「歩きつなぎの旅」の記録

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タロウ@ Re[3]:【 東京歩きめぐり 第184回 】 木場 冬木(01/22) きんじろう36様 たいへんおそくなりまし…
きんじろう36@ Re[2]:【 東京歩きめぐり 第184回 】 木場 冬木(01/22) タロウ様 8月25日、兄はタロウさんの…
タロウ@ Re[1]:【 東京歩きめぐり 第184回 】 木場 冬木(01/22) きんじろう36様 お返事ありがとうござい…
きんじろう36 @ Re:【 東京歩きめぐり 第184回 】 木場 冬木(01/22) タロウさん。兄から再度メールが来ました…

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2026.09.25
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2026年09月25日(金)晴


今日の東京は晴れているが、明日から当分の間、曇りや雨の日が続くらしい。今回歩くのは、安政4年(1857年)板「東都小石川絵図」のうち、現在の文京区小石川3丁目に当たる地区。08:55 六角坂下 、【 江戸切絵図歩きめぐり 第120回 】を歩き始める。



「慈眼院(じげんいん)」を訪れる。切絵図には「慈眼院 沢蔵主稲荷」とある。傳通院の塔頭のひとつで、元和6年(1620年)「澤蔵司(たくぞうす)稲荷」の別当寺として創建された。澤蔵司は傳通院の学寮の修学僧で、浄土宗の難解な奥義をわずか3年で極めたとされる。門前近くに巨大なムクノキがあり、解説板によると樹齢400年ともいわれ、澤蔵司稲荷の神木として現在に至る。



傳通院脇に「処静院(しょじょういん)跡」解説板と「処静院跡の石柱」がある。石柱には「不許葷酒入門内」と刻まれている。葷酒とは、臭いの強い野菜や肉・魚と酒。処静院は傳通院の塔頭のひとつで、明治時代に傳通院の東隣へ移転、その後廃寺となった。切絵図には「所浄院」とある。



文久3年(1863年)14代将軍徳川家茂(いえもち)の上洛警護と京都の治安維持を目的とする組織「浪士隊」の結成大会が、処静院で行われた。隊結成の中心になったのは、清河八郎・山岡鉄舟など。後に新選組幹部となる近藤勇・土方歳三なども参加し、京都に上った。



傳通院門前、「福聚院(ふくじゅいん)」を訪れる。傳通院の末院で、安永3年(1774年)に創建された。切絵図には「三国傳来大黒天」とある。本尊の大黒天坐像は鎌倉時代の作と考えられ、インド・中国・朝鮮半島を経て日本へ渡来したとされている。



「傳通院(でんづういん)」を訪れる。切絵図には「無量山 壽經寺 傳通院」とある。応永22年(1415年)小石川極楽水(現在の文京区小石川4丁目)の草庵に寿経寺が創建された。慶長8年(1603年)には徳川家康が生母於大の方(法名 傳通院殿)の遺骨を埋葬する際、寿経寺を現在地に移転して菩提寺とした。於大の方の法名に因んで、寿経寺の院号が傳通院とされた。



傳通院の墓地には徳川家ゆかりの女性が多く葬られている。於大の方をはじめ、千姫(2代将軍秀忠の長女、後に豊臣秀頼に嫁した)、孝子の方(3代将軍家光の正室)の墓所などがある。09:45 伝通院前交差点 、【 江戸切絵図歩きめぐり 第120回 】はここで終わり。


六角坂下 → 伝通院前交差点 : 2.7 km( 江戸切絵図歩きめぐり累計 455.0 km )






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Last updated  2026.09.26 07:16:00
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