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1ヶ月近くの旅も最終段階になって、この旅行で初めて、洗濯とゆーものをしました。ははは。泊まってる宿のランドリーに出してもいいんだけど、ついおとといまで滞在してたカンボジアのゲストハウスが、すごいサービスで「個室に泊まっている客の洗濯物はぜーんぶ、無料で洗って干してたたんでくれる」という、ずいぶん太っ腹なことをやってくれていたので遠慮なく出させてもらってた。それと比較するのが、そもそも土台無理ってもんなんだけどね、つい。笑チェンマイとか、ルアンパパンやベトナムのサイゴンなんかでは、洗濯物1キロについて100円もしないでランドリー・サービスをやってくれていたので、気軽に頼んでたし。せこせこと、タオルや下着やTシャツなんかを持参の粉石けんを使って、バスルームの洗面台で数回に分けて洗ってると、しみじみと一人で旅をしてるんだなあ、という実感が今更のように湧いて来る。風に飛ばされないように気をつけながら、ベランダに干し終わってから、簡単に荷物をまとめて出掛ける準備。カメラの調子が相変わらずなので、今日の昼間のうちにパンティープ・プラザ(バンコクの秋葉原のような感じのビル)へ行って、中古のデジカメを見てみようかとも思って。宿から川沿いの広い道に出ると、間もなく水上バスの発着所があるので、バンコクを貫く母なる大河チャオプラヤの川風を朝日とともに味わうことに。BTSと呼ばれるモノレールの新交通システムの始発駅がつながってる、タクシン橋まで波に揺られて12バーツ。30円くらいで、20分ほどの船旅。朝の7時から8時にかけては、通勤・通学ラッシュで、川の上も行き交う船の数がすごい。試してみると、船上の川風にカンボジアの土ぼこりが洗われたか、なぜかカメラの調子が戻ってタクシン橋の上などからバシバシ撮影。ターミナル前に沢山出ている屋台の中から適当に飲み物と食べ物を見繕って、いつも休憩所にしてるわきの中国寺院で椅子とテーブルを拝借。ここは、朝から晩までひまな老人たちが、中国将棋とうわさばなしなどをしながら、のんびりと過ごしている場所。スカイトレイン(BTS の別称)に乗って、パンティープの近くまで行くか、マーブンクロンのはちゃめちゃな店の集積を見てみるかとも思ったけど、いずれにしても買い物にはまだ8時半は早過ぎる。ムスメに「なんか、お土産買ってきてね!」と、プレッシャーかけられてるんだけど、ほんとうに何を買って良いのかわからない。だいたい、最近の自分の旅行では買い物そのものをあんまりしないし。市場やなんかを見て歩くのは大好きなのに、いつからこうなったんだろう。(まあ、グルメやブランドには、ハナから興味ないけどさ)そーゆーひとが、いざ何か買おうとすると、ムズカシイ!笑エクスプレス・ボートの水上バスで、4つか5つくらい船着場を戻ってまだオープンしたばかりの人影の少ないワット・ポーに足を運ぶ。ここは、5ー6年くらい前に家族旅行として一族9人ほどで訪問して以来のご無沙汰かなあ。タイでも格式ある寺院のひとつなので、入場する前に短パンの上から、ナップザックに入れておいたゆったりめの長ズボンをはいて準備ok!(男女を問わず、はしたなく肌を露出し過ぎた服装のひとは、まんべんなく入場を断られる)女性のタンクトップなんかは、駄目みたいです。今回の旅では、都合4カ国の各地の都市でその土地の伝統的なマッサージをやってもらったんだけど、やはり何処へ行ってもタイの古式マッサージの影響を強く感じたものでした。その総本山として有名な、ワット・ポーのマッサージを久しぶりに試してみたくなって、ついでにあちこちで途中休憩しながらの広い境内での寺院観光も。とにかく、もうさすがに疲れが出てるもんで、にぎやかな人ごみの中での買い物は、ゆっくりと体勢を整えてからでないと・・・。汗さすがに、古式マッサージの学問の府でもあるワット・ポーの研修生たち、熱心だし、基本に忠実でよくやってくれます。ただ、1時間300バーツと、民間の値段よりもちょっと高いんだけどね。前からずっと150バーツだったエメラルド寺院の入場料もいつの間にか200になってたし、ワット・ポーから宿への帰り道に乗った普通の乗り合い市バスの料金も5バーツになってた。はるるが最初の頃、よく利用してた頃には2バーツ均一で市内の何処にでも、かなり遠くまで遠征できたのに。。。そのあと、3バーツがしばらく続いてたんだけど、もう5バーツになっても久しいようだ。なんせ、初めてバンコクに一人で来た1986年から18年以上も経ってるんだよなあ。あらら、もうお昼になっちゃった!宿のプールに入ってのんびりしてから、買い物にしよっと。で、その前にネットカフェでご報告。(この続きは、夜にでも)それにしても、昨日と今日のバンコクは暑いです!汗がいっぱい出たけど、部屋に戻ってベランダの洗濯物をチェックしてみたら、もうぜんぶ奇麗に乾いてる。さっそく洗濯済みの海水パンツに着替えたら、フロントでプール用のひとまわり大きなバスタオルを受け取って、1階のレストランのすぐ外側にあるプールへ直行。平泳ぎと背泳ぎを交互に繰り返しながら、何往復かしたあとプールの一角ですごい泡を立てているジャグジーで、欧米人の小学生くらいの男の子達とたわむれる。中学に入ったくらいの年配の金髪のおんなのこが、まぶしそうな目をしてぼくたちを見てた。ひょっとして、まざりたかったのかな?!デッキチェアのあるプールサイドの木陰で、モカアイスを注文して、持ってきてもらったけど、ガラス容器に何個か盛り付けられて60円ほど。あー、やっぱりちょっと張り込んでプール付きの2000円弱のホテル連泊にしといて、良かったなあと思うひととき。強い陽射しの木漏れ日に、プールの水色の表面が反射してきらきらしてます。パンティープ・プラザに来て見ましたが、中古のデジカメさんは、安いのでも6ー7千バーツくらいから。日本円で1万6千円以上のものばかりなので、わざわざ買うことはないかなあ。旅行日程も、あさっての朝にバンコクから日本に戻るばかりだし。そう思いながらの、ホテルへの帰り道の寺院裏。かなり旧式で120万画素だけど、同じスマートメディアが使用できるFUJIのファイン・ピクスが中古のMDウオークマンや、運動靴に混じって売られてるーー地べたに並べられて。値段を聞くと2千バーツ。5千円ちょっとだ!さらに値切ろうとしたら、この屋台店のおにいちゃん、ボスのところに相談に行った。前に、中華街の近くに「泥棒市」として有名だった露店街があったけど、なんか、安すぎてそんなあやしい雰囲気も。結局、新しい電池に入れ替えてもらい、テストとして何枚か撮影をしてみて1500バーツ(4千円弱)で、買うことに。夜になって出直して、下町のパトナム界隈をうろうろしました。なつかしい、20年近くのつきあいになるタイ人のともだちにも何人か、会うことが出来たけど・・・何ということもない路地裏の薄暗い角を曲がったら、目の前に成人のかなりおおきな象さんが立っていて、びっくらこきました。汗最近、首都のバンコク市内には特別の許可がない限り、入ることが出来なくなってたはずなんですが。なにごとも、ザルのような規則が多いこの国のことですからねえ。うすやみのなかで、かなしそうな目に見えたのは、気のせい?!チェンマイでは、4千枚ほどの写真をCDに焼いてもらったんだけど、ラオスやベトナム、カンボジアなどの残りの映像の大部分3千7百枚ほどを1枚のCDロムにしてもらいました。知り合いの写真屋さんなので、8枚分のスマートメディアを1枚にしてもらって、80バーツ。よそで聞いたときは、たくさんのディスクをまとめるので、2枚につき100バーツの計算、などとつれないことを言われた。やっぱ、国境を問わずに「持つべきものは知り合い、じゃなくってと・も・だ・ち!」だよね♪あーつかれた。おやすみなさい。今日も、ついつい歩き回っちゃったなあ。
2005年01月31日
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プール付きのホテルに、700バーツで投宿しました。(現地通貨を日本円に直すと2千円くらいなんだけど、今回の旅では比較的豪遊のほう。笑)なんせ、ビエンチャンでは2ドルのドミトリー(相部屋)だったし、ラオスの山岳地帯を流れるメコン川を、2日がかりで下ってるときにはたった1ドルのツインルームをたまたま船で一緒になった日本人と半分コして、50セントの部屋だったもんねー・・・。1泊50円の世界、日本では想像がつきませんよねえ。新しくてきれいな部屋のホテル最上階、29号室。やけどするようなホットシャワーも、衛星放送TVも、デジタル信号セキュリティのセーフティ・ボックスも夢のよう。でも、カオサン通りの裏手にある寺院に沿った静かな場所にある、とても便利な場所です。今朝はタイのバンコクまで移動するために、7時半にシェムリアップの宿で、ミニバスにピックアップしてもらい、カンボジアとタイの国境にある町ポイペトまで行く中型バスの出発する集合地点まで・・・と、思ったらミニバスが動き出したとたんに停まってしまった!どうしたことかと思えば、泊まっていたタケオG Hから数えて、10軒目くらいにある、おなじ通りに面した旅行代理店の前だったのでした。笑ま、よその宿からピックアップしたひとたちも乗っていたから、すぐ近くでもついでに拾ってくれたんだろうけどさ。戦争博物館の前を過ぎてゆくと、あっという間に町並みは消えてあとはただひたすらに地平線を目指して行く、赤茶けた乾季のカンボジアの田園風景の広漠としたひろがり。1時間もしないうちに、舗装道路は終焉を迎えて、パウダー状態の砂埃で空が暗くなるほどの土煙を巻き上げながら、凹凸の激しい・・・というよりは、でかいクレーターの間を避けながら牛歩状態で上下左右に全身を揺さぶられ、天地無用のシールでも貼ってもらいたいような中古バスは、懸命にぼこんばこんと揺れながらもけなげに走ります。すっかり、のどがいがらっぽくなって、身体じゅうが窓を閉め切っても入って来る見えないほこりまみれになったようで、なにげにおめめまでしょぼしょぼ。8時に出発して3時間、ポイペトまでの中継地点のちいさな町シソポンの外れにある新しそうなレストランで食事タイムになった頃には、道路状況もいくぶんマシになって「舗装道路の痕跡らしきもの」が、道の中央にいくぶんか認められるようになります。これでも、ずいぶんと改善されて来ているんです。2年前に、同じルートを同じような乗り物でバンコクを目指したときには、あちらこちらで「地雷、きけん!立ち入り禁止」の立て札を沿線でも良く見かけたものですが、今回の印象ではずいぶんと減っているような気がします。観光以外の産業があまり育っていないカンボジアでは、外国人を安全な環境で受け入れることが第一の政策になってるそうですからね。それだけに、それ以外の地域での地雷除去作業が遅れてるって、聞いたことがありますが、まあ、ありがちな話でいやんなっちゃいますね。(この続きは、夕食の後で)カオサンのど真ん中で日本料理店をやってる、楽天仲間の竹亭さんで、ざるそばと生ビールという組み合わせの食事がてら、カンボジアのお土産を「つまらないものですが」と、渡す。実は、ほんとうにつまらないものなので、しゃれにもなんないんだけどね。汗さとうきびを煮詰めてつくった農家お手製の砂糖の結晶なんだけど、熱帯の植物の葉を器用に組み合わせて、美しい円筒形の容器にしてるもの。その中身に、クリームがかった白色の濃密に甘い輪切り状になった直径3センチほどのものが、1ダースほど入ってる。午後1時半ごろ、カンボジアのポイペトから国境のちいさな橋を渡って、タイ側のアランヤプラテートに入ると、乗り物がビデオ付きの2階建てバスになって、道路はただひたすらにまっ平ら!ただ、普通に平坦な道路の有り難味が、身に染みて解る至福の(?!)瞬間です。ビデオの「アイ・ロボット」というSFアクションを、手に汗握って見ていると、何時の間にか夕暮れも終わって、街の高層ビルたちの明かりもまばゆいバンコクの高速道路。バンコクの王宮近くにある安宿街のカオサンには、結局のところ午後7時頃に到着。やれやれ。ビールで心地よい気分になったあとは、お馴染みの店でタイ古式マッサージ。旅の途中の話など、周りのマッサージ師さんたちにいろいろ尋ねられ、失敗談をひやかされる。今日は、とりわけ良く眠れそう。宿の部屋に入った直後、シャワーを浴びてから何故だか体重計があるのに気付いて乗ってみたら、旅行前よりも3ー4キロばかし軽くなっていた。笑しめしめ。しめこのうさぎさん★
2005年01月30日
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もうひとりのはるおさんと、夜明けの5時半に宿を出てから、立て続けにアンコールワットとその周辺遺跡を歩き回って、気が付いてみたらもうお昼の12時半。途中、朝食の30分をはさんで、なんと7時間もの間、夢中になってふたりとも歩いたり登ったり下りたり、瞑想したり。現在、宿に戻って感激の熱を冷ましてます。笑午後3時から、日没まではリターンマッチに、再び出発!!今日は、ひときわ暑くってビール飲んでも、すぐ汗になっちゃいます。いやあ、タ・プロームもアンコールワットも、そしてもちろんアンコールトムも、良かったあ・・・。結局、薬局、午後3時からの大回りコースも、暗くなるまで5ー6個の寺院遺跡巡りになってしまいました。身も心も、どっぷりとこの土地の色に染まって、ほんとうにうれしいひとときでしたねえ。なんか、ここまで何回も同じ場所の訪問を繰り返して来ると、まるで里帰りしたような、なつかしささえ感じて。たとえば、四方にぞうさんの石造が特徴的なピラミッドの片隅に、天使うさぎが座ってた小さな石を発見してみたり・・・ね。最後の最後になっての仕上げは、アンコールワット前の道路際でいつも出ている焼きとうもろこし。熱々の炭火で焼いた大ぶりの地元産が、いっぽん1000リエル(日本円で25えんほど)なので、気持ちよく同行者におごってやる!えっへん。自業自得なのですが、もうさすがにヘロヘロ状態になってやっとこさ宿の自分の部屋に戻って、シャワーの後の食事とビール!!テーブルをご一緒させていただいたのは、チェンマイでロングステイ生活をなさっている中年男性のおふたり。シェムリアップには、こっちでの生活をするとしたらどんなものかと、「敵情視察」ということだったらしい。笑旅の残り日数を数えてみたら、がくぜん!!やはり、タイでの数日を大切にしたいので、明日のうちに国境をバスや列車を乗り継いでの陸路で越えて、バンコクに移動することにしました。
2005年01月29日
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乾季のシェムリアップの町並みの向こうに、アンコール遺跡群が緑の海の中に見え隠れしたと思ったら、ちいさな飛行機はあっという間に着陸。ベトナムのサイゴンから、メコン川を横切りながら、40分足らずのフライトで着いた久しぶりのカンボジア。このページの映像は引っ越しました。こちらで↓、27枚の写真が見られます。トンレサップ湖 ~さらに深い水の奥まで・・おととしの11月以来、3回目の訪問になります。20$でその場でもらえるビザの手続きをして、荷物を受け取るとあっという間に建物の外に。あ、暑い---っ!なんだか、熱気でうだって空が湿気で白っぽくかすんでるみたいな。さっきまでうろうろしてたサイゴンとは、えらい違いです。空港の協定価格、たった1$で市内のどこまでも乗せてってくれるバイクタクシーで、前は泊まらなかったタケオ・ゲストハウスへ。エアコンと衛星TV、ホットシャワーの付いた、眺めの良い2階のの角部屋に、1泊10$で投宿。熱気が収まるまでは、しばらくじっとしてて夕暮れ時になったら、活動を開始することにします・・・。遺跡の中で、夕日を見にゆく予定☆24時間バイクの洪水のおさまらない大都会から移動してみると。バイクの音がほとんど聞こえないので、なんだかとっても静かな世界。あーー、やっぱり田舎も、いいなあ。(いつものように、続きは夜に!)と、思ったら5時の約束のはずの迎えのバイクが、いつになっても来ないではないかっ!30分間、待ったけどなしのつぶて。こんなときは、あまり心配しないでおく。たぶん、現地のバイク貸し切り相場のぎりぎり最低の価格、1日5$で約束していたので、きっとよそでもっと割の良い客でも見つかったんでしょう。笑はるるさんの名前は「はるお」さんなんだけど、となりの部屋に投宿したひとのファースト・ネームもはるおさん。ぼくの名前は「晴夫」なんだけど、この東京都・世田谷にお住まいの40歳のひとの名前は「春雄」さん☆で、ちと、ちがってるけどまあいいか。一緒に、散歩に出かけることにした。夕方から夜にかけて、ふたりして2台で1$という値段で自転車を借りて、オールドマーケットの方角にペダルをこぐ。シェムリアップも、今現在の伸び盛りの世界的な観光地らしく、あれよあれよと言う間に洒落た飲食店や土産物屋が増殖している。1年ちょっと前に来た時よりも、明らかに町並み全体が整備されているし、豪華なレストランやスパなども完成して、ただの田舎町だった印象も変わりつつある風景の中、トレンサップ側に突き当たって、美しい橋のたもとで開いてる3人のおんなのこたちがやってる露天の生ジュース・スタンドの椅子におちついて暗くなるまで一服。この、オールドマーケットの近くにっかってる白い橋には、フランスの旧植民地らしいスタイルの、うっとりうるような素朴な明かりがいくつも灯って、とても愛着があるので、なんだかここに帰ってきたような気分。とっぷり暗くなって、マーケットの明かりの集積に吸い寄せられるように内部のアンティーク・ショップの数々を覗いた後、地元のひとたちでにぎわう屋台街で2$のたっぷりとしたトムヤムクン・スープなどをメインに、カンボジア風焼き飯や、野菜たっぷりのスープそばなどを肴に、すかさずビールの大ビンも注文!熱帯の星空の下で「かんぱい!」帰り道に8時半までやってる銀行の両替所を見つけて、手元に余ったベトナムのドンや、タイのバーツを、カンボジアの通貨リエルに交換。なんだか、急に分厚い札束を持って、少しだけ偉くなった気持ち。笑あくまでも、気分だけの問題なんだけどね・・・。カンボジアスタイルのマッサージを6$でやったあと、この宿の2軒となりのネットカフェに来て、リラックスしています。外はまだ暑いので、エアコンが効いてて、快適な涼しさ。明日は、夜明け前からアンコールワットへ。朝の5時半出発なので、もう寝なきゃ・・・汗
