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人気blogランキングへ応援クリックにご協力ください淡路島の古民家リニューアル北海道小樽市の北前商人の旧邸リニューアル設計が開始になったのに続き、本日、淡路島の古民家リニューアル設計が正式にスタートすることとなった。築90年のこの古民家のコンセプトも松江の築100年の商家リニューアル、北海道の北前商人の旧邸と同じだ。つまり、リニューアルにしてリニューアルにあらず。阪神淡路大震災の震源地の上に建つこの民家はゆがみや傾きを生じながら倒壊を免れた。大正初期に建てられたこの民家は小粒ではあるが、さぞ見事な小屋組みであることだろう。10月初旬に初めて足を踏み入れる予定だ。すでにクライアント(施主)との打合せの中でイメージは出来上がった。おそらく現地の状況と頭で描いたものと一致しているだろう。淡路島には安藤忠雄氏設計の淡路夢舞台、本福寺水御堂、TOTOセミナーハウスがあり、何度も足を向けているところだ。私のなかでは直島についで特別な地だ。そのようなところから設計依頼をいただけるというのはうれしい限りだ。多いに発想を膨らませよう。そして次はいよいよ東京だ。
2005/09/29
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人気blogランキングへ応援クリックにご協力ください道がつく創業時にはもちろんなにがしかの確信をもって業をおこしたのだが、ある種賭けの部分があることもまちがいないだろう。あるいは急激な社会状況の変化というのも襲ってくるかもしれない。創業して最低5年間は軌道にのるまで大変だ、とは先輩諸氏の言だが、まさしくその渦中にいるものとして経営の大変さを感じている毎日だ。今日のことに追われながら明日の予定を組み、1ヵ月後を考え半年後を考え、1年後、さらに3年後を見据える・・・とは言うものの3年後などというのは絵に描いた餅だ。予想などほんとにつくものかな、というのが実感だ。創業時によもや全国的に動き回るようになるとは思いもよらなかった。もちろんだれでもスターを夢見ているのだから私も同様に有名な建築家になりたいな~、と単純に向上心を抱くことはあった。有名かどうかは別にして、私に託したいという方が他県にいらっしゃったことは想定外のことであった。このように3年計画などというのはよい方に外れることだってあるものだということが分かった。道がつく、というのはこういうことなんだなと感じるこの頃だ。日ごろの業務に追われながらも先を見据え与えられたこの道を歩んでいきたい。ようやく基盤ができてきたような気がする。まだまだ大変だが、夜明け前は一番暗いというが、そろそろお日様を拝みたいものだ。
2005/09/29
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人気blogランキングへ応援クリックにご協力ください 留守していたにも関わらず、339位から154位まで 順位が上がりました。ありがとうございます北海道小樽市にて昨日(26日)小樽市に入った。米子空港を午前8時に飛び立ち、小樽に到着したのは午後1時すぎであった。小樽駅のすぐ北側にある旧遠藤又兵衛邸(北前商人の旧宅)のリニューアル設計が私に与えられた仕事だ。 昨年はじめ、この旧遠藤又兵衛邸を取り壊す方針をクライアント(施主)がほのめかしたところ大変な騒ぎになったらしい。NHKをはじめ新聞各社が報道し小樽市長まで説得に当たったらしい。正式にリニューアルが決まり、そのリニューアルを私に託されたということだが、そこまでのこととは知らず、現地で関係者の方々のお話を聞き改めてことの重大さを感じた次第だった。クライアント(施主)から、リニューアルが終了したら大々的に報道されるだろうということだった。建物に初めて足を踏む入れ、そこには、建築学会の評価書や小樽市の歴史指定建造物の指定書をはじめ重々しい書類が掲げられていた。やはりただものではない。クライアント(施主)とともに小樽市役所を訪れ今回のリニューアルのコンセプトを約30分にわたりお話した。この時間をために今までどれだけ考えてきたことか。市の担当者の反応はすこぶるよいものだった。旧遠藤又兵衛邸の保存の本質とは?小樽市の歴史指定建造物の定義の本質とは?ということをどれだけ考えてきたことか。決して市役所を説得の方法を考えたわけではない。本質を共有できてこそこれからのあるべき姿がお互いに見えてくるのではないかと思った。実際、市の担当者は私の話を大きくうなずきながら聞いていただいた。結果としてほぼ100%私の考えるとおりになった。リニューアルの姿は明確になった。いよいよ実施計画の策定に入る。北の地に建築家コムースの建築が受け入れられるときがきた。
2005/09/27
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人気blogランキングへ応援クリックにご協力ください建築の本当の価値とは25年前、安藤忠雄建築研究所へ出向いた折、その直前に「新建築」で発表されたベニヤの茶室、テントの茶室、ブロックの茶室に案内していただいたことがあった。ベニヤの茶室は古い家屋の小屋裏につくられ、まともに背伸びできないくらい低くて狭いものであった。米松の造作材に壁はシナベニヤで窓にはウッドロールスクリーンがかけられ、天井はシナベニヤが曲面に張られていたが、確かに何かを感じさせるものであった。ブロックの茶室はその建物の1階につくってあり、現物よりファインダーを通してみるほうがより深いものを感じた。「工事費100万円にも満たない作品でも新建築に載るんだ」と言う安藤先生の言葉に思わずうなずいた。大きな建築で高額な工事費の建物がよいかというとそういうものではない。先日、新聞に隈研吾が木造建築で外国の賞を授けたという記事があったが、より深い建築性を実現するには大きさや金額はなにも関係ないことが分かる。むしろ、予算がなくて小さな建築こそ真の建築性が浮き彫りになるのではないかと思える。安藤先生のコンクリート打放し建築も実はローコストから選ばれたものであった。しかし、その素材には、無限の芸術性があった。コルビジェの荒々しいテクスチャーではなく、安藤はコンクリートの繊細性とやさしさに目を向けていった。現在の安藤建築は必ずしもローコストではない。むしろお金のかかる打放し仕上げになっている。建築の大小や予算のあるなしに関係なく建築性は追及できるというのがここで言いたいことなのだが、つまり、安藤はローコストの建築から出発して現在の安藤建築を創り上げた。所詮・・・ということはないということだ。目の前の依頼物件こそ最後の作品という気持ちでいつも挑んでいる!というのも安藤忠雄氏が言われたことだが、そこには予算があるなし、大きさの大小もない。
2005/09/25
