迦陵頻伽─ことだまのこゑ─

PR

×

プロフィール

嵐悳江

嵐悳江

カレンダー

カテゴリ

カテゴリ未分類

(0)

浮世見聞記

(639)

現代手猿樂

(19)

鐵路

(24)

十二代目片岡仁左衛門

(35)

戯作

(3)

七代目嵐徳三郎

(17)

コメント新着

コメントに書き込みはありません。

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2026.08.06
XML
テーマ: 国内旅行(1758)
カテゴリ: 浮世見聞記
國立公文書館の夏の特別展「旅人は東を目指す─古典文学が描いた魅惑の東日本─」を觀る。



西日本に都がおかれてゐた古へには東國は未解明な土地──坂東であり、それだけにあらゆる漂泊人たちが一種の憧れとおそれをもって、最初の目標地である逢坂山の關所跡を越ゆる。

その漂泊人たちが文字にしたためた東國風景はのちに和本に仕立てられ、時を重ねて書冩を重ね、和本の文字を追ふ(※讀めるのではない)のが好きな私を、しばしの東國旅行へ誘ひ出す。

在原業平ゆかりの三河國八橋は、中世にはとっくに古跡となって“稲葉に置く露のほかなにもなし”、富士の高嶺はその昔、二人の美女の舞ふ姿が眺められ、これが中世の謠曲「羽衣」の参考になったのかしらんと思ふうちに富士山の双璧とされた筑波山を打ち過ぎて、はや陸奥へと至りける。

ここで能因法師が“宮ことは 霞とともに立ちしかと 秋風そふく しら川の關”と、後世の人へ白河の關を強く印象づける名歌を詠んだとされ、竹田大夫行國と云ふ人物に至ってはこの歌に敬意を拂って衣服を整へて白河の關を越えるほど云々、しかし江戸時代になってから、實はこれは能因法師が京都で想像して詠んだ歌で、そのまましておくのが勿体なかったあまり、日に當てて黒くなった紙にしたためて陸奥に修行へ出た際に現地で詠んだのでは、との詐稱疑惑云々、


(※展示室内フラッシュなしで撮影可)

たしかに歌詠み人は“歌枕”だけでその場へ行った氣になれる特技を持つだけに、あながち……。


京都の邸宅で堂々と陸奥風情を再現してみせたのは“河原左大臣(かはらのひだりのおほひまうちきみ)”源融で、



この優雅ぶりは源融の死後に當時はまだ荒廢してゐなかったらしい邸宅跡に紀貫之が訪ねて往年を偲ぶ一首、“君まさで 煙たえにし塩釜の 浦さみしくも 見えわたる哉”と詠んでゐるので、私が創った現代手猿樂「河原左大臣」も良き箔がつきましたわい。






今日のもうひとつの目的は、廣島に米國軍が原子爆彈を投下して八十一年となる今日に合はせて特別公開された、「終戰の紹書」原本を目にすることにあり。



昨夏の特別公開でいちど實見してゐるが、清書版ではあり得ないはずの文言の修正箇所が生々しく殘されてゐるところに、日本がいかに追ひ詰められた状況下にあったかが緊迫感をもって語られ、それを改めて、よく目に焼き付けておきたかったのである。

それから今日に至る日本の八十一年は、この詔書から始まったことを、よく知れ、忘れるな。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2026.08.06 20:20:09
[浮世見聞記] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: