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長い長い結婚式が終わりました。お昼に出かけて、帰ってきたのが次の日の朝の5時。長丁場でした。アストリッドは、とてもきれいでした。(背が高いから、映える・・・)結局、彼女のママは市庁舎だけ来ました。サプライズだったらしい。彼女は諦めていたのだけれど、だんなが陰でママを説得、20分の式のためだけに、ベルリンから来てくれたみたいです。(彼女はその後、ベルリンへとんぼ帰り) いちおうフランス人とドイツ人の結婚式なので、やはり招待客はドイツ人が3分の1近くはいたでしょうか。副市長さんの前で誓いの言葉を言うとき、ダンナはドイツ人にもわかるようにと、「ヤー(Ja:Yesのこと)」と大声で答える。副市長さんは、「フランスの結婚式なので、フランス語で答えないと、正式には認められません」とまじめに言ってました。(ま、彼はこういうふざけたことが好き) そのあとは、ノルマンディへ大移動。ジャズバンドの演奏をバックにお庭でアペリティフ。わたしはシャンパン2杯でやめてたけれど、みんなガンガン飲んでましたね。 8時から(待ちに待った)夕食。さすがに夕方からは寒くなってきたので、みんな早く中に入れてくれ~、って感じでした。わたしのテーブルは、マリヤ夫妻(他の2人は独身組のテーブル)とドイツグループ2組(アストリッドのおじさんたち)。みんなドイツ語がしゃべれるけれど、みんなロシア語ができる。一人がロシア人で、一人がガザフスタンで仕事をしているからか、みんな話せる・・・。で、もちろん共通語は英語。わたしはピーさんとニコラ(マリヤのダンナさん)の間だったので、フランス語チーム。ピーさんのとなりの女性は、英語が片言なので、興奮すると全部ドイツ語。わたしにいろいろ力説してるんだけれど、わたしの頭の中は「????」。わたしがドイツ語がわからない、って知ってるのに、わたしの目を見て話すから、知ってる振りしてうなずいてみたりした・・・・。マリヤはロシア語ができるので、だんだんロシア語圏ドイツチームも興奮するとロシア語に変身。で、わたしとニコラがドイツ語とロシア語の間で挟まれて、つつましくフランス語チームを結成してました。メインが終わったところで、だんなのお姉さん夫婦からのサプライズ!なつかしのジプシーキングズが飛び入り参加(ジプシーキングズってフランス人だって知ってた?)。ファミリーバンドなのに、メインボーカルの人が抜けたんですよね。メインボーカルの人は一人でソロでやってる、って前テレビで見ました。で、その残りの人たちが、来たというわけです。(ドリフターズでいかりや長介が抜けた感じ・・・・って違う?)で、一通りみんなで踊って、その後一階のダンスルームに移動して、踊りまくり、独身組2人を連れて、パリに帰ってきたというわけ。日本みたいにそんなに形式張ってないから、みんなリラックスしているし、「出席してよかった」と思えるような結婚式でした。(ま、本人たちはその中でもいろいろ気を使っていているからたいへんだとは思うけれど)で、最後にフランス版サッチーの公開。めちゃめちゃおめかしパターンで、表情的にはもっと似ている写真を撮りたかったけれど、なかなか激写できなかった(笑)。でも、それでも外見的には似てるでしょう?!(となりはアストリッドのだんな)
August 30, 2005
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明日は(平日だけれど)、友人アストリッド(ドイツ人)の結婚式。パリの市庁舎で式を挙げた後、ノルマンディに大移動。前回もめたルシナも(7月28日参照)も来て、全員揃います。今回はお城(いわゆるシャトー)ということで、ドレスコードもあるけれど、どの程度のドレスコードか見当もつかず。念のため、ぺどよめさんにワンピースを借りて(ついでに靴も)、いまだに吟味中。この調整は最後まで続きそう。うーん、最後は明日の気分で決まるでしょう(あと、寒さかな)。 アストリッドの家族は複雑。お父さんとお母さんは17年前に離婚して、お父さんは再婚。彼女はお兄さんが一人。彼女と、お父さん、その奥さんとはすごくいい人間関係。だけれど、実の母親とはかなり難しいらしい。お兄さんは、突然「家族との縁を切る」ということで音沙汰がほとんどなく、1年に1回、クリスマスに電話で話すくらい。そして「娘のハレの結婚式」・・・・アストリッドは、この結婚式を家族全員が顔を合わせ、昔の揉めごとをすべてを水に流すいい機会・・・と踏んでいました。