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人生の節目このところ感傷的と思えるような日記が続いているが、おそらく人生の節目を迎えているのだろう。さらにステップアップするためには、もっと一途なものが必要だと感じたし、いい加減な自分はご法度、何にしても真面目さ律儀さが大切だろう。なぜなら、社会的な責任がますます大きくなってきたからだ。もちろん年齢的には子供ではない。しかし、責務を担ってこそ真の大人になると思う。島根をはじめ全国から依頼をいただくこと、家族にとってのよき私であること。友人知人にとってのよき私であること。醸造家バッシーさんの事業もいよいよ全国発進となった。私は建築家として、その夢を抱え込んで実現していかなければならない責務がある。人間として、プロとして、さらに自分を律していかなければならないと思う。もちろん物件は、金額の大小ではなくどの物件もその人の人生や夢の実現が込められている。すべてが私の設計に託されていると思うと身の引き締まる思いだ。このところの緊張感は、滝の水にうたれるという心境だ。設計依頼物件も、いよいよ総工費7~8億円にもなる物件を受けることとなった。改めて、建築家コムースに与えられた使命の大きさに身の引き締まる思いだ。
2005/11/30
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そうだったのか色々人生の旅をしてきて結局もとのところへ帰ってきた、いや帰ってこれた。そ~だったのか・・・という心境だ。色々な物件の依頼を託される自分、多くの方々にお会いする自分、家族にとっての自分の本質は何か・・・自分のことしか考えてい ないのではないか。 いや、きっとそうに違いなかった。今こそ自分の要らないものを殺ぎ落とそう。酒も止めた。もちろん楽しいコミュニケーションは多いにやろう。しかし、今まではそれが、いつの間にか自分のためにしていることになってしまっている。友のために酒を飲みたい?いつしか自分が飲みたいから・・に変ってしまっている。・・・そして偉そうなことをいう。酒に溺れるとはこういうのをいうのだろう。分かっている振りして分かっていない。やさしそうな振りして実はやさしくない。そうではなかったのか・・・自分を制御できないものが家族の前でも顧客の前でも堂々と私はこうだ!と言えるのか・・・建築家と言えるのか・・・。よくぞ教えてくれた。それでこそ私の愛する君だ。足を踏み外すところだった。ほんとうにありがとう。私の夢とは、「私に関わる方々の夢の実現のお手伝いをし実現する」こと。もう刹那的な快楽におぼれている暇はない。安藤先生はそうではないか。一途に建築家を真剣に真面目に深め続けておられる。世のため人のために自分の英知を使っておられる。真のやさしさとは、自分に与えられた使命を淡々としかも確実にこなす者の心の中に宿るものなのだろう。私も、能書きを垂れている場合ではない。そういえば、30年前安藤先生は、「毎日2時間の読書と一時間の運動はやり続ける。お前もやれ。」と言われたことがあった。世界の安藤を生み出したのはその真面目さにあることを忘れかけていた。もっと努力しなければ。
2005/11/29
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自分がわかること自分がわかるということはどういうことか。色々なものを見つめる中で、身近な大切なものに気付くこと。じっと私が気付くのを待ってくれる心に気付いたときに、自分をはじめて見つめることができるものであることを知った。私は、これほどまでに自分を見つめたことは今までなかっただろう。自分は自分のためにあるのではなく、愛する人のためにある。この歳になり思うに、後悔しないために、ごまかして生きるのではなく、純粋に、愛するもののために生きることを正直に表明すればよい。心の中にいつも純粋に存在しているもの、それを表面に正直に出していいのだ。ごまかさずに、愛を表明すればよい。とても素直になれた。
2005/11/28
