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大晦日 とっぷりと暮れたというのに、事務所でせわしなく過ごしている。 来年の大晦日は、ゆったりと過ごせる時間を実現しよう。しずかに一年を 振り返り、晴れやかな正月を迎える。やはりそうありたいものだ。 しかしながら、昨日の日記に書き忘れだが、この一年、何と言っても 多くの方々との出会いを得たこと、小樽や淡路島の仕事をさせて いただいていること、このことはすごいことだと思う。ほんとに幸せ者だ。 やはり、未来への道が着実にしかれつつあるのだろう。
2005/12/31
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平成17年を振り返り今年は波乱万丈の一年であった。将来の展望につながる出来事として、日経アーキテクチュアとNHKで紹介されたことが大きなことであった。一方で、心を苦しめた出来事もあった。悲喜こもごもとはこういうことを言うのだろう。大きな挫折を経験した方が、再起を果たし現在の繁栄を築きあげるまでに、立ち上がろうとしたときに2の矢3の矢が飛んできて、行く手を阻んだとか。おそらく、試されていたのだろうと言われた。私の場合も、色々な場面を見せられる中で、泥の海の中でも立派に育ち身を育む植物のごとき人生を示されているのではないかと思える。ある程度経済的な基盤が整うまでは創業期だと言われた。まだまだ種まきをしなければならない。四苦八苦しながらでもとにかく前へ進んで行くことしかない。年末も気の抜けない状況だ。いったいどこまでたたみ掛けてくるのだ・・・との思いに苛まれながら、しかしバックボーンは着実に築かれていることにハッと我に帰る。そうだ。私には使命がある。きっと土俵の真中で相撲が取れるときがくる。間違いない。いよいよ経営指針も明らかとなった。これの経営計画書は、私の宣言文だ。経営者として、建築家としての根本を示したものだ。激動の一年を過ごす中で今手元にあるもの、あるいは実績というものは、今までの人生ではありえなかったものがここにある。すべてを完璧にというのは贅沢な思いなのだろう。必ず土俵の真中に立つ。そして、今までに積み上げられたものをもっと輝かせていく。来年は、私の至らなさで失ったものを回復させる。今しばらく私を信じて見守っていただきたい。そんな思いだ。
2005/12/30
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根本・本質 いつも考えているのは、常にこのことだ。 50歳を過ぎたら余計にそう思うようになった。 それは、自分の人生が意味あるものであることを願う 気持が強くなってきたからだと思う。 以前の私は、自分さがしをしながら、実は人に振り回 されていたように思う。明確に自分が表現できるよう になってきたのは、自分 への思いと同じように、人 の思いを感じることができるようになったからだろう。 自分のことはなかなか表現できないが、人の応援となる と思いきりできる。つまり、建築家として行う行為は、 まさしくクライアント(施主)の夢の実現であり、 私のもっともここちよい状況だ。 幸せを感じる瞬間は、自分の使命が果たせたときだろう。 それこそ、根本・本質を見つめる先にあることだろう。
2005/12/26
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旅の総括 自らの事業での自らの企画と判断での旅ではあるが、 まるで、20歳のころにしたくてもできなかった旅に今 出掛けている心境だ。 この旅は私に大きなものをも たらしてくれた。とても意味のある旅であった。 お目にかかった方々は、総勢20名あまり。 小樽、東京、京都、大阪。 ●ますます心の距離が縮まる小樽の人達。 ●雪のためワ-クシュ-ズを履いて出掛けたが、いつし か見事な靴擦れをおこした。痛い足を何事もない風で 歩いたお茶の水&水道橋の学生街。 ●赤坂プリンスのクリスマスのイルミネ-ションと久々の再会。 ●赤坂での交流会。 ●深夜の表参道。 ●バイクで廻った京都。 ●そして大阪での出会い。 帰路、まだ旅は終わっていない。 行きはANA、帰りはJR。米子空港まで今夜中に車を 取りにいかなければならない。 なんにしても、こうして振り返ってみて、実り多い旅 であった。
2005/12/24
