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建築とはどうしても客観的に語れないもの経済性や機能や快適さというのはある程度定量化できるものだと思う。しかし、そこにはどうしても語り尽くせないものがある。これを空間化できるかできないかに設計者の存在がかかっているように思う。どんな会社の起業でもそうだが、経営者と営業と経理がおれば会社が動く!などという単純なものではない。そこにはコンサルタントも相容れない起業者独自の思いのようなものがある。それが経営の真の本性であり姿だ。起業も建築を創り上げていくのもまったく同じだ。両方とも芸術で語られてよいほど崇高なものだ。客観的に語れないものがそこにはある。例えば、私の身近なところで言えば、醸造家バッシーさんの事業もそうだ。バッシーさんの創造しているワイナリーを捉えようとしたとき、他のワイナリーはなんの参考にもならない。客観的に語れないバッシーさん独自の思いを嗅ぎ取るところから姿が見えてくる。何にしても建築と言うのは自然と一体となって生まれてくるものだと思うので、平面的な思考ではなく、立体、いや、4次元的な創造が要求される。だから、建築とはどうしても客観的に語ることができないものだ。
2005/07/31
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人材をつぶす企業かわいそうな話を聞いた。以前にも聞いたことだが、やはり多くの企業はそうらしい。教授からの連絡だったが、優秀な女生徒でそれなりの企業に就職したそうだが、ここ数年やらせられてきたことは事務と申請手続きなど。学生の設計コンペでも入選するような逸材らしいが、今はすっかりトラウマ状態で引きこもっているという。鉄は熱いうちに打て!ということわざにもあるように、むしろ若い者にどんどん計画作業やデザインのアイデアを出させるべきだ。人は鍛えれば能力は格段に向上していく。わがスタッフが優秀なのは、毎日それが積み重なっていくからだ。私とスタッフの一対一のプロジェクト。つまりプロジェクトがスタッフの数だけあるということだ。安藤事務所とまったく同じ方法だ。大半の企業は通常の組織的フォーメイションをしく。人の下に人を置いていくやりかただ。これでは人は育たない。なぜなら、経営者で無い限り自分の下の人間をそだてようとする意識が薄いからだ。多くの設計事務所は組織でフォーメイションを組む。あるいは、計画構想段階をトップが完全にクローズしてスタッフはそれを図面化するだけ、というのが一般的だ。そのようなことだから優秀な人材がコピー焼きや事務的なことに埋もれてしまう。いざ計画を託されても鍛えてこなかったことや歳を食いすぎて使い物にならなくなってしまう。昨夜、建築を修学中の大学生と話す機会があった。とても志しのある子で、才能を伸ばしていくこと、企業につぶされないこと、ということを話したが、ことによれば将来の私のスタッフになりえるかもしれない。とにかく人を大切にしてほしい。特に将来のある若い人材には多いにやらせるべきだ。
2005/07/30
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スキップフロアは豊かな空間を生むあるプロジェクトのためにスキップフロアの住まいを計画しているが、増沢 洵の最小限住宅を検証しながら、改めて住空間を見つめてみるとき、豊かな空間が創りやすいことが分かった。中2階、中3階のいわば中間領域ともいえる空間はまさしくコミュニティ創出の舞台となりえる。そういえば、ここ島根県ソフトビジネスパークに入居できるのも今年を含め3年だ。ここの入居企業の多くはこの施設内に残りたいと思っている。みんなでこの施設内の土地を買うなり定期借地で借りるなどして共同でコーポラティブオフィスを建てて入居しようか、などとまことしやかに話し合っているが、このスキップフロア形式を使っての空間計画をすればとても豊かな執務環境ができる。階段を3~4m上がるとそこは別世界になってしまう。半階だとせいぜい1.5m~1.8mあがるだけなので目線は上下階が一体に見える。つまり自分の階を含めて3層が一体に感じられコミュニケートできることになる。よし決めた!まだ先のこととはいえ、構想をまとめてみんなに披露しよう。ことによればプロジェクトとして動き出すかもしれないし、これがプロトタイプとなって、他への提案にもなるかもしれない。それにしても、増沢の最小限住宅は、改めてすごい。哲学的空間を感じる。
2005/07/29
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プロジェクト フル稼働このところ色々なプロジェクトがフル稼働状態となってきた。つまりスタッフがフル稼働状態だ。もっとも普段からそうなんだが。日付変更線も俄然近くなる。それにしても、うちのスタッフはよく頑張る。センスがいい連中がそろっているし、私の要求に臨機応変によく答えてくれる。私の要求したデザインサーベイにも色々提案できるし、模型の制作も早い。デザインの煮詰め段階でもスタッフがよく理解して煮詰めてくれるので私のデザイン思考はかなりキャパが広がった。自分でいうのもなんだが、設計事務所としてのレベルは非常に高い。今回、日経アーキテクチュアに紹介されるが、作品が紹介される常連になることが当面の目標だが、プロジェクトの一つ一つがその対象になるレベルであると思う。本日、尊敬するマーケティングアドバイザー氏がいらっしゃったが、新たなプロジェクトの広がりを感じた。建築家はデザインだけを担うのではない。奥底から見つめる思考を求められている。建築は哲学だ。広がりと深さは半端ではない。一級建築士の資格を持っていても理解しがたい世界。いや、ほとんどの建築士は建築家の世界は想像すらできてないだろう。 あえて・・・私は建築家だ。プロジェクトの奥深くを見つめ出発点を探るところから私の設計作業は始まる。私の思考にスタッフは必死についてくる。
2005/07/28
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社会貢献事業という理念は正しい 6年前、家業の倒産の直前に私が社長になったので倒産時にはでかでかと名前が出た。以来、保証債務という陰を引きずっている。昨日は、当時関係した金融機関の方がお見えになり久しぶりにお話をした。その中で、日本ではこのような状況の者が再起を果たすことはかなり難しい社会であるとのことで、私の起業が再起としての意味合いなのか分からないが、身はひとつなのでもちろんコムースの人生の同じ延長線上の出来事である以上、傍(はた)からは再起であるのだろう。ありがたいことに、そんな私に、こんな再起もあるのだ!よき見本になってほしい!と大いなるエールを贈っていただいた。今は、こうして建築家としての道を歩んでいるが、その出発点においては、絶望的な状況の中で再び建築の道を歩みだすにあたり大きな理由付けが必要だった。つまり、なぜ再び建築なのか?の理由だ。一生懸命、社会が求めているものを本気で見つめた。そこにやるべき事柄を見つけることこそ私の大義名分だった。そんな中で見えてきたもの・・・社会は病んでいる。それは、コミュニティの崩壊だ。コミュニティ力の欠落だ。コミュニティは原風景のなかの体験で創り上げられていくものだと思う。建築は社会の土台、基盤となるものだ。そこには職人文化がある。世間がコミュニティで満ち溢れていたころは職人文化は民衆とともにあった。商店街という職人文化も民衆とともにあった。それが今は、大型店舗やメーカーのノウハウ商品にとって替わったために職人は身近なものではなくなった。社会の荒廃の原因はそこにある!このことが明確にイメージできた。これが私の問題意識、出発点となった。そこで、私が行うこれからの建築活動の原点を、そのコミュニティの新たな創出に置いて、それを理念とした。そういう話を聞いて、その金融機関の方は、これまでの私の活動の状況や伝わってきたものをすべて肯定してくださった。「あなたの、社会貢献事業という理念は正しい」と。とてもうれしかった。借金の取立てにきた方が励ましていただくのだから、何とも言えない気持ちだった。自分の正当性を訴え掛けるというより、私自身が堂々と生きていくためには、もはやこの道しかない!と言うことのほうが正しい。家族に肩身の狭い思いはさせたくなかった。いつも陰から指をさされたくなかった。これが本音のところだ。私は、社会貢献のために影響力のある建築家にならなければならないと思っている。私に設計を託してくださるクライアント(施主)のために、メジャーな建築家にならなければならないと思っている。私を信じて私のもとに来てくれたスタッフのために著名な建築家にならなければならない。そこのスタッフであることでステータスになるような事務所にならなければならない。そう強く思っている。私は思い上がらない。私の思い描く理想の社会は、社会全体を見据えているからだ。そこらあたりの町内でそこそこの建築家になることも大事だし、コミュニティあふれる町内になることをめざさなければならない。しかし私の理念は社会全体を見据えている。少々のことでは思い上がっているわけにいかないし、そもそも思い上がる資格がない。どのような人生が展開していくのだろう。きっと面白いことが起きていくに違いない。とても楽しみだ。
2005/07/28
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デイサービス・デイケアセンター 松江市天神町の精神障害者通所授産施設まるべりー松江に続いての福祉施設の設計依頼をある福祉法人からいただいた。縁は大切にしておくものだとつくづく思う。このところの営業活動?で沢山の経営者や法律家・大学教授などとお会いしているが、ある方からの推薦があったということで福祉法人の理事長が直々にお越しになっての依頼だった。社会に役立つ人間になりたい!という強烈な願望が起こったのは家業の倒産の時だった。その後、図らずも建築家として再起し、このように推薦をいただけるまでになったことはほんとうに幸せなことだ。
2005/07/27
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天神祭りの夜の集い松江を中心にENJOYというメーリングリストがある。メールだけなら顔が見えない、とのことから時々オフ会が行われる。昨夜は、私が世話人となってビアホールオフ会なるものを行った。松江の天神のお祭りの目抜き通り沿いの会場の2階バルコニーから祭りが楽しめた。オフ会にはじめて参加される方や、全国各地から松江にこられた方も多くみられた。中でも、神奈川県の相模原、座間、厚木と偶然にも隣り合わせの市同士の方がおられたのも面白かった。とにかく41名のビールの飲みっぷりはすごかった。知らない町でこのような交流の場があるのはとてもうれしいとおっしゃる。はじめて出会った方々が、来年の天神祭りの夜もやろう!ということでまとまった。つくづくコミュニティっていいな、と思える夜だった。
2005/07/26
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明確な願望(夢)を描けば必ず実現するという法則これも、京セラの稲盛和夫氏の講話にある言葉だが、この日記でも何度も書いてきたことだが、普段の生活の中で色々なことが起きたらすぐに置き去りになるのが「夢」ではないだろうか。齋藤一人氏がアファメーションの大切さを強調しているのは、「ついてる!」という言葉のパワーもあるのだろうが、常に自分の願望を見失わないようにするためではないだろうか。「ついてる!」という言葉が奇跡を起こすのではなく、そのことを通じて、潜在意識でイメージされた「自分自身のついている状態」を毎日毎日、常に呼び起こして強制的に無意識なるイメージ化が行われているから実現するのだろう。ついてる!という言葉の向こう側にある自分自身が一番望んでいるついている状態を明確に画像化すれば人間は誰でも願望が実現する。稲盛氏は、京セラの新規事業はこのようにイメージ化を進め、それがカラー画像で見えるまでイメージをビジュアル化し開発を進めていったという。稲盛氏いわく。「潜在意識に透徹する明確なイメージは必ず実現するという宇宙の真理・法則がある。」一見宗教的な表しだが、稲盛氏はセラミックを開発したれっきとした化学者だ。法則があるのだ。法則の存在を信じればよい。実現しないのは明確化が足りないし、いい加減なのだ。大切なのは広い視野に基ずくバランスだ。目の前のことで振り回されながらも、いつか目の前の出来事さえもコントロールできる自分になることをイメージすることだ。つまり、明確な願望を持つことが、将来の自分の目の前の出来事をコントロールできることになる。家業が倒産し、絶望の縁で過ごした2年。その後、建築家の道を歩みだしたが、これも、潜在意識で一番なりたかった建築家を常にイメージしていたのだろう。それを呼び覚ましてくれたのは安藤忠雄氏だ。建築家になりたいと思った。安藤忠雄氏に再会したいと思った。日経アーキテクチュアに紹介されるような建築家になりたいと思っていた。それがすべて実現しようとしている。しかも、全国的に活躍する建築家をイメージしていたのだが、北海道、岐阜に続いて栃木という話も出てきた。潜在意識に途轍する明確なイメージは必ず実現する。お金は遅れの法則であとから着いてくる。善なる活動という明確なイメージを持てば、いつか必ず満たされるときが来る。さらに、もっともっと社会貢献だ。----------------------------------- 建築家日記をお読みいただいている皆様へ 何度も書いていますが、この建築家日記は、他へのメッセージではありま せん。発展途上にある自分自身の本当の日記です。本性そのもので書いて いますが、明確に書けば書くほど、自分自身の中の曖昧さや怠惰な心が無 くなると思いしたためています。自分自身への言い聞かせ、応援歌です。 誤解があるような言い回しに感じられることもあるかもしれませんが、あく まで自分自身の内面を見つめる日記、自分自身との対話の場です。
2005/07/25
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次なるアプローチ壊れてしまったコミュニティの復興などできない。新たなコミュニティを創っていくしかない。これが私の基本的な考え方だ。圏域や立場の壁を越えた産学官の集い「地域の明日のコミュニティを考える会」のメンバーとの交流も新たなコミュニティの創出であろうと思っている。そのメンバーと昨年、「まちづくり・人づくりシンポジウム」と銘打って、県民会館大ホール1,600席を満杯にしてのシンポジウムを行った。ゲストは、産学官の代表ということで、安藤忠雄(東大名誉教授)、今井清輔(大阪商工会議所副会頭・元松下電工社長)、松浦正敬(松江市長)をお呼びした。ここで私が提言したかったのは、国の制度として便宜上分けられている県境や市町村境という見えざる線の影響を受けることなく、見渡せる圏域にいる者が心一つになる、ということであった。実際のシンポジウムはコーディネーターに壊された感があるが、楽屋での安藤先生らとの雑談では私の考え方に賛同していただいた。このシンポジウムはお祭りで行ったのではない。私の中では、出発式のようなものだ。メンバーも言わずもがなで心が通じている。そのことが分かったのは、先月、日経アーキテクチュアが取材に来たとき、メンバーにも会いたいということで集まってもらったが、ま~、語るわ語るわ!私と同じ意味合いを大いに語ったからだった。昨日は、会のメンバーであるタペストリー作家の某女史がいらした。次なるアプローチは理念の延長線上にあるものであればどのようなことでもよかったのだが、その女史は、ある超有名シンガーソングライターと親交があるということから、女史と大学教授と私とで、シンガーソングライターを巻き込んでの企てを模索しているが、機が熟してきたこともあり、そろそろアクションをおこそうか、ということになった。9月の武道館コンサートの楽屋に乗り込もうか・・・とも思ったが、落ち着いた状態の時を狙ったほうがよい、ということになり、まずは会の運営委員会メンバーと一献傾けながら組み立てていくことにしようということになった。年に一回の祭りの企画をするのではない。目的は、圏域が心一つになることだ。そのための意識付けのための働きかけだ。傍(はた)からはお祭りに見えて結構。そこにある理念は深い。イベント会社の目的は、盛り上がりと利潤だ。我々には利潤はいらない。圏域が心一つなることに一歩でも近づくことが目的だ。宍道湖・中海圏域には65万人~70万人が住んでいる。たったこれだけの地域にこれだけの人口がある。にも関わらず、県境や市町村境という自治制度の便宜上の線引きで心の中に壁を作っている。今、名古屋圏域が元気がよい。それこそ圏域の壁を越えて心一つになっているからだ。経済も芸術も観光も全てを共有し、全てがわが町だ、との思いこそ21世紀を圏域がたくましく生き抜ける源だ。島根県が呼びかけても鳥取県は乗ってはこない。逆でもそうだ。松江商工会議所や松江法人会が呼びかけても、米子商工会議所や米子法人会は乗ってこない。表面上テーブルについても、総論賛成・核論反対という構図は明々白々だ。しかし、そんな立場ではなく圏域の壁を越えて、思いを持った個人が集まった私たちにはむしろ全体が冷静に見える。安藤先生は、アサヒビールの大山崎山荘美術館の基本設計の段階で隣の敷地まで使って計画したということは有名な話だ。実際にはそんなことが許されるわけもないのだが、構想段階では、安藤先生の思考は宇宙の果てまで飛んで発想される。そこに究極(芸術性)を求めたときには奇異と思われる発想もときには必要だ。実際の美術館はもちろん敷地内に建てられている。(笑) 芸術性のきわめて高い建築だ。つまり、松江のことだけ見ていて、より広い圏域が一つになりましょう!といってみてもどうしようがないのだ。心は山陰全体ではなく、中国地方全体でもなく、日本全体でもなく、世界全体でもなく、宇宙全体に思いをはせてすすめなければならない。これは全ての物事がそうだ。これが、私がいつも気にしている「自分の立位置」だ。出発点だ。どこに思考の源を置くかによって意識できる範囲が違ってくる。どうかしてる!と思われても結構。生意気だが、私の周りでは少しずつ視野の広い人が多くなってきた。私もそうだが、その連中も、世界の、いや宇宙の中心は山陰だ!と思っている。専門家でもなく企業でもなく、公益団体でもない一市民が集ってとんでもないことをしでかそうとしている。多くの人々は、「所詮・・・」などと考えている。明治維新を成し遂げたのは20歳代の若者だった。なぜできたか。その時代のだれよりも宇宙の果て(究極)まで行ってそこを立位置(根本理念)にしたからだ。だれがどれだけ本気で深い思考で考えるかで勝負はきまる。決して立場ではない。現に、安藤忠雄氏は私の呼びかけに答え、松江に来てくれた。地域を壊そうといっているのではない。こんなによい地域であることを圏域の一人一人がほこりの持てる状態にしたいのだ。これが、コミュニティの新たな創出そのものだ。世はインターネットの時代。アメリカのツーソンの情報だって、イギリスのマンチェスターの情報だって検索していけば手に入る。つまり、私たちの圏域はもはや世界の情報端末に直結しているのだ。そんなときに山陰に住んでいる人たち自身が、圏域を過小評価しているのではないのか。小さなところに閉じこもっているのではないのか?全国の人たちは山陰を田舎などと思っていない。それどころか、思考回路の片隅にも記憶されていない。意識すらしていない。現実の山陰が伝わっていないだけだ。山陰・・・こんなによいところはない。生まれ育ったからではなく、全国を旅する中でこれだけの芳醇な土壌が残っているのは日本ではここだけだろう。自然が残っている所はほかにもあるだろう。しかし、自然と、文化と文明がこんなに目と鼻の先で共存しあっているところはほかにはない。海があり、山があり、空港が2つもあり、文化があり、65万人という商圏がある。自然が楽しめ、新たなチャレンジができる場所。いつか山陰がメジャーになるときがくるだろう。私たちは次なるアプローチをはじめる。
2005/07/24
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プロジェクト発進あるプロジェクトが発進した。特許に関わるプロジェクトだ。プロジェクトマネージャーのほかに、農学博士1名、医学博士2名、工学博士1名、そして私だ。初めての体験なのでお呼びがかかったときは戸惑ったが、ふたを開けてみると実に面白い。様々な専門家が自由な発想のもとに基本構想を膨らませていく。もちろん、最終的な姿は描かれている。それをいかに実現するかだ。これが研究開発というものなんだな~と、その場の空気を感じながら、そこに建築家としていることが不思議な気持ちだった。弁理士の方が私を推薦されたという。建築家として認識されてきたのだろうか。うれしい限りだ。そのものは画期的なものだ。いままでのある分野の既成概念を根本的に覆すものだ。みな一様に「そういう発想があったのか~」という感じで、頭がすっかり柔軟になった。おそらく日本ではじめてのものになるだろう。昨日、日経アーキテクチュアから8月の私の建築家活動の掲載記事が1ページ半にわたることが知らされた。ワイナリープロジェクトも実現に向けてスタートしたが、このたびのプロジェクトについてもいずれ日経で取り上げてもらうことになるだろう。
2005/07/23
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弱虫でないと経営者にはなれない京セラの稲盛さんの言葉にはいつも勇気づけられているが、、たしかにそうだと思うこのごろだ。闘魂逞しく恐いものなし、少々何があっても恐がるものか!というやからは、粗野なだけでデリケートな感性など持ち合わせていない。気遣いができない鈍いやからも相手にはしたくない。ひ弱で、人前でどきどきするような人こそが、最後には格闘家の何百倍もの勇気を奮うものだ。私は弱虫だ。家業が行き詰まったとき、救いようのない状態になったときの私は、おろおろし、恐怖感に縮みあがっていた。「その時に、泰然としていられる根性こそ大切だ。そんな勇気のないやつは経営者にはなれない!」という方がいるが、そんなやついるわけないでしょう。もしそうなら、粗野そのものだ。自分の置かれた絶望的な状況に我を忘れてうろたえるのが当たり前の人間だ。大切なのは、経験の中で逞しくなっていくことだと思えるこの頃だ。ベテランの営業だって、最初のころは、相手が留守ならいいのに、と思う毎日だったという。最初から顧客に会うのが平気という人は案外うまくいかないという。分かる気がする。低いところから徐々に積み上げて上がっていくことが大切で、最初から高所から見下すという粗野な性分では、人の心など読める訳がない。おろおろすることが悪いのではなく、そんな状態でも夢を絶対にあきらめないことが大切だ。私は常にそうだ。必ず事業は成功すると強く思っている。なぜなら、世のため人のためにつくす事業を行なっているのだからだ。必ず成功する、いや、成功させなければならない義務があるからだ。強い心とは、根が弱虫であることには関係なく目的に向かう執拗なまでの心だ。「建築家」と名乗るには相当な勇気がいる。なぜ名乗るのか。それは、目的達成の決意を示す称号だ。
2005/07/22
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早朝研修今日も朝6時からの経営者研修に参加した。朝日を浴びて会場に向かうと実にすがすがしい。こんな世界があったのか!と改めて感慨ひとしおだ。毎朝の墓参りも日課になった。花立は、少しずつさしていったのにあふれんばかりの華やかな雰囲気が漂っている。いままでの非礼を侘びつつ、心静かに感謝とともに今日一日が有意義な一日になることを誓う。早朝研修に参加していらっしゃる方々は、このようなことは当たり前にやっていらっしゃるようだ。問題は冬に頑張れるかどうかだ!とおっしゃる。明日から、朝礼を開始する。みんなで一緒に短い時間ではあるが、資質向上に役立つことをしていくことにした。すべてクライアント(施主)の夢の実現に向けての啓発活動だ。なにより私自身の資質を向上させていかなければならない。
2005/07/21
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コミュニティを語る本日は、大物経営者とお会いした。「何のために来たのだろう?」という表情がありありだった。初めてお会いしたのだが、お互いに腹の探り合い状態(笑)だったかもしれない。饒舌だと聞いていたが、私の言うことを慎重に聞き、丁重に受け答えしていただいた。時間は短かった。あえて建築の世界に踏み込んでいただいたのか、話の内容は「住空間」のコミュニティ性であったが、真のある話であった。私の考え方とほとんど一緒であった。総体的には、きっと適当にあしらわれたのだろう。私の後には鈴生りと言っていいほどの来客がひしめいていて、話の途中で秘書がやたらとメモを持って入ってきた。帰り際に、「既存のコミュニティの復活などできないと思います。新たなコミュニティを創造していくしかないと思っています。」と申し上げながら、コーポラティブハウス桜坂のDVDを差し上げたら、少し真顔で「コミュニティについて語る場を設けてくれたらいつでも話をするよ。」とおっしゃった。ことによれば、面白い出会いかもしれない。
2005/07/20
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どこが原点か建築家という職制は、物事を深く洞察することを求められているのだが、このところの色々な経営者との出会いや出来事が、これからの私に大きな影響を及ぼすように思える。いわゆる節目に来ているのだろう。私だけではない。お会いする方々も平平凡凡と暮らしている方など一人もいない。経営についてお話になる方がいるが、テクニックではなく経営の基盤を語る方が多い。人間的資質であったり、器であったり、立ち位置というものであったり・・・全部同じ事を言い表しているのだが、初めて自分自身を深く見つめることができた、いや、これまで以上に深く見つめだしたというべきだろうか。このところ毎朝5時起きで、墓参りに出かけている。アチーブメントでは青木先生が、「妻や子供を大切に出来ない者がお客様を大切にできるわけがない」とおっしゃっているが、社会の土台である建築をつかさどるという仕事を手がけるためには、コムース家の土台である先祖に思いを馳せお墓を大切にする、ということができないものが、社会の基盤について語れるわけがない・・・との思いがこみ上げてきて、普段なら彼岸や命日しか足を向けなかったことを侘びつつ、感謝の誠を捧げる毎日だ。お寺に毎朝お参りしておられる方が随分多いことに気付いたのだが、親しく声を交わし、事のわけをお話したら、「ようやくお気づきになられたのですね。」とおっしゃる方の穏やかなしかし凛としたものを感じ取った。自分の立ち位置、バックボーンとはこういうことだったんだ。ようやく原点にたどり着けたようだ。早朝のお墓参りが今日一日をこんなに替えてくれようとは。
2005/07/19
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昨夜の出会いは必然以前から誘われていた集いに出かけた。高校の先生ご夫婦やクライアント(施主)と楽しいひと時を過ごすことができた。ご夫婦の奥さんは子供のころ近所にいらした方だった。以来初めてお話したのだが、お互いに当時の印象と違っていた。よく聞けば娘の同級生の親御さんだった。後から後から共通する方々の名前が出てくる出てくる。このところ意識して色々な方々とお目にかかっているが、不思議な縁で結ばれし、ということを感じる。この世は不思議なことだらけだ。ある経営者が言われたように、偶然はなく必然であるのかもしれない。松江市近郊の山の上に計画されている施設のイメージを考える毎日だが、この事業も実に不思議だ。元は武将の居城があったところだが、数百年の眠りからさめ、改めて社会の注目を浴びることとなった。その地に立つと、歴史の中にいた方々の意思を感ずるし、これからの人々がよせる思いも感じられる。偶然ではなく必然。昨夜の出会いから、さらにその思いは深まった。
2005/07/18
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八方ふさがりでも天は開いている本日は、信仰心の厚い経営者の方にお会いした。私が経営者としての研修を受けているアチーブメントの青木仁志(さとし)先生も、随分強引なお方だったようだが、キリスト教に触れて人生が一変したと言っていらした。私の知っている青木先生は仏さんのような方だ。私は特定の信仰を持たないが、色々な経営者にお会いするのに、このように皆さん結構信仰心が厚い方が多い。「八方ふさがりでも天は開いている」、とは天理教教祖の言葉らしいが、なるほどと思った。京セラ創業者の稲盛和夫氏は妙心寺派の僧門に入り私たちに仏の教えをお話して下さっている。イエローハットの創業者は、トイレ掃除を提唱され、自らの実践を通して経営者の人格形成の大切さを訴えかけられている。倫理法人会は、毎週1回、朝6時~7時に研修会を行い、早起きによる経営者の資質向上活動を行っておられる。どこかの信仰に付くか付かないかは別として、天地自然の法則で活かされている自分であることは違いないようだ。私自身そのように強く思いはじめた。多くの経営者がおっしゃるのは、活かそうとしている天の意志を強く感じ取り、そのことにいつも感謝の心を送ることだという。理ではないものを感じ取れる自分になることだ!と強く諭された。
2005/07/17
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もっともっともっと抱え込んでやれよ!初めて同じ日に日記をアップした。今日の日記にも書いたが、頭の中は色々なことが渦巻いている。人間の器ってとても大きい。みんな同じだ。使っているかは別だが。祭りで泥酔状態だが、頭はちっとも酔ってない。なぜか。ある経営者からメールをもらった。人格を否定されたって?それがどうした。相手を抱え込んでいるのか?全てを抱える人間のことを経営者っていうんだよ!分かってないって?なら教育してやれよ。自分が正しいと思えばとことんぶつけてやれよ。それが経営者としての誠意だろう!やさしさだろう!その上でその人間を切ろよ。経営は理論理屈じゃ~ないぜ。仕事ができてその道のプロが経営者じゃないぜ!経営者って、人を本気にさせる人間のことをいうんだぜ。お前、相手が本気をぶつけてきているのがわからないのかよ!-------------------------------おそらくまともな文章になっていないだろう。二人で2升もあければまともじゃない。家に帰って、どうしても気になってしょうがないからアップしたが、明日、正気に戻っておかしければ抹消しよう。残していたら、まともということか・・・。明日の自分に任せる。
2005/07/16
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経営者はいつも本番いつも修行修行とは僧が行うものだが、経営者は寝てもさめても24時間が修行だ。私の24時間もまさしく修行だな。・・・そう思うとありがたくなる。建築家は土曜日と日曜日は打合せのピークで、私自身、盆と正月以外休んだ覚えがない。今日は町内の年一回の大きな行事で朝から夜までのお祭りだ。世話役なので朝から汗だくで準備をし、昼過ぎからは祭りから離れて打合せを行い、4時前に町内行事に戻り、片づけ、その後ようやく小休憩をし、午後5時30分から再び町内行事に戻り午後9時までお世話役。明日は午前9時から設計打合せ、午後2時から他の物件の設計打合せ。夜は催しに参加し懇親を深める。これも営業活動だ。頭の中では平行して、月末の資金繰り段取り、次なる物件の掘り起こし、今月の物件の進め方、来月、再来月、短期、中期、長期の物件依頼の獲得、戦術、戦略を再確認。クレームがあれば責任を取る。まさしく修行だ。気の休まるときがない。だから真の経営者は人格が高まっていく。経営者とそうでない人の違いはここから出てくる。経営者は禅僧の修行のように毎日が修行だ。倒産の危機におびえながら、だれも助けてくれないたった一人の孤独な判断がもとめられる。これが修行でなくて何なんだ。尊い修行だ。人格は深みを帯びてくる。人格形成は、特権ではない。苦しい修行の代償だ。
2005/07/16
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プロジェクト参加の依頼を受ける本日、特許に関わるプロジェクトを立ち上げるとのことでご連絡をいただいた。建築も多いに関係するようで、弁理士の方から私を推薦いただいたようだ。私の進めている事業等かなり知っていただいているようで、理念の共有が図れそうだ、という温かいお言葉もいただいた。来週、このプロジェクトの立ち上げを某大学の研究室で行うことになったので是非参加してほしいということだった。私をこのような対象にしていただけるということはとても冥利に尽きることだ。その他、いよいよ経営者の大御所ともお会いいただけることになったというニュースも入ってきたし、某銀行の支店長を訪ねたときには、東京でのアプローチのために紹介した某出版社の元社長にも早く会ったほうがよいとの言葉もいただいた。今後の私にとても影響があると思える大きなニュース?が今日だけで三つも入ってきた。
2005/07/15
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人と人との橋渡し 色々な方々とお会いする毎日だが、「あなたは、人と人との橋渡しをされているのですね。」ということを言われて、なるほどと思った。自分ではよく分からなかったのだが、建築家という役柄からすれば当然にそうあるべきだと思うし、そのように評価されるというのは実にうれしい限りだ。人を生かす、などというような生意気な考えはないが、プロジェクトを推進する役目とすれば、適材適所に注視したり、問題解決能力が問われることも当然のことだ。生意気な言い方だが、「建築家」という職制を抜け抜けと名乗る限りはこのようなことが要求される。多くの方々にお会いすればするほどに見えてくるものがある。ある方とお会いしお話をお聞きしたとき、あの方を紹介したら面白いことになるなと思うこともしばしばだ。お会いした方にどなたか紹介いただくことをお願いするのが日課だが、こちらから紹介することも増えてきた。面白いものだ。紹介を獲得しようと思って動いていたら、いつしか私が紹介することの方が増えてきそうな感じだ。世の中は面白い。実にすばらしい方々ばかりだ。
2005/07/14
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大御所に会うある元プロセールスマン氏のお話をお聞ききしたことがあるが、すばらしい英語教材が発売されることになり自分がそれを扱えることになったときとても喜ばれ、その後、案の定、売れに売れたという。しかし、同じセールスでも売上が伸びなかった者もいたそうだ。何が違っていたのか?氏は、その教材を誰が必要としているか?と考えたという。売れなかったセールスは、おそらく、自分が行きやすいのは誰か?と考えたのだろうという。氏は、大学教授や病院の先生など、もう少し語学力を付けたいと思われているであろう方々の所へいかれたという。セールストークはもちろん「お待たせしました。待ち望んでいらっしゃったものがようやく発売されました!」もちろんすぐにご制約!すかさず、「この喜びをあなたのご友人にも教えてあげませんか。どなたかご紹介ください。」と、次々紹介の連鎖が始まる。売れないセールスは、自分より年下のサラリーマンや大学生を相手に「これからは英語くらい話せなければ生きていけませんよ!」。もちろんすぐに売れない。私がお会いすべき方々も同じだ。25歳くらいの方に、そろそろ家でも・・・などと言ったところでそれどころではないお年頃だ。それよりも、一定の年齢以上や会社の経営者にお会いすべきだろう。このところ社会的立場のある方々にお会いししているが、いよいよ地域でも名士と言われている経営者とお会いすることとなりそうだ。大御所を紹介していただくことになった。人間は、会って初めて関係が始まる。相手が勝手に私のことを調べ気に入っていただき設計の依頼をいただけるようなら幸せだが、安藤先生ならいざ知らず、そのような機会は稀だ。これからも積極的にお会いしよう。
2005/07/13
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縁が縁を呼ぶ 今日は午前中から、さながら「友達の輪」という感じだ。地元新聞社の知人を訪ねたが、そこから輪が広がり、物件の有力情報もいただけるなど有意義な訪問となったが、そこからの紹介で、めぐってめぐって島根県庁のある部長さんまでたどり着いた。友達の友達の紹介とあればということから初対面ではあったが色々な話の花が咲いた。飛込みとはやはり雲泥の差だ。紹介をお願いするようにしているが、結構紹介していただけるものだ。これには感心した。私自身、お会いした方から紹介を頼まれたことが少ないが、親しさを感ずる方であれば、依頼されれば紹介するだろうなと思う。お会いした方にダメ元で紹介をお願いしてみることもよいことだ。その方がどれほど近い関係になったかが分かるからだ。紹介をいただけるようなら、かなり好意的に思っていただいていることが分かる。人との出会いというのはよいものだ。視野が広がる思いがする。
2005/07/12
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イメージを語り合う 今日は、依頼を受けている物件のイメージをクライアント(施主)と語り合った。計画前のコミュニケーションがとても大切で、この時間をしっかり取ることがクライアント(施主)にとっての納得できる住まいづくりができる土台となる。この時にうまくマッチングしないままに進めた物件は、やはり後々問題となる。建築家としては、しっかり語り合って絶対の信頼を獲得してから設計作業開始だ。もしこの部分でうまくコンセンサスが図れなければこちらからお断りすることに決めた。夢の共有ができてこその住まいづくりだ。しかしこのことは何も住まいづくりに限ったことではなく、創業にしても、色々なプロジェクト遂行にあたっても、思いの共有が図られなければ何も生まれてこない。トップダウンだけであったり、機械的にマニュアルで人を操ってみても創造性は見出せない。創造とは、1×2が100でも1000でもなっていくものだ。思いの共有、信頼関係からは無限の可能性が広がる。
2005/07/11
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縁を求めて昨日の日記にも書いたが、縁たる縁を大切にしていかなければいけない!と改めて強く思った。あまりにも当たり前なことなのにまったく理解できていなかったようだ。本日も、色々お会いするために動いているが、生意気な意味ではなく私を待っていてくださる方(潜在的に)の所へ出向く気持ちで訪問している。昨日も、縁を求めて動かなければ何も始まらないと言われたが、確かにそのとおりだ。4年前、建築家の道を歩み始めたとき、いったいどこへ行ってよいやらさっぱりわからず天井の節目を眺めていたころを思い出す。夕方頃居ても立ってもいられなくて夕暮れの町をさまよったものだったが、いつしかばったり出会った方の縁で今日の縁が広がっていったのだが、その頃は、まさかその後にこんなに色々な方々と縁をもてることなど想像もできなかった。今までの縁を大切にしなければならないことはもちろんだが、さらに、もっともっと縁を求めて動かなければいけないことを感じた。なぜなら、昨日お会いした経営者の方のように、待ってましたとばかりに、経営者としての夢を語られたが、建築家としてお手伝いできることもうっすらと見えた気がしたからだ。そうなんだ。私をまってくださっている方がいる!縁を求める気持ちが薄かった。もっともっと貪欲に求めていかなければいけない。建築家としての使命を果たす!などと一人演説してみたところで何にもならない。縁が顕実化したときに初めて建築家として貢献できる場所ができることになるので、建築家としての活動の原点は、縁を求める行動にあったんだ。なんだか、雲が晴れた気がする。建築家としての理念は明確だ。協力者も沢山いてくださる。設計依頼していただき実績もできてきた。マスコミの取材も受けるようになった。しかし何かが足りない気がしていた。もっと!もっと!と何かが突き上げてきていた。それが、縁を求める気持ちであることが分かった。マーケティングや営業アプローチなどと技術的に語ってみてもしっくりこなかったが、そうなんだ!縁を求めていたんだ。これからきっとすばらしい方々と出会えるのだろう。楽しみだ。