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自分を律する自分の立っている基盤というのは薄い氷のようなものだ。いつ失うか分からないものだ。決して悲観論ではなく、だからこそ、自分の置かれている状況がいかに感謝すべきことなのかが分かる。年齢からいえばもはや若者とは言えない歳になってきた。もちろんそれで一人前というわけではない。何時までも若くないということは、自分の存在の意義というものを深くかみ締め真に生きてる目的を果たしていかなければならないということだ。大げさなようだが、私にとっては現実のことだ。人生本番、いかに自分を律して生きていくか・・・それが、私に生を授けていただいた神仏、親先祖、私と共に生きてくれる妻や家族、関わる多くの方々、仕事を与えていただく顧客に対する真摯な誠意であり、私が最も心がけなければならないことだ。自分にきびしく。・・・今まで少し足りなかったように思う。全国から仕事をいただくこと、家族との絆・・・それは当たり前のことではない。私に与えられた使命は大きい。自分を律し誠実に使命を果たすことを第一義に考えていかなければならない。そんなことを意識させてくれる出来事があった。私自身の人生の意義を気付かせてくれた。ありがとう。
2005/11/27
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小樽 東京今日は強行軍だ。朝7時に松江を出て、午後1時すぎに小樽到着。現場管理者、大工、電気工と打合せ。その後、小樽市役所を訪問し担当者と協議。午後8時千歳発で東京へ。小樽はすべて順調。明日は東京神田の事務所へ。打合せとあいさつまわり。
2005/11/25
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プレゼンテーション来月、企業家の集いで事業報告をさせていただくことになっているが、昨夜、そのプレ報告を理事さん方を前に行った。およそ30分の内容だったが、最終的には1時間の報告となるように膨らましていく。膨らませる部分を教えていただいたが、なるほどと思ったのは、私の人生の出来事なり事業の成り立ちなどを他人様がどのように感じどのように見ていただいているのかということについてだった。私自身の置かれている状況がよく分かったし、私が何を考えて生きているのかもよく理解いただけたように思う。思う存分に話しなさい!という励ましをいただいたが、昨日は高校生を前にお話をしたこともあり、何かを感じ取っていただきたい!という気持ちが強くなってきた。プレゼンテーションの大切さを身を持って知ることができた。過去の出来事の一つ一つがまったく無駄ではなく、今の私を形作っていることを感じられた一時だった。いよいよ人生本番。人間の目的は社会貢献。ようやく貢献できるときが訪れたようだ。多いにプレゼンテーションするときが来た。
2005/11/23
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その向こう側にあるもの以前の日記のタイトルと同じタイトルなのだが、本日、高校生を前にお話しした中で生徒達に一番インパクトがあったことばだった。話をする者にとっては、今ウケているかいないかは身体で感じるものだが、高校2年生たちがまさしく固唾(かたず)を飲むごとき静寂につつまれた瞬間だった。22歳の時の私に安藤忠雄氏がかけていただいた言葉だが、その瞬間に身体に電気が走るのを感じた。生徒達はそれと同じような状況になったのかもしれない。それまでは、どこからともなくぐだぐだと話す声が聞こえてきて、時折先生が注意をすることがあったのだが、その話以後物音ひとつしなくなり集中して私の話を聞いているのが分かった。しかし高校生は難しいわ。講演者が試されている、ということを身を持って感じた。最後は拍手をいただいたので、結果としてよかったのだろうと解釈している。職人のこと、職人は芸術活動をしていること、商店街は職人街であること、人間全員が職人(プロ)であること,目の前に見えていることしていることのその向こう側に自分自身の人生の羅針盤があること、・・・すべて理解してくれたように感じている。270名もいれば、中には超感動している者がいて、あの話を聞いて私の人生は変った!というのもいるかもしれない。安藤先生の一言で私の思考の方向性が決まったように。本音で自分の思いを語る大人でなければならない。近所のうるさいご隠居様の復活だ。そのウンチクには愛と励ましの心が織り込まれている。子は親の真似をするように、体験したことは次に繰り返される。安藤先生が私に投げかけていただいたことを、本日高校生達に投げかけた。数十年後?、生徒達は大人になり、プロになり、目の前の若者に「今見えていることの、その向こう側を見つめるんだ!」と語りかけることだろう。よい盆栽は、その向こうに、その木が立っている山の風景が見える。計画した建築が地域にとりよきものであったなら、その建築の模型の向こう側に町の風景が見える。このことを、生徒達は大きくまなこを見開き、頷(うなず)くしぐさで聞いていた。私の心が感動で包まれていた。