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大阪へ今日は大阪へ行く。目的は、一橋大の関先生に紹介された方にお会いするためだ。プレゼンを受けるのだが、とても楽しみだ。私のこれからの仕事は、概念としてのよりランドスケープなる広がりが出てくるものになっていくように思うので、スタッフや関わる人の力量が大事だからだ。このところの出会いは、これからの人生においてとても意味あるものになっていくだろう。一昨日の東京の夜は、これまた面白い広がりが出てくるものであろうことを感じた。その流れで、来年1月に、東京で話をさせていただくことになった。私は、夢や目標を明確に言葉にして話すようにしている。たとえ表現がたどたどしくても、そこに到達すればよいことだ。とにかく宣言することで場所と時間軸が与えられる。宣言しなければ何も始まらない。言い方はうまい(まとまっている)方がよいだろうが、しかしたどたどしくてたとえ笑われても、自分の心に正直に思いのままを表現でき行動できていけばそれでよい。それが自分に与えられた使命に近づく一番よい方法だ。今日お会いする方は、そんな思いの強い方ではないのか。私の子供と言ってもおかしくない年齢だが、そんなことは関係ない。時はあっという間に経ち、重ねる実践によってすぐにベテランになっていく。関先生から、「我々の役割は人を育てることだ。一緒に育てよう!」とエールを贈っていただいたが、自分自身に与えられた人生の実践を行うなかで関わる方々の質と数は重要だ。
2005/12/24
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京都をバイクで走るとにかく寒いの一言だった。洛北あたりまでくると標高が若干高くなるせいか道路の雪も凍結ぎみとなり、行く手を阻む。なにより・・・寒い。およそ30ぶりともなるバイクは、時間の中断を感じさせないほど快調に走れた。とにかく計画どおりにはまったくいかなかった。しかし、街中を走れたことがよかったな。おかげでバイクの楽しさがよみがえったことはうれしいことだ。祇園のど真ん中にバイクを止めて、しばし花柳界を想像してみた。祇園の比較的新しい建築を見ると、京都ともあろうに針葉樹合板を張ってごまかしの町屋もある始末。素人はだませても私には許せないことだ。ま~、以前のクライアント(施主)はこだわりの粋を持った御仁が多かったのが、デコレーションじゃあるまいし、ここでも、テレビや映画のセットのように、写真写りだけを気にして実際のマテリアルはどうでもよいらしい。古くてよいものはそれでも残っているのでま~よいが、京都よお前もか!という心境だ。見なければよかった。なにはともあれ、今は息子のアパートで暖をとってほっと一息というところ。一昨日からの出来事を思い返してみる。仕事とは言え、さながら、久しぶりの一人旅の様相だ。小樽・・・雪の歩道を歩きながら小樽職人の会事務局の旗屋さんの大将に お会いしたこと。東京・・・お茶の水、湯島聖堂、聖橋・・・さだまさしの歌「檸檬」の風 景がそこにある。 神田明神・・・銭形平治がいないかな。 赤坂プリンスホテルのクリスマスのイルミネーション。 夜の表参道を散策。意外と人が少なかったな。同潤会は2月が オープンと書いてあった。表参道の名建築の夜の照明は、また 別の建築芸術を生み出している。妹島和世はやはりいいデザイ ンをしてるな~。京都・・・三条通り、四条通り、タイムスはよい状況で存在していた。 祇園はすこしがっかり。名所旧跡、古刹には行けなかった。
2005/12/23
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京都到着 ●朝6時に御茶ノ水を出発しようやく京都に着いた。 新幹線は、東京から浜松までは快晴で京都到着が60分 遅れるなどとは思えなかったが、名古屋からは雪国と なった。 京都は、息子のバイクで廻る予定だったがあきらめた。 かに思っていたが、京都に着いたら道には雪がない。 予定どおりバイクで廻ろう。 ●今回の旅は、21~24日までの旅だが、小樽、東京、 京都と、すべて雪をさけてきた。これも思し召しだろう。
2005/12/23
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東京にて思うこと 東京にいても片手に携帯を持っていればおおよその ことができる。 携帯電話・メ-ルの普及は革命的な何かをもたらして くれた。 全国の方々からメ-ルが入り、それを携帯に転送するように しているが、中央線の車中からでも即応答できる。 いったいなんて世の中だ。日本橋の歩道を歩きながら メ-ルを打ち込む私がいる。
