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3日目。朝、みどりの窓口で尋ねてみると、切符を入手できました(^_^)vというわけで、今日は萩の観光に決定!1両編成の長門市行きに乗って、東萩駅を目指します。1時間15分ほどで東萩駅に到着。午前9時を少し回ったぐらいなので、一日観光ができます(^^)東萩駅の観光案内所で情報収集。見所を色々と親切に教えて下さいました。レンタサイクルで回る手もあったのですが、今回はバスで。萩循環まぁーるバスの一日券を購入し、松陰先生の愛称の付いた東回りに乗ります。まず、やってきたのは松陰神社。入り口を入ったところに、松下村塾の建物がありました。吉田松陰が実際に教えていたのは2年ほどだったそうなのですが、それにしても華々しい人材が出ていったものだと思います。いつの世の中も、人材なのですよねぇ。松陰神社を一通り見学して、まぁーるバスに乗ろうと思ったら、タッチの差で乗り遅れ...orz30分も待つのはなんだかなぁ、と思ったので、吉田松陰の誕生地まで歩いていくことにしました。途中、伊藤博文の旧居などを見学。少し急な山道を登ることになり、歩いたことをちょっと後悔しましたが、無事に生誕の地に到着。ここから萩の街を眺めてみます。萩の街は、すぐそばにまで山が迫り、背後には日本海。確か司馬遼太郎が書いていたと思いますが、このような地形というのが長州藩の気風に与えた影響というのも大きかったのでしょうねぇ。ふたたびバスに乗って萩市役所前で西回りのバス(愛称:晋作くん)に乗り継ぎ、萩博物館にやってきました。夏みかんの花が咲いている時期なので、爽やかな甘い香りが一面に漂っています。街中が夏みかんの花の香りで包まれていて、最高の時期に訪れたかもしれません(^^)さて、博物館の展示です。実は私、元・会津若松市民でして長州藩のお膝元・萩というのは、アウェー中のアウェーなんですね(^^;)#今はどうか知りませんが、戊辰戦争の一件で薩長土肥に対しては好意的でない方も会津には多かったのです。別に思い入れがあったわけではありませんが、そういう雰囲気というのは後々に残るものです。そんなわけで、少々斜に構えていたのですが・・・面白い(^^)と、1時間半も展示を見ていたのでした(汗)特に吉田松陰については、面白かったですねぇ。ものすごく真っ当なことをいろんな言葉で残していて、その内容はもっと評価されてしかるべきかなあと思います。万巻の書を読むだけではなく、旅する実践者であったところも共感が持てます。博物館をあとにして、菊屋横丁へ。目についた食堂で食事をしていきます。釜飯を頼んだら、20分ぐらいかかるそうなので、近場を散策することにしました。このあたりは高杉晋作の旧居や木戸孝允住宅などが、あちこちにあります。それにしても、夏みかんの香りに包まれながらの散歩は気分がよいですねぇ(^^)20分ほどでお店に戻ってみると、ちょうど出来上がったところだったようです。食事をして、見学です。まずは久保田家住宅。ちょうど、萩焼を使ったテーブルコーディネート展が開かれていました。ここでお茶会をやったら、雰囲気が良くて・・・と悪い考えが頭をよぎりました(^^;)次に、向かいにある菊屋家住宅へ。江戸時代初期の町家です。こちら、ガイドの方が付いて丁寧に説明して下さいます。萩の御用商人の邸宅だったのだそうです。オープンガーデンのイベント期間中ということで、裏の庭も見せていただきました。このあと、街並みを見ながら萩城跡まで歩きます。続く。香りをお伝えできないのが残念
2009.05.31
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龍源寺間歩を出て、遊歩道を通って下山していきます。下山の途中にも色々見所があるので、立ち寄っていきます。まずは、うっそうとした山道を抜け、佐毘売山(さひめやま)神社に到着しました。鉱山の守り神である金山彦命を祭っている神社だそうです。ちょっと山奥にあるためか、訪れる人も多くないようで、ひっそりとしています。石見銀山は、このような信仰の場所もそのままの形で残っていたりして、当時の文化的背景などがよく分かるというのも世界遺産登録のポイントになったのだとか。さらにテクテクと山を下ります。ちょっと印象的な石垣が組まれた場所にたどりつきます。こちらは清水谷精錬所跡。明治に入ってからの1895年に当時の最新の技術を用い、多額の資金を投じて、当時の藤田組が作った精錬所です。しかし、品質の問題などから1年半ほどで操業を停止したのだそうです。さて、藤田組と聞いて台湾通の方々の中にはピンと来る方もいるかも。そうです、九[イ分]の金鉱を開発した、あの藤田組です。#そこから、九[イ分]の金鉱は一青姉妹の父君の基隆顔家に引き継がれていくわけです。そこから、のどかな遊歩道をさらに下っていきます。約30分ほどで、大森の街に戻ってきました。観光も含めて往復で2時間弱ですから、日頃の運動不足の解消になりますね(^^;)一息入れようということで、民家をそのまま活かしたカフェ住留さんへ。冷たいアイスコーヒーで復活!一息ついて、ふたたび大森の街をブラブラと歩きながら代官所のあたりまで、下っていきます。その途中で、お土産を買います。こちらのお店で、銘菓げたのはを買いました。素朴な小麦粉と卵を練り上げた生地を焼いたお菓子で、表面には黒糖が塗られています。サクッとしていて、カルメ焼きとか、そのへんが好きな人には多分好みのお菓子です。お茶にも合いそうです♪げたのはの袋をぶら下げながら、大森代官所跡のバス停まで戻ってきました。