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カレシです。と言いたいところだけれども、違う。私はどちらかというと、日本人に余りいないタイプの感じの人を好む傾向にあるようで、まず、日本人でも居そうなところでは「眼鏡をかけている人」が割と好きです。でもお笑いのオギハギは別です。特に、かけていなくてはダメということはありません。それから、くせ毛というか天然パーマみたいにクルクルしている髪が好きです。ちなみに、一番違和感を覚えるのは男の金髪のサラサラストレートです。そして、髪の色は天然の茶系が好きです。この「天然の」というところで日本人はいなくなってしまう・・・。私は別にどうでも言いと言えばいいんだけど、せっかく黒髪という美しい色の髪をしているのだから、日本人が髪の毛だけ外国人みたいにしているのには、本当は抵抗がある。多分、海外に長く居て、そういう色の頭ばかり見ていたせいで、日本人の黒髪ってきれいだなと思うようになったからだと思う。ということで、ということでもなく、明日は今月で終わる歌の練習に行くのでついでに3ヶ月ぶりに髪をカットします。こんなに短期の間にカットするのは久しぶりです。さてまたもや、奇妙な夢を見て「どうか、こんなことは夢でありますように・・・」と思っていたら、目が覚めた。夢の内容というのが変で、ニューヨークのホテルのエレベーター前のテーブルに400万円が入ったバッグを置いたまま、つい、部屋に戻ってしまい、戻った時にはバッグごとなくなっていて『ギャ~~~!!!』ということになって、おまけに、飛行機の離陸の時間が近いというのに、一向に出発しようとしない運転手にイラついたりと、もう散々な状態で、「ああ、どうか、こんなひどい事は夢であって欲しい・・・」と思ったら目が覚めたから助かった。さて。最近、なんだか物忘れがひどいというか、画像としては頭に浮かぶのに「単語」が出てこないということが多い、というようなことを今日、スカイプで友達と話していた。友達も「そうなのよ。なんでこんなことが出てこないんだろうって思うことが思い出せないことが多いよ」と、まるでばあさん達の会話のようになっていた。シックスセンスのハーレイなんとかって男の子が今、ニューヨーク大学に通っていて、あそこは映画が優秀な大学だから・・・云々という話から、大学の話になって、「ところで、ずっと疑問に思ってたんだけど、ニューヨーク大学って、ニューヨークにあるってだけはなんとなくわかるけど、どこにあるの?」と聞かれて笑ってしまった。コロンビア大学は自らの校舎や寮のビルで壁を作る形でキャンパスがあるけれども、ニューヨーク大学にはキャンパスがないので、そこらに校舎や寮が散らばっているという状態なので、「ここです」というところがはっきり言えない。だけど、ばらばらにあるわけではなくて、大体、マンハッタンのダウンタウンのアスタープレイスという地下鉄の駅の回りやビレッジの近くに集まっていて、ニューヨーク大学の卒業式はキャンパスがないので、私はコロンビア大学の卒業式は知っているけど、ニューヨーク大学の卒業式には用がないのでどういう風にやっているのかよくは知らないけれども、ヤクの売人がうろうろしているワシントンスクエアーの公園を使ってやっているというのを聞いた。ワシントンスクエアーと言えば、そこにはチェスとバックギャモンができる石のテーブルがあって、賭けをしている怪しいオッサン達がよく居るんですが、私は大学の頃、もの凄くバックギャモンが上手くなって、負け知らずにまでなったことがあって、ワシントンスクエアーに行く度に賭け事でやっているおっさん達を見ながら、「ああ、私、勝つ自信あるのに!」と言うのだけど、当時は「あの馬鹿」のガールフレンドだったので勝負をすることを許してくれなかった。今でもあの頃の私だったら勝つ自信がある。それくらい強かった。何しろコロンビア大学で負け知らずにまでなっていたのだから。そして、大昔の悲恋ものの映画「ある愛の歌(だったっけ?)」の舞台になったハーバード大学と提携している女子大の図書館で二人が出会うように、コロンビア大学の通りを挟んだ反対側に小さいけれども女子大があって、そこと提携していてお互い使えるんだけど、その女子大の名前が出てこない!「あのね・・・バ・・・ バ・・・バ、なんとかんだけど、バ、なんだたっけ?」ともの凄くイライラする時間を過ごし「ググッたら?」と言われたので調べたら、『アアアア、バーナードカレッジだった!』「やっぱり「バ」は当ってたんだ」という老婆の会話をしておりました。そして、小泉純一郎の次男もコロンビア大学の大学院出身と知って、「へえー。2004年以降だったら、2006年までコロンビアにはよく行っていたから(2007年から今は日本に缶詰なので)政治学部のパソコン使ってた事もあるから、案外見かけてたかもね」と言う話になった。ま、見かけたからといっても、顔、知らないし、別にどうってことないけど。興味ないし。コロンビア大学は広大なキャンパスが美しいことからも、多くの映画のロケーションにも使われいて、映画を見ているとよく出て来て懐かしい。懐かしさと一緒に、苦い思い出も蘇るけれども。スパイダーマンもコロンビア大学の研究室で遺伝子操作されたクモに噛まれてスパイダーマンになっているし、ゴーズトバスターの3人もコロンビア大学の元助教授(だったかなあ)とにかくコロンビア大学の研究員ということになっていて、映画に出て来る。私はいくつも大学には行っているので(ニューヨーク大学でも1学期学んでいる)割とあちこち知ってたりする。だけど、もう一度戻りたいか?と聞かれたら、絶対に嫌だ!・・・というくらい勉強させられたことだけは事実で、つらかったけど、マラソンハイみたいに、途中から快感になっていたのも事実。スタディングハイってのかなあ。
November 30, 2009
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変な習性というか、私は同じ映画を何度も何度も見る癖があって、よほど「こりゃあだめだな」と思ったり気分が悪くなる映画以外は、決まって最低でも4~5回は見るし、多いものになると、どうかしてるんじゃないのって言われるくらい見る。見なければわからないところが、沢山映画の中にはあって、映画館で一度通しでぱっとみただけでは、その映画のもっと細かな、伝えたいことが見えないということに気づいているから。映画「Pay it Forward」は、天才子役で有名な、Haley Joel Osment主演の、とても考えさせられる映画の一つと言える。決して娯楽ではないから、面白さを求めている人には退屈な映画だと思う。この映画が作られたのは、彼のシックスセンスと次のA.I.の丁度間の頃で、まだ、子供らしさが残っている。そして、この映画が作られた頃のアメリカの学校、特に大学以下の教育機関にはとても大きな問題があった。銃やナイフといった武器、そして、いじめ暴力。私は英語でこの映画を見ているので、日本でどういう名前やどういう風に公開されたかを知らない。ここには映画の内容を少し書くから、最初から見てみたいと思う方は読まないほうがいいと思う。ある町の学校で新学期が始まり、11~12才、7年生(アメリカは中学制がないので小学校からつづけて上にあがる)の社会の授業で、顔に火傷の傷のある先生が、ある宿題を出す。それは単純だけれども、とても難しい宿題だった。「世界を変えるためにできることを考えて、実行する」ということだった。その頃の年齢の子供というのは、わざとちゃかしたり不真面目だったりする中で、トレバーは真剣に考える。どうすれば、世界を良く出来るだろうかと。そして、思いつく。それはまるでねずみ講のようなものと言えば言えないではないけれども、とてもよくでた考えで、彼は、「自分がいて、3人の人達を助けます。それもそれほど簡単な事じゃない事で力になります。でも、その人達から見返りを貰う事はせず、その代わりに、その人達がまた、それぞれ3人の人達に良い事をします。そして、その良い事をされた人達がまた、次の3人に良い事をする。それがずっと続く。」先生は少し驚いたような顔をして、そして、感心する。トレバーは、まず、ホームレスを自分の家に連れて来て、シャワーを浴びさせたり、食事を与えたりして、貯金もあげて、新しい服や靴を買えるようにする。父親が出て行った家庭のトレバーの母親はバーなど二つの仕事でなんとか生活をしている。物事は何も変わっていないようにみえていたけれども、あちこちにトレバーの言う「Pay if Forward」の影響の兆候が見え始めていた。あるリポーターが取材先で、カーチェイスに巻き込まれて粉々になった自分の車の前で仰天している時に、犬の散歩の途中の紳士が「何か困ったことでも?」と話しかけられる。『困った事って!これ見ろよ!これじゃあどうしようもないじゃないか!』すると紳士はポケットから車の鍵を出して彼に投げ渡す。「ジャガーだよ」リポーターは訳がわからず、『この車で家まで送って行って欲しいのかい?」「いや、あげるよ」『あんた、ばかじゃねーのかよお!新車のジャガーを見ず知らずのオレになんかやるなんてどうかしてるぜ!』「かもな。名刺はあるかね?じゃあ、連絡を取ろう。とにかく、君の車だ。Pay it forward」それからそのリポーターはどうしてそういう現象が起こっているのかが知りたくて、どんどんと元を辿って行く。無償でジャガーをもらったリポーターはその紳士から、自分の娘の喘息がいつもよりずっとひどくて救急に連れて行ったけれども、事務的に「順番ですから」とどんなに頼んでも、診てくれようとしなかった。娘は凄く苦しそうで、そこに、盗みをした時に、見ず知らずのバアさんに助けられた(これもPay if forwardのため)黒人の男性が腕を怪我してやってきていて、「いて~~~いて~~~」といいながらも、その親子と看護士との冷たいやり取りを眺めていた。そして、自分より重傷の子供を診ようともせず自分の順番を言われた黒人は頭に来て、「何が順番だ!もっと困っている子はこの子なんだ!規則がなんだ!この子を先に診ねえと大変なめにあうぞ!」と言って床に向かって銃をぶっぱなして、逮捕されてしまう。でも、娘はすぐに治療をしてもらえることになった。「次の人にいいことをする。それだけだよ」と紳士は言って行ってしまった。父親が出て行った家庭のトレバーの母親はバーなど二つの仕事でなんとか生活をしている。(この飲んだくれの暴力父親役がジョンボンジョビっていうところが、なんとなくハマっているなあと思ったけど)ある日、ガレージで音がするので銃を構えて入っていくと、ホームレスの男性がいて、「撃たないで!何もしないから」『なにしてんのよ!』「息子さんが寝どころと新しい服や靴をくれたおかげで仕事がみつかった。それで直していたんだ。誰からも頼まれた訳じゃない。撃たないで。ただ、ドアをあけるだけだから」と言ってエンジンをかけるとエンジンがかかった。「これで少しは売りやすくなるよ」母親は、びっくりしながら、事情を聞き、そして、翌日、学校の社会の先生に怒鳴り込んで行く。この映画は、地味な映画であるし、Haley Joel Osmentの演技のすばらしさが際立っている映画とも言える。多分、A.I.より、この頃のほうがまだ12才なのに子供らしくて華奢。映画の中のトレバーは、結局助けたホームレスがまた麻薬に戻ったり、いろいろなことが上手くいかないことに気づいて大きく落胆する。そして、いろいろなことがあって、リポーターがやっとトリバーのところに辿り着く。最後のシーンは書かないほうがいいだろう。テレビのニュースでは、このトレバーの死と、彼の与えた影響がどれだけ広がっているかを伝える。画面に写されたクローズアップのHaley Joel Osmentの、リポーターからの質問の答え方を見ていて、ああ、やっぱり天才子役だなあ・・・と思った。彼は泣くシーンが本当に得意だけど、視線の動きや、台詞のわざとのつま付きなど、本当に役をこなせる子役だと思う。彼は今、ニューヨーク大学で学んでいる。あの大学は映画ではとても優秀だから、きっともっとおとなになったら、演技力はすでにあるのだから、きっといい俳優になると思う。ちょっと疲れた。
November 29, 2009