2005/12/22
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小樽での出会いが全国につながる ●このところの出会いはすごいものがある。 まさしく小樽の文化を根底から創り上げてこられた 方とお目にかかれた。 小樽だけではなく、その思いと実践は全国にネットワ -クとして広がり、地域の真の息吹であったり力という ものを統合するエネルギ-となっている。 今日の出会いによって、私自身の今までの出会いと新 たな出会いたちが、その エネルギ-でひとつのもの になろうとしているのを感じる。 近々、竹中平蔵氏と共著で本を出されるというその方から、 沢山の出会いをいただけることになった。 私と小樽との絆がますます強いものになっていく。 そして、それがエネルギ-となって全国につながって いくだろう。
2005/12/21
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小樽→東京→京都→大阪21日小樽で打合せ、22日東京で打合せ&交流会出席、23日京都で数奇屋建築等探訪、24日まちづくりプロヂューサー氏のプレゼンを受ける。昨年末とは様変わりだ。超大型物件の設計も開始されることもあり、わが事務所は年末の雰囲気など微塵もない。休んでいる場合ではない状態だ。しかし、何にしてもせりままのお陰で、多くの出会いを得たことがとても幸せなことだ。
2005/12/21
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夢のワイナリー パートナー会員 急募!島根県松江市で夢のワイナリーが実現しようとしている。このワイナリーは観光ワイナリーではなくヨーロッパにあるような工房としてのワイナリーで、本物をめざしている。そしていつか世界一と賞されるワインが誕生するだろう。そのようなワイナリーをめざす醸造家は多いだろう。しかし醸造家が職人的に人知れずこもって創るということが一般的で、そのワイナリーを地域活性化であったり、農業に目をむけてもらうために、葡萄生産者とワイン消費者(会員)が、ワイナリーの誕生過程から思いを共有するというのは、おそらく全国で初めてであろう。国、島根県、松江市の助成は決定しており、来年7月にはワイナリーが完成する。3年も前から島根県の後押しもあり進められてきたことであり、決して、個人の夢物語事業ではない。パートナー会員とは、創業時を支援していただく特別の会員だ。来年度以降は、一般会員の募集となる。創業の大変な時期を支えていただくのだから、パートナー会員が優遇されていくことは間違いない。しかし、どんな恩典がつくかどうかではなく、日本の農業の活性化であったり、地域の新たなコミュニティであったり、日本にほんとうのワイン文化を生み出すことなど、この事業に込められた思いは深い。従って、その理念に共感していただける方にぜひともパートナー会員になっていただきたい。この事業は、たまたま島根県であるだけであって、このワイナリーがめざしているのは、MADE IN JAPANとして世界に冠たるワインを生み出すことだ。この度のパートナー会員の急募の理由は、このところの財務省の酒造免許の許可が、ひところの地ビールがことごとく失敗しているのを受け、確固たるビジネスモデルの確立と、当面の運営について実際のものを指し示さなければ免許をおろさないという指導によるものです。本来なら、会員は、来年から少しずつ募集していけばよいのですが、このワイナリーが会員制となるため、この12月中に500名の会員の確保と会費の納入を示さなければならないためです。来年7月となれば12月がリミットで、現在、北は岩手から南は鹿児島までご協力いただいていますが、あと少しのところまで来ていますが、もし、この日記をご覧いただき、理念をご理解いただける方があればと思いアップしました。コミュニティワイナリー 「松江葡萄酒工房」のホームページは下記です。 松江葡萄酒工房もしご賛同いただけるのであれば、会員登録フォームよりお願いします。
2005/12/19