ここから世界遺産センター行きのバスに乗り、最後の総仕上げで世界遺産センターを見学します。自家用車で石見銀山に来る場合は、ここの駐車場に車を止めて、バスで大森代官所跡に移動することになります。展示も結構力が入っていて、石見銀山の坑道がどのように張り巡らされているかの断面模型などがあり、あらためて山の中で複雑に入り組んだ坑道の様子に驚きます。また、石見銀山の躍進の原動力となった、灰吹法についてもVTRでわかりやすく解説しています。・・・と、細かく見ていくと結構時間がかかり、大田市駅行きのバスに乗り損ねましたorz仕方ないのでボーッと40分ほど待って最終バスに乗り込み、大田市駅へ。石見銀山観光も、以上で終了です。* * * * * *というわけで、かなり駆け足ではありましたが石見銀山を巡ってみました。周辺の城跡や港なども見るなら、あと1日は必要だと思います。ざっと回ってみて感じたのは、観光地化がまだ中途半端ですので、そのへんの良し悪しが色々あるということでしょうか。中途半端に商業主義的?になっているところもあれば、もうちょっと・・・というところもありました。昔ながらの大森の街並みには、観光客目当てのお店もありますが、多くは一般の民家。静かな暮らしが世界遺産登録でガラリと変わってしまったので、住民の間には、戸惑いもあるのだと思います。このへんは、観光で訪れる側にも少し気配りが必要な点ですね。何はともあれ、街歩き派にも、ネイチャー派にも、歴史派にも楽しめるのが石見銀山かなぁと思います。ちょっぴり勉強して行った方が、もっと楽しめると思いますけどね。* * * * * *さて、今日の宿は益田市でとったので、大田市から益田市まで石見の国を横断することになります。益田市までは、特急まつかぜで。運良く海側の席に座れたので、もしやと思っていましたが、やはりちょうど日没の時間に。日本海に沈む夕日を眺めながらの列車の旅となりました。1時間20分ほどで益田駅に到着。駅前で適当に食事をして、明日のスケジュールについて頭を悩ませます。元々は、朝から津和野を見学し、夕方に萩に入る予定だったのですが、益田から津和野に抜ける列車の本数が少なく、津和野-萩間のバスの時刻もピッタリ来るものがありません。なにより、昼間の観光のゴールデンタイムを移動に充てなければいけないというのが、弾丸トラベラーには致命的です。うーん、どうしたものかしら。。。と、時刻表とにらめっこしていると、とても良いアイデアが浮かびました♪隣に愛川欽也がいたら、「カメさん、わかったよ!」と叫んでいたことでしょうw#十津川警部は、やっぱり三橋達也だと思います。秘策が通じるかどうかは、切符が取れるか次第。明日の朝一番で、みどりの窓口に行き、それによってスケジュールを決めることにしました。続く。本日の歩数:18,151歩石見銀山、良いですよ~
2009.05.26
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さて、お昼を食べたので、山を登っていきます。と、その前にちょっと寄り道。羅漢寺に寄って五百羅漢を見ていきます。石窟の中に五百体の羅漢(石像)が安置されています。ひんやりした狭い石窟の中で、びっしりと埋め尽くされた羅漢とのご対面は少々怖くもありますが(^^;)#しかも、1つ1つ表情が違います。という寄り道のあと、龍源寺間歩を目指して、山を登っていきます。本当に緑の溢れる、のどかな山道です。草花が咲き、蝶も乱れ飛んでいます。森林浴気分で、ズンズンと緩やかな傾斜を登っていきます。天気も良く、空気も爽やかで、最高の観光日和でした。遊歩道も整備されていて、清流が流れています。さて、石見銀山はあちこちに坑道があります。坑道は”間歩(まぶ)”と呼ばれており、掘り進むための坑道や水抜き、空気穴など様々なものがあります。その数は分かっているだけでも500以上あるのだとか。そのような間歩の入り口が、歩いているとあちこちに見かけられます。どこへ繋がっているんだろう、と思うとともに、この一見平和そうに見える山の中には無数の坑道が張り巡らされているわけです。重機のない時代に、手堀りでそれを数百年も続けていたわけですから、本当に気が遠くなります。さらに、石見銀山は銀の精錬に必要な火力として薪を使っていたわけですが、今でも緑が豊かに残っています。これは計画的に植林をし、森を大切に守ってきたということでもあります。世界の鉱山を見渡すと、坑道を掘り進んで、植林をしながらというような自然と共生した形で鉱山開発を進めているところは多くありません。山を突き崩す露天掘りの手法で進めているところも多く、そのような地域では森は失われ、一面のハゲ山になってしまいます。森を大切にするという国民性。これは日本という国の特徴なのではないかなあと思います。さて、このような道を30分ばかり歩いて、石見銀山のハイライト?というべき、龍源寺間歩に到着しました。幕府直営の坑道の中でも大きなものであり、一般人が入れる数少ない坑道です。#他はツアーなどの形式でしか入れないので、一般観光客が普通に見られるのはここだけです。では、入ってみましょう。身長170cm程度でも、ところどころ少しかがみ気味にならなければいけませんが、割と広い坑道です。そして、この坑道はやはり手堀りで掘り進められています。固い岩盤を少しずつ掘り進めていったのですねぇ。。。そして、進んで行くと、横に坑道が伸びています。鉱脈を見つけると、そこを重点的に掘り進めていきます。そうして出来たのが、この横穴なんですね。こうしたものが無数にあり、まさに山の中全体がアリの巣のようにあちこちに坑道が張り巡らされているのだと思います。この龍源寺間歩は、入れるところまででも奥行きで157mあります。ここまでしか入れませんが、この先にも間歩は延々と伸びているわけで、どれだけこの山の中に迷路のように入り組んでいるのかと考えると、本当に気が遠くなります。このような難しい鉱山経営が、江戸時代には行われていたわけですから、全くすごいことだと思います。新しく観光用に切り開かれた坑道を使って外に出ます(龍源寺間歩は一方通行です)石見銀山の観光はここで折り返し。ふたたび大森の街まで下りてゆきます。続く。