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北海道へ島根県在住の建築家が北海道の仕事を依頼されるというのはおそらく初めてのことだろうと思う。その記念すべき第一歩がいよいよ明後日(26日)に迫ってきた。どうも台風とともに乗り込むことになりそうだが、羽田経由で新千歳へ飛ぶので飛行機が飛んでくれるかどうかが少し気がかりだ。なにはともあれ、明日の様子を見てどのようにしてでも乗り込むことにしている。建築家としての私を待っている建築が北海道にあるというのはとても冥利につきることだ。文化とはなにか・・・このことを見つめるよい機会でもあるだろう。与えられた仕事の、その向こう側にあるもの(背景、土台)を見つめていくこと。これは30年前に安藤忠雄氏から言われたことだが、今まさに文化の町と言われるところへ乗り込んで、まさしく文化を見つめなければできない仕事を託された。この建物が朽ちて果てるのを待つのか、再び21世紀に新たな息吹を吹き込み市民とともに歩む建築になるのか・・・ここが問われる仕事だ。
2005/09/24
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住宅が建築の原点私が最初に勤めた設計事務所は比較的大きな設計事務所で、物件も大きなものが多く、公共施設の設計を担当することが多かった。学生時代から住宅を意識していたのだが、設計事務所ではついに住宅の設計機会には恵まれなかった。というか住宅の設計依頼は一つもない事務所だった。「新建築」の住宅特集や「住宅建築」は定期購読していた。そのほか建築雑誌はたくさん読みつねに住宅を意識し続けてきた。安藤忠雄氏との出会い。徹底的に住宅を大切にしていらっしゃることを感じた。「住吉の長屋」に込めた建築性はいまでも色あせることはないものだ。そして現在、自分で独立して依頼の主流が住宅なのだが、やはり建築の原点が住宅であることが分かる。勤めていた当時の担当物件は公共施設が多かったが基本設計も実施設計もえらく早く終わったものだった。住宅以外の物件はある意味回転の早いものだろう。住宅は人間の原点であると思う。ゆえに、そのクライアント(施主)固有の住みかを創り出すことは並大抵のことではない。依頼をいただいてから着工までに2年を要した物件もある。大きな物件(公共施設等)は住宅とくらべ設計料は高いし手間もそんなにかからない。しかし、住宅は少々設計料をいただいてもその労力を考えればとても非効率なものだ。しかし、徹底的に建築の本質にふれることができるものだ。住宅を本気で考えるか考えないかが建築家としての入り口だろう。安藤忠雄氏はいまだに住宅の設計を大切にしている。事務所を維持していくことは大変なことだ。経営的には設計料が高くて手間のかからない物件がよいに決まっている。しかし、本質をより深く見つめることが大切であり、それはいつか必ず私自身の建築家としての本質を光輝かせてくれるものだろう。あくまで住宅にこだわるのはそこにある。
2005/09/23
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産学官交流会 昨夜は恒例の産学官交流会であった。今までにない盛り上がりを見せたが、会場がよかったのか、タイトルがよかったのか、集まった方々がよかったのか、何はともあれ盛会であった。中締めをしてから会場を後にするまでの2時間も盛り上がりっぱなしだった。色々な方にコメントしていただいたが、そのすべてが真実の声だった。学生も参加してくれたが、社会人がこんなに真面目に生きているということを感じ取ってくれたことだろう。この会が日経アーキテクチュアに紹介されたのだが、1年前の交流会には安藤忠雄氏にも参加いただいた。シンポジウムにお招きしたときに交流会にも参加いただいたのだが、今になって、すごいことだったのだなとつくづく思う。交流会がベースとなって様々な動きが出てくるだろう。これからますます面白くなる。
2005/09/22
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結果はすでに判明していた現代の世相がどのようなものかは実際には過ぎ去ってみなけえば誰も分からないだろう。渦中にいる者が明確に状況を予見することは容易ではないだろう。しかし、不偏の真理に添った考え方をしていればそれはそれで外れることはないことも確かだろう。衆議院を解散してその結果は自民党が圧勝だったが、考えてみれば当たり前の話だ。渦中にいるときはどうなるのだろう?と思ったものだが、よく考えてみれば、選挙前と選挙中の内閣支持率が60パーセントに迫る勢いであったから、すでに体制は判明していた。このように、ことによればすでに結果が出ていることを躊躇逡巡、暗中模索していることが私たちではないのか。例えどんなに今がつらくとも先々の成功が見えていることがあるのではないのか。内閣支持率にあたるものが高ければ実際の結果も高いものになることは事実だろう。あとはそれを明確に意識して続けられるかどうかが勝負だろう。しまね企業家スクールの福島正伸先生の言われる夢が明確になったらすでに成功を手に入れたことになる!と言われることと符合する。自分自身の夢を意識できたとき、多くの関わる人たちにそれを伝え、大いなる賛同を受けたとき、それは内閣支持率が高い状態だろう。つまり、あとは思いっきり小泉首相のように解散総選挙に打って出る!それが夢の顕実化だろう。私は既に解散総選挙に打って出た。夢の実現まっしぐらだ。
2005/09/20
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おみくじは大吉一生懸命頑張っているときというのは藁をもつかみたい心境なのは私だけではないだろう。まして経営者というのは毎日が、刻一刻一刻が未知なる世界に踏み込むごとき心境だ。オカルト的に占い師の言うがままにということではないが、自分を信じ自らの奥底から湧き上がるもの(夢)の顕実化をめざす毎日だが、たまにおみくじをひきたくなるのも私だけではないだろう。このおみくじが不思議なくらい今の状況を表しているものだった。同じくにびき相互支援ネットのハッピーCさんが、以前の日記で、松江市内の祈祷で世界的に有名な神社に行っておみくじをひいた話を書いていらしたことがり、あまりそういうものには縁遠いほうだったが、好奇心もありひいてみたのだが、当時の私の状況を彷彿とさせるものであった。今までに先日のをあわせ3回ひいた(年に一回ペースかな)のだが、いつもひくたびに不思議な気持ちになる。今回は大吉で、その内容もなるほどと思えるものであった。目の前の解決しなければならないことが多い中でも大局としてはよい方向に向かっているとでているということは嬉しいかぎりだ。決しておみくじに全てを託しているわけではない。必死に自分の思う世界を生きている中で、たとえおみくじであっても自分を第三者的に見つめてみることは時には必要だろう。
2005/09/19
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打つ手は無限だ!倫理法人会から送られてきた本のタイトルだ。千葉県倫理法人会設立25周年を記念して出版されたものだが、会員に配布されたようで昨夜郵便受けに入っていた。どうして325ページの立派な本だ。さっそく読み始めたが、まさしく私に勇気を与えてくれるタイトルだった。これから全国版建築家コムース人生が始まるのだが、事業という行動を起こせばそれなりに準備しなければならないものがある。創業者や新規事業に乗り込む者が共通して抱えているものだ。そんな中での「打つ手は無限だ!」という本が届いたのはまさしくタイムリーだった。裏表紙に書いてある文章だけでなるほどと思った。 打つ手は無限 ( 滝口長太郎 ) すばらしい名画よりも とてもすてきな宝石よりも もっともっと大切なものを 私は持っている どんな時でも どんな苦しい場合であっても 愚痴を言わない 参ったと泣き言を言わない 何か方法はないだろうか 何か方法はあるはずだ 周囲を見回してみよう いろいろな角度から眺めてみよう 人の知恵も借りてみよう 必ず何とかなるものである なぜなら 打つ手は常に無限であるからだ今私は全国への扉を開こうとしている。人工衛星を周回軌道にのせるまでに発射台であったり第一弾ロケットであったりとどれだけのものが必要であるのかということと同じように全国に飛び出していくためにはまだまだたくさんのことを整えなくてはならない。幸いに依頼をいただいてのことなので、全国を標榜している者がこれから営業活動を賭けのごとく開始する!というシチュエーションではない。それにしてもそのような体制にシフトしていくことは並大抵のことではない。資金的にも地元で動くのと全国を動き回るのでは桁が一つ違う。どう確保するか?そんなときに届いたこの本はまるで神が届けてくれたものに思えてならない。思い返せば、今までにこのような偶然が私を支えて救ってくれてきた。この偶然をマーケティングアドバイザーのハマムラさんは必然だと言っていただいている。これからも必然が起きると言っていただいている。
2005/09/18
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パンフ作成コムースアトリエの事業概要をまとめたパンフをつくった。これから、各地を飛び回るので、名刺に添えてお渡ししようと思ってのことだ。これがなかなかの出来となった。真中に日本地図を張りつけて、北海道はじめ依頼をいただいている町を丸で示して、そのプロジェクトの模型写真やイメージを張りつけて事業概要を説明したものだが、人に見せたところ色々な人に見せるのだと複数枚要求される程だった。できればチラシが一人歩きして依頼を持ってきてくれたらうれしいのだが。(笑)つくってしみじみ眺めながら、夢を抱きつづけていたら、何らかの形になっていくものなんだな~としみじみ思った。本日は醸造家バッシーさんとお会いし色々話したのだが、ワイナリーの設計のお手伝いをしている関係でことさらにバッシーさんの事業の推移がよく分かる。創業されて3年、まさしく本日、最大の難関を突破し具体的な実施計画に突入できる状態となった。お互いしみじみ今までの道のりを思い出していた。とても言葉では言い表せないくらい苦しい日々であったが、まさに夢が顕実化しようとしている。すごいことだ。素直に神に感謝できる。一緒に日経アーキテクチュアに紹介されたことも何かの暗示を感じさせてくれるものであった。バッシーさんの夢のワイナリーの実現、建築家コムースの夢の実現。島根県ソフトビジネスパークのインキュベーション施設へ、共に創業を志す者への審査を通過して入居が許され、偶然となりのブース同志になったことが今日の始まりだった。お互い目指す道は違えど、人間の本質として同じ理念を共有できている真の同志に出会えたことが何より幸せなことだ。私が全国から依頼をいただけるようになって一番よろこんでくれたのもバッシーさんだった。バッシーさんの夢のワイナリーの予定地に立って思うことも、コムースの全国版のパンフを見て思うことも、お互いようやくここまでこれたね、という感慨だった。もちろんこれからが本番。ようやく舞台ができたに過ぎない。幕があくのはこれからだ。これからが大変だ。現実には、ステップアップのためには資金も用意しなければならないし、事務所の体制も充実させなければならない。形而上と形而下のバランスのせめぎあいだ。そしていつまでも謙虚に。
2005/09/17
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いよいよ行動開始再来週から北海道の北前商人旧宅リニューアルの設計が開始となるのに伴い、北海道への出張が始まる。また、東京における古民家の古材を利用した建築プロジェクトもアプローチを開始する。周の前半か後半は東京という生活が始まる。東京でのプロジェクトはすでに道がついている。3名の有力な支援者の方々が広報していただけることになっており、島根県人会も多いに活用しようと思っている。昨年まではこのような状態を想像もできなかったが、北海道の依頼をいただいてから急に道がついた。これがチャンス到来というものだろう。岐阜県、兵庫県、東京と、活動エリアが広がった。日経アーキテクチュアに紹介されたのもさらに拍車がかかる要因となった。島根の建築家が全国的で活動するというのはあまり聞かない。故に、島根の建築家が全国で通用することを示さなければならない。経営的に見ても、松江というエリアだけの建築設計事務所ではなかなか食っていけないだろう。せっかく全国から依頼をいただいたのだから、それをチャンスにしていく。そのことにより地元の依頼も増えるのではないかと思っている。いよいよ行動開始だ。
2005/09/16
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スタイルとファッション物事はすべて2面性があり、それらは常に同時に考え、バランスをとっていかなければならないものだと思う。代表的なのは文化と文明ではないだろうか。戦後の日本は、あまりにも文明に走りすぎた。今、文化性の見直しが行われているが、片方だけで進むことがおかしいことだ。社長には誰でもなれるが、経営者には誰でもなれないと言われているが、これも2面性をバランスよく資質として持ちえているかどうかということだろう。住宅の設計でも、2面性は必要だ。スタイルとファッションという言い方をすれば、スタイルとはすなわちライフスタイルだ。設計の入口は、クライアント(施主)のライフスタイルの検証から始まる。現在、近未来、そして老後をしっかり見据えて初めてふさわしい空間が創造できる。案外先のことまで考えていない方が多い。生命保険でも、最近はライフステージをしっかり設計(把握)して必要な保険を設計していくことが多くなった。外資系の生保では以前から当たり前であったが、国内の生保もようやくそのような兆しが見えてきたようだ。建築の設計で気を付けなければならないことは、建築雑誌で見えるのはデザイン性、ファッション性だけであって、スタイルは見えてはこない。なぜそうなっているのかはクライアント(施主)や建築家に聞いてみなければ分からない。従って、安易に表面的なファッション性だけで住まいをつくってしまうと、既製品の住宅を購入して後で後悔するのと変わらないことになってしまう。私の設計がなぜ時間がかかるのかと言えば、クライアント(施主)へのプレゼンを通してクライアント(施主)固有のライフスタイルをじっくり検証するためだ。人の生き方はまったく千差万別だ。事情や状況がまったく異なる。故に、既製品のパターン化された住宅はまったくと言ってよいほどまち合わないないだろう。時間をかけて、クライアント(施主)の空間の創造能力とライフステージの創造能力を醸成していくのが建築家の役割のひとつだ。クライアント(施主)が2面性に気付けば、後の設計は誠にスムーズに行く。他にない変わった建築をつくるのではない。クライアント(施主)固有のステージを把握して設計していくから、二つと同じ建築はない。
2005/09/15
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突発的盛り上がり昨夜は、醸造家のバッシーさんと久しぶりのお酒だった。いつものおでん屋に行くと、島根大学の先生(あとで分かった)2人が飲んでいらして、どうもこれらは気が合いそうだということで亭主が紹介してくれて、結局午前1時過ぎまで熱く語り合い大騒ぎしてしまった。突発的盛り上がりとでも言おうか、なかなか楽しいひと時だった。しまいには、先生が、自分の授業時間の90分を上げるから話をしてくれ、ということになり酔っているとはいえ、正式な依頼となってしまった。島根大学の総合理工学部の材料プロセス工学科は文字通り建築学部だ。先生も最近の生徒の甘っちょろさにほとほと手を焼いている様子だ。そこで「お任せください」と言ってしまい、このような段取りとなった次第だ。時の総理大臣だった故竹下 登氏が、地元の建設業の発展のために島根大学に建築の学部を新設したのだという。生徒の中には、人格といい、成績といい、センスといい、秀でた者もいるそうな。そういう生徒が真に活躍できる場をつくって欲しいということを投げかけられたが、もちろん建設業を私がすべて背負うということはできないが、建築家の活動は本来こういうものだ!という話を聞けば生徒も夢と現実が一致させる回路ができると思う。大切なのは、道をお膳立てしてあげることではなく、判断回路ができる環境を提供することだ。理想と現実は相反するものという一般的な解釈があるが、そうではなく、理想と現実は同じ線上にあるものだということ、現実を考えない夢はありえないし、夢を明確にしない現実はありえないということを、私の建築家活動をとおしてしっかり語りたい。なにはともあれ、本気な先生に出会えたことがよかった。
2005/09/14
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話すと明確になる昨日はマーケティングアドバイザーのハマムラさんとおよそ3時間あまり話しこんだ。話し込むというより、ほとんど一方的に話を聞いていただいた(笑)と言ったほうが正解だ。ハマムラさんにとっては迷惑な話だろうが、「マーケティングアドバイザーとしては相談される方が成功することが目的なのでかまいませんよ」、とおっしゃっていただいているのだが、申し訳ないと思いながらも藁をも掴む思いで必死こいている私としては、おんぶに抱っこで今は思い切り甘えさせていただこうと思っている。創業からの立ち上げの思いや、今抱えている問題、全国から依頼がきていることへのこれからの展開など、形而上、形而下が私の中で明確になったように思う。やはりアドバイザーは必要だ。しかし話し相手がネガでは百害あって一利なし。ネガな相手に引きずり込まれてしまうので用心用心。君子危うきに近づかず。変な波動を受けないようにすることも心がけのひとつだ。自分が求めていく相手は、明確なビジョンなり成功者でなければならない。京セラの稲盛さんの講話でも、やはりそのようにおっしゃっている。従って、同業者では安藤忠雄氏の考え方に学びを求めているし、企業経営者の資質向上は中小企業家同友会や倫理法人会から学び、マーケティング理論とその実践はハマムラさんから学んでいる。なんといっても一番のお相手は、意欲をもったクライアント(施主)だ。目的を明確に持った方とお話すると私のモチベーションも上がっていくのが分かる。なぜ北海道まで行くのかと言えば、まさしくクライアント(施主)から求められているからで、ことの発端として私が北海道で仕事をしたいなどと島根の建築家が思うわけがない。北海道からの依頼のお陰で全国どこでも仕事ができる意識が醸成された。話せば明確になる。心も定まる。
2005/09/13
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ただひたむきに京セラの稲盛和夫氏の講話の中の一説だが、色々な若手経営者の言葉に耳を傾けられ、今の苦労をどう乗り越えればいいのか、という質問に、「ただひたむきに努力するのみ。それしかないではありませんか。」と決まって答えられる。特効薬などないのだ。現在の状況を良くするのも悪くするのも自分次第だということだ。直向きに頑張っている人の姿をみれば誰だって応援したくなる。こつこつ積み上げられたものは何時かは必ず富士山よりも高い信用という評価となる。いっぺんにできるわけがない。こつこつと積み上げていくしかないのだ。その羅針盤が「夢」なのだろう。私は羅針盤を手に入れた。そしてこつこつと積み上げている。その道のりでは、晴れもあれば雨も降る。時には暴風雨も吹き荒れる。何があろうと、こつこつと進み続ける。そう決めている。稲盛氏は言う。気が滅入ろうがどうしようが、そんなことは放っといてやるべきことをやる。自分のネガな心に行動さえも支配されてはならないという。よい学歴もなく、何の実績もなく、まして倒産という状況にあった私が、全国に通用する建築家になるにはどうしたらよいか?と稲盛氏に問うたとすれば、答えは明々白々だ。ただひたすら努力あるのみ!人より劣っているとすれば、人の何倍も努力するしかないではありませんか。夢が明確ならば、思いを発信しつづけ、実績をこつこつと積み重ねて行くことあるのみ。と、こういうことだろう。もちろん、センスとか広い視野がベースとして重要な要素であることも必要要件だが、それは最終的には他からの評価によって分かることだが、今は自覚を信じるしかない。自分が何者かはやってみなければ分からない。色々な可能性にチャレンジしている毎日だが、しかし、決して色々な異質なものに手を出している意味ではない。あくまで建築家としての活動としてやるべき多岐にわたる物事に関わっているということだ。私は今までの既成概念を取り払い今までにないスタンスで投げかけている。例えば町づくりでは、従来のように建築士が寄ってたかって話をしてみたところで不毛の会話でしかない。分野の偏らない様々な方々と語り合うことが必要だと考えている。とかく建築士は群れたがる。建築士は他の分野の人たちとの交流が非常に少ない人種だ。ところが実は、ITでも研究機関でも、お医者さんでも、これはまったく同じ状況なのだ。私のことを、建築家と言ってるくせに建築士を排他的に見ていると批判的に見ている人がいることを知り驚いているのだが、建築士を排他的に見ているのではなく、視野を広げなければならない、と言っているのだ。このことはよっぽど意識して心がけないともとの木阿弥になってしまう。なぜなら、自分の分野のことを分かってくれるのは同じ分野の人だから話していると居心地がよい。私も以前はそうだった。建築士会の活動にのめりこんでしまい、偏った状況になったからの反省だ。それに、経営的に見ても同業とのかかわりだけになるとよくない。特に後継者、経営者2世という方々(自分も以前そうだった)は不思議なくらい同業者を気にする。可愛がってもらおうとする。社会で生きていくためには同業に認められること、と勘違いする。社会で生きていけるのはお客様に認めていただくことであって同業者に認められることではない。道理として当たり前のことだが、お客様に認められた企業は、同業者からも一目置かれるのだ。3年前、「設計事務所を開設しました!」と言って色々なところに挨拶状を出し、挨拶まわりしたとき、その廻った先の大半が建設業関連だった。鼻にもかけられなかった。当然だろう。しかし現在は、建設業関連以外の方々とのお付き合いが大半で、その数は日に日に増えていて以前の10倍以上に達している。今年になり、私からは何の働きかけもしていないのに、建築士会の役員という話や、日本建築家協会への入会の推薦もいただいた。 なぜか?同業を排他的に見ているのではない。今私はひたすらクライアント(施主)のことしか考えられないし、クライアント(施主)のためにも視野の広い建築家でなければならないと強く思っている。今は同業とあっている暇はない。まして、ありがたい話だが、同業の会に出ている場合ではない。と、このように、同業を批判する暇もなければ、私が他よりも優れているとうぬぼれて言っているのでもない。私に自分の夢の実現を託していただくクライアント(施主)の方々のお手伝いで精一杯だし、私を待っていてくださる方々に早く出会わなければならないと思っている。アマチュアならば、自分を誉めていただくことというか、自分が中心だが、プロである以上、自分が中心ではなく、クライアント(施主)が主人公であり、その方々の夢の実現が目的だ。これが私にとっての「ただ直向きに」だ。
2005/09/12
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夢の実現へまっしぐら!昨日の日記にも関連するが、全ての人にとって、今の現状からさらに進展あるいは改善していく原動力は「夢」しかない。断言できる。「夢」とは、人生を有意義なものにしてくれる「ツール」だ。会社でも、学校でも、物事を進めるためにはスケジュールを決めだろう。そのスケジュールの先に見据えていることが、1ヵ月後の売上か、1ヵ月後の試験の結果か、1年後の決算か、1年後の入試か・・・。そのくらいまでは誰でも思いをはせると思うが、そこで止めないで、その先にあるもの、どんな会社にしたいのか、どのような会社に勤めるのか・・・。さらにその先にあるもの、どんな社会的価値のある会社にしたいのか、どんな社会的使命を果たす人間になりたいか・・・。これが「夢だ」。つまり夢は、ある遠い先にあるただ一点の現象だけを言うのではなく、実に理論的につながっていく自分自身にとっての現実世界の総称だ。夢をあたかも形而上的世界であるようにいう人がいるから分かりにくいものになってしまっている。夢とはきわめて形而下的なもので超現実世界のことを表しているのであり、朝、本日のスケジュールを組むのと全く同じことだ。その毎日のスケジュールは明日ももちろん、1ヵ月後ももちろん、1年後ももちろん、10年後ももちろん、一生を通じて一つのスケジュールに乗せることを「夢」と言うのであって、夢の実現とは、毎日を一つの筋の通った自分自身の道を歩んでいる状態のことを言う。だから、スケジュールが明確に組めたときに,、島根起業家スクール講師の福島正伸先生が、「おめでとう君の夢はすでに実現したのだよ~!」と小躍りして一緒に喜んでくれるのはそのためだ。夢を描いていないとは、朝起きて、その日を行き当たりばったりで何も考えず過ごすのとなんら変わらない。思考のない本能のみの動物と変わらない。「所詮夢だよ」と言って夢を明確にしようとしない人がいるが、つまり、「私は今日の人生はどうでもいいです。スケジュールも組みません。」と言っているのだ。限りある命、無駄に過ごすのはもったいない。スケジュール(夢)を描かずに、いつまでもいつまでも悶々と過ごすより、自分のスケジュール(夢)を明確にしてしまってそれに乗って素直に生きていくことのほうがずっと楽なのにな~。ある方は、「自分は怠け者だから、いつも行き当たりばったりで最後にはつめが甘いと言われて苦しんでばかりいたから、夢を持つことのほうがよっぽど怠けられる(むだな苦しみをしなくてすむ)。(笑)」と言われ、島根起業家スクールにおける「夢」の概念に出会えたことを喜んでいらっしゃった。いたって単純で簡単な話だ。みんな複雑で難しいものだと思い込んでいるのではないのか。はやく本来のあるべき苦しみに到達しなければならない。夢とは「人の夢の実現」にあると解釈しているが、それこそ今自分自身の天職でもって人の夢の実現のお手伝いをすることであり、その本番においての真の苦しみに入らないといけない。その苦しみとは達成(人の夢の実現)のためには、本気であればあるほど避けて通れない道であるからだ。だから私は毎日苦しんでいる。「人の夢の実現」のお手伝いのための苦しみだ。それは、実績づくりであったり、資金繰りであったり、クレーム処理であったり。周りの人には決してわからないだろう。自分のことのようだが、決して自分のことではなく、社会貢献の実現のために苦しんでいるのだ。ストーリーのない行き当たりばったりで苦しんでいるわけではない。乗り越えなければならないものとして最初から明確になっている苦しみだ。夢(スケジュール)が明確にできれば、日々の出来事はホリエモンのように、想定内の出来事として受け止められる。決して暗中模索しているわけではない。しかし、想定内の苦しみであっても、その本番の、まさしくその渦中に身を置かなければその先に進む手立ては分からないことも確かだ。理論的にストーリーを明確にしていてもそうなのだから、ましてまったく行き当たりばったりでは、何をかいわんや!だ。夢とは自分の身の置き所。倒産の時に私を救ってくれたのは、「夢」であった。昨日の日記の最後に書いた目標はすでに達成した。夢に感謝。
2005/09/11
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出発点(理念)と目標で決まるこのところ県外の物件について聞かれることが多くなった。その中でほとんどの方が、なぜ県外の依頼が増えたのか、と聞かれる。私にとっては特別なことではなくあくまで成り行きの産物だ。しかし、まったくの偶然というわけではない。特別に難しい話でもなんでもなく、松江は約20万人だが、そこでの依頼の獲得、松江を中心とした宍道湖・中海圏域の65万人のなかでの依頼の獲得、え~い、どうせなら全国だ!などと半分冗談、半分本気で考えてきたこともあったし、前職で全国を飛び回っていたことや、建築家としてスタートしたときから、全国で通用する建築家を目指す!と話していたこともあり、自分の中では、「いよいよ来たな!」という感じだ。現実に、その地へ出向きお話しているときは地元で打合せをしているときと何ら変わりはない。自分が受け入れられるかどうかはやってみなければ分からないが、小さくまとまり町内の仕事しか受けません!などという気持ちはまったくなかった。私を信頼し依頼していただく方がいらしたら、たとえそれがどんなに遠くの方でも私にとって大切なクライアント(施主)なのだから受けて当然だ。問題は、出発点(理念)と目標だろうと思う。結果として全国から依頼をいただけるということは、その理念に共鳴していただく方がいて、自分の夢をかなえてくれるのはコムースだ!と感じていただいたからに違いない。私の建築に対する理念は、「建築はクライアント(施主)の夢の実現であるとともに、その建築は同時に地域の大切な財産であり原風景として大きな影響を及ぼすもの」ということであり、クライアント(施主)と私は、地域の財産を創り出す協同作業者なのだ!という思いを持っている。クライアント(施主)とお話するときに、このことを大上段に構えてお話するわけではない。