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自分自身の仕組みを構築すること自立するとか、独立するとかは、すべて自分自身の仕組みづくりだ。企業の創業もまさしく仕組みづくりだろう。自分自身の理念・概念に沿う仕組みを構築することが事業を興していくことにほかならない。私も、「建築家コムース」とは個人名をさすのではなく、概念としての人物であったり、組織であったりを象徴する名称であり、世間で建築家と認めてもらえる仕組みを構築してきたのがこの4年間であった。醸造家バッシーさんもそうだし、ハッピーCさんだってそうだろう。もちろん自己実現であることは間違いないが、仕組みをつくり上げることで自己実現を図っているのだ。この部分は、もはや感じ取れるか取れないかという、いわばセンスの部分としか言いようがない。分からなければ起業はしないほうがよいだろう。例えば、私が普通の建築士を目指しているとすれば、所謂、企画というものを持たない限りプレゼンもできなければ、ただ単に、設計できますから、あるいは、図面がかけますから仕事ください!と言って廻るだけということになるだろう。これではいつになったら自立できるというのだろうか。とにかく自分を活かしてくれる元請を探す!という意識しか働かず、結局、下請けの冷や飯を一生食わなければならなくなる。姉葉という人物は、この部分の能力のなさに付けこまれて悪い組織に取り込まれていったのだろう。このタイプは、そもそも起業したことが間違いだ。私は絶対にそのようにはならない。なぜなら、付けこまれるような下請けなどを目指していないからだ。私は善意のボスになろうとしているのだから。仕組みを創造できなければ組織人として組まれた仕組みの中で使命を果たしていけばよい。これも立派な人生だ。創業だけが人生ではない。世間に認められる仕組みを構築することは並大抵のことではない。どんなに貧乏してでも仕組みの構築に向かわせるものとは、起業の動機や思いなのだろう。私も、ただひとつの突き上げてくる乙女チックとも思える純粋な思いが原動力になっている。
2005/12/18
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熱い出会い昨日の催しは、まさにそう言うにふさわしい一時であった。一橋大の関教授を招いてのシンポジウムと懇親の集いでは、様々な出会いがあった。北海道、東京から社会人の関ゼミの方々や、文字通り大学院の院生達との触れ合いはとてもエキサイティングなものであった。色々話をするのに、同じ臭いを感じた。とても興味深い方々ばかりなので、元来好奇心旺盛なので、後々お会いすることをお約束した。21日には小樽に入るが、小樽市役所に関先生の門下というのか、熱い方がいらっしゃるというので紹介していただくことになった。北海道江別市役所からも2名いらしていたが、札幌のちょい北側なので、お寄りすることとなった。さらに、大阪に若い門下生がいらっしゃるが、24日に大阪でお会いすることにした。何より一橋大学院生・・いや、関ゼミの連中が島根に根を下ろそうとしているのがすごい。中国からの留学生は月に一度は島根に来ているという。まったくもってどうなっているんだ!という感じだったが、1時間後にはすっかり溶け込んでしまった私だった。年明けに東京に行った時に一橋を訪問することにした。関先生や門下の方々が標榜されるもの・・・例えばそれが自治体からの動きであったものが、私の行っている建築単体からその向こう側を見つめていったときに見出していくものとが、実はぴったり一致していることに気付いた。だから、小樽の仕事の概念もよく理解していただいたし、おっしゃる事例がまことにもって私のセリフだ!状態であった。建築家として深めていきたいと思い初めていた世界の門が開いたような思いだ。
2005/12/18
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経営の羅針盤 「経営指針」建築家として事務所を開設して4年10か月、その中間あたりからこの楽天日記を書き始めた。私の人生の歴史を留めるツールとしてなくてはならないものとなった。法人化してから4年(4期)が経ち、創業の立ち上げ時期をようやく上り詰めた感があるが、いよいよ経営の本番を迎え、ここに経営の羅針盤となる「経営指針」を策定することができた。この経営指針作成は経営者個人ではまったくもって難しい。島根県中小企業家同友会に入会し、そこで真摯に資質向上を目指す経営者達の姿にふれ、これこそ私が思い描いていた経営者像だと思ったものだった。完璧な人間はいない。しかし、そういう中でも、人間性・経営観など、経営者にとっての必要要件をお互いの切磋琢磨の中で向上させていくというのは、向上心のある経営者にとってはまたとない場であるだろう。同友会で毎年行われているという経営指針作成セミナーに参加したことにより、また、いよいよ経営の本番を迎えた時期となったことと重なり、まさしく私のためのセミナーという思いだった。そしてここに、15頁にもなる「経営計画書」が完成した。経営理念、経営方針など、多くの項目が体系化できた。株主や関係先にも配布し、スタッフとともにこの指針に従い目標の達成の責務を負うとともに、マップならびに羅針盤として活用・遵守していく。なにより、私自身が経営者(パイロット)として目的地や飛行計画を手にして操縦席に座っているように感じられることがよい。
