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昨日の選挙は、見事に民主党の大逆転選挙に終わり、昨夜からニュースはそればっかり。それとは全く関係なく、何を思ったか、ただでも三半規管が弱いのでクルクル回ったりすると転ぶのに、先日からマイケルジャクソンの「スピンの仕方」というのを見てやっと1回だけ奇麗に回ることができるようになったのが余程嬉しかったのかも。だって、SMAPの1年ぶりの新曲とか言う「そっと きゅうと」の踊りを見ていたら、キムタクのターンの仕方がマイケルさんとはちょいと違っていて(私はほとんどキムタクしか見ていない)「えっ? どうやって回っているんだろう?」と、ふと何度も繰り返し繰り返し見入ってしまった。それでやってみるけれども、マイケルジャクソンのスピンより簡単なハズなのに...マイケルジャクソンのターンはできるるようになったのに、見事にバランスを崩して転倒。ああ・・・あちこち家具で打撲。アホやなあ・・・。よーーーーーく考えてみたら、ああ、回転が逆なのかと、ふと気がついた。キムタクは時計回りで、マイケルジャクソンは反時計回りが多い。それで、私は半時計回りには割と慣れて来ていたけど、急に時計回りをしたので転んだんだ、きっと。って、他にやることはないのか?でもめげずにマイケルジャクソンのブカレストのライブの時の「Will You be There」の踊りは割とゆっくり目なので出来るカモなんて思って、鏡の前で練習。他にすることはないのか?最初はなんとなくマイケルジャクソンと言うより盆踊りに近かった。回転さえしなければ、踊りは割と得意なのになあ。しばらくやっていたら、割とそれっぽくなってきた。他にすることはないのか?まあ、上手に「Will You be There」を踊れるようになっても披露する機会がもうないです。まあ、体操と思おう。踊っていて思うけど、早い動きは反動で出来るけどスローの動きのほうが筋肉を使うというか、体が「偉くて」「ゆるくない」。子供の頃は一度だけ浴衣を着て盆踊りにも参加したけど、音楽が肌に合わなかった。そう言えば、映像に残っているマイケルジャクソンの靴下はスパンコールとか白が多いけど、普段はアーガイルのソックスを履いてたりしてたなあ。シャツもラルフローレンっぽかったし、案外、アメリカントラッドだったりして。それにしても、キムタクは「いい男」なのに、「いい男路線」を行かなかったからか、見ていて楽しい。あれで2人の娘のお父さんかあ・・・松岡修造とマイケルジャクソンとキムタク・・・誰がお父さんがいいか?うーん・・・キムタクにしたいけど、お母さんになる人(某静さん)が割と強そうなので、ちょっと怖いから、やっぱりお母さんみたいなマイケルジャクソン指名。指名しても、もういないけど。でも、よくよく見てみると、マイケルジャクソンって、お父さんって感じよりお母さんって感じがする。子供達に対して。しかし、娘の誕生日に娘の買い物に一緒に行って、自分のロレックスの時計買うところが、やはりマイケルジャクソンだったりして。
August 31, 2009
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投票日の今日、皆さんは選挙、行かれましたか?私はいつも思うのですが、この選挙・・・投票したい「人」がいないけど、一応意思表示はしなければならないということで、丁度、iTune ミュージックギフトポイントを貰って、1曲無料ダウンロードできるってことになって、さて、どの曲をダウンロードしよう?と迷う感じに似てますね。私は長い間海外にいたので、選挙には参加できなかったのだけど、その後、海外在住の日本人の数が半端じゃないので、海外にいても選挙に参加できるようなシステムになりました。しかし、宣伝カーが来る訳でもなく、街角で演説している訳でもないので、誰が何を目指して出馬しているのかさっぱりわからないというのが正直な感想でして、しかし、誰がなっても同じか・・・な・・・?という感じはどこの国に住んでいても感じますね。さて、昨日、ふとしたことから、日本の昔のバンドをYouTubeで聴いていたのです。沢田研二が凄く若いのにびっくりしましたが、それでも、解散10年後の再結成の時のでした。いろいろ聴いて、「ザ・タイガース」という阪神タイガースみたいなバンドの曲ともうひとつは・・・ああ、名前、覚えてないや、ま、とにかく、2曲、好きかもしれないと思う曲に出会いました。1曲は「亜麻色の髪の乙女」という曲で、なにやらこれは最近リメイクで歌われている原曲とか。そしてもう1曲は「花の首飾り」でした。しかし、花の首飾りの歌詞を聞いていて、『♪お~~あ~~~いのしるし~~~♪」というところがあるのですが、それが、「お会いの印」なのか「おお!愛の印」なのかよくわからないなあ・・・と思いつつ聞いていました。まあ、こういうことはよくあることで、私は長い間、君が代の中の「さざれ石の~~」というところを元気よく『サザエ~~意思の~~』と歌っていたものでした。国家になぜ突然「サザエ」が出て来るかとか疑問にも思ってなかったですね。ま、どっちの曲も2回も3回も聞きたい・・・とまでは気持ちが行かなかったですが。そう言えば、懐かしき「We Are the World」を見ていて、マイケルジャクソンって人の人脈の凄さに改めて驚きつつ、もっと驚く事には、「これ、誰?」ってな人も結構いたりして。あの曲はマイケルジャクソンが作ったのですが、何故か共同でライオネル・リッチーの名前もあります。一体、どこをどうしたっていうのだろう??? だって、マイケルジャクソンが作った時に作ったデモテープ聞いたら、もう完璧に出来上がってて、ライオネル・リッチーがどこをどうしたのかが不思議です。ライオネル・リッチーという人のコンサートにも行ったことがあるけど、その時、会場がアンコールの拍手で賑わっていたにもかかわらず、『アンコールをしなかった人』として私の記憶には深く残っています。それからライオネル・リッチーを見ると、石橋貴明に見えてしまいます。よく真似てたから。それにしても、あの「We Are the World」はそれぞれの歌手の上手さがふんだんにでている素晴らしい曲だなあと思うけれども、同時にかなり笑えます。私が一番気に入っている笑えるパートは「ボブディラン」のソロのところで、他の歌手がまあ、自分のスタイルで歌いながらも一応旋律にのって歌っているにも関わらず、ボブディランだけが、完璧にメロディーラインから外れて「我関せず」ってな感じで我が道を行っているところが凄い。だけど、決して下手とかじゃないんですよね。なにせ、天下のボブディランですから。ボブディラン自身、あれが彼のスタイルで、私はクラプトンが歌うまで、Don't Think Twice It's Alrightがあんな曲だとは気がつかなかったくらいで・・・。あと、アメリカの松岡修造っぽいかもと思ったのがブルース・スプリングスティーンの歌い方でした。何もそこまで気張らなくても・・・って感じで一生懸命歌ってました。あと、凄いと思ったのは、マイケルジャクソンが履いていたスパンコールの靴下かな。いろいろなアーティストのコンサートやライブに行っていますけど、黒人の人達って、かなりスパンコールに執着があるみたいで、B.B.KINGのライブの時も美川憲一よりも派手なスパンコールのジャケット着てて、そのキラキラさと、歌っているブルースのギャップがなんとなくせつない感じがしたものです。黒人にとってスパンコールを身につけるってことは「成功」の証なのかな?って思ったりして。ああ、そうそう、マイケルジャクソンのスパンコールは「スワロフスキー」だそうです。ごーかー。(豪華)
August 30, 2009
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昨日の「金スマ」の松岡修造は凄かったですね。まあ、日頃から凄い人だなあとは思って見てましたけど、つくづく友達と「この人の娘じゃなくて良かった・・・」『いや、この人の妻じゃなくて良かった・・・・』などと言っていたのでした。だって、私、泳げないから、「パパ、私、水が怖い!」なんて言おうものなら、絶対『やってみなくて何がわかる!やって出来ない事はない!やる気だ!気合いだ!』などと叫びながら、プールに投げ込まれるのが想像できたりするし・・・それに、あの出産の時の応援も、私は出産したことないけど、ただでも苦しいのに、横で応援されたら・・・ねえ。しかし、純粋でがんばり屋で、ああいう人が「いい人なんだけどねえ」と言う感じの人なんでしょうね。なんとなく、世に出て上り詰める人って、結構「変な人」が多いような気がする。というより、人より秀でてなければ、世に出ることはできないわけだから、それが「変わっている」って思われる要素になるってことも考えられますね。話は変わりますが、ちょいと前に凄い雷がありまして、その時、私は雷が近づいていることに気づかなかったのです。何故かというとパソコンでヘッドホーンでiTuneの音楽を聴いていたので(大音量で)す。すると、突然、その大音量の音楽をも突き破るような落雷が!!!その瞬間、ウチの全ての電気が消えました。「やれやれ。ブレーカー係登場か・・・」などと思いつつ、この部屋のウォークインクロゼットにあるブレーカーを上げに行ったのでした。とにかく、このウチの全ブレーカーがこの部屋のウォークインクローゼットの壁にズラ~~~っと並んでいるので、私がやるしかないわけですよ。すると電気がついたので、「やれやれ一安心」と思いつつ、しかし、あれだけ凄い雷だとしたら・・・パソコン、大丈夫かなあ・・とちょっとドキドキしながらパソコンの電源を入れたのでした。すると、いつもより若干時間がかかったけれども、まあ、普通に使える状態で電源が入った訳です。だけど、それから2階のお城に住む兄が「エアコンが入らない」と言いに来て、翌日から、電気屋さんなどが来て、結局、私のいるこの部屋以外のほとんどの場所になんらかの被害がでているといる、つまり、雷が落ちたのは「ウチ」だったということがわかったのでした。それでテレビが映らなくなったり、エアコンが変になったり、お風呂のお湯が変になったりと、今、その復旧作業で大変なんですけど、何故か、落雷に遭った時にデスクトップのパソコンを使っていたにもかかわらず、何の被害もなかったのが「私のいる部屋だけ」という現実がそこにある訳です。不思議ですよね。電源回線は同じなのに。ニューヨークというところは、かなり雷がひどい所で、その凄さはさすがニューヨークってくらい凄いのだけど、高層ビルなどはほとんど避雷針がついているので雷がなったらパソコンの電源を抜くということに不慣れな訳です。それでも、ウチは普通の一戸建てなので避雷針がないからと、雷が鳴り始めたら一応、デスクトップのパソコンは電源を抜くようにしていたんだけど、何しろ、大