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ああ、なんか、早く寝過ぎているせいか(起きていたくないもんで)夢ばっかり見ては目が覚め、また寝ては夢をみるのだった。今、レストランに行って、ハーゲンダッツアイスクリームの大皿てんこ盛りの注文をしている夢を見ていた。悪夢は別として、おもしろい夢を見て目が覚めると、まだ現実に戻ってないからか、やたらと爽快なのは不思議なものです。ハーゲンダッツと言えば、以前にも書いた事があるけれど、帰国するまで、アメリカサイズに慣れていたので、日本で売っている、小さなカップがやたらと高くて(確かあの小さいので250円とかそれくらいするでしょ?)びっくりして、愕然として、そして落胆したのだった。と言うのも、ニューヨークにはハーゲンダッツのアイスクリーム屋が割とあちこちにあったりして、クルクルクルッとしてまるく重ねてくれたり、パフェみたいなものにしてくれたりするのが当たり前だったので、ハーゲンダッツ=高い、という印象が全くなかった。だから、マーケットに行っても、小さなカップなんてちゃんちゃらおかしくて買えないもんで、置いてある数も、あのデカイサイズのものが主で、それを買うのが極普通なのだった。そして、一人暮らしだったので、そのデカいハーゲンダッツにそのまま大きなスプーンをブスッと差し込んで、そのまま食べる・・・というのが私のやり方だった。当時、ニューヨークにいた友達とその話をすると決まって、「あら、ハーゲンダッツって、そうやって食べるもんだって思ってたわよねえ。日本に帰って来てあの小さなカップでちまちま食べるやりきれない気持ちがおこるわ・・・」という話に花が咲くのだった。食文化というのは大事で、ニューヨークは和食の食材が豊富に揃っているので、日本にいるのとそう、大差はないくらいだけど、新鮮なお魚や、鶏肉のひき肉がなかったり、まあ、困る事もある。日本は本当に食べ物に関しては、ちょっとしたテイクアウトものでも、かなり美味しいと思う、くらい、アメリカというところは美味しいものがそれほどない。ま、最高にウマイと思ったのは、125丁目のアポロシアターから西に歩いて行ったところにあるケンタッキーフライドチキンだと思う。某マイケル・ジャクソンさんは菜食主義と言い張っていたけれども、このケンタッキーフライドチキンをよく食べてるところを目撃されている。あーたねえ。ってな感じ。そう言えば、某マイケル・ジャクソンさんったら、スリラーの監督を頼んだジョンランディス監督に会った時も、ジョンランディス監督のかなり流行った映画の殆どを見ていなくて、唯一見ていたのが「ケンタッキーフライドムービー」だった。
November 28, 2009
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そう言えば、この間のヴォイス(レッスンとはもう呼べない・・・だって、レッスンなんて何にもせずに世間話でお金要求されて帰って来ただけというもの凄く、あっちにとってはラクチンなカネモウケだったんだし)ナントカの時に、一応「先生」と呼ばれている(声楽を教える教師免許をもっているのかどうかも怪しい・・・)25才の女性から、「そう言えば、アメリカの国歌ってカッコイイですよねえ、あれ、なんて歌ってるんですか?」と聞かれたので、『さあ。私、日本人だから君が代しか歌わないからわからない』と答えた。正当な回答である。「アメリカの国歌ってなんかかっこいい~~~」と「先生」が言い続けるので、『あれって、古い言い回しなどもあって、アメリカ人の友達に「何て内容なの?」って聞いたら、『さあねえ。小さい頃から歌ってるけど、真剣に考えた事ないわ』と言われたことがあった。そう言えば・・・私もかなり最近まで、君が代の♪「千代に幸代にさざれ石の」♪の「さざれ石」を「サザエ石」と歌っていたのだった。どこの国も結構似たようなものかも知れない。しかし、確かにアメリカの国旗とイギリスの国旗とブラジルの国旗はかっこイイと思う。デザイン的に。アメリカ人は国旗を焼かれると、もう、性格変貌するくらい腹を立てるけど、日本人って、例えば中国とか韓国とか北朝鮮などで日の丸をやかれても、アメリカ人ほど「くそ~~~~~~~~」って感じにはならないんじゃないかなあ。私はそういう反日運動などをニュースで見る度に、「アンタ達なんかに好かれてたまるか!」と画面に向かって言ったりする。 ちょっと過激カモ。それで、あれだけ長くニューヨークにいて、おまけに国歌を歌っている場所にいることがもの凄く多かったのに、歌えないってのもちょっと悔しいなあと思って、今、練習して歌えるようになったところです。ニューヨークに行って大リーグの始球式の時にでも一緒に歌える事でしょう。しかし、他人の国の国歌を「D」スタートで歌うとかなりソプラノになるんだなあ・・・と思った。どうして「D」から歌い始めるかというと、私の大好きな(某マイケル・ジャクソンさんも好きだったらしいけど)ビリーギルマンが12才の時の始球式の時にアカペラで歌ったキーが「D」だっただけで、別に特に理由はありません。逆に、フランクシナトラなどに熱唱されると、キーが低すぎて歌えないだろうし、アレサフランクリン(オバマさんの就任式の時に国歌を歌った黒人ソウル(韓国ではない)シンガーをお手本にしても、とても歌えそうになかったので、いささかキーが高いけど、ビリーにした。今日、ビリーに手紙を書いて送った!必ず読んでくれると言っていたから。My time on earth.......... ......... ...... .... .... .. . 私の地球での時間は長く続くかのようだけれども、それは、一瞬のことにすぎない。私達の一生は永遠に歌われ続けられる生命の歌の中のたった一度だけ歌われるほんの短いリフレインに過ぎないそうして、わたし達はこの世から消えて行く地球に居る間、そのひと呼吸ひと呼吸の間すらまわりにいる人達と愛を分かち合えるチャンスがあるはずなのにまるで流れ星のように、わたし達はあっという間に、生きて、そして、死んで行く真実はつまりそういうこと。もっと知るごとにもっと見えて来くるごとにもっと年を重ねるごとにもっと信じることになる人生は長さでも深さや栄光ではなく、一生が終わる時に私達が計られるものは、生きている間にどれだけの愛を与えることができたかただそれだけ私の地球での時間は運命によってきっと決まっているだけど、この宇宙にわたし達が生きていたと言う事実には必ず意味があるよくも悪くも自分が直面したものに自分で選択しそしてそれは自分が出した結果なんだってだから、地球の上にいる間その時間をより良く生きていけば、この地球を去らなければならない時なんの後悔も残らないこの地球にいる時間私は生きて、愛してこの世を去る時まですべてに意味がある地球にいる時間が過ぎるまでMy time on Earthlong as it seemsis just a momentin the grande scheme of thingsA short refrainof life's endless songsung only onceand then we're goneMy time on Eartheach breath I breatheis one more chance to share my lovewith those around meWe come and golike shooting starsthe truth be known,that's all we areThe more that I knowthe more I can seethe older I growthe more I believeit's not the length of the lifeor the depth of the gravein the end we'll be measuredby the love that we gaveSo my time on Earthon fate dependsbut all that happensin the space we're meant to liveDepends on meand choices I facefor better or worsethey're mine to makeSo my time on Earthwill be well spentand when I leave this worldi'll leave with no regretsI'll live and lovefor all its worth'till I live outmy time on Earth'Till I live out my time on Earth
November 27, 2009
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早めに、いろいろなことが嫌で、そう言う精神状態の時は「寝なさい」と医者に言われているので、お薬を飲んで寝ていた。医者が言うことはある意味正論で、眠っていれば、自分を傷つける事も思い悩んだりする事もないわけで、永遠にとは逝かなくても、その場しのぎにはなる。そして、6時前、そんな状態とは裏腹に、楽しい夢を見ていた。夢は、眠る前がどんな状態であっても、ひょっこりと、まるで違うものが出て来たりするから、意外性があって面白いのかも知れないし、逆に夢のせいで起きている間、ずっと嫌な気分になる事もある。さっきまで見ていた夢は、ロッド・スチュワートスチュワートとキムタクと私の3人で、飲みに行っているという設定なのだけど、現実には私はアルコールが飲めない。ロッド・スチュワートスチュワートは相変わらず白のスーツで派手で(実際会った時も一度、白のスーツだった)、キムタクはカッコ良かった。そして、ロッド・スチュワートが唐突に店で歌い始めたではないですか。「うわあ。やっぱり生で歌うと上手いよねえ」『さっすがだなあ』などとキムタクと話しながら、見ていたのでした。ロッド・スチュワートが歌っていた曲はCCRの「雨を見たかい(Have you ever seen the rain)ともう1曲・・・なんだっけ?夢だからすぐ忘れる。そして、踊りながら歌いながら、何を思ったか、ロッド・スチュワートが胸ポケットから長財布を取り出して皆に見せびらかしているではないですか。それも束にくぎってあって、そうとうな額が入っているように見える。「あれはすごいね。彼にしかできないパフォーマンスだよね」とキムタクもびっくりしていた。それで、「どれくらい入っているのか財布、貰って来てよ」とキムタクに頼んだ。財布は白の上質な(多分コードバンだと思うけど、コードバンの白なんて見た事ないなあ)財布で、開けると、一区切り一区切りのお札の束が区切ってあって、「スッゲ~~~~」←キムタクと驚いている横で、よーーーく見ると、束の外側だけ高額紙幣で中は1ドル札だったりするのを見つけてしまい、「ああ、ロッドも大変だよねえ。演出が・・・」と思っていた。何故、CCR(クリアデンスクリアウォーターリバイバル)の「雨を見たかい」(Have you ever seen the rain)が出て来たんだろう?と思ったら、ああ、カラオケで私が割と上手に歌える数少ない曲のひとつだったからなんだとわかった。3人で楽しかった。夢の間だけ、平和な気がする。そして、目が覚めて10分くらいは気分が良かったりする。昨夜、兄が家の犬の散歩をしていたら、子供達が寄って来て、「この犬噛む?」と聞かれたので、今まで子供に触られても噛んだ事がなかったので、「噛まないよ」と言ってすぐに、子供の手を噛んでしまい、病院に連れて行ったりと大変だったらしい。私は「子供大嫌いな犬」(ディノ)とずっと一緒だったので、ディノはぬいぐるみみたいな容姿だけど、実は子供が大嫌いで、とにかく近づかせられなかった。私は家のレグ(犬)とはいつも距離を保つようにしているし、自分の犬だとは思わないようにしている。何故なら、愛情が深くなればなるほど居なくなった時のダメージが大き過ぎることをディノで経験したし、また、ディノは「私の犬」だったけれども、レグは「家の犬」という違いが大きい。日頃から噛まないと思っていることを私は知っていたけれども、あの犬は少しでも痛いことをされたり嫌な事をされたりすると噛むと知っていたから、それは飼い主の思い違いだと思った。また、知らない犬にむやみに手を出すのも間違っている。知らない犬には手の甲を差し出して、まず匂いをかがせて、危害を加えないことをわからせてからじゃないと触ってはいけない。日頃おとなしいのに、ある日突然暴れるって、私そっくりだな、とつい思った。昨晩私は泣いていて、晩ご飯の乗ったお盆ごと、全部ぶちまけてしまった。この女、凶暴につき、ってな感じかな。犬も人間も、外見からはわからないことが心の中で起こっていて、それに気づかないアホが、勝手に「想像」で判断して、めちゃくちゃになる。私もその「アホ」に単純に勘違いされている。できるなら、私だって噛み付きたい。
November 27, 2009
