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素直さが大切という話はよく聞くがどうしたら素直になれるか、となると明確な方法は見当たらない、、、素直、と言えばなんといっても子供、赤ん坊だろうな、、、何の疑問も持たず明日を憂えず、昨日に気持ちを残さない。経験を積むたびに、少しづつ疑問を覚え、失敗の予感がよぎる。もうこうなると素直さを保つのは難しくなる、、、でも、経験を積まないと社会性は身に付かない、、、社会性がないと人間関係は保てないよね、、、、うーん、素直な大人になるってやっぱり難しいのかな、、、?
2005/08/30
人に相談するとき、相談する前に自分の中ではほぼ結論が出ていて、それに賛成して貰いたくて相談することがあるようだね。だからこんな時に相談する相手は自分に賛成してくれそうな人を選んでしまう、、、これは相談ではなくて人を使っての自己肯定にすぎないよね。自己肯定、言い訳をしようとするとき色んな知恵が湧いてくる。これは自分を守ろうとする自己防衛本能が働くのかな、、、、もちろん、自分の考え方を否定されるのは嬉しくないので、なるべくなら自分に味方してくれそうな人に相談をしてしまいがちになるんだよね、、でも、これを続けている限りなかなか自分の器を大きくしたり、これまでと違う自分を作ることは難しいだろうね、、、自分のことは人には相談しない、という方法も考えられるね。ところがやっかいなのは自分では「自分の問題」と考えていることが、自分だけの問題ではなくて他人との人間関係の問題だったりする、、、こうなると堂々巡りになってらちが明かなくなる。そんな時は、どの道を選んでもそれなりの結果がありどちらが良いということはない、と決めて行動を起こす。行動を起こしたことによって出てきた結果に対してとやかく考えない。どんな結果が出たとしてもそれは最善の結果だと信じる。これにつきますね!
2005/08/29
どんなに素晴らしいお話を聞いても、本を読んでも、その全てを理解、吸収できるわけではない。これまでの自分の体験、経験に基づく価値観や観念が邪魔をしてしまうこともあるようだし、何をどのくらい求めているかによって吸収できる内容、深さも変わってくるようだ。自分が真剣に求めていれば、お話や本のひと言、二言がものすごいヒントになったり、なるほどそうだったのか! と深く染み入ってくる、、、虫の音や石が竹に当たった音を聞いた瞬間にポーンと求めていた答が解った、という話が禅語録などを見ていると出てくる。何も考えていなければ虫の音は虫の音にしか聞こえないよね、、本当に求めて求めて極限まで来たときに聞いた虫の音、、、、「リーン リーン・・・」求めよ、さらば与えられん。 という言葉も同じような意味あいなのかな、、、、
2005/08/28
立ち居振る舞いのきれいな方は背筋、首筋がスッと伸びているようだ。力が入っているわけではないが、全身に気が漲っていて隙がない、とでもいうのだろうか、、、女性でも男性でもあまりかわりはなさそうだ。日本舞踊、茶道、能、歌舞伎、武術といった日本の身体文化とでも言うのだろうか、、実に美しいと感じる。バレエやダンスとは少しちがう趣の美しさがある。もちろんどちらが良いとか上とかいったことではない。どちらも好きだし、素晴らしいと思う。太極拳や中国拳法も美しいし、K1やプライドといった格闘技でも超一流の選手の動きには美しさを感じる時がある。彼等に共通していそうなのは背筋、首筋がスッと伸びていることじゃないかな、、、ということで本をよんだりビデオなどをみて実験、、、かかと、お尻、背中、後頭部を壁に着けて立ち、両手を頭上に伸ばす。そうするとかなり真っ直ぐに立っているという状態でを感じることができそうだ。数センチ背が高くなったような感じを味わえる。なんとなく気持ちがいい。
2005/08/27