2005/11/22
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本を書く 以前から本を出してはと真顔で勧めてくれる方がいるが、あまりピンとこなかったので曖昧な返事をしてきたのだが、このところの講演や、北海道や東京などでお話しする中で、多いに賛同していただき、設計依頼もいただける状況から、もっと多くの方々に伝えたい気持ちが強くなり、本もよい手段だなと思い始めた。自費出版ともなればお高くつくことは間違いないだろう。最終的に出版するかしないかは別にして、もっと明確に体系立てて考えをまとめることは、普段の活動にも生きてくるだろう。この日記の別ページに少しずつしたためるのもよいかもしれない。草稿原稿のつもりで書いていくことにしてみるか。題はこんなことでどうだろう。 主題 「私が見た昭和30年代と職人文化」 副題 かつて町は職人文化であふれていた。 職人文化を見つめない現代社会は病んでいる普段、講演させていただく内容も、こむつかしい建築論などではなくこのような内容をお話しさせていただいている。職人文化を見つめるなかに現代社会の病の処方箋があることをお話しさせていただいているが、産学官の方々にお聞きいただいた中には国の高級官僚だった方もいらっしゃったのだが、多いに賛同いただいた。職人文化はコミュニティの源!上記は講演の核となることだが、締めには、「国民すべてが職人」であるということもお話ししている。社会が病んでいる原因は一人一人の根本姿勢にある。決して知識の気薄さではない。そこらあたりを見つめていくと、プロ性の欠如であったりとか、界隈(かいわい)性の喪失、町という財産を国民自身が壊していっていることも意識できるようになる。人間生活のほとんどすべてに通じていることがお分かりいただけることだろう。簡単に言えば、職人を大切にしない社会は滅びるだろう。職人文化とは芸術活動だ。この崇高なものを意識できないくらい日本人のレベルが低下していることを分からなければならない。20世紀初頭、イギリスの建築家ウイリアム・モリスは職人、いや、職人文化といっしょになって芸術復興ともいえる「アーツ・アンド・クラフト運動」を興した。それは現在までも語り継がれ、イギリスをはじめヨーロッパ諸国が、近代化の波の中で芸術までもが破壊されること防いだ。いや、芸術意識をもっと盛り上げた。現代の日本の国民には芸術意識は感じられない。このままでは国は滅ぶ。ミサイルよりも恐いもの。それは芸術とも言える職人文化への無知だ。職人文化を意識するだけでよい。大切に思えばよい。神の摂理である当たり前のことを素直に感じ取ればよい。ただそれだけのことがまったくできていない。現代人は確固たる社会の基盤(意識基盤)の上に立っていない。決して制度などの問題ではなく、むしろ因習というものへの排他な心にもあるだろう。よき因習を捨て去っておいて幸せな社会生活などできるわけがない。大人はもっと勇気をふるえ!というコマーシャルがある。病んでる子供を注意しろという。そんなことは危険だだからやめたほうがよい。 (こう言うと叱られるかな)もっと大事なことは、以前にはあって今はなくなってしまったものを検証することの責任が大人にある!ということだ。職業人としてプロを自認するならなおさらだ。なぜなら、職業とは、人間の使命を果たすことだからだ。これを明確に意識できる者を「プロ」という。プロの目的は「社会貢献」だ。社会が病んでいるのにほっとくプロがいることがそもそも矛盾だ。それぞれの立ち位置から社会を見つめて貢献していくことがもっとも重要だ。私は、建築家という立ち位置から社会を見つめ、社会貢献を果たさなければならないと真剣に思っている。読んでもらえるかもらえないかは別にして、私のプロとしての責任を果たす意味でも本を書くことにしよう。
2005/11/20
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都内の取って置きの場所昨夜は、大学院へ通う元福祉法人理事長にお会いするため清瀬へ行った。清瀬の駅前商店街はなつかしさの漂う風情で、大学院の教授やら事務方やら院生やらで総勢10名あまりの食事会となった。韓国家庭料理をごちそう(結果として)になったがとても楽しく美味しかった。院生といっても福祉のプロばかりで毎週ここへ全国からやってくるということだが、まったくもって頭の下がる思いだ。今日は、大手企業につとめる友人と浅草と新宿へ行った。お互いの取って置きのところへいったが、彼が案内してくれたところは新宿で、それこそパノラマを見ながらのコ-ヒ-は最高だった。何より、昨日、今日と打ち合わせが順調に進んだことがよかった。