2009.05.25
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2日目。今回の旅行のメイン、石見銀山遺跡に向かいます。まずは出雲市駅へ。駅舎は、出雲大社の本殿のデザインを取り入れているようです。さて、石見銀山遺跡へのアクセス駅となるのは、JRの大田市(おおだし)駅か仁万(にま)駅。JRの出雲市-大田市間は普通列車で40分ぐらいの距離なのですが、山陰本線は本数が少ないので厄介です。次の電車は1時間後。しかも特急しかない、というのはこの地域では結構あります。↑これは反対側に止まっていた、米子行き。・・・私もまんまとこの罠にはまり、1駅のために特急料金を献上orzわずか20分ちょっとで大田市駅に到着です。確かに半分の時間で着きますが、コストパフォーマンスが悪すぎますね(-_-)大田市駅前のバス停からバスに乗り、30分ほどで石見銀山遺跡の入り口、大森代官所跡に到着しました。時間は午前10時。観光には最適な時間です。* * * * * *さて、石見銀山のお話をする前に、はじめにお断りを入れておきます。石見銀山遺跡は、ご存知のように2007年に世界遺産として登録されています。・・・とはいうものの、登録申請の段階でどのように魅力を伝えるかで苦労していたように、少々分かりにくい遺跡です。ですので、これが世界遺産です、すごいでしょう!というようなインパクトのある観光スポットは、ハッキリ言ってありません(^^;)ですので、「世界遺産だから・・・」と中途半端に期待して見に行くと、思わぬ肩すかしに遭います。ところが、石見銀山が最盛期だった頃の歴史的な事情や、世界の同規模の銀山の開発の仕方、あるいはその後の開発の様子、それを支える街並みなど、色々なものを総合してじっくりと見てみると、これは凄い!と思える遺跡です。ということで、説明やや多めの旅行記になります。ご容赦を。* * * * * *さて、石見銀山の全景地図を見てみましょう。山に囲まれていますが、左側の方の銀山が一番奥で、それより標高の低い真ん中へんに精錬所があり、さらに標高の低い右側の方に街が広がっています。これが現在地の大森の街です。下車したバス停は右下の方にあります。石見銀山の観光は、この街を起点に、街歩きをしながら山をズンズンと登っていき、帰ってくるというのが一般的なコースです。まず、午前中に大森の街歩きをすることにし、昼過ぎに山へ入り、戻ってくるというスケジュールにしました。* * * * * *石見銀山は、戦国時代の後期~江戸時代の前期まで全盛期を迎えた銀山です。当時、日本は世界有数の銀の産出国でした。その産出量は世界の3分の1を占めるほどだったと言われ、その多くはこの石見銀山から採掘されています。戦国時代には、中国地方の有力な戦国大名、大内氏、尼子氏、毛利氏などが熾烈な争奪戦を行っていました。潤沢な軍資金を生む、文字通り”宝の山”だったわけです。そんな石見銀山は、江戸幕府が開かれると幕府の天領(直轄地)となり、代官が派遣されるようになりました。その代官所の跡が、こちらの大森代官所跡です。現在は資料館として開放されています。この代官所に派遣されてきた人物の中で、やはり有名人といえば大久保長安です。佐渡金山の奉行なども務めた鉱山経営のプロであり、江戸初期の権力を集めていた人物です。彼の赴任時期は短かったものの、その後の影響はかなり大きかったようです。この代官所の横に、ひっそりと立っているのが城上神社。一見、何の変哲もない神社に見えますが、拝殿の天井の鳴き龍が見事です。鳴き龍の下で柏手を打つと、びーんと音が響きます。代官所のすぐ横にあるので、意外に穴場かもしれない神社ですが、面白いところだとおもいます。さて、街歩きをスタートさせます。大森の街には昔の旧家が残っており、懐かしい感覚の街歩きができるのです。一般の方が住んでいる普通の民家が多いのですが、中には観光用に開放されている施設もあります。そのうちの1つが、熊谷家住宅。熊谷家は、石見銀山の代官所の御用達を務めるなど、当地のもっとも有力な商家でした。いわば地元の顔役的な家なので、とても広い屋敷です。ボランティアガイドの方が丁寧に案内して下さいました。・・・やっぱり、島根の印象良いんですけど(^^)さらに街歩きを続けます。郵便局も街並みに合った感じです。さらにパン屋さんを発見。オススメは?と聞いたところ、おはぎパンだとのことなので、買ってみました。見た目は、あんパンのようですが、食べてみると・・・食べかけですみませんm(_ _)m中身がおはぎなんですね~これはなかなか面白い(^^)パン自体も柔らかく、昔懐かしい感じのあんパンに仕上がっていて、なかなか美味しいと思います。さて、食べてばかりのようですが、昼食にしましょう。昨日に引き続き、おそばにしてみました。ざる定食そばとそば豆腐、いなりが付いたセットです。そばについては、やっぱり昨日美味しいのを食べすぎましたかね(^^;)本格風なそばです。いなりずしのお米に使われているのは縄文米だそうです。とても面白い食感です。まあ、酢飯に合うかどうかは好みが分かれますね(^^;)長くなったので分割します。続く。 世界遺産の石見銀山!
