た後に、唐津へビッグバンド練習に行くといっていたので、サプライズ演出で 「スムースオペレーター」の途中から歩きながらアドリブとオブリガードを吹いて 入ってくれと 何日かまえに頼んだ。かなりのプレッシャーだったとは思うがこれが 大好評で、客席は皆びっくりしてそして盛り上がった。 いろいろな思考をこらしてのステージだったが終わった後に爽快感があり、今後の方向性も見えそして遠くで白い服を着た麗華が微笑んでいるのを見たような気がした。「お姉ちゃん、私の分まで、音楽がんばって」そういってるようだった。
June 4, 2008
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