物事がうまく運ばなかったり、体調が不調だったりするとき、その目の前の対象物から一旦気をそらして、なぜそのようなことが起きているのか感じてみよう。そう、考えるのではなく感じてみる、、、、「なぜなんだ、どうしてなんだ」と考えようとすると、どうしても自分のこれまでの体験、知識に基づく狭い範疇の中でいったりきたりしてしまいがちだ。身体全体で感じようとしてみる、純粋無垢な気持ちになって全身全霊で感じ取ろうとしてみる、、、、そうすると、フッとわき出てくる思いや、なんとなく根拠はないんだけど○○してみようかな、、なんて想いがおきてくる。そうしたら理屈なんか考えずに気のおもむくままに行動してみる。そうすると思いもよらなかった方法で最初にあったことが、思いもしなかった解決している、、、考えるな、感じるんだ! ブルースリーもこんなこと言っていたね、、、
2005/08/26
子供時代を台風の多い地域で育ったせいか、大風や大雨はなんとなく好きである。屋根の瓦が飛ばされたり塀が倒れているのを見ると子供心にワクワクしたのを思い出す。不謹慎かも知れないが台風にはなにか親近感を感じてしまう、、、、人為的な建造物はもちろん地形さえ変えてしまう猛威をふるう台風、、どのようなメッセージを伝えようとしているのかな・・・きっと、なんらかの意志があるんだよね、、ただただ被害が最小限であることを祈るのみである。
2005/08/25
習い事にしても新しい生活習慣を身につけることにしても順風満帆に進む時もあれば、スランプに陥って先が全く見えない時もあるもんだ。到達度、進歩の様子を表すグラフにしてみると常に右上がり(45度)なんてことはまずありえないだろう。上がったり下がったりを繰り返したり、時には横ばいが続いたりするもんだ。成果が見えないとき、もうやめた! にするのも一つの選択肢としてはあるだろうね。やろうとしていること自体、方向性がちがうんだよ、というメッセージで有る場合もあるだろうからね、、、、、でも、うまくいかないからやめる、というクセがついてしまうとこれはマズイよね、、成果がでなくても「なんとかしよう」という気持ちを持ってなんとか工夫をしているといつかポンと壁を越える瞬間がやってくる。自分のワクを拡げようというような場合には、できないことをできるようになるまでやる、という気持ちを持った方がよさそうだね。いままでの自分の延長線上にはない、想像だにできなかった新しい自分の明日が見えてくることを楽しもう。やめたっていいんだけど、やめたらそこで終わりだよ!精神論、根性論ではなく、できないことを続けてみるということを楽しむことができたらいいんじゃないかな。
2005/08/24
スポーツや楽器演奏などでは体で覚える、ということがよく言われるようだ。理論、理屈を覚えても、どんなに能書きをたれても、実際に自分ができなかったら意味ないよね。何度も失敗を繰り返したり、正確な技をゆっくりと何度も何度も反復したりして、頭を使わなくても自動的に体が動くようになるまで体に覚え込ませる・・・・子供の頃から泣きながらでも反復練習をして体にしみ込ませるこのやりかたは古典芸能の世界にも見られるようだ。親から子へと代々伝承されるこのやり方で、数百年もの間、正確な技が今に引き継がれている・・・それを客観的に見た評論家のような人たちがなんとか言葉におきかえようとするが、それは技、芸の伝承ではなさそうだ。体に覚え込ませるというたゆまぬ努力を続けた者にだけ許される確かな技、美しい芸がある。能楽、歌舞伎、舞踊、茶道、武術といった古来の文化はそのようにして伝統を守っているように思える。同じ体で覚えるんだったら自転車だけでなく日本古来の伝統の美を覚えたいもんだね!
2005/08/23
信頼、信用、自信、確信、信念、信心、、、、、信という言葉には、漠然とではなく強く思う、といったニュアンスがありそうだ。そして信は人偏に言 と書く。強く思うと人の言葉になる、といったところなのだろうか、、、人の言葉 = 強い思い かな、、、初めに言葉ありき、という言葉が聖書の中にある。強く思う前には漠然とした思い、強くは思えないこともあったのかもしれないね。いくつもの思いが沢山あって、強く思えたことが、言葉として発せられた、、、、初めに混沌があった、という言葉もあったね、、、混沌とした中でいくつかの思いが「これだ」という思いになって言葉として発せられて、いろいろなものが顕れた、、、、、何かが起こるときは最初は混沌としているんだ!なにか混沌としてきたら何かが起こる予兆なんだね。そこで何を言葉として発するか、これが混沌を抜け出す、文字通りキーワードになるんだ。周囲の雑音に惑わされることなく、自分の言葉をしっかり持とう!漠然と思わずしっかりと言葉に出そう!