2005年01月28日
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サイゴンからぶっ続けで車を飛ばして、延々と走り続けても5時間がかりの距離。メコン河口近くの巨大デルタ(三角州)に浮かぶ中核の都市カントーに泊まって来ました。やはり、ネット環境はあってもメコンデルタ一番の大きな町でさえも、ネットカフェは地元青少年のオンライン・ゲーム場と化していて、日本語の読み書きは不可能な場所ばかりで、昨夜の日記更新は(やる気はあっても)無理でした。いやあ、2日間とも、いっぱい船に乗りましたよ。大型バスやタンクローリーまで、何十台もいっぺんに搭載してしまう大型貨物船のようなフェリーから、おでぶさんが数人が乗ったら沈んでしまいそうな、おばちゃんが手漕ぎのちいさな笹舟みたいのまで。笑ただ今、現地時間で午後6時。午後5時半に、ホテルにチェックイン(US12ドル)シャワーを浴びて2日間のほこりをさっぱりと落としてから、着替えを済ませて近所のネット・カフェです。サイゴンの街には、そろそろ夕暮れのすみれ色のヴェールがかけられようとしています。バイクの洪水状態は、いつものように変わらないまま。(散歩&夕食のあとで、ゆっくりと日記の続きを報告させて頂きます)サイゴンの中でも特に活気あふれるチョロン地区まで、バイクタクシーの後部座席に乗って食事に行ってきました。中国人系ベトナム人の多い地区と知られる場所なので、間もなくやって来る旧正月を祝うための派手な飾りつけが、通りにまではみだすくらいにあふれています。中華料理でも食べようかと思ってたんだけど、やっぱり路上にあふれる匂いを嗅いでしまうと、ベトナム料理の屋台についふらふら。いつもは苦手なはずの麺のフォーも、空腹のせいか、涙が出るほど美味くって、いつもはちょっとは残すのに、ついつい全部平らげてしまいました。昨日は、サイゴンのファンラーオ通りにある宿を8時に出発。2時間ちょっとの10時半頃には、メコンデルタのとっかかりにあたる川辺の町ミトーの船着場へ。ベトナム観光で、あまり時間のないパックツアーの客が必ず訪れるのがこの周辺で、ガイドブックなどにもお馴染みの島やスポットなどが点在してます。海の近いこのあたりだと、遠洋航海にも出るようなおおきな漁船も混在しています。フランシス・コッポラの名作映画「地獄の黙示録」のモデルにもなったという、ベトナム戦争当時のカルト教団がデルタの中に無数にある島のひとつに建造したわけのわからないモダンアートのオブジェのようなポップで巨大なコンクリートや金属製のシンボルたちが、忘れ去られ草むしたままに辛らつな形で立っていました。くさりに繋がれたワイヤーフレームの地球や、宇宙人に向けたアンテナの群れのようなものの足元に広がった、十数メートルにもおよぶベトナムの国土のかたちをしたジオラマなど。悲しい事に、それらを取り込んでレストランの借景にしようとした、こぎれいな施設は閑古鳥が鳴いてました。まるで、東京ディズニーランドのジャングル・クルーズにそっくりの風景が延々と続く、狭い水路の中はつくりものの動物たちが登場しないのが不思議なくらいの気分。疑似体験って、おかしいですよね。ほんものを目の前にして、なんだかつくりものの中を巡ってるような気にさえさせてしまう。実際には、時々出てくる水鳥の声と青い空に熱帯特有の真っ白い雲。おおきな黒い蝶が、ひとつがいになってもつれるようにひらひらと音もなくついて来るばかり。マングローブの木々の泥に近い岸辺はとりどりの小型のガニたち巣穴と、むつごろうたちのぴちぴち歩く姿。地元のひとたちは、単純に「ジャンピング・フィッシュ」と呼んでましたねえ。あーーーー、ぜんぜん終わらない。報告は始まったばかりなのにィ!!明日は、昼間のうちにアンコールワットに移動しちゃいますけど・・・。これで、毎日の楽しみだったアオザイ姿が目の前から消えてしまうと思うと、すごくくやしいです。アオザイって、体形がスリムでないとなかなか似合わないんですよねえ。すっきりとした姿で信号待ちしてる、真っ白なアオザイの制服が群れている姿は、ベトナムでしか見られません。あれって、上着がわき腹のあたりの横隔膜付近(肋骨が終わるあたり)でスリットになっていて、前と後ろのふたつの布に別れてるから、移動するたびにひらひらして天女のよう、なんだよね。自転車に乗って通学してる子たちは、後ろをお尻のしたに敷いて、前をハンドルの片手の方にまとめて持ってる。でないと、きっとチェーンにひっかかったりして、めんどくさいんでしょうね。ずぼらな生徒はどこの国にも居るもんで、前と後ろのひらひらをまとめてわき腹のところでお団子に結んでるひとも。笑歩いて通学してる生徒は、みんなカバンを両手で前に抱えるようにしていて、何故かぶら下げてる姿はいっかいも見ませんでした。どうしてでしょう、その方が可愛く見えるから、なのかなあ。自転車やバイクのひとたちは、大体、前かごにカバンを入れてました。全部白づくめの中で、唯一カラフルなのが(多分)日焼け防止用のマスクかなあ。日本で言えば、花粉症対策に使用するような、かなりおおぶりですっぽりと顔の下半分を覆ってしまうようなものです。お花模様や、水玉ばかりか、キティちゃんまでつけてる生徒なんかも。笑足元のサンダルも白とは決まってないようですが、カラフルなものは皆無で、地味なものばかり。アオザイの生地は白なんだけど、うすいものなので下着もみんな白で統一してるようです。けど、生地そのものに白地に白い模様が織り込んであるものも数多く見受けられました。いろいろ忙しく飛び回りながらも、早朝と午後の登下校のひとときは、クルマ移動中なんかも注意して観察(?!)してる、中年おじさんのはるるでした。笑・汗28日は午前11時のホーチミン発シェムッリアップ行きのベトナム航空の便で、いよいよ3度目のアンコールワットとその周辺遺跡との対面です。
2005年01月27日
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そんなわけで、今日の日記は書けないような環境になりそうです。。。ほーこくは、多分、無事で帰れれば27日の夜になりそうです。みなさん、見捨てないでねっ!!涙(25日の日記参照のこと)
2005年01月26日
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いかにも田舎の空港、ビエンチャンからひとっとび。ほんとうは・・・の、つもりだったんだけど。笑そうでもなかったぁー。ラオスの首都ビエンチャンからサイゴンの距離って、バンコクからサイゴンよりもあるんですねぇ。1時間10分のフライトで、いよいよ接近して来た都市は・・???なんだか、サイゴンにしては町並みが淋し過ぎるなあ、と思ったら途中で経由するカンボジアの首都プノンペンでした。ここで、25分間のトランジット(途中待機)。再び飛び立ってプノンペンからサイゴン(ホーチミン)までの30分のフライトで、やっとお昼ちょっと過ぎにベトナムのメコンデルタ地帯にほど近くのタンソニャット空港へ着きました。ここまでに、上空からラオスとタイの国境や、カンボジアの中やベトナムで何回もメコン川の流れてゆく姿を目撃しました。空港から市内までは、公認のタクシーだとUS6ドル。いつもの節約モードで。バイタク(バイクのタクシー)で2ドルのつもりだったけど、ここんとこ値上がりしたのだろうか・・3ドルで決着。でかい荷物はハンドルと運転手の間にはさんで運ぶすたいるなので、後部座席のおいらはちいさなカメラや貴重品を入れたナップザックひとつ。空港から安宿街までは、20ー30分くらいだろうか。行けども行けども無謀運転の暴走バイクの群れを、掻き分け掻き分けてそれに負けず劣らずの暴走バイタクは、速い速い!笑こんな激流下りの奔流みたいな道路、決して自分で運転したくはないけど、ベテランに任せて乗ってるぶんには楽しい乗り物です♪サイゴン。。。しばらく来てなかったけど、相変わらずのバイクの洪水。若い女性たちは、このくそ暑い中を「長手袋にスカーフのふくめん姿」で、しっかりとお肌の日焼けを防ぎながらホンダのハンドルを握って、さっそうと走ってます。まずはファングラーオ通り(地元の人はファンラーオみたいに発音してます)に近い宿に荷物を下ろして、シャワーのあと。けたたましいバイクの群れがすぐわきを走ってる路上のプラスティック椅子に腰掛け、しっかりと濃いベトナムのアイスコーヒー3000ドン(40円くらいかなあ)を注文して、やっと落ち着く。曇りがちの空ですが、どんどん赤道に近づいているので十分に暖かいです・・・とゆーより、しつこく「暑い!」です。こんなときの、しっかり味のベトナム珈琲は、たまりませぬ。さっき、シャワーのあとで靴と靴下を裸足にごむぞうりにして、スラックスを短パンに、トレーナーをタンクトップにモデル・チェンジ☆あーさっぱりした!さっぱりしたのには、もうひとつ訳があります。実は、ビエンチャンでの出発までの待ち時間に、日本を出発して以来、ほんとに久しぶりに衛星版発行の朝日新聞と日経新聞を読んでいたのですが、その何日かぶんの拾い読みのなかで角田光代さんの直木賞受賞を知りました。ここ10年ほど、ずうっとひいきの作家として新作が出るたびに欠かさず読んでいたひとだったので、彼女の受賞直後のエッセイを読んでいて、自分でも思いがけずぼろぼろぼろぼろと涙が出て来て止まりませんでした。自分の脳みその中に、こんなにも水分が含まれてたのかと信じられないくらいに、腕でぬぐってもあとからあふれてきて、途中で文字がぼやけて読めなくなった・・。人目も構わず、その空港備え付けの新聞の記事部分をびりびりと破りとって、持参したベトナム語の会話帖の中にきっちりと折りたたんでしまっちゃった!てへ。どうしても、あとでこの1月19日付の角田さんの記事を読み返したくて、たまらなくなってさ。明日と明後日は、メコンデルタ地帯に泊りがけの旅に出ます。さっき、予約して来ました。これで上流近くと中流域の何箇所か、を制覇しているので、河口付近のメコン川を体験すると、その全貌の片鱗でも目撃したことになりそうです。そんなこんなで。なんか、子供みたいにわくわくしちゃいますねー。うちは、家族そろってそそっかしいんだけど、さっきはネットカフェにデジカメを置き忘れたままで、30分近くも気づかないでいて、あわてて戻ったらカフェのお兄ちゃんがデスクの引き出しに保管しといてくれました。汗「そんなもん、知らないよー」って、言われたらそれきりなんですけどね。せちがらいと言われがちな、異国の繁華街で。昨日は満月だったんですね。おいらが故障したバスのおかげで、月光浴をしたおとといは一番大好きな「14番目の月」だったみたいです。満月になってしまったら、もうあとはどんどん欠けてゆくだけなんだよね。もうちょっと、がいいよ。笑
2005年01月25日
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今回のリアルタイム旅日記も、いつの間に14日目になってまーす。実は、ラオス入国してから数日後からだけれど、予備のかめさん(デジカメ)のほうも、なんだかどうにも具合が悪い。シャッターが切れるときと切れないときがあって、写したい風景を写せない場面もしばしば。しかも、シャッターが切れないほうの確率がどんどん高くなってる!もともと、高性能のカメラのほうはチェンマイで回復不能な故障になって、宿のバナナに置いて来てしまってるので、一人旅のパートナーがここで去ってゆくのは、なんとも辛い。朝の散歩をしていて、近くの寺院をふたつばかりまわって、メコンの岸辺に出て対岸に見えるタイのノンカイの町並みなどを撮影し始めたら、再び撮影不能に。けど、時々思い出したように可能になったりするので始末が悪い。うーん。こんなことがなければ、ほんとは昨日も景勝地のバンビエンで下車した韓国人といっしょに、途中下車したかも知れないのに。明日から、真っ直ぐにバンコクに戻って、安物のデジカメを買ってしまおうか・・・それとも、後半の旅はそんなもののことは忘れて写真無しの行程にしちゃおうか、などと迷う。バンコクに出た場合は、そこを基点にもう一度くらい近くの国に出ることも、アユタヤやカンチャナブリあたりの馴染みの場所をゆっくり楽しむプランも。でなければ、ここラオスのビエンチャンからベトナムやカンボジアに直接移動してしまうのも、いいかなあ・・などと。そんな迷いを振り払うように、どうやら今日も熱帯の朝は良い天気。うーん。今日を入れて、残された旅の時間は10日間。短いような、ちょっとは長いような。宿に戻って、屋上でメコン川を見下ろしながら簡単な食事。りんごの丸かじりと、ミネラルウオーターと、フランスパンのオープン・サンドが空腹にはとても美味しく感じられる。そう言えば、昨日の夜にへとへとになって宿に着いてから、久しぶりに「熱い!」と感じられるホット・シャワーを浴びてから外に出て食べたラオス料理の屋台も涙が出るほどに旨かった!タイ料理とは微妙に味付けの違うバーミー・ヘン(汁無しの野菜あんかけ揚げめん)だったんだけどね。屋上でしばらくぼおーっとしてて、決断した。このままバンコクまで戻ってしまうのは、一番楽ちんな選択だけれど、せっかくここまで来ているので、今回は東南アジア4カ国周遊にしてしまうことに。宿の近くにベトナム航空のオフィスがあるので、さっそく足を運ぶ。ここで航空券を手配して、25日の朝10時10分のフライトで、ここラオスからベトナムのサイゴン(ホーチミン)に飛びます。ビエンチャンの空港使用税が10ドルだそうです。。。ベトナムは去年あたりからビザが不要になったので、めんどくさくなくっていいです♪そして28日あたりにはアンコール遺跡のあるカンボジアのシェムリアップに再び移動して、一休みの予定に。このあたりは、普通航空券なので日程の変更はどうにでもなるので、サイゴンに行ってみてからの気分で流動的。今月末にはカンボジアから陸路で国境越えしてタイに戻って、バンコクで数日を過ごして、旅の垢を落としてからの帰国になる予定。 ****** ******そういえば、日本で寒い思いをしてる配偶者から「緊急めえる」とやらが入りました。>まあちゃんの乗っている車ただでくれるというけど、乗る?型は、スズキアルト軽です。6月車検、乗っているキロ数59000位で、9年乗っているそうです。お返事急ぎです。・・・・・。どうやら、おいらの平成元年車のビッグ・ホーンもガレージでご臨終みたいです。永年愛用してるものと、あっちこっちでのお別れです。人生も、旅、ですねーー。キーマカレーのお昼を食べて、ドミトリーでいっしょのタイの女性旅行者としばらくラオスの話をして、彼女がドアをしずかに開閉して部屋を出て行った後に、気づかないままに眠っていたようです。ぐっすりと、短い間だけど熟睡しちゃった。思いがけない目覚めの中で、原因不明のなんと言うこともない「物悲しいやるせなさ」に身をゆだねてたら、外はもう夕暮れ時の日差しに変わってる。旅愁・・・・かな。たったひとりでいることの、心地よさと、さみしさが、甘いものになってる。旅の中でふいに訪れる気分。「かなしくてやりきれない」という唄が流行った時代がありました。
2005年01月24日