お父さんはもちろん出席。教会で彼女をエスコートする。お母さん・・・・欠席だと。理由は「結婚式でお父さんと会いたくないから!」。ましてやお父さんの再婚相手が来る結婚式なんて、まっぴららしい。気持ちはわかる、テーブルは近くにしないから・・・・と、アストリッドは約束したけれど、お母さんの返事は「ノー」。アストリッドは納得できない。お父さんと離婚したのは、ここ1,2年前の話ではない。17年前!お父さんの幸せな生活に嫉妬しているかと思えば、自分も今は一緒に暮らす男性がいる(結婚はしてないと思います)。ましてや、お母さんにとっては一人娘・・・・。でも「ノー」。「どうしても、行くことができない」と主張するばかり。2ヶ月前から説得しつづけ、未来のダンナのお母さんも一緒に説得するが、やはり「ノー」。先々週アストリッドに会った時も、「今のところ」ノーと言っていました。「今のところ」というのは、ぎりぎりまで彼女はがんばると言っていたから。10パーセントの期待は捨てられないとか。お城の写真でも送りまくって、「こんな結婚式なら行ってみようかな」と思わせる作戦にでるとか。友人なら「残念」ですむ話も、相手が母親ならぎりぎりまでがんばるしかない、ということかしら。お母さんもなかなか頑固な人で・・・・。未来のダンナさんのお母さん、わたしも会ったことがありますけれど、まさに野村沙知代をフランス人にしたような感じ。外見も似てるし、おしゃべりでかなり圧倒(唖然?)とさせられる。いい人なんだけれど、あの人が義理母だったら・・・アクが強くて大変かも。と、思うのが普通の人なんだけれど、彼女は「ああいうフランクなお母さんで、実のお母さんみたいな気がする」と言っていました。わたしは、「へえ~、ああいう人が実のお母さんなんて・・・たいへんよ」と、思ったけれど、彼女には実の母の考えることがわからないだけに、こういう風に思ったのもちょっと納得。お兄さんもすったもんだのあげく、結局欠席決定。他人の家族の問題に口を出すことではないけれど、かなり複雑なのは明確。さあ、明日彼女の母親は、市庁舎の結婚式に現れるか・・・・乞うご期待。
August 25, 2005
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最近、懐かしい友達から立て続けに連絡が。2人ともパリに住んでいるのですが、ここ1年くらい、音信不通ですっかりご無沙汰でした。考えたら2人ともパリに来るときに、友人から(それぞれ別)「***がパリに行くから何かあったら相談に乗って欲しい」と言われ、知り合いました。 一人は、前の会社の同期で友達の妹さん。お姉さん(わたしの友人)は中国に夢中になり、妹はフランスに夢中となったわけ。銀行から、不動産の営業へ華麗なる転身。2年経って、お金がなくなったからと一時帰国。不動産業界に復帰して1年で、パリ滞在の1年分の滞在費を稼いで舞い戻ってきました。「1年で戻ってきます」とは言ってたけれど、本当に稼いで戻ってくるとはこれまたすごい。 もう一人は、友人の友人のお友達。彼女も企業の株式部に属していたのだが、どうしてもお菓子の勉強がしたいと渡仏。勉強した後、いろいろなお菓子屋さんを渡り歩き、しっかり労働ビザももらって薄給ながら(レストラン業界はたいへん!)、パティシエとして働いています。2人とも音沙汰がない中で、急に連絡が来たのですが、近況を話しているうちに・・・・発見。一人は、フランス人の恋人ができた、と言う。今まで日本人しかダメだと思ってたけれど、フランス人で初めて「この人なら・・・」と思ったらしい。もう一人は、前から恋人がいるのは知ってたけれど、結婚するかもしれない、と言う。どうやら労働ビザでもめていることも関連しているのかもしれません。で、「彼っていくつなの?」というさりげない質問をすると、2人とも「驚くなかれ」と必ず枕詞。年下らしい。一人は7つ、一人は8つ下。確かに20代後半、30代前半から考えると、差は大きいけれど、そんなに驚くことではない、とわたしは思ってます。確かにこっちが大学生のとき、相手が小学生・・・・と考えると大きいけれど。20代後半になるとあんまり年も気にならなくなるような。わたしの周りにも年下のダンナさんとかいるし。ましてや、日本人は比較的若く見られるし、フランス人は老け顔が多いので、結局同い年くらいに見られるんですよね。わたしはこれでも結構、年下好きなんですよね~。母性本能をくすぐられるタイプなのかも。とかいって、結婚した相手は今までほとんど縁のなかった年上でしたけれど。ま、ピーさんといっても年上って感じることはほとんどなし。この歳になると、実年齢は本当に関係ないなって感じます。2人ともうまくいくといいな~、って思う今日この頃です。