2005/11/19
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建築の宝庫東京は建築の宝庫だ。必ずしも褒めた意味でもない。良いにつけ悪いにつけ見ておくべきものが多い。私の場合、汐留サイトと六本木ヒルズは褒められた状態ではない例としてお勧めしたい。この建築群を褒める人がいたなら、素人か、プロならもう少し勉強したほうがよい。建築の大小が問題なのではない。並べればいいというものではなく、何と言うのか、もっと情緒があってほしい。非人間的な温かさの感じられない、貫かれた芸術性の感じられないものをよしとは思わない。東京は小ぶりな建築で素晴らしいものが多い。目立つものではなく町の片隅にひっそりと建つ建築に息を飲むことが多い。
2005/11/18
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ミースからコルビジェへ昨日の新聞に建築家伊藤豊雄の紹介記事が載っていた。私の好きな建築家の一人であり、出雲市大社町には伊藤の設計した「大社プレイス」が建っているが、傑作だ。何度も足を運んでいるが、伊藤の力作だ。記事の中で伊藤は、ミ-スの「レス・イス・モア」の世界にあこがれ、とことん衣服を剥ぎ落とし、抽象化し、本質をあらわにするということを追求してきたという。簡素こそ豊かな空間という思想は私自身も非常に惹かれるものがある。安藤も「レス・イス・モア」が思想の根底にあるように思える。しかし、安藤はコルビジェの建築と出会う中でコンクリートという素材の魅力に惹かれ、コルビジェの荒々しいまでのテクスチャーではなく、まるで大理石を磨いたような繊細さを求めた。その延長線の中で、すべての虚飾を排除したなかでコンクリートのやさしさや温かさまで導き出している。私の中では、安藤建築はミースとコルビジェの融合されたもののようで、かつ、まったく新たな建築概念のように感じられた。伊藤は、ミースに惹かれてきたのだが、最近ではコルビジェの荒々しいコンクリート打放しに惹かれているという。
2005/11/17
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計画(構想)明日の夜は夜行に乗り東京へ向かう。もちろん仕事の道具を積んで乗り、設計の構想を練る。移動が激しいため、「仕事がスムーズにいくのか?」とのご指摘をいただくこともあるが、心配ご無用。一人夜行に揺られているときには東京までの10時間あまりのひと時はまさしく計画のためにあるようなものだ。飛行機に乗っているときも誰にも邪魔されない時間であり、むしろ仕事が進む。一昨日の日記にも書いたように、忙しくなればなるほど歯車が合い始めたように感じている。それは、ひとところに留まらず移動しなければならないため、けじめをつけながら進めていることによるのかもしれない。肉体的には確かに大変な面はあるが、しかし事務所にいて横道にそれるようなことも多々起きがちだが、遠くに出てしまえばそれもない。むしろ集中できるようにさえ思える。設計依頼をいただいている物件の基本構想を立てているが、色々なアイデアが湧いて来る。本日、ワイナリーの計画打合せを行ったが、ほぼ最終に近いものになってきたように思うが、そのイメージは、北海道の小樽で固めていた。板を張った外観イメージの写真をお見せしたがとても気に入っていただいた様子。イメージの共有さえできればスムーズに進む。絶えず動いているようでも心はむしろ整理がついて静寂のなかにいる心境であるように感じている。物事が冷静に見えているようにも思う。実に不思議なことだ。以前安藤事務所で、移動の激しい安藤先生が帰るなり細かな指示を出されていたことにおどろかされたものだが、移動の途中の飛行機や電車の中でセコセコ動きまわっているわけではなく、むしろ細かなことにも思いをはせる時間が充分にあるため、スタッフごとの打ち合わせ事項を帰るまでにまとめておられていたのだろうことが、このところの自分の状況から見えてきた。スタッフにしては、安藤先生が帰るなり細かな打合せをされるので驚いたかもしれないが、安藤先生にしてみれば作戦を練る時間はたっぷりあるわけだ。(笑)そんなことを思いながら、明日のスケジュールをこなす準備をしている午後8時。
2005/11/16