2005/08/22
今日の自分があるのは、これまで出会った全ての方々のおかげであるのはもちろんだけど、昨日までの自分がいたから今日の自分がいる、とも考えられるね。たまには昨日までの自分をねぎらってあげよう!いろんな局面を乗り越えてきてくれたからこそ、今日の、今の自分がいるんだよね。昨日までの自分にありがとう! よくがんばったね!君のおかげで今日の自分がある、ありがとう!
2005/08/20
意識を宇宙に漂わせてみる、、、、とっても気持ちがいい・・・胎児が羊水の中にいるときと同じような感覚だそうな、、、意識、想像の世界だから、時間、空間の隔たりはない。これってワープ感覚なのかな?一瞬にしてどこにでも行ける!といっても自分の想像の範疇に留まってしまうのはしかたのないことかな、、、宇宙は無限、というのもなんとなく納得できる。でもこの感覚は論理的に説明をするのは難しい。また、説明しようなんて気にもならない、、、、意識を宇宙に漂わせてみる、、、気持ちがイイ、、無条件に楽しい、、、ちょっとアブナイか?(笑)
2005/08/19
今の自分をとりまく環境や状況にとらわれることなく、心の中に自由に絵を描くことはできるよね。だれにもじゃまされることなく自分だけの楽しい絵を描いてみよう。子供の頃よくやってたんじゃないかな、こんなあそび、、、楽しかったよね、、、、、大人になるにしたがっていつのまにかこんな楽しいことを忘れてしまっていたね、自分だけの無限の時間、無限の場所、何だって自由に作り出すことができるんだよ。子供の頃と少しだけ違うのは、体験を積んだり、本を読むことによって得た知識があるということ。この経験や知識が自由な発想にブレーキをかけてしまうんだね、、、、一旦、これまで得てきた経験や知識を忘れて子供のころのような自由な発想で心に絵を描いてみようよ!経験や知識をうまく活用する方法もあるんだよ。心の絵を描くための材料として使うんだ。たとえば、、大自然 芸術作品などの美しいものを見る。自然の運行に則した食べ物を食べる五感に感じるものを美しくする。目に入るもの 耳に聞こえるもの 触れるもの 香り服、身だしなみ、清潔に美しく保つ 等々身の回りのお掃除、整理整頓もいいかもしれないね。しなければならないからお掃除をするんじゃなくって、心に描く絵の材料にするのに普段目に入る自分の周囲をきれいにしておくんだよ!朝陽や夕陽を見る、川のせせらぎに耳をかたむける。風の音を聞く、、、人工的なものではなく自然のおりなすもののほうが素直になりやすいかもしれないね、、、そして、そっと目を閉じて自由に絵を描いてみよう!一番ステキな自分を、一番素直な自分を想い描くんだ!そこは自分だけの世界。 完全に自由だ!!
2005/08/18
昨日の地震、けっこう大きかったですね、、、時間も長かったし、、、地震や台風などの自然災害に対しては為す術がない、というのが実感としてあります。とくに突然起こる火山の爆発や地震に対してはどうにもなりませんね。大自然に対して謙虚にならざるを得ないですね、、、きっと地震などは大自然からのなんらかのメッセージでしょうね。私たちがそれぞれの立場で、感性でそのメッセージを受け止め、対応することが求められている、そんな気がします。
2005/08/17
今の自分を見て、「このままじゃダメだ、がんばらなくっちゃ!」と思うのと、「今の自分のままでいいんだよ。よくがんばってるね!」と思うのと、どっちがイイかな?