2009.05.25
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「弾丸トラベラー・あるきちは、国内でも健在!」とばかりに、駆け足で山陰の魅力ある4つの街を歩いてきました。ええ、ホントによく歩きました私、旅行になると「歩くよなぁ・・・」と思っていたのですが、どのくらい歩くのかはあまり意識していませんでした。今回、試しに万歩計を持参してみたら、一日平均なんと2万歩!((((((^^;日頃の運動不足もあって、さすがに身体があちこち痛かったです(苦笑)というわけで、歩き倒した旅行記を♪* * * * * *11時ちょうど発の出雲行きのJAL便に乗って、まずは神話の国・出雲へ。13時過ぎに出雲市駅に到着。出雲市駅から5分ほど歩き、こちらへ食事に向かいました。献上そば 羽根屋やっぱり出雲といえば、出雲そばでしょう(^^)有名な店なんですが、少し寂れた(←失礼)商店街のはずれにポツンと建っています。外観は、本当に街の中にいくらでもあるような、普通のそば屋です。席もそんなに多くありません。とはいえ、これがやはり侮れなかったのです♪出雲そばといえば、やはり割子(わりご)そば。三色割子を頼んでみました。三色割子そば出雲そばは殻の部分まで使った挽きぐるみの粉で作るので、色が濃いめです。この手のそばは、香りは良いのですが、ややもするとちょっとザラッとした感じになりがち。ところが、ここのおそばは、つるりと喉ごし良く仕上がっていて、それでいてそばの香りがしっかり。さらしなではちょっと物足りないかな、と思う人でもこれなら納得!な感じです。一段目は山菜、二段目はとろろ、三段目は天かすとなっているのですが、ツルツルと美味しく食べられます。#食べるのに熱中しすぎて、三段目の写真を撮るの忘れましたw出雲そばは美味しい!と認識を新たにさせられるお店でした。献上そば 羽根屋住所:島根県出雲市今市町本町549電話:0853-21-0058営業:11:00~20:00定休:1月1日ふたたび出雲市駅に戻って、バスに乗車。出雲大社へ向かいます。ちょうど大祭礼の準備をしているところでした。緑に包まれた参道を歩いてゆきます。どうも大祭礼にあわせて、お茶会も開かれるようで、茶席もあちこちに準備されていました。そばもお茶も、松江藩主の松平治郷(不昧公)の存在が大きいのだと思います。途中、因幡の白ウサギ伝説の像があります。詳しくはこちらで→http://www.izumooyashiro.or.jp/kamigami/inaba/index.html出雲大社は、現在平成の大遷宮の期間にあり、本殿は修造中で仮拝殿が設けられています。大祭礼の前日ということもあり、テントなどが出て準備中でした。出雲大社は、ご存知のように縁結びの神様。そんなわけで、この手の観光地にしては、妙齢の女性グループを見かけることも多かったです。・・・ええ、私も人のこと言えませんけどw裏手に回ってみると、工事中の本殿が見えます。さて、このあと日御碕に行こうと思っていたのですが、タッチの差でバスが出発した後でした。仕方ないので、2007年3月に出雲大社の横にオープンした島根県立古代出雲歴史博物館へ。真新しい立派な建物です。まだ認知が広がっていないからなのか?空いてます(^^;)でも、職員のみなさんはものすごく丁寧!私の中では島根県の株がググッと上がりました展示も、実際に色々触れられる展示が用意されていたりして、なかなか充実しているように感じました。さて、帰りは同じバスというのも味気ないので、電車で帰ることにしました。ちょっと歩いて、一畑電鉄の出雲大社前駅へ。出雲大社前駅は、古いですが、ちょっと洋風な感じの建物です。天井を見上げると、ステンドグラスが入ったりしています。切符の券売機は、ラーメン屋や松屋(牛めし屋の方)に置いてあるような券売機です(^^;)出雲市駅までは480円です。出雲市駅までは直通ではなく、途中の川跡(かわと)駅で北松江線に乗り換えます。2両編成の味のある列車です。無人駅が多く、ワンマン運転のため車内はバスっぽい雰囲気。まさにローカル線です。途中の駅では、高校生が乗り込んできて、ああ地元の足として使われているんだなぁと思いました。それにしても、車窓から出雲の山並みをぼーっと眺めていると、やはり山の雰囲気がどことなく違います。なだらかな山が多いのですが、妙な神々しさがあるように感じます。出雲はやはり神話の国のようです。出雲市駅に戻り、ホテルへ。夕食は、駅前が想像通り真っ暗。なので、適当に入った駅前のお寿司屋さんでとりましたが、適当に入ると、やはり結果も適当なわけで・・・(以下略明日は、朝から石見銀山に向かいます。続く。本日の歩数:16,323歩
2009.05.22