August 23, 2005
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10日間にわたる再夏休みもとうとう終わりを告げました。前半3日間は読書と壁紙貼り、中3日間は実家から義理両親がきて、後半3日間は実家に行ってました。考えたら、義理両親とサシでこんなに長く(1週間)一緒だったというのは今回が初めてかも。いつもはクリスマスなど、他の人も出入りしているし。やっぱりうちにいる間は、ごはんなど全部わたしが仕切るから、それなりに気疲れがあるのですが、後半3日実家で疲れもリカバー。(おかげで「ワイルドスワン」もほぼ読破しました)パリにいる間は、あそこやこっちと連れまわし、帰ったらその場でごはん作りに精を出すのはわたしですから・・・。楽しいけれど、それなりに疲れます。向こうにいる間は、特に観光などで出かける場所もないし、義理両親も、自分の家にいる方が何かと自分のペースでできるからいいのだと思います。 それぞれの自宅のときは、台所はそれぞれが仕切るというのがうちの慣わし(?)。だから、わたしが向こうでお茶碗洗いをしようものなら、義理ママは半分冗談半分本気で「わたしの仕事を取らないで!」と言うのです。これだとあまりにも上げ膳据え膳なので、時々仕事を奪っちゃうんですけれど。もちろん、義理ママの台所のお手伝いをするのは、義理パパ。そばでお茶碗をふいたり、閉まったりしてます。(よく見ておけ、ピーさん!) だからちょっとした週末、田舎に行くのは、わたしにとっても家事から解放されるバカンスなのです。ましてや、コンピュータもないので、やることといったら本を読んだり散歩したりしかないのですが。 実はどこかに雨男(女)がひそんでいるらしく、田舎に行く度にお天気には恵まれません。いつも曇り(そして寒い)か雨。今回も、パリにいる間は快晴だったのに、向こうに移る日から大雨(涙)。おかげで、読書三昧だったわけです。そしてパリに帰る日に快晴!(怒)せっかくの貴重なお天気を利用しないわけにはいかないと、朝自転車で散歩。15キロくらい走りましたか。平日の朝なのに、すれ違った車は2台だけ。どれくらい田舎か想像できると思います。自転車は結構得意。コレでも高校のとき、毎日18キロをチャリで通ってました。片道35分。おかげでももの筋肉は、全然衰えない・・・・(もちろん橋本聖子には負けます)。自転車欲しいな~。とかいいつつ、もう夏も終わりで、利用する機会はあるのか・・・パリの冬。
August 22, 2005
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昨日から、(また)ピーさんが夏休み。1週間と言ってたから、そのつもりでいたら、「前の金曜日と後ろの月曜日もお休みにした」だと。それって、1週間じゃなくて10日以上じゃん!後半は、義理両親がパリに来て、そのまま送りがてらわたしたちも実家に行くとして、前半は何する?「廊下の壁紙」・・・・。うちは2人とも、ブリコラー(日曜大工好き)ではないので、なんとなく延期する癖がついてしまってます・・・。 昨日は、足りない壁紙を買いに行き、午後からひたすらお互い読書タイム。一言も口を利かず、お互い本を読んでました。やっぱり壁紙貼りから逃げたいのか!今読んでいるのは、山崎豊子の「沈まぬ太陽」。1ヶ月ほど前にブックオフで、ハードカバー1冊1600円のものが2ユーロ(280円)で売ってたので、5巻まとめて購入。5冊買っても、1冊分のハードカバーの定価より安いっていいね。1日1冊ペースで今読んでますが、はまってます。夜眠くなる直前までギリギリ読み、ベッドのそばに置き、目を覚ましたとたんに実はめがねもかけずコンタクトもつけず、顔から10センチの距離で読み始めます。朝食中、コーヒーを飲みながらも読みたい!(でもさすがにこれはやめてます)ピーさんが、「もうちょっと堪能しながらゆっくり読みなよ」と言いますが、ストーリーを追いたいわたしは、ひたすら必死に読んでしまいます。1999年に発表された小説で、国民航空の社員が左遷で、パキスタン、イラン、ケニアとたらいまわしにされる内容。国民航空ってJ〇Lそのもの。