2005/12/17
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オートバイで京都散策こう見えても10代後半はオートバイでよくツーリングしたものだった。数十年ぶりのバイクとなる。21日は小樽、22日東京、23日の朝に京都に入り、息子の250ccバイクを借りて京都市内を散策するという段取りを組んだが、さてさてどうなりますか。おそらく昔取った杵柄で、1時間も乗れば感は蘇るだろう・・・多分。京都はオートバイが一番だ。車では渋滞や駐車に困る。その点、オートバイは何かと都合がよい。見たいところを欲張って広範囲に設定しているため、ことによれば息子のアパートにもう一泊して24日も京都に繰り出すことになるかもしれない。京都でも、名前を忘れたが、名もない小さな古刹に目を奪われたものだった。そこは未だに観光コースにも載っていない。しかし、間違いなく絶品だった。そこを訪れたのは20年も前のことになる。今回はバイクをかっ飛ばし一目散にそこに行ってみたい。それに洛北高校傍の、安藤忠雄設計のモンプティッシュのその後も気になる。やはり一日では無理かな。(笑)
2005/12/15
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聞いて初めて分かること朝6時からのモーニングセミナーに参加した。今回は、日銀松江支店長の講演であったが、やはり聞いて初めて分かることが多い。昨日、日銀短観が発表され目を通していたのだが今一分からないことがあったのだが、まさしく日銀支店長からなまで説明を聞けるのだから話が早い。統計とそこに現れてくる現実の姿が手に取るように想像できた。まさしく聞いて初めて分かることだ。今週末には一橋大学の関教授のセミナーがあるが、これも聞いて初めて分かることだらけだろう。楽しみだ。22日は東京での会に参加するが、ここでも聞いて初めて分かる話を聞けることだろう。
2005/12/15
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行って初めて分かること建築をやっていると特に思うことだ。建築雑誌に発表された作品を見に行くと、写真よりもっとすごいな!と思ったり、なんじゃこりゃ(__)と思ったりと色々だ。何にしてもその場に立たなければまったく話にならない。バーチャルな世界は以前からあるわけで、それが写真であったりグラフィックであったりの違いだけだ。バーチャルで体験したと錯覚させるぐらい技術は進歩しているのだが、本物に勝るものはない。行って初めて分かることはなにもマテリアルな世界だけではない。ヒューマンな世界だってそうだ。いや、むしろ世界を動かしているのはヒューマンな世界だ。建築の作品を目の当たりにし、その胎内に抱かれたときに何を感じているのか・・・それはその作品本体ではなく、設計した安藤でありコルビジェでありミースでありライトを感じているのではないのか。その町に行き、その町の人たちに会って初めてその町が分かるように、観光のようにただ眺め通過するだけではその奥底にある「もの」は決して感じることはできない。小樽が身近な存在となったのは小樽の方々とのふれ合いによって感じるものがあるからだ。決してマテリアルだけではない。23日は久しぶりの京都。京都人とのふれあいをしっかり楽しみたい。
2005/12/14
