PR
カレンダー
サイド自由欄


キーワードサーチ
コメント新着
右も左も、360度、あるのはただ、夜の闇に冷たく冷えきった砂と、満天の星空ばかり。
くるりと振り返れば、もう方向さえわからなくなりそうだ。
――― 一人でリシャーナの森に帰らなければなりません ―――
そう言ったゴルギアスの声が、耳の奥に反響した。
千年の呪いが跡形もなく消え去った、その場所に、今アルデバランはたった一人、取り残されたのだった。
少し離れたところに、黒い影がひとつ、横たわっていた。
それが何なのか、すぐに気がついた。
砂を蹴って、駆け寄った。
アンタレスは、すでに冷たくなっていた。
今生で見る、最初で最後の、兄の姿 ―――
バルドーラ族とパピト族、今生では血のつながりもない、異なる種族のはずなのに、アルデバランととてもよく似ていた。
懐かしいのか、悲しいのか、胸がつまって、声が出なかった。
震える手で、その顔に触れる。
胸の奥のどこかで、懐かしい兄の声が聞こえたような気がした。
アルデバラン、俺はここで木になる、そう言ったように聞こえた。
この不毛の地に根を下ろして、雨を呼び、命を呼ぶ。
小さなころから俺を守って育ててくれた、あのユーカリ樹のように、強く優しい、孤高の木になって、たくさんの命を呼び、増やし、大きく育てて、いつかきっと、この砂漠を、もうひとつのリシャーナの森に変える。
そう聞こえた。
兄もまた、たくさんの命を奪った罪の意識に苦しんでいたのだ、と思った。
ここで、数限りない命を育て、見守ることで罪滅ぼしをしようとしているのだ、と。
アンタレスの顔が一瞬、ふっと緩んだように見え、それから、その体がぱっと白く輝いた。
そして、その光が消えたとき、アンタレスの体は、ひと粒の、植物の種に変わっていた。
小さな、希望の色をしたその種を、注意深く砂の中に埋めると、アルデバランは、立ち上がり、星あかりを頼りに歩き始めた。
世界のどこかに必ずあるはずの、リュキアの国を目指して。
プロキオンの待つ、リシャーナの森へ帰るために。
兄アンタレスに変わって、リシャーナの森を守り、レグルス王を補佐するために。
頭上に広がる満天の星空が、明るく輝いて、アルデバランの行く道を指し示してくれているような気がした。
< 完 >