あくまで建築家としての内なる思いだ。しかし、それは私の思考や行動のすべてに繁栄されているに違いないし、そんな私に触れたときに共鳴してくださる方は必ずいらっしゃると信じている。それは松江にもいらっしゃるし、全国津々浦々にもいらっしゃるだろう。従って、そんな私を知っていただいた方が、遠いけど依頼したい!と思っていただくことにつながっても不思議な話ではない。現実の中で、食っていけないから販路を広げているのではないか?と思われている方もいらっしゃるかもしれないが、それこそ非現実的な行動だ。なんでもよければ身近な町内の溝蓋の修理など徹底的に経費をかけずに歩いていける範囲で仕事を獲得することを考えるべきだ。私は名誉とかではなく、建築家としての社会的使命を果たしたいのだ。それを明確にイメージできたので、その出発点(理念)に立ち、段階段階で設定した目標に向かって進んでいる。私の建築家日記にはその過程のすべてが記録されている。第一ステップは一般の会社でいうところの商品開発を行ってきた。3年かかった。食うことと開発とは相容れないものだ。しかしそれを何とか成立させてくれたものが出発点(理念)だった。直接のクライアント(施主)でなくても出資など私を支え続けてくれた方々もその理念に共鳴していただいた方々だ。クライアント(施主)とまったく同じだ。そして現在、商品開発(プロジェクト理念)も完成し、いよいよ本番の時を迎えた。ありがたいことに、いよいよという気持ちになって来た時に、日経アーキテクチュアで建築家活動が全国に紹介された。そして、北海道、兵庫の物件が本格的な設計作業に入っていく段階となった。私は幸せ者だ。感謝だ。苦境の中では夢など持てるわけがないと言う人がいる。しかしそれは違う。私は、倒産し、なれない保険の外交員になり約2年間、自分の夢は何かを見つめ続けた。そして、お前は小さいときから建築家になりたかったではないか、という素直な自分を強く意識できた。その大きな原動力となったのは30年前の当時はまだまだ無名だった安藤忠雄氏との出会いであったことは間違いない。その純粋理念は強烈なインパクトで私の中に透徹した。その後の氏の活躍がどんなに私に夢と勇気を与えていただいているかしれない。いつか顔向けできるようになりたい!再びお会いしたい!との強い願望が今日の私を生み出してくれたことは間違いない。しかし、おそらく、過去の安藤先生との出会いがなくとも、私は自分の本来の資質として、同じように出発点(理念)と目標を手に入れ立ち上がって来たに違いない。すべてを乗り越え超越できたときに、真の感謝の気持ちで心が満たされることだろう。次なる目標は、「真の感謝の念」で心が満たされている状態の実現だ。
2005/09/10
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島根から発信島根の中にばかりいると灯台元暗しになる。これは全国のどこに住んでいても同じだろう。東京人も、台東区に住んでいる者はそれ以外のところへ頻繁に出かけている訳ではない。新宿に住んでいる者も、他の区へ頻繁に行くのかというとそうではない。通勤経路を毎日辿るだけだ。前職の時、企業の中に事業内職業訓練校があったのだが、毎年生徒募集に島根から中国地方の他県(岡山、広島、山口)へ求人に行くのだが、各地の職安や中学校、高等学校を訪問したときの出来事だが、島根県の企業だというだけで信頼していただけることだった。「島根の人は真面目だから」とほぼ同じ意味のことを言われ続け、他県からの島根のイメージがどのようなものか分かった。こういう経験をしているので、今、島根県の建築家としてあえてここを動かずここを拠点にして全国へ出向くことがベストだと思っている。島根には間違いなく文化がある。とても豊かな文化だ。前職のとき、全国の建設業者が加盟していたフランチャイズの活動をしていたのでほぼ全国各地を知っている。その中で、決してふるさとという意味ではなく、とても豊かな文化性を持った地域であることが分かった。しかも、地元の者はほとんどそれに気付いていないこともこの地域の奥ゆかしさにつながっているように思う。豊かな自然と高い教育レベル、衰えてきたとはいえ全国に比べれば人間の情緒性はとても高い。日銀の松江支店長とお話したとき、赴任したときにまず関心したのが街がきれいであることだったと言われたことがあるが、暁の暁あんの情緒は芸術的でさえある。各通りのあちこちで掃除をする姿が見られるのだが、それが自然の振る舞いとして行われている。私はこの町に住んでいるからこそ、全国の様々な依頼に応えることができるのではないかと感じている。北海道の物件にしても、淡路島の物件にしても、おそらく依頼がくるであろう東京区内の物件にしても、そのクライアント(施主)が私に求めている思いには共通したものがある。大切なのは地に付いた文化なるものだ。これからの時代に確かな存在としてとの建築を求めているのだ。
2005/09/09
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淡路島へ北海道からの正式な設計依頼に続き、本日は、淡路島の物件の正式な設計依頼があった。創業して4年弱、会社としてはまだまだ組み立て過程にあるのだが、こうして全国から設計を依頼していただけるようになったことは大変ありがたいことだ。「何も県外の仕事をしなくてもよいではないか。」という方も中にはいらっしゃるが、売れるか売れないか分からないものを営業をしに全国に出かけるわけではない。特定の方から具体的な物件を託されたのだ。もちろん、地元で行うより経費はかかるに違いない。しかし、赤字を出してまでやるわけではない。建築家は、地域は関係ない。実際にその地へ出向いて打合せを行うと、地元松江で打合せを行っているのと何ら変わりはない。北海道、淡路島が正式に決まった。岐阜県の物件は敷地がまだ流動的なので、確定すれば正式に作業を進めていくことになるだろう。そして東京だ。いよいよ東京の有力者の方とのコンタクトが始まった。私をかっていただいているのだが、もちろんすぐに依頼がくるとは思っていない。しかし、ことによればそうではないかもしれない。近々東京へも乗り込む。こうなれば全国が私の活動範囲だ。
2005/09/08