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何か書かなくてはと思いつつ、なかなか書きたくなるような事柄がなくて、きっととても重苦しいものになるかもしれなし。『健やかなる時も、病める時も 富める時も、貧しき時も 変わらぬ愛を 誓いますか』“ I do... ”「誓います」そう誓って、別れて行った人達は数知れない。誰に向かって誓おうと、何に対して誓おうと、離れていく気持ちをつなぎ止めることはできない。誰も、それが変わっていくなんて思いもせずに、誓っている。なぜなら、誓いをたてる時、たいていの人達は、健やかでいるから。この教会での結婚式の誓いの言葉を耳にするたびに、奇妙に感じていた。健やかなる時と富める時に愛は変わり難いものだけど、病める時や貧しき時こそ、変わらずに愛せるかどうかが大切なのに。それは、決して結婚するカップルに限ったことではなく、たとえば、友達も、恋人も、子供を持つことも、動物を飼うことも、なんら変わりはない。調子がいい時、おもしろおかしい時に友達を失うことは少ない。だけど、困った状況になったことを悟やいなや、それまでの、頻繁すぎるほどの連絡が途絶えたり、まるで静かに立ち去るように消えていく人達がいる。そして、そういう人達に限って、また、おもしろおかしい時が来ると、平気な顔で戻って来たりする。そうやって、調子のいい時だけ戻ってくる人達を、もう、友達と呼べない。私には数人の稀な友人がいる。付き合いの長い人もいれば、短い人もいる。男もいれば、女もいる。笑いこける時も、泣く時も、変わりなく、そこにいてくれる。困った時には、更に、どこにそんな太っ腹なところがあったのだと、私を戸惑わせるほど、まるで当然のように、ありったけの力で、私を支えようとしてくれる。私達は、何一つ、誓った覚えはないのだけど。恋しいと思う人がいるとしたら、その人との甘い時間を待ちわびることも楽しいものだけど、本当に愛するためには、もう一度、自問しておくといい。健やかなる時よりも、病める時、貧しい時ほど、変わらず愛せるか、と。私はもちろん、“ I do. ”(本丸より)I've been looking at peopleand how they change with the timesand lately all I've been seeing are peoplethrowing love away and losing their mindsOr maybe it's me that's gone crazybecause I can't understand whyall these people keep hurting each otherwhen good love is so hard to come bySo what's the glory in leavingdoesn't anybody ever stay together anymoreand if love never lasts forevertell me what's forever forI've been listening to peopleand they say love is the keyand it's not my way to let them lead me astrayit's only that I want to believeBut I see love-hungry peopletrying their best to survivewhile in their hands is a dying romanceand they're not even trying to keep it aliveSo what's the glory in leavingdoesn't anybody ever stay together anymoreand if love never lasts forevertell me what's forever for
November 25, 2009
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眠れない夜は、単なる「眠気がしない」夜とは違って、とてもやりきれない。私は長年不眠症で、ずっと通院しているけれども、これと言って治療の方法もなく、その症状は悪化する一方だったりする。「不眠症」と聞いて、知識のない人はよく「運動したら?疲れて眠れんじゃないの」とか「日光にあたるといいらしいよ」などと言う。それは単に「眠れない」人のことで、重度の不眠症、体は疲れきって眠りたいのに、脳がフル回転して眠れない状態だったりする。そんな時に、ジョギングしたらとか運動したらというアドバイスは、全く検討違い。このところ、全く食欲もなくなって来ていて、体力自体が段々と低下しているのが感じられる。もしも、私にも「プロポフォール」を打ってくれる医者がいたら、それを打って欲しいし、そして、もう二度と目が覚めなければと思う。面白い事、何も書けなくて、ごめんなさい。こういう時もあって、こういう時が続くと、自分がどうなるのか、危険を感じている。
November 24, 2009
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最近では割と見かけるようになったけれども、日本では、ドアを開けて入った時、次に入って来る人の為にドアを押さえるという習慣がほとんどなかったように思う。私は海外が長かったせいもあって、子供の頃から、ドアは男性が開けるものだし、また、男性がいなくても、入ったら次の人の為にドアを押さえる習慣がついてしまっている。いろいろなことが恋しい。一度眠って、夜中に目が覚める。すると、脳がまだ眠っているのか、何もかもがすばらしくこの世の中が居心地の良い、去りがたいように感じる。けれども、だんだんと目が覚めて動き始めると、本当は全然違う崖の縁に立ちつくしたような、そんな感じがしてくる。If love never lasts forever,tell me, what's forever for?
November 23, 2009
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何の役にも立たないことを、ある地方では「屁の突っ張りにもならない」と言うらしいけれども、私が受けたヴォイスレッスンは実に「屁のつっぱりにも」ならないもので、非常に残念だった。そのレッスンに行く前にスタバに寄った話は書きましたが、その時、私の前の女性が、スタバの「マイカップ」みたいな、ちょっと大きめの入れ物を差し出して、それに入れてもらっていた。以前何かでその宣伝を見た覚えがあって、「ああ、なるほど、これのことかあ」と思ったと同時に、何となく欲しくなった。そんなにスタバにばっかり行く訳じゃないから要らないと言えば要らないので、買うのはやめることにした。世の中は「エコ」「エコ」「エコ」と騒いでいるけれども、本当は、エコバックのほうが、エコじゃなかったりと、いろいろと「エコ商法」に乗って儲けている人達も少なくないらしい。きっと12月の最後のヴォイストレーニングも「トレーニング」にはならないんだろうなあ・・・。12月は髪を切りにいくのでそのついでに行く事にして、もう一回はカルティの時計の修理ができて来る頃になるだろうから、そのついでに行って、それで終わり。寒い時に嫌だけど、もったいないと思ってしまうから仕方がない。まだ、子供の頃から通っていたピアノ教室のほうが、ずっと「練習」という感じがして、緊張感もあったけど、今度のところの「先生」は、若いからだと言えばそれまでだけど、「洋楽が得意」とのことでその先生にしてもらったのに、洋楽らしいものはほんのちょっとしか知らないじゃないですか。逆に「ええ?その曲、誰ですか?」とか「いい曲ですねえ」とかって言っている間に時間はどんどん過ぎて、レッスンどころじゃなくて、単なる休憩時間の世間話になってしまうところがとにかく嫌になった。ま、上手に歌えなくても、別にカラオケに誘われることもないし、オーディションを受ける訳でもないし、それでいいんですけどね。何が原因だったかと今思えば、マイケル・ジャクソンが亡くなって、友達と初めてカラオケに行って、マイケル・ジャクソンの歌を歌おうとしたら、曲数が少なくて、歌いたい曲が入ってなかったので、適当に色々歌ってみたけど、まあ、初めからプロみたいに歌えるハズがないと自分でもわかっていたけど、こりゃあ、ちょっともう少し上手に声が出るようになった方がいいなあ・・・と思ったのがきっかけだった。つまり、マイケル・ジャクソンが原因なのだ!しかし、また言いますけど、マイケル・ジャクソンの「Earth Song」の歌う真似は結構上手いですよ。泣きそうな声とか、息継ぎとか。なんとなくソレっぽくなるところが面白かったりする。私は子供の頃のビリーギルマンが大好きで、彼が声変わりする14才までの歌は素晴らしいと思う。実際、マイケル・ジャクソンソロ30周年記念コンサートで、マイケル・ジャクソンが歌った頃と同じ13才で「ベン」を歌ったのだけど、聞く限り、ビリーギルマンのほうがずっと上手い。もちろん、マイケル・ジャクソンの「BEN」はそれなりに良いし、また、彼の「Child's Heart」などは本当に子供なのに、凄い歌唱力だと思う。ビリーギルマンは11才から14才の頃、絶頂期で、特に12才の頃は素晴らしかった。もう、声が出て出て楽しくて仕方ありません!ってな感じで歌い上げるところが凄く良い。残念ながら、声変わりして、大人っぽくなってしまったビリーは単なる「歌の上手なお兄さん」にしかなれなかった。やっぱりあの12才の頃の可愛らしさや、純粋さ、そして何よりもその歌唱力が大人になったら消えてしまった。まだ21才なのに。子役で有名になると大人になってからどうなるか、とても難しいといわれるけど、確かにそうだと思う。不思議なことで、シックスセンスの主人公の男の子(ハーレーなんとかだったっけ?)の映画の最後のテーマソングを同じ年のビリーが歌っていて、それはそれは涙を誘うように美しく、また、きっと映画もそういうビリーの歌声でおわれるような内容だったのだと思う。「You can fix the person」 Really?I've been listening to peopleAnd they say love is the keyAnd it's not my way to let them lead me astrayIt's only that I want to believe
November 22, 2009
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キムタクの夢を見た。何しろ夢ですから設定はめちゃくちゃです。場所は何故かニューヨークらしく、キムタクと一緒に学校に行っているということだった。すると、ある日、通い慣れた道に小さな駄菓子屋があって。何故、ニューヨークに駄菓子屋があるのかも夢なのでわからないけど、その店は小さく、そして、そこにはおじいさんが一人いた。キムタクと一緒にその店に入り、何かをキムタクが買った。「いくらですか」(何故かおじいさんは日本人だった)すると「100円です」と返事が来て、キムタクは持ってるだけの小銭を渡した。「100円ですから、多いです」とおじいさんは言い。キムタクは「あ、それはいいです。オマケです」と言った。その時はそれで良かった。ところが、2日目にその店に行って、また駄菓子を買おうとしたら、おじいさんが突然倒れてしまい、「あのお、これ、貰ってください」とかなりの金額を渡した。そして、その時、おばあさんが出て来て、おじいさんを介護していて、おじいさんはそんなに具合が悪いのに、もの凄く怒っていた。おばあさんは「ご親切にすいませんね。でも、わたし達はお金がないからこういう生活をしている訳じゃないんです。お金はちゃんとあるんです。ただ、この生活が楽しくて、それでやっていることなので、妙に情けをかけられたような気がして、怒ってしまったんです」とおばあさんが言った。その時、キムタクははっとしたようで、幸せ不幸せは他人の目からはわからない、自分が感じていることが全てなのだと悟っていた。という妙な夢を見て目が覚めたのが午前2時頃だった。忘れないうちに書いておこうと、書いておいたのだった。そう言えば、木曜になんの意味もないヴォイスレッスンに行く時、途中でスタバに寄ってフラプチーノを買った。それを飲みながら、レッスン室に行ったら、「うわ~~なんか、スタバが似合いますよねえ」と言われて、「あ、どうもありがとう」というべきか、「どういう意味ですか?」というべきかわからず、黙っていた。今まで色々なものを「似合っている」と言われたことがあったけれども、「スタバ」が似合っているってどゆこと?本当はもう行きたくない。ヴォイスレッスン。だって、全くレッスンになってないし、ちょっとした上達するヒントも貰えないし、ただ、ラジカセの曲にあわせて大声張り上げて歌って、それでいろいろニューヨークの話や音楽の話など聞かれて話している間に時間は過ぎ、それに対してお金を払うなんて、ああ、馬鹿みたい。1ヶ月の月謝だったら、ちょっとした服がトゥモローランドで買えそうな金額なので、来月まではなんとか行かないければ凄くもったいないし・・・・。でも、きっとあっちは、「もう今月でやめる人だから、適当に時間つぶししてればいいんじゃないの」って感じがモロ感じられて、それが凄く嫌な気分になった。なんとなく、怪しいエステティックサロンっぽい雰囲気を感じてしまったのだった。