2005/08/16
私は「戦争を知らない世代」として育った。特攻隊、疎開、原爆、引き揚げ、進駐軍、これらの言葉も実態は知らない。国の為、民族の為、愛する者の為に戦う・・・・これは、本能のようなものなかも知れない・・・・わずか数十年前に、日本の為に、日本民族の為に死を賭して戦った若者達がいてくれたおかげで、今の日本が、今の自分があることを忘れてはいけないだろう。彼等の死を無駄にしないためにも、今の境遇に感謝し、少しでもよいものを次世代に残せるようになりたいものだ。戦争に散った方々のご冥福をお祈りいたします。 合掌
2005/08/15
何かを見るとき自分なりのフィルターをかけて見ているようだ。これまでの経験や学習によって得た知識、観念、思想、主義等々のフィルター、、、親や周囲の人から叩き込まれた考え方を持っている場合もあるだろう。大きな自然災害に遭った時、大きな病気をしたときなどに考え方が大きく変わるようなこともあるようだ。民族としての思想、宗教などもある。○○主義の多くは、自分と同じ考えを持てば全てはうまくいく、といった思いが強いようだ。世界の仕組、環境問題もうまくいくという思い、、、、これはこわいね、、、。多くの人が自分とは違うフィルターを持っていることを認めることができれば一つの主義、思想で世界が一つになることはないことに気がつく。自分がどんなフィルターをかけているのかは自分にはなかなかわからないだろね、、、生まれたばかりの赤ちゃんにはたぶんフィルターはないだろうね、、思い込みや観念をなるべく捨てて「心のニュートラルポジション」を意識してみよう!
2005/08/13
自分には納得できないこと、理不尽としか思えないことがふりかかることがある。こんな時「心のニュートラルポジション」を活用できると、受け止めることができる。「原因と結果」「因果の法則」といった考え方も有効だろうね。なにか理由があって、必要があってのことなんだろう、これも自分の成長のために必要な一こまとして用意されたんだろう、ありがたいな、、、外相に惑わされず内相は常にニュートラルポジションに保つ、、、、武術などで言われている自然体というものに相通ずるものがありそうだね。心と身体のニュートラルポジション、、、自然体、、、、反発せず従ってみる、、、余計な力をかければ相手は反発する、という柔術の教えにも相通ずるね。無理に納得しよう、受け入れようとせずに、ただあるがままに「受け止めてみる」
2005/08/12
「地球環境を救う聖なる言葉」 出版社: あ・うん より 古代から日本人は、自然や目に見えない存在に対し、畏れと感謝の念を抱いてきました。そして「自然から贈り物として与えられたものは元の場所に返す」という原則を持っていました。
2005/08/11
健康であることは本当にありがたいことですね。大病を患った経験のある人は、健康であることは何ものにも代え難いと言います。本当にそうだろうね。そして健康に関する情報ってあふれかえっている。本屋さんやネットの中にもたくさんの健康に関する情報がある。いろんなブームもあるよね。 口に入れる系だと、紅茶キノコ、カスピ海ヨーグルト、寒天、水、サプリ、、、身体動かす系だと、ジョギング、ストレッチ、エアロビ、太極拳、ヨガ、ピラティス、、、健康オタクみたいな人もいてなかなか愉快だ。健康のためだったらもう死んでもイイ!なんてことも言いそうな人もいるもんな(笑)趣味の一つとしていろんな方法を楽しむっていうのもあるみたいだね、、、ちょっと気になるのは、健康であることが目的になってしまうこと、、、、健康で長生きしたい、というのは心情的にはわかるけど、なんのために健康で長生きするのか、長生きをして何を為すのか、ということって大事だよね。そうでないとメシ食ってクソして終わる一日を何十年も続けてしまうことになりかねないもんね、、健康であることはそれ自体が目的ではなく、何かを為すための手段の一つだよね!夢と希望をもって自分の為すことに邁進していけばおのずと健康ってついてくるってこともありそうだよね!