労働組合が2つあるところ、御巣鷹山の事故など、へえ~内部事情ってこうなんだという感心するばかり。山崎豊子さんも「これは多数の関係者を取材し、登場人物、各機関、組織などをも事実に基づき、小説風に再構築したもの」と言ってます。小説風ね~、読み進めていくにつれて、ほとんどノンフィクションのような気がします。J〇Lの内部事情にも興味がありますが、何よりわたしがいちばんはまっているのは、パキスタン、イラン、ケニアなどの国での過酷な生活。例えば、「昔からペルシア商人とスムーズにビジネスができれば、世界のどこででもやっていけると云われている。要は彼らは、「砂漠の民」なんだ。砂漠で行き交う隊商は、一度の出会いで物事が決まり、二度と会わないから、相手を倒すか、倒されるか、死力をつくす。それがペルシア商人のルーツなんだ」(引用終わり)など、各国の人々の慣習が手にとるようにわかります。ましてや、パキスタン、イラン、ケニアなど過酷な国の出来事を知ると、「パリなんて、外国でも全然たいしたことないのかも」「かなり、めぐまれている」と思ってしまいます。腹の立つことが多い国とはいえ、これらの国に比べるとはるかに住みやすいことは確か(いちおう先進国だし)。昔ケニアに住んでいた友達がいたけれど、こんな国に住めば、否が応でも精神的にたくましくなるだろうなあ、と思いました。山崎豊子さんは、「二つの祖国」や「大地の子」など壮大な題材の小説が多いので、結構好きです。興味がある人は、お勧めです。(パリ近郊にお住まいの方、お貸しできます)今日からはいよいよ3巻目。コレが終わったら、「ワイルドスワン」(全2巻)を読もうと思ってます。
August 13, 2005
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韓国から友達一家がフランスに来ていたので、週末を一緒に過ごすことになりました。パリの周辺にもたくさんお城はありますが、今回はうちから一番近いヴォルビコント城へ(chateau de Vaux-le Vicomte)。家から車で40分くらいです。夏の間、週末は夜も開館しています。夜9時から真夜中12時まで。ろうそくとシャンデリアのみ。普通、夜は城の中をみることができないので、幻想的な雰囲気を味わいに行ってきました。 かなり曰くつきのお城なので有名なんですけれど、日本人にはあまり知られていないみたいです。自分が持っているパリ周辺のガイドブックを見ても、地図にかろうじて載っているだけ。解説はなし。(ま、電車では行きにくいところにあるからだと思いますが)入り口にも日本語のガイドブックはなし。日本人にはかなり穴場のお城と見ました。 わたしが知ってる限りでお城の簡単な歴史。これはルイ14世の右腕だったニコラ・フーケという人が建てたお城です。彼はルイ14世の忠実な部下で、いつ彼が来てもいいように「王様の部屋」も作っていました。ルイ14世は、このあまりにも美しい城と庭に嫉妬して、(理由を作って)彼を逮捕し、牢屋に閉じ込めてしまった。そして、ルイ14世は彼の城に負けじと、ヴェルサイユ宮殿を造ったとさ。というわけで、ヴォルヴィコント城はヴェルサイユ宮殿の見本となったお城なのです。形や雰囲気が似ています。もちろんお城の中で「電気が煌々と」ついているわけではないので、暗い。廊下にはろうそくすらないので、壁にかかっている絵は全く見えません。それでも、この時代の人たちが、この暗さで本を読んだり、談笑したりしたのかということがわかります。重々しいインテリアがこの暗さ加減とマッチして、幻想的な雰囲気をかもし出していました。わたしは昼間にこのお城の中を見てはいないので、比較はできないのですが、雰囲気が変わることは間違いありません。でも、お庭は昼間の方が断然いいですね。前回来た時は庭しか見てないのですが、すごく美しかった・・・。今回は、ろうそくだけなので、足元の階段にも気づかないくらい・・・危ないし怖いです。あの時代の人は、夜にお散歩をしようとは思ってなかったのでしょうけれど。見学が終わったのが閉館時間を過ぎた12時半。入り口にあるショップに戻ってきたらすごい人。フランス人も「はい、閉館だから」と切り上げることができないのでしょう。帰ってきたのは1時半。次回はもう一度晴れの日に、昼間また来てお庭でのんびりしたいものです。
August 10, 2005