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淡路島●昨日は築100年の家の打合せで淡路島へ出向いた。米子道では融雪剤まみれになって走り、ぎりぎりで約束の時間に到着した。およそ4時間あまりの打合せは実にスムーズに進み、たたき台案に基づいて実施案が導きだされた。特に方位を重視されるクライアント(施主)で、近くの宮司さんも打合せに同席されたが、それこそはじめての体験であった。案を練る先から宮司さんに振るという作業は実によいハーミニー(笑)で、建築家と宮司さんとは息が合うことが判明した。むしろ私が思い切って出す案のほうが縁起がよいとのことで、どうも私は縁起のよい建築家のようだ。(笑)今週には鳥取市からいただいているお話の方にもお会いしたいのだが、車での移動となるとこのところの雪は行く手を阻んでいる。歳の瀬ということもあるし、来週は小樽、東京、京都が控えているので、できるだけ早くいかなければならないのだが、何にしてもじっくり腰を据えていくことにしよう。●本日は、福祉施設の計画案の打合せを行ったが、だんだん的が絞られてきた。床面積1000坪以上にもなる施設は久しぶりの大物だ。鉄筋コンクリート建築も木造建築も難しさはまったく同じだ。規模が小さいからといって簡単なわけではない。住宅設計に半年1年、長いものでは2年かかることも珍しくない。建築を創ることはとても難しいことだ。建築は二つと同じものはない。この地球上で唯一の建築を創り上げるということはとても畏れ多いことだ。カタログ広げてその後4ヵ月後には我が家が立っているというシチュエーションは、建築家の私にはまったくもって理解できない。最近の構造計算偽装事件はまったくもって論外だ。
2005/12/13
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広島 小樽→東京→京都●昨日は広島で熱き仲間たちと親交を深めた。醸造家バッシーさんと参加した同友会の行事はとてもエキサイティングでホットなものだった。バッシーさんの事業への支援の輪も広まった。私もたくさんの方々と親しくなれた。午前1時まで3次会までまったく飲まずにお付き合いし、松江に到着したのは午前5時だった。経営者の機微を理解しあえる企業家の仲間とのひと時は思い出としてこれからも心に刻まれることだろう。このところの全国行脚はまさしく出会いをもとめてのそれと言える。●21日は小樽で北前商人の旧邸リニューアル現場打合せ、22日は東京で打合せならびに有識者の集いに参加、23日は久しぶりの京都を散策し、現在設計中のリニューアルのため数奇屋建築探訪。京都は20~30歳代には入り浸っていた。久しぶりの京都はどのような風情を見せてくれるだろうか楽しみだ。人との出会い、文化との出会い、全てが建築家としての基盤となるだろう。日々内なる世界が広がっているのを感じる。
2005/12/11
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松江 → 広島久しぶりの松江だ。午前中はリニューアル計画の打合せ。やはり百聞は一見にしかず、現地に立つと心の中に描かれるものがある。っやはり現場主義が一番だ。デカルトの観念論ではないが、自然学とのせめぎあいの中での考察が行われしかるべき到達点にたどり着く。すべてをひとまず否定するというデカルトの手法は今一分からないが(否定する思考そのものさえも否定しなければすべてを否定するという考察にはならないだろう)、何にしても建築家の中には観念自然学ともいえるものが複雑に影響しあって芸術を意識する「私」がここにいる。ま~それはともかく、とてもよい空間が生まれ出るであろうことを感じる。午後は、福祉施設の打合せをして広島に向かう。醸造家バッシーさんの世界は、マテリアルなるイディアを創造する事業と受け止めているが、その実現のために超現実的なパートナー会員を募るため広島へ赴くことは、まことに理想と現実の融合にほかならない。事業として成立している所以がここにある。多くの人々の心を揺り動かすもの、それこそが深遠なる思いの奥底にある。人間は神であり、その奥底に神の思いが潜んでいる。自分を見つめるとは神を見つめること。大げさかもしれないが、どうもそのようだ。
2005/12/10
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東京にて一昨日より松江を離れた。小樽へ2日滞在し打ち合わせ、今は東京にいる。明日は広島へと向かうので今回の出張は結構ハードだ。小樽は次の仕事の依頼もいただけたので、まだまだ当分北海道は続く。うれしい限りだ。小樽はほんとうにすばらしいところだ。こうして旅なれてくると、どこでもが自分のホームグラウンドに思えてきて遠くに来ている気がしない。先々で知り合った方々とは離れがたいほどの親しみを感じている。全国に打って出るとはおこがましい。私を必要としてくださる方がいらっしゃれば全国どこへでも参ります。そんな心境だ。後楽園の東京ドームのそばのホテルに泊まった。さ~東京の街へ繰り出そう!