November 21, 2009
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ヴォーカルトレーニングに行ってから、歌うことが嫌になってきて、本末転倒だと思った。決して「下手」ではないと言われるけれども、バンドをやっていた頃のような声が出ないのは仕方ない。それで、ふと思ったことは、例えば、歌を歌う才能というものには個人差があって、最初からトレーニングしなくても上手に歌える人も入れば、トレーニングするともっと上手になる人もいれば、トレーニングしてもそれほど変わらない人や、最初から全く素質がない人もいるんだろう。例えばドライビングテクニックというのも、ある種「先天的」なものがあって、私は子供の頃からエンジンの回転数の「音」を聞いて、シフトチェンジのタイミングを肌で覚えていた。それだからか、私はちょっとした男性の運転よりも遥かに運転にだけは自信があるし、F1のワールドチャンピオンからも教わったりしたせいで、モナコのコースを3分21秒で走ったりすることができる。私は運転免許証を取る時に自動車学校には行っていない。そのまま、運転免許の試験場に行って、すぐに取った。ウチでは「運転」は学校でならうものではにという暗黙の了解みたいなもので、自分でもそれが普通だと思ていた。ドライビングテクニックというのは、例えば歌の声量やビブラートの具合などと同じように、できない人にはなかなかできないもので、私は車と一体化して走るので、きっと、歌もそれに似ていて、最初から、できるできないっていう範囲があるのかもしれない。私はオートマの車が嫌いで、どうしてもマニュアルシフトの車でなくては、運転の楽しみが味わえないし、オートマの車でちんたら走ることは退屈でならない。私にとって、通ったヴォーカルトレーニングは「自動車学校」みたいなもので、何も得るものもなければ、教えられる事自体が余りにも意味がなかった。これだったら、カラオケに行って一人で大きな声を出したほうが余程、楽しく歌えるようになると思った。なんだか、凄く疲れて、そして、凄く無駄だったなと思う。私の運転する車に乗った人は揃って「運転、上手いですよね」と言う。普通の人が使わないようなテクニックを当たり前のように使って走る事にもあるし、それをいちいち考えてやっていないし、つまり、最初からそういうセンスというか、そういう素質を持って生まれて来たからなんだろうと思う。セナのドライビングレッスンはもの凄く面白かった。最初から走れたから、覚えることも早いし、感覚として覚えるられることが、上手くなる理由だったのかもしれな正直な感想を言えば、お金払って習いに行っているのに、レッスンよりも、私のニューヨークの話ばかり聞いている「先生」は授業料のぼったくりだと思う。私は習いに行っているのであって、その人が「楽しい!」「話が面白い!」という為に行っているわけじゃないし、プロとしてヴォイスレッスンをしているのであれば、1分でも、きちんと発声などの練習をするのが当たり前なんじゃないかなと思う。5分もしない、ピアノの練習の時にやっていたような発声の練習をやったかと思ったら、ただ、CDラジカセの歌と一緒にただ大声で歌う、ただそれだけって、カラオケよりも意味がないと思った。
November 20, 2009
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今月から始めたヴォイストレーニングだけれども、今日、やめる手続きをして帰って来た。と言っても、来月までは行かなくてはならないシステムになっているので、完全に行かなくなるのは来月以降と言うことになる。やめることになった理由はいくつかあって、まず、「ヴォイストレーニング」なのに、その肝心の「トレーニング」の仕方が余りにもちゃちであったこと。これは、私がいろいろと音楽と通じる関係があって、『本物』の「ヴォイストレーナー」がどういう風にレッスンをして、どういう成果が上がるかを知っているからで、私が通おうと思った所は、あまりにもレベルが低かった。そして、こちらは月謝を払って「習い」に行っているのに、私の音楽知識のほうが「先生」である人よりも豊富で、私の話を聞き入って、ちっとも練習にならないので単純に「時間とお金の無駄だ」と思った。そして、もう一つは、私が歌いたいと思っている曲のほとんどがカラオケにはないような曲であるし、もちろん「先生」と呼ばれる女性が余りにも知らな過ぎる。以上が、「ああ、もうやめよう」と思った主な理由。私は性格上、もの凄く熱心にやるときはとことんやり通すけれども、「あ、こりゃだめだな」と思った時の引き際もはっきりとしている。今日もまた、結局、私が持って行ったiPODに入っている曲を聞いて「どの曲がいいでしょうかねえ」と言う話をしていても「うわあ、なんか、その曲、素敵ですよねえ。知らない曲ばっかりでもっと勉強しなくちゃって思います」と「先生」が言うのだから、もうどうしようもない。レッスンの始めのほうで、「この曲がわりと歌えそうなんですけど」と歌ってみせることにした。ソプラノの曲で、出だしは「E」なので、「E、ください」と言って、キーボードで「E(ドレミファで言うところのミの音)を出してもらって、それから歌った。私にしては非常に高音域の歌(何しろソプラノですから)だけど、この域になると結構声が出る。「先生」は「音程がしっかりしているというか、普通、Eくださいって言ってアカペラで歌い始めても、途中から段々崩れて行ったりするもんなんですよ。それが最後までしっかり音程がしているのは凄いですよね」と言われ「もしかして、絶対音感があるじゃないですか?」と言われた。実はある。だけど、私は単なる月謝を払っている「生徒」なので「まあ、絶対音感っぽいカモ」で留めた。そして、マイケル・ジャクソンの「Earth Song」の歌真似をしたら、やたらとウケて、私は習いに行っているのか楽しませに行っているのかわからなくなってしまった。実は、このマイケル・ジャクソンの「Earth Song」の泣きそうな声で歌うって真似、結構上手いんですよ。手前味噌ですが。結局、1時間半、何したんだろう・・・で終わった。アホらしかった。帰り道、途中にカラオケ屋があるので、また2時間歌う事にした。「イパネマの娘」という曲があるのだけど、何種類かあって、どれも英語の歌詞が出て来た。しかし、私はポルトガル語で歌うので、画面の歌詞を無視して歌ったら、割といい感じで歌えた。つまり、思うに、元歌を知っていると、どうしてもそのイメージがあって、自分の声で聞こえて来る歌に耐えられない自分がいて、そういう風に、例えばエルビス・コステロの「Smile」やナッキンコールの「イパネマの娘」などは、元歌を始めから知らないので、先入観なしで歌えていい感じだった。「Smile」は何種類かあったけれども、私が一番歌いたかったロッド・スチュワート版もマイケル・ジャクソン版もそのカラオケには入っていなかったので、エルビス・コステロにしたのだった。あとは、私はジョン・レノンに凄く近い声なので、ジョン・レノンの曲は割と楽に歌えた。ポール・マッカートニーは少し私より音が低いので、曲によっては低音が出ない事が多い。しかし、やっぱりビートルズを歌うには一人では足りない。バンドでやっていた頃のようにあと2人は必要。そういう歌が多いというか、ハモらないと歌にならない曲が多い。一度、ひとりで「Mr.Postman」を歌おうとして、もの凄く苦労したことがあった。完璧主義の気があるから、こういうことをすると、ストレスになるんだなと改めて思った。やっぱり私はカラオケが好きではない。ストレス発散のために始めたことなのにね。帰りに、留め金がゆるくなって時々パカッとはずれてしまうカルティエのPashaをなんとかしてもらおうと、閉店間際のカルティエに行って修理に出して来た。相変わらず、凄く丁寧な接客だった。そして、先日、更新したパスポートを受け取りに行った。10年前と違っているのは、ICチップが入っているということで、やたらとページ数も多い感じがした。しかし、次の2019年の更新の時、私はいるのだろうか、とふと思った。なんだか、疲れた。
November 19, 2009
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春日ではありません。いや、別に、理由がある訳ではないのですが、きれいだなあ・・・と思って、オードリーヘップバーンです。この人と、私の友人でもあるトゥーツ・シールマンスの二人が、ベルギー出身ということで、ベルギーで切手になったという話を聞いたのだけれども、確か・・・生きている間に切手になったのが、この二人だけってことだったような気もするけど、まあ、どちらにせよ、ベルギーが誇る二人ってことです。(オードリーヘップバーンは国籍はイギリスである)日本はお金さえ出せば自分の好きな切手を作ってもらえると友達が言っていた。だけど、最近、オークションの品物の発送くらいしか切手、使わないしなあ。昨日だったか、久しぶりにニューヨークで知り合った数少ない日本人の友達の一人と電話で話をしたのでした。彼女は私より後にNYに来て、たった4年で帰国して行ったので、私とはかなりニューヨークでの経験が違う。彼女は日本で大学を卒業してから、しばらくたって、ニューヨークの短大に通っていて、私は日本の大学に行かず、そのままコロンビア大学に通っていたので、彼女のほうがかなり年上だったし、いろいろとお姉さんっぽく、彼女の言うところの「小学生みたい」(真っ赤なバーバリーのダッフルコートに黒のバックパックを背負っていたせいで)な私と仲良くしてくれていたのだった。子供の頃から、私にはこの地球は小さかった。それは、あちこちの国を飛び回る夏休みを過ごしていたせいもあるし、なににしろ、世界は私にはそう広いとは思わなかった。それが、今では、部屋の中でこのまま一生を過ごすのかと思うとやめたくなる。ただ、それだけ。今日は何も浮かばない。ごめんなさい。
November 17, 2009
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“実るほど頭を垂れる稲穂かな?”やってきたオバマさんですが、天皇皇后両陛下に向かって深々とお辞儀をしているこのシーンがアメリカでは結構問題になっているらしい。大統領ともあろうものが、そこまでするかって。さ。まあ、今までここまできれいにお辞儀をした大統領がいなかったから問題になっているのでしょうけれども、これは日本式の「ご挨拶」なのだから、きっと「ご挨拶」としてオバマさんも「よし、日本では日本式にお辞儀をしよう」と単に思ったのかもしれない。絶対「原爆落としてごめんなさい」なんて気持ちでお辞儀している訳ではなかろう。ま、原爆そのものの開発者が日本人ということを知っている人はどれくらいいるだろうか???湯川秀樹の弟子が渡米して開発したのが原爆の元。このオバマさん以上にきれいにお辞儀をしていたのは、ビートルズだった。お辞儀が「ダメ」というのならば、こちらも西洋風の「握手」をしなかったら、一体なんて言うだろう?アメリカ人って。郷にいっては郷に従え、と言うではありませんか。(こういう字だったっけ?)私は海外が長いので、西洋でもアメリカとヨーロッパとイタリアンマフィアの挨拶の違いくらいはわかる。そして、それに慣れてしまうのも早かった。まだエスキモーには会った事がないので鼻同士をこすり合うという挨拶はしたことがない。それで、帰国してもしばらくは、お辞儀することを忘れていることさえ気づかなかったりして失礼したことがたびたびあった。♪I've loved, I've laughed and cried I've had my fill, my share of losing And now, as tears subside, I find it all so amusing To think I did all that And may I say, not in a shy way, Oh, no, oh, no, not me, I did it my way ♪今日はまた大学病院に予約が入っていたので行った。今日会った教授は初めてだったけれども、なんとなくお公家様っぽい感じで、品が良ろしいというか、蹴鞠でもしてそうな、そんな雰囲気で、ああいう医者は得と言うか、なんとなく「ああ、この先生は正しいカモしれない」と思わせる何かがある。そう思わせる何かがあるために、私はその教授が言ったことの半分も覚えずに診察室を出て来てしまい、看護婦さんがまた聞きに何度も往復することになったのだった。