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明確と不明確の二極分化もう半年前になるだろうか、ダイヤモンド社の元社長の岩佐氏を迎えての交流会に参加した折に氏が口にされた言葉が二極分化だ。これから先、中産階級がいなくなり、高所得者と低所得者に二極化される時が来ると思うが皆さんはどちらに入られますか?と言われ、そんなものかなと思ったのだが、昨今のフリーター諸氏の同行を見ると、いわゆる正社員と臨時という構図が明確になってきており、そういうことを二極分化で現されたのだろうと感じている。製造業は海外に拠点を設け、日本の労働力を捨ててきているため、絶対労働人口が就ける職場数が少なくなってきていることも間違いない。しかし、海外へ拠点をという企業もここへきて、痛い目にあって再び日本でという方針転換もちらほら出てきている。特に金型は日本人の技術に勝るものは今のところないようで、費用対効果など総合的にやはり日本でということになってきているようだ。しかし、なにはともあれ、職場が少ないことは間違いない。ここで問題なのは、仕事という漠然としたくくりで言えば必ず働き口はあるはずだ。しかし、人間は何でもよいという思考は持っていない。製造業で働きたい人はDNAがそれを欲している。私のDNAが建築家で活躍することを欲したように。これが与えられた使命というものだ。問題は、自分に与えられた使命にそった仕事につけるかどうかということだろう。自分にあった職場がないという人が多い。しかしそうだろうか。よく話を聞くと将来のビジョンが描けていない人が多い。ビジョンを問うと、職場が見つからないからビジョンが描けないという。 果たしてそうだろうか?ビジョンは職場がなくても描けるものだと思うのだが。おそらく、自分のDNAとの対話が足りないのだろう。自分の将来を方向付けるのは難しいことだが、しかし、何らかの方法で見出していくことが何としても先決だ。その基盤が明確になると不思議と就職できたりするだろう。なぜなら、私も経営者として人材を採用する時には「人材」ではなく「人財」を得たいと思っているからよく分かる。企業は、明確なビジョンをもったアイデンティティを持った人材が欲しいのだ。このような人はことによれば起業していく人かもしれない。起業家とは必ずしも起業だけを意味するものではなく、企業に就職する場合でも、そのような気概が求められている時代だ。私の事務所にも就職希望の人が来る。CADができます、ITはこなします・・・と目先のことを並べ立てるが、肝心のその人のアイデンティティが見えてこない。私は、建築家の資質のある人しか必要ないのだ。現在においてCADがまったくできなくてもそんなものは必要に迫られればすぐに覚えるものだ。例えば・・・私はサービス業が好きだ! 私はセールスがすきだ。人の役に立てるものをお勧めしたい! 私は車が好きだ。エンジニアで貢献したい!その人にとっての究極の思いは必ずあるはずだ。見えないとしたら、見ないようにしているか、厚い膜に覆われているのだ。人間には、食欲、性欲と同じように貢献欲が必ずある。自分が活躍でき評価されたときに至福の境地にいたるものだ。二極分化とは、自分のビジョンが描ける者と描けない者を現しているのかもしれない。
2005/09/07
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苦境に立ったときに見えてくるもの京セラの稲盛和夫氏の講話は、私の拠り所となっている。建築家といえどもスタッフを抱えた会社の長であることには間違いない。組織を維持発展させていかなければならないことは経営者として当然のことだ。日々の運営の中では時には苦境と言えるような出来事も起きるものだ。そんなときに稲盛氏の講話は見事にポイントをついてくる。経営とは、常に最高のリスクを考え土俵の真中で相撲をとるごとき経営を目座さなければならないとともに、もし苦境に陥ったとしても決して悩んではいけない!と強くさとされている。仮に、明日会社がどうなるか分からないというとき眠れたものではないが、悩んでも悩まなくても同じなら決して悩んではいけないと言われる。頭をまっさらにしてぐっすり休むことだという。そういう安穏な境地に至れば奇跡と思えるような状況が生まれ危機的状況から脱することができるという。稲盛氏いわく、これは奇跡でもなんでもなく、人間冷静になれば解決の糸口は必ず見つかるものだという。お陰で悩むことが少なくなった。どうしようか・・・という状況でも何かが見えて来るのが不思議だ。ここのところ、急に物件が進み始めた。これは冷静に考えれば当然のことなのだが、以前はそれすらも見失うことがあった。苦境に立ったときに見えてくるものがあると稲盛氏は言われる。どうにもしようもないものばかりに目を奪われず、どうにかなることに目を向ける意識になったとき、急に目の前が明るくなるという。
2005/09/06
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北海道の邸宅リニューアル計画が始まる 以前からお話をいただいていた北海道の築100余年の邸宅リニューアルがいよいよスタートすることとなり、今月下旬に北海道に乗り込むこととなった。「なにも島根の建築家が行かなくても・・・」という声も出そうだが、言っては何だが建築士なら誰でも手がけられるというものではない。そこには理念が必要だ。私の中では、新築も増改築もリニューアルもまったく同じ価値観、同じ理念だ。建築全体をイメージしなければならない。部分だけしか見ない修繕のようなものであれば建築家など必要はない。約2年をかけて今年の4月に完成した松江市内の由緒ある文化財的な築100年の商家のリニューアルを手がけたが、リニューアルの本来あるべき指針が私の中で明らかになった。松江の物件もそうであったが、今回の物件でも、クライアント(施主)が私の考えを評価していただいた故の今回の依頼であったと思う。北海道のこの建築は、市の歴史指定建築物に指定されているため扱いが非常に難しい。約40年前に現在の所有者が土地家屋を購入し、取り壊しRC(鉄筋コンクリート)構造の建物を計画したところ市民の保存運動が起き、5年間もめて結果、道路側の邸宅を残し、後ろにできるだけ低い建造物を建てるということで決着したという逸話が残っている。しかし現在までのように、オリジナルを守ろうとするだけの補修を繰り返すのであれば、その補修は数年ごとに繰り返す必要があり所有者に大きな費用負担を強いることとなるとともに、オリジナルなままでは建築の持つ文化性も徐々に失われていつしか史跡と化していく。私は、その建築が現代に鮮やかに蘇り、これからの100年をこの町の方々とともに生きていくものとしなければならないと考えている。そのため、新たな機能を持たせることや、外装デザインもオリジナルイメージを崩さないようにしながら、今日的文化性を帯びた建築に生まれ変わらせなければならない。本格的な計画を立案するなかで、市の担当部署とは多いにやり合うことになるであろう。
2005/09/05
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労働の尊厳最近、仕事をする上で自分の方向性を見出せない人たちが増えていると言われている。ここで気になるのが労働の意義ということだ。労働は生きていくための報酬を稼ぐため、ということなのだが、その労働には本質的な意義があり、その目的を見出せないとなれば、一番大切な労働の尊厳ということに目覚めぬままに生きていくことになる。大変不幸なことだ。今から10年くらい前だったか、国の機関の窓口で特定印紙を買おうとしたら、「昼休みに入ったから出直して来い。」とはき捨てるように言われ憤慨したことがあったが、その御仁はどうも労組の幹部らしく、仕事時間中でも電話で組合活動について大きな声で話していた。なんのために自分は働いているのか分かっているのだろうかと首をかしげたことがあった。また、PTAの役員を長らくしていたこともあり教育現場を垣間見ることが多かったが、今日の日本の荒廃を目の当たりにし、教育者の責任は大きいことを感じている。すべての教育者が悪いわけではない。しかし、唯物思想をテーゼとする教育者が与えた教育の弊害の責任は誠に大きいものがある。条件闘争や思想闘争もよいが、それはそれで邪魔をしないから、せめて次代を担う子供達に教育者としての心豊かな関わりを持ってもらいたかった。