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ラオスのゆるやかな時の流れが、おいらの時間の感覚を狂わせています。昨日のルアンパパンでの1日は、ゆったりとした気持ちでの充実感たっぷりのひとときでした。町の何処を歩いても、狭い町なので前日までのメコン川を船で移動した仲間たちに出会うし、町の中に住んでいるひとたちが、どんどん顔見知りになって来るし、で。なんとなく、離れられなくなりそ。早朝、朝霧の僧院の庭でいっしょに焚き火を楽しんだ小坊主さんたち。通りがかりに、「美味しいかい?!」と、声をかけたら。週末の休みで、自宅の前で輪になって、ラオ・ソムタム(ラオス風パパイヤ・サラダ)をつついてる学生たちにすすめられ、さとうきびの輪切りと一緒に勧められました。学生と見えたのは、高校3年と2年の合計3人と、あとは20歳になったばかりの会社員のふたり、でしたが。いつの間にか、飲み物なども出て来て、ここで昼飯が済んじゃいました。汗・・・はるるの頭が、見事に短くなったのは、このひとたちが教えてくれた、椅子がひとつきりの近所の床屋さんです。(絶対に、地元の人しか寄りつかなそうなしょぼい店)笑でも、この床屋のおっちゃん、なんとなく関西芸人みたいな笑顔と体形で、つまんない冗談をカタコトで連発し、なかなかなごませてくれました。若いころのイタリア女優にそっくりな深いひとみをたたえ、絶妙の古式マッサージをしてくれた21歳の「メ」ちゃん。うーん、これで1時間400円は、安いです!こーゆーのが、「旅の醍醐味」って、言うんでしょうねえ。あとで、お茶の時間にチェンマイのおしゃれなお店で買っておいた、ひとつづつのどうぶつなどのキャラクターが全部違ってる、色とりどりのクッキーたちが詰まった小袋を差し入れました。夜は、船の中で一緒だった例のイタリア人に夜店を覗き回ってる背中に声をかけられ、吉本ばななや三島由紀夫がイタリアで有名なこと、など聞いたり。はるるが学生時代にコーラスをやってたときに散々暗唱したイタリア歌曲を一緒に歌ったり。彼は映画が好きで、日本の映画監督の名前を、かなり渋いところまで覚えていました・・・もちろん、コン・イチカワとかタケシ・キタノなどもね。そんなこんなで、居心地が良過ぎて動けなくなりそうな自分に鞭打って、今朝の7:30にカーン川の岸辺のホテルを出発、首都のビエンチャン行きのバスに乗るために、ターミナルに向かいました。予定では、8:30にルアンパパンのターミナル発。所要時間は、途中休憩も入れて約9時間の移動。夕暮れ時の5時半、まだ明るいうちに無事に到着の予定。・・・の、はずだったんですけど、なかなかそうは問屋が卸さない!良く故障することで知られる韓国の某大手自動車会社の大型バスは、最近は日本の中古バスに取って代わって、あちこちの発展途上国の悪路の上を走ってるのを良く見かけます。まず、出発してから1時間ほどして、「どすん」という轟音とともに、バスが途中の田舎町の路上でストップ。乗客みんなが野次馬になって、バスを降りてみると、鋳造技術の不備から来るのでしょうが・・大事なモーター周辺の一部が、折れるはずのない部分でポッキリと落ちてしまってます。汗近くの金属修理やで溶接などしてもらって、どうにかこうにか走り出したのは、1時間半のあと。そのあと標高1000メートル以上の尾根道を快調に走ってるとき、急にスピードダウンして、臨時停車。今度は、老朽化してるベルトの切断でした。もう、こうなったらこの状況を思い切り楽しんでやるしかありません。高原のさわやかな風に吹かれて、道端の一段高くなったコンクリートの上で、寝不足だった昨日の分を取り戻す、まぶたの上に青空の気配を感じながらの極上のお昼寝タイム。こんな風に、路上で運転手自身がメカニックとなって、車の下に這いつくばってる姿は、バスだけでも幾つも途中で目にしましたから、あまり珍しいことではないようです。途中の道の中では中間地点にあたる町、バンビエンはベトナムのハロン湾や、中国の桂林にも似たスケールの大きな奇岩の山々が林立する、水墨画のような世界に囲まれた場所。10年ほど前までは、ただのちいさな田舎町だったのに、ラオス北部から首都ビエンチャンへの観光客ルートが確立して、次第ににぎわいを見せ始めている。この現実の山水画の風景の中を、リバーカヤック(カヌー)で川下りするようなツアープランを提供している旅行社などもあるようだ。エコ・ツーリズムやワイルドなアウトドアを標榜する専門的な旅行社を、ルアンパパンなどでもいくつか目にしている。すっかり時間が遅れて、暗くなった夜道を走ると、突然にヘッドライトを始めとするすべての電気系統が切れたっ!バッテリーがスパークしたらしい・・。夜道は危ないので、マシンガンを腰だめに構えたボディガードの兵士が修理のかたわらに立つ。見上げると、深い暗闇だと思っていた風景は、満月のお月様に見守られてた。目が慣れて来ると、美しい月明かりの田園風景。虫の声さえしない、沈黙の中の銀色の世界。ショーシャンクの空の下で、を真似て。両腕をいっぱいにひろげて、月光浴のつもりで夜空に向かって広げていたら・・・突然。バスのヘッドライトが回復して、まぶしい光の中に立っていた。みんながぱちぱちとまばらな拍手してるのは、奇妙なおいらの行動に対してか、修理の回復になのかは分からない。けど、これでビエンチャンにたどりつけるのは間違いなさそう・・。なんやかんやで、到着は9時近くでした。昨日までの宿は30ドルのちゃんとしたホテルだったけど・・。今夜は急転直下、安宿のアメリカドルで2ドルのドミトリー。笑メコン川のすぐほとりの宿です。対岸はタイ領の「ノンカイ」という町。
2005年01月23日
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いいかげん、伸びてきた髪の毛がうっとうしいので「短くしてくれ!」と、床屋のおっちゃんに言ったら、思いっきりうんうんとうなづいてくれたので、ちょっと不安になったけど・・・任せることにした。ZZZZZ...しばらく目をつむっていて、うつらうつらしていたらしく・・・ふと、気付いたら確かにおいらの頭の髪の毛が、気持ち良く短くなってました・・。なんだこれ。G・Iカットと言うよりは、殆ど『坊主頭』じゃん、これ!いやあ、地元住民よりは随分とていねいにやってもらって、耳掻きやマッサージまでしてもらい、しっかりとヘアダイまでもやってくれての、現地通貨で550円あまり。ちょっと、高いような気もするんだけど、まあいいか。今朝は、朝霧の中の托鉢僧の行列を見るために、5時半頃に起きてしまって、いささか寝不足でした。朝はちょっと冷え込んで気温15度くらいだったみたいだけど、今は30度を越えて晴れ渡り熱帯の午後の日差しがきついです。(この続きは、「おひるね」のあとで)笑夜の歩行者天国のマーケットで、地元のひとたちが地べたにござをしいて酒盛りしてるのに、まぜてもらいました。声を聞かないでいると判らないくらいにキュートなおかまちゃんと、仲良くなりましたよ。明日はラオスの首都のビエンチャンまで、バスに乗って9時間の移動をします...
2005年01月22日
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チェンマイからまるまる3日間かかって、やっとこ着いた「ラオスの宝石」のような古都、ルアンパパンです。たくさんの美しいお寺が町並みに溶け込んで、ひっそりと息づいているようなメコンのほとりの山に囲まれた別天地。いやあ、ここにたどりつくまでが、ほんとに「えらいこっちゃ!」でしたよ。汗ほんとの話。昨日なんか、出発の船の時間が4時間も遅れたり、途中に寄ったトイレ休憩&おやつ買い物タイムには、貴重品以外の自分の荷物を全部載せたままの船に目の前でおいてきぼりにされちゃったり。(ほんとうに、そのまま目の前で行ってしまったんです。汗)岸辺に残された乗客は6-7人ほど。全員、スローボートのスタッフが「気をつけてよ、1分か2分しか待ってないからね」と言うのを、冗談だと思って真に受けなかったひとたち。確かに、タイ北部からラオスへの玄関口のフエサイからルアンパパン行きの船は1日にいくつも出ているけれど、はるるたちの船は出発がお昼の12時を過ぎていたので、最後のほうだった。幸いなことに、たまたまその後にもう一便だけの船があったのでなんとか途中の宿泊地パークベンまで便乗させてもらうことに。。。笑荷物を載せた船もちょっとだけずれて、この停泊地に来ていたので、無事に再会。汗メコン川のこの流域は深い山岳部に挟まれて、けっこう複雑な渦を巻いたりする急流や、衝突の危険もある隠れ岩なども多くて、ベテランの船長さんでも夜間の航行は全く不可能な状態。もし、目的の停泊地に着く時間が無いままに暗くなってしまうようだと、何も無い途中の村や岸辺で夜を明かさなければならないことになるそうです。ぼくたちの船が、フエサイとルアンパパンの中継地点パークベンに到着したときには、すでに日もとっぷりと暮れてしまい、明かりの設備というものが全然無い客席も真っ暗。まさに、危機一髪でたどりついた宿泊地でした。はるるが泊まった一晩だけでも、3回くらいの停電があったくらいに電力の供給は不安定な村で、インターネットなどは夢のまた夢の、おはなし。昨日のリアルタイム日記はとうとう書けませんでしたっ!停電ではなくても、村の明かりは暗くなったり明るくなったりの波があって、レストラン(というか食堂)の中でも、まるでお化け屋敷のようにうすぼんやりとしたり。テーブルごとの太いキャンドルは、決してロマンティックな意味があるわけでなく、極めて実用的な理由みたいです。でも、こんな場所でもしつこくラオ風マッサージつゆーやつにトライしてみたよ。まだ年若い、というよりは高校生くらいの顔立ちのおんなのこが、かなり本気を出して強めのツボ押ししてくれて、もうただただうっとり。「とても上手なマッサージで、すごく気持ち良かった」と、タイの言葉で伝えると、玉の汗をひたいで光らせながら、まぶしそうな顔で微笑んでくれました。さて、このラオスもベトナムやカンボジアと一緒に「仏領インドシナ」として、フランスの植民地時代が長かったので、焼きたてのフランスパンは、どんな片田舎に行っても買うことが出来ます。観光用というよりも、庶民の生活に溶け込んでいる食文化なんですよね。野菜やくだものや、ハムやチーズやベーコンにツナ、なんでも好きなものをリクエストして、おおきなサンドウイッチをこしらえてもらいます。だいたい、100円前後のことがおおいかな?!朝食は、それとコーヒーか紅茶で1万5千キップ。「キップ」と言っても、電車の「キップ」ではありません。ラオスの通貨単位が「キップ」と言うんです。およそ、1万キップが、日本円で100円前後になるようです。(まだ、この初めての国の通貨に自信が無い、はるるさん)今日の朝こそ、何とか無事に時間通りに進むかと思えば、1泊しかしないはずのパークベンに2泊してしまったフランス人の6人が、乗れるはずのない昨日の便の切符で船に乗り込んで、定員オーバーに。乗船名簿と照らし合わせ、パスポートや切符を照合するハメに。船のスタッフやら旅行代理店まで巻き込んで、今日の切符代金を改めて払え、払わないでおお揉めに。あげくは、船のスタッフが船を下りて岸辺に座り込んでしまい、「6人が払うまでは船は出さない!」と、ストライキの様相に。これには、普通に乗っている乗客たちも、最初は乗り間違えたフランス人グループを応援してるひとも居たけど、みんなして意固地になってる彼らを非難し始めた。さすがに、リーダー格の頑固一徹の強気で押し通していた白髪混じりのフランス人のりりしい女性(むかしは、さぞや美人だったろうなという風情の中年過ぎのヒトでしたが・・)も、笑顔で折れて。あっけない幕切れの「FIN」は、2時間遅れの出航。とたんに、船の中はなごやかな空気に包まれ、あちらこちらで「ビヤラオ」ラオス・ビールでのにぎやかな酒盛りが。笑昨日の6時間に、今日の6時間。周囲ではいろんなことがあったけれど、はるるにとって、そんなことは取るに足らない出来事でした。メコンの豊かな水量に抱かれて、どこまでもどこまでもどこまでも、果てなく続くような緑の山と森と丘と林が繰り返される風景には、圧倒されていたんです。そのほとんどが険しい山岳地帯とジャングルのラオスという国土には、132の少数民族たちがモザイクのように点在する内陸山岳国で、経済的にも不利な状況に置かれたまま。人口も、国全体で約530万人しか居ません。事実、この2日間に渡って移動したメコン川の周囲には集落らしい集落はほんの数えるほど。ヒトの気配の感じられない、空と川と森が、永遠に続いている自然の世界のような、錯覚が。けれど、岸辺で出会った動物の数は覚えてるだけでも、けっこう居たなあ。一番多いのが放牧されてるんだろうけど、岸辺で自由に歩き回ってるうしさんたち。あとは、ぶた、やぎ、いぬ、にわとり、など。森林を伐採している現場では、おおきな丸太を運んでいる労働中のぞうさんの姿も、ちらほら。ほれぼれとするくらいにおだやかで理知的な顔をしたドイツ人の男性は、足の不自由な小柄な奥様と一緒に旅行中。おいらが3週間とちょっとの旅行だと言うと、リタイアして65歳だから、暖かい国への3ヶ月の休暇なんだそうです。彼と同じ年のカナダ人の大酒のみ、その大柄な彼よりもさらにひとまわり大きな身体のオランダ人の髭づら。チェンコンの宿から一緒のイタリア人。そのむこうでは、スウェーデン人の若いカップルと、フランスからのおんなのこたち。みんなで、メコン川を流れて行きながら、酔いにまかせてる。映画俳優にしたいような渋いドイツ人が、ウインクしながらイタリアに内緒だぞと耳打ちして来る。「今度、世界征服するときにゃ、イタリア野郎を混ぜないで、計画しようぜ」だと。どうやら、第二次世界大戦の三国同盟のことらしいぞ。笑なんだか、このままこの船に何日も何日も乗り続けて居たいような、からだの奥深い場所からの満足感が、ふつふつと湧き上がって来るのです。興奮でもない、感動でもない、ふしぎなやすらぎが、ボートのエンジン音と、みずしぶきの音に包まれて、天の方角から降りて来るような。さて、ルアンパパンの船着場には、午後4時前には着いたので、落ち着いたたたずまいの町並みを楽しみながら、ゆっくりと歩いて予約してあった宿にチェックインできました。サイナームカーンホテル。フランス植民地時代の昔の家屋を改装したスタイルの、シックでどっしりとしたつくりの部屋は、メコン支流のカーン川を見下ろす位置にあって、眺望は最高。アメリカドルで30ドルがリバーサイド・テラス付きのツインルームのお値段、たまにはちょっと贅沢しなきゃ。と言っても、3千円と少しなんだけどね。目抜き通りを通行止めにして開かれていたナイト・マーケットで地元の数々のおやつを買い食いしながらてれてれと歩いて、やっとこさインターネット・カフェを発見!これを書いています。でもでも、明日の早い朝に起きなきゃ。ちいさい町ながらも80の寺院がひしめく世界遺産のこのルアンパパンで、数多い僧侶たちの托鉢する静謐な姿を見ることが出来るんです。
2005年01月21日
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今日は、タイの最北部の静かな町チェンコンに泊まることに。目の前を流れる東南アジアの大河メコン川をはさんで、対岸にはラオスのフエサイの町が見えます。宿の名前は<NAMKOHN GUEST HOUSE>で、ラオスへの渡し舟乗り場の前にあります。ゲストハウスの2階のテラスから、ゆっくりと行き交う船の姿が見えて、ほんとにのどかな時間をシャワーのあとに、しばしぼんやりと過ごしました。なにもないけれど、なんでもあるような、至福のひととき。ちょっと歩いただけで、直ぐに町をひとまわりしてしまいそうな、こぢんまりしたところなのに、ADSLの高速通信を売り物にしたインターネット・カフェがいくつもあるのにはびっくり。今朝は、チェンマイを午前10:30頃に出発。途中何回かの休憩と食事タイムをとっても、午後4:00には国境のちいさな町のゲストハウスに着いてしまいました。夕食は6時半で、朝食は7時半。明日の出発は8:00だそうです。ラオス入国を済ませてから、対岸のフエサイを出発する明日のスロー・ボートは、目的地のルアンパパンに到着するのには、さらに途中で1泊して、翌々日のことになるんだそうな。改めて、ほんとうに不便な場所での長い距離の移動なんだなあ・・・と、うれしさがこみあげて来ます。日程にゆとりのある個人旅行で初めて可能になるコースなんですよね。笑そろそろ、夕暮れの景色が楽しめる時間なので、裸足にゴムぞうり、短パン姿でなまぬるい熱帯の川風が、涼しいものに変わって行く瞬間を味わいに、散歩に出ます。(宿のとなりのネット・カフェが深夜までやってるというので、続きはあとで・・)もう、周りに日本人は誰も居ません。少なくとも、あと数日はこんな毎日かなあ・・・。今夜の夕食のテーブルで一緒だったのは、3ヶ月の休暇だと言って、とても陽気な身振りで真っ先に自己紹介したイタリア青年。それと、今は無職でずっと旅を続けてるけど、お金は時々英語を教えて稼いでると言う、イギリスのウイットに富んだブロンド女性。なんだか、天使うさぎの絵葉書がいたく気に入ったみたいで、「ホームページを見ればもっともっと沢山のうさぎさんに逢えるよ」と教えてあげたら、とても嬉しそうにウインクしてました。笑チェンマイで、英語とタイ語でおいらの名前の入ったオリジナル名刺をこさえたので、そこにメルアドとホームページアドレスもプリントされてるんです♪絵葉書の一枚くらい、どれで好きなのを選んでいいから、あげますよ、などと言ってあげたら。ホームページにいっぱいのってるとやらの「天使うさぎ」さんの画像から、自分の好きなようにプリントするから、いいわよ・・・だそうです。Tシャツにでも、プリントしちゃおかな?なんて、言ってました。笑もうひとり、「イズなんとか」って、国名を名乗ったやたらにひょろ長く背の高い男性は・・・よくよく、聞き取ってみると、イスラエルのひと、でした。彼の休暇は1年間。これでピンと来ました。爆弾テロとか、周囲の敵性アラブ諸国との武力衝突が絶えない中での数年間の徴兵制度の兵役を終わって、世界放浪の旅に出掛けるイスラエル青年男女(女性にも、平等に兵役の義務があります)のことは、けっこう知られています。自分がいつ死んでもおかしくないような、命のやりとりの現場から開放された感覚というのは、平和国家に安穏と住んでいるぼくたち日本人には、一生わからないものなんだろうなあ。みんなで、音楽や小説の話をしたけれど、唯一、全員で一致したのは、あの「ハリポタ」でした♪この町の物価は、バンコクとチェンマイのちょうど中間くらい。田舎だからと言っても、何でも安いわけじゃないんですよね。インターネットは1時間40バーツ。タイ古式マッサージは1時間150バーツ。これから向かうラオスは、物価が安いのかと思ったら、意外にそうでもなくって、チェンマイあたりと同じか、それよりも少し高いくらいだそうです。需要が多くて、それを供給するほうの体制がそれほど整っていなければ、平均的に物価の安い国でも旅行者用の値段ってのは結構高止まりしちゃうものなんですね、きっと。ちょっと前の、中国みたいに。さっき、さすがに夜になって冷え込んで来たので、長いズボンをはいて出掛けて古式マッサージを1時間やってもらった帰り道で、夜になると俄然、元気が出てくるイヌたちの群れに追いかけられ、足首のあたりを咬まれそうになりました。汗ズボンの上からだったので、傷にはならなかったけれど、日本以外の国では狂犬病の感染があるから怖いです。熱帯地方のイヌたちは、昼間の間は死んだふりしてるみたいに、やたらにぐだぐだしてるウスノロみたいなんだけどねえ。汗人通りの少ない、暗がりの夜の道には気をつけようっ!!