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歩き倒しの旅から帰ってきて、あれこれバタバタしている、あるきちです。旅行記、しばしお待ちを。。。さて、「何でコイツは、こんなにマニアックなことを勉強しているのだ」ということに対しての回答を。実は、すごく単純な動機でして、1.美味しいお茶を色々と飲みたいけど、変なお茶は極力買いたくない2.美味しいお茶をずっと飲むために、農家の努力を正当に評価し、適正な価格で買いたいというのが、その回答です。え、それだけ?と思われるかもしれませんが、実はこれをきちんとやろうとすると、かなりマニアックにならざるを得ないのですよw詳しくご説明いたします。* * * * * *1.色々なお茶を飲みたいけど、変なお茶は買いたくない私が、中国茶や台湾茶の世界にディープに足を踏み入れたきっかけは、20年ぶりに訪れた台湾。店の名前まで書いてしまいますと、新純香さんで親切に色々な種類のお茶を試飲させてもらい、お茶は、こんなに旨いもので、たくさんの種類や個性がある飲み物だったのか!と、美味しさと味や香りの多彩さを再発見したことに始まります。#意外に、よくある理由ですよね(^^;)台湾在住の頃から飲んでいましたので、台湾烏龍茶歴は一応20年以上ありますが、意識して飲み出してから、そんなに時間は経っていないのです。ええ、信じられないかもしれませんが、3年ぐらい前まではホントに普通の人だったんですよw台湾烏龍茶だけで「おおっ、色々ある!」と思ったぐらいですから、中国大陸のお茶にまで手を出し始めたら、あまりの種類の多さに、クラクラとめまいがしましたでも、色々飲んでみたいわけです。なぜなら、その中には、驚くほど美味しいお茶があるんじゃないかと思うから(笑)#一種の青い鳥症候群?しかし、色々なお茶を飲んでいくにつれ、あることに気がつき始めました。それは、知識を持って防衛しないと、とんでもない散財をするということです。中国茶は、お茶の種類も多いのですが、グレードの違いもかなり大きいのです。まさにピンからキリまで。農作物なので当然なんですが、同じ名前のお茶(たとえば凍頂烏龍茶)でも、店によって値段が全然違って、味も全然違います。でも、高ければ良いかというと、実はそうでもないのです。お茶は嗜好品なので、高くても口に合わないのはありますし、安くても「旨い!」と思うこともあります。散財を防ぎ、コストパフォーマンスの良いお茶ライフを送るためには、好みのお茶を上手に選ぶ方法を身につける必要があると感じました。さらに、現地でお茶を買う体験が強烈でした。台湾や中国の土産物屋的なお茶屋さんではなく、農家や茶葉市場、あるいはちとマニアックな専門店に行ったりすると、あまりに自分が何も知らないことに愕然としました。日本で流通している蘊蓄やお茶屋さんの耳学問をつなぎ合わせたぐらいでは、お茶を選ぶことはできないし、会話も成立しないのです。「どんなお茶が欲しいのか?」と聞かれても、希望を伝えることすら、できないわけです。”自分がイメージしているようなお茶を出してもらうこと”これが存外難しいことに気づくわけです。「香りの高いお茶」「甘さの強いお茶」と言っても、それは上手く伝わりません。主観に大きく左右される味や香りを言葉で伝えるのは、ものすごく難しいのです。それでもめげずに、色々なお茶屋さんで試飲するうちに、お茶の味を左右する”変数”を押さえれば、かなりの確率で好みのお茶に出会えることが分かってきました。たとえば烏龍茶なら発酵の程度や焙煎具合、産地、季節など、客観的な事実を特定した方が、好みのものにありつける可能性は高くなります。そうだ、これをきちんと勉強しようと思ったわけです。つまり、私は、星の数ほどあるお茶の中から、自分が好みだと思うお茶をすくい上げる能力を身につけたいと思っているのです。変なお茶をつかまずに、美味しいお茶を存分に楽しみたい。今古茶籍の簡さんの言葉を借りると、”お茶の消費のプロ”になりたいわけです。そのためには、お茶の品種の違いや季節の違い、天候の違いによって味や香りはどう変わるか、というようなお茶の味に関わる”変数”について突き詰めていかないといけません。その中には、「茶商だけ知ってればいいんじゃないの?」と思うこともあります。でも、本気でお茶を選ぶためには必要なことなのです。* * * * * *2.農家の努力を正当に評価し、適正な価格で買いたい”私、美味しいお茶は、ずっと作り続けていて欲しい、と思っています。そのためには、農家の努力を正当に評価し、”安く”ではなく”適正な価格”で買ってあげることが必要だと考えています。美味しいお茶を作るのには、相応のコストがかかります。機械で摘むよりも、手で摘む方がコストがかかりますし、除草剤を撒くよりも手作業で雑草を取る方がコストがかかります。このような努力とコスト高を消費者が評価せず、値段の安さのみを追いかけるようになると、良いものを手間を掛けて作っている良心的な茶農は、生活が立ちゆかなくなります。そうなると、美味しいお茶は手に入らなくなり、かわりに掛けるべきコストを省いた、いい加減なお茶ばかりが流通することになります。これは困ります。やっぱり農家が苦労したことを、きちんと消費者が理解してあげなければいけません。「このお茶は高いけれども、こういう苦労をしているから、相応だよね」と買ってあげる人がいないと、美味しいお茶は消えてしまうのです。私、祖父母の家が農家だったので、農家の悲哀をよく知っています。ですので、農家の努力を正当に評価できるようになりたいと考えました。できあがったお茶を飲んで、「ああ、これはこういう手間をかけていますね。素晴らしいお茶ですね」と理解してあげられたら、農家の方はきっと嬉しいに違いない。そう思うのです。お料理だって、一緒ではないでしょうか。「美味しい」といってもらえるのは、もちろん嬉しいと思いますが、たとえば普通よりも時間をかけて下ごしらえしたものを、きちんと評価してもらえたら、さらに嬉しいんじゃないかと思います。