もちろん、親の資質低下や地域の子育て力の低下も間接的に大きな問題ではあるが、教育者の関わりは直接的なものだ。今からでも、労働の尊厳にめざめてほしいものだ。日本の経済を担っているのは、一握りの大企業だけではない。ほとんどの労働者を抱える中小零細企業がこの国を支えている。労働の尊厳を認識し、国の発展、社会の発展に寄与してきた。最近、企業の社会貢献思想が多く聞かれるようになってきたが、大半を占める中小零細がさらにめざめればこの国は変わるだろう。故に、官民問わず労働の尊厳を正しく認識することが、今社会に求められている改革の根本ではないかと思う。これからの21世紀をどういう社会にするのか、22世紀に何を贈れるか・・・このことを皆が強く意識しなければならない。------------------------------------ 《 注目のホームページ&ブログ 》 夢のコミュニティワイナリー松江葡萄酒工房 松江葡萄酒工房ホームページ 松江葡萄酒工房 ブログ 鋭い洞察力が定評のマーケティングアドバイザーのハマムラさんのブログ ハマムラさんのブログ
2005/09/04
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路地は建築先日、生まれ育った町に行ってみた。細かな路地の一つ一つの変わらぬ風景に当時の記憶が刷り込まれていた。今はどこにいるか分からない幼い頃の友の、その塀にもたれかかって話している顔や声がはっきりと思い出される。建築の原点とはこういうところにあるのかもしれない。私は、どこの街に行っても路地を動きまわる。海外ではどこでもというわけにはいかないが、幸い日本ではどこの路地も安全だ。そこに様々な文化がちりばめられている。京都の路地はドラスティックにさえ思えるものだ。懐かしい白黒映画の世界がそこにはある。職人文化とでも言おうか。表具屋、塗物屋、下駄屋、縫物士、研ぎ屋・・・日本の路地は職人の居場所だった。これからは、その痕跡を辿るしかないのか。池袋は以前は好きではなかった。芸術劇場ができ、フランク・ロイド・ライト設計の自由学園の存在が池袋を好きにさせ、足しげく通うことになった。路地にひっそり佇む自由学園明日館(みょうにちかん)。私の建築家としての心のふるさととも言える場所だ。海外の路地と言えば、ベネティアの路地もよいが、エーゲ海のミコノス島の段状住宅群はまさしく路地の建築だ。路地の中に埋没するとあの美しいエーゲ海は見えない。路地と路地の真っ白な空間のかすかな隙間から見えるエメラルドグリーンのエーゲ海がまるで宝石のように感じられる空間だ。この路地は、なんの喧騒もなく、偶然にできた自然の芸術であるように私たちの心の奥底に原風景として刷り込まれていく。路地はドラスティックだ。平凡ななんでもない風景の中に、とても次元の高い「もの」がさり気なくそこにあるからだ。------------------------------------ 《 注目のホームページ&ブログ 》 夢のコミュニティワイナリー松江葡萄酒工房 松江葡萄酒工房ホームページ 松江葡萄酒工房 ブログ 鋭い洞察力が定評のマーケティングアドバイザーのハマムラさんのブログ ハマムラさんのブログ
2005/09/03
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リ・インカネーション社会は不思議なつながりが存在する。昨日は松江葡萄酒工房の協議会に参加し、そこに集まったメンバーと一緒に懇親を深めたのだが、よ~く知っている方々ばかりなのだが、しかしそれは私にとっての知っている方であって、名刺交換をしている姿を見ると知らない者同士であることが分かる。社会の妙というのは、やはり人と人との出会いにあるのだろう。もちろん社会は、未だ出会わず知らない人のほうが多いわけで、私たちの知らないところで様々な出会いやよりよきユニットが次々生まれている。自分自身が、いつしか一世風靡するような出会いの中にいたとしたら、そのときこそ、しばし、リ・インカネーション(不思議なつながり)を体感することだろう。ことによれば今がそのときかも知れない。しかしそれにしても昨日の協議会は、中身の濃い熱い者が集まったものだとつくづく感心した。その中に自分がいることに喜びと感謝の念を抱いた。コーポラティブハウスもまさしくリ・インカネーションの世界だと思う。なぜなら、参加者の方々は神に選ばれし人たちだからだ。神からコーポラティブハウスの価値を見出せる観念を与えられた方々なのだからだ。この方々は、コミュニティが何たるかを知っているか、感じ取れる人たちなのだ。まさしくリ・インカネーションの世界なのだ。------------------------------------ 《 注目のホームページ&ブログ 》 夢のコミュニティワイナリー松江葡萄酒工房 松江葡萄酒工房ホームページ 松江葡萄酒工房 ブログ 鋭い洞察力が定評のマーケティングアドバイザーのハマムラさんのブログ ハマムラさんのブログ
2005/09/02
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コミュニティについてどうも誤解があるようだ。私はコミュニティ活動なりコミュニティ運動などをしたいのではない。そこにあるべきコミュニティを「存在」させたいだけだ。産官学交流会である地域の明日のコミュニティを考える会も運動ではない。その人の集まりがいわゆるコミュニティであるのであって、頑張ることは何一つない。ただそこに集まりたいから集まっているだけだ。とかく建築士の連中は都市論をぶって運動をおこそうとする。一般社会とは別の自分達の世界を創り上げ、それはそれで一向に構わないことだが、一般社会にさも特別な存在のごとくに関わってくるから始末におえない。産官学交流会に建築士の面々も興味があるらしいのだが、申し訳ないが建築士は私だけで充分だ。排他的に聞こえるかもしれないが、そうではなく、できるだけ様々な業種の方々に参加いただきたいという思いだ。どの業界でもそのようで、なんとか組合なるもののように同業種が集まっても面白くないらしく、そのような要望もあった。前記のように、その集いでもって何かの運動をしようとしているのではない。集う本番がすなわち地域のコミュニティそのものの存在だ。そこにある業種だけが偏ることなく、できるだけ自然にしていくことが、代表世話人の責務だと思っている。次回の例会では、私たち地域に住むものにとっての財産でもある中心商店街のこれからを見つめていきたいと考えている。各商店街の企業努力のなさを責めるのも筋が通った話だが、観点を替えて、私たち市民がその商店街に意識を向けていくことも大切ではないかと思う。建築系の都市論などいらない。機械的なものではなく、むしろ叙情的な文学思考がよい。------------------------------------ 《 注目のホームページ&ブログ 》 夢のコミュニティワイナリー松江葡萄酒工房 松江葡萄酒工房ホームページ 松江葡萄酒工房 ブログ 鋭い洞察力が定評のマーケティングアドバイザーのハマムラさんのブログ ハマムラさんのブログ
2005/09/01
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