2005年01月19日
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このところ愛用していた10倍ズームのデジカメさんが、旅の途中でお亡くなりになってしまいました。ううう。合掌。さて、困りましたが・・・こんなときのために、予備で買っておいたファイン・ピクスのシリーズで400万画素クラスなのに、中古で6千円だったコンパクトなデジタル・カメラ。ズーム機能などはまったく無い、標準レンズのみの普及版。とりあえずちょっと不満はありますが・・・これで、この後の旅の映像報告をすることになりそうです。今朝もまた、さらに早起き。まだ涼しい早朝の5:30にバイクを発進させて、鮮やかなオレンジ色の袈裟をまっとた僧侶たちの裸足の行列を横目で見ながら、チェンマイの町を南北に貫くピン川の岸辺へとアクセルをふかします。たったひとりきりで、うずくまったままぴくりとも動かない若い女性が、昇る陽射しのきらめきの中でカメラの画像に何枚も収まったのが、とても印象に残りました。今日は、明日からのラオスの国境越えのために、荷物の整理と両替など、うかうかしてられない。でも、その合間にまだまだチェックしていない寺院やお店や施設など、頭の中のおおまかな地図を頼りに、郊外も町の中心部も目分量で走り回る。何日間か滞在している土地が、だんだんと自分の血肉に変わってゆく、ぞくぞくするような実感が湧いてくる。馴染みの屋台のおっちゃんや、行き付けになったネット・カフェの若いお母さん、古式マッサージのおばちゃんたち。町ですれちがうだけで、笑顔でおいらの名前(愛称)を呼んでくれる・・・。チェンマイ地元在住の知り合いが、自然に増えてくるのは、ホームページのリンクが自然増加してくるのと同じくらいに、楽しいことです☆そのなかで、今日のお昼近く。高級住宅街のなかにある、静かな庭付きタウン・ハウスの並んだ通り(タノン)で、その半分近くがお洒落なアートクラフトや雑貨の店に変貌したことで、近頃有名なエリア。アロマテラピーのキャンドル中心の店のとなりの、普通の住宅で。学生風の若いおんなのこが、きれいな庭の水辺で熱心に本を読んでいる姿に見とれてしまい、「あのー、庭の写真を撮らせていただいて、いいですか?!」と、思わずおぼつかないタイ語で、声をかけてしまいました。「いいですよ、こちらにどーぞ」と、可愛らしい英語でガーデン・テーブルに面した椅子をすすめてくださる。あろうことか、奥ににひっこんだと思ったら、トレイに水とビールとソフトドリンクを乗せて来て、「お好きなのを、どうぞ」と、言ってくれた。ほんとは、ここは遠慮しなきゃいけないトコロなんだろうけれど、ちょうど走り回って喉も渇いていたもんで、思わずタイの名物ビール「シンハー」に、手が伸びてしまいました。笑気ままな一人旅には、ときどきこんな出会いもあるんですよね。彼女は近くにある名門のチェンマイ大学の3年生で、ちょうど午後からの講義だったので午前中は自宅で過ごしていたところだったようです。広い庭の付いたタウンハウスの家賃を聞くと、「8000バーツ」とのこと。日本円にすれば、2万円ちょっとだから、お手頃どころか格安値段だけれども、タイの庶民感覚から言えば、月収が4千バーツくらいのひとだってゴロゴロしてる社会なので、きっとハイソなお嬢様なんでしょうね。日本に戻ったら、スクーターに乗った女子大生の姿と、きれいな庭の映像をアップしますね。笑ツリーハウスの倉田さんや、日本食をいっしょに食べてくれたじゅんさん、今日もお世話になりました。さて、明日からのラオスは交通事情や通信の環境に不明な点が多いので、ひょっとしたら何日か日記が途切れたり、ローマ字になっちゃうかも知れません。陸路を6時間移動したあと、メコン川のほとりの国境で1泊して、翌日はスローボートでゆっくりとアジアの大河の景色を楽しみながら、世界遺産の古都ルアンパパンまでの丸一日がかりの旅です。そこから先のことは、現地に行ってから考えます。それでは、また!
2005年01月18日
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今朝は珍しく、いつもより1時間早く6:00に起床。せっかくだから、このチェンマイに滞在しているうちにやってみたいと思っていたことを、実行に移した。・・その目標は、夜明け前にチェンマイ盆地を一望のもとに見下ろす、宿からはバイクで片道40分ほどの高い山の上に存在してるドイ・ステープ寺院に登って、朝焼けを見ること。これはもちろん手元に、24時間のレンタルをしているバイク(貸し出し料金は1日当たり450円ほど!)があるので、可能な計画。早朝の道路は思ったよりもクルマやバイクの走行量が多かったけれど、道にも迷うことなく、郊外のチェンマイ大学や公立動物園の正面を過ぎて、山道にさしかかってしばらくすると「ドイ・ステープ寺院まで、10キロ」との表示が。あれまっ!山道での日光いろは坂のような、ぐりんぐりんの行程がけっこうありました。南国とはいえ、北部山岳地帯の早朝はさすがに冷え込んで、すれちがう托鉢の僧侶たちの裸足の足取りも、こころなしか足早だ。半そでのTシャツの上に長袖のフリースを重ね、ウインドブレーカーをはおったんだけれど、50-60キロで走っていると少し肌寒い。雲海のように見える朝霧が、ドイ・ステープ寺院から見下ろすチェンマイ市街をつつんでいたけれど、斜めから射してくる朝日に染まり始めると、みるみるうちにはかないものになってゆく。ある一瞬、その朝霧のかたまりが嘘のように虹色に変化して、消える・・・消えてゆく。ぼんやりしている間もなく、8時過ぎのトレッキング集合時間に余裕で間に合うように、ドイ・ステープ寺院を守る蛇の守護神ナーガが横たわる、長い階段を下りた。8:30集合で9:00ちょっと前には出発!ベトナムからカンボジアを周って、タイもチェンマイも始めてという教育関係のおしごとしてる「たけちゃん」と、タイは10回目とかいう福祉関係の仕事やってる「じゅんクン」のふたりが、はるると一緒に参加したチェンマイ・トレッキングの盛り沢山ワンデイ・ツアー。こてこての関西人と、中京地区に長いこと住んでるひと、それに関東人のはるるで、奇妙なアクセントが飛び交う。笑中身は、とっても快適で楽しかったです。竹製の危なっかしいつり橋を渡ってメオ族の村を訪ねるハイキングに始まって、ぞうさんに乗って山を登り、川を下る楽チン&エキサイティング・コース。山間のちいさな集落でのランチタイム。カレン族の村で機織りのかたわらで勝手に走り回る、ぶたやイヌ・ねこ・にわとりさんの相手したり。けっこう大きな滝つぼで、水しぶきのシャワーに汗をひっこめたり。最後には、人の手の入っていない美しい渓流を、竹製のいかだに乗り込んで、ときたまの鳥の声と水音しか聞こえない、緑あふれる夢のような風景の中を、ゆっくりゆっくりと川下り。夕方の5:00過ぎに出発地点の宿に戻って、ひとやすみ、ふたやすみして、ネット・カフェへ!これを書き終わったら、今日のトレッキング仲間と夜のチェンマイにディナーのために繰り出します・・(詳しいトレッキングの中身は、あとでね♪)☆なんか、バンコクの地下鉄で大きな事故があったみたいですね。おいらが4-5日前に乗った路線みたいです。汗今夜の夕食は、ひとり80バーツ均一で焼肉としゃぶしゃぶ鍋のようなものが合体していて食べ放題という、チェンマイでの庶民たちに現在流行中のレストラン「ヌアガタ」へ。夜8時、到着してみると大賑わいで、数百人ぶんの体育館のように広いお店は満席状態。そのなかで、たった今、前のお客が席を立ったばかりの窓辺のスペースを見つけて、すばやく確保。すごい火力の炭火が入った七輪を、さっそく店員が持参して来てテーブル中央にセッティング。あとは、バイキング形式で店の中央に盛り付けされた、30ー40種類ほどの各種の肉やソーセージ、豆腐や魚や野菜などを自分たちで自由に小皿に取って来るだけ。しゃぶしゃぶ鍋の中央が、焼肉のプレートになっていて合体しているものを、想像してみて下さい。笑中央部では、いろんな肉がじゅーじゅー焼けて、その周囲には特製のスープがたっぷりと煮え立って、豆腐や春雨やつみれや野菜ばかりでなく、インスタントのチキン・ラーメンみたいな乾麺までも用意されてて、なかなか懐かしい味。何種類もの牛肉や豚肉、魚やつみれなどはありましたが、さすがにインフルエンザの影響か、鶏肉ばかりは存在していませんでした。チェンマイ近郊で栽培されている数々の野菜がとりわけ多くって、その新鮮な味が格別でした。特に、はるるにはランパーン西方の山岳地帯で採れたという、高原キャベツが、やわらかくジューシーな甘みがあって、何度もおかわりしちゃいました。ペプシやビールやフルーツを別枠でさらに追加注文しても、トータルの勘定は325バーツでしたので、焼肉食べ放題に、しゃぶしゃぶ鍋がついたものをメインに1時間半ほど思う存分に食べまくって、一人当たり300円弱ということになります。あとは、最後の仕上げに260円ほどで、近くのタイ・古式マッサージを1時間きっちりとしてもらい、ぐっすりと眠るだけ・・。笑
2005年01月17日
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昨日は挫折してしまったバイク・ツーリング。固い決意で(?!)今日は準備万端、9:00ちょうどに簡単なレンタル契約書を書いて、HONDA製品でカブタイプの125ccクラスのキーを受け取りました。朝方、近くの市場の前の屋台でカオ・トムを食べてたら、サムローの運転手がとなりのテーブルで7歳のムスメといっしょに朝ご飯してた。「半日貸し切りで幾らくらい?」と、たずねたら。「そうだなあー、主な3・4個所くらいの案内して300バーツになるかな」と答える。「実は、モトサイ(バイク)で走ろうと思ってんだけど・・」と打ち明けると。「そうだよな、150バーツで気ままに1日中走ったほうがいいよ」と、タイ人らしくあっさりとアドバイスもらって、自分でうんうんと心でうなずく。ラオス・ビザの代金に、バイクの借り賃、ゲストハウスの宿泊費と、ラオスの古都ルアンパパンまでの宿泊費・交通費などを考えると、そろそろまとまったお金を両替しなきゃ!(そんなこと言っても、2万円ぽっきりだけどね)どうやら今日は、世間様では日曜日ということになっているらしい。笑毎日が気ままな休暇の旅の空の下に居ると、あっという間に曜日の感覚どころか、日付の記憶もあいまいになって来ちゃう!ゲストハウスのおちびちゃんたちが、小学校が休みなもんで、朝からうろちょろしてるので、やっと気付いた。汗まだ、朝のうちは風を切って走るバイクは、熱帯の国でも高原の町のチェンマイでは肌寒く感じます。Tシャツの上に、厚手のトレーナーを重ねてちょうどいい程。両替所に行くと、昨日よりも円のレートが良くなってた!1万円あたりだと、バーツ交換が3700ちょっとなので、しめしめ、しめこのうさぎさん☆チェンマイから北方のファンに向かう道路を、1時間近く走って。看板を見つけて右折してさらに10キロ。そこに、チェンマイ名物のエレファント・キャンプがあります。ここの良いところは、そもそも見世物としてスタートしたものでなくって、元来タイのひとたちが大好きなぞうさん(チャーン)の生活を、なんとか快適に楽しく過ごせるようにと考えられているところ。象の生涯にとことんつきあって、寝食ををともにしている「ぞうつかい」の暮らしをしているひとたちは、代表的な山岳少数民族として知られているカレン族のひとびと。動物と人間とはいえ、その両者の感情の交流にはディープなものがあります。それを証明するかのように、このキャンプのぞうさんたちのアトラクションの水準は、ほんとうにハイレベルなもの。笑(あ、お腹がすいたので、この続きは寝る前にでも・・・)ええと、きちんと日記更新しようかと思ったんだけど、ビア・チャーンの大瓶を2本空けてしまった今となっては、それもゆめまぼろし・・・。頭の中はすっかり何の役にも立たないの、ウニ状態でやんす。とりあえず、本日のその後の報告だけでも・・・。ぞうさんのキャンプに2時間ほど滞在して、普段着の姿をたっぷり堪能したあとは、帰り道にあったオーキッド・ファームへ寄り道。日本語で平たく言えば「観光ラン園」ってとこかなあ。でも、ここは温室じゃなくって、ランの花そのものが自生している土地なので、咲き誇る勢いが違ってました。入場料金は、20バーツなので50円ちょっと。宿のバナナに戻って、昼食に北部タイ名物のカオソーイと、チャーン・ビールで一息。明日のトレッキングの予約を確かめ、部屋でデジタル・カメラの電池の充電を取り替え。町を南北に流れるピン川東岸に沿って、しゃれたアジアン雑貨やアート・クラフトのお店が連なっている、シックな通りにバイクで向かう。いやあ、ほんとうに外装も内装もエレガントで、個性あふれる商品が揃った粒ぞろいの店舗がどんどん増えています。その中でも注目だったのが、100年以上も経過している古い屋敷と、同じような年を重ねているような巨木を切断したりせずに、そのまま伝統家屋のスタイルをとった2階建ての店舗に取り込んでしまった、「TREEHOUSE」という、こないだのクリスマスの日に出来たばかりの処が、圧巻。オーナーの倉田ナリーさんは純粋のタイの女性。20年ほど前に現地で結婚したご主人は、去年までソニーの幹部社員で、40歳代の早期退社をなさって、永年慣れ親しんで愛するチェンマイ暮らしにチャレンジだそうです。あまりに沢山のクラフトや雑貨・美術品などのお店がありすぎて、一生懸命に見て行ったら、とうとうひとつの通りで半分ほどしか見ていないのに、ピン川の川面が暗くなってしまいました。こんな風に本格的なショップが並んでいる通りが、チェンマイの町の中だけで4ヶ所以上もあるそうです。いやあ、なかなか楽しみの奥が深い「北の薔薇」・・・おそるべしっ!再び宿に戻ってからは、スタッフたちと酒盛りが始まってしまい・・・とうとう、日記は日本時間で午前様。あしたは、トレッキングの1日ツアーで、竹製イカダで川下りしたり、少数民族の村を訪問したり、ゾウさんの背中に乗って山を横断したりと、盛りだくさんのメニューのようです。