2005/12/09
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経営者は純粋一昨日の夜は中小企業家同友会の12月例会があり私が報告者の役をいただき、一経営者として約1時間あまりお話しした。同友会の仲間は純粋だ。ほんとにそう思う。もちろん商売の日常の現実はきれいごとではない。純粋とはあまい意味ではなく奥義を深めるというのかそんな哲学的世界にいるのが経営者ではないかと思っているが、そんな世界を真摯に見つめるまじめさがある。海千山千とか社会には7人の敵がいるとか言われてきたものだが、そんな表面的で薄っぺらな戯言(たわごと)に惑わされる我々ではない。人の顔色をうかがう暇があったら自分の内面から沸き上がってくる純粋な思いに意識を向けるべきだろう。そこに生きる答えがあるのだから。
2005/12/08
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感性は一生ものどうも感性は一生もののようだ。自分自身を見つめるのに、それこそ20代の前半で感じ取ったもののその延長線上で生きているように思う。もちろん、今にいたるまでに色々な出来事や出会いによって感じ取ってきたものはある。しかしその当時は気付かないまでも、今にして思えばすでにベースはつくられていたといってよいだろう。今の時代背景からして今なら言える話が山ほどある。20代は感性を磨いた時であったように思う。色々な不幸な出来事でさえも実はすべてが自分の感性に吸収され今の自分を形成している。苦しいからこそ夢を描いた。夢を描くことしか救いがなかったのだ。しかしそれが、今でいう夢が実現する法則に乗っ取っていたのだろう。安藤先生との出会いも、ことによれば決してよい境遇ではないところから見た理想への思いが安藤先生との出会いのエネルギーになったのかもしれない。現に、倒産ということを経験しながら、今は建築家として多くの人の前で話をする自分がいる。あの・・・本当につらかったときに布団の中で自分を眠りに落とすためにありもしないかもしれないけど・・・と思いながらも、活躍する自分を思い描いていつしか眠りに落としていった行為。今思えば、起業の道へ乗っていたのだろう。起業には動機が必要で、その後、理念ビジョンにつながると書いたが、それでは動機以前はどうなのか・・・これは4次元空間で、人によれば不幸な次元をさまようし、人によれば幸運な次元をさまよう。仏教で言う、仏からみれば人間に幸も不幸もない、すべて仏の励まし・・ということの意味もなんとなくそうだなと感じる歳になった。何のかんのと言いながら、20代からまったく同じことを考え感じながらその成就を目指している。それはまったく色あせることがない。感性は一生ものだな。
2005/12/06
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これこそ自然なコミュニティ本日夕方より第二回松江葡萄酒工房を支援する集いが行われた。醸造家バッシーさんの夢の実現だ。その根底にあるもの、それはコミュニティーの創出だ。コミュニティの復活ではない。新たな創造だ。産官学の市民が一つになってワイナリーの実現に向かっているというのはおそらく日本で始めてのことだろう。ワイナリーは、企業であったり、個人にとっての事業の立ち上げであったりということがほとんどだったろう。しかし、バッシーさんは、みんなでやろうとした。来年にはワイナリーが完成する。ぶどう畑にはメルローがすくすく育っている。来年はさらに畑が広がる。今日の支援する集いで感じたのは、すでに自然なコミュニティが出来上がっている。この営みこそがコミュニティそのものだ。
2005/12/05
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島根はブランド昨日のベンチャーフェスタで気になったことがあった。それは、島根という地方に対する思い(解釈かな)の違いについてだった。こうして全国を飛び回るようになって思うことは、荒廃した世相を救う処方箋が島根にあるということだ。豊かな自然と適当な人口、都会では伝わりにくい情報も実はよく伝わってくる。アントレプレナーのネットワークも盛んだ。ただ問題は、この地方の多くの人の心の中に「しょせん田舎だから」というのがあることだ。Uターンしてきた若者でも、仕方なく帰ってきたということを言う人も多い。何を言っているんだ!と言いたい。私は、特別なことはしていないが、全国で建築家として通用している。それは、この島根という地域性があればこそ私の感性が醸成された(自分で言うのはなんだが)のではないかと思う。島根は「出雲」というブランドだ。この深遠なる古代からつながる文化は奈良・飛鳥に通じる。島根は奈良・飛鳥とは違う感性を持った地域だ。現実に、島根を基盤に全国で活動すると色々よいことがある。そんな優位な地であることを気付いている人はまだ少ない。私の周りの方々の中では気付いている人は多い。島根はブランドだ。活動してみれば分かる。豊かな自然。豊かな庶民文化、豊かな感性。私はこの島根、特に松江に生まれ育ってほんとうによかったと思っている。なにより、全国どこにいても確固たる信念を持った自分が事を成すのだ。地域のせいにすることは言い訳だ。今こそ、島根の感性を全国に伝えていこう。現代社会が失いかけているもの、失ってはいけないものが島根にはあるから。