2005/08/10
心のニュートラルポジションということに意識を向けていくと、不動の信念=どこにでも動ける自在性、ということに気がつく。これは点=無限、と同じ感覚だな。理屈で理路整然と説明できることではなく、感覚として捉えられること、、、、何の経験も知識もない赤ん坊のようなものかな、、、一人ではなんにもできないけど無限の可能性を秘めている状態・・・経験、体験によって得てきたわずかな知識に束縛されるよりそんなものはそぎ落として本来持っていたはずの天来の英知を活用できた方がうんと楽しいよね、、、、
2005/08/09
アイアムパワー 12週間を一通り終えた。面白い体験だった。肉体を作っている細胞の多くは4ヵ月くらいで入れ替わるそうだが、意識の入れ替え、考え方のクセもアイアムパワーのやり方を導入すればかなりの効果があることを実感できた。シルバメソッド、MT法、マーフィー、言霊、アファメーション等々、潜在意識に働きかける方法をこれまでにいくつも試してきたが、今回のアイアムパワーも 「効果アリ!」かなり明確になったのは「心のニュートラルポジション」ということ。ニュートラルポジションは前にも後ろにも右にも左にも上にも下にも自在に動けるポジションだから怖いと言えば怖いポジションとも言える。必要な時に必要な方向に必要なだけ動ける、ととらえればこれ以上安全なポジションはないともいえる。風になびく柳のようなものかな、、強固な意志想念も心のニュートラルポジションの状態で必要に応じて使いこなせればポキッと折れることもないな、、、強いときはどこまでも強く柔らかい時はどこまでもやわらかく、、、、
2005/08/08
宇宙に偏在している無限の富、、、、もちろんここで言う富とはお金とか財産といった狭義の富ではなく、心の豊かさ、高い術性、 人間愛、といった意味だよね。もちろん生きている間はたくさんのお金があった方が「物」は手には入るけど、それによって心が豊かになるかというとそうでもなさそうだ。といって現代社会ではお金が富の一種であることは否定できないよね。豊かな心で豊かな生活を堪能できるように本当の無限の富に意識を向けてみよう!今日で12週間にわたってやってきた「アイアムパワー」もひとくぎりだ。たくさんの気づき、変化が実感できた。ありがとう!今、地球全体が大きなターニングポイントにさしかかっている。私たち一人ひとりがこれまでとは違った価値観、意識を持つことを求められているようだ。そして政治、経済、科学、精神世界、芸術、宗教、、いろんな要素がだんだんと一つにまとまり本当に素晴らしい時代がやってくるんだろうね、、、産業革命以降、「物」主体の考え方が中心になっていたようだが、そのひずみが修正される時期にきているようだね。自然破壊、環境問題など人間が引き起こしたことがたくさんありそうだ。動物や植物は自然の摂理の中で生きている。その自然を人間が破壊していいはずはない。本当の富、豊かさというのは大宇宙、大自然と一体となった生き方なんじゃないかな、、、、
2005/08/07
WISDOMという言葉を聞くと、ついビートルズのLET IT BEのフレーズを思い起こすなぁ、、、、英知・・・本を読んだり勉強したりして得た知識とは全くちがった次元のものだろうね、、、生まれてきた時に既に持っていた「先天の智恵」といったところだろうか、、、後天的に学ぶ学問、常識などで観念ができてしまい、先天の智恵、英知に蓋をしてしまっている、という状況があるようだ。「人は、自分の体験と学問の範囲でものをいう。範囲を超えたことに遭遇すると人は、否定、疑惑、不信と、拒絶的態度に出る」という言葉があるが、(※中村天風 「運命を拓く」まえがきより一部抜粋)これはまさに箴言といえよう。こだわりや思い込みをなくして、本来もっているはずの英知をどんどん引きだそう!自分には発想できない考え方を受け止める、受け入れる直観やひらめきを大切にする。と、今、「意識のニュートラルポジション」という言葉がひらめいた!これって面白そうなフレーズだね!(笑)
2005/08/06