2005/07/09
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奇跡は起きる神がかった言い方だが、最近、建築家もプレゼンが大切!と思い、パンフと作品DVDを持っていろいろな方々にお会いする毎日だが、企業経営者にもお会いする機会が多い。老齢の経営者の方の多くが共通して「奇跡」についておっしゃることが多い。企業を経営していくことは並大抵のことではない。倒産の憂き目に遭いかけたことも一度や二度ではないかもしれない。今こうしているのが不思議に思うことがあるとおっしゃることなど、奇跡としか言いようのないことで乗り切ってこられたことも事実だろう。従って、軌跡とは夢物語のことではなく現実に起こることだと言えるのだろう。ことような経験からであろうか、実に謙虚で、自然に対する畏敬の念を強く持たれていることが共通している。「当たり前のことを当たり前に感謝出来ること」ということを言われるが、この「当た前」の意味は深い。本質とか究極を意味するのだろう。自分の立ち位置が正しければ神は見捨てないし、奇跡と思えることも当たり前のように起きる、と言い切られる。本日は、近々社長の役を後進に譲られる経営者にお会いしたが、話の中で出て来る人の名前が、私が手がけたある物件で深く関わった方々であったことは驚きだった。それだけなら一度の偶然だが、次々と違う事柄でも共通項が多かった。その社長と出会わなかったことが不思議なくらいとても近い関係にあったことがわかり、お互いに縁と言うものの不思議さを味わった。奇跡のような出来事だった。「あなたと私とは今ここで出会うようになっていたのですね」と感慨深そうに言われたが、縁たる縁を大切にしていかなければいけないと強く思えた。奇跡はこの瞬間にもきっと起きているのだろう。
2005/07/08
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大胆に、繊細に、そして大胆に設計を託されたときに気を付けなければならないことは、小さくまとまることだ。地球上でその場所は一箇所しかなくて、そこに住む人、あるいは活動する人はそこにしか存在しない。他にある建築を意識していては本来求められている建築は誕生しない。発想は大胆に、計画は繊細かつ緻密に、実現に向けては大胆に。企業の創業も同じだ。構想・発想は自由大胆に。ひとたびこれだと思えば経営計画は緻密につくりあげる。いざ実行となれば迷うことなく大胆に行動。やはりバランスがこの世の仕組みの全てだ。パーツは全ての人が持っている。大胆なパーツの人。繊細なパーツの人。成功者と言われる人は、おそらくこのパーツをバランスよく組み合わせて発想・計画・行動できる人のことを言うのだろう。建築(建物)の実現を託されるということは、創業そのものだ。無から有を生み出すのに、前例は何の役にも立たない。同じ場所で同じ人たちが住む住まいであれば過去の経験や実績がストレートに生かされるだろう。しかし、場所が違う場合は、同じ人たちが住むにしても全てが新ただ。発想段階では何が出てくるかわからない。自分の中でひらめいたものを図面化し、模型化したときに、「まさか」と思うこともしばしばで、しばらくお蔵入りさせることもあるが、いつかそれがベースに建築が誕生することもある。人間の発想とは、本人がビックリするくらい大胆なものだ。それをいかに真正面から感じ取れるかにかかっている。人間の弱点は頭がよいことだ。頭がよい人は、ネガティブな潰しから入っていく。だめな理由を探し出し、結局、アイデアをつぶしてしまう。発想段階ではいかにポジティブに大胆になれるかが勝負だ。ひとたびこの線でいこうと決めたら、ネガティブな検証をし、繊細な計画に仕立て上げる。全ての計画が完成したら、ポジティブに大胆に実現に向けて行動する。これってやはり「芸術」だな~。経営も建築だ。経営も芸術だ。建築を創りあげることも経営を創り上げることもまったく一緒だな。つくづくそう思う。
2005/07/07
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岐阜県からの設計依頼先日は北海道小樽市からの設計依頼だったが、岐阜県からの依頼をいただいた。いきなり小樽ということで、覚悟を決めるまでにはしばらく時間がかかったが、いざその気になるとなんでもないと思えてくる。今回、岐阜県です、と言われても差ほどの距離ではないと思えるのも北海道のお陰かな。大げさかもしれないが、鑑真和上のごとく、求められて必要とされているのに遠いとの理由で行かないというのはいかがなものか。確かに経費はかかるだろう。しかし、創業の目的は、真の建築家として社会貢献するとともに、クライアントの夢の実現のお手伝い!であったはず。もちろん、経営として成り立たないマネをしてはクライアントにも迷惑を掛けることになる。常識論は当たり前として、オーバースペック、つまり求められている以上の仕事をしてこその真価だ。
2005/07/06
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建築の多様化別に今に始まった話ではないが、コルビジェ、ミース、ライトという3大巨匠が台頭してくる少し前、19世紀末、20世紀初頭から、それまでの洋式建築という定量的な規範の中の設計であったものが、規範を越えて建築家独自の形式の組み立てが行われ始めた。さしずめリートフェルトのシュレーダー邸は当時の町のなかでは異彩を放っていたに違いない。今見るととても洗練されたデザインに見えるが。私の創りだす建築はどちらかというとおとなしくはない。かといって異彩を放つほどではない。しかし、今までにない建築を創りたいと思っていることは事実だ。実際に依頼を受けた物件を、「とにかく変わったものをつくってやれ」などとはまったく思っていない。ひたすらクライアントの夢の実現を目指している。しかし、クライアントとともに自由な発想という大地を動き回る中でいつしか今までにないような建築が生まれ出てくる。いや、その場所にふさわしい建築が現れてくるといったほうがようだろう。確かに景観は大切だ。しかし、周りを意識しすぎたり迎合するような建築はよくない。デザインレベルの高い建築群が並ぶ地域ではむしろ景観を取り込むべきだろう。一般の街並みの場合は、全体とのバランスを見ながら、かつその場所における一番ふさわしい建築を創造する意識が大切だ。
2005/07/05