♪My friend, I'll say it clear I'll state my case, of which I'm certain I've lived a life that's full I traveled each and every highway And more, much more than this, I did it my way ♪私は多分、このお辞儀のオバマさんが2期満了するまで、生きていないような気がする。ま、もし、生きていたら、失礼。私はちっとも変わっていない。以前、胃潰瘍が悪性で、あと1歩で癌に変化するほどの悪性度のデカい胃潰瘍を作って、それも医者が言うには原因は「ストレス」だと言う、そんな潰瘍を、私はその時、「自動自殺潰瘍」と名付け、手術を頑に拒んでは医者を困らせた。夜になると、担当医がやってきて、その時は悪性度のことなど伏せてあって、私は手術直前まで知らされていなかったのだけど、その担当医に私は聞いた。もし手術をしなかったらどうなるかと。担当医は、それはそれは悲惨な最期になる。だから、手術をしよう、と説得し続けていた。けれども、私はもの凄く疲れていて、「人にはきっと寿命というものがあって、もし、医療が進んでいない昔だったら、私は死ぬ事になっていたのだから、私はそれを受け入れる」と言い、まだ若い内科の担当医は「そう言われてしまうと、自分が何故医者になったのか・・・わからなくなる」と頭を抱えていた。そうして全ての術前検査を拒否し続ける私に、また、夜になると若い医者がやって来て、こう言った。「手術してよかった。あの時、手術していて良かったって思う時が必ず来る。ボクが補償する」と言う、その台詞が可笑しくて、補償されても、いい事がなかったからって、何か弁償してもらえる訳でもないのにと可笑しくなって、また、その先生の誠実さにも動かされ、「ならば」と、それから、文句一つ言わず検査を受け、医者を殴りそうになりながら術前点滴を受け、手術は見事に某助教授の手によって終わった。そして、それから、私は、毎日泣いた。「胃を切るんじゃなかった」と言っては泣いた。私は罰当たりものなのかもしれないけれども、どんなことをしてでも生きていたいと医療にかかっている人達がある意味羨ましいと思う。それほど、この世に生きていて、去りたくないほどのことがあるなんて、すごいことだなって。だけど、わがままなことに、殺されたり、食べられたりはしたくないって思う。それとこれは別のハナシってな感じで。残りの命が2年であろうと、5年であろうと、ジタバタしないって、ただそれだけのことかもしれない。きっと、とても短い間に私なりにいろいろな所へ行き、いろいろな人に会い、いろいろな経験をしてきたから、もういいかなって思うのかもしれない。まあ、何にせよ、生まれて来たからには、必ず死ぬ。いつかね。その時、BGMに「My Way」が流れていたらいいなあ・・・でも、飛行機に乗っている時に気流が悪くて凄く揺れる時は、決まってクラプトンを聴くようにしているのは、もし墜落したとしても、最後の最後まで聞いていたいのは、やっぱりクラプトンだったりするから。あ、そうか。クラプトンが「MY WAY」を歌えば一石二鳥なのだ。しかし、クラプトンは歌わないね。多分。(絶対と言えないのは、最近あのヒトは何するか訳がわからないもんで)
November 16, 2009
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すごい夢を見て目が覚めた。ああ、夢でよございましたって感じの夢です。場所はどうもニューヨークで、住んだ事のない部屋に住んでいて、どうやら課題をやっているのか、机の上にペンやらハサミやらナイフやらカッターなどが散々と置かれている。そして、その自分の部屋のドアの鍵が壊れているのか壊されたのか、そこから、スーツを来た白人みたいな「悪魔」が入って来て、私を殺そうとするんですよ。なぜ、悪魔かわかったのかは夢ですからわかりませんが、スーツを着た悪魔って言うのも変な設定だなあと思う。とにかくその濃紺のスーツを来た悪魔が部屋に入ってこようとするので、必死でドアを閉めようとするけど鍵が全部壊れていて閉まらない。悪魔は「おまえを殺してやる~~~」とか、頼んでもいないことを言いながら悪魔らしい形相で迫って来るのです。そして何が怖かったかと言うと、夢の中で「ああ、これは夢じゃない!現実だ!」と思っているところで、とうとう悪魔が部屋に入って来て私を殺そうとするんです。そう言う場面にはまだ生涯遭ったことがないけれども、ああ、叫ばなくちゃ、叫んで助けを呼ばなくちゃと思うのに、もう恐ろしくて、声が出ないのですよ。「ああ、現実って、こんなもんなのか・・・叫びたくても叫べないくらいの恐怖なんだ」と思いつつ、「しかし、ここで負けてはいけない」と突然、なにしろ夢ですから、急に強くなって、何か戦えるものはないだろうか・・・と探し始めるのです。首に常時下げている十字架のペンダントも案外西洋風悪魔だから効果あるかも知れない、とか思いついたけど、相手は吸血鬼じゃないからダメかなあ・・・と思ったりした。そして、机の上にある刃物類を全部手にして、相手が使えないようにしたかと思ったら、以前、ここにも紹介したと思いますけど、パリで買った安物のペーパーナイフを取り出して、何故かしらないけれども、突然悪魔に向かって、「これを何だと思うか!これは聖なる剣だ!」すると、それまでの悪魔がちょっとひいていく。「これは、バチカンの聖パウロ三世から受け継いでいる聖なるナイフだ!」と、もう、めちゃくちゃなはったりを堂々と言い始めるんですよ、私が。すると、段々と悪魔が弱々しくなって行くではないですか。パリのなのに。しかし、夢の中ではそのペーパーナイフはパリの安物の土産ではなく、確かに聖なる剣なのです。何しろ「夢」ですから。そうやって、どんどんと私はその聖なるペーパーナイフを手に悪魔に近づいて行き、悪魔は「参った・・・」という感じになって、そこで目が覚めた、というわけです。しかし、怖かったなあ。夢が夢だとわかる時ってそれほど怖くないけど、夢なのに、「これは現実だ!」って思う時は本当に怖い。ダークスーツを着た「悪魔」は会ったこともない男性で、なぜ、スーツできちんとした格好をしているのかも変だけど、逆に悪魔っぽかったら「ああ、夢だ」と思ったかもしれないけど、普通にその辺に、と言っても、日本じゃないけど、ニューヨークにはいそうな感じの人だったから、怖さが倍増したというか現実味があったような気がする。それにしても、本当に「ああ、もうだめだ」と思った時は悲鳴を上げられないものなんだなあと、初めてわかった。私は日頃から悲鳴は上げないので、上げ慣れてないって言うのもあるのかもしれないけど。そう言えば、通り魔的チカンにあった時も、キャー!とも助けて!とも叫べなかったなあ。ヴォーカルレッスンの時も、女性の先生が大きな声を出す例をあげて、「もし、自分の子供が道に飛び出して車にはねられそうになったら「キャー!」って叫ぶじゃないですか」と言うので、『はあ、独身なので子供がいないのでわかりませんけど、多分、私のことだから、叫ぶより「おっと!」と言いそう』と言って、それならばと、「例えば、机の上のコップをこぼしたりしたら「あああ~~~!」って叫ぶじゃないですか」と言うので、やはり私はそういう時は逆に落ち着いているというか、慌ててももう仕方がないやと思って普通にタオルなどを取りに行くという話をしたら、「落ち着いていらっしゃるんですね」と言われ、『いいえ、ただ、慌てても仕方がない時にむやみに悲鳴を上げないだけですよ。近所がびっくりするし。今までそう言えば、悲鳴ってあげたことがないなあ。喧嘩で怒鳴る事は割とあるけど』と言った。悪魔は何の象徴だったのだろう。そして、聖なるナイフは何故、そんなにも効果があったのだろう。目が覚めて、そのパリのペーパーナイフを手にして、「確かに、たとえ聖なるナイフじゃなくても、これだとナイフよりも人を刺せそうだから、悪魔も刺せたかも」と思った。まあ、悪魔だから、刺しても倒れないだろうけど。やっぱり「聖なるもの」に悪魔は弱いのかなあ。ま、夢の話ではあるけれども、生きている人間の中でも、そんな悪魔よりよっぽど悪魔みたいな人って、結構いますよね。ああ、恐ろしい。と言うのを、今朝、夢を見た直後にむくっと起きて下書きしておいたのでした。夢というのはおかしなもので、時間が経つにつれて訳がわからなくなるものです。今日、ちょっとだけスカイプで友達と話をしていて、この夢のことも話をしてビデオ機能で「ほら、このパリの土産用のペーパーナイフよ。2~3ドルの安物なのに、なぜか頑丈で鋭くてね。これは機内持ち込み禁止だもんね」などといいつつ、来日したオバマさんの演説について語った。「あの人、プロンプトなしじゃ演説できないみたいね。ジョージ(ブッシュ)は最低の大統領だったけど、最高のお笑いだったからなんとなく淋しいよ。ブッシュはプロンプトはほとんど使ってなかったしね。使ってなかったから可笑しかったってこともあるのかもしれないけど。世の中めちゃくちゃにしつつ、二期満了だもんねえ。やっぱりあのお笑いのセンスでつい投票した人ってかなりいると思う。別の人がなるくらいだったら、このお笑いの人にって。」そして、先日私が見た「1ドル40円」という夢を覚えていて、『何かに書いてあったけど、2012年には1ドル10円くらいになるかもしれないらしいから、あながち、その1ドル40円って言う夢は外れてないかもよ』などと言っていた。そして、「ああいう大統領の同時通訳って、なるのってもう、めちゃくちゃ難しいけど、もの凄いギャラなのよね。昔で1時間100万円とかって言ってたから(それになれって子供の頃言われていたもので)今じゃあ、そうとうな金額なんじゃないかあな。国連関係は特に。」『わかる。確かに難しそうだったもん』「いや、本当に難しいと思うよ。下手すると誤訳したりすると戦争が起きる可能性もなきにしもあらずだしね。私なんか、時間差通訳くらいだったらできるけど、同時は無理だねえ。日本語から日本語でも同時に他の人に言うことって難しいと思うよ。それが英語だしね。」と同時通訳者を絶賛したのだった。オバマさんではなく。小浜市に感謝するんだったら、ノッチにも感謝して欲しかった。彼は大統領公認の「オバマさん」なのだから。
November 14, 2009
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これは、エリック・クラプトンのアコースティックギターで、彼のためにカスタムメイド(特注)でつくられた一点もの。私はクラプトンのアコースティックギター(ほとんどがマーティン)をかなり弾いたけれども、それぞれ、それなりに良い音がでていたけれども、このカスタムメイドのLot 86, 正式にはなんとかかんとかF-13というのだけど、これが一番私には離れがたい程いい音がした。引き心地というか、膝の上に置いた時の納まり具合から、なにからなにまで、すごく良くできていて、弾くと、マーティンとはまた違った音色がして、本当にいいなあ・・・と思ったのは、これだったような気がする。これは、クラプトンのホームギターだったので、実際に弾くことができた人は、凄く限られていたんじゃないかなと思う。そう言えば、ヴォーカルレッスンの部屋に、びっくりするくらい小さなマーシャルのアンプ(スピーカー)が置いてあって、「ひえ~~小さい~~~」と驚いて、「これでは座れない・・・」などと言ったものだった。子供の頃は、このマーシャルに座るのが好きで、まあ、高い所が好きってのもあるけれども、ブライドフェイスなどの頃にクラプトンが使っていたマーシャルはかっこ良かった。しかし、あんなに小さいのもあるとは本当に知らなかった。まあ、長い間、バンドをやめてから、そういう事柄から遠くなっていたから、単に知らなかっただけなのだろうけれど。今の私は、いろいろなことに頑になっていて、今まで信じていた、いや、信じていたようなものも、信じなくなった。ヴォーカルレッスンも来月できっとやめると思う。友達は、「少なくとも3ヶ月はやってみたら?」と言うけれども、今の私には、歌えたからって何なのよっていう気持ちの方が強くて、12月は行かなくても月謝は払わなければならないから行くけど、その後、1ヶ月、4回分(3時間)行っても、大きな違いは出ないし、たとえ出たとしても、今の私には意味がない。歌えば歌うほど嫌になっていく。音楽は癒しだったはずなのに。今でも、ディノを安楽死させたことにつまづく。たとえ決して助からない昏睡状態で、自然死を待つしかない状態で、私は決心した。帰りがけに、ケージの中で眠っているディノが苦しそうな悲鳴を上げた。それは、まるで、私に決心して欲しいという合図のように思えた。私が一番恐れていたことは、いつ、呼吸が止まってもおかしくない状態で、もし、誰もいない、ひとりぼっちで逝って絵師舞うことだけは避けたかった。最初に子犬の時に抱いたように、私の腕の中天国にいってくれたらと思った。センチメンタル過ぎるのかもしれないけれども、異国で、唯一の家族だった犬は最早犬ではなくて、「家族」だった。 Do you know my name, if I saw you in Heaven?