「祈り」と聞くと時として「抹香臭い」「胡散臭い」「アヤシイ」といった見方をしてしまうことがあるが、祈りの原点が、狩猟時代に狩に出かけた男達が無事に獲物をしとめて帰ってくることを願う女子供の想いであった、という説を聞くと、祈りは生きるための原点であり、愛の原点であることに気づかされる。自分の命、愛する者の命をいとおしむ気持ちの高まりが「祈り」だとするならば、「アヤシイ」なんて言ってられないよね。自分の恋人や伴侶、子供が病気で苦しんでいる時に思わず手を合わせて、なんとか苦しみから救って欲しいと願う気持ちは誰だってあるよね、、、苦しい時の神頼み、という言葉があるが、それはそれでいいんじゃないかな、、もっとも、普段から神様と良い関係を結んでおいた方がイザという時にお願いはしやすそうだけどね、、、、(笑)
2005/08/05
感謝、、、失ってみて初めてそのありがたさに気がつくことがままある。例えば健康、例えば親、友人、、等々生きているだけでもうけもの、ありがたい、ありがたい、、という言葉は死を真剣に意識できた人の言葉だろうね、、常日頃よく「ありがとう、感謝しています」という言葉は聞かれる言葉だが、万感の思いをこめた「ありがとう」という言葉はめったに聞かれないように思う。普段は当たり前えと思っていることを、当たり前ではなく「有り難い」こととしてとらえ、有ることがとんでもなく恵まれていることなんだ、恩恵を蒙っているんだ、と意識することによってより深い感謝の思いが持てそうだね。「アイアムパワー」も大詰めに近づいてきた。より深い感謝を目指してみよう!今日も命があってありがとう。呼吸ができてありがとう。水が飲めてありがとう。あなたがいてくれてありがとう。
2005/08/04
勇気、、、一歩を踏み出す勇気がないこともあったなぁ、踏みとどまる勇気を持てずに無茶をしてしまったこともあった・・・進むべきは進み、退くべきは退く、って大事だよね、、、、「生くべき時は生き、死すべき時のみ死するを真の勇とはいうなり」この言葉、武士の精神を説いたものらしい。蛮勇をふるって犬死にしてしまっては元も子もないよね。もうじき8月15日がやってくるが、特攻隊の若者も「自分の死が無駄死にではない」という確信がもてたからこそ死地に飛び込んでいけたのだろうな。戦争を肯定する気はさらさらないが、祖国のために、という想いで死んでいった先人たちの心は無駄にはしたくない。今日一日を勇気をもって楽しく生きよう!
2005/08/03
美の創造、、、、大自然の織りなす息をのむような美しさ、長年の鍛錬によって磨き上げられた技術による技、、、美しさを感じる感性を磨き、美しさを表現できる内面性と技術を併せ持ちたいものだ。美しい身と書いて躾と読ませるのはすごいね!子供の頃から泣きながらでも芸事を仕込まれた人の立ち居振る舞いは本当に美しいと感じる。
2005/08/02
アイアムパワー 最終週、 新しい月の週始め、 区切りがいいとなんとも気持ちがいいもんだ。平和、、、、、世界平和、国・民族の平和、地域社会の平和、家庭の平和、個人の平和などいろんな平和があるけど、これらの平和がすべて両立できばいいんだよね。時として自分の平和を守るために他と争いを起こしてしまうことがある。なにをもって平和とするか、という基準の食い違いが原因なのかなぁ、、個人レベルでも国家レベル、民族レベルでも長い歴史の中で刻みこまれた価値観の食い違いによる摩擦がおきてしまうようだ。自分の考えが正しいとし、その考え方に皆が従えば全てうまくいくという思い込みもけっこうやっかいなもんだ、、、自分とは全く違う考え方を認め、尊重するのは難しいかもしれないけど、ここをクリアできないと本当の平和というのはやってこないんじゃないかなぁ、、、こうなると一人ひとりが変わっていくということが必要になりそうだね。画一的な枠の中に入れて統制をとるというのではなく、一人ひとりの価値をお互いに認め合うことのできる感性の持ち主が増えてくるといいだろうな、、、、「みんなちがってみんないい」んだよね!
2005/08/01
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