#イヤミな蘊蓄にならないように、気をつけなければいけませんがね(^^;)ネスカフェのコマーシャルではありませんが、”違いの分かる飲み手”でありたいと思っています。そんな飲み手が、海を越えた日本にもいると分かれば、きっと農家の人たちの誇りにもなると思うのです。特に、拝金主義的になりがちな中国では正当な努力のものが軽視され、見てくれのものに流れやすい傾向があります。きっと、努力が報われないと感じている農家もいるはずです。そんなときに、絶望せず、俺の努力を分かってくれるヤツは、日本にいるんだと、美味しいお茶を作り続けてくれたらなぁ、と思うのです。・・・で、このようなレベルに達するためには、やっぱり色々勉強しなければいけないのです(^^;)産地はどんな気候で、どんな地形の場所なのか製茶の作業はどのようにしてやっているのか難しい作業はどういうところがあるのか普及品と高級品の違いは何かなどなど。そんなもの、知る必要があるのか?ということを押さえておかなければいけません。どー考えても、マニアックになりますねw評茶員というのは、こうした勉強をするベースを作るには、良いプログラムだったわけです。中国側に対しても、「高級評茶員だから情報をくれ」と言った方が、色々な情報にアクセスできますし。#内容については、全面的に賛成というわけではないのですけどね。* * * * * *・・・とまあ、長々と書きましたが、このような理由で、ちとマニアックな領域に踏み込んでお茶を勉強しながら飲んでいます。あと、「美味しいお茶って、こんなに美味しいんだ!」ということは、多くの人に知って欲しいと思うのです。確かなお茶を求める飲み手が増えれば、マーケットが拡大し、ビジネスチャンスが生まれる。ビジネスチャンスのあるところには、優秀な人が集まります。つまり、良いお茶を作る人が増えます。そして、優秀な人同士で、競争が起きます。その競争が適正なものであれば(安かろう悪かろう競争にならなければ)、好循環になります。もう、美味しいお茶がたくさんありすぎて、しかもお手頃価格で、どのお茶飲むか困っちゃうこうなるのが、理想なのです。その担い手になる人(正しいお茶を取り扱うお茶屋さんだったり、魅力を伝える人だったり)は、徹底的に応援したいと思っています。その方々が頑張れば、美味しいお茶の愛好者が増えるわけですから、マーケットが広がるのです。そうなると、むふふ・・・美味しいお茶が、安く、たくさん手に入るようになるw・・・結局、私って自分勝手なヤツということですね((((((^^;単純な理由なんですが、なかなか難しいのです(^^;)
2009.05.20
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大っぴらに旅行記を書いておいて、合格してなかったら、どうしよう((((((^^;と思っていましたが、無事にいただいてきました。高級評茶員の証書です。評茶員。平たく言うと、中華人民共和国政府認定の茶葉鑑定の資格です。そんな資格を取ったということは、ついに、あるきちもお茶屋をやるのか?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、いえいえ、そんなことはありませんよwじゃあ、あるきちは資格マニアか?というと、それも違います。結局のところ、資格自体が欲しいというよりは、教えてもらえる内容に興味があったのです。そして、この証書は今後の勉強を進めるためのパスポートになります。・・・そういえば、私がなぜ中国茶の勉強をしているのかについて、書かないといけませんね(^^;)#そろそろ、プロの方から「コイツは何を企んでいるのだ?」と思われかねませんのでw詳しくは、また後日。
2009.05.11
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気候のせいか何か分かりませんが、どうも頭がシャッキリとしない、あるきちです。みなさん、こんばんは。5月病でしょうかねぇ。。。あれこれ私なりに原因を考えた結果、これはGWに旅行をしていないせいじゃないか?と、風が吹けば桶屋が儲かるどころではない滅茶苦茶な理由にたどり着きました(^^;)これはいけない!ということで、来週、お出かけすることにしましたw出雲から入り、世界遺産の石見銀山を見て、萩に抜けるという、なかなか渋いコースを組んでみました。鳥取~松江間は一時期出張に行っていたのですが、このへんは行ったことがなかったので、結構楽しみです。#本当の理由は、JALのマイレージ消化です。地方空港利用はマイル利用がお得♪まあ、そんなことを言っても、旅の妄想ばかりというわけにはいかないので、「元気が出るかしら」と大紅袍を飲んでみました。 いわゆる純種大紅袍です。いつのだったかは忘れましたが、結構古いやつです。 味は、やっぱり水仙や肉桂や、鉄羅漢あたりとは、また違った系統です。どっしりとした岩茶らしさはあるんですが、比較的透明感が強いクリアさを感じます。その割には、香りが案外華やか。旨味も水仙ほど強烈には出てこないのですが、相応にあります。ただ、水分を少し吸ったらしく、酸味が出てました。一度軽く火を入れたら、もっと美味しかったかなぁとちょっと反省。それでも純種というだけあって味の方向性が一つに向かっており、ブレンドではさすがにこうは行かないか、と思います。ブレンドのものでも、上手に組み合わされたものは豊かな味になるんですが、やはり違った個性があると思います。このお茶も、気軽に選べる対象に入ってくると嬉しいんですけど(^^♪台湾にも行かなきゃ。。。