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支援の気持ち本日、約1年ぶり(それ以上かな)にお会いした方がいたが、随分心配してくださっていたことが分かった。会う機会をつくるためにその間に立っていただいた方の配慮も感じ思わず目頭が熱くなった。色々な思いの中で人は生きている。自分だけが大変なのではない。さらに、心の底から再起を願っていただいている方々のためにも、私は頑張らなければならないと思った。私の周りには産官学の多くの仲間がいる。とても幸せだ。ともに分かち合えてこそのパートナーだ。皆が一緒によくなっていくことを考えること。やはりそのことを忘れてはならない。中小企業家同友会や倫理法人会で出会う経営者の方々はとても純粋だ。唯物論的しらけ人は一人もいない。私の知る経営者はみな純粋だ。経営とは方法論(テクニック)にあらず、その心根の部分に真髄がある。このことを肝に銘じ、ご支援いただいている方々の心をいつも感じとれる自分でいなければならないと思う。そして、地元はもとより東京をはじめ全国の、私に機会を与えていただいている方々の期待に応えていかなければならない。私の心の大半が「支援の気持ち」で満たされますように。受動的ではなく能動的な心こそ経営者の基本条件と心得る。
2005/11/15
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歯車が合う物事、歯車が合うか合わないかが勝負だ。起業にしても歯車が合う状態を想像しそれに向けて事業を興していく。いつか歯車が合い始めるのを信じて。歯車が合わないときはただひたすら向こうに見える光を信じて進む以外にない。途中で幾多の困難に苛(さいな)まれる。それもつまりは神から与えられた踏絵なのだろう。離合集散を繰り返しながら、結局、そこにいるにふさわしい人たちが選別される。本気か本気でないかと言うより、縁があるかないかだろう。50歳を過ぎると、過去何度もそのような経験をしてきたことを思い出す。そのときには気が付かないまでも、こうして振り返ってみるとそうであったことが分かる。このことは、年齢を重ね、振り返ることで見えてくることのようだ。このところ歯車がようやくあってきたように感じている。私の起業に関わっていただいた方々共々に、ようやく踏絵の試練を乗り越えつつあるようだ。今年は結構大変なこともあったが、それでも前に進んでいる。本日打合せをした福祉施設の物件に海外資材をユニット化したものを大々的に使用しようかという話になってきた。そのユニットが生産される国は、私にとってとても大切で親しい日本人が住んでいる国だ。めぐり合わせとは不思議な気がするが、まさかその国で仕事が生まれるとは思わないが、それでも何らかのことは生まれてくるやもしれない。与えられたステージをとにかく突き進む。そこから何かが生まれてくるだろう。今週末は、再び東京だ。中野、清瀬、草加、渋谷と動く。歯車が合う、というより無理やりかみ合わせるのかな。(笑)
2005/11/14
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小樽 起工式本日、関係者が参集して、旧邸 遠藤又兵衛邸改修工事の起工式(安全祈願祭)が行われた。この建物は所有者の財産であることはもちろん、小樽市の指定歴史建造物に指定されていることから市民の財産、ひいては国民の財産ともいえる非常に価値の高い建築だ。私がこの旧邸に関わる意義は計り知れないほど大きい。式典の中で、建築家としてこのプロジェクトの意義を時間をいただきお話ししたが、40名あまりの参加者の方々は、もとより意義を深く噛み締めていらっしゃることがわかる。単年度予算だけではやりきれず、次年度の予算で完璧な形となるだろう。この物件は、私にとってのリニューアルの代表的な実績となるだろう。そして、今後講演をさせていただく機会があるとするならば、その半分の時間を割きお話しすることになるだろう。先日の六本木での講演でもそうだったように。それは、この旧邸 遠藤又兵衛邸の存在を世に知らしめる活動にほかならない。これからずっと建築家としての使命として続いていくだろう。
2005/11/13
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遠きにありて思うことこのところ色々なところで講演という形で話をさせていただくことが多い。また、通常の建築家活動の中でお話すること、友人・知人と何気に話をすることなどを思い返してみると、ただ一つのことに貫かれていることがわかる。その思いこそが私に旅の機会を与えてくれるし、日本の中の圏域の境を取り去ってくれた。東京をはじめ方々で出会った人達は、このものを共通言語として認識していただける方々だった。全国を動きまわるようになってまだ3か月なのだが髄分色々なことがわかった。特に東京での連携軸が見えた・・・感じとれたことが大きいことだった。松江を軸あるいは立ち位置にしなければ見失ってしまうもの、それは文化性であったりコミュテイ-(庶民性)であったり。東京や他地域に行かなければ感じとれないこと、わからないこと。同郷という連携であったり輪というもの。これらが合わさったときに私の中に見えてくるものがある。これこそ思い描いていた「コミュニテイの新たな創出」そのものかも知れない。こうして小樽の町の小さなメシ屋で地元の人間と区別がつかない風でお昼を食べながらふと心に浮かんでくる思いに浸っている。「捜し求めていたものにやっと巡り逢えたのかもしれない。」
2005/11/12
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明日と明後日は小樽再び小樽へ入る。明後日は起工式だ。来週からいよいよ工事着工。 式典には小樽市長も参加されるとのこと。マスコミの取材もあるような気配。クライアントからは是非話をしてほしいということだが、あいさつ程度で一言で済まそうかと思いつつ血が騒ぐので(笑)、おそらく少しまとまった話をさせていただくことになるだろう。小樽市には、遠藤又兵衛邸にかける思いというものがあると思うが、私自身も相当の思い入れを込めているので思いっきりあいさつをすることにしよう。何にしても記念すべき第一歩だ。旧遠藤又兵衛邸は、これから新たな歴史を刻むこととなる。歴史の一こまに立ち会えることをほんとに誇りに思う。----------------------------------淡路島の古民家も計画がまとまってきたので近々第一回目のプレゼンテーション。来週後半は埼玉県草加市。翌週は淡路島入りだ。
2005/11/11
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松江どういうのか、自分の町なのに今は松江にいるという感覚だ。もちろん一番落ち着けるところだし私の基地だ。松江以外の町を親しく感じるのは、小樽、淡路、草加、それに東京と、その町で依頼物件が動いているということで建築家としてとても身近に感じるからだろう。松江には私の好きな場所が二つある。一つは松江市を見下ろす小高い山の上の道沿いの展望のよい場所、もう一つは美術館横の宍道湖沿いの公園だ。今日のお昼はそこで広げた。町の真ん中で1M級のスズキが釣れたり波の音を楽しめるところというのは色々旅をしているがここしかおめにかかれない。ここで思いを巡らせると落ち着いて物事に向き合える感じだ。さしずめ深呼吸できる場所というのかな。白鷺が水面に頭を突っ込む姿を見ていると無心になれる。そうこうしている内に銀行からの紹介物件について携帯に連絡が入ってきた。ありがたいことだ。今週末からはふたたび小樽へ入る。スタッフもよくやってくれている。起業して4年。支援していただいている方々に色々迷惑をかけながら今日を向かえているが、ようやく形になってきたようだ。
2005/11/10
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東京事務所開設現段階ではあくまで希望の域を越えていないが、事務所の候補としてよいところが見つかった。北海道と埼玉の物件が進行中となり、東京都内の物件もいずれ出てきそうな気配となってきていることからやはり拠点がほしい。公的なインキュベーション施設なのだが募集要件に合致しているのでおそらく大丈夫だろうと思う。早ければ年明けには事務所開設に持っていきたい。場所は新橋だが、上京の折にも近いし、都圏を移動するにも好都合な場所だ。今朝松江に帰り、以前より約束していた役所での打ち合わせを行ったが、東京でのことを相談したが、無理のないところで営業エリアを広げるのはよいことではないかという意見をいただいた。東京は私にとり未開の地ではない。島根県出身者の方で支援していただける方も多いし、このところ急速に知り合いも増えている。むしろ行動しやすいところといえる。今週末に小樽へ行くが、その前に埼玉での物件の打合せを行う予定だ。松江と東京がどのくらいの比率になるのかは分からないが、頻繁に移動する状況がすでに始まっている。
2005/11/09