2005/12/04
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思いは同じベンチャーフェスタ2005が松江市のコンベンションセンター(くにびきメッセ)で行われ、醸造家バッシーさんの松江葡萄酒工房のブースの隣りに当社のブースが置かれた。その隣りが、私やバッシーさんやmegroさんが入会している島根県中小企業家同友会のブースがあり、さしずめ同窓会模様だった。午後3時から「アントレプレナーDo it」のシンポジウムがあり、バッシーさんと共にパネラーとして参加したが、4人のパネラーは職種がまったく違うが思いは同じであることを感じた。お互いに頼まれもしないのに「使命」を背負っているんだな~と、同志を見る思いだった。島根を基盤に何ができるか、あるいは起業をどう考えるのか、ということが、午前中に参加したセッションでも出たが、要するに場所などまったくもって関係ない。目の前にある島根という資源を生かすだけだ。私が和歌山に生まれそこで起業となればそこの資源を生かすだけだ。シンポジウムの中で私の起業の動機について聞かれたが、「心の奥底から突き上げてくものを素直に見つめていった」と申し上げた。自分の魂の本質を見つめていけばおのずと道は見えてくる。人の価値観や顔色が気になるようでは起業はできないだろう。起業するときに同業を訪ねる者がいるが、まったくもって不可解。色々な企業があるが、協同組合でお互いをけん制しあっているような者しかブレーンにいないことが問題だ。私は、申し訳ないが同業者とは一人も付き合っていない。まったくもって異業種の方々ばかりだ。それも産官学の方々で偏りがない。この方々と何でつながっているか・・・・・同じ臭い(感性)を感じるから。思いは同じだ。
2005/12/03
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理念とビジョンの無さが社会の荒廃を招く企業家・起業家にとっては当たり前の話だが、自分でひとつの事業を興そうとするときには、まず必ずその前提となる動機があり、それを理念化し、ビジョンとして衆目に理解されるように明確化する。もちろん言うまでもなく、動機や理念やビジョンが揺らぐはずがない。その後の実現のための技術論(戦略・戦術)はとりあえず置いといて、今の社会の荒廃を見るときに、特に政治の世界(特定な意味ではなく)における社会ビジョンがまったく感じられない。テレビでは、まるで通信簿の採点をするごとくに公共事業の批判をしている。どのような事業でも事柄でも、その途中の断面を切れば不合理や不条理なこともあるものだ。一番大切なことは、その公共事業の動機・理念・ビジョンを検証することであり、途中の中途半端なものではなく、そのストーリーの全体像を見るべきだ。たとえば、ダムはとにかく反対という方がいるがどれだけ分かっているのだろう。必要なダムは必要だ。今の社会で皆が反対と言っているんで反対だというのは、まるで集団催眠にかかった群集のようなものだ。たしかに無駄はある。国の特別法人の有様は目を覆いたくなる。それは断じていけないことだ。しかし、有益な、しかも長期ビジョンがしっかりしているものでさえも排除するきらいがある。それこそ税金の無駄遣いになってしまう。地方はどうのこうのという言い方をする人がいるが、日本全国どこでもが地方であって国全体が国民の財産だ。身近なところでいえば、身近な商店街を自分の財産だと思えない者は、そのこと自体が理念やビジョンがないことの証明だ。多いに反省すべし!そのような者に今の社会を批判する資格などない。思い切った言い方だと思うが、自分自身の自戒もこめて、今こそ、国あるいは地域を慈しむ心を持たなければならない。現象はすべて心の反映。大きな警鐘が我々の上に注がれている。国の成り立ちも企業のなりたちも同じだ。そこに動機、理念、ビジョンが必要だ。自分が思い描けないまでも、そのようなことが必要であり、その上で国は成り立ち得ることを知らねばならない。
2005/12/02
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コミュニケーション何を置いてもコミュニケーションが大切だ。ホウレンソウの標語が掲げてある事業所が多いが、大切なことだ。ホウレンソウは部下から上司にやるものというようにいつのまにか定義づけられている。もちろんその通りだと思うのだが、しかし実は双方向でなければならないものだ。私の反省も込めてだが、上司が部下にホウレンソウをしているのかどうかが問題だ。あるいは、家庭に置いても夫が妻にホウレンソウをしているのか。クライアントとのコミュニケーションはとても大切だ。だからこそ、身近な者へのコミュニケーションもしっかりやらなければならない。私はこのあたりが抜け落ちていたと思う。まったくもって不徳のいたすところだ。特に、愛妻には何でも話していこう。妻のアドバイスはとても大きい。改めて感じるこの頃だ。
2005/12/01
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