2009.05.08
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私、いろんなお茶を飲んでますが、極力、このブログには書かないようにしているお茶がいくつかあります。その中の1つが、大紅袍です。理由は、非常にややこしいからこれに尽きます。本物の大紅袍と言った場合に何を指すのか、これが共通認識として確立されていないと怖くて書けない、というのが本音です。伝説が一人歩きしている上に、思い入れが強い方も多いので、迂闊なことは書けません。・・・しかし、やはり真実は追究されるべきです( ̄ー ̄)ニヤリッ実は、大紅袍については、とても気になっていたのです。なにしろ、人によって言うことが全く違います。「どれが事実だ?」と聞くと、「私が言っていることが真実だ」とみんな言います。#中国茶の世界にありがちなことです。こういう伝説でガチガチになっているようなお茶を見ると、絶対に真実を見極めたい、そう思ってしまうのです(←あまのじゃくです)消費者を惑わす中国茶の噂話や伝説。こういうものを断ち切って等身大の中国茶を知りたいがために、私は中国茶の勉強をしています。おかげさまで、評茶員の勉強をしたおかげで、中国の国家標準が読めるようになり、さらに先日、杭州で品種の先生の話を伺い、質問もしてきました。加えて、中国のあちこちのサイトを調べたり、お茶屋さんで聞いた話などを色々総合した結果、ようやく全体像が掴めるようになってきました。#まったく、小さな真実であっても近づくのには大変な労力がかかるものです(^^;)そこで、ちょっと大紅袍の伝説をぶった切って、本物の大紅袍とは何かについて、書いてみようと思います。* * * * * *まず、日本で流通している大紅袍の説を整理してみます。<説1>原木で作られたお茶のみが大紅袍であるという説2002年にわずか20gがオークションで19万8000元で取引されたという、例の崖に生えているヤツです。この茶樹から作ったお茶が、本物の大紅袍であるという説。それ以外は偽物!となります。→文句はありませんが、ひとかたまりのお茶だけが本物の大紅袍ということになると、「一般に流通しているのは何?」ということになります。蘊蓄としては良いでしょうが、一般の消費者には全然役に立たない定義です。というか「貴重なお茶を飲んだことを自慢したいだけか?」と思います。<説2>大紅袍とはブレンドであるという説大紅袍を飲んだ人がそれをイメージし、様々な岩茶をブレンドをして作ったものが大紅袍であるというものです。この説では、つまり、大紅袍というのは商品名・ブランド名であるといえます。そうである以上、ブレンドした茶葉の品質とブレンド技術によって、味は大きく違うということになります。→イメージで行くとコーヒーの「ブルーマウンテンブレンド」みたいなのに近いですね。ただ、ブレンドと言っても、この場合は”イメージに近づけている”だけなので、大紅袍の茶葉が全然入っていなくてもOKなわけです。<説3>原木から挿し木して増やしたものが大紅袍であるという説原木を挿し木して増やしたもの。つまり品種としての大紅袍というものです。挿し木は、いわゆる無性繁殖というやつですので、完全なクローンができます。品種が大紅袍であるものだけが大紅袍である、という説です。→二代目、三代目とかいう話もこれにくっついてきたりしますが、これはただのお茶屋のセールストークだと思います。いわゆる似非科学でして、無性繁殖やクローンという言葉の意味を知っていたら、「そんなわけないだろ」と即座にツッコミを入れられる内容です。もちろん、土壌などの生育条件に違いはあると思いますが、それは正岩茶・半岩茶・洲茶という分類で、ある程度整理できるはずです。さあ、正しいのはどれでしょう?結論から先に行きましょう。3つとも正しいけど、それだけが本物と言い切るのは間違いが、正解です((((((^^;現地の基準で行くと、これらはみな大紅袍なのです。* * * * * *<説1の検証>まあ原木を持ち出されたら、「それは、そうでしょうね」ということになります。ただ、問題なのは、これだけを本物とすることです。原木のもののみが本物だとしたら、市中に出回ってるのは偽物ばかりとなります。いくらニセモノ大国(←失礼)とはいえ、中国政府がそんなことを認可するはずがありません。なので、説1の”それ以外はすべてニセモノ”というのは間違いです。<説2の検証>次で説明しますが、今は無性繁殖技術によって”大紅袍”という品種が存在します。その技術ができる前は、大紅袍を増やすことは不可能でした。お茶の種から増やす有性繁殖では、品種が別のものになってしまうためです。しかし、大紅袍の伝説性はとても強く、何とかしてこれを活かしたい!地元の振興を考える地域政府の当然の考え方です。そこで商品名として大紅袍という名前をつけることが許されました。これをきっかけに各製造会社が大紅袍という名前のブレンド商品を発売しています。