2005年01月16日
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いつものことだけれど、旅先ではぐっすりと熟睡しちゃいます。健全な目覚めは、7:00ちょうど!!昨日やおとといよりは、1時間ほど寝坊してます。汗しずかで清潔な一人部屋を、1泊100バーツで確保してるんだけど、窓から空を見上げるとうすぼんやりと曇ってるような、晴れているようなあいまいな色。朝一番で宿のバイクをレンタルしようかと思ったら、手持ちのバーツ資金が底をついているのに気付いた!汗思ってみれば5日前の深夜にタイのドムアン空港に到着したとき、1万円札を1枚だけ両替して、そのままだった・・。前の旅行のときに使い残していたバーツの小銭が数百バーツ、手元にあったので、それと合わせておよそ4000バーツ(1万1千円ほど)で今朝まで過ごしていたことになる。タクシー代金や宿の宿泊代、飲食費にコンビニなどの買い物、船賃や夜行列車の切符。どれをとっても高くてもせいぜい数百バーツ単位の世界だったので、あまり減らないわけだ。11日にバンコクに来てから、15日の朝に残り200バーツちょっとになるまでに、スタイル抜群ボディコン超タイトミニ姿のカラオケおねいさんへのチップを除いて、トータルで8千円ほどお金を払ったのだろうか。いちばん散財したのが、昨夜チェンマイの日本人会でメンバーシップになっているという高級カラオケ・クラブでの、おんなのこの指名代金みたいな名目の1000バーツだものなあ。笑まあ、日本の「お水」関係の相場としては、そんなに高くもないんだろうけれどね。チェンマイ旧市街をぐるりと取り囲んでいる掘割に沿って、ゆっくりと異国の朝のたたずまいを楽しみながら、昔の都市城壁跡を再現しているターペー門に向かって進む。確か、前回の記憶によればターペー門のちょっと手前に、銀行経営の両替所があったはず。(ここで、手持ちの日本円のキャッシュを、現地通貨のバーツに換えてもらう)歩道や緑地公園に平行して走っている道路の上は、バンコクのメータータクシーやオート三輪のトウクトウクに代わって、圧倒的に荷台に乗客を乗せる中型トラックの「ソンテウ」が多い。あとは、洪水のような数の125ccクラスのオートバイ。間もなく、見覚えのある両替所にさしかかったけれど、開業が8時半。その前に、なけなしのお金(バーツ)で、ホテル直営らしい緑あふれるテラスに席を確保して、焼き立てパンとサラダのセットを注文。アメリカンとコンチネンタルのブレックファストには、ちょっと飽きちゃってるもんで。(昨夜はコテコテのタイ風料理だったし)ハムとチーズとソーセージにサラダとバターなどが一皿にきれいに盛り合わせ。選べるフレッシュ・ジュースに、コーヒーが付いて120バーツ。お洒落な白人リゾート客に混じって、ちょっとだけ贅沢気分の300円。チェンマイからのルートを、現地の英語パンフレットや日本語のフリーペーパーなどを参考に、いろろ検討しているとあっという間に時間が1時間ほど経過。さきほどの両替所に出直すと、数人の旅行者たちがならんでる。フランスのカップルと韓国のひと。おいらの番が来るまで、旅の情報交換めいた世間話を片言の英語で。交換レートは、1万円が3684バーツ。たいした移動をせずに、この街の中でうろうろしてる分には、1週間くらい暮らせるかなあ。古式マッサージに行ったり、飲み食いしたり、バイクを借りて走り回ってるだけなら。バナナのこずえさんに教わった、この近所の古式マッサージを体験すべく、目当ての店を訪ねると1時間で100バーツ。バンコクでの1時間マッサージの価格が200バーツ前後なのを考えると、ちょうど半額でネット・カフェの相場と似たようなもん。終わった後には、コーヒーのサービスが無料で付いてきた。あれよあれよと身も心もマッサージされちゃって、もう午前11:00近くに。さらに、その周囲のこどもたちと遊んだりしながら、ネットカフェに寄り道して、今日の前半部分のこの日記を書いたら、お昼過ぎちゃった!笑でへへ。なんか、「なしくずし」の1日になりそうな気配☆宿に戻るのは、ちょっと散歩に出ただけのはずだったのに6時間後になっちまった!相変わらずの、なんてこった、ぱんなこった☆☆☆・・・(昨日言ってた、バイクを運転して「ぞうさん」は何処へ行った?!さらに報告日記は夜に続く!!汗)お昼にいったん宿に戻ろうとしたら、知り合いの居ないはずのこのチェンマイの町角で、背後から大きな声で「はるるさあーーん!」と呼ばれて、ぎくり。昨日の午後、バナナのこずえさんと一緒にチェンマイの四方山話で盛り上がった妙齢の女性でした。バイクの前と後ろに、こどもたちを山盛りにして運転してる。笑はるるの大好きな熱帯アジアの、家族みんないっしょの3人乗り、4人乗りバイクの平和な姿です。昨日、本名は教えたけれど、ハンドル・ネームの「はるる」は知らなかったはずなので、どうやらこの「あやしいほむぺ」を読んで下さったらしい。やばっ!下手なこと書けないなあ。汗「あとでねっ!」「またねー」と、あわただしく別れたけど・・・別れ際にその子供たち山盛りバイクのりりしい運転姿をパチリと撮影☆日本人の彼女のご主人は、ゆうかんな山岳少数民族として知られているカレンだそうです。そう言えば、カレン族というひとたちは、ぞうさんとともだちになるのが得意技で、象使いとして活躍してるのは大部分がカレンのひとだそうです・・・いいなあ。地を這うようにして、何日間かかけてミニバスや乗り合い船などを乗り継いで国境を越え、アジアの母なる大河メコンを下って、ラオスの世界遺産の古都ルアンパパンを訪問しようという意欲が湧いて来ているので、そのためのラオス入国ビザに必要な写真を撮影しに、近くのコダックのお店へ。外堀通りにある写真やさんで、6枚100バーツの証明写真をもらって、目の前の交差点を西に進む。南西に向かって斜めにのびているウアライ通りで、2004年の11月から毎週土曜日に期間限定のバザールが開かれているのを聞きつけたので。笑ここは、昔から銀細工と漆工芸の集落として有名な場所で、それを核として趣のあるストリートになっている。歴史ある工芸や伝統音楽を広く知ってもらうためにと、売り子たちにはできるだけランナー王朝スタイルの服装をし、チェンマイ語を話すことがすすめられているそうです。まあ、それはそれでタテマエとして、楽しいことなら何でも大好きなタイのひとびとのやることなので、食べ物やさんから、野外足つぼマッサージのひとたち、ガス風船やさんに、にせブランドのバックなども入り乱れ、ゴッタ煮状態ですごいエネルギーが満ちてる☆おまけに、旧市街の南にあるチェンマイ門を外れたところに位置する通りが会場なせいか、白人観光客や日本人の姿もちらほらと見掛ける軽度で、大多数が地元のタイのひとたちなのも、なんだか観光地ずれしていなくってホッとさせてくれます。何百軒あるか判らない出店は、午後3時から夜10時までとなっているけど、暗くなるにしたがって人出も増えて、さすがい涼しい高原の街チェンマイでも熱気が湯気を立てて目に見えるような、お祭りのような喧騒で、うかうかしてると人込みにに酔ってしまいそうなほどの活気!ふだん、旅に出ても荷物が増えるのを敬遠して殆ど買い物なんかしないはるるさんだけど、見たことのないような製品がキッチュで安っぽいものから、うう-んとうなるような細工ものの伝統楽器など、歩いても歩いても夜店の明かりは果てしなく思えるほどに続いてる。あとで聞いたら、数百以上の夜店が歩行者天国になったウアライ通りだけでなく、そこに面した寺院の境内にまで広がってるらしい。入り口近くにある、ウアライ通りのシンボルにもなってるほこらの正面では、こどもたちがスマトラ沖地震による津波被害のための募金活動で、伝統楽器のライブ演奏をやってたので、おいらも小銭を少しばかり・・・。やっと、向こうのはじっこまでたどりついて、行きは通りの右側ばかりをひやかしながら歩いたので、帰り道は左側の出店をひとつづつたんねんに鑑賞してゆく。揚げたての串刺しドーナツをほくほく食べながら、いろんな南国の果汁を冷やしたものを飲む。その合間に、デジカメを使って、気に入ったお店のひとに質問したり、その外にも歩きながらの腹ごしらえで飲んだり食ったり、冗談で笑わせたり忙しい。全体の70%ほどをクリアしたところで、ちょっとギブアップ!何個所かでやってる、足のマッサージのところでおばちゃんたちに声をかけられて、一休み。お値段は、1時間で110バーツ、30分でなぜか59バーツ。んーと。ぼくがやったのは、130円くらいのコースでした。いっしょに、10人くらいのタイのひとたちがずらりと客になってるとこに混じって、いろいろとからかわれつつ、なごやかな異国でのお祭り気分。足をほぐされてると、今朝からずいぶんと歩きづめだったのが、再確認って感じ。どうやら今夜も、熟睡だなあ、こりゃ。
2005年01月15日
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昨夜9:30にバンコク発の夜行列車は、14時間半かかって、タイ北部の盆地にある旧チェンマイ王国に、12:05到着。こちらの駅前広場に降り立ったときの感触だと、ちょうど日本の真夏の那須高原のようなさわやかな気候です。朝の6時半ほどに明け染めた車窓からの空は、7時過ぎにはおごそかな日の出へと色を変えてゆきました。今回のチェンマイ行きの夜行の車両で、たまたまおいらが乗ったところは、真ん中が透明なプラスティックで仕切られていて、禁煙部分とそうでない席とが半分づつになってました。笑なんか、日本のファミリー・レストランみたいで面白かった・・。明るくなって、すっかり目覚めてしまい、食堂車や寝台車(2段が一等寝台、3段が二等寝台)、窓の開かないエアコンの座席の2等、窓が全開できるノンエアコンの2等の、2種類があるのを発見したり(どちらも、座席は飛行機のファースト・クラスみたいに間隔が広くて大きい)、あとは、普通の座席の3等車両などなど。鉄道警察官が、日本の鉄道公安官と違って、実弾をつめた口径のおおきな拳銃を携帯してるところは、さすがお国柄。駅弁というよりは、車内販売の列車弁当のほうが美味しそうだったので、ほかほかの山盛りご飯に、肉やさい炒めと、目玉焼きが乗っかって、30バーツに決めました。もちろん、わりばしなんかは付いてなくって、透明なプラスティックの「れんげ」みたいなかたちのスプーンが弁当のおまけに。飲み物は、地元のビールにするか、それとも缶コーヒーにするか、ミネラル・ウオーターにするかで迷ったあげく、めんどくさいから全部注文!笑つまみにポテトティップを買ったけど、それでもみんなまとめて300円しませんでした。(計算は合ってると、思うんだけど)バナナ・ゲストハウス(INチェンマイ)にチェックイン。この宿の女主人こずえさんと、そのおともだちが、カウンターに。(ふたりとも年齢不祥の美女・・・こう、書いておけば間違い無いでしょう。)その現地に在住している日本人女性ふたりと、すっかり話し込んでしまい・・・いい加減くたびれたもんで、古式マッサージへと繰り出すことに。こちらのマッサージ料金は、1時間で100バーツくらいが相場のようだ。日本円換算で260円から270円くらいだから、バンコクでの半分近く。やっぱり、都会のような田舎のような不思議な魅力のある都市。シャワーのあと、旅の洗濯物をひとまとめにして出しておいた。こちらのほうは、品物に関係なく1キログラムあたり30バーツで洗濯やさんがやってくれる。でもでも、マッサージに向かってゴム草履でぶらりと歩き出したら、ネット・カフェにずるずると。ここでもADSLなのに驚いた。しかも、1時間でネットの使用料が15バーツと激安価格。(日本円だと、40えんくらい?!)バンコクのカオサンでは、40バーツが普通で、安いところでも30バーツが限界だったのに。(この日記、現地時間で5時半頃に書いています。続きは夕食後に)すぐ近くのネットカフェから戻ると、すでに素敵なHPのCHIANGMAI MAP管理人をなさってるMさんが6時の時間通りにいらっしゃってた!(はるるさんは、この日記更新で5分ほどの遅刻!!)汗メールで待ち合わせての約束でした。。。。部屋に戻って着替える間もなく、そのまま迎えのクルマで、オススメのレストランに拉致される。笑カワイイぶたさんがシンボルのこのレストランの詳細については、あとで帰国してからゆっくりと紹介させていただきます。ビールと食事を、他のお仲間と一緒に楽しませていただいたあと、現地の日本人会のメンバーシップを所持しているというSさんのご案内で、高級カラオケ・クラブに。よしだたくろう「旅の宿」から、タイのアイドル・ポップスまで。きれーなおねいさんたちに囲まれて、うろおぼえのまま歌っちゃいました。Sさん、Mさん、素敵なチェンマイの「あやしい夜」をありがとうございます☆あっと言う間に10時過ぎ。日本時間だと、真夜中の12時です。あれれ、とりあえず日記更新しなきゃ!とゆー訳で、いかなる誘惑も美女たちの甘いささやきも振り払い、バナナGHの目の前のネットカフェに頼み込み、時間外営業でたったひとりのために延長してもらい、やっとこさほーこくお仕舞い!さあて、明日はバイクでぞうさんたちに会いにゆこうかな?!