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日本で結婚式に出席するときって、結構(特に女性)は着ていく服に考えをめぐらせることが多くありませんか? フランスは夏が多いので、まず着物は無理(って振袖以外持ってないんだけれど)。周りは喜ぶと思うんですけれど。 やっぱりワンピースが多くなりますかね。もし下をシンプルなパンツにしたかったら、トップスはダーンと派手めに。デコルテ(胸元)を開けたり、肩を出したり・・・・(日本人の胸は貧弱な場合が多いので、これまた難しいのだが)。 色は派手めに。日本ではシックな黒のワンピースとかOKですけれど、フランスは形が派手(パーティっぽくない)でないと、黒はなかなか着ていけません。敬遠される色です。そのかわり、黄色、ピンク、オレンジ、赤など明るめの色が好まれます。 とはいっても、こっちは日本ほど全然フォーマルではないんです。いつも悩みに悩んで、これにしようって決めていっても、「なんだ、みんなカジュアルだな~」って思うことが多い。 わたしの結婚式でさえ、義理ママは「これって、子供の授業参観に着ていく服?」のワンピースにジャケット。子供の授業参観、という意味は、それなりにおしゃれなんだけれど、結婚式ほどフォーマルなおしゃれ着ではないってこと。自分の息子の結婚式なのに、ちょっとカジュアルじゃないか?義理妹Fは「この時期って(3月末)、冬ほど寒くもないし、だからといって暖かいわけでもないし、困るわ~。新しいのを買わなきゃ」と結婚式前に言ってました。そして、当日現れたのが、花柄のトップスに、黒のニッカポッカ(裾がきゅっと紐でしぼんでいる)!確かにあの頃、流行っていた・・・・でも日本人から見るとニッカポッカはまさにとび職人。結婚式であれはないんじゃない?と冗談半分で、友人の間でも話題になってました。今はいいけれど、10年後見ると、絶対ダサイと思う。 今回のマリヤの結婚式・・・・やっぱりかなりカジュアルでした。一人黒い細身のパンツスーツの女性(20代後半)がいました。彼女は、直径80センチはする大きな白い帽子をかぶっていました。あまりにも格好と場違いだし、白い帽子が大きすぎてバランスが悪い。ピーさんと、「きっとマリヤが来るまで、かぶっているだけだろう」と言ってました。しかし、彼女はそのまま教会に入っていく・・・・。そして座った席はわたしのまん前。直径80センチの大きな帽子が(でもなぜ、なぜ白なんだ!)邪魔して、何も見えません。わたしの頭は大きく右に左に揺らせることでしかマリヤの姿が見えない!はっきりいって邪魔!さすがにパーティには脱いでましたけれど、脱ぐとフツーの黒のパンツスーツだから、会社に着ていく格好そのもの。彼女にとってはとびっきりのおしゃれだろうけれど、あの80センチに白の帽子はやっぱりおかしいと思います。他にもびっくりしたのが、結構白のワンピースやパンツスーツを着ている人が2,3人いたこと。白って当日は花嫁の独壇場ではないんでしたっけ?招待客が全身白って、これまたちょっとおかしいのではないかな・・・。フランス人、全然おしゃれじゃないじゃん!と突っ込みが入りたくなる。ま、やっぱり「パリのおしゃれスナップ」なんてやっぱり限られた人たちだな~と思います。一般ピープルは、普段はホント地味。結婚式も色が派手になるだけ、のような。8月末の結婚式。開き直ってカジュアルにいこうかとおもったけれど、今度はノルマンディーの城で行われます。ドレスコードもあるらしい・・・との噂・・・・。やっぱり悩みそう。
August 8, 2005
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おととい、昨日のフランスのトップニュースは、ジダンがフランスチームに復活する、ということでした。 エールフランスがトロントの空港に着陸失敗した事故があったにもかかわらず、それを抑えてのトップニュース。(幸いにも避難が早く、死者は出なかったけれど、機体は丸焦げ状態)それだけ彼の存在がフランスにとって大きいということでしょう。 ジダンって誰? という方、すみません。ジダンはサッカー選手で、フランスの英雄です。昔のアルゼンチンのマラドーナみたい(ちがう?)な感じです。告白すると、わたしはフランスに来るまで名前しか知りませんでした。サッカーに全然興味なかったし。顔を初めて見たとき、「おじさんだね~」って思ったんです(苦笑)。かなりの老け顔でわたしより年下と知ったのは、しばらく経ってからでした。彼は今レアルマドリッドでプレーをしていますが、フランスチーム代表としては去年引退しました。つまり来年のワールドカップもでないということです。