会社によってだいぶ個性は違うようなのですが、農家には「今年の大紅袍はこれね」と製作見本(サンプル)が出回るのだとか。武夷岩茶の国家標準には、大紅袍の品質基準が掲載されています。しかし、それをよく見ると、武夷岩茶全般について”適正な品種を使え”とは書いてありますが、”大紅袍は大紅袍品種に限る”とは書いてありません。拡大解釈ができる余地が残されています。つまり・・・基準に達していれば、(ブレンドでも)大紅袍でも良いよということになります。だから、大紅袍というのは商品名であり、ブレンドの種類であるという定義も間違ってはいないことになります。ただし、それが全てではありません。純種大紅袍というのもあるからです。<説3の検証>1990年代の初めに大紅袍の無性繁殖が成功しました。原木の中の1本を選抜し、これを大紅袍として武夷山市の茶葉研究所が育てたものです。こうして育てられた大紅袍品種は、現在では4万畝(1畝は6.667アールなので、2668ヘクタール)以上も栽培されているそうです。今や、水仙や肉桂に次いで広く栽培されている品種が大紅袍となっています(純種大紅袍)。さて、ここで疑問が出てきます。知名度のある大紅袍ですから、その品種は省級品種や国家級品種として登録されていても良さそうなものですが、残念ながらそうはなっていません。これを根拠に、「そもそも大紅袍という品種はないのでは?」とする方もいます。しかし、それは品種認定のプロセスを知れば、「そういうこともあるな」と思えます。国や省レベルの品種認定を受けるためには、様々な場所で栽培し、その品質が一定であることを証明せねばなりません。品質の安定性を見るには、最低10年はかかり、その後、病虫害や耐寒性の検査なども受ける必要がありますので、品種登録されるには、なんだかんだで20年以上かかるのが普通です。大紅袍の無性繁殖が成功したのは1990年代初めとされています。となると、まだ20年経っていない新しい品種です。だから、品種認定の手続き中と考えるのが、妥当なわけです。「・・・何を根拠に、こいつは言っているのだ」と思われるかもしれませんので、偶然引っかかった公的資料をご提示しましょう。武夷山市茶業局が提出した大紅袍品種認定のための予算申告書です。URL#予算を一生懸命取っている段階なわけです。最初の一文から、「大紅袍は商品名として、品種としても作られているのは、共通認識である」と、かなりパンチのある文章で始まっています(^^;)* * * * * *というわけで、色々な文献や国家標準などを総合すると、現地では主に“ブレンド大紅袍”と”品種(純種)大紅袍”の2つが流通していると考えられます。#これでも、説1のみを大紅袍と呼びたい人は、「やぶきたも原木以外は認めない!」と仰っていただかないと困りますね(^^;)ブレンド大紅袍と純種大紅袍のどちらが本物か?というのは全く意味のないことで、武夷岩茶の大紅袍の国家標準をクリアしていれば、どちらも本物の”大紅袍”です。国がそう決めているのですから、異論があっても仕方ありません。※とはいえ、これもひょっとしたら変わっていくものかもしれません。国家標準は頻繁に見直しが入り、実勢にあわせて変わっていくからです。大紅袍品種の拡大が進めば、どこかで見直しの機運が出てくると思います。だから、最新情報をキャッチアップし続けないといけないんですよねぇ・・・ただし、消費者としては、実は大問題です。同じ大紅袍でも、ブレンド大紅袍と純種大紅袍では、品質のブレが大変大きいものになるからです。大紅袍という名前だけでは、欲しい味のお茶にありつけない可能性が出てきます。これは消費者にとっては由々しき問題です。こと、ブレンド大紅袍に関して言えば、何をブレンドしたのかによってお茶の特性が全然違うものになります。つまり、同じ大紅袍という名前でも、全く個性の違うお茶であることがあり得ます。だから、大紅袍というお茶は、名前だけでは指名買いしにくいお茶でもあるわけです。一方、純種というのは、品種が一定ですので、味の傾向はある程度予測はつきます。私の印象では、とてもクリアで華やかさも持っているのが、純種大紅袍の特徴ではないかと思います。・・・とはいえ、これまた買いにくいのです。それは、日本で純種の大紅袍ときちんと明示してくれるお茶屋さんが、大変少ないからです。日本国内で大紅袍の定義というものが、きちんとしていないからなのかもしれません。大紅袍も、様々な伝説のくびきから逃れ、分かりやすく日本のお店の店頭にも並んで欲しい、そう思うのです。猿が茶摘みしようが、赤いマントをかぶろうが、そんなものはお茶を選ぶ人にとっては、全く関係ありません。ブレンドだったら、ブレンドでも良し。純種なら純種もまた良し。それぞれの個性をきちんと表現してもらいたいものだと思います。(余談)ちなみに、「実はあそこに植わっている大紅袍はニセモノ。政府の役人が来ると聞いて、地元の人が貴重な木がダメにされてはマズイと考え、適当な木に植え替えたのだ」という、恐るべき噂話もありますが、今まで書いてきた内容がすべてパアになる上、真偽の確かめようもないので、この話は無視することにします(爆)・・・本当にお茶の伝説というのは、消費者を惑わせるものです(^^;)伝説も聞いてる分には楽しいんですがねぇ(^^;)
2009.05.06
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