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夫はS氏と学生時代からのつきあいでその頃からS氏宅の庭で洗車させてもらっていた。その流れは今も続く。夫は、洗車に私も付き合わせる。洗車はいい。洗車の後、当然のごとく、夕飯を一所にとなる。洗車と夕飯の間の数時間、私はまったくやることがないのだ。この日も、結局、TVの前で2,3時間座っているだけだった。前日、洗車が終わったら、挨拶してから私は先に帰りたいと夫に言った。「また、そんなこと言う。なんでそんなこと言うねん。失礼やろ!」私に行動の選択の余地はないのか?---------------------この人(子)がいなくなれば嫌なことをしなくて済むと犯罪を犯してしまう人の、最初のきっかけってこんなもんかと想像した。じゃあ、私はどうすればいいの?どうにもできないの?嫌だって言っているのに、こんな表現じゃだめなの?私はひどいことをして、相手の人に嫌われたら、もうイヤなことはしなくて済む。はっきり分かるくらい嫌なことをすれば、わかってもらえる。はっきり分かるくらい嫌なことを、しなきゃいけないのね。そんなに嫌だとは思わなかった…て言わないでね。私は、ちゃんと言った。行きたくない。したくないって。でも、それを許さなかったのはあなた。私に選択の余地をなくしたのはあなただって、自覚していてね。
2007年06月30日
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さだまさし作詞の曲に「風に立つライオン」というのがあります。その歌詞の中に「やはり僕たちの国は 残念だけれど何か 大切な処で 道を間違えたようですね」があります。1987年発表というから、20年前の曲ですね。その曲を聴いた当時、その上記の部分に対し「まだ大丈夫。やり直せる。」と思っていました。その頃、高度経済成長の行き過ぎた所とか、受験戦争はよくないとか、いろんな今までの反省点を目にしていました。だから、大丈夫。反省して、よりよい方向に向かえばいいんだ。悪い点は指摘されている。明るみにでている。私なんかより遥かに頭の良い人たちがたくさんいるんだから、ゆっくりでも、改善されていくはず。そう思っていたんです。翌年1988年に『逆襲のシャア』という映画を見まして、「貴様ほど急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない」という台詞に、急いてもいけないし絶望してもいけないんだよなぁ、と思ったものです。でも、20年近くたって、「やはり僕たちの国は 残念だけれど何か 大切な処で 道を間違えたようですね」に、静かに同意する自分がいます。残念だけれど…。
2007年06月21日
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