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五反田 秋葉原 新橋 中野 浅草今日の行動予定だが、秋葉原でお会いした方から草加市の自宅のリニューアル設計の依頼をいただいた。新橋では東京の拠点となるであろう事務所も見つかった。そんな中、老人福祉施設の設計依頼が入ってきた。所謂有料老人というものだ。午後から中野に移動。業者と見積りの打合せ。その後、クライアントとの打合せ。この打合せは重要だ。夕方からは浅草で友人と再会。昨日から東京中をかけずりまわっている。昨夜の六本木の講演会に参加いただいた方からお礼のメ-ルが入ってきた。それにしても素晴らし方々だったな。
2005/11/08
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八重洲、銀座、築地夜行列車は定刻に東京到着。午前中は八重洲に陣取り電話で小樽のリニューアルの見積もりについて断続的に打合せ。銀座文明堂で手土産購入。久しぶりぶりに歌舞伎座前を通ったら富十郎が見たくなった。築地の魚河岸は初めて行ったが、商店街は昔ながらの風情を留めていた。東京の下町には地方でも見られなくなったものがある。元大手出版会社社長を訪問しご挨拶。再び電話で小樽の打合せ。その後六本木へ向かう。どんな方々と出会えるのだろう。楽しみだ。
2005/11/07
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東京今夜の夜行列車で東京へ向かう。私は夜行が好きだ。ごとごと揺られながら夜景を眺めながら旅気分を味わうのが好きだ。ときどき一家団欒の風景なども絵画のように垣間見える。この時間は色々な思いを巡らせるのに好都合だ。飛行機もいいし夜行列車もいいいし、新幹線もよい。要するになんでもよい。旅そのものが好きなのでそれなりのシチュエーションでよいのだ。明日の夜に六本木で講演をさせていただくのをはじめ、打ち合わせなど結構駆け足となりそうだ。今回の講演は、「島根の感性を全国に発信する」をテーマに、建築とその背景にあるものについてお話しする予定だ。このように全国を飛び回ると、私の中では県境がなくなってしまった。日本がひとつの地域という意識だ。島根という文化(町屋の素朴な文化)性豊かな地域を拠点にしているからこそ、全国各地における地域性(コミュニティ性)の欠如に対する処方箋が見える。決して、都市計画という大きな枠組みではなく、一つ一つの建築をつくり上げていく行為の中で職人文化という芸術を意識し、語り合いながら建築をつくりあげればそこに新たなコミュニティが生まれる。小樽では素晴らしい方々との出会いがあった。六本木ではどうだろう。8日の夜の夜行で帰る時間まで浅草で、マルチな友人と一杯飲む約束だ。久しぶりの再会を楽しもう。お互い、何かを社会に残そうとしている者同志だから。
2005/11/06
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現実から多くのことを学ぶ建築を創り上げるという行為は色々な事象の積み重ねとなり、そこに真実が培われていく。よいことも沢山あるが、時には施工の一部不備とコミュニケーション不足からクレームに頭を痛めたこともあった。漏れるはずのないところから雨が漏れたとき、雨は上から降るだけでなく、吹き上げる風とともに舞い上がってくるものであること、木材の僅かな収縮から毛細管現象となって水を呼び入れることなど、思いもよらないことが私を襲った。自然の仕組みをもっと察知しなければならない。建築はまさしく生き物であることを思い知らされた。だからこそプロとして、真に当事者意識を持ち、施主、設計者、施工者が一体となったプロジェクトという場面を私の責任でつくり上げなければならないことも改めて痛感した。建築家とはプロデューサーだ。そんなこんなの中で、過去の積み重なりが自分の厚みとなっていくのだろう。それは、成功例であったり、クレームの中からであったりと、どれにしても現実という実体験であり、その現実が私の中に積み重なる。多いに賛美されることもあれば、叱責を受けることもある。プロとしてこうあるべきというものが私の中で明らかとなってきている。なにより「社会における人間性の回復」を建築家としての理念として掲げており、その実現は、私自身の経営者としての技術力・統治力によるところが大きいことを自覚しなければならないと肝に銘じている。
2005/11/05
