全33件 (33件中 1-33件目)
1
昨日は日記書けなくてごめんなさい。(これを書きながら、曲のほうのマイケルさんの「This is it」を繰り返し聴いているけど、やっぱりコレはあまりイケてないですね。なんとか、彼の歌唱力で魅力的そ~~には聞こえるけれども、曲としてはそれほどパッとしてない、というのが正直な感想で、亡くなったから、その後の昔のボツから出て来て売れているだけだと思う)29日に一日おとなしくしていたおかげで、昨日は午前中の大学病院に行くことができました。ホテルを出る時、鍵を渡しながら、「お顔の色がとってもよくなっていらっしゃって、安心いたしました」と、凄く愛想の良いコンシェルジェの女性が言った。そうか・・・やはりサンプルでもらってきた、やたらと高い基礎化粧品を使って、それから同じくサンプルでもらってきた資生堂のクレドポーのファンデーションをつけていたからでしょう。それとも、ジバンシーのほお紅がピンク過ぎたか・・・。(これが一番コンパクトだったもので)どっちにせよ、一見元気そうにはなったのだ。大学病院は再診だったので¥210円で済んだ。今までで一番安かったような気がする。大学病院から真っすぐ帰り、風邪と疲れからしばらく寝てました。ところが、夜になったらパニック発作というのか、脈がドーンと140越えしましてね、吐くし、心臓は止まりそうな感じになって、頭はガンガンするし、まあ、心臓は止まっても私は一向に構わないんだけど、ほら、人には寿命というものがあるわけだし、ま、止まるんならすぐに止まって欲しい・・・と思うくらい気分が最悪で、とにかく心臓が止まるのは構わないけど、具合の悪い気分は堪え難く、救急にまた行く事になったのでした。受付カウンターにへばりつきながら・・・「心臓が止まりそうです」この一言で、急患の最優先になりました。なるほど・・・やっぱり「心臓が止まりそう」なのは特別扱いなわけね。と学習した。(と、ここでずっと聴いていたThis is it の我慢の限界に達して止めた)病院の待ち合い室で待っている間、やたらと口が渇いて、水ばっかり飲んで、飲んでも飲んでも口が砂漠のようにカラッカラになるという現象が起きていた。医者「ご家族に心筋梗塞の方は?」私 「はい。父がバイパスの手術を受けています」医者「糖尿病と言われた事は?」私 「ありません。低血糖と言われたことはあります」医者「心配事は?」私 「おおいにあります」医者「多分・・・心電図は正常ですから、大丈夫だと思いますが、よくそういう風に脈が上がるようだったら、循環器科を受診されるほうがいいと思いますが・・・多分、精神的なものが影響しているんじゃないかなって思いますけど」偉い。ピンポ~~~ン♪私は、いつこの心臓が止まっても構わないと思っているので、循環器科を訪ねるつもりはない。ただ。ポックリっていうのじゃないと嫌だなあ。それに道で倒れた時、トラタニのパンツじゃなくて、ちょっとヒラヒラしたのを着ていたいなあ・・・とは思うけど、まあ、死んじまえば恥も何もないではないか。映画「This is it」の終わり方が中途半端で雑さを感じたと見た後に書いたけど、ならば、どう終わったほうが良かっただろうか?と、ふと思ったのだけど、あの映画の冒頭の部分で、マイケルジャクソンが彼の持ち歌の「SPEECHLESS」をアカペラで一部だけ歌うんですね。♪Your love is magical... that's how I feel... But in your presence I am lost for words... Words like.... like... I love you. ♪ それを、最後に持って来たほうが、映画としては完成度が高いんじゃないかって。あの歌はアカペラが入っている美しい曲で、彼が繰り返し繰り返し言う『「L.O.V.E.」love... 愛。』そのままの曲で、シンプルで、多分、あの映画を見たマイケルさんファンは文字通り「Speechless(言葉がない)」気分になるんじゃないかって。最後に「I love you...」というアカペラから外れて、語るように言うその部分はすごく良いと思う。ま、できてしまったものは仕方がない。しかし、50才のおっさんのマイケルさんがミーティング中にロリーポップをなめている姿は、なんとなく微笑ましいというか、ああ、この人は本当に精神的には15才くらいで止まってしまっているのカモしれないなあ、と思った。やたらと完璧主義な「15才」ではあるけれども。まあ、15才であろうと、50才であろうと、ロリーポップを食べることに何の問題もない。しかし、条件反射というのか、パブロフの犬と言うか、映画の中で見事に新しく再現された「スリラー」のシーンが出て来た時、やっぱり思わず笑ってしまった。なんなのかわからないけど、あの「スリラー」の動きは私にはお笑い以上のもので、そのギネス記録的完成度とは別に、私を笑わせるのだった。私はジョン・レノンが大好きなのだけど、彼が1980年の12月にニューヨークで射殺された時、私はまだそれほど「死」というものを理解していなかったように思う。実際、そのニュースを知っても、泣くという感情がなかった。あの日、私は学校へ行くはずだった。アイルトン・セナの甥っ子のブルーノが来季からF1で走ると言う。セナが一番可愛がって、徹底的にカートを教え込んでいた甥っ子で、あの子供の頃の面影はあまりなくて、横顔が、ちょっとだけ、叔父さんに似て甘いところがあるけれども、きっと、「セナ」という名前がF1に戻って来て、どうしても、叔父さんの面影を追いたくなる人は少なくないだろう。セナは生前、甥っ子のことを「僕よりずっと素晴らしいレーサーになるよ」と言っていたけれども、今までの成績を見るだけでは、アイルトンはちょっとがっかりしているかもしれない。ただ、今のF1はアイルトン・セナの死後、大幅に改善されて、ちょっとやそっとじゃ死なないようにできているから、安心して走ればいい。きっと、叔父さんが後ろからプッシュしてくれるよ。まだ可愛いけど、F1というスポーツは見かけ以上に過酷なスポーツで、どのドライバー・・・まあ、トップドライバーってことにしておきましょうか、数年すると別人みたいに極端に老けるんですよ。アイルトンだって、まだこのブルーノの横にあるJohn Player Specialのマシーンに乗っていた頃はブルーノみたいに、若くて、奇麗で、あどけなさすらあった。けれども、1988年の最初のワールドチャンピオンの頃から、亡くなる1994年の間、彼は本当に別人のように老けた。もちろん、老けても、そのかっこよさは変わらなかったけど。マシーンに「ブルーノ」と「アイルトン」の名前が書かれているところがいいね。ちっちゃい頃を知っているから、特に可愛く感じてしまう。
October 31, 2009
コメント(0)
昨夜、マイケルさんから帰った頃から具合が余り良くなくて、今日は一日滞在中のホテルでダウンしております。それで、スカイプで「ああ、具合悪い~~~。マイケル・ジャクソンの霊が肩に乗ってるみたい~~~」『ええ~~やっぱり、あなたヒヨウイ体質だから、マイケルさん、ついてきたかなあ』「かもねえ(ある訳ないが)なぜか知らないけど、ビリージーンを歌っている間だけ頭痛が治まるよ」『ほう。それはちょっと不思議よね。』「でしょう?私、ビリージーンなんて、日頃、全く歌わないのに、なぜか浮かんで来て、口ずさんでいる間だけ、具合がいいのよ」『やっぱり、ついて来たか』「うん。マイケル、ゴーホームって気分。」などと、スカイプで相変わらず馬鹿な話をして、風邪具合が悪いんだったら寝てればいいのだけど、じっと寝てるのもヒマで、友達と話をしていたのでした。そして、映画の感想などを話していたのだけど、昨日、映画から帰って来て、なぜだか知らないけど、日頃そういうことは全くないのに、なぜか目が充血するくらい、別に何の感情もないのに涙がポロポロと出た話もしたら『やっぱりマイケルさん、ついて来たカモ。あ、彼女、英語わかるしい、みたいにさ』そして、私はビリージーンを口ずさみながら、「ごめんねえ。これ歌ってないと頭、痛くてさあ」などといいながら、結構ながく話をしていた。「This is it. 見ながらさ、ああ、SMAPの中居君は、こんな映画を見るために、わざわざロサンゼルスまで行ったのか・・・ご苦労さんなことだなあって思ったよ、正直。私は近くに大きな映画館があったから見たけど、ロサンゼルスまで行って見たいとは思わないや。例えファーストクラスでも。いや、映画の出来不出来は関係ないんだけどさ。ただ、短時間に編集したせいか、見ながら「この映画、どうやって終わるつもりなんだろう・・・」って思いながら見てたら、終わり方が雑だったね。なんか中途半端というか、やっぱり時間かけて作ってないからか、もうちょっとどうにかしたエンディングがあっただろうにっていうような終わりかただったよ。ほかは割と短時間にしてはいい編集だったんだけどね。終わりがねえ」『そうかあ。ただレッドカーペットの上を歩くために、中居くん、タキシード着てたのに、やたらと普段着っぽいウィルスミスが極端でおもしろかった』「なんか、ウィルスミス、楽しげだったよね」と突然、映画評論家っぽいことを言いはじめ、「最後にさ、「三人の子供達に捧げます」って出るんだけど、なんかねえ。捧げる割にはエンディングがちょっとお粗末すぎへんか?って感じが私はしたけどね。」『へえ。捧げられてもねえ』マイケル・ジャクソンのお姉さんのラトーヤさんは、この映画がもの凄く気に入らないらしく、インタビューでも不機嫌な態度で「私は見る気ないです」って言っていた。私は余りそういう映画を見て、グッズを買ったりしないのだけど、ちょうどボールペンの付きが悪くなっていて、丁度マイケル・ジャクソンのグッズに¥500円でポールペンが売っていたので、店員さんに「これは、ただのボールペンですか?」と聞いたら見本を持って来て見せてくれて、『一応、ここにMichael Jackson King of Pop って入っているんです』と言うことだったけど、インクが切れたらどうなるんだろう?と思って聞いたら、『ええっと・・・一応、生産国が外国ですので・・・もしかしたら、ないかもしれないです』と言って生産国を見せてくれた。てっきりそういうものは「中国製かな?」と思っていたら、イタリア製で、なかなかいいデザインで書きやすそうだったし¥500円なら買ってもいいかなと思い、買った。いつだったか、成田の空港でアメックスのキャンペーンでもらった緑色のポールペンも、かなり使えたから、きっとまあ、¥500円分くらいは使えるでしょう。モンブランの替え芯よりずっと安いし。今日はとても外出できるような状態ではなかったので、フロントに電話したら、近所のコンビニまで買い物に行ってくれた。このホテルはなかなか値段の割には快適でサービスもいいし、女性のほほ紅の色も良かった。ああ、ほほ紅の色は関係ないか。日頃、じ・・・・・っとしていることが多いのだけど、私は動く時は人の何倍も動く習性があって、昨日は夜のマイケルさんの映画の前にあちこち、用を済ませていて、かなりしんどかったし、人ごみにいたので、風邪、毎度毎度でぶり返したようです。しかし、昨日は赤いユニクロのパンツをはいて行かなくてよかった。スクリーンの中のマイケルさんとオソロになるところで、オソロ着てると相当なファンだと勘違いされそうだった。どうせ、明日は大学病院に診察を受けに行かねばならないので、ま、行き先が「病院」なので、本当に具合が悪かったら風邪もどうにかしてもらおうではないかってな感じですかね。さっきまで、ちょっと寝てました。それで、ちょっと具合が良くなっています。熱は微熱程度なので「豚」ではないようです。エリック・クラプトンが胆石の手術の為に、30日のマディソンスクエアーガーデンでのロック殿堂コンサートをキャンセルしたってメールが来た。そういえば、昨日、通りがかりに資生堂のサンプルをもらおうと思って、引き換え番号を持ってデパートのカウンターに行ったら、「サンプルをお渡しする前に、15分ほど説明を聞いてもらいます」と言うことで、忙しかったけど、サンプルが欲しかったので説明を聞いた。「早速、今夜から試してみてください。皆さん、本当に驚かれますから」ということで、昨夜、洗顔から美容液入り化粧水(¥1万円)とナイトクリーム(¥3万円)を使って今朝起きたら、やっぱり値段のだけは、しっとりしていた。しかし、全部ラインでそろえたら合計¥6万円もする。おまけに、目薬と一緒で、やたらと「5プッシュでお使いください」とかなんとか言って、早く使い切らせる魂胆が見え見えで、そんな高い化粧品は現実的に¥7400万円を援助してくれるような男性がいない限り使えない。スカイプで友達と同じ午後のワイドショーを見ながら話をしていて、「この34歳女、って口しか出てこない詐欺容疑の女性、すごいよね」という話になった。「あたしは、1700万円を振り込むお金があるってだけでもびっくりするわ」『そうよねえ。でもさあ。この騙されて殺された可能性のある男性って、いつも写真が出て来て気の毒だよね』「本当よね。容疑者は紗がかかってるのに、殺された被害者はいろいろな写真が全国的に毎回登場して、日本って、本当に被害者の人格、無視だよね。私、例え殺されても、写真出されたり、ブログまで公開されたくないよ」『この口しかでてこない女の人、ある意味、三浦知良より凄い犯罪になるよね、もし本当に4人も6人も殺してたら』「ミウラカズヨシもびっくりってな感じだよね」と、話は昼下がりの主婦みたいな会話になっていった。あ、友達は主婦だけど。「ウチの兄貴もさ、若いオネーチャンに一途になるタイプだから、心配よ」『そうだね。なんとなく、タイプが当たっているみたいな感じだもんね』「しかし、兄貴の場合は34歳は範囲外だけど。(20代が彼の目標です)」『このニュースを見て、学習してほしいよね。でも、ワイドショーの時間帯は仕事だしねえ、見れないよね』「それに「ボクに限ってそういうことはない」なんて思うかもしれないしね。仕事は抜群にできるのに、なんで女見る目がないんだろうって、つくづく思うよ・・・・」ああ、それにしても、フロントの人に買って来てもらった、チャーハンのおにぎりはかなりおいしかった。海外だと相当チップ渡さないといけない。日本っていい国。それに、「生クリームのロールケーキも買って来ていただけますか?」って言ったら、私がズバリ食べたかったロールケーキを買って来てくれた。そういえば、転覆事故で助かった3人の生存者が「今、食べたいものは?」の問いに『ロールケーキ』って答えていたっけ。昔は「握り飯」とか「みそ汁」だったけど、時代は完璧に変わっている。
October 29, 2009
コメント(0)
私はだいたい、映画とうものは何度も見る癖があって、よほどつまらないもの(これらはほとんどが機内で見たものですが)以外は、繰り返し繰り返し見る。機内で4回半見たミッションインポッシブル3ですら、時々パソコンで見たりしているくらい、繰り返し見る癖がある。ビートルズの映画になると、多分、100回以上見ていると思う。映画というものは、見るたびに、見え方が違うことが多く、それ故に、繰り返して見る癖がついてしまったとも言える。マイケル・ジャクソンの映画「THIS IS IT」の公開初日の今日、誰の感想も耳にしないうちに見ておきたかったのは、誰の感想も聞きたくなかったからで、もし、映画の感想を聞きたくない方は、この先は読まないほうがよいかもしれない。あの映画は、1回でいい。出来がいいとか悪いとかの問題ではなく、ただ、あの映画をもう一度見たいという気持ちになれない気持ちにさせる映画だったからだ。感動するでもなく、泣きたい気持ちになるでもなく、なんというか、ああ、もう終わったんだなって、そう思わせるなにかがそこにあって、それがために、もう一度、「THIS IS IT」を見たいとは思わないのかもしれない。つぎはぎで構成されたマイケル・ジャクソンの歌は見事に素晴らしく、元気そうに踊って、そして、私が一番好きな「プロフェッショナル」なマイケル・ジャクソンが見れる、そんな映画だった。英語のThis is itを日本語に訳するのは不可能だと思う。そういう言葉が日本語には存在しないからで、なぜ、彼が最後のコンサートツアーのタイトルをThis is it.にしたか、そして、映画「This is it.」が出来たか、なんとなく、運命というか、物語はそういう風に流れるように、人知を超えた何かが作用したような、不思議な感覚があった。とても痩せたマイケル・ジャクソンは、私にはすでに90歳くらいに見えたし、それだけのことをしてきた人だし、This is it. で終わりにしたかったのは、マイケル・ジャクソン本人だったんじゃないかって、そう感じた。ロンドン公演50回は無理だっただろうと、何度となくここに書いてきたけれども、あのリハーサルを見ただけで、もう、コンサートは終わってしまったような、そんな気にさせる「なにか」がある。私は勝手に、マイケル・ジャクソンの死は、他殺的自殺だと思っている。50回なんてできないって、きっと本人が一番知っていただろうし、違法で危険な麻酔で睡眠を取りながらツアーをやること自体、自殺的行為であり、きっと、ツアーのどこかで、何回目かで、自分は終わるだろうって、そう、思っていたのではないかって。素敵な歌と、抜群な踊り。それが、フィルムになって、コンサートの代わりになることを、まるで知っていたかのような人に見えた。はっきり言えば、見て、疲れた。それは、マイケル・ジャクソンの「疲れ」が伝わってきたからなのかもしれないし、単に、私が疲れてしまっただけなのかもしれない。それはどちらかなのかわからないけど、とにかく、疲れた。おつかれさまって、言いたくなるような、そんな映像だった。そして、なぜだか、涙が出てくる。悲しくもないのに。正直言うと、This is it と言いたくなるようなパスタを昼間食べた。こってりブルーチーズのカルボナーラだ。マイケル、悪いけど、カルボナーラがThis is itだったよ。マイケル、おつかれさま。そして、おやすみなさい。
October 28, 2009
コメント(0)
これは、本日の昼飯です。滞在中のところで聞いて、おいしくて安いということで行ってきた。お味噌汁の中には伊勢エビ・・・・やたら、おいしかったです。それが、目の前に生け簀がありましてね、魚が泳いでいるんですよ。刺身を食べつつ、幸せそうに泳いでいる姿を見るっていうのも・・・なんといいますか、いささか複雑怪奇な気分になるものですね。例えばステーキ食べてる前に牛がウロウロしているのと同じわけです。それで、まあ、お腹が減ってましたから、食べました。食べながら、生け簀を泳いでいる魚たちを観察していたのです。するとですね、ほとんどの魚(名前はわからない)が正面からやってくるのを上から見ていると、ほとんどが、なんと、『人面魚』だっ!「おお!人面魚だあ!」一時期、かなり昔に人面魚が話題になりましたが、魚って、ほとんど人面魚なんじゃないかなあ。しかし、人面魚の活き造りは食べたくない。それから、先月から予約を入れていて風邪のために延期していた「ヴォーカルトレーニング体験レッスン」に行ってきました。始まる前にアンケートがあって、「尊敬するアーティスト」という項目があって、思わず『シャガール』と書きそうになった。一応、まず「モーツアルト」を書いた。・・・ちょっと違う?その後、「尊敬ねえ・・・・クラプトン、好きだけど尊敬しているかどうかと聞かれると、それほど尊敬はしていない。好きだけど。そこで、「フランクシナトラ」とか訳の分からない人たちの名前を書いて、ふと気づいたことには、女性が一人もいない、全部外人。ヴォーカルの先生は25歳の明るい人だった。しかし、ニューヨークが好きだと言うその人にニューヨークの話をしていて盛り上がってしまい、ほとんどヴォーカルレッスンはできなかった。ただ、私は、普通の声で歌うには音程もしっきりしているし、上手らしい。しかし「地声」が出きってないので、歌えないのだということがわかった。レッスンの最後にマイケル・ジャクソンの「ヒールザワールド」を歌ったけど、「やっぱり英語、まったく問題ないですね・・・・いいなあ」などと言われ、耳がいいから、地声を出せるようになると、かなりパ~~~~っと歌えるようになる、ということだった。それで、いろいろとレッスンの説明を受けながら、「どうしてレッスンを受けようと思われたのですか?」と聞かれたので、『それがですね。私、カラオケって行ったことがなかったんですよ。それがこの間、幼なじみと一緒に初めて行って、マイケル・ジャクソンの「BEN」を歌おうとしたら、前奏は始まったけど、マイケルがいない・・・うわ~~~私が歌わなければならないの~~~?マイケルの代わりに!」ということになり、非常に不安を覚えました。日頃、CDでマイケルと一緒に歌っているので、マイケルがいなかったんす。』と言ったらかなりウケテしまって、「その「マイケルがいない」って名言ですよ。奥が深い」と関心され、「これから、名前を言わなくても「マイケルがいない」で通じますよ」とまで言われた。日頃、大きな声をあげる機会がない。今日、思いっきり大きな声を出したら、なんとなくスッキリ感があった。家では大声では歌えないし、ストレス発散には良さそう。やはり、声変わりする前にかなり歌っていたせいか、歌自体は音程もしっかりしているし、何しろ、英語の歌の英語がパーフェクトに歌えるのが凄いと一目置かれた。いや、一目置かれたのは漫談のほうだったのかも。今の私はささやくように歌うとうまいのだけど、大きな声になるとドレミまでしかでない。一応、レッスンを受ける手続きをしてきた。さて、どの程度まで歌えるようになるでしょうか。そのうち、さんまのスーパーからくりTVのかえ歌コーナーに出てたりして。「実家に居候の身の悲惨さを歌います」とか言って。明日は「This is it」の全世界公開の日。明日はマイケルがいる。
October 27, 2009
コメント(0)
『ああ、良かった。仲直りできて』そう言う寝言で、またもや午前五時半に目が覚めた。夢を見ていたのはきっと、寝る前に、とても懐かしい映像を見たからだろう。アイルトン・セナがまだF1にやってくるよりずっと前。私はいろいろな事情があり、F1の世界に近いところにいた。画像には、私を膝に乗せて写真に写ってくれていたドライバー達がまだ若々しくいて、大好きだったコーリン・チャップマンおじさんも元気でいた。今、F1を好きだと言う女性の中で、一体どれくらいの人がこの偉大なるコーリン・チャップマンのことを知り得るのだろうか?と、ふと疑問に思った。きっと、セナ時代にF1好きになり、その後シューマッハになって、ただ、今に至っているのではないかって。それはそれでいいけど。変わっていくものは、何事も同じで、それは仕方がないことなのだけれども、私は今のF1がどうしても好きになれない。「大きくなったら、きっと素敵なレディになるだろう。そうしたら結婚しようね」そう言って笑っていたワールドチャンピオンは、私が十分大人になった頃、突然亡くなった。私に最初にシートベルトの大切さを教えてくれた人だった。イギリスのブランズハッチにはレース中にも時々うさぎが出て来て、クラッシュの原因になったりもした。今はもう使われていないポルトガルのエストリルサーキットでは、一緒に自転車に乗って、コースの下見をしたりした。私が車と自転車は男勝りなのに、なぜか、バイクだけは乗れないという不思議がある。フォーミュラーワンのレースを観客席から初めてみたのはモナコの時だったし、それと、2002年のスズカでの日本グランプリだけで、他のレースはピットにいて、そこからみるのが当たり前のようになっていた。その頃は「スタート直後が一番危ないから、ピットから下がって」と言われたりしたけれども、私はスタートを観るのが好きだった。『音が凄く大きいの』そう言うと、ワールドチャンピオンは、ヘッドホンなしでもピットの直線だったら、マシーンが走るのと同じように頭を動かすと、そんなにうるさくないよって、教えてくれた。懐かしかったなあ。変な時間に目が覚めたので、ちょっと書いてみた。
October 27, 2009
コメント(0)
明日から数日、留守にする為に簡単な用意をしなければならないのだけれども、私はどうしてもこの「荷造り」と言うのが苦手で、何度やっても、どこに行くにも、たとえそれがニューヨークでも、嫌で仕方がない。今日も骨折中の友達と午後はスカイプで休み休み話をして過ごした。「プレスリーみたいにはなりたくないんだ」と言うエルビス・プレスリーという人はどういう人だったのか調べてそれを読み上げる度に、『ええ~~。そんな人だったの????』と驚くことが多くて、人の持つイメージや固定観念は凄いなあと思ったのだった。多くの欧米の芸能人が「プレスリーのようにはなりたくない」といい、マイケルジャクソンも「プレスリーのように死にたくない」とまで言ったその人はきっと、凄いプレイボーイでお金がなくなって、ストレスで太って、仕方なくヒラヒラの付いた衣装をまとってラスベガスで歌っていたのだろうと思っていた。けれども、本当は「ストレスで過食症になった」という事以外は事実はかなり違っていた。今のまだ年若い人達が「異常者的」扱いしかされなかったマイケルジャクソンしか知らないのと同じように、私もプレスリーのことは漠然とした「イメージ」しかなくて、知れば知るほど、「なんだ、大金持ちで、オマケにいい人じゃん」と思うのであった。多分、私が大好きなジョン・レノンがやたらと生前「プレスリーのように、おちぶれてベガスで歌わなければならなくなるのが恐ろしい」と言っていた言葉がいつもあって、それも調べて行けば、元々、ジョン・レノンとプレスリーは仲が悪くて、ビートルズ絶世期に一度だけ会ったらしいけれども、その時も、ジョンはプレスリーを馬鹿にしたような事を言って、更に関係は悪くなったらしい。それにしても、そんなにいいお父さんの娘で、前マイケルジャクソン夫人だったリサ・マリー・プレスリーの目つきは何故あんなに恐ろしいのだろう???????決して怒ったりしないマイケルさんが病院で喧嘩するくらいのリサ・マリー・プレスリーって一体・・・・。私の知り合いの精神分析医が言うには、女性は、99%、好き嫌いに関わらず、父親を知っている知らないに関わらず、父親とどこかしら似た相手とくっつきたがるらしい。それを思えば、たとえ、それが偽装の為の結婚であったとしても(事実は不明)リサー・マリー・プレスリーがマイケルジャクソンに惹かれた理由はわかるような気がする。マイケルジャクソンが彼女に惹かれた理由は全くわからないけれども。そして、だからと言って、たとえ、エルビス・プレスリーがびっくりするくらい「いい人」だったとしても、やっぱり私は「プレスリーが好き」とは言えないし、これからも、それは変わらない。明日、やっとヴォイストレーニングの体験レッスンを受けるのだけど、明後日はマイケルジャクソンの映画が公開になるので観ることにしているし、いろいろと考えなければならない事は沢山ある。あ。パスポート。更新だ。私は写真は専門なので、以前のストロボがパッとつくブース式の照明写真に写る時は、ちょっとした工夫をするので、ブース式のインスタント写真でもまるでスタジオで撮ったような感じに仕上げることができていた。今持っているパスポートの写真は一時帰国した時に成田の空港のブースで撮ったもので、10年も前のことなので、もちろんデジタルではない。最近のブース式はほとんどデジタル化されていて写真の良さがない。パスポートセンターに問い合わせたら、近くにブース式のものもあるけれどもセンターには撮影所があって、それは¥1200円だという。もちろん、人の手で撮影されるのでライティングなどがしっかりしているらしい。その「しっかりしている」ライティングに指示を出しそうな気もしないではないけれども、10年なんて、本当に思うより、ずっとずっと早く過ぎる。今は、「ああ、もうこんな年になってしまったか・・・」と思うことが多いけれども、そう言えば10年前も同じように「ああ、もうこんな年か・・・」と思っていて、きっと、今は「年を取ってしまった」と思っている「今」が、時が過ぎてみれば「あの頃は若かったな」って思うんだろうな。きっと。
October 26, 2009
コメント(0)
ああ、また、早めに寝たら、こんな変な時間(午前2時前)に目が覚めてしまったではないか。と、自分の睡眠パターンに腹を立てても仕方がない。ネットでニュースを読んでいたら、先日初公判があった、芸能人の夫の記事があり、「仮釈放後のあの逃げ方は「あの手の人達」が関わっているとしか思えない。(中略)たとえ執行猶予、保護観察付きの判決が降りても「あの手の人達」との繋がりが切れるかどうかが問われる」とかなんとか書いてあって、そこのところがなんとなくおかしかった。「あの手の人達」とは関係ないけど、生放送をやっていた頃、サングラスの取材があって、その中のある形のサングラスを見て、『これって、「ヤ」の付く「自由業」の人みたいに見えませんかねえ』と言ってしまい、ディレクターに苦笑されたことがあった。一応、放送コードには反してはいなかった。今日もスカイプで友達とちょっとだけ話をしていたのだけど、こうも毎日話をしていると誰と何を話したか、混乱してきて同じ話を同じ相手に何度もするという、初老製健忘症的状態になるのだ。今日は、マイケルジャクソンの得意技のひとつである、「ピクリとも動かないパフォーマンス」の真似をして大笑いされた。「アハハハハ、うわ~~~本当に置物みたいに見える~~~」とか言っていた。あれはサングラスをかけているとかなりやれますね。そして、日本の友達に「私さ、ベネズエラ人の友達から「あなたは典型的日本人と思うわ」って言われたけど、もうそれに反論する気力もなくなっていて、聞き流していたというようなことを言ったらまたもや笑っていた。「その人さ、他の日本人の女性を知らないからそう思うんだろうね」『多分。だって、私しか日本人の友達いないもん』そして、スカイプで話をしている最中にそのベネズエラ人の友達からメールが届いて(内容はスカイプで久しぶりに私の顔を見た感想であった)「わたし達の友情は長く、そして、最初に会った時のあなたより、今のあなたはずっときれいです。LOVE』って書いてあって、それを読んで、「こういう内容のメールを愛おしい人から貰いたいもんだね』とつぶやくのだった。つぶやく・・・と言えば、ツイッターとかいう、単につぶやくサイトがあって、何が面白いんだろう?と思って、1ヶ月くらいやってみたけど、全く面白さが感じられなくてやめた。多分、私は他人がつぶやいている内容に全く興味がなくて、そんなもん読んでるヒマがあったら別の事をしたほうがいいと思った。何故、ああいう短文で内容があるようなないような「他人のつぶやき」を追ってまで読みたいのだろう?それとも、単に私が他人に余り興味がないからなのだろうか???なんだかわからないけど、友達と「まさか、こんなに早くテレビ電話が手軽にできるようになるなんて、昔は思ってなかったよね」などと話をしていた。今日もネタがねえなあ・・・・。すまんねえ。面白い事書けなくて。こういうのを「スランプ」って言うのかも。火曜についにヴォイストレーニングに行く事になっているので、ちょっとはネタができそうです。今は面白い事も、真面目な事も書けないという状態。ああ、そう言えば水曜からマイケルさんの映画があるので、見なくては。私は映画は何度も見る癖があるから、結構2週間の間に3回くらい見てたりしてって、それはさすがにないだろう。しかし、月曜の酒井法子被告の初公判に一体何人の傍聴希望者の列ができるかが話題になっておりますが、もうああなると、プラチナチケット以上ですね。おそまつ。
October 25, 2009
コメント(0)