フランスチームが、ワールドカップ予選でものらりくらりしていて勝てない(いつも引き分け)時に、メディアは「ジダンがいればな~」と騒いでいました。(引退した人のカンバックを望む前に、早くチームを立て直せと言いたいが)そして昨日、本人の口から、もう一度フランスチームに戻りたい、と表明がありました。周りからのプレッシャーがあったかもしれないし(今のフランスチームの監督は、ジダンの才能を発見した人)、スポンサーなどの経済効果も考えてかもしれない・・・・でも、彼はただもう一度プレーがしたかったと言っています。彼はマルセイユの出身で、移民から一気にスターになった人。性格的にもおごったところがなく、温和な感じで、それはフランス国民に愛されている人なので。98年のワールドカップ優勝の立役者なので、英雄扱いは当然。彼がフランスチームに復帰するのは2週間後のコートジボアールとの有効試合。はたして、フランスはワールドカップに行けるのでしょうか??全然話が変わりますが・・・・。昨日の夜、テレビで「HIROSHIMA」というタイトルの原爆に関する番組をやっていました。結構ショッキングな映像もあるので、10歳以下禁止番組だったんですけれど。原爆のことって案外知られてないんですよね。だからあの時何が起こったのか、ドラマ仕立てに忠実に再現していました。もちろん政治的な絡みもありましたが、焦点は数日前からの次の日までの、広島の状況とアメリカ空軍の状況(原爆を積むところ)の対比。もちろん、それぞれの立場で今でも生きている方のインタビューもありました。最初はまたハリウッド映画「パールハーバー」みたいな感じかな、と思ってたんですが、客観的にうまくそれぞれの立場を対比させていました。わたしが知らないこともたくさんあって、結構勉強になりました。実はこのテレビ局、結構日本というと「鯨を食べる野蛮な民族」「いるかを殺している」的なもの、「ひきこもり」「オタク」レポートとかが多かったんですよね。まさに動物愛護団体のカモであり、「ヘンな国!」と思っている人も多いと思うんですよ。ある一部分だけ取り上げてしまうから・・・。ま、今回はそのテレビ局が作成したのではなく、BBCだったのですが。日本の歴史をヨーロッパの人に知ってもらうのは、わたしたち日本人にとっても勉強になりますね。
August 5, 2005
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友人のRenちゃんが教えてくれた、アップルコンピュータ創立者、スティーブ・ジョブス氏のスピーチです。 スタンフォード大学での卒業祝賀会でスピーチしたようです。とってもいいことをおっしゃっているので、みなさんに共有化。 彼の人生のすべてが「彼がまだ生まれる前、おなかにいるとき」から始まっていた・・・というのはインパクトがありました。 スティーブ・ジョブス氏のスピーチ彼のスピーチで特にいいなと思ったところを抜粋。************************************************************「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。 それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。 自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。(抜粋終)***********************************************************何か大きなことを成し遂げた人の人生ストーリーは壮大でドラマティックです。とはいっても、みんな個人個人の人生ストーリもきっと紐解いていけば、ドラマティックなんでしょうね。ぜひ一度読んでみてください。
August 3, 2005