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コーポラティブハウス発進そろそろこの事業が本格的に動き出そうとしている。今年の2月から募集がはじまったが参加表明3世帯、様子見数世帯という状況だ。昨日の日記ではないが、DVD(デジタル)だけでなく顔の見えるチラシ(アナログ)を活用することにより一層の広報ができるということから、現在チラシを作成中だ。年明けて来年はいよいよ本格的に事業活動開始だ。松江市内にも多くの分譲マンションが建ち、これから計画されているマンションだけでも約500世帯あるという。松江での集合住宅環境がますます整ってきた。今回のコーポラティブハウスの特徴が伝わればよいことが分かってもらえるだろう。なにより、まだまだこの計画自体の存在が伝わっていないので、改めて広報活動開始だ。
2005/11/04
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ファイリングの優劣が事業の進捗に影響創業以来事業(理念)の構築に邁進してきたのだが、その道程の中でなおざりにしてきたことがある。簡単に言えば整理整頓だ。もちろん物件ごとの資料は分かるようになっている。しかしいつのまにか縦に積み重ねられる様となっていた。言い訳をすれば、整理どころではなかったということだ。 (まったくもって言い訳)改めてファイル方法を検討し、今ならまだ間に合うと一念発起!パソコンのデーターに入っているから・・・という観念を捨てて、オーソドックスなファイル管理にしたところ、これが分かりやすいのなんの!目からうろことはこのことだ。後で後悔する分でも思い切っていらないと思うものは捨てる捨てる。エキスのものだけをファイリングする。北海道の打ち合わせにもファイルごとごっそり持っていったが、随所に持ってきてよかったと思えることだらけだった。エキス以外はファイルしないのでスリムなファイル(それでも厚手のファイルではあるが)となっているため、相手先での打ち合わせのときにはごっそり持参。まったくもって便利だ。事務所ごと持ってきたような感じだ。ノートパソコンのデーターを開いてると思(おぼ)しき間に、ファイルをぱらぱらめくるとすぐに出てくるし、めくっているうちに他の資料から思わぬ気付きがあったりして打ち合わせの内容が深まる。デジタルは視野を狭めるな。(私の場合)機械管理だと操作テクニックという余分な動作を伴うが、ファイルであれば抱えて持ってくるときに筋肉を使うくらいで、あとはデンとおいておけばよい。ねばならないということはもうやめよう。高いパソコン買ってファイルしても、その操作を覚えるのに時間がかかったり、いつしかデーターそのものの存在を忘れたり。ファイルなら見出しを付けて並べておけば、打ち合わせの最中に指で指して「あれを取ってくれ」で済む。ファイルは4個入り2300円で特売ものがある。もうパソコンデーター方式はやめだやめだ。古建築の再生の機会を多くいただいているが、それは再生ではなく、その素材を使ってまったく新たな建築を創り上げるという概念としての「新築」だ。世の中で言われている、新築、増築、改築・・・、私の中ではすべてが「新築」だ。今は樹齢200~300年ものの材料など手に入らない。昔の建築はそんな材料だらけだ。決して復古主義ではない。建築の価値的にもそのほうが上だからだ。それと同じように、昔ながらの方法ながら、進化するまえの状況にするわけではない。CADデーターはもちろんデジタル管理しなければならない。しかし、周辺の資料群はデジタルデーター化するのも手間がかかるし、特定のテクニックを駆使しないとそのデーターに到達できないようでは何をか言わんやだ。デジタルとアナログを組み合わせた新たな「新築」だ。いたって当たり前のことだが、いつのまにかデジタルの罠や盲信に捕らわれてはいまいか。
2005/11/03
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年末本番あっという間に師走の候となってきた。それにしても、つらいこともあり正直苦しい一年ではあったが、それでも、昨年までは考えられなかった県外での設計依頼をいただけることとなったり、日経アーキテクチュアに紹介されたりと、うれしく感謝すべきことも沢山あった一年だった。いよいよ年末本番。すべてのことが同心円に昇華していく。新たな物件の依頼もここのところ多いし、講演依頼もこれから年末にかけて3件いただいている。なにより私のお話しをお聞きいただき、理念なり事業の内容を知っていただけることがうれしい。年末本番がんばろう!
2005/11/02
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