2005年01月14日
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ぐっすり眠れたので現地時間7:00起床。昨日、手配したばかりの列車のチケットだけど、気が変って明日の朝の出発を今夜の9:30に変更しに、再び水上バスみたいな定期船に乗り込んだ。すると、対岸の町並みから日の出の気配。なぜだか、やっぱり冬だからなのだろうか、熱帯でも夜が長い気がする。もちろん、日本ほどじゃないけどね。明けそめた朝日にきらきら光る川面の向こう側で、タマサート大学や王宮のシルエットが浮かびます。エメラルド寺院やワット・ポーの尖塔があかねいろの空を、すがすがしく切り裂いて流れてゆきます。バンコク中央駅に着いたら、まだ7:40くらいだったので、昨日手配してもらった予約センター(みどりの窓口みたいなところ)は開いてなかった。けど、直接に切符売場にかけあって、なんとかなったので、まず一安心。つい最近、開通したばかりのこの国で初めての地下鉄駅の始発が、このターミナルから出ているのを思い出して、さっそく試乗してみることに。この1月から利用拡大キャンペーンがスタートしていて、初乗りから3つ目までの」駅は10バーツ。4つ目以降の駅が目的地の場合は、どこまで乗っても15バーツ均一らしいので、かなり安い。(40円位で、乗り放題だもんね)7つか8つくらい先の、スクンビット駅まで乗って、ダイレクトに接続してるBTS(モノレール)の「アソーク駅」に乗り換え、途中下車をサヤームあたりで楽しみながら、チャオプラヤ川の岸辺にある「タクシン駅」まで。ここで再び船に乗って、宿まで戻り、シャワーを浴びてちょっとお昼寝のあと、きのうと同じ店でモーニングサービス(お昼まで割引)に、ぎりぎり間に合って、極楽の古式タイ・マッサージ1時間400円ほど。このあと、近くの国立美術館と博物館を10年ぶりくらいで、見物して来ます。(この続きは、夜にでも)そろそろ薄暗くなって来て、バンコクにも涼しい風がちょっと吹いています。さっき、博物館を一巡りしたあと、館内にあるオープンエアのレストランで、サンドイッチとパンケーキを食べながら、350mlのチャーン・ビアを飲んでしまったので、なんとなく南国の風にふわふわした気分で家族などに、メールを。タイの国立美術館について、日本のガイドブックにひどいことが書いてありました。>タイ人芸術家たちによる近代・現代美術作品が中心で、目玉と呼べるようなものはない。ね、あんまりだよね。笑これじゃ、身も蓋もない!・・・・で、はるるが実際に行ってみてどうだったか、というと。悲しいことに、ガイドブックはけっこう当たってました。ま、30バーツだから、許す!一方、国立博物館の充実ぶりは、すでに今まで何度も訪問して解ってたんだけど、久しぶりに見るコレクションは、深い存在感をたたえた巨大な石造の象面神ガネーシャとか、かろやかな足取りを見せる独特の遊行仏、天女の舞いを地上に表現するアブサラの群舞とか・・・東南アジア最大かつ最高と言えるもので、美術館のついでに1・2時間くらいではとうていじっくりと鑑賞しているゆとりはありません。仏教関連の周辺諸国も含めた彫刻群は、かなり膨大な数になるので、あれもこれもと至宝のオンパレードで、時間のない最後にはとうとうめまいがしちゃいました。ここは、少なくとも最低半日くらいは時間をつくって訪問すべき、おすすめスポット。ま、仏教美術なんかに興味のないひとでも、「アジアのたましい」に直に触れることが出来る貴重な場所だと思います。不案内なひとには、日本語のボランティア・ガイドのサービスなんかもあるし。これで、40バーツの入場料金は、タイの物価を考えても「安い!」と、声を大にして言いたいっ!なんせ、日本円だと100円くらいだものね・・・。明日の日記はバンコクから800キロほど北方の古都チェンマイからの更新です。「北の薔薇」とも呼ばれる、美しい都市で、おしゃれな本場のアジアン雑貨屋さんが川沿いに軒を連ねています。
2005年01月13日
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クーラーのガンガン効いてるインターネット・カフェでこれを書いています。さっそくタンクトップに、麻のスラックスと、裸足にゴムぞうり姿になって。昨日のお昼ご飯は、配偶者と名残りを惜しみながら、風花がちらほらしてる木枯らしの中のサイゼリアだったのに、その24時間後は・・。日本ではもうお昼休みが終わりそうな時間ですね。バンコクのあるタイでは、時差が2時間あるので、もうすぐ午前11;00になるところ。カオサン通りの外れの並木のあるここでは、オープンカフェの大きな日傘の下で遅い朝食をたべてる白人の旅行者たちであふれています。1泊400円ほどのドミトリー(ベッドのたくさんある相部屋)に泊まって、今朝は早く起きてしまいました。(遠足の当日の小学生と同じだね!)笑角を曲がったところにある警察署のまわりには、今回の津波で行方不明になってる無数の旅行者たちの写真がずらずらずらあーーーっと、並んでいて、それを確認に訪問する人影が絶えません。さすが、世界中の安宿旅行者が集結する場所です!近道なもんで広い寺院の境内を横切って、そばの桟橋から船に20分ほど(20円)乗って、中華街近くのメナムを見下ろすリバービューゲストハウスまで足を伸ばして、絶景の中で川風に吹かれながら、パンケーキとフレッシュ・ジュースとコーヒーの朝ごはん。(270円)リバービューゲストハウス8Fレストラン、ベランダの眺め。そこでのんびりしたあと、バンコク中央駅まで10分ほど歩いて、あさっての朝8時30分のチェンマイ行きの国鉄の切符を確保しに。ついこないだまでやってた、TV朝日系列の「世界の車窓から」を見ていたら、久しぶりにゆっくりと列車の旅がしてみたくなったもんで。約800キロの距離を、12時間ほどかかってのんびり走るディーゼルカーの線路の音は、なんだかとてもなつかしい。サムローと呼ばれる、オート三輪のタクシー(200円ほど)で、宿に戻って着替えた(と、言ってもタンクトップがTシャツに替わっただけ)あと、日記を書きにカフェに入りました。30分で30バーツなのに、その2倍の1時間で40バーツなので、これから家族の携帯にでも、メールでも書こうか?!(この日記、今夜に続きます)はい、たちまち夜中になってしまいました。バンコクつながりで、カオサンで日本料理店を経営なさってる竹亭さんと、現地にお住まいのまもあんさんのおふたりと、楽しくビールを飲んで来ちゃったら、もう日本時間では真夜中です。(こっちは、まだ9時半くらい、なんだよね)泊まってる宿から、直線距離だと50メートルもないくらいに直ぐ近くに、竹亭さんの料理屋さんがあります。お昼にちょっと顔を出して、初対面のごあいさつをしたあと、そこからふたりでまもあんさんに電話連絡して、夜の7時からみんなで「竹亭」に集合することに決定。昼飯といっしょにタイの地ビール「チャーン・ビア」(象さんビール)を飲んでほんわかしたところで、シャワーを浴びて目の前にある古式タイ・マッサージを1時間半ほど。お値段は250バーツ(600円くらい)で、身も心もばらばらにほぐれそうなほどに、極楽感覚♪ああ、明日もやるぞっ!!☆ずいぶんむかしの黄金寺院「ワット・サケット」少し、夕方近くなって小高い丘の上の黄金寺院「ワット・サケット」へ、散歩気分で登りにゆく。バンコクに高層建築が無かった時代は、この巨大都市でいちばん見晴らしが良く、標高の高い場所だったところ。なんでも、ずいぶん前の世代の王様の命令でつくられた人工の丘らしい。てっぺんの、黄金の仏塔のところまでたどりつくと、いつでもとても気分の良い風が吹き抜けていて、全身が中身までも一度に洗われてしまうような気分。ああ、これだ。これが確かめたくって、久しぶりにここに来たんだったと思う。はるるの、ひみつスポットのひとつ。観光客もまばらで、ちょうどいい。
2005年01月12日
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成田空港からです。>お正月もおわって、何処も空いてます。。ただ、乗る予定のバンコク行きのひこーきだけが二時間遅れなもんで、暇つぶしに慣れない携帯めえる日記書いたけど、面倒臭くてーーもういや!
2005年01月11日
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旅の前日にいつも悩むことは、『何を持って行くか?』ではなくって、『何を置いて行くか!』かなあ?!今回は、ノートパソコンを持参するかどうか、いちばん悩んだけど・・・・やっぱり、置いて行くことにした。前に持っていって、いろいろと足手まといだった経験もあったから。現在流行の薄型で軽量のスマートなシロモノじゃないし。どっちかと言えば、客観的に見ても『厚型で重量級』の旧型だもんなあ~。とほほ。荷物が軽いってことが、誰も荷物はこびをサポートしてくれない一人旅には、何よりも大切なこと。その行く手に、さらに立ちはだかるのが、本、かなあ。ちょっとしたものを数冊ていどなら、まあ仕方ないんだけどーー。おいらの場合は、文庫本じゃなくってハードカバーの単行本で読むのが好きで、しかも7~8冊はざらで、10冊以上もになることもあると、その重みはけっこうずっしりと来ちゃう。ガイドブックや関連書ばかりじゃなくって、好きな作家の未だ読んでいない大長編小説上下2巻、なんて百科辞典みたいのをえっちらおっちらと持ってくのが大好きな、困ったひと。汗ーーでも、今回はぜんぶ止めた。うーん、最低限は・・・。うすっぺらなベトナム語とカンボジア語のテキスト、それぞれ1冊づつ。あとは、ロンリープラネットの「タイ」ガイド、くらいかなあ。小説なんかが読みたくなったら、現地で調達することに決めたっ!着替えの衣類って、最大にかさばる旅の荷物なワケだけれども、はるるには何時もやってるんだけど、あまり他人には聞かせたくない、ちょっとお恥かしい「うらわざ」がある。笑・・まず、下着のパンツの上に水着のパンツとか短パンなんかを重ねる。その上に、麻や木綿の薄手のスラックスをはいて、さらにゆったりしたズボンを重ねちゃう。もちろん、寒い季節の日本を脱出して、暖かい国へ海外逃亡する時にだけ、可能なテクニック。爆上半身も、Tシャツを何枚か重ねて、フリースやトレーナーを着て、さらに重ねたジャケットの上に、薄い防水パーカーなどをはおったり・・・。で、向こうの空港に着いたら、反対の順番にストリップしてゆけば、良いだけ。生ぬるい風が吹く熱帯の深夜。到着ロビーのタクシー乗り場に立つ時には、すでに半袖Tシャツに短パン姿でごむぞうりだったり、する時さえありまする。けっこう、これだけで荷物が軽くなりますよん♪♪ま、恥知らずにしか、出来ないかも知れませんがね・・・汗。こうやって重ね着をいっぱいすると、日本では必要だけど南国では不必要な防寒着を持って行って、邪魔になることもないし・・・一石二鳥、なんですよ。JR宇都宮駅前の「ぎょうざの乙女像」です。。。お恥かしいさて、はるるの「あやしいほむぺ」恒例、お正月のおとなのお年玉。餃子争奪戦レースの賞品、本場「宇都宮餃子20人前」は、いつもはるるたち家族も愛用している「ぎょうざの正嗣・駒生店」から、今日の午後、獲得者「の~りこちゃん」の住んでいる名古屋目指して、無事に発送されました。今頃は、きっと冬のきれいな星空の下、120個のぎょうざの群れが、きれいに並んで編隊飛行していることでしょう・・♪ぎょうざ大好き ~餃子消費量日本一~日本で一番餃子にお金をかけている都市はどこかご存じでしょうか。総務庁が毎年出している家計調査年報の中に,昭和62年から餃子という項目が加わりました。以来,一世帯当たりの年間餃子購入額は,平成7年の第2位を除き,宇都宮が全国第1位となっています。餃子購入額には,餃子店などでの外食分は含まれていませんので,餃子専門店の多い宇都宮では,市民が餃子に払うお金はもっともっと多いと思われます。宇都宮市民に対して行ったアンケートの中で,「餃子は好き?」の問いに,「大好き」が38%,「好き」が55%,合わせて93%の人々が好きと答えています。宇都宮では餃子の人気がこのように高いのです。なぜ好きなのか? それは,宇都宮の餃子がおいしいからです。また,宇都宮の気候は,内陸性で寒暖の差が激しいため,冬は体が温まり,夏はスタミナ源になる餃子を好んで食べるのだともいわれています。もう一つは,戦時中,宇都宮には陸軍「第14師団」が駐屯していました。この師団が中国東北部に進駐した際に覚えた餃子の味を,復員後,宇都宮で広めたのがきっかけになったという説もあります。(宇都宮餃子会公式サイトより)
2005年01月10日
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成人の日の晴れ着姿に見とれながら、図書館の本を返却に行った帰り道・・・。ついに、はるるの4WD(平成元年車)がドライブ途中で時速20~30kmしか出なくなってしまった!賑やかな通りで、クルマの流れに乗りながら運転どころではなくなって、はじっこを必死にトロトロ走りながら自宅まで逃げ帰って来ました。アクセルを踏んでも踏んでも、加速の手応えのない悲哀を味わいながら。なんせ、15年の歴史を刻んだビッグ・ホーンだものなあ。走行距離も20万kmちょい。いい加減、お年寄りなんで、あっちこっちにガタが来ていて、そろそろ「お迎え」がいらっしゃっても、おかしくない雰囲気でした。そろそろ、廃車なんだろか。それともアクセルふかし過ぎでノッキング起こしただけ、かなあ・・。ちょっと、さみしい気分。 今日は、数年前から移動祝祭日の『成人の日』行事が多いようで、町のあちこちで晴れ着姿の新成人を見かけました。(ただ、全市いっせいにではなくて、地区ごとに分けてやるらしくて明日のところもある)ただし、冷たく白い風花混じりの「男体おろし」が日光連山から吹きぬける、最高気温たった5度の昼日中でしたが・・。明日の朝の最低気温は、今日の朝と同じマイナス5度らしいです。年のせいか。最近はめっきりと寒いのはニガテになって、夫婦して老後の冬の数ヶ月は南の島で暮らす・・・という計画が、ますます切実に現実味を増しています。苦笑 午後になって、ムスメとおいらが揃ってお腹を壊してしまった。タイミング良くふたりして腹痛になったと思ったら・・・。さっきから、ふたりして交替でトイレに通ってる。原因はどうやら、昨日から冷蔵庫に入れるのを忘れて、暖房の効いたリビングに出しっぱなしにしていた、一流メーカーの乳飲料「いちご オ・レ」みたいだ。これは、製造者の責任ではなくって、うっかりものの消費者の方が悪いみたい。とほほ。 夕方近くなって。冷やしてはいけなさそうなお腹を、身体の内側から温めようと、配偶者を誘って近所の日帰り温泉に出かけたら、駐車場から温泉の玄関に入る途中で配偶者がこけた。変な風に足首をひねったようで、1時間ばかり温泉でのんびりした後、待ち合わせのロビーで顔を合わせたら「ちょっと痛い」と言う。軽く足を引きずるようにかばって歩こうとするから、腕を取って肩を貸してあげながら、配偶者のライムグリーンのイプサムに向かい、助手席に座らせた。あまり、いつもは弱音を吐かないひとなんだけど、「明日の泊りがけの出張どうしようかな?!」なんて、つぶやく。どうやら、ねんざしちゃったみたい。こんなときは、出来るだけ安静にして足首を固定しておくことが肝心。やはり客観的にみても、2日間の出張は無理かなあ。ひどく痛む足首を堪えている表情が、ありありとこらえきれない顔に出てしまってる。明日の朝の山形行き新幹線と、予約した宿と、アポイントを取っていた先方へのキャンセル、などなど。手配しなければいけないことで、携帯で済むことは急いで済ませてしまう。自宅の買い置きぶんの湿布つき大型ばんそうこう、残りひとつきりだったのでこれも足首サポーターと一緒に買い物しなきゃ!チケットの払い戻しのために、「みどりの窓口」に足を運ぶので、その帰り道にマツキヨに寄った。ああ、こんなときに限って、玄関先の電球が切れて真っ暗。おいらまで、つんのめって変な転び方をしそうになる。汗風呂を点火しようとしたら、またまた『追い炊き』機能の調子が悪くて、なかなか温まらない。ううう~っ。なんてこった、ぱんなこった!////////////////////////////////////////////////////☆2004年に入ってから今まで、あやしいほむぺにUPした新映像を、まとめてご覧いただけるように、こちらに整理してみました・・♪デジタル映像あるばむ総合メニュー(3)12月末現在で、35のアルバムに470点以上の映像が収録されてますよ。もちろん、ここのアルバムに掲載されている写真のぜんぶ、はるるさん自身がそこに行って撮影したものですよん。笑 ☆寺院の菩提樹。★もっともっと沢山、見たい人は・・・こちらに、一人旅の映像アルバムなど32種類、ぜんぶで900枚以上の写真が収録されてるよん! ↓デジタル映像あるばむ総合メニュー タイ南部のピピ島映像集【42まい】さらにもうひとつのピピ島映像集【50まい】★さらに、そのつづきで、こちらにはアルバムが20種類、550枚ほどの写真を収録。ーーまだまだ現在進行形で増殖中です。 ↓デジタル映像あるばむ総合メニュー2