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週末、マリヤの結婚式に行ってきました!13時からパリの教会で式、そのあとブルゴーニュへ移動、夕方からパーティでした。ちょっとした週末の田舎への小旅行という感じでよかったです。 パリの教会は彼女の出身国ウクライナの教会でした(6区)。彼女はカトリックなんだけれど、どうやら普通のカトリックとは違って、ギリシャ正教会と混ざったグレコ・カトリックらしい・・・・。確かに普通のカトリックの教会とは違いました。 もちろん噂のルシナとラリッサの彼、シモンも教会に来ました。(詳しい話はコチラ)。ルシナは「今から行くと言うには遅すぎたから・・・・」(そりゃ、そのとおりだ)。初対面のシモンにも直撃。「何で来ないの?」(となりでピーさんが「おお、直球勝負だ」とヒヤヒヤしていたらしい・・・)「今日は、昔からの親友の誕生日なんだよ・・・だから」と、あくまでも世間体のいい言い訳。あとからラリッサが言うには、1週間前に突然「行きたくない」といいだしたらしい。結婚式というのは、二人の関係が公になると思ったら、重たくなったとか・・・。でもラリッサが、「マリヤもよく知ってるんだし、楽しめばいいのよ」といったら、2日後に「やっぱり行きたいな・・・」と言い出したらしい。もうすでに遅し。ということで3人でパーティに参加。なんかしまりのない始まりで、アペリティフが始まったのが8時(予定では6時半のはずじゃ・・・)、食事が始まったのが9時半。おなかぺこぺこ。メニューは、前菜 うずらのサラダ(卵じゃなくて、鶏のほうね)フランボワーズ酢あえ魚 アンコウの白ワインソース(サフランで色づけ)肉 牛ヒレでフォアグラソースチーズ 現地産のチーズデザート ケーキの盛り合わせ肉が終わった段階で0時を回ってしまいました。半分眠気との戦い。食べて目を覚ますという感じ。体力勝負。食事の間は、スピーチとか全然ありませんでした。ゲームなどは全部食事の後。おかげさまで目が覚めました・・・・。もちろん結婚式によりますが、今まで出た結婚式全部スタイルが違ってましたね。考えたら自分の結婚式を含め、フランスに来てから今回が6回目の結婚式。1時半くらいからダンスタイム。わたしたちは3時半には解散。遅い人たちは5時半ごろ帰ったそうです。次の日は同じ場所に戻り、メシュイ(mechoui)といって子羊の丸焼き2頭で昼食会。4時間焼くのにかかるということで、メシュエ担当の人が朝からきて焼いていました。招待客は半分眠気眼でふらふらになりながらも参加。夕方、パリ組は帰宅。その他、このままヴァカンスを過ごすために数日間残る人や、次のヴァカンス先に移動する人などさまざまでした。今回の結婚式・・・・よかったところは、2日間にわたっているということもあり、いろいろな招待客とゆっくり話せたということ。普通、その場で初めて知り合って、夜一緒に騒いで、「またね~」で終わることが多い中、2日間も一緒にいると(ましてや泊まるところが一緒だと朝ごはんも一緒に食べる)、マリヤやダンナさんのニコラを中心に話題も広がる・・・。類は友を呼ぶとは本当ですね。彼らの友達はみんないい人たちでした。今回は、この二人を中心にまたみんなで会う機会がありそうな予感。というのは、会った人会った人に「日本食が大好きなの~」と言われたから。(フランス人はなんでこんなに食べ物の話をするのが好きなのか・・・)でもパリのレストランはおすしや天ぷら、焼き鳥しかないから知らない・・・とか、和食ってやっぱり健康的ね~とかいわれると「じゃあ、我が家で何か和食ビュッフェでもやりますか」と思わず答えてしまう。そうするとみんな、「待ってました!!!!!」という顔をします。パリでは日本食がブームとは知ってたけれど、ココまでとは・・・・。それにしても、「和食以外のことは日本のこと知ってる?」ってつっこみたくなるほど、日本については食べ物のことしか話さなかったなあ。 どうであれ、この地方初めて行ったのですが、かなりいいところでびっくりしました。パリから1時間半でこんなところが・・・いつかはセカンドハウスを夢見る2人(?)。実は結婚式の2日前、大嵐でかなりの被害を受けたらしい。大木は倒れ、電柱も倒れ、トウモロコシ畑も廃墟状態。車で走りながら、ひどかった惨状を目のあたりにしました。キャンピングカーや古い家など屋根が吹っ飛んだところもあったとか。10キロ走るだけで、片方はトウモロコシ畑が廃墟、もう片方が何事もなかったようにあるんです。かなり集中した大嵐だったようです。パーティ会場も実は大木が倒れたようですが、当日はきちんと片付けられていました。大嵐が2日ずれていたかと思うとぞっとします。女神がうまく結婚式を避けてくれたとしか思えませんね。マリヤのシアワセな顔を見て、すごくうれしかったし、ちょっとほっとしました。毎回思うんですけれど、友達の結婚式はやっぱりいいものです。
August 2, 2005
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