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ビートルズ世代昨夜の衛生放送で久しぶりにポール・マッカートニーの姿を見た。そういえばビートルズに出会ったのは、小学生?中学生?のときだったと思うが、衛生マナ中継で「オールユーニーディーズラブ」を歌うビートルズの姿だった。以来、ほとんど全てのアルバムを網羅した。ビートルズはスタンダードだ。メロディアスな曲といい、詞に託されたメッセージといい、私の青春の代弁者だった。(勝手な思い込みだが)青春とは年齢ではない。熱い思いを持っているかいないかが青春の時にいるかいないかだ。ビートルズの唄を聴くたびに熱いものがこみ上げてくる。哲学的な世界に吸い込まれていくように思える。
2005/07/04
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制約があるとできること天邪鬼(あまのじゃく)な話だが、設計の初期イメージ案を考えるとき、制約があると考えやすいが、制約がないととんとアイデアが浮かんでこない。現在進めている物件の中で、高規格(準高速)道路沿いの住宅は現地に立ったとたんにアイデアが浮かんだ。道路が迫ってきており状況としてはよくないのだが、だからこそやりようも出てくるものだ。いわゆるデザインも正当性を帯びかなり面白いことができる。(よい意味で)一方、コミュニティワイナリーの初期イメージがなかなか湧いてこない。風光明媚で、眼下に宍道湖を見下ろし、遠く中国山地を望む地は何を持ってきても似合う。プロバンス風あり、ルイスバラガン風あり、安藤忠雄風あり、山小屋あり、テクノあり、ポストモダン(古い言い方かな)あり、とにかく何でもござれだ。「自分の好きなようにできていいね」などと言う者もいるが、そんなに軽い話ではない。私が施主で私の好みでよいなら、住宅だろうと病院だろうと事務所建築だろうと、2日とかからず案はまとまるだろう。わからないかな~、そうではないのだよ。一級建築士の設計製図の試験じゃあるまいし、4時間以内に計画して図面かせよ!などということであれば簡単な話だ。デザインも使い勝手も芸術性もへったくれもない、技術基準を満たしておけばよいからだ。クライアント(施主)の思いを深く理解しているからこそ、その事業の重みを知っているからこそ軽はずみなことはできない。ひとつでも阻害要因があれば不思議なことにそれがデザインの糸口になるものだが、この計画には阻害要因がまったくない。ライフラインの問題はあるが、それは土の中のことで芸術性なるものとは関係ない。クライアント(施主)がここでやろうとしている事業の組み立てこそ、経営という芸術の完成を目指してのことだ。そこへ軽はずみなものは持ってこれない。築100年の商家リニューアルプロジェクトは設計期間約1年半かけた。その設計期間の重みだろうか、NHKで紹介され、北海道の築100年の邸宅リニューアルへとつながっていったが、自分で言うのもなんだが、レベルの高い仕事ができたと思う。深く探求すればするほどよい建築が生まれる。そう感じている。クライアント(施主)は急いでいる。それはよくわかる。しかし、この施設はその事業の象徴として絶えず人々から見詰められる。その事業の象徴としてふさわしい建築を誕生させなければならない。今一番苦しい一時だ。車を運転していても絶えず考えているので自分でも危なっかしくてしょうがない。(笑)
2005/07/03
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大善と小善善をなすことには大善と小善があるという。大善は社会をよくするが、小善は悪を生むという。随分物騒な話だが、日ごろ何気なくやっていたことが実は社会にとんでもない罪を犯すことになると言われている。子育てで、子供が困っていることにすぐ手を貸すことは小善だという。一見よさそうだが、その子が大人になり手を差し延べられるのが当たり前と思うような人間になっていたとしたら、自分の努力を棚に上げてうまくいかないことを世間のせいにするような人間になり、取り返しのつかない人生を歩んでしまうかもしれないという。大善的子育ては、子供への大いなる愛情を持ちながら、子供自身がすべきことはきっちりさせる癖をつけてやることだという。たたいたりけったりしてスパルタでやるというのはそれこそ幼児虐待でとんでもないことだが、子に対する親としての深い愛を根本に、その子が一生幸せに、人様のお役に立つ人間に、社会から必要とされる人間になるようにとの思いで、その子にとってそのような素養が身に付くような働きかけをしてあげる行為を大善いう。ことによれば子供にとってきびしいばかりの親と思うかもしれない。現代の若者が夢を描けないのは親が夢を描かないからではないか。そう思える。大会社の社長になるとか、えらくなるとか、そんなのでなくてもよくて、「しがらいサラリーマンだけど、自分に与えられた技術・技能にひたすら取組んで、もっと向上させていくことがお父さんの生きがいだ!」と子供に自分の誇りを堂々と語ってやることができることが大事だ。それがりっぱな夢だ。真に自分に与えられた使命に気付いてこそ夢は描ける。大人がまず自分に与えられた使命や夢を多いに語ることが大切だ。これが大善だ。若者は夢を描くことを目の当たりにし自分自身の夢に近づくことができるだろう。大人が謙虚になることは小善だ。若者の行き先を見失わせることになる。
2005/07/02
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いつでも夢を吉永小百合と橋 幸夫が歌った唄のタイトルでもある。当時小学校の低学年だったように記憶しているが、昭和30年代後半のまだ社会の風景がモダニズムで埋め尽くされるまえだったので、私のいでたちはどてらにネルの着物というもので、子供心にいつかアメリカみたいなモダンな暮らしがしたいなど思ったものだった。その唄は、大人にとってもそこはかとなく希望の光を心の中に芽生えさせるものだったに違いないが、子供心にもなにか初恋の心持のような感じだった。京セラの稲盛和夫名誉会長の講話の中にやはり「たとえどんな状況に苛まれようと明るい未来を何の疑いもなく思い描くことが大切だ」という言葉がある。ようするに、いつでも夢を、だ。こうして建築家活動をしていると色々思い悩ませることもおきるが、こんなときは腐らずに、大いなる未来に向けていつでも夢を抱いて行こう。稲盛名誉会長いわく、正しい心持で、正しい行いを続けていけば天は必ずそのように報いてくれるものだといわれる。それは長い時間がかかるかもしれないが必ずそのようになると断言される。中村天風翁の言葉の中にも絶えず語られている。「いつでも夢を」を久しぶりに聞いてみたくなった。
2005/07/01
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