これは何かといいますと、ニューヨークにある「メトロポリタン美術館」のマスコット的存在の青いカバです。エジプト時代のものらしく、これはメトロポリタンミュージアムのショップで売っている、子供向けのナップサックで、首のところがジッパーになっていて、ちょっとしたものなら入ります。私はここに「ヘソクリ」を入れています。今日は、と言うよりも、今日も、午後はスカイプで過ごしました。一人目は東京の骨折中の幼なじみ。二人目はタイに住むベネズエラ人。最近、スカイプでテレビ電話にして顔を出す事も躊躇しなくなっていて、今日はベネズエラ人の友達に初めて顔を出したら、夫を呼んで、スイス人の旦那さんと、久しぶりに会話をしたのだった。何しろ、3人ともコロンビア大学で一緒だったので、古い知り合いなのです。ベネズエラ人の友達は久しぶりに見た私の顔にびっくりしていて、「なんでトシとってないの!」とまずびっくりして、彼女に言わせると、最後に会った時より若返っているらしい。それから、「凄く歯が白くて奇麗!」といい、私の「歯」に恋してしまいそうだと言っていた。「やっぱり放送する時には歯が白くて奇麗じゃないとダメよね」などと言っていたが、私はこの「歯並び」じゃない時から放送はやってきているのだった。タイトルになっているのは、大貫妙子の「メトロポリタンミュージアム」という曲です。私は邦楽はほとんど訳がわからないんですが、大貫妙子とか竹内まりやとか山下達郎とかその辺はわりと聞いていますね。大貫妙子さんのアルバムは最近こそほとんど聞く事がないけれども、初期の頃のはかなり持っていて、ニューヨークでも聞いていました。彼女の曲の中に「ブリッカー・ストリートの青春」というのがあるんだけど、ニューヨークのビレッジに、その通りがあるのです。良く歩く所です。他にも彼女の曲の中には「真っ赤なフェラーリ」なども出て来て、割と好きなものが似ていたりするのかもしれません。マンハッタンにはいろいろなミュージアムがありますが、やっぱり一番好きなのはメトロポリタンミュージアムです。美術を取っていましたから、「来週の授業はメトロポリタンミュージアムで行います」ということも多々あって、実物の作品を前に授業を受けられることの凄さというか、ああ、やっぱりさすがにニューヨークの大学だなと思ったものです。特にマンハッタンの美術館は絵画などと見る場所の間にしきりのロープなどがないので、本当に間近に見られる所が凄いなあといつも思っていました。しかし、何十回行っても、全部は見ていない。私はメトロポリタンミュージアムの会員だったので、入場料はただでした。近代美術館は学生の間だけ、ただでした。(二つ目の大学が美大だったので)来週は4日ほど家をあけます。ちょっとした家出ですが、する事が多くて、マイケルさんの映画も見なくちゃならないし、パスポートの更新もしなくてはならないし、とにかく、「ここ」に居る事が一番のストレスになるので、来週は少しだけ、羽を伸ばしたい。大した事書けなくて申し訳ない。
October 24, 2009
コメント(0)
昨夜は、突然具合が悪くなり、よく言う「パニック障害」というものなのか、突然脈拍が、じっとしているのに130~140に上がって、息苦しくて、もどしたりして、そのままダウンしていました。今日は普通に戻っています。私はほとんど海外にいたので、日本にいた間と、日本で放送の仕事をしていた時だけは、邦楽をちょっとは知っていた。一時期、ハイファイセットが好きで、何故好きかというと、楽曲は良いけれども作者であるユーミンが歌うよりも、山本潤子さんの透き通るような声で歌われているもののほうが好きだったと、まあ、それだけのことなのです。山本潤子さんの声は、多分、モーツアルトや小田和正みたいに、アルファー波を出させるような周波数があるんじゃないかなって思う。まだ、日本の学校に行っていた頃、友達と一緒に横浜の「ドルフィン」を見に行ったこともあった。「なんか、歌の感じと違うよね」などと言いながら。ユーミンの歌では晴れた日には遠く三浦岬がみえるらしいけれども、壱岐対馬では晴れた日には韓国が見えるというのを聞いた事がある。私がニューヨークに渡ってからも、兄の友達から、ラブレターが届いていた。「ユーミンの青いエアメールを思い出しながら、あなたからの手紙をポストの前で開けてしまいます」というような返事が来ていた。けれども、どうしても小さな頃から知っていて、私には好き勝手言える「兄」がいなくて、その人が私には何でも言える「兄」のような存在以上になることがなくて、そんな手紙のやり取りをしていて、最後に、その人は親の希望で「ニューヨークに行ってしまった人のことを想っていても仕方がないじゃないか。頼むから、見合いをして結婚してくれ」と言われて、そのことを書いた手紙の最後に、歌と同じように「5年、いえ8年経って訪ねたなら、声もかけれぬほど輝く人でいて欲しい」と記されていた。私は長いこと、ニューヨークでその手紙だけはずっと持っていた。「輝く自分でいるだろうか」そんな想いの確認のためのように。でも、ある日、その人からのものだけでなく、ほとんどの手紙を全て捨てた。その人と帰国後、会う機会があって、待ち合わせをしていた私を見て、驚いていた。「5年、いえ8年」どころか、もっと時は経っていた。その人の見合い結婚は決して上手くいっていないと、会話の中から伺えられて、『ボクとやり直して欲しい』と言われた時には、思わず笑ってしまった。何故なら、「やり直す」も何も、わたし達は所詮、兄の友達とその妹でしかなく、つき合ったこともなかった。それから、私は一切会う事をやめ、メールにも返信しなくなった。まだ十代だった頃、少しの間だけ外資系の石油会社でアルバイトをしたことがあった。そのオフィスのあるビルからはタンカーが入ってくる海が見えていた。私はまだほんの十代の「子供」であったけれども、英語が話せることで(書類などは英語が多かった)そのアルバイトをしていたのだけど、やたらと仕事が早くできていたせいで、時間を持て余しては、広いオフィスの中を、本当に子供が遊ぶようにうろうろしていた。タンカーの船長とやり取りをする部長のデスクに行って、「ソーダ水の中を貨物船が通る~~♪」と歌ってあげたりもした。まだ、未来の「夢」ばかり背負っていた頃だった。今日はおとなしくしておこうと思って、午後からスカイプで骨折中の友達と話をしていた。初めて、テレビ電話状態にして、カメラの前に顔をやったら、『うわ~~~、目がでかい!色が白いし目鼻立ちがしてるから化粧してるみたい!』と結構ウケていた。おまけに、両膝で胸を挟んで谷間を作って「ほら、ダッチューノ!」などとやって笑わせたりしていた。幼なじみの女友達だからできる事で、私のとっぴさに慣れているからか、やたらと笑っていた。友達が笑うのはすごくいい。アタマが余り回転しないので、大した事はかけない。またネタあつめて出直します。
October 23, 2009
コメント(0)
ふと、気づいてみると、今朝、6時前に喉がかカラカラに乾いて目が覚めて、そのまま夢のブログを書いて、それからまた寝たのだけど、なんと、日にちが「9/21」になっていた。間違いです。このブログには書き込みがほとんどないので、私は相当なへそ曲がりなので、単純に書き込みができないように設定を変えた。本当は、だれでもいい、何か反応をしてくれることが楽しみで、多分、私は淋しくて、誰かと文字でもいい、コミュニケーションをとりたいと感じていて、けれども、何を書いても、カウンタが回るだけで、誰も何も言わない。以前、北海道の男性が見かねてか、音楽の話でレス100越えをしたりしたけれども、その時、正直、本当に楽しかった。今でもお元気でいらっしゃるといいと思う。そして、ありがとうと伝えたい。メールにこのようなメッセージがあったので、ブログで書くのはその人に失礼にあたるのかも知れないけれども、それ以外返事の仕方がないので、ここで、書かせて頂く。名前は匿名にしておきます。『こんにちは。いつもブログを拝見しています。私も生きる事を楽しみにしたり、終わりにしたいと思ったりします。これってやはり病気なのでしょうか?』これがメッセージだった。私が答えられることは、誰でも、生きていれば、死んでしまいたいと思うことと直面することは珍しいことではないし、また、些細なことで「生きていて良かった」と幸せな気持ちになることもあります。ただ、生きたい、死にたいという思いが繰り返すからと言ってそれが「病気」かどうかは、専門家の診察が必要だと思います。「ウツ病」というのは、なった者にしかわからない状態があります。それは、どんな言葉を使っても表現しがたい心の状態です。ただ、私は思うのだけれども、癌の人が末期がんになって亡くなる事と、心の病気で自ら命を絶つことは、本当はそれほど違いはないのではないかって。癌はがん細胞のせいで肉体が機能しなくなって、生きていられなくなる。病的な「ウツ病」も、結局、「自分で死ぬこと」が末期がんの最後と同じなのではないのかって。つまり、病気のひとつで、薬でもどうしようもなくて、「死ぬ」という病気なのではないのかって。ただ、癌やその他の病気は検査結果や、体調の悪さから、「死んでしまったけれども、仕方がない」と思ってもらえるけれども、同じように「病気」の症状の一つとして、自ら命を絶つというとなると、やたらと責められる事が多い。それって、変だと思う。生きていれば、つらいこともあるし、死んでしまいたいほど落胆することだってある。その反面、とても嬉しくて、生きている事がとても素晴らしく感じることがある。それはきっと誰にでもあって、珍しい事ではないと思います。「人生は長さではない」これは私の考えで、そう思わない人がいても当然だと思う。私個人のことを話せば、私は薬で治るような「ウツ病」とはちょっと違っている。実際に抗うつ剤などは一切服用していない。ただ、不眠症がひどくて、それがとてもつらい。私は「今」死にたいとは思っていないけれども、長生きもしたくない。前にも書いたとおり、病気などで生きたくても生きれない人はまだ、「生きたい」という希望があるだけ、生きていても「もう終わりにしたい」と思うよりも、ずっと恵まれていると思う。少なくても精神的には。けれども、人の運命なんてわからないから、そう言っていながら、明日、突然ポックリ自然死ししてしまうかもしれないし、交通事故に遭って死んでしまうかも知れない。わたし達は当然のように「明日がくる」と思っているけれども、本当は、1秒先でさえ、本当は何もわかっていない。私は以前から長生きに興味がなくて、大学の頃は「35才くらいで終わりでいい」と言っていた。だけど、それは別に自殺するとか、そういうことではなく、私にはとにかく、いろいろなことが沢山あって、疲れていて、淋しくて、一人が嫌で、消えたいと、そう思うだけなのかもしれない。「悲しい」とは思わない。私がこんな状態になっていることの原因がわかっているだけに、それがために、もう終わりにしたいと思ったりする。でも、まだ、親しい友達にお別れの手紙や感謝の手紙を書くだけで、一体どれくらいの時間がかかるのかわからない。人生は素晴らしい。だけど、もういいかなって思うことは確か。病気の場合は、一度、専門の病院に行っみることがいいと思う。お薬やカウンセリングで治ることだって多いから。 私の場合はそのどちらも、全く効果がなかった。つまり、根本的に漠然とした「ウツ病」ではなく、雅子妃殿下のように「環境不適合」なのだから、そこが変わらない限り、私は緻密に計画を立てて、多分、ニューヨークで死ぬ。私が最も愛した町。
October 21, 2009
コメント(0)
寝る前に「肉うどん」を食べて寝たせいなのか、またまた奇妙な夢を見て目が覚めたところです。今、朝の6時前。先日、加藤和彦さんがお亡くなりになり、あえて、その点については書かなかったのですが、夢のバックにず~~~~っと ♪あの、すば~らしい、あいを、もう~いちど~~~♪と繰り返し繰り返し流れていて、とうとう書かずにはいられなくなった、というわけです。夢は、どうやらニュージャージに住むアメリカ人男性と見合いしたらしく、まあ、一応、練習で一緒に住んでみましょうか、ってことでその人の住んでいるビルの一室を与えられ、そこで一人で眠っているのだけれども寝付けない。夢の中ではその男性に「悪意」は感じていなかったけれども、愛情がなかった。「こうして一緒に居る時間があれば、いつかは好きになるものなのかなあ・・・」とひとり、寝付けないままベッドに横になっているのです。すると、そのビルは高速道路の横にあって、車の通る音がやたらとうるさいことに気付き、そして、喉が渇いた。冷蔵庫の中を見たら、さすがに「男が暮らしてます」ってくらい殺風景で、私の好きなトロピカルオレンジジュース(濃縮還元ではないもの)がない。私は夜中の高速道路の車の音を聴きながら、「ああ、喉が渇いたなあ・・・しかし、この関係はうまくいかないな」などと考えていた。何しろ隣の部屋で寝ている見合いの相手のアメリカ人がいびきをかいているのが聞こえて来て、「車の次はいびきかよ・・・」と思いつつ、でも、何が一番居心地が悪いと感じていたかと言うと、そこが「ニューヨークの横にあるニュージャージー」というところが一番気に入らなかった。「ああ、この人と結婚したら、名刺の住所がニュージャージーになってしまう・・・それって、過酷」としみじみ思っていた。多分、いや絶対に、私は自分が本当に好きにならないと、触られるのも嫌なくらい嫌悪感を感じる。それは10代の頃から何もかわっていない、ということに夢で再認識した。それでその次にはバックにフォーククルーセイダースの「悲しくてやりきれない」が繰り返し繰り返し流れてたのでしょう。この素晴らしい曲の作詞がなんと、あの作家の佐藤愛子さんの異母兄であるサトウハチローだと知って、正直びっくりした。何しろ佐藤愛子さんがエッセーの中で「兄の詩は怠慢なのよ。誰かさんが誰かさんが誰かさんが秋見つけた、小さい秋小さい秋小さい秋見つけたって、同じ言葉の繰り返しで誤摩化している!」などとお書きになっていたので、そういう詩人なのかと思っていたのだけど、かなりしっかりした歌詞も書かれていて、それをクルーセイダースが歌うというのもなかなかオツなものだな・・・と思っていたのでした。メンバーだった、北川修さんは、今、精神科の医者として、九州大学で教授になっていらっしゃる。北山修先生という優秀な精神科がいても、「ウツ」を治す事は無理だったのだろうか。私はどちらかと言うと、フォーククルーセイダースの中では「コブのない駱駝」というのが好きで、多分あの曲で、もの凄く幼かった頃に「アラーの神様」というのを知った。♪天国よいとこ、一度はおいで。酒はうまいし、ねえちゃんはきれいだ♪ここにも、イスラム教の影響がみられる。さて、またちょっと寝よう。また、夜にでも。
October 21, 2009
コメント(0)
ホテルでテレビを見ていたら、丁度「エアーフォースワン」をやっていた。私はこの映画がかなり好きで、どこが好きかというと、エアフォースワンがハイジャックされた後に飛び立つ戦闘機(確かF-16?)のカールトンと言う名前の隊長(隊長って言うのかなあ?)が出て来るシーンで、ニューヨークではこのビデオを持っていて、このカールトンが出て来る所ばかりを、繰り返し、繰り返し見過ぎて、テープが変になったくらい好きだった。しかし。日本で初めて見た日本語吹き替えの「エアフォースワン」を見て愕然とした。ああ・・・わたしのカールトンがあ・・・・日本語を話している・・・・・。私はあの「目」しか見えない俳優が大好きで、何しろその「声」が素敵で、また、英語がやたらとカッコよかった。ホワイトハウスからエアフォースワンを攻撃するよう命令された時、カールトンは他機とスペースを開けるよう命令する際、『OK, Boys. I just had an order to attack the Air Force One.』とかなんとか言うのだ。その冒頭の「オーケイ、ボーイズ」というのがたまらなくかっこいいとおもいつつ見ていたのだけれども、これは残念ながら日本語にはない表現で、さすがにカットされていた。そして、ターゲットに焦点を合わせて、一言つぶやく『God, Hope it woks.』それがあ~~~なに~~~「上手くいってくれよ」だって・・・。まあ、内容は間違っていないけど。おまけに、ああいう戦闘機のミサイル発射時はだいたい「Fox Three!」とか「Fox One!」などと言われ、あの映画では『FOX 3! (フォックス・スリー)』と言って発射するのだけど、なんと、日本語で「はっしゃ~~~」って一体・・・・。私の恋心は日本語吹き替えと一緒に色褪せて行くのだった。すいません。ここまでで一応おしまいです。気が変わったらまた書きます。気が変わったので続きを書きます。今日、友達と話をしていて、前文のエアフォースワンのことを言ったら、即座に「あっ!例の戦闘機乗りだ!」ええ、つまり、友達が覚えてしまうくらい、私は気に入っていたのです。本当は戦闘機乗りが好きなのではなくて、ジェット機乗りに自分自身がなりたい!という夢を高校入るくらいまで持っていたのだえけれども(理由は簡単で、F1のわたくしのヒーローのニキラウダがジェットパイロットのライセンスを持っているということで、オソロになりたかったというだけのことなのだが)どうしても三半規管が弱く、その割には激しいアトラクションものの乗り物には強いのだけど、とにかく「回転」に弱く、冗談に聞こえるかも知れないけれども、回転寿司も余り得意ではない。それで、飛行機は「無理」との判断で、おまけに私が目指しているのはセスナみたいな小型プロペラ機ではなく「ジェット機」だったので、更に「無理」ということで挫折した。アメリカには女性のパイロットもかなりいて、空港をウロウロしてると時々かっこいい女性の機長に出会うことがあります。スッチーの友達が「パリ便でパリに行くけど、来ない?」と誘いのFAXが届いたので、NYからパリへ行った時、ホテルで友達と一緒に朝食を食べていたら、機長がやってきて挨拶をした。イギリス人で凄くかっこ良かった。『ああ~~~ジェット機乗りだあ~~~私さ、ビリージョエルに会った時より嬉しいよ~~~』と言ったら、スッチーがウケてしまって、「それ、ちょっと言って来る」と言って、キャプテンのテーブルまで行って、「彼女はビリージョエルに会った時よりもあなたに会ったほうが嬉しいと言っております」と告げたらしい。すると機長さん、ご機嫌になってしまって、『お友達のその彼女に制服を着せて、一緒にフライトしよう!』などと言い始めたりしたのだった。もちろん、そんなことはしませんけど。私はジェットコースターはかなり得意で、ディズニーランドくらいのレベルになると両手は完璧に離してます。必要ないくらい穏やかな乗り物しかないですから、あそこ。今日、友達ともそのディズニーの話をしていて、マイケルジャクソンが書いたミッキーマウスの落書きがオークションで高値で落札されたとかなんとかというので、私も一応、ソラで覚えている「ミッキーマウスらしきもの」を書いて友達に見せたのだった。「ああ、似てる。ソラで描いてここまで似るのって難しいよ。」『あ。そう? じゃあ、マイケルさんと同じようにサインもしておこうかなあ』「一応、著作権があるだろうから、ミッキーマウスとは書かないほうがいいかもね。」『わかった。「ねずみです」って書く』というようなやりとりをしていたのだった。平和そうに聞こえる、やり取り。
October 20, 2009
コメント(0)
それは、最近始まったことではなく、多分、幼いころからの積み重ねが、余りに積み重ねなり、強いはずの自分でさえ、限界を感じずにはいられない、そういう感じになっている。人は、貧富の差や、生活の善し悪しなどとは全く関係なく、生きて行けない、そう言う精神状態になってしまうことがある。まだ、その「時」が来ていない。それが、とてもつらい。もしも叶うものならば、私はニューヨークで灰になり、東97丁目にある、イーストメドウの、ディノといつも一緒に過ごした場所にその灰をまきディノの所に行きたい。私の遠縁でL.A.に住むおばさんは、以前、ラスベガスにカジノを持っていた大金持ちで、知り合いにもユニークな人がいて、例えば、ホワイトハウスは何故か、スピリチャルな専門家を雇っては色々と助言を受けていることは有名である。そのホワイトハウス顧問のスピリチャルの人の弟子にあたる人とそのL.A.のおばさんが親しく、その人が言うには、人は7回生まれ変わるということだった。その人はプレスリーとも親しく、もう、寿命が長くないからと言う事を助言したと言う。その時、プレスリーは涙したけれども、その人が、亡くなった後の遺産相続などでもめるのがわかるから、その点だけはきちんとしているようにと言ったことで、プレスリー一家はお金でもめる事がなかった。魂がどうなっているのか、前世があるのかどうか、本当に生まれ変わるのかなど、本当のことは、本当は、誰にもわからない。けれども、不思議なことは確かに起こる。今夜も、早めに寝ようと電気を消してベッドに横になっていたら、決して落ちるはずのないヘッドホーンが見事にバスケットの中から外に、ヘッドホーンだけが落ちた。私にはそういうことが多々起こっていて、もしかしたら、弱気になっている私への知らせなのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、落ちるはずのないヘヤースプレーが突然、台の上から落ちたりもした。きちんと余裕のあるスペースに置いていたにもかかわらず。今の私は「生きる」ことがちょっとつらくなっていて、だけれども、生きたくても生きれない人も沢山いるのだと言われたりする。だけど、その人は「生きたい」という思いがあるだけ、「生きたくない」と生きていながら思うよりは、精神的に健康なのだと思う。寿命というものがあって、だけど、自分で終わりにしたいということも、結局は寿命なのかも知れない。だけど、買ったばかりの土屋鞄も使うことは楽しみにしているし、生きていたいという気持ちと、もう終わりにしたいという現実の気持ちが交差する。私は本当に長生きに全く興味がなく、ただ、生きている間、できるだけ健康でいたいと思ってサプリを飲んだりしているけれども、思えば、手術ばかりを繰り返していて、それほど健康じゃない。これを読んでいる方達は、ぜひ、一人の人は、これからやって来る恋や結婚を楽しみにして欲しいし、家庭がある人は、一緒に居る人がいる幸せを感じて欲しい。人生は思うより短い。最近、本当にそう思うようになった。
October 19, 2009
コメント(0)
今、家からではありません。ホテルです。家から離れると、なんとなくほっとする。まあ、それはいいとして、ふと気がつくと、パスポートの期限切れが迫っているではないか。私はずっとニューヨークの日本総領事館でパスポートの更新をしてきていたので、パスポートの発券場所がNew Yorkになっている(写真参照)。しかし、今回は日本にいるので日本で更新しないといけないのだけれども、もうずっと日本でパスポートの更新をした事がないので、どうやったらいいのかさっぱりわからない。しかし・・・1999年からもう10年も経つのか・・・早いなあ・・・。えっ? 10年ものは日本では¥16000円もするの?・・・高い。来年の春にはニューヨークの運転免許証の更新に行かねばならないし、いろいろと更新の時期が続く。生きていることの更新をどうしようか・・・と思いつつ、結構、そういうことはきちんとしてたりする。今日はネタがありません。いろいろと考え、ニューヨークで最期を迎えることが目標になりつつあるということだけは、はっきりとしている。けれども、夜中に目が覚めたりすると、とても気分が良く、生きていることが素晴らしいと感じたりする。なぜだろう?と思ったら、家族の誰もが、犬も含めて寝静まっていて、まるでニューヨークで一人で暮らしていた頃のような気分に一時的になれるからなのだろうなあ・・・と思った。夜中に目が覚めて、台所に水を取りにいく。誰も居ないように静かで、好きなものだけに囲まれて過ごしていたときのことが、ふと、よみがえる。私のニューヨークの住居には、90%は自分の好きな物だけだったと思う。コップから食器から、家具、ベッドのリネン類、靴、犬、CD、プラント...すべて、私が選んで、好んで使ったり愛したものばかりだった。病気を家族に理解されないことほど、悲しいことはない。見た目が「普通」っぽいことが多いからか、ただの怠け者扱いされる。心の中で何が起こっていて、どれほど危険なのか、言葉にして言うことすらできない。加藤和彦さんがお亡くなりになったけれども、とても計画的になされたことだと思う。そして、私はその気持ちがとてもよくわかる。もちろん、私は「音楽的に行き詰まりを感じたり」しはいしけれども。最近、遺言を書いていて、手書きで書いていたからかもしれないけれども、内容が長くなればなるほど、気分は最悪になり、翌日それを全部破って捨てた。本当の終わりの時というのは、「いままでありがとう。さようなら」それで精一杯だと思う。幼なじみの友達はまるで姉妹のようにいろいろとわかってくれる。その点で行くと恵まれいるのかもしれない。私はこの地球に生きるには、あまりにも感じやすく、繊細過ぎて、脆い。人が経験できないことを沢山経験してきたし、世界の多くの場所に何度も行き、よい思いでも沢山ある。実は、あまりにも最近「マイケル~~~」と言っていたからではないだろうけれども、私の皮膚にも白班病みたいな白いところがあることに気がついた。私は日本人女性の中でも色が白くて、ニューヨークのデパートなどでファンデーションを買うときになると、決まって、東洋人のスタンダードの色をすすめられる。「私は思うより色がしろいですよ」そういうと、椅子に座らせられて、いろいろなファンデーションの色を頬の下のあたりに数色ぬって、驚かれることが、ほとんど白人と同じくらいで丁度いいというだったりする。そんなに色が白いのに、あちこちが白くなっているってことは、マイケルとオソロ?白班病の原因の一つに「ストレス」がある。多分、そうなのかもしれない。でも、全身が白くなる前に、私はもう生きていないと思う。あと2年か3年。そう思っているけれども、とてもそのゴールが遠く感じてしまう。人生は長さではない。私はマイケルジャクソンやジョンレノンやアイルトンのような偉大なことはなにもしていないけれども、私なりには会いたい人には会い、私にとってできることはやったし、世界を旅して、友達も作ったし、友達と別れたりもした。恋もしたし、裏切られたこともあるし、失恋して泣いたこともある。端的に言えば、私は年寄りになりたくない。ただ、単純にそれだけなのかもしれない。
October 18, 2009
コメント(0)
すいません。寝てました。と書かなければ誰もわからないのだけれども、相変わらず早めに寝るとこんな時間に(午前3時頃)目が覚るのです。ところが、変なもので、寝る直前までは「ああ、もう、生きていたくないや」という気分で寝るのに、夜中に目が覚めると、やたらと気分爽快なのは不思議です。それで、夜が明けると、また「ああ、もう、生きてるの、飽きた」とか言うような気分に陥ったりする訳です。例えば、「ああ、もう死んでしまいたい!」と物騒な事を思いつつ、健康的なサプリメントをしっかり飲んでいたりする事に似てますね。長生きしたいのやらしたくないのやらわからない行動というやつです。一昨日だったか、骨折中の友達とスカイプで7時間くらい話をしていたら、この部屋には一日に四季があると言う事に気がついた。話し始めはお昼前。寒くて、すでに倉庫から出して来たハロゲンヒーターを使ってやっと暖かい。「今、冬みたいよ」と状況を説明しながら、昼過ぎ頃になると「ああ、春が着た。ヒーターはもういいや」となり、午後2時過ぎ頃から今度は西日が入ってきてやたらと暑くなる。「夏だ!汗かいてるよ~~~。クーラー入れよう」そして、夕方になると「なんとなく肌寒いというか、秋ですね。もう冷房はいらないわ」となる。友達はなるほどと理解し、『ああ、それじゃあ、風邪、なかなか治らないの、無理ないわ』と言う。実際そうなのだから仕方がない。そもそも、この部屋は人が住むような部屋ではなく、お客さんが来た時にお茶を出して、話をしてしばらく過ごすくらいの為の部屋で、そこに居候をしているので仕方がない。本来は、2階に自分の部屋があるのだけれども、ニューヨークに余りにも長く居たため、2階の城主(兄)が使わせてくれないのだ。それで、ここに配属されたという訳。そう言えば、加藤和彦さんが軽井沢で亡くなったとか。そのことをメールでやりとりしていたら、「軽井沢と言えば、万平ホテルかなあ(ジョンレノンの定宿)」『かもね。しかし、私はどんなに死にたくても首釣ったりしたくないわ。だって、苦しいもん』「そりゃあ、苦しいから死ぬんだろうけどね。楽しくて愉快で死ぬっていうのは余りないよね」『やっぱりプロポフォールがいいけど、月1500万の給料が払えないから無理だしなあ・・・』と訳のわからない話になっていった。そして、YouTubeで三大テノールが歌う「マイウェイ」を聴いたけど、あれはひどかった。会場にいたフランク・シナトラは少しボケているのか、子供みたいに嬉しそうに聞き入っていたけど、3人で同時に歌う箇所などは、もう聴いていられないくらいひどかった。それで友達に「スリーテノールでも、マイウェイは無理です。やっぱりあれはフランク・シナトラ以外は歌っちゃいかんね」ということになった。あの曲は1975年、もう引退すると言うフランク・シナトラのために、4人で作られた曲である。まるでポールアンカ一人で作ったかのように言われますが、彼は、作詞をしていて、おまけにその作詞が元々あるシャンソン曲の歌詞を英訳したようなモノだったりするので、マイケルジャクソンの「THIS IS IT」で盗作疑惑を投げかけているポールアンカですが、そもそもの盗作はアンタじゃないのよっ!ってな感じです。しかし、あの曲の詩はとてもフランク・シナトラにあっていて、何度聴いても素晴らしいと思う。何度聴いても・・・ええ、とうとうYouTubeで聴くのが嫌になって、iTuneストアーから¥150円でダウンロードしましたよ。さすがに音質がいいですね。私はあの曲の特にI've loved, I've laughed and criedI've had my fill, my share of losingAnd now, as tears subside, I find it all so amusingTo think I did all thatAnd may I say, not in a shy way,"Oh, no, oh, no, not me, I did it my way"『愛し、笑い、涙した 欲しいものを手に入れ、負けたことだってある そして今、涙が途切れ わたしは何もかも楽しかったと気づいた 私のしてきたことを考えると 私は恥ずべきやり方ではなかったと言える いや、いや、私は違うのだ 自分のやりかたで生きて来た』というところが好きです。多分、私も人間引退する時、こう言いたい。ブラピやジョージクルーニー達でリメイクされた「オーシャンズ11」の原作の映画にフランク・シナトラは出ている。マイケルジャクソンの「This is it」のチケットが来たので、映画館に問い合わせたら、座席指定してくれるとのことだった。しかし、今の私のアタマの中は「マイウェイ」になってしまっているので、このブームが過ぎてからだなあ、映画見るの。「Yes. It was my way」そう言える、多分。今までの自分の日々を顧みれば。いいことかどうかはわからないけれども。
October 17, 2009
コメント(0)
風邪なのに風邪薬を買ったけど、それも飲み終えて、風邪薬のないまま(病院に行くのが嫌だったから)数日すごしていたら、やっぱりなんとなく調子が悪くて、木曜だったっけ、両親が定期検診に行った時に、ついでに風邪薬も買って来たので、それを飲んでいたら、こんな時間となりました。と言う訳ではない。しかし、熱はほどんど平熱に戻りましたね。喉は相変わらず痛いですけど。昨日だったか、某宝石店の営業から携帯に電話がかかってきたことをかいたけど、その営業の人と言うのが、やたらと今風というか、私の知らない世界の「言葉」を使うので、「それはなんですか?」と繰り返していた。相手もちょっと変な人にかけちゃったなあという感じがしたのでしょう。「すいません。そういうのが流行っていた頃、私、日本にいなかったから、全然通じません」と言ったら驚いていた。その人は最近のお笑いの人のギャグを連発するのだけれども、私が知っているものはなく、唯一、私が知っているものを披露した。「トゥースッ!」しかし、これのどこが面白いのかは、未だにわからない。ただ、私はオードリーの若林さんは優秀だと思う。春日は胸はって立ってるだけでそれだけでいいです。本当はそれほどおもしろくないし。あのオードリーを面白くしているのは若林さんだと思う訳です。ルチアーノ・パパロッティとライザ・ミネリが一緒に「New York, New York」を歌う、というのを見つけて、見たんだけど、凄く良かったです。歌詞の中に、「眠らない町ニューヨーク、ニューヨーク」というのがあるんだけど、実際は、夜中になるとほとんどの人は寝てますね。ただ、地下鉄もバスも24時間走っている、というところはさすがに寝てないですね。私は日本に帰って来て「最終」ということがあるのを知らず、高いお金出してタクシーで帰って来た事が何度もありました。今日は何も書けないです。書いても、自分で「つまんないなあ」と思うから、やめておいた方がいいでしょう。申し訳ありません。
October 16, 2009
コメント(0)
この写真は、とても珍しいもので、何が珍しいのかと言うと、作品を撮影中の「私」の写真はほどんど「ない」ので、大変珍しい。これは、旅先で、それまではしゃいでいた私が突然、作品モードになって、撮影をしている所を居合わせた友人がスナップとして撮った写真である。私は仕事としての撮影の時は、ロケーションであろうとスタジオ撮影であろうと、全身、黒を着る。そのことを、撮影を担当したことのある、作家の林真理子さんが週刊文春のエッセーの中に私の名前をカタカナにして「黒ずくめでたいそう美しくカッコイイ」とかなんとか(よく覚えていない)書いてくださっていた。実はほっとした。と言うのも、その撮影の時、丁度両親がニューヨークに滞在していて、林真理子さんのグラビア撮影の仕事と知ると、『とにかく、変な事は絶対に言うな。あの人はすぐに書くから』と半ば脅されての撮影だったので、非常に緊張した。それは林さんのせいではなく、両親の言葉のせいであった。と、ここまで書いていたら、某宝石店の営業からの電話で一時、中断していた。営業の電話は、ヒマな時は逆に相手が「ああ、もう切りたい!」と思うまでしゃべりまくるに限りますな。まあ、それはいいとして、今日も、骨折中の友達と長々とスカイプで話をしていた。何しろ何時間話しても「ただ」というところがいい。おまけに、電話と違って、手に何も持たなくていいし、寝転がって話したりもできるのでラクチン。そして、突然、フランクシナトラの「マイウェイ」の話になって、「本当に、あの歌は、フランクシナトラ以外絶対に誰も歌っちゃいけない歌だよね」ということで意見が合った。そして、YouTubeで久しぶりにフルでフランクシナトラの「MY WAY」を聞いたのだった。「マイウェイ」は日本語で、時々「我が道を行く」というようなニュアンスで勘違いされてしまうことがあるようだけれども、正確には、「自分のやり方でやった」という意味である。つまり「自分の思い通りに生きて来た」と言う人生の終わりに近づいた人の歌なのだった。 And now, the end is near And so I face the final curtain My friend, I'll say it clear I'll state my case, of which I'm certain I've lived a life that's full I travelled each and ev'ry highway And more, much more than this, I did it My Way フランクシナトラという人は多分、アカデミの授賞式で、長過ぎるスピーチをカットさせずに、コマーシャルをさせなかった唯一の人だったと思う。私はニューヨークでその時の授賞式を見ていて、年齢から言ってお亡くなりになる少し前だったからか、かなりボケも入っていたのかもしれないけれども、そういうご老人の話というのは、校長先生のお話しのように長かったりする。いい加減、これ以上は・・・と思ったディレクターがステージの横からフランク・シナトラに小声で「あの・・・コマーシャルの入る時間ですので・・・・」と言ったら、持っていたマイクで、そのまま、『黙れ。オレが話をしているんだ!』で終わりだった。そして、画面はコマーシャルにならず、延々とフランク・シナトラのスピーチを写し続けた。あの時はきっと、提供していたコマーシャルの会社のどれもが「ああ、どうか、ウチのコマーシャルでシナトラさまのスピーチが途切れませんように・・・」と祈ったことだろう。何しろ、後ろについている人達がある意味「凄い」ですからね。ボスが「黙れ。オレが話しているんだ!」と言ったからには、もう、アカデミーはフランク・シナトラの手中同然。しかし・・・あのスピーチはおじいちゃんの昔話みたいで、結構退屈だった。でも、私はフランク・シナトラが結構好きで、あの太くて安定した声がとても素敵だと思う。イタリア系というところもあって、甘い感じも漂って、マフィア的な雰囲気もあって、とても魅力的。『ニューヨーク、ニューヨーク』も歌い上げたフランク・シナトラですが、彼が生まれたのはニュージャージーのホーボーケンで、ハドソン川を挟んでマンハッタンの反対側にある町です。『ニューヨーク、ニューヨーク』では何故、ニューヨークを2回繰り返すのか?と聞かれることがあるけれども、最初のニューヨークは「ニューヨーク市」で、次のニューヨークは「ニューヨーク州」を指す。つまり、唯一『New York, New York』だけが、あの高層ビル群のマンハッタンを指す。他の場所は、例えば、「ブルックリン、ニューヨーク」だったり「クイーンズ、ニューヨーク」だったりする。なんだか・・・もし、本当にあのスピリチュアルばあさんが言っていることが本当のことだとしたら、私の前世は全部「男」だったってことになる。今生も出来る事なら、男で生まれて来たかった。私の中にとても勇ましいものがあって、それが、時に、いろいろな問題を引き起こす。それでも私はきっと、I will do it My Way,,,,(自分のやり方でケリをつけるだろう)写真の私は全身白を着ている。NIKONにストラップは付けているけれども、首に下げる事はほとんどなく、そのストラップを手首に巻き付けて撮るのが私のやり方だった。そして私は子供の頃から、着るものにはこだわりがあって、人の言いなりな格好は決してしなかった。制服以外。子供の頃、ヨーロッパを回っていて、その国にあった服を必ず着ていた。あの頃、ドイツではアンクルブーツに細身のデニムをインにして、上にはパッチワークのシャツを着ていた。パリでは、白のブラウスに真っ赤なポケットチーフを首に巻いて、ウォッシュのかかったデニムを履いていたし、スイスではグリーンのパンツにチュニックを着ていた。So, I'm doing it My Way... now
October 15, 2009
コメント(0)
"I wish I could hold you, one more time, to ease the pain..." river of tears 私はいつから、こんなに難解な不眠症になやまされるようになってしまったのだろう。あんなに、夜になれば、自然と起きていられないくらいに眠くなっていた頃が、とても遠く感じ、そして、もう、そういう感覚すら、思い出せない状態になっていて、本当に自然に眠れることが不可能になってしまっている。昨日、目覚めがけの半覚醒状態の時に、多分ただの「夢」なのだろうけれども、とてもリアルに、この、私の生涯の中で、最も大事で、最もかけがえのなかった犬、ディノが私のベッドに来て、私は隣の部屋から聞こえて来る朝のニュース番組のアナウンサーの声をしっかりと聞きながら、それでも、多分「夢」なのか、ディノを本当に久しぶりに抱きしめていた。懐かしい毛並みと、ディノのがっしりとした体が手に伝わって、ああ、いるんだ・・・と、そう思いながら、半分起きて、半分寝ているような、そんな感じだった。「あなたがいなくなって、わたしは、ほんとうに、壊れてしまったよ」あの2月の寒い日曜の朝、私のベッドの所にいつのものようにやってきて、私を起こして、そして、そこで吐血した。あの瞬間から、私のすべてが壊れ始めていたような気がする。救急でディノを病院へ連れて行き、もう、動かなくなっていたディノは獣医さんの腕にしっかりと抱かれて、集中治療室に入った。「彼は、とても、危険な状態です」獣医さんは、そう言って、私はそこからどうやって部屋まで戻ったかすら覚えていない。ただ、いつもいるはずのディノ不在の「部屋」に戻った時のあの「不在」の余りの大きさと静寂が、たまらなくて、どの部屋に聞こえてもいい、そんな事構わないと、大声を上げて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いた。その時に、確かに「脳」のどこかが「壊れた」と感じて、その修復がされないまま時が過ぎ、ツインタワーが崩壊して、いろいろなことがあって、それでもやっぱり修復されないまま、今がある。「脳」の何かが「壊れた」と感じた瞬間から、私はピタリと泣かなくなり、感情がなくなった。嬉しくも、悲しくも、楽しくも、面白くも、なんともなかった。ただ、単純に生命体として生存している、ただそれだけだった。人の持つ、自己防衛装置が働いた瞬間だった。かけがえのないものを失うということは。そういうことなのだと。昏睡状態のディノが一度だけ、目覚めた時があって、ドクターマイケルが急いで電話してくれた。『今、ディノは気がついている。今すぐにおいで』私は急いでディノを最初に抱いた時と同じ真っ赤なダッフルコートを来て、タクシーで病院に向かった。色々なチューブに繋がれたディノは、それでも、スフィンクスみたいにしっかりと頭を上げていた。けれども、その表情から素人の私にだって、もう、最後だなということくらい、わかった。私はそれでも、優しくなでて、抱きしめて、「早く元気になってお家に帰ろうね。ディノ。一緒に帰ろうね」そう言い続けた。聞こえているのかいないのかわからないほど無反応だったディノの右前足がほんの少しだけ、私のほうに動いた。彼はちゃんと私がいることを感じていた。そして、その小さな前足の動きが、その時のディノにできる精一杯の「一緒に帰ろう」って言う私への返事なのだとわかった。そして、それがディノが自分で動いた最後だった。私が飲んでいる睡眠薬は3種類で、合計6錠。普通の不眠症の人が通常1錠だというのに、とても強力で危険なものを混ぜて6錠で、やっと眠れているようないないような。そんな日々が続いて、医者はその「危険な睡眠薬」をとても心配している。私にとってのプロポフィールがそれなのかもしれない。骨折友達とスカイプで話をしていて、「わたしさ、あと、2~3年でいいや。寿命」と言った。『なんで、2~3年なの?』と友達が聞くので、「いや、ほら、スピリチュアルばあさんが、2010年の2月3日から徐々に運勢が変わって行って花が咲くって言ってたから、それが本当かどうか見極めたい、ってただそれだけのことなんだけどね」『ああ、そうかあ』マイケルジャクソンの死は、他殺的自殺だと思う。自分の言うことを聞き入れてくれない医者や看護士は片っ端からクビにして、言う事を聞く医者に法外な給料を支払ってまで、危険な薬を打ち続けていた。それまで常識的な医師から、それがいかに違法で、いかに命に関わるほど危険な事なのか聞いて知っていたはずなのに、それを続けた。いつかそんな日がくることを、一番知っていたのはマイケルジャクソンだと思う。そして、わたしにも、そんな日がくるような気がしたりする。
October 14, 2009
コメント(0)
いやはや。先日購入いたしましたモヘアの黒のベレーをかぶると、ジャクソンファイブの一員になれそう・・・と先日書きましたが、やってみました。ちょっとソレ風に。そうですね・・・She's Out of My Life のプロモーションビデオの時のマイケルジャクソンさんと同じくらいのボリュームのアフロですかね。残念ながら、黒目のファンデを持っていませんのでスッピンですが。こんなことしてて・・・いいのかなあ・・・・わたし。しかし、あの "She's Out of My Life" の時のマイケルジャクソンの出で立ち、あれはなんなんでしょうね。まあ、まだ、変身する前だったし、恥ずかしがり屋で身動きが取れないというのもわからんではないけれども、あの紫のシャツと紫のズボンにターコイズブルーのクルーネックのセーターっていう組み合わせ・・・それにアフロはねえ・・・もうちょっと、どうにか組み合わせ、できなかったんでしょうかねえ。天下のマイケルジャクソンさんなのに。特に前奏が始まって、おもむろにアフロの頭を左手で掻くところがなんとも・・・。普通、撮り直すだろうに。途中で顔を一瞬手で隠すし。本当は「ボク、出たくない!」って顔で口パクやってますもんね。それとも、アレが一番良かったとか。彼がその後、スリラーで鼻筋が通った途端に元気に踊り始めたのは画期的としかいいようがないです。何かを欲しいと思う間は、こころが健康なのだと思う。昨日は英語。今日は日本語。こういう病気の時に話し相手がいることは幸せな事だと思う。今日は骨折中の友達とスカイプで午後から夕方まで中休みしながらバカ話をしていた。途中で、マイケルさんの「新曲」という「This is it」を聴いたけど・・・正直言ってマイケルさんには悪いけど、大した曲じゃねえなあ・・・確かにボツになった訳だ・・・と思ったのだった。ポール・アンカとの共作だったらしいけど、私はポール・アンカがあのフランク・シナトラ以外は絶対に誰にも歌って欲しくない名曲「マイウェイ」を作ったとは知らなかった。いるんですよね・・・やたらとこの「マイウェイ」を熱唱したがる人って。ま、それはいいとして、THIS IS IT.エリック・クラプトンが元ジョージハリソンの妻パティと既婚中に当時スーパーモデル、現フランス大統領婦人であるカーラブルーニを連れて、ローリングストーンズのコンサートに行き、コンサートが終わった後、ミックジャガーに彼女を紹介した時、言った言葉が、「ミック、手を出さないで欲しい。オレ、この娘に本気みたいなんだ。Not this one. Please.」で、this one はなかろう、と思ったのを思い出して、『でもさ、タイトルが「This is it」で良かったよね。「Not this one」じゃなくて』と言ったら、その話を知っている友達はゲラゲラ笑い転げてまた骨折しそうになっていた。Please まで付けてお願いしたけれども、その後、彼女はクラプトンからミックジャガーに乗り換えたのだった・・・捨てられたクラプトンって一体・・・。やっぱり人をモノ扱いしてはいかんですなあ。マイケルさんの映画は28日からたったの2週間限定らしいから、そういう時はレディースデーを当てにしてはいられない。多分,DVDの発売も一気にやってしまおうということで2週間限定になっているのだろうけれども、一度くらい、大きなスクリーンで見てみてもいいかなあ~~~と思っているけれども、見れるかなあ。早くこの長引いている風邪が治らないことにはどこにも出歩けない。あとでまた。はい。http://link.brightcove.com/services/player/bcpid43635036001?bclid=43205433001&bctid=44135342001This is it.
October 13, 2009
コメント(0)
先日おろしたトラタニの(トラタニのご主人もご愛用の)一部丈のグレーを洗濯するのに、なんとな~~く、きっと兄のだと思われるだろうなあ・・・と思って、自分で手洗いして、母に「コレ、私のだからね!」と言ったら案の定、『あら、お兄ちゃんのかと思ったわ。それはアナタのなのね?・・・覚えておかなくちゃ・・・』ああ、良かった。やはり、嫌な予感というのは的中するものが多いから、そう感じた時は、先手を打つしかない。しかしこのトラタニの一部丈のグレーの色分けなんですけど、全体のグレーでまとまっていたらそれほど変な感じはしないんだけど、腰のゴムの部分と切り替えの部分の縫製が「黒」なので、モロ、オトコモノのような感じに仕上がっていて、これって、男性が履いても十分イケそうじゃん、と思うのだった。まだ、やっぱり風邪具合が完治せず、相変わらず匂いが余りわからず、味も余りわからないという状態がつづいていて、おまけに、だるい。一時期の微熱は余り出なくなって来たので、快方に向かっているには向かっているに違いないと思うのだが・・・で、やっぱり今週予定だったヴォイストレーニング体験レッスンの予約をまた変更しました。「すいません・・・何度も」『いいえ!お体が一番大事ですから、こちらは大丈夫ですよ!』いくら無料体験レッスンとはいえ、これだけ何度も変更してまででも受けたい!という情熱が伝わっているのか、はたまた、いいカモが来そうな感じ!と思われているのか、なんとなく、とても親切なのでした。そう言えば、なにやら、「世界のブラッドピットやマドンナとスマップの中居くん、共演!」などと書いてあったので、凄いなあ、急に~~と思って見たら、なんのこっちゃない、マイケルジャクソンの映画の世界プレミア試写会のご招待があったのでプラピやマドンナやエルトンジョンなども来るということになっている試写会に行くだけの話ではないですか。友達が、「しかし、世界に出すには出来ればキムタクを出したかったねえ・・・」と言うので、『そうだねえ。「ウチの国にもこんなにいいオトコ、いますって感じでねえ。丁度いい感じに髪も伸びてきてるし。でも、キムタクさんは映画の撮影で古代進になったりといろいろと忙しいからだめだったんでしょう』「そうかあ。キムタクだったらブラピに勝てそうな感じなのにねえ」とK-1みたいな事を言っている。私は中居君、割と好きです。キムタクは凄く好きです。『余り忙しくなく、そういう行事ごとに参加出来るってこともあって「スマップのリーダー」なのかもね。まあ、地味でいい人っぽい草なぎさんが行くよりは華があるカモ。』「草なぎ君は韓国方面担当みたいだからね。」『いや~~~本当に草なぎ君ってすごいよね。韓国語』「大統領と握手してたよ」『へえ。そりゃ凄いわ』と話は世界の有名人から草なぎ君に移動したのだった。しかし、同じ映画を一緒に見るようなことだけで「共演」扱いしていいのなら、私、かなりの有名人と『共演』してますがな。私、ある催しものの時(NYで)ビリージョエルと一緒にピアノ弾いた事ある。狭い椅子に一緒に座って、私が高音部分でビリージョエルは低音部分だった。もちろん、それは準備中にピアノがあって、ビリージョエルがいたから、「ピアノ弾けるの?」って聞かれておふざけで一緒に弾いたけど、エルトンジョンのほうが、もっと繊細というか、もっと「きちんとクラシック習いました」という感じで弾く感じがして、ビリージョエルは叩き上げで弾けますって感じを受けた。もしかしたら、ソナチネもソナタもちゃんとやったのかもしれないけど。(つまり私はエルトンジョンともピアノを弾いたことがあった。高校生の頃。共演だ。)某有名ハリウッド俳優がセントラルパークで犬を遊ばせていたので、その人の犬と私のディノを一緒に遊ばせて、いかにも「私はあなたが有名な映画俳優だとは知りませんよ」と言う感じで話をしていたら、相手も「オレ、東洋じゃダメなのかなあ・・・」と一瞬、思ったような感じがしましたが、それ以来、セントラルパークでよく遊ぶようになりました。『共演』です。クラプトンとの『共演』は数えきれません。あ、ジュディー・オングさんとも『共演』しました。そうやって考えて行くと、あれこれ『共演』してきてますねえ。昨日は友達とちょっとスカイプで話をしていて、とにかく寒気がしていたので(やはり風邪です)ベッドにラップトップを持ってベッドで話をしていたら、ビデオ機能で唇をタラコ唇にして『ほら~、アンジョリーナジョリ~~~』「アハハハハハ!」などとアホなことをやっていたのです。そして、今日は祝日でご主人が家に居るということで骨折の友達とはスカイプが出来なかった代わりに、体育の日が関係ないバンコクのベネズエラ人の友達とまたスカイプで話をしていたのでした。「あなた、大学の頃、よく部屋で私にご飯と卵焼き作ってくれたわよね」ともう忘れかけている事を覚えているのにびっくりした。寮の部屋は料理禁止だったのだけど、カフェテリアでの食事だけでは夜中にお腹が空いたりといろいろと食べ盛りだったので、電熱器とフライパンとチャイナタウンから安くて小さな炊飯器を買って来て、ちょっとした料理ならできるようにしていたのだった。その頃ハマっていたのは、とろけるチーズをいれたオムレツ。そして、彼女が、「冬、私が寒いって言ったら日本のストッキングをくれたのよ。それが凄く良くて、私感動したわ」そりゃそうだろう。治安の悪いベネズエラと違って、日本製は質が良い。「ああいうストッキング、また送って欲しいわ」というので、『送るのはいいけど、入るようなサイズが日本にあるかどうか、私、わかんない!』と言ったら大笑いしていた。何しろ、相手は昔はお人形さんのように美しかったラテン系の美女だったけど、今では100キロからやっとちょっと減量して90キロになったお人形さんなのだから、一体、そういう人でも入る質の良いストッキングは売っているのだろうか???昨日の「ちびまるこ」で言っていた。「情けは人のためならず めぐりめぐっておのがため」人に親切にすると、いつのまにかめぐりめぐっていいことが自分にやってくる、という意味だとマンガで言っていた。よし!ストッキング、探そう!来年彼女は息子とスイスに戻る。(ダンナさんがスイス人なので)また、スイスに行く事もあるだろう。ないかもしれないけど。
October 12, 2009
コメント(0)
私が日本に居なかった間に、体育の日が移動祝日になってしまったので、私は時々、訳がわからなくなる。時々・・・というより、常時、という感じカモ。先日、ウチが突然「地デジ化」したことを書きましたが、「ウチ」は地デジ化さましたが、私の部屋にあるこのモニターより小さなブラウン管のテレビはそのままで、アンテナに合わせたのかななんなのか私にはさっぱりわかりませんが、電気屋さんが調節したら、以前より遥かに奇麗な画像で見る事ができるようになったのでした。しかし、やはりアナログのテレビなので画面の右上に「アナログ」とうっすらとした文字がでたままで、私だけが2011年7月を戦々恐々と待つしかないのです。他の部屋のテレビはといいますと、そもそも、この突然の「地デジ化」になった原因である『落雷』のせいで、ほとんどの部屋のテレビがイカれてしまったので、全て、薄型の今風のタイプになって、やたらとややこしいリコモコンになって、時々、両親が私に助けを求める・・・ということになっているのです。それで、ふと、そう言えばかなり前に、まゆみゆまさんが、NHKがカウントダウンをしない理由として、アナログと地デジとの間に時差が生じるのでやれない・・・とかなんとかという情報が寄せられたことを思い出した。すると、私の部屋と隣の居間で同じ番組を見てますと、隣は老人が見てますのでやたらと大音量でこちらの部屋まで聞こえて来るのです。すると・・・・おっ。確かに、2秒くらい地デジの放送のほうが遅いのだ。同じ番組など見ていると、なんとなく家の中で昔の国際映像みたいな時差が生じているのがありありとわかるのです。とにかく、2011年までに「小型」の地デジ対応テレビを懸賞で当てねば!!!って、そう言えば、1990年代後半に私がニューヨークでパソコンを買う決心をさせた「あの」企画番組が帰って来たらしい。そうです。なすびの懸賞生活です。私はその頃完璧にニューヨーカーでしたから、電波少年とかって番組があることは知っていたけれども番組を見る事はほとんどなかった。そんな時、長崎に嫁いだ先輩から、なすびの懸賞生活の総集編のテープが送られて来たのだった。私はもう、びっくりするなり、大笑いするなり、もう、すっかりなすびの虜になって、その後、ポルトガルに撮影に行った時、肝心のファティマの大聖堂で、他のことをお願いしたかったはずなのに、「ああ、神様・・・どうか、なすびにお米が当りますように・・・アーメン」などと無意識に祈っているではないですか。日頃宗教がどーのこーの言っていながら。それを今度は小島よしおがするということで「ああ、あの頃はニューヨークで良かったなあ・・・あの頃に戻りてえや‥‥‥」などと思いつつ実は見ていない。小島よしおさんという人は早稲田出だったですかね?あの日記は、なすびの場合、なんでこんな漢字知ってるんだろう?と不思議に思うくらい見事な漢字の連続だった。彼は漢字検定一級の持ち主なのだった。で、小島さんはどうなんだろう?それに、この人、最初からほとんど裸に近い状態ですからね。海パンが当った時点で普通の状態になってしまうから、企画としてどうなんだろう???何が当っても、着るものが当ったら終わりかなあ。気分的には。そう言えば、テレビまんがのちびまるこで「そっくりさんフォトコンテスト」というのをやっていて、実はウチの父ですが、若い頃はイタリア人の、まるでパリコレでランウェイを歩いていてもいいくらいのいい男だったのですよ。私が子供の頃、膝の上に座って顔を見上げて、「ああ、なんだかすごく奇麗‥‥‥」と思いつつ、絵をやってましたから、父をモデルにかなりデッサンをしたものでした。ところがですね、ジイさんの領域にはいってからというもの、まあ、私はニューヨークにずっと居て、その変化の速度と程度を知る事がなかった訳ですけど、一時帰国(毎回2週間のみ)の度に「なんだか雰囲気が違って来ている・・・」と思っていたのでした。すると、最終的に、「何かに似ている!」と気づいたのが「ちびまるこ」のじいさんの「友蔵」そっくり。ただ、友蔵より多少毛が多いことといつも眼鏡をかけているところが違う。ああ・・・写メ撮って応募すべきかなあ・・・。当選品が地デジ対応テレビだったりしたら絶対、応募だなあ・・・。しかし、年を経て、何故にイタリア~~ノなモデル風男性が「友蔵化」するのだろう・・・・?そう言えば、エチオピアの難民の子供のようだった2~3才頃の私が今では・・・うーん・・・・相変わらず難民みたいに細いけれども、私は生涯48キロという体重を突破した事がないのだった。大学生の頃だったと思う。最大級に体重があったのは。(ちなみに身長は高く見られがちですが160しかないです)。そして、最低だったのは38キロでこれは胃を切除した後、ニューヨークに戻ってから食事がまともにとれない状態の日々が続き、ほとんどライバルは(あくまでも体重面だけでの)宮沢りえちゃんだった。「宮沢りえよりは体重が欲しい」ということで。そんな彼女が結婚し、お母さんになったのはおめでたいことです。しあわせになってほしいですね。で、今日はマイケルジャクソンネタはないのか?ええ・・・もう、書ける範囲のことはないような気がします。まあ、最近買ったユニクロのスキニーパンツに「赤」があって、それを履いてみたら、なんとなく「スリラー」を踊らねばならないような気分になって、ちょっとだけ踊ったけれども、まだ風邪なので気分がわるくなりました。とそれくらいです。
October 11, 2009
コメント(0)
これはShopping List にも書いてますが、今日、正午丁度に届いた土屋鞄のオイルヌメ革ソフトショルダーバッグです。暗いのでなんだかよく見えませんが、携帯のカメラなので仕方ないです(というよりライティングをしたがらない私のせいでもあるカモしれないが)。ああ・・・松山千春ではないけど、長い夜だった・・・。私は毎晩、マイケルさんの事を考えながら寝ているのに、マイケルさんはちっとも出てこなくて、「なんで出てこないんだろうねえ」と友達に言うと『人気者だったから、いろいろと出るところが多いから忙しいんじゃないの』ってな回答だった。私は「あ、多分、まだ自分が死んだことに気づいていないんだと思う。なんだかやけに長く寝てるけど、まだ寝てるなあ・・・ってな感じかも」昨夜もマイケルさんの事を考えながら寝たのに(何しろこれが一番安全なので)マイケルジャクソンとは何の縁もゆかりもないあのバカ(元アホカレの新しい呼び名)が出て来て、もの凄く嫌な気分のまま寝続けていたら、そのまま嫌な夢も見続けていて、半覚醒状態だったのだけど、起きてこの夢から脱するほうがいいか、それとも眠れる時には眠っていたほうが風邪が早く治るか・・・と思いつつ、土屋鞄の到着時間指定を正午~2時にしていたので、思いきって起きて、いつでも出陣できる状態にしていたのだった。しばらくあのバカの夢をみないなあ・・・と思っていたら、何故、あのバカが出て来るようになったのか?と色々と考えて見たら、どうやらあのベネズエラ人の友達と話をすると、彼女があのバカのことを執拗に聞くので、考えなくてもいいことを無理矢理思い出さねばならず、それで夢に出て来るよーな気がしてきた。もちろん、3人ともコロンビア大学ですから、彼女はあのバカには会ったことがあるし彼女の結婚式にはあのバカと一緒に行ったものだった。でも、彼女はその頃から「あなたのボーイフレンド、私、好きじゃない」とラテン系らしくズバリと言っていたのだった。それで下手に知っているものだから、「彼、今、どうしてるの?」とか、「子供はいるの?」とか、日頃、私が考えもしないような質問をしてくるので、嫌でも脳が捜索を始めて「そんな事知らないわ」という答えに辿り着くのだった。彼女と話さなかった間はそれほど頻繁には出てこなかったのに、彼女と頻繁に話すほど頻繁にあのバカも夢に出て来るということにふと気がついたからだった。まあ、それはいいとして、土屋鞄。何しろ、両親とも揃って居るし、あそこの梱包はデカいですからねえ。ちょっとしたショルダーを買ったって感じではないような箱で届きますからねえ。ある意味、受け取る側としては嬉し痛しなのです。最近の母のボケはひどくて、トラタニのパンツを何枚も盗まれているので、最近は母は絶対に履かないであろうという一部丈のド派手な色のものを購入して洗濯に出していると、さすがにそれらはきちんと戻って来るのだった。しかし・・・昨日、新しく買った一部丈のグレイ色のを履いたのだけど、一応、タグにマジックでイニシャルを書いてはいるけれども、色と形から、兄のパンツと間違えて兄のところへ行ってしまうのではないか?という心配が起こってしまった。そう言えば、このトラタニの一部丈の質問をするために、トラタニに電話した時、ご主人のトラタニさんが、「ボクもこの一部丈、自分で履いてますよ~~」とおっしゃっていた。・・・兄よ・・どうかボケてませんように。「おっ。履き心地のいいパンツ、ボク買ってたんだ」などと努々思わないように。ただでもわたくし、パンツ激減で困ってますのよホホホホ。まあ、トラタニは一部丈派手色作戦でなんとか損失を食い止めたけれども、今度は、私のユニクロのヒートテックの下着のシャツが片っ端からなくなっているではないですか。それで、さっき、「あのさあ、私のこの(1枚だけ残っているヒートテック)シャツの白とベージュ、洗濯から戻ってこないんだけど」と言ったら、慌てて自分が着ている下着のタグを見て、『あら、お母さんが着てたわ。すぐ洗濯して戻すから』・・・うーん、ヒートテックも派手目の色を買い直すしかないかなあ。派手なヒートテックってあったっけ・・・・。(検索)あった。よし。赤とカーキを買おう。名前を書いていてもそうなんだから、もう防ぎようがない。などと言いつつ、あ、これもよさそ・・・1000円安くなってるし・・・とユニクロの思うつぼにハマるのであった。
October 10, 2009
コメント(0)
昔、いつか王子様が現れてくれるであろうと信じている女性達のことを「シンデレラシンドローム」と言っていた頃があった。私はソレにはかかった事がないというか、そもそも「王子様」というのは、なんとなく頼りなさそうというか、私の好みの範囲には入っていないような気がしていたので、別に待つ必要もないか・・・といった感じなのであった。出来れば・・・私はこの地球を離れたい。こういうのを「かぐや姫シンドローム」というのかも。今日もまだ鼻が壊れいていて、何か口にすると「甘い」とか「辛い」とか「酸っぱい」というのはわかるのだけど、味覚が変になっていて「味」が感じられないのだ。つまり、鼻は通っているけど、どうも鼻が変になっていて匂いがしないので、味も感じられない。そうなると、コーヒー牛乳も甘い水も余り変わりがなかったりする。今日は妙な夢を見て夜中に目が覚めた。何故か知らないけれども、ニューヨークのフィフスアベニューで、松田聖子さんがオープンカーに乗って、派手なパレードをしていて、スポットライトが当たり、♪あ~~~わたっしのこ~~いわ~~~南の~~~風に乗って走~~~るわ~~~♪と言う曲をうたっていたのだった。そして、何故か私はそのオープンカーの横を自転車で走っているという夢だった。もう一つの夢は、何故か浅野ゆう子さんが出て来て、一緒にリオデジャネイロの安売りの店で買い物をしているという夢だった。多分、先日、ベネズエラ人の友達とオリンピックが世界で一番治安の悪いリオに決まったって凄いね、てなことを話したからリオデジャネイロが出て来たのでしょう。浅野ゆう子さんは不明です。そんな夢を見ながら、延々眠っていて、いい加減腰が痛くなって起きたので、例の骨折友達とスカイプを昼前から初めて、途中でお互いお昼を食べたり、トイレに行ったり、コーヒーを入れたりしながら話をしていた時間・・・実に7時間。よくもそう、話す事があるもんだと思われそうだけど、あるものは仕方がない。おまけに、お互い最近物忘れがひどくなっていて、以前話した事も忘れていれば、以前聞いた事も忘れているので話が重なっても新鮮だったりする。また、今寝ると、夜中の1時頃、目が覚めてしまうんだろうなあ・・・・。不眠症って本当につらい。死んでもいい!って思うくらいの注射を打ちたくなったマイケルジャクソンの気持ちがわからないでもない。しかし、私のウチはマイケルジャクソンのウチみたいな大金持ちじゃないので、そういう「ポリフェノール」みたいな名前の麻酔薬を違法で打ってくれる借金まみれの医者を月1500万円で雇うような財産はは全くもってないから、無理のなのだ。「あのさあ、私とマイケルジャクソンが夫婦になってたとしたら、結構マイケルさん、楽しめたかもね」と友達に言ったら、ゲラゲラ笑いながら、『確かに、今までなかったパターンだ!ディズニーより楽しい!って思ったかもね。YESマンに囲まれている中で唯一「NO と言える日本人」だったりしてね。』うーん・・・もう死んじゃってるから勝手な事言えますけど。ああ、今はここまでが限度だ。また何か浮かんだら書きます。
October 9, 2009
コメント(0)
なんだか知らないけど、今日は何となく一日寝ていたような気がする。まあ、風邪なのだから寝ていておかしくはない訳で、どちらかというと、風邪なのに、毎日のようにスカイプで話をして過ごしていることのほうが、本当は体には良くなかったのかも知れない。今日はさすがに、起きる気になれないくらい体が疲れていた。父が昨日くらいから咳き込んでいて、でも私の風邪は咳は余りでない風邪なので、私のじゃないな・・・ってことは、これをうつされたら困るな・・・と思いつつ、そして、何度も目が覚めては、「ああ、何も食い物がないなあ・・・」とむなしいことを思いつつ、また寝るのであった。今までも寝ていて、やけに寒いなあと思って目が覚めたら、まだ夜中の1時過ぎだった。この「やけに寒いなあ」で、何度も風邪をぶり返しているので、今、着替えた所でした。そして、何故か、昔、スペインで友達にそそ抜かされて買った革のジャケットのことを思い出したりしていたのだった。まだ大学に行っていた事だから、かなり前のことになるけど、一緒に行った先輩のE子さんが、マドリッドに着くなり、「スペインは革製品にいいのがあるのよ!」と張り切っているので、一緒に革製品専門店にぶらっと入ったら、女物にはあまりいいデザインの物がなかったけど、男物のなかなかかっこいいのがあって、その頃って、割と男物を平気で着ていたので、まあ、いいのはいいけどと思っていたら、先輩が「こんなにいい革のジャケットは日本では○万円もするのよ!お買い得よ!」と言うので、まあ、私はその頃日本にはいなかったので関係ないと言えば関係なかったんだけど、ついノセラれておソロのジャケットを買ったのをふと思い出したのだった。私の「革キチガイ」はその頃始まったような気がする。さて、寝ていて途中でふと起きたばかりなので、頭の中がボ~~~っとしているので、何を書いていいのかわからない。なんか、思い出したら、書きます。一応、ネタなしですけど、ここまで。
October 8, 2009
コメント(0)
ああ、なんだか、この分だと、冗談で言っていたことが本当になりそうな感じ。本当だったら先月に行っているはずのヴォイストレーニング体験レッスンなのに、風邪ですでに2回延期をしており、来週に予約が入っているのだけど、その予約のとき、「まだお体の調子が悪い時はお電話くださいね」と言われ、さすがにそれはないだろう・・・と思っていたのだけれども、どうも、あと1週間で、声張り上げる自信がないくらい、今回の風邪はしつこい。それに凄い鼻声のまま。ちょっと楽になったかなあ・・・・と思ったら、消えていたはずの頭痛がまたリバイバル登場していて、先ほど、もう風邪薬はないので、アセトアミノフェンを飲んだのだった。しかし、そのアセトアミノフェンも最後の一包だったので、状態が悪化したら、嫌でも病院に薬を買いに行かねばならなくなる。市販の風邪薬は高過ぎる。おまけに、昨日、「ギブスが付け外し可能なものに変わったよ!」と喜んでいた骨折友人が、夜に、「雨で濡れているとは知らず、ベランダにちょっと出たら、松葉杖が滑って、想いっきり足をついてしまって、骨折した時以上に腫れています・・・なんとなく振り出しに戻った感じ」というメールが届き。『だから、おとなしくしてたほうがいいんじゃないのって、再三言ってたのに!』というようなやり取りをしていたのでした。昨日、ベネズエラ人の友達と話していて、ちょっとイライラして来た話があって、それは、「どうして、アメリカは宇宙で他の生命体を見つけられないの?見つけれないってことは、いないってことなんじゃいの?」という会話だった。彼女は敬虔なクリスチャンであるので、世の中には「神様」がいて、キリストがいて、聖母マリアがいて、神様が人間をお造りになって、わたし達がいると頑に信じている「派」なのだった。私は別に何教であれ、他人を傷つけたり、巻き込んだりしなければ、何を信じていてもそれはその人の自由だと思っている。だけど、何が何でも自分が信じている宗教が世界を制していると思い込むのはどうかと思う。単刀直入に言うと、宗教がからんで、いいことって、何もない。私は子供の頃から宇宙への感心が高かった変わり者だったので、この美しい地球が、この一体どれくらい広いのかわからないくらい広い「宇宙」の中にポツンとある、銀河系、太陽系の第三惑星に過ぎないという想いがあって、そんな広大な宇宙に「神様」というミケランジェロが描いたような男性がいて、わたし達を作り、この世界にはわたし達人間だけしかいないという考えにはどうしてもならないのだった。そういうことを宇宙科学を勉強したことのない経験なカトリック信者に話すのは本当に難しくて、最後にはイライラしてくるのだった。わたし達がいるのだから、他にいたって不思議じゃないじゃない。だけどそれを彼女は理解できない。「だってNASAは何も見つけられないじゃないの」言う。『だからね、わたし達「人間」が今行ける距離って、宇宙からするとミクロの世界くらいの距離なのよ。まだまだ遠い宇宙にわたし達が知り得ないことが沢山あっても不思議じゃないじゃない。それに宇宙は日々膨張しているのよ』と言ったら、「なぜわかるの?ねえ、どうして膨張しているって知ってるの?どうして?」ああ、いい加減スカイプ切りたくなったって思った時にナイスタイミングで向こうのパソコン回線が落ちて、私は復旧を待たないまま、マックブックを閉じたのだった。わたし達人間は、宇宙の誕生から見れば、ほんの最近のポッと出の生命体に過ぎない。余りに歴史が浅く、わたし達が誕生する遥か遠い昔から、この宇宙は存在し、そして、ある日、太陽系が出来て、地球が生まれ、衝突で月ができて、今に至っている。私はいつも思う。ハッブル宇宙望遠鏡は本来なら、宇宙誕生の時の光まで捕らえることが出来るようになっているはずなのに、なぜか、そういうことになると、壊れたり不具合が起きる事が多い。つまり、まだ、わたし達にはこの宇宙の誕生を知るに値した成長した生命体ではないからなんじゃないかって。カトリック信者のベネズエラ人の友達はそれでも、「神様に祈ればどうにかなる」と信じている。どうにもならないことのほうが断然多いけれども、そう信じて、心に平和があるのなら、それはそれでいいんじゃないかなって。私は嫌だけど。
October 6, 2009
コメント(0)
昨日、骨折中の友達とスカイプで実に6時間、話をしていたのでしが、今日は診察日だったらしく、その骨折友達はご主人に付き添われて病院に行き、そのままご主人が自宅で仕事をしていたのでスカイプはできなかった。その代わりというか、いいタイミングというか悪いタイミングというか、タイに住むベネズエラ人の友達から久しぶりに携帯に電話がかかってきて「今からスカイプできる?」というので、まあ、風邪でヒマだから連日だけどいいか・・・と思って承諾して、またもやピアノの下に座るのでした。このところ、一日の大半をピアノの下で過ごしているような気がする。話のほとんどは家庭内の愚痴が多かったので、「私さ、結婚したことないから、よくわかんない」としか言いようがなかった。それから突然、話がマイケルジャクソンになって、ああ、この人とはマイケルジャクソンの話をしたことがなかったなあと思いつつ、『あなた、マイケルジャクソンに会った事会ったわよね』と唐突に言われて『私、彼が亡くなった時、すごく悲しくて、立ち直るのに2ヶ月かかったわ!』と言うので、「へえ。そうなんだ。私はびっくりもしなかったし、すぐに「悲しい」って感情は湧いてこなかったなあ。」と言うと、『ホワイ?』とか聞かれて返事に困った。だって、そうなんだから仕方がないじゃないの。『私は毎日彼の歌を歌っているのよ』というので、そりゃあ、そうとうファンだったんだ・・・と思って、「じゃあ、Remember the time 歌ってみて」とリクエストしたら、『何?その曲』と言われ、それならばと思い、「じゃあ、Who is it 歌ってよ。私、これ歌えるよ」と言うと『知らないわ、何その曲?』・・・うーん、何もしらんではないか。「じゃあ、何か歌ってよ」と言って彼女が歌った歌は「We Are the World」だった・・・・。「それって、マイケルが作った曲ではあるけど45人で歌っている特殊な曲ではないか。そこで、これくらいなら知っているだろうと思って、ピアノを開けて、即興で私の好きな「You Are Not Alone」を弾いたら、『凄い!あなた、そういうことって、天才しかできないことよ!』とラテン系らしく驚いていた。ところが、『じゃあ、アイルビーゼアーを弾いてよ』とリクエストが来たので、「あ、それはまだ弾いた事がないからちょっと時間がかかる。」と言ったけれども、実はこの曲は可愛いマイケル君が歌っているところはいいんだけど、兄ちゃんが歌うパートが邪魔で余り弾きたくないのだった。そして、マイケルジャクソンについて、いろいろと職務質問のような質問をされたのだった。私が覚えている「会った事のあるマイケルジャクソン」は、多分、一番顔が奇麗な頃だったと思う。もの凄く歯並びが奇麗で白かった。あの歯並びは見事だったなあ。まあ、思い出せばいろいろとあるけれども、ベネズエラ人の友達は感心して聞いていて、「わたしね、こんな言い方は悪いのかもしれないけど、あんなに純粋で無邪気で沢山の人達をハッピーにして、それで苦しまされるような事件に巻き込まれて、きっと、神さまが「もういいよ。こっちにおいで」って連れて行ったんだと思うのよ」と言ったら、涙ぐみながら『そうね。そうよね。やっぱり純粋な人だったのね・・・』と感極まっていたので、「ま、たまには嘘も言っただろうし、悪いこともしたとは思うけど」と追加し、「でも、基本的に天使みたいに純粋な人だったみたいね。歯のきれいな」と言うと突然、『・・・・で、子供の父親は誰なの?』と執拗に聞くので、「さあ、私パパラッチじゃないし、そこまで興味ないわ。どっちにしろ彼の血のつながった子供じゃないってことしかわかんない」『どうして、マイケルジャクソンは子供が作れなかったの?』と聞かれたときはさすがに、「さあ。そこまでは私には言えません」としか言いようがなかった。ああ、高かった市販の風邪薬・・・最後の1包になったと思っていたら、どうやら父が風邪をひいたらしく母が「風邪薬、分けてもらえないかしら?」とやってきたので、かかり始めに飲んだほうが効果があるからと思って、父にその最後の一包を差し出したのだった。・・・私も神さまがそろそろ「こっちへおいで」って言ってくれないもんかねえ。
October 6, 2009
コメント(0)
今回の風邪は、先月、友達がかかった「類似インフルエンザ」風邪のようで、治りかけたかと思ったらまた熱が出るというリピートで、1日4回(朝、昼、夜、寝る前)の病院の風邪薬は5日分しか貰えないので(正確に書くと、5日分しか売ってもらえないので)薬が切れてしまったではないですか。それで、まあ、保険があるから病院に行けばいいのだろうけれども、こうも発熱してだるいと「ああ、どうせ病院に行っても、また高校生みたいな医者がいて、同じ薬を貰う為に待っている間にまた別の病気をうつされて帰ってきてひどくなるだけだろう・・・だるいし・・・疲れるし・・・」と思って、市販の風邪薬を買って来てもらうことにした。私の愛用は「パブロンSゴールド」です。市販の風邪薬を飲むのは本当に久しぶりです。そして、「あれ?」と思ったのは、その微粒の風邪薬を飲むと、水が甘く感じるのです。まるで砂糖水を飲んでいるみたいに。これって、以前はなかったよなあ・・・・。しかし、高い。やっぱり病院は安い。それで、今日何をしていたかと言うと、これまた、毎日同じような感じで、熱は出るのだけれども寝込むほどまでは上がらない。鼻は通っているのに鼻声。時々発汗したかと思ったら、寒気がする。という状態なのに、なぜか人恋しいというか、話がしたくて、今日は骨折中の友達と6時間くらいスカイプで話をしていた。普段だとそんなことは出来ないのだけれども、私もヒマ、彼女も松葉杖なければ何もできないという状態だけど話はできる、というゴールデンコンビになってしまって、ピアノの下のマックブックの前にあぐらをかいて座っていると、母が、何度か、覗きに来る。母はパソコンのことなど全く理解してませんから、もちろん手ぶらでパソコンで話をしているとは夢にも思っていないのです。パソコンはピアノに隠れて母からは見えません。「焼き芋作ったから少しでも食べた方がいいわよ」と、すっかり空腹で「食べた方がいい」と「悪い」とかの問題ではない私はもの凄く複雑な心境でそれを受け取って、またあぐらをかいて座って「ああ、焼き芋が来たよ」と友達に報告し、ビデオ機能でその「焼き芋」を見せたりした。友達は画面を見て『おお・・・なんと言うか、小さいね。でもバターが添えてある分カロリーがありそうで良かったじゃないの』と感想を言った。母は、何故、自分の娘が何もないハズのピアノの下にいつも座ってひとり言を言っているのか訳がわからないようで「何か思い詰めているのかしら・・・」という感じ。先日、マックのスカイプのアップグレードをしてからこの「ビデオ機能」が使えるようになって、いろいろと見せる事が出来るようになって楽しさが倍増している。今まで口で説明していたことが、カメラをオンにすると即座に色々な方向で見せることができるのは非常に便利。しかし、私は病人だし、保冷用アイスをカチューシャにして巻いているという変な格好なので顔は映らないようにしている。「さっきさあ、久しぶりにテレビのニュース見てたら、ローカルなニュースで短いんだけど「今日の犯罪です」って真面目に新入りみたいなアナウンサーの男の人がニュースを読むんだけどその内容がさあ、「昨夜、○○町で20代の女性に男性が下半身を露出するという事件が起きました。男は20代くらいで黒っぽい服を着、下半身に懐中電気をあてていたということです。夜間には十分気をつけましょう。」だってさ。私、笑っちゃったよ~~」と言うと友達もゲラゲラ笑っている。『それって、真面目なニュースなんでしょう?』「そうだよ。2~3分の短いニュースなんだけど、ちゃんと後ろに地図が出て、その場所に赤い矢印がついてたもん。なんかね、そういう犯罪ばっかり5つぐらい報告してたよ。「次です。今朝、通勤途中に20代の女性に男が下半身を露出するという事件がありました。女性に危害はありませんでしたが、そういう場合は大きな声を出したり、近くに助けを求めましょう」とかね。日本って平和だなあ~~ってつくづく思うニュース番組だったよ」私もそう言えば、以前、そういう露出する男性に出会ったことがあって、立ち止まって、無表情で「で?」って言ったら、いなくなったことがあった。フルでリポーターをやっていた頃も、ある相撲部屋に取材に行って、本番前の打ち合わせの時、力士と付き人達がわいわいやってきて、「おお、若いねーちゃんだあ」とウケてしまい、その力士が私の目の前で履いていたデカいトランクスのようなパンツを下ろしたことがあって、そう言う時、若い女性が『キャ~~~!やめてください~~~!』と言うのが面白くてやってんだろうーなーと思ったので、一言「なるほど。」とうなずき、『・・・・それで、相撲のお話なんですが、今場所の意気込みなど、お聞かせ願いますでしょうか』と言ったら、全員が急に「オレ達なにバカやってんだろう」という顔になって、静かになった。そういう昔話をしながら、「あれって公然わいせつ罪にあたるよね。そんなモン、見たくないって。見せてどーするって。ねえ~。」本当は「なるほど。そう予想していたよりずっとこじんまりとしていらっしゃるんですね」と言いたかったけれども、まだ若かったのでそこまで言っては放送局に迷惑がかかるだろうと思って押さえたのだった。ニューヨークでも地下鉄の車両で座っていたら、段々と回りの人達が移動していくので「なんでだろう?」と思って、よーーーーく前の座席に座っていた黒人のおっさんを見たら、下半身を出していて、その時も、「なるほど。」と思って、それだけだった。男の人って、そういうモノを見せて何が面白いのだろうか。私には理解できない。まだ、「○○町で女性が20代の男性に向かって下半身を露出して男性が悲鳴を上げると言う事件が起きました」というようなニュースは聞いた事がない。本当はあるのかもしれないけど、一応、まだ聞いた事がない。そう言えば、女性が素っ裸の所を見つかった時、日本女性は下を隠すのに対して、アメリカ人の女性は胸を隠すという違いがあるというのを何かで読んだことがあった。そう言えば、映画「クレーマーvsクレーマー」の中で、お父さんがガールフレンドを連れ込んでいて、夜中に女性がすっぽんぽんで部屋を出たところで5才くらいの息子と鉢合わせした場面があって、その時、彼女は瞬間的に胸を隠していた。文化の違いを感じたものだった。
October 4, 2009
コメント(0)
月見る月は多かれど 月見る月はこの月の月という月が昨日だったと熱でヒマしている時に「1時間くらい、ダンナがいないからスカイプできるよ」と言って来た友達がいたので話をしていて、中秋の名月なのだと知った。しかし、なんとなく、ついこの間、同じようなことを母親が言って外に行って月を見たような気がする。そうやって、月日の流れるスピードはアインシュタイン的に速度を増すのであった。先日、風邪でヒマだったので日頃余り見ない昼間のワイドショーを見ていたら、「安上がりでセレブのような着こなしのポイント」とかなんとかと言うコーナーがあって、おしゃれをする時に、いかに安価でリッチに見せるかというのがあった。そもそもその「セレブ」という単語の使い方自体が日本はヘンだと思うのだけれど。それによると、安物の靴、安物のスーツ、安物のネクタイ・・・etc. だけど、時計だけは「ロレックス」これで、全体が高級に見えます、ということであった。つまり、ロレックスで全体の価格を上げるという手法のようだったけれども、これは下手すると、全体が安物過ぎて、本物のロレックスがバッタモンに見えるという逆効果になる危険性もあるな・・・と思いつつ見ていた。私は時計は機械式 (Automatic) の時計が好きで、日常使いにはカルティエのPasha35を愛用している。他にはオバマさんとおソロのタグホイヤーも使っている。けれども、仕事などの時はSEIKOのクオーツを使っている。何故かと言うと、機械式は若干ズレることがあるけれども、クオーツは正確だから、という理由。そして、私はロレックス、特に一番ポピュラーなオイスターが余り好きでないというか、ほとんど「嫌い」という感じで、ロレックスを見ても特に何にも感じない。ニューヨークでは道ばたでよく偽物を売っているところに出くわす。道で売っている他には、チャイナタウンではお店で偽物が売っている。道ばたでアタッシュケースを開けて立っている黒人の男性は、大抵、パッタモンの時計を売っている人が多い。そして、そのバッタモンの多くがロレックスだったりする。以前、そういうものはだいたいいくらくらいするのだろう?と思って聞いたことがあった。チラっと見る限りは確かにロレックスなのだけど、手にするとやたらと軽くて偽ものだとすぐにわかる。今ではバッタモンも値上がりしていると思うけれども、その当時で大体$35ドルとか$40ドルとか言っていた。それで、「これはどれくらいモツのか?」と単刀直入に聞いたら、率直に『半年くらいもつ』という返事だったので「半年しかもたないなんて」と言ったら、『だから安いんだ。壊れたらまた買えばいいじゃないか』という返事で、思わずなんとなく納得してしまったことがあった。私は元々「ブランド」には余りこだわりがないけれども、たまたま好きなデザインのものが、「ブランド品」と呼ばれるものだったりするという、単純なことが多い。しかし、一目見て丸わかりの広告みたいなブランドのバッグを下げて歩きたいとは余り思わない。唯一、実用的に使いたいと思うブランド品はヴィトンの旅行用スーツケースくらいかも。何故かと言うと、ヨーロッパなどに行くとヴィトンのスーツケースをいくつか持って行くと、めちゃくちゃ扱いが丁寧になるという経験があるからだったりする。それにもし船旅で船が沈没しても、ヴィトンのスーツケースは良く出来ているので、浮き輪代わりにもなって助かることもある。実際にタイタニック号が沈没した時、ヴィトンに捕まっていて助かった人がいるというのを聞いたことがあった。カバンで「ああ・・・違ってしまったな・・・」と思うのはコーチで、アメリカで学生だった頃、コーチのカバンで学校に行っていたのだけど、その頃のコーチは今のようなブランド品扱いではなく、革の質が良く、長持ちする良質のメーカーだった。どんなに長く使っても、もしどこか壊れたりほつれたりした時は、コーチのお店に持って行けば、奇麗に修理をしてくれる、そんな店だった。今みたいな布を使ったものはほとんどなかったように思う。おまけに、あの、変なCを変形させたような柄は昔はなかった。先日から気になっていて、「いいなあ、欲しいなあ」と思っていた土屋鞄のオイルヌメ革のソフトショルダーをやっぱり注文した。余りにも飾り気のない、その単純だけど、もの凄く手の込んだ作りが気に入って、10月8日出荷分に間に合ったので、来週末には手にする事ができると思う。土屋鞄(鞄工房土屋)のカバンはいくつか使っていて、一番活躍しているのはフロータシリーズのトートバッグで、ほとんど日常使いにはこれを使っている。保険証から病院のカードまでいろいろと入れているので、いざどこかへすぐに行かねばと言うときは、そのトートを持って行けばほとんどのものが入っているという状態。私の母が良く、「高級な物ほど日常に使うべきで、たまにしか使わないような用途のものにはお金をかける必要はない」と言っていて、だからか、私には「お出かけ用」とか、「よそ行き用」という感覚がなくなってしまっている。使ってナンボだとしたら、私の土屋鞄のトートは完璧にモトを取ってるなって思う。生まれて来て、何かを成し遂げてナンボかとしたら、私はまだまだモトをとっていないし、何事も満足に出来ていないような気がする。
October 4, 2009
コメント(0)
昨日、一旦回復に向かったかに思えた今回の「風邪」は、昨夜からまたもや熱が上がり、またもや魚売り場の保冷剤の大活躍。どうせ病院に行っても、また高校生みたいな医者が座っていて、教科書通りの対応しか出来なかったり、同じお薬を処方されるだけだから、もう、病院へ行こうという気にさえなれない。ただ、救急で行った時はアタマが痛かったのがつらかったけれども、今は頭痛だけは治まっているので助かっている。こういう風邪を引くと、日頃の健康な(まあ、私の場合は余り健康とは言えないかもしれないが)状態がいかにありがたいかを多少なりとも感じるものなのだけれども、風邪が治ればすぐに忘れてしまう。友達と障害者のスポーツ試合の話をしていて、『すごいよね。わたし達でもできないようなことができるなんて』「本当にね、そう考えると、五体満足で産まれてきたことを感謝しなければって思うんだけどね」『すぐ忘れるんだよね』「そ。」それは、戦争が始まってしまって初めて、平穏無事だった日々がいかにありがたかったかと感じることに似ているかもしれない。失ってみて初めてわかるって、せつない。
October 3, 2009
コメント(0)
Once there was a way to get back homeward. Once there was a way to get back home.15才の頃からだっただろうか。毎晩のように、なぜか、同じ夢をみるのだった。一つは富士山が噴火する夢で、もう一つは、戦争が始まる夢だった。学校に行き、「富士山はそのうち噴火するよ」と告げても、皆、笑うだけで相手にしてくれなかった。まだ、誰も富士山が「休火山」だと忘れている頃だった。風邪具合は今日がピークだったのか、スカイプで話をしていても、「立派な鼻声を久しぶりに聞いたよ」と言われた。「汗をいっぱいかけたらいいんだけどね。なかなかそこまでまだいってないみたい」魚を買うとついて来る保冷のゼリー状のようなものをハンカチに巻き付けて、それを首の後ろに当てて、カチューシャのように結んで冷やした。ユニクロのヒートテックをキャミソールから長袖のものに着替えたからなのか、風邪薬のせいなのか、話をしている途中でじわりじわりと汗をかき始めて、ビオレのさらさらパウダーinで体と顔を拭いていたら、なんとなく、体が少し軽くなっていくような奇妙な感覚があった。「でも、まだ何の味もわからないよ」熱が下がり始めて風邪が治る途中、時々ハイになって、それでまだ完治していないのにシャワーを浴びたりするものだから、風邪はひどくなる一方だった。『戦争。多分始まると思うよ』私は唐突に友人に言った。この「日本」と言う国は、余りにも無防備で無力すぎる。『あの日、連続多発テロの日のように、ある日、突然、日常が非日常になる。そんな気がする』その日まで、わたし達が生きているかどうかはわからないけれども。『And in the end, the love you take is equal to the love you make.』
October 2, 2009
コメント(0)
久しぶりにひどい風邪を引いてしまったものだ。以前は年に1~2回はこれくらいの風邪をひいて、治るのにかなりの日数がかかっていたことがあったけれども、ここ最近は「風邪気味」くらいで治まっていたので油断していたのか、本当に風邪が大流行していて、その流行にのってしまったかのどっちかだろう。今の私は発熱しているせいか、どうしても気持ちの悪さで長く寝付けなくて目が覚めてしまって、ちょっとだだっ子のような気分になってしまっている。鼻がイカれてしまったので、もう、コーヒー牛乳を飲んでも、コーヒーらしい味の感覚はなくて、ただちょっと甘い飲物みたいな感じしかない。ブログなんか書いてないでおとなしく寝ているべきなのだろうけれども、横になっていてもなんだか暑いような寒いような変な具合で、元々、風邪で高熱の時でも生放送をやっていたせいもあるのか、生放送にくらべれば、パソコンのキーボードを打つことはかなり容易い。このサイトは見る人は多くても、誰も何も書かないサイトだということは、もう、把握しているけれども、誰一人「お大事に」と書いてくれる人が一人もいなかった。ちょっとだだっ子的になってしまっているのも、多分、熱のせいなのだろう。一方通行の行き止まり。ここには何も書いてもらわなくてもいいし、それにレスすることもやめようと、そう思った。それでいいんだって。毎日何のために原稿用紙10枚以上のブログを書いているのか・・・って、結局、単に、ここが私にとってはチェルニーであり、ブルグミウラーに過ぎないということ。そして、私にはものすごくくだらない「単純な目標」がこのサイトにはあって、それが達成されるのが段々と近くなってきている。自分のためなのだと思えば、それで済む事なんだって。それをつい、忘れてしまっている自分が悪いのだと。冷たい水を冷蔵庫から取って来て、風邪薬を飲む。そうすると、冷たい水が口の中で気持ちよく、流れて行く。2錠の風邪薬と一緒に。外は雨。部屋の気温は28度。エアコンはオフ。私もオフ。
October 2, 2009
コメント(0)
なんというか、夕方、スカイプを終わらせた後(実に具合が悪いのに6時間も話をしていたのだった!)「さあ、眠ろう」と思ってブログをアップして、少し眠ったみたいだけど、やっぱり具合が悪い時って、寝てても具合が悪いことには変わりなく、なんだか、暑いのか寒いのかもわからず、こういう時のユニクロのヒートテックってすごく便利。私がこうしてブログを書いているので、「まあ、大した事はないだろう」と思われるだろうと思うけれども、熱が38度くらいあって、首は痛いし、鼻は詰まるのにくしゃみが出るという最低の状態でパソコンの前にいるわけです。なぜか?つまり、ヒマなんですね。具合が悪い時は。もっともっと具合が悪いとこんなことはしてられないのだけど、なんとなく中途半端に具合が悪いというか、寝ていても起きいても具合が悪くてヒマだったら、ブログでも書こうってな感じ。それにしても、本当に今日は足骨折の友達と風邪の私というヒマ人の二人だったからか、午前11時半頃から気づいたら夕方の5時半過ぎてましたからねえ。恐ろしいくらい、話す事があるわけですよ。特に、私のマックブックのスカイプがヴァージョンアップしてテレビ電話が出来るようになったので、いろいろとパソコンのカメラに向かってみせて遊んでいたのでした。その約6時間の間にも、私の体調は変化し、途中で本気で「ごめん。寝るわ」って言いたいくらいになってみたり、ゲラゲラ笑ってみたいりとヴァラエティーに富んでました。首の痛さが少しマシになってきたよーーーーな気がする。スカイプでも話していたのだけど、『マイケルジャクソンってさ、あんなに踊りも歌も達者なのに、ウィンクができないんだよ』と言ったら、友達がびっくりしていた。何故かしらないけど、マイケルジャクソンはウィンクが出来ないのです。それは割と若い頃だったから、案外、練習して結構なおトシになってからは出来るようになっていたかも知れないけど。しかし、昨日、ヴォイストレーニング体験レッスンの曜日を変更しておいて本当に良かった。あれから、こんなにひどくなるとは思ってなかったもんで。それから、熱にうなされていたせいもあってか、昨日届いた土屋鞄のメルマガを見て、気に入ってしまったオイルヌメ革のトートバッグを注文してしまった・・・。何しろ私が欲しい色はその時すでに「△」だったかし、再販される度に値上がりしてるらしいので、こりゃあ、早く注文しなくては、と思って、スカイプで話をしながら「ねえ、昨日、楽天勝ったの?」と友達に聞くと、『あ、勝ってたね』と言うので、さあ、ポイント2倍だ!と、やはり熱にうなされていたのかさっさと注文してしまった。お値段¥42,000円。前回、土屋鞄のフロータシリーズのトートを買った時は¥29,000円だったのが、再販になったら¥32,000円になっていたから、多分、これも次回再販時には3,000円くらい値上がりするんじゃないかなあ。ま、そうやって慌てて注文したけれども、出荷は10月8日らしいので、来週末頃にしか届かない。その頃には風邪が治っていて欲しい。そして、そのバッグを持って、ボイストレーニングに行きたい。今朝は、風邪具合の悪さを紛らわせる為に、SMAPの新曲の「そっと きゅっと」の動画を30回くらい見ていたのだった。あのSMAPという5人組はやっぱりなかなかあの年齢になっても輝いているというか、それぞれに個性があって好印象を私は持っているのです。特に私はキムタクが好きですから・・・・。新曲の踊りはなかなか凝っていて、きっとライブで通しでやるのは難しいだろうなあ・・・などと思いつつ見ていたのでした。さて、本気で横になろう。皆さんも、風邪にはどうぞお気をつけ下さい。
October 1, 2009
コメント(0)
どうやら、月曜に満員の病院に行ったせいか、単なる「風邪」から「ちょっとインフルエンザっぽい風邪」になって、非常に大変です。と書きつつ、それでもパソコンの前に座ってブログを書いている自分って一体・・・・・・・今朝未明、もの凄く寒くて、もう自力では発熱できないくらいの寒さを感じたので、折り畳んで置いていた電気敷き毛布を寝ぼけたまま敷いて、やっとなんとなく寒気から脱したと思って目が覚めたら、首から下が痛い・・・。ああ、月曜に病院に行ったせいで病気になってしまったじゃないか・・・と思いつつ、でも、横になっているのもつらいし、何か気分転換にと友達とスカイプで鼻をかみながら、長時間寝転がって話をして、一日が終わろうとしている。会話の途中で、ゆうパック着払いの発送の集荷に来てもらうために日本郵便に電話していたのだけど、なかなか来なくて、やっと来たと思って、スカイプの友達に「ちょっとごめん。ゆうパックの集荷が来たから、あなたへの定形外も一緒に発送してもらうから、席外すね」と言って玄関に荷物を持って行ったのだった。丁度スカイプの友達に390円の定形外の郵便を送ることになっていたので、グッドタイミングだった。「こんにちは~~、日本郵便です!」と、大変愛想の良い係の男性がやってきた。それで、ゆうパック着払いの小包と定形外の小包を差し出し、『500グラム以下ですので¥390円だと思いますのでこれもお願いします』と言って1000円札を渡したのだった。すると、その係の男性は、「はい!390円ですね。えーーっとぉ・・・」と電卓を取り出し、おつりの計算をし始めたではないですか。1000-390=610これくらいは、小学生でも簡単にできるんじゃないかなあ、と思いつつ、でも、きっと間違いがないようにやっているんだろうと思って見ていたら、電卓の打ち間違いでなかなかおつりの額が出てこない。やっと「はい。1000円引く390円で、おつりの610円ですね」とおつりをもらって、スカイプに戻ったのだった。『ああ、なんか、時間かかってごめんねー。1000引く390の計算に戸惑ってしまっていてねえ』「なにそれ?」と友達が笑うので状況を説明したのだった。スカイプで話している間、ずっと鼻をかんでは、点鼻薬をさしたり、風邪薬を飲んだりするのだけど、状況は一向に変わらないのであった。それで、これから寝ようと思う。すいません。今日はマイケルさんネタもなにもないです。日本郵便の話くらいしか話題がないです。ちょっと元気になったらまた書きます。おやすみなさい。
October 1, 2009
コメント(0)
全33件 (33件中 1-33件目)
1


![]()