November 13, 2009
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SIr ジャッキースチュワートという人は、F1好きの方ならご存知のハズですが、ご存知でない方には誰のこっちゃきっさっぱりわからない人かもしれません。私は子供の頃からサーキットに行く機会が多く、また、特別扱いだったのでレースはピットから見ていたりしていた。ジャッキースチュワートが現役で走った頃は、残念ながら、昔過ぎて、見る事はできなかった。子供の頃、兄からジャッキー・スチュワートのサイン入りポスターをもらった。そのサインがやたらとかっこ良くて、何を思ったか、そのサインを真似し始めて、とうとう本物と区別がつかないくらい上手になって、そして、壁にそのポスターを貼っていた。タータンチェックが入ったヘルメットがひと際、かっこ良かった。彼はスコットランド出身なので、何かと言うと、タータンチェックの服を着ている事が多い。それで、初めて、本人に会った時、私は相当の事がない限り、サインは求めないというか、興味がないので貰わないのだけれども、やっぱり子供の頃からずっと知っていて、大好きだったジャッキー・スチュワートのサインが欲しい!と思って、多分あれはモナコだったと思うけれども、サインを書いてもらった。そして、とても優しく話をしてくれながら、してくれているサインを見ながら、「あっ!わたしと全く同じだ!」と妙な感動を味わったのだった。できることなら、「私、あなたのサイン、書けます!」って言いたかったくらいだけれども、さすがにそれはやめた。エリック・クラプトンのサインは、私が子供の頃にしてもらっていたのと、最近のサインはかなり違っている。昔は、わりと丁寧というか、長かったのだけど、最近のは、Ericまではなんとか判明できるけれども、その後はなんとなくいい加減という気がする。というのも、サインをずっとしていると、どんどん変わって来るもので、私もアメリカで小切手を切ったり色々な証明書にサインをする時、ニューヨークに行った頃と、その後のサインは結構変化している。なんだか・・・いろいろなことがあって、本当に元気がない。私の未来が真っ白で、先がないような、そんな気がする。
November 12, 2009
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ああ、そう言えば、長い間見つからなかった、イギリス人の女性を殺害した犯人が大阪で捕まったそうですが、あの人、下手に整形したせいで逆に見つかりやすくなったような気がする。しかしながら、犯人が見つかって良かった。死んだ女性は帰ってこないけれども。今、デレク&ザ・ドミノス(クラプトン)の「Bell Bottom Blues」を聴いているのだけれども、何度聴いても、この歌の歌詞はおもしろい。これは「レイラ」のアルバムに入っているラブソングなのだけれども、歌詞の中に「もしも死ぬ場所が選べたら、それはきっと君の腕の中」とかって歌っているんですよ。1番で。(確かに・・・誰かの腕の中で死ねるとしたら、私はやっぱりクラプトン・・・かなあ・・・本当はアイルトンがいいけど、セナはもう先に死んじゃったし、無理だわ)それからあれこれと甘い事を歌うのだけれども、終わりの方になると突然、「さよならなんて言わないでくれ・・・でも、もし、僕が他の恋人と一緒にいるのを見ても驚かないで欲しい」という歌詞があるんですね。なんだろう? この人。ま、クラプトンって、そういう人そのものですけど。すごく手が早いというか、気が変わりやすいというか、恋多きおっさんというか、人の恋人(妻も)ばかり欲しがるというか。人が持っているもののほうが良さそうに見えてしまう典型的な人です。何しろ、私が着ていた服まで欲しがった人ですからねえ。でも、いかにも善人そうにしていて、裏の裏では結構イヤラシイことしていた誰かさんと違って、至って、素直で正直な歌詞ではありますが。まあ、デレク&ザ・ドミノスの頃って、かなりラリっていたから、言うことも訳わからない事が多いですね。デレク&ザ・ドミノスと言えば、私の好きなアルバムTOP10に入るのがこのデレク&ザ・ドミノスの「In Concert」で、これはダブルアルバムで、ラリリっぱなしのバンドにしてはよくできているライブ盤だと思う。アルバムジャケットが緑の森みたいなところで撮ってあって、そこで笑っているクラプトンが大好きだった。それに、アルバムを開くと、やたらと色っぽいクラプトンがストラトキャスターを弾いている大きな写真があって、まさか大人になってニューヨークでその写真の「本物(写真家)」を見ることになるとは思わなかったし、その「ブラウニー」を実際に弾く事ができるなんて、物語はたまに物語りっぽく流れていたりする。すべては「子供の頃の夢」だったのに。このアルバムの中に「Let It Rain」というのがあるんですけど、子供の頃、ある夏休みの夜中に、この「雨よ降れ(だったかなあ、邦題)」を何度も何度も繰り返し聞いていたら、大雨になっていて、気がついたら、玄関まで水が入って来ていて、もう、かなり夜中だったけど、さすがに両親を起こして、近所の人達が家に非難しに来たりしてましたよ。その時の大雨では死者も出たくらいで、私は小学校に行って、「この大雨は私がLet It Rainを繰り返し夜中に聴いていたせいじゃない」とかなんとか友達に言っていた。今日は午後、スカイプで友達と話をしていたのだけれども、雨のせいなのかなんなのかわからないけど、2分後とぐらいにブチブチ切れて、なんとも疲れるスカイプだった。まあ、タダなので文句はいえないけど。それで、昨日カラオケに行ってから、私の「絶対音感」がおかしくなっていて、というよりも、「絶対音感」があるからか、昨日、曲を歌いながら、なんだか気持ち悪いなあ・・・と、ず~~~っと思っていたのだった。それで、気づいたのだけど、そのカラオケのその部屋のカラオケ機械の音程が半音くらい下に設定されているんじゃないかな?と。それで、今日になって、いつもなら、いっぱつで頭出しできる曲の頭のほとんどが半音下がってしまっていた。YouTubeでもジョン・レノンのイマジンに半音低くアップされているものがあることに気づいた。それは一発で気づいて、友達と聴きながら、「これ、ちょっと低い。絶対低い」と言いながら、YouTubeかけたままCDのイマジンをかけたら、やっぱり半音低かった。いかんじゃないか。正しい音程でアップせんか!って。先日、最初のヴォイスレッスンに行って、極端に選曲を変えたのだけど、実はもうすっかりその歌に飽きてきて、歌いたくなくなってしまっている。日本語の曲はこれだから私には向かないのかもしれない。私はポルトガル語を少々話しますので、小野リサがポルトガル語で歌っていた初期の頃のだったら飽きないかも。私がポルトガル語を話すのはセナのせいです。最初にアイルトンに話した言葉がポルトガル語で、内容がめちゃくちゃだったので、ゲラゲラ笑っていた。今でも夢に見る。ピットレーンの向こう側から、両手を広げて満面の笑みで「Tudo bem?」っていいながらハグしてくれていたセナ。夢の中じゃなくて、幽霊でも怖くないよ。アイルトンだったらね。ウチのじいさんだったら怖いけどさ。会いたいね。泣きたくなるくらい、会いたいね。私は小野リサの初期の頃の曲をセナに歌ってあげていた。一緒にシントラからエストリルまで走ったし、あの人は横を向いて走るから、ちょっと怖いけど、すごく人として、素敵な人だった。本当に素敵な人だった。会いたいね。夢でもいいから。
November 11, 2009
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ジェームズ・マーシャル・ヘンドリックス、いわゆる、ギタリストのジミーヘンドリックスは、歌に自信がなかったらしいけれども、当時から圧倒的な影響力のあったボブディランの歌を聞いて、「これなら俺にも歌えるかもしれない」と自信を持ったと言う。うーん・・・確かに、言えているかもしれないかもしれないかもしれない。私は根っからのビートルズ生まれのクラプトン育ちなので、エリック・クラプトンが「影響を受けた」とか「好きだ」とか「一緒にやった」と言うものはほとんど手を付けているのだけれども、そのどれもこれもがなんとなく、性に合わないのは何故だかわからない。例えば、デュアンオールマンと一緒に「レイラ」をやったりしていたので、オールマンブラザースバンドというバンドのアルバムを買って聞いて見たのだけど(買ったのはEat a Peachだった)印象に残ったのは・・・なんだったっけ?「未練たらたらディッキー・ベッツ」と言うフレーズとタイトル名くらいで、あとは退屈だった。そもそもアメリカのロックですし。それに、「どれだけ恩返ししたらいいのかわからない」とクラプトンが言うボブディランも、お小遣いを貯めてやっと買ったりしていたのだけれども、どこがいいのか、やっぱりさっぱりわからないというか、この人、歌手?と思うくらいで、なんでこの人が凄いのだろう・・・と長い間、疑問に思っていたのだった。ボブディランの曲をクラプトンがカバーして、ライブでやった時、初めて、ああ、なるほど、もの凄くいい曲を作る人なんだ、と感動したものだった。クラプトンという人は、アレンジの天才じゃなかろうかと思うくらい、他人の曲を自分の曲にして演奏することにひと際長けている。しかし、ボブディランとクラプトンが一緒にハモろうとステージの上で同じマイクスタンドで歌ったのを見た時は、感動するよりも、おかしくて笑いがとまらなかったものだった。何しろ、ボブディランはひたすらに「我が道を行く」人で、メロディーラインもなにもあったものじゃないってな感じで歌うから、それに合わせて歌うのは、今や「グレートシンガー」と評されるようになてしまったクラプトンでも無理な話なのだ。そう言えば、ボブディランはマイケル・ジャクソンの「We are the world」の中でも一人メロディーライン完全無視で、我が道を行っていました。ジミヘン(ジミーヘンドリックス)の名曲「Little Wing」もクラプトンがデレク&ザ・ドミノスの時にカバーして演奏しているけれども、私には本人の演奏よりもずっと気に入っているし、ずっと聞きやすい。実際、中学の頃にはこの「Little Wing」のソロをフェンダーのストラトキャスターで弾いていたので、ソラでその旋律をハミングすることができる。そう難しいとは思わなかった。その頃は。その頃一番難しいと思ったのは、Live Cream Vol.2 に入っている「Crossroad」のアドリブで、こればかりは、どうあがいても、私には無理だった。それに比べると、Little Wing はスローだし、割と弾きやすかった覚えがある。ジミヘンと言うと思い出すのが、あるジミヘンに関する記事があって、それを読むと気分が悪くなる人が続出しているというのを当時ニューヨークで友達から聞いて、「なんだか知らないけれども、読んだ人全員が原因不明で気分が悪くなって寝込むのよ」と言い、「で、読んでみる?」と言われたので、断った。私は興味がなかったし、気分が悪くなりたくなかった。だから、私がマイケル・ジャクソンの「This is it」を見た後、もの凄く具合が悪くなったのも、ありかもしれないとその時思った。今日はヒマだったし、スカイプもできなかったので、1時間無料クーポンというのがあったので、近所のカラオケ屋で3時間歌った。それで、あらためて「あかんなあ・・・、自分が歌っている曲を聞くのがいやになってきた」と思いつつ、ロッド・スチュワートの「Have you ever seen the rain」を歌ってみたら、不思議と上手に歌えた。この曲は元々アメリカのクリアデンスクリアウォーターリバイバルというバンドの曲で、作ったのはジョン・フォガティである。今まで一度も歌った事がないのに、何故か、これは割といい感じで歌えた。クラプトンの曲も何曲か歌ってみたけど全くダメで、多分、クラプトンヴォージョンのイメージが強すぎてダメなのかも知れない。どっちにしろ、歌いたい曲はその機械には入っていなかった。ロッド・スチュワートと言えば、会場大合唱のコンサートなので歌い慣れていると言うのもあるのかもしれないけれども、どの曲を歌っても、割としっくりいったのにはちょっと驚いた。ただ、「Sailing」だけは、あれは会場大合唱の曲なので、一人では淋しい。そして、最後にマイケル・ジャクソンの「Earth Song」を初めて歌ったら、びっくりするくらい声が出て、歌えた。ただ、泣きそうな声で歌うのがちょっと難しいけれど。あの曲は本当にいい曲だと思う。
November 10, 2009
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これは、ビートルズが当時のマネージャーだった、ブライアン・エプスタイン氏が突然亡くなった時に言った言葉。とてもよくその状況を言い表していると思うし、自分自身も、別にマネージャーがいる訳ではないけれども、なんとなく、それに近い気分に陥る事が多々ある。私の部屋は天井に蛍光灯式のドーム状の明かりがついてますが、どうしても蛍光灯の明かりに慣れきれなくて、電球の、つまり、ニューヨークで使っていたように電球で間接照明で明かりをつけているのです。すると、友達が「もうすぐ電球自体、エコのために作らなくなるらしいね」と恐ろしいことを言うので、『えええ~~~。私はどうすればいいのだ!』と驚愕していたら、「電球に限りなく近い別の電球(蛍光灯らしいけど)が売ってるから、ウチはそれに換えたよ」なるほど。そう言えば、先日宿泊していたホテルの明かりも、一見電球風の暖かい感じの色だったけど、中を見たら、くにゃくにゃと曲がった蛍光灯みたいなものがついていて、シェードだけいいものを使えば、まあ、それほど電球と差がないような色味だった。私の部屋のフロアーライトは電球が3個立てに並んでいるので、冬は暖房代わりになるくらい暖かくなるけど、夏はめちゃくちゃ暑い。And in the End... The love you take is equal to the love you make.
November 8, 2009
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ひとまず、巨人優勝セールスタート!!!!!・・・・じゃなく、優勝おめでとう!(巨人好きなので)7年ぶりの優勝かあ・・・7年前はわたしゃまだニューヨークでまったりとしておったわ。ヤンキーズも優勝したし巨人も優勝したし、良かった良かった。めでたしめでたし。まだ、原監督が現役の選手だった頃、同じ飛行機に乗り合わせたことがあって、すごく背が高くてカッコいいと思った。空港に着くなり、すぐテレビカメラが回っていたけど。さて。先日、最初のヴォイストレーニングを受けたのだけど、3回分を一度にやったので、まあ、なんとなく「やったかな」という気分にはなれました。普通は1セッション(だいたい45分)らしいけれども、私の場合は聞き上手な人がいると、「明石家さんま」的におしゃべりをしてしまうので、何しに行っているかわからなくなる・・・ということで、3セッションを一度に受けた訳です。それで、マイケル・ジャクソンの歌をすっかり歌う気になれなくなってしまったので、急遽、何か歌えそうな曲というか、レッスンに良さそうな曲を決めたのだけど、その曲自体は好きだけど、日本のポップスだし、自分でそれほど歌いたいという気持ちがないからか、まだ1番のさびの前までしかやってないのに、すでに「飽きた」という気分。それで、今月はあと2セッション残りがあるので、他の曲にしたいと思って、何がいいかなあ・・・と探している所です。どうも日本語の曲というのは余り合わないのか、すぐ飽きてしまうんですね。しかし、ビートルズを歌うにはもう2人必要だし・・・。(ハモるのに)そこで、ひとりで、イギリスのソプラノの曲を歌ってみたら、あらま、高音がめっちゃ出るではないですか。しかし、いきなり「ソプラノ」っていうのもなあ・・・。ソプラノ歌手目指している訳でもないし。私の「声」はだいたい割と低めなのです。低めなのに高めの音がミックスされている「ミックスボイス」らしい。「聞いていて心地よい声」と放送していた頃から言われてはいたけれども、歌でもそうらしいけど、それは曲による。それで、友達と話していたら「あなたは本当に即刻、結果が出ないと気が済まない気性だよね」と笑われてしまった。というのも、3セッションのヴォイストレーニングを受けてから、その足ですぐにカラオケ屋に行って歌ってみたら、全然上手になってない!!!これは一体どういうことなのだ!・・・という気分になって、「ああ、やっぱり下手くそだあ~~~」と落胆した、ということを友達に言ったからです。「そうなのよ。即効性がないと気が済まないっていうか、結果がすぐに感じられないと落胆する」というと、友達が「乗馬習ってた頃もそうだった?いきなり走った?」というのです。私はアメリカで乗馬を習っていたことがあって、簡単にスタート、ストップ、右、左、を習ったら、即、山の中を走り回ったりしていて、日本でも習おうかと思ったことがあったけど、聞くと、狭い体育館みたいな屋内をちんたら歩き回るだけから始めるみたいだったので、一応、ジョン・ウィエインが如く走ってした私にはものたりないというか、面倒くさいというか、やる気がなくなったのだった。それに馬に乗れても、うち、馬、いないし。まあ、まじめにコツコツやっていたのはピアノのレッスンくらいで、これは、まだ子供の頃からだったから、まあ、そういうもんなのかと思って毎週通ったものでした。さて、どーーーなることでしょう。
November 7, 2009
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あら、ブルースウィルスの髪がある頃の映画やってました。何度も見てるけど、「This is it」よりはずっといい。はっきり書いておきますが、私は、誰であろうと一旦嫌になったら、とことん嫌いになり、どんなエクスキューズや美談が出てこようと、早々簡単には嫌いじゃなくならない性分でして、そういうことはあまりないんだけど、今回は、ちょっとやそっとじゃ気分が良くならないようなことがありまして、多分、ずっと変わらないと思う。ええ、マイケル・ジャクソンのことですが。もう、語りたくもないので、マイケル・ジャクソンを崇拝している方はこのサイトにはおいでにならないほうがよいでしょう。お互い気分が悪くなるでしょ?マイケル・ジャクソンと言う人の音楽センスやパフォーマーとしての才能は認めます。素晴らしいと。HOWEVER, BUT, しかし、「人」としての裏の彼は、私にはもうどんな功績を上げていようと、ヒールザワールドであろうと、私は認めない。たとえばマイケル・ジャクソンが私を「認めない」と言ったとしても知ったこっちゃない。いい曲を沢山書いている人だけに、非常に残念ですが、仕方ないです。彼の「Earth Song」は本当に良い曲だと思う。ま、そのうち忘れるでしょう。イタリア製のマイケル・ジャクソンのボールペン・・・デザインがいいので、「Michael Jackson King of Pop」の文字だけ消して使おうと思っている。(私がそこまでするのはそーーーーとーーーーなことがわかったからです)
November 6, 2009
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名古屋に住む友達からメールで、「携帯を水没してしまったから、携帯からこちらの携帯におくってくれませんか?」というメールが来て、「ついでに、前にもらったマイケルの変な顔の写真も送って貰えますか?」と書いてあって、今、マイケルというと「あの人」しか浮かばなくて、おまけに「変な顔」って書いてあったので、何のことだろう?と一瞬とまどったけど、実は、F1のマイケル(ミハエル)シューマッハの変な顔の写真を持っていて、なかなか見れない写真だったので、以前、シューマッハ好きのその友達に携帯から送って「これでも好きですか?」と書いたら、「それでも好きです」という返事をもらったことをかなり前のこととして覚えていた。携帯が水没して、貴重なシューマッハの「変な顔」の写真がなくてがっかりしているようだったので、調べたら、まだ持っていたので送って差し上げたら喜んでいた。ビリーギルマンの12才の頃の歌を聴いていて、なんだか、久しぶりに「普通の人間」に遭遇したような気がした。ニューヨークではヤンキーズが優勝して、巨人は大手をかけた。松井秀喜がMVPをもらったそうだけど、いい時に活躍来てよございました。好き嫌いは別として。私はニューヨークからこの松井秀喜の生放送をして、スタジオからの呼びかけに頭の出だしがマズかったので、その夜はかなり落ち込んで、なかなかタクシーに乗って部屋に戻る気にもなれなかったのを覚えている。丁度、松井の連続出場回数が怪我でどうなるか、という時で、丁度松井がホームランを打った直後に放送が始まったので、まさか、直前にホームランを打つとは予定していなかったので、頭出しが悪かった。今日は友達とスカイプで午後しばらく話をしていた。受けているヴォイスレッスン。12月は絶対に受けないと月謝だけとられるので受けるけど、その後、どうしよう・・・という話をしていたのでした。私は今、静養中の身だし、部屋にじっとしているのは精神衛生上良くないし、「大きな声を出す事はいいことだしね」と友達は言う。私も同じように思っているのだけど、何しろ、私は日本の曲をほとんど知らないし、邦楽でもほとんどがブリティッシュロックで「男が歌う歌」ばっかりで、なかなか難しい。本当は、まだ映画を見る前頃までは、You are not alone やSmileなんか歌えたらいいなあと思って始めた事なんだけど、まあ、Smile は別にマイケル・ジャクソンのオリジナルではないからいいけど、もう、You are not alone さえ歌う気になれなくなってしまった。茫然自失って感じかも。映画の中で、マイケル・ジャクソンが話をしているのを聞いて、ああ、この人、精神安定剤かなにかでラリってるなって思った。いつものインタビューなどの時やリハーサルの時と違っていて、はっきり言うと英語のろれつが回っていないってな感じ。私も、2004年の11月の大統領選挙の時、ニューヨークで生放送をしたのだけれども、その時、何故か非常に緊張して、始まる前にトランキライザーをちょっと多めに飲んでしまって、ろれつが回らないまま生放送をした苦い経験がある。さて。寝よう。
November 5, 2009
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「今まで知らなかった彼に会える」(だったっけ?)そう言う風に「This is it」の宣伝では言っていて、ある意味、確かに、今まで知らなかった「彼」にこのところずっと会い続けていて、昨日書いたように、メディアでは、やはりそれは商売だから、映画を絶賛するだろうし、隠された「真実」を知ったら、誰だって、きっと見方が違って来ると思う。私はあの映画の封切りの日に見て、そして、友達にemailで「この映画は一回でいい」と感想を書きながら滞在先に戻った。私がどんな風に感じているかに関わらず、仕事上のおつきあいもあって、またもや、どうしても断れない理由があって、招待されて、また、あの映画を見ることになった。感想は、変わらない。ただ、マイケル・ジャクソンはどうでもいいけど、バックダンサーやスタッフの人達は本当に一生懸命希望に満ちてコンサートに向けて頑張っていて、そのところは、とてもいいと思った。彼が本当はどんな人であろうと、一流の人と同じステージに立てることは、きっと信じられないほど嬉しい事だろうし、きついリハーサルだって、楽しそうに、元気にやっている姿は共感するものがあった。あの映画をまた見ることになろうとは思っていなかったし、私は字幕を読まなくていいので、それだけ英語がわからない人よりは、「画像」を見ていると思う。色々と衣装を変えてはいたけど、良く観察していると、彼は多分3~4回しかリハーサルには来てなかったんじゃないかなと思った。まあ、メディアや他の人達がどう評価するかは、私は全く興味がなくて、自分が知ってしまったことと、この映画が、私の持つ「マイケル・ジャクソン」という人の存在(もういないけど)が180度変わってしまった、ただそれだけのことなのかもしれない。何も知らない人は、そのまま彼を崇拝し愛し、惜しいと思えばいいし、私のようにいろいろと知る事ができる立場にあると、ちょっと、いや、ちょっとどころじゃなく、大きく、彼の作り上げた「偶像」が壊れる。本当に慈善事業をする人は、必ずと言っていいほど、そうしていることを公にしない。アイルトンセナは、もし、自分が多大な寄付をしていることを公にしたら、即刻、寄付をやめます、と言って、現実的に、いくつかの孤児院や教会はセナからのお金だけで支えられていたと、亡くなってから関係者が、「もう、言ってもいいでしょう」と明らかにした。本当の優しさ、本当の慈善はそういうところにあるんじゃないかなって。マイケル・ジャクソンのやり方は、本当の自分の隠れ蓑だったんかないかとさえ思えて来た。「L O V E ... love」と彼は言うけれども、どれだけの人の心を傷つけたか、彼はきっと、全くわかっていないのだろう。全ては「お金目当てだから、お金さえ与えてえればなんとかなるんだ」という考えそのものが、私には理解できない。12才の少女に手を出すことは、犯罪です。しばらく、休憩。
November 4, 2009