2005年01月09日
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相変わらず良く晴れた正月明けの午後、ムスメと配偶者を連れて、自宅からクルマで10分ほどの郊外にある宇都宮美術館に出掛けました。お目当ては、昨日から始まった企画展の主役、日本画家の松本哲夫さんご本人による展示作品解説が直接聞けるギャラリー・トーク。おとな2人は、美術館のペア用年間パスを持っているので無料、市内の中高生は学生証があれば無料なので3人とも、いつも気楽に訪問している身近な憩いの場所だ。 もともと、絵画の背後にひそむ時空間の広がりと、存在の奥深さを確かめられる壮大な風景画(キャンバスの大きさには関係なく)が好みな、はるる。平山郁夫氏や東山魁夷氏のようにはきっちりとまとまらず、何処か知れず破綻の気配がある気迫のエナジーが横溢する筆遣いが、たまらない魅力。山岳や天空、そして大地や大樹にきっちりと向き合って、その本質に迫る静謐な姿勢が観るものを惹きつけ、離さない。院展をベースに着実に評価を高め、84年には中国取材の成果である《大同石佛》によって芸術選奨文部大臣新人賞を受賞し、さらに1993年の再興第78回院展に出品した《地から宙 グランド・キャニオン》で内閣総理大臣賞を受賞しても、さらなる飛躍を求めてーー。10年ほど前には、フランスで大規模な個展を開催して成功をおさめ、世界的な評価を得た。そして、そこにとどまらずそれ以降の10年間を費やして新境地を拓いたのが、今回のメイン、独創的な「世界の三大瀑布」のシリーズ。それまでの哲学的とさえ言える「静」の画面から、轟音が響き躍動感あふれる「動」の世界へと見事な転換を見せた・・。こんなひとが、宇都宮を愛してくれて住まい続けてくれている。同じ街に住む市民としても、とても嬉しいことだよね。と、家族でうなずき合った。笑 地元の宇都宮大学時代に、県の芸術祭で日本画部門で芸術祭賞、彫刻部門で奨励賞を受賞なさってる。現役高校生として初めて、今年度の彫刻部門で準芸術祭賞を受賞したムスメは、松本哲夫さんが自分が受験する志望校のひとつの教授をなさってることも知って、より一層の親近感と尊敬の念を抱いたようで。ギャラリー・トークの中でのご本人によれば。最初、銀座の三越百貨店での個展の話などもあったらしいのですが、作品がとにかくどれもが大作過ぎて、現実的に都内での会場を考えようとすると、なかなか無理があるようでした。これだけの広大なスペースを使うとすると、地元の美術館・新聞社などの全面的なバックアップがあってこそ、初めて可能なことなので、再び同様な個展を開くのは恐らく二度と無理、なのではないかと言うことでした。(つまり、この広い世界中で、この開期中にここに来ないと、観られないとゆーこと、です。)質疑応答などの時間もあって、たっぷり1時間半。やさしいお人柄の忍ばれる、人間味豊かなひとときでした。 そのあとは、絵と一緒にぐるぐる歩いて立ちづめだった足を休ませるため、冬枯れの雑木林に囲まれた美術館の中のレストランで、デザートとビール。オリジナルのアイスクリームとシャーベットの盛り合わせ【450円】を、配偶者が。りんごのタルト【400円】にミルクティー【350円】のムスメ。昼間から飲んだくれのはるるさんが、イタリアのビール・モレッティの小瓶【550円】。配偶者は、展示会場のいちばん奥の壁一面を占拠していた5年がかりの作品「ヴィクトリアの滝」が、お気に召したようで、写実の中の水墨画のような味わいが肌に合ったと言う。ムスメに訊ねると、「ぜんぶよかった」と、わけのわからないような、わかったような返答。おいらは、夜景の滝壷からのナイアガラも良いけど、やはり地球という星の存在を示す独創の構図がいさぎよい「イグアスの滝」が心に残った。特に数ヶ月で一気に描き上げてしまったと作者が解説していた、別の角度でとらえた真上からの「イグアスの滝」は圧巻。水の躍動・息遣い・命の気配が画面全体からあふれあふれて、宇宙の神秘さえ垣間見せる・・。ギャラリー・トークの中で、松本哲夫さんは何度も繰り返し自分の絵を前にして「これは嘘です!」と、おっしゃっていた。どうやら、現実にその場所に立ったとしても、とうてい見ることの出来ない風景を描いてしまったことを言っているらしい。そう、自分の心の中にしか構築できない絵柄・構図。目に見えるものしか信じず、見ようとしないひとには、その場所で自分が見たもの、写真やビデオ、衛星写真で捉えたものしか、真実でないのだろう。けれど、それは真実ではなくて、ただの「事実の断片」にしか過ぎない。数知れない事実の断片が絶妙に組合わされ、精神世界のなかで巨大な構築物として蓄積を重ねた結果として、初めて「真実の姿」に、より近い存在として目の前に提示される。そんな想いを、「イグアスの滝」の画面の向こう側に垣間見たような気がした。オマケ】常設ギャラリーのほうで、パウル・クレーの新しい水彩を発見!ちょっとトクした気分。笑(林から遠望する美術館のレストラン「ベラヴィスタ」のたたずまい) もう、出発まで数日になってしまいました。バンコクからは、簡単に近隣の諸国に足を伸ばせるので、そっちのほうも色々と迷ってます。シンガポールなんて、最近は価格競争があって片道4000円以下のチケットが出てるし、中国やベトナム、バリ島あたりもモルディブなんかと同じで往復航空券が2万円台で手に入る。かと思えば、チェンマイから陸路移動で、こんなのもある。バナナ・ゲストハウス(INチェンマイ)HPより現在の通貨レート【1バーツ=日本円3円弱です】●南方(ビーチ)行きパッケージツアー行き先 料金 出発/到着時間サメット島(ボート代込み) 370バーツ 18:00-13:00パタヤ 410バーツ 18:00-12:00スラー・ターニー 430バーツ 18:00-06:00ホゥア・ヒン 500バーツ 18:00-チャーン島 430バーツ 18:00-12:00クラビ 580バーツ 18:00-10:00サムイ島(ボート代込み) 480バーツ 18:00-10:30ピィー・ピィー島(ボート代込み) 600バーツ 18:00-06:00プーケット 550バーツ 18:00-11:00タオ島(ボート代込み) 680バーツ 18:00-06:00パンガン島(ボート代込み) 580バーツ 18:00-07:00ハジャイ 750バーツ 18:00ー11:00チュンポン 500バーツ 18:00-03:00ランタ島 700バーツ 18:00-11:00スンガイ・コーロク 850バーツ 18:00-14:00ピー・ナン島(マレーシア) 900バーツ 18:00-15:00カオ・ソク 700バーツ 18:00-08:00トラン 700バーツ 18:00-09:00サトゥン 750バーツ 18:00-09:00ラノーン 750バーツ 18:00-11:00ナラーティワート 750バーツ 18:00-12:00ヤラー 750バーツ 18:00-12:00パッタニー 750バーツ 18:00-13:00シンガポール 1200バーツ 18:00-21:00●バスチケット行き先 料金 出発時間バンコク(カオサンロード) 250バーツ 18:30PMチェンコン(ラオス国境) 220バーツ 10:00AM,12:00PMパイ 190バーツ 10:00AM,12:00PM●ルアンプラバン(ラオス)行きパッケージツアーボートの種類 お部屋の種類 料金スローボート シングルルーム使用 1,200バーツスローボート ツイン又はトリプルルーム使用 1,150バーツスピードボート シングルルーム使用 1,900バーツスピードボート ツイン又はトリプルルーム使用 1,850バーツ出発時間:10:00AM 又は 12:30PM内容:チェンマイからチェンコンまでのミニバスでの送迎(約5時間)・チェンコンでのご宿泊及び夕食と翌朝の朝食・チェンコンよりフエサイ(船着場)までの送迎・ボート内でのランチボックス・ルアンプラバンまでのボートクルーズ////////////////////////////////////////////////////☆2004年に入ってから今まで、あやしいほむぺにUPした新映像を、まとめてご覧いただけるように、こちらに整理してみました・・♪デジタル映像あるばむ総合メニュー(3) デジタル映像あるばむ:「きりん」~栃木県芸術祭美術部門・準芸術祭賞受賞作品を会場で撮影12月末現在で、35のアルバムに570点以上の映像が収録されてます。もちろん、ここのアルバムに掲載されている写真のぜんぶ、はるるさん自身がそこに行って撮影したものですよん。笑かんぼじあの森羅万象★もっともっと沢山、見たい人は・・・こちらに、一人旅の映像アルバムなど32種類、ぜんぶで900枚以上の写真が収録されてるよん! ↓デジタル映像あるばむ総合メニュー ★さらに、そのつづきで、こちらにはアルバムが20種類、550枚ほどの写真を収録。ーーまだまだ現在進行形で増殖中です。 ↓デジタル映像あるばむ総合メニュー2
2005年01月08日
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別の探し物があって、ごちゃごちゃになってる引出しの整理をしてたら、2年以上前に何処かに失くしたと思っていた、マイレージ・メンバーのカードが今朝ひょっこり出て来た。そこで、さっそくパソコンのお気に入りにあるユナイテッド航空のHPで、気になる累積マイル数を調べてみたら・・。ここは、マイルの有効期限が設定されていないので、よそのポイントみたいに期限切れが無くて、まだ使ってないぶんがあったような気になったから・・。マイレージ・プラスの会員番号とパスワードを入力すると、瞬時にぼくのマイル明細書のページ切り替わって、累積マイル残高が3万6328マイルとの表示。やったあ!2万マイル残っていれば、ユナイテッド航空に限っての「セーバー特典」があって、日本発のアジア各地への往復航空券が無料で手に入っちゃう。(他のスター・アライアンス加盟の航空各社の場合は、同じアジア地域のチケットでも通常4万マイル必要)けど、ちょっと前にUAの経営危機が話題になってから、さすがに有効期限無制限というわけに行かなくなって少々制限がきびしくなって来たようで、【マイレージ・プラス・マイルの有効期限は最後のご利用(マイル加算もしくは蓄積マイルのご利用)から36ヶ月後となります。】との注意書きが、末尾に。おろろろ。危ないところでした・・・もうちょっと、発見が遅れていたら数年間貯めこんだマイレージが全部「ぱあ!」に、なっちゃうとこだったぁ~。 さっそくフリー・ダイヤルのチケット予約センターに電話して、さわやかな口調の男性オペレーター(いつも笑顔のエアロビのインストラクターと喋ってるような気分)に希望を告げると、即座に結果が返って来るのは良い気分。このユナイテッド航空に限っての「セーバー特典」は、通常の半分という、かなり少ないマイル数で利用出来る反面、1回のフライトでの座席割り当て数が少数に限られているので、なかなかチケットの予約がとりにくいとの評判もある。現在、12月中旬から失業中ではないけれど、宙ぶらりんの状態の会社員(どんなポストに就くか考慮中)としては、スケジュールがどうにでもなる非常に理想的(?!)な状況。笑おおまかに、「来週になってから、なるべく早い日の出発」と、「2月1日から6日の範囲での帰国」で、成田発バンコク往復のリクエストを言うと、その場で座席の空いている日が判って即決。出発は連休明けの1月11日。帰国は2月6日までの間だと、2日しか空いてなかったので自動的に決まった。合計23日間になったけど、その中身は旅の風の吹くまま成り行き任せなので、白紙状態。 この無料で獲得したチケットは、Eメールで送信してもらうことにした。郵送してもらうことも可能だったけど、手っ取り早いし。プリントアウトしたものを成田のカウンターに持参すれば、それでOK!ということらしい。その後、遅い食事のあとにチェックしてみると、ユナイテッドの【Eチケットメール】は、早くも午後2:00頃には着信。即座にA4サイズの白紙にプリントして、クリア・ファイルに納めてしまったら、すべて終了。午前11:00にマイレージ・カードを見つけてから、みんな自宅のパソコン・ディスプレイの前で済んでしまった。(ネットって、すごいね!)本来なら、去年の12月中旬から1月始めにかけての期間に旅行の予定だったんだけど、いろんな事情でちょっとだけ延期していましたが。(そのおかげで、あの津波に遭遇せずに済んだんだけどね)やっと、南国の空気を吸いに行けることになりました。来週の休み明け、1月11日から2月2日まで、しばらく寒い日本におさらばです♪////////////////////////////////////////////////////☆2004年に入ってから今まで、あやしいほむぺにUPした新映像を、まとめてご覧いただけるように、こちらに整理してみました・・♪デジタル映像あるばむ総合メニュー(3)11月末現在で、35のアルバムに570点以上の映像が収録されてます。もちろん、ここのアルバムに掲載されている写真のぜんぶ、はるるさん自身がそこに行って撮影したものですよん。笑南の海の田舎の島の狂気☆タイランドのゆめ★もっともっと沢山、見たい人は・・・こちらに、一人旅の映像アルバムなど32種類、ぜんぶで900枚以上の写真が収録されてるよん! ↓デジタル映像あるばむ総合メニュー みなみのタイを歩く★さらに、そのつづきで、こちらにはアルバムが20種類、550枚ほどの写真を収録。ーーまだまだ現在進行形で増殖中です。 ↓デジタル映像あるばむ総合メニュー2
2005年01月06日
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この4日は「仕事始め」でしたね。うちの配偶者は、いつもの多忙な生活がたたってか、年末年始の休みじゅう、はるると一緒にずっと風邪ぎみのまま、殆ど何もせずに身体の調子も良くならず、ごろごろと骨休めばかりでコタツの番人状態。苦笑なかなか治らなくって毎日食後に風邪薬を飲み続ける日々だったんだけど、丸1日出勤して忙しくデスクワークに追われていたら、ほぼ全快しちゃったみたい。仕事が似合う、かなしいひと☆★たまたまタイでも、日本と同じに今日4日が仕事始めの日だったみたいです。仏暦のタイでは、いつもだと西暦のお正月休みなんて、そんなに長く無いんだけど、今年は1月1日が土曜日だったもんで、昨日の3日が振替休日になって、多くの会社では12月31日から1月3日までの4連休のようでした。 ☆ピピ島のビレッジにひしめいていた、安普請のシーフード・レストラン。昼間はこんな風に閑散としてるけど、暗くなると電飾も輝いて沢山の旅行客で溢れていました・・。★今日、タイのニュースでは、プーケットの隣のクラビー県では死亡確認者が600人に対して、行方不明者が2400人ということを報じています。つまり、行方不明者の多くは海に流されてしまったらしいです。現在、タイで身元確認された日本人の死亡者数は10人ちょっとくらいだけれど、実際の日本人の所在不明者は数百人以上になってる。(パッケージ・ツアーよりも遥かに多い個人旅行者のことは、今まで日本のマスコミでは殆ど無視されてた)★ラノーン県の警察当局は昨日までに、津波被害に乗じて略奪行為を行っていた容疑で同県ガプゥー郡内在住の夫婦を逮捕、650ユーロ、39米ドル、カメラ等合計10万バーツ相当の通貨・物品を押収した。逮捕された夫婦は、容疑をふてぶてしく否認した上で、全て外国人被災者を救助した際にお礼として貰ったものであると主張しているという。 ☆ピピ島の路地裏で、熱心にままごとあそびをしていた子供たち。★インドネシア・スマトラ沖地震による津波被害を受け、東南アジア諸国連合(ASEAN)主催の復興支援緊急首脳会議が、ジャカルタで開かれ「史上最大の支援」(アナン国連事務総長)と復興に向けた国際社会の決意を宣言する。日本など約20カ国と国際機関は約22億ドル(約2280億円)の支援を表明しているが、被害の状況に応じ、援助額がさらに増える可能性もある。今回の会議は、昨年12月26日の地震発生以来、初の本格的な国際会議。家を失うなどして緊急援助を必要とする500万人のインド洋沿岸各国の被災者に対し、どこまで具体的な支援を表明できるか、大国を中心とする国際社会の協力体制が問われる。 【ジャカルタ:共同】★タイのテレビ・ラジオをWEBや衛星でモニターしていると、連日洪水のように津波被害のニュースが流れてます。ここ数日前から、そのニュースの画面の背後に流れているひとつの歌。ネットで調べたらタイの有名なシンガー、カラバオが急遽作曲した被災者慰霊の歌らしくて、哀切なメロディーにのせた彼独特の歌声を聴くたび、どう表現したらいいのか・・つらい気持ちが込み上げます。(サーォ: 哀しい、悲哀だ)と言うことばは、(スィーアチャイ: 悲しい)よりも意味が強く、もうどうしようもないほどに哀しい、という意味のことば。交通事故で人をはねてしまったときの賠償金が100万バーツ、新車一台の価格が150万バーツというように人の命が車の価格よりも安いこの国。観光資源の復興が最優先されて、「もはや、これ以上の遺体は見つけられない」と、捜索打ち切りのニュースもタイ政府から発表された・・・。 ☆いつもピピ島の被災ニュースに登場する、いちばん被害の大きかった浜辺の平和な過去の姿。★日本では「おとぎばなし」の中のような話だけれど、現実の広い世界の中には、わりあい日常的なこととして「ひとさらい」が、居ます。身近かな処では、北朝鮮の拉致、なんかもそうですよね。現代中国での人身売買婚のことも、聞いたことがあるひとも多いと思います。アフリカでも中米でも、アジアでも21世紀のこの世の中でも、今、起こってることなんですよね。今回のスマトラ沖地震で、沿岸の諸国には膨大な数の震災孤児が生まれていると聞きます。その孤児たちを狙って、親戚や知り合いを名乗っての連れ去り誘拐事件が頻発しているそうで、インドネシア当局の調査だけでも、既に400人以上の子供たちが被害にあっていると発表されました。どんな時でも、金儲けのためなら何でも出来てしまう、にんげんでないにんげん、がこの世の中には居るんですね。☆タイ古式マッサージ店も、雑貨屋も旅行代理店も、安宿も兼ねている、こんな建物がみんな波にさらわれて消えてしまいました。★タイ国内のメディアでは殆ど報じられていなかった、殆ど救済の手から見放された状態のままの地域住民の惨状に関しては、ニューヨーク・タイムス誌やガーディアン誌などの欧米メディアで既に取り上げられていました。けれど、ようやくタイ国内のメディアでもネーションチャンネル等で、観光資源重視の復興計画から取り残された地域住民の惨状について取り上げられ始めています。特に、貧しさのためにまともな葬式も出来ず、古タイヤや廃材でたいせつな家族の遺体を火葬せざるを得ないような、大多数の被災住民などが居るという現実もあります。ここに来て、遅まきながらタイ財務省は被災家族に対して15,000バーツを支給する他、親族に死亡者が居る被災家族に葬式費用として25,000バーツを支給する予定になったようです。また、津波により負傷を負い就業機会を失った住民に対して、一人あたり3,000バーツを支給する方針を決定。ま。実際に使うことを考えたら焼け石に水、のような金額ですけどね・・・まったく支給されないよりは、マシです。★けれど、捨てたもんじゃない。確かにタイという国は日本などと違って、お金持ちはとんでもなくお金持ちだし、大多数の貧乏人はかなしいくらいに財産なんて呼べるものはありません。けれども、庶民たちは自分のできる範囲で災害被害者の生活を助けようと自発的に動いてます。遊びたい盛りの小中学生も、自発的に募金活動してるし、職場のちいさな単位でも「自分たちに何が出来るか」という話し合いが活発で、街頭での義援金募集に、その日暮らしの労働者や物乞いたちまで、なけなしの金を入れている姿を見かけるといいます。バンコク在住の知人に言わせると、あの熱病のようだった阪神淡路大震災のときの日本中でのボランティア運動を遥かにしのぐような熱意が、街にみなぎって見えるそうです・・。「コンタイ・マイ・ティング・カン。」「タイ人はお互いに捨てない、タイ人はタイ人を見捨てない。」という意味の、むかしからあるタイ人の団結を表している言葉は、今も生きています。仏教のタンブン(喜捨)の心が息づいている国だもの。////////////////////////////////////////////////////☆2004年に入ってから今まで、あやしいほむぺにUPした新映像を、まとめてご覧いただけるように、こちらに整理してみました・・♪デジタル映像あるばむ総合メニュー(3)11月末現在で、35のアルバムに570点以上の映像が収録されてます。もちろん、ここのアルバムに掲載されている写真のぜんぶ、はるるさん自身がそこに行って撮影したものですよん。笑タイ南部のピピ島映像集【42まい】続・タイ南部のピピ島映像集【50まい】★もっともっと沢山、見たい人は・・・こちらに、一人旅の映像アルバムなど32種類、ぜんぶで900枚以上の写真が収録されてるよん! ↓デジタル映像あるばむ総合メニュー みなみのタイを歩く★さらに、そのつづきで、こちらにはアルバムが20種類、550枚ほどの写真を収録。ーーまだまだ現在進行形で増殖中です。 ↓デジタル映像あるばむ総合メニュー2
2005年01月04日
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まず、おめでとうございます♪おかげさまで、1月1日スタートした企画は、本日夜8時に無事?!終了させていただきました。2005年、新春恒例?!あやしいふるほんやさんの地元、宇都宮の名物餃子ぷれぜんとにチャレンジ、見事にゲットした「の~りこちゃんさん」の正解メールです。/////////////////////////////////////////////////////From:の~りこちゃんさん 「20」 「12」 「02」 の他に、残りの一つは、 キーワード【24】 みつけました! 最後のキ~ワ~ド! 地獄に仏の様な、メ~ル、ありがとうございます。 便秘が治ったような、気分っす。(^。^)! 今から寝ます。おやすみなさい。//////////////////////////////////////////////////////年末ギリギリ、ご夫婦でのスペイン旅行から戻ったばかりだった、の~りこちゃんさんですが、お疲れにもかかわらず、睡魔と格闘しながらその手に掴んだ勝利です☆たいへん、ごくろうさま&おめでとさんさん♪ぱちぱちぱちぱちぱち☆ぱちぱちぱちぱちぱち☆ぱちぱちぱちぱちぱち☆ぱちぱちぱちぱちぱち☆ぱちぱちぱちぱちぱち☆ぱちぱちぱちぱち☆ぱちぱちぱち☆ぱちぱちぱちぱちぱち☆ぱち☆鳴り止まない拍手は、この辺で。この餃子レース。チャレンジしたひとは、いっぱい居ましたが・・・結局、最後までたどりついたのは【ひとりだけ】だったので、去年のような決戦大会は無くて、自動的に優勝!!で~す。賞品の宇都宮餃子120個(20人分)は、数日中にはるるさんの近所の餃子専門店から、クール宅急便でご自宅に直送させていただきます。あとでの~りこちゃんさんには、彼女のとくいわざ「よろこびイッパイの編隊飛行」を、見せてもらいたいと思います。。。。【正解】さて、ひみつのキーワード数字が隠れていたのは、以下の4ヶ所でした!【12】 どこまでも水の世界ひろがる! (2003年09月19日)【20】 夜の時間は昼の時間より長いな~。(2003年05月20日)【02】2001年:タイ・ネパール総集編(2)【24】デジタル映像あるばむ総合メニュー(2)の、画像メニューのいちばん最後にあるもっといっぱい見たいひとは、ここに、一人旅の映像アルバムなど32種類、ぜんぶで900枚以上の写真が収録されてるよん! ↓デジタル映像あるばむ総合メニューにある、南の海の田舎の島の狂気☆タイランドのゆめとゆ~のを、クリックすると、やっと最後のひとつの正解が出て来て、ぜんぶクリアしたことになります。この20+02+12+24は、2002年12月24日と言う意味で、HPひだりのフリー・ページにある2002年12/19~12/27 過去の掲示板を、クリックすると、正解者へおまけのメッセージが入ってました。笑
2005年01月03日
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今朝、「初夢」を見そこなった!ううーん・・・なんだか少し、損した気分。あまりぐっすり眠ってたもんで、見たけど忘れちゃったのかも知れないケドな~。きのう、うちのムスメがパルコ正面の宇都宮二荒山神社でひいた御神籤は、【だいきち】でした。(持って帰ったのを、見せてもらった)きょう、ここのところ、「末吉」とか「危」とか「大凶」とか毎年のようにろくでもない御神籤しかひけないはるるさんは、あまり期待せずに、近所で空いてる護国神社でトライしてみました。ここは、人出が大したことないから気軽にお参りできて、中にはジャージ姿のひとなんかもちらほら。「もう、昨日お参りしちゃったから、あたし行かない!」と、ムスメにふられ、配偶者とふたりです。すると、今年は・・・・やったぁ~~~!久々の場外ホームラン!!だ・い・き・ち・でぇ~~す♪ 大吉運勢:他の弓ひくなかれ 他の馬のるなかれ 他を非難するなかれ 他の事知るなかれ (ナンだ?!この大吉は??)☆願い事:難しいようでも、途中から易しく成り遂げられるでしょう。待ちびと:便りがあり、早く来るでしょう。失せもの:出ますが遅い時はなかなか出ないでしょう。旅行:交通事故を特にちゅういすることです。商売:売ることはよいでしょう。学問:安心して勉強することです。方向:どこでもよいでしょう。争い事:勝ちます。気長に待つことです。転居:はじめに気に入ったところはありません。病気:重くはありません。なおります。縁談:自分で苦しみます。相手の気持ちは変わりありません。わ~い。中身はともかく、だいきち・だいちゅき☆だいきち・さ・ん、ホントに久々にお目にかかります。不本意ながら、大変ご無沙汰してました・・。とゆーことで。お正月だし。久しぶりに。むふふ。いっしょに、お・ふ・ろ♪入ることにしました。ね。あわ、ぶくぶく・・。しあわせすぎて、むぎゅ。でも、はっきり言って、ずいぶんうすぎたなくなって来ちゃってます。2005年のてんしうさぎ☆涙NYのさわやかな新年の朝です。。。にゅーよーく、で「にゅうよく」なんちって!汗
2005年01月02日
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あけましておめでとうございます。一晩眠ってたら、いつの間にか新しい年になっていましたので、のそのそと起き出してヤキモチをひとつ入れた雑煮を食べ、しばし茫然。早朝から並び、元旦から営業してる宇都宮パルコなどで福袋を買っていた娘を東武宇都宮駅前で拾ってクルマに乗せ、そのまま3人で配偶者の実家に向かう。JR宇都宮駅前の「ぎょうざの乙女像」です。。。お恥かしい新年会は、祖母と、我々親子3人、上の義弟親子6人、下の義弟親子3人の、合計13人でのにぎやかな集まり。昨年までは、ここに義父が加わって、うちの息子も加わり、いつも15人での宴会だったので、ちょっとだけ少なくなった計算だ。大企業を若くして辞め、いわゆる脱サラのはしりとして、一代で幾度かの挫折にもめげず、中小企業の会社を興した義父はもうこの世には居ない。誰も希望しない正月3が日の休日出勤に自分で手を挙げた、息子のあきらは広いスタジオでお留守番。オトナはシャンパンで、コドモはスポーツ飲料で乾杯!午後0時半から、夕焼け空の4時半くらいまで。親たちの姉兄弟の仲も、子供たちのいとこ同志の仲も、昔から悪くはないほうだったので、話も華が咲いて入り乱れる。いい加減、しゃべり疲れ、飲み疲れ、騒ぎ疲れて、自然解散。そのあと、ほろほろと酔いつつ自宅に戻って日記更新開始。と、ゆーわけで。お待たせしました!いよいよ、新春の宇都宮餃子20人前争奪レース、スタートです。まず、下の今年の干支、ニワトリさんの画像を覚えて下さい。 キーワードの数字【??】この「ぎょーざが食いたいにわとりさん」と同じ画像が、4つ!あやしいふるほんやさんのHPの中の何処かにかくれんぼしています。ただ、キーワードの部分が【??】のままで、数字が入ってないダミーもいくつか、潜んでいます。(ごめんなさい)と言っても、この中のぜ~~んぶを探索させるのは、あまりにも残酷すぎるので、特定のエリアを指定しますね。笑☆まず、トップの右肩にある「カテゴリ」の中にふたつ。・カテゴリ未分類(376)・アジア旅の森羅万象(121)・はるるさんちの日常生活(124)・ちいさな旅~ちょっとおでかけ(67)・はるる自身のこと(40)・天使うさぎ(16)・はるるの最近読んだ本(48)・エッセイや詩みたいなもの(64)・はるるのお気に入り(26)・インターネットの日常(68)・はるるのリアルタイム旅日記(52)☆それから、トップの左肩にある「フリーページ」の中に、ふたつ隠れています♪タイランド・ドリーム更新(はるるの創作)たいらんど・どりーむ<2>かとまんどう・どりーむお年玉あんけーと発表★はるるのEメール熱帯夜の旅日記旅のデジカメ・アルバム<ネパール>南風通信~タイ南部のピピ島の映像集!南風通信☆2~ランタ島の風<改訂版>今なら、超穴場。ランタ島詳細ガイド♪デジカメ・アルバム<ゆうやけぐも>デジカメ・アルバム<バンコク散歩>ランダム・デジタル・バリ島映像博物館!デジタル・バリ島映像博物館<2>「アンコール遺跡」総集編1バリ島映像博物館(4)出遭ったひとびとバリ島映像博物館(5)ランダム散歩バリ島映像博物館(6)出遭った人々:2<2001年:タイ・ネパール総集編(1)<2001年:タイ・ネパール総集編(2)<2001年:タイ・ネパール総集編(3)映像博物館(7)出遭った人々・3もうひとつの空間⇒ネパール☆写真集5月のタイで出会ったひとびとPart2デジカメ・アルバム<ゆうやけぐも・2>2000年:ピピ島の風景すぺしゃる特集のページ☆<天使うさぎ>アルバム:国内篇<天使うさぎ>アルバム:海外篇宇都宮とその周辺の風景★大型レジャー・プールの舞台裏☆福島県・裏磐梯のログハウス<天使うさぎ>アルバム:国内篇(NEW)デジタル映像あるばむ総合メニュー(2)デジタルアルバム総合メニュー(3)こだわり!情報ページ☆日本一!宇都宮の餃子マップ天使うさぎ倶楽部タイ最新版基本情報★☆それぞれの画像には、それぞれ「2けた」のキーワード数字が付いていますので、その数字を4ヶ所全部書いて、はるるのHPの私書箱メールにお知らせ下さい。このゲーム?!の、ルール上の不明の部分などに対しての質問は掲示板に、どーじょ。メール下さったひと先着5名様までに、その全部合計した8桁の数字の意味をお教えしますので、その先にある誰にでも簡単な課題にお答え下さい。その最終的なランキングで、【餃子20人前】獲得者が決定します☆よい人生とはよい検索だ:石田衣良>罠にはいつでも美味しいエサがついている。>それはネットの中も、このリアルな世界でも変わることのない真実だった。ぎょうざ大好き ~餃子消費量日本一~日本で一番餃子にお金をかけている都市はどこかご存じでしょうか。総務庁が毎年出している家計調査年報の中に,昭和62年から餃子という項目が加わりました。以来,一世帯当たりの年間餃子購入額は,平成7年の第2位を除き,宇都宮が全国第1位となっています。餃子購入額には,餃子店などでの外食分は含まれていませんので,餃子専門店の多い宇都宮では,市民が餃子に払うお金はもっともっと多いと思われます。宇都宮市民に対して行ったアンケートの中で,「餃子は好き?」の問いに,「大好き」が38%,「好き」が55%,合わせて93%の人々が好きと答えています。宇都宮では餃子の人気がこのように高いのです。なぜ好きなのか? それは,宇都宮の餃子がおいしいからです。また,宇都宮の気候は,内陸性で寒暖の差が激しいため,冬は体が温まり,夏はスタミナ源になる餃子を好んで食べるのだともいわれています。もう一つは,戦時中,宇都宮には陸軍「第14師団」が駐屯していました。この師団が中国東北部に進駐した際に覚えた餃子の味を,復員後,宇都宮で広めたのがきっかけになったという説もあります。(宇都宮餃子会公式サイトより)タイ国務省災害対策局が発表した12月31日13時現在の各地の被災者状況は以下の通り。 プーゲット県 死亡 279人 負傷 1,272人 不明 2,127人 グラッビー県 死亡 395人 負傷 3,269人 不明 1,913人 パン・ンガー県 死亡 3,689人 負傷 5,598人 不明 2,422人 トラン県 死亡 5人 負傷 112人 不明 1人 ラッノーン県 死亡 167人 負傷 203人 不明 16人 サトゥーン県 死亡 6人 負傷 15人 不明 0人 合計 死亡 4,541人 負傷 10,469人 不明 6,479人
2005年01月01日
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