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そして今、終わりが近づきそして終幕に直面している友達よ、これだけはハッキリ言える私の事を確信をもって私は波乱の人生を送ってきた困難にもでくわしたけれども全ての道を旅してきたそれよりもなによりも 自分のやり方で生きて来た後悔も少しはあったけれども、再び言及することはほとんどないやるべきことはやったし、免除してもらうこともなかった全て慎重に道に沿って設計をたてただの設計ではない 自分のやり方でやってきたたしかにあなたが知っているように自分がこなせる以上のものを抱え込んだときもあっただけど疑問に思ったときは立ち止まり、引き返した私は全てに堂々と立ち向かった 自分が信じているやり方で愛したし、笑ったし、涙したこともあった欲しいものを手に入れたし、負ける事も味わったそして今、涙が途切れわたしは何もかも楽しかったと気づいたんだ私のしてきたことを考えると私は恥ずべきやり方ではなかったと言えるいや、私は違う ただ 自分のやり方でやってきた人はその人なりに得たものがある自分を偽る者は自分の本当の気持ちも祈りの言葉も口にできない記録は私が戦ってきたことを示している 自分の思う通りにやってきたとそう、それは自分の信じるやり方だった ................. my way今まで、世界中で、有名無名、貧富の差、いろいろな職業、色々な人達に会ってきたけれども、そのたびに、喜びがあったり、驚きがあったり、学んだり、反省したり、自分を顧みたり、懐かしく思ったり、感心したりしてきた。私は自分の職業とは関係なく、幼い頃から色々な人と出会う機会があったから、そう言えるのだろうけれども、その中にこれほど、愕然とし、落胆した人物は他に居なかったように思う。マイケル・ジャクソン。この人には、本当に亡くなった後に、どんどんと幻滅させられ、そして、嫌気がさすほどのことがあって、今は、その歌を聞く気にさえなれない。多分、亡くなった後に、これほど誰かを嫌いになったのは、この人が初めてだと思う。理由は、ここに書くことさえ嫌気がさすようなことの連続なので、あえて、書く事はしない。それくらいの事だと。私はもう、彼のことを気の毒だとも思わないし、可哀想だとも思わない。マイケル・ジャクソンは「誕生日もクリスマスもない子供時代を過ごした」と、大げさに悲惨ぶってたりしていたけれども、この世間知らずの大金持ちは、世の中には、富みも名声もなく、そして、誕生日もクリスマスも正月もない子供時代を過ごさねばならなかった人達が大勢いることを知らないとしか思えない。自分だけがつらかったって?リサ・マリー・プレスリーじゃないけれども「このアホ」って言いたい。少年への性的虐待問題は裁判沙汰にされたけど、彼が犯した少女への性的虐待はどうなるのだろう。闇に葬られるのだろうか。お金で解決できたから、それでいいって?そういうこと?それは、9月の始めのことだった。久しぶりに会った友達と、今まで行ったことのなかった「カラオケ」に行って、Billy Gillmanが当時13才で2001年のマイケル・ジャクソンソロ30周年記念でニューヨークで歌った「BEN」が、正直、マイケル・ジャクソンが13才だった頃よりも遥かに上手くて、また、私はあの曲が好きだったから、マイケル・ジャクソンが死んだってこともあって、その日の事を思い出して、歌ってみたくなって行ったのだった。2001年のそのコンサートの夜は忙しかった。まさか、翌朝、連続多発テロが起こるなどとは思ってもいなかった。そもそも、私はブリティッシュロックで育ったこともあって、アメリカのポップスにはかなり疎かったし興味も薄かった。何度かマイケル・ジャクソンにも会っているのに、記憶がそれほど鮮明じゃないくらい、私にはどうでも良かった。それよりも、例えば、エルトン・ジョンとエレベーターの中で交わした面白い会話や、エリック・クラプトンとの面白い思い出のほうが鮮明で、私には宝だったりする。カラオケですっかり「歌えなくなっている」自分に愕然として、そして、ヴォーカルレッスンを受けることになったのだけど、最早、マイケル・ジャクソンの歌を歌う気にはなれず、別の曲を練習することにした。私もBillyと同じく、14才頃に声変わりしてから、それまで音楽室に響き渡るほどのヴォーカルでバンドの練習をしていたのが嘘のように、声がでなくなった。だけど、「話す」発声訓練は放送局で受けているので、本気で頭に来て、大声を出したりすると、トマホークのように、つまり、ミサイルみたいに声が通る。耳が遠くなりつつある母に話をする時は、若干大声で話をしないと通じないので、その声で話をしていると、庭にいた父が私がまた怒っていると勘違いして飛んで来たこともあった。そして、実際に歌を習い始めて、もう、やめようかと思っている。何しろ、「習っている」時間よりも、私の話に興味があるからか、私の話を「先生(女性25才)」が聞き入ってしまって、何しに行っているのかわからないような気もするし、歌えるようになったからって、なんなのよって気持ちも生まれて来ていたりする。それよりもなによりも、もう、マイケル・ジャクソンを歌う気持ちが消えた事が一番なんだと思う。ちなみに、上の写真はフランクシナトラの若い頃の写真です。和訳の歌詞は「My Way」で、この曲をエルビス・プレスリーも上手に歌ってはいるけれども、やっぱりこの歌は、フランクシナトラ以外の人は歌っちゃいかんと思う。他の人が歌ったら罰金とるって、それくらい、フランク・シナトラのために作られた、完璧な彼の歌だから。
November 3, 2009
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久しぶりにクラプトンの「悲しいアルバムを作りたかったんだ」ということでできたピルグリムを聴いていたら、2曲めの「River of Tears」でやっぱり泣いてしまった。このアルバムがリリースされた頃、私はニューヨークに、愛する犬のディノと一緒にいて、そして、亡くした時と時期が重なり、この曲の歌詞の一部の「I wish I could hold you, one more time, to ease the pain...」というのがどうしても、こころに達して、自然と涙があふれて来るのだった。私は皆と視点が違うのかもしれないし、本来、ブリティッシュロックで育っているからなのかもしれないけれども、本当のことを言うことも大事だと思う。何度かマイケル・ジャクソンの映画「This is it 」について書いたけれども、本当に私が率直に感じたのは、やっぱりアメリカ人だなあってことと、そして、なにもかもが計算されていて、どこか、シラけてしまうところがあった。私はあの映画で拍手をする気も泣く気もなく、ただただ、疲れた。(実際、誰も初日というのに拍手はしていなかったし、席もわりと空いていた)私が一番嫌うのは「人のこころをもてあそぶこと」かもしれない。マイケル・ジャクソンのエピソードを読んでいて、「これって、私の価値観からは、人として、どんなにリッチ&フェーマスでもしてはいかんだろう」と思うことが次々と出て来て、なんだか、曲を聴いても、こころまで届かなくなった。一つは、プロモーションビデオやツアーで一緒に回っている女性に対して、その気がありそうなフリばかりしてジラして、そして、何かコトが起こると、「君の勘違いじゃなかったの?」とでも言いたげに、取りつく島もないほど突き放す。マイケル・ジャクソンは「一緒にツアーで回っていたりすると、その後、世界中、追いかけ回されるんだ。皆、お金目当て。僕のお金と名声のためさ」と迷惑そうに言う。インタビュアーは『女性にははっきりと気持ちを言わないんですか?』と問い、それに対して、「だって、傷つけるのが嫌だから」この下りを読んで、正直「あんたねえ」と言いたくなった。美輪さんもよくテレビ番組の中でおっしゃっていたけれども、一番残酷なのは、相手が未練を残すような、つまり自分のイメージを壊したくない、嫌われたくないっていう気持ちのほうが強くて(自己愛)、中途半端に切ること。本当の優しさは、たとえその瞬間、悲しいかもしれないけれども、ズバッと切る。自分が嫌われてもいい、恨まれてもいい。それくらいじゃないとだめだと。それが本当の「優しさ」なのだって。マイケル・ジャクソンは自分から誘惑しておいて、相手をその気にさせては、逃げ回る、そんな男なんだって知って、何が、ヒールザワールドだって、思ってしまった。まず、ヒール(治す)のは自分をヒールしてからじゃないんですかねって。その気になった女性がいても「僕はその気はないから」って一言言えば、もちろん、それを聞いた時はショックかもしれないけれども、まあ、相手は大物なのだしその点は納得するだろうし、変な未練を残して世界中を追いかけ回ったり嫌がられたりするよりはずっといいと思う。「How do I choose?, where do I draw the line? between the truth and the necessary pain?」私はマイケル・ジャクソンの熱狂的なファンではないから、彼がどんな女性関係を持っていたか、また、やたらと子供のに対して言う意見に何か曲がったところを感じているほうで、決して、なにもかもが素晴らしいとは思っていない。彼は、正しい子供時代を送れなかった子供が殺人という犯罪を犯しても「彼らは悪くない。正しい子供時代を過ごせなかったからなんだ」といい張るけれども、本当にそうだろうか?世の中には、親のいない子供は数えられないほどいる。親の愛情なくして育った人だって沢山いる。その人達が皆、殺人を犯すかといったら、そうじゃない。ほとんどの人達は、まあ、こころに傷はあったとしても、一生懸命普通通りに生きている。そもそも、人を殺すこと、それ自体が「してはいけないこと」なのだということを飛び抜かしているところが変。リサ・マリー・プレスリーと結婚したときも、彼はあっけらかんと「彼女の子供が欲しかった(彼女は前夫との間に2人の子供が居た)それに、結婚したら最初に子供を作るって約束だったのに、欲しくないっていいだした」とおかんむりだったらしい。彼が欲していたのは「妻」でもなんでもなく「子供」だった。他にも書ききれない事が沢山あるけれども、もう、マイケル・ジャクソンはいいや・・・って気分になった。リサ・マリーは訳のわからないことを言い続けるマイケル・ジャクソンに向かって「このアホ」と言ったらしいけれども、さすがにプレスリーの娘は言うことが違う。なぜ、あの「This is it」を見た直後に「この映画は1回でいい」と感じたのか、なんとなく今になるとよくわかる。
November 2, 2009
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♪I'm so tired, I haven't slept a winkI'm so tired, my mind is on the blinkI wonder should I get up and fix myself a drinkNo, no, no ♪子供の頃から、何故か疲れると、このビートルズの(ジョン・レノンの)「I'm So Tired」を口ずさむ癖があって、今日は見るべきではなかった動画を長時間見てしまって疲れた。あんあの、見るんじゃなっかった。なんとなく、ただでも一昨日、深夜に救急で「心臓が止まりそうです」などと言いつつ病院に言ってお薬を貰って(実際は買った)帰って来たのが遅かったのだから、疲れていても当たり前と言えば当たり前なのだけど、昨夜は夜中に、妙に暑くなって、ヘロヘロのところに、なんだか頭がボ~~~っとしているのか、自分のいるところがニューヨークの部屋なのかなんなのかわからず、「え~~っと、エアコンのスイッチは・・・?」と枕元を手探りで触ったりして、ベッドライトを付けて天井を見たら、なんとなく、見覚えがないというか、違和感があるというか、結局、エアコンをオンにして「ああ、涼しい・・・」と思って寝ていたら、今度は極端に寒くなってエアコンを切った、というところまでは覚えているけれども、それから、なんだか妙な夢を見てましたよ。まあ、私は元々妙な夢ばかり見るので、珍しいことではないのだけど、やっぱり疲れがたまっていたのか、途中、目が覚めながらも、割と寝てました。この間、ヴォーカルトレーニング体験レッスンに行き、一応、ちょっと気分転換と、もし、カラオケに誘われた時は、人がなかなか歌わない歌を歌えるということで、ちょっとだけ習う手続きをしてきた。文化の日に90分のレッスンを受ける事になった。いささか体調が心配だけど。友達も言うように、音程がしっかりしているのと、英語の発音に問題がないことなどで、多分、コツさえ覚えれば、別にプロになる訳ではないから、短期間でいいんじゃないの?って言われた。私は負けず嫌いなので、まあ、マイケルジャクソンと張り合う気持ちはないけど、マイケルジャクソンより一歩手前・・・それは行き過ぎか?まあ、5歩手前くらいまで歌えるようになれたらなあ~~~と思ったりしている。多分、無理でしょう。歌の間にしゃっくり、できないし。あの人、やたらと音程幅が広いし。何しろ、男ですしね。まあ、しばらく「お母さん」やってたみたいだけど。パソコンの「カラオケ」でちょっと歌ってみたら、発声練習をした後は、やっぱり声がでますね。なんとなく、私、マイケルジャクソンに疲れて来たわ。今夜からぐっと冷え込むようで、昨日、衣替えをしていて良かった。多分、家に帰ってきたので、ぐっと疲れてしまったみたい。とにかく、ココにいることが、私には苦痛でならないけど、でもホームレスよりはマシだと思って我慢している。その我慢がいつまでモツのか・・・なんとなくネガティブになってはいけないと思いつつ、終わりを考えたりしている。私には「守るべきもの」が、ディノを失ってから、何もなくなってしまった。多分、まだ、乗り越えていないんだと思う。元気なくて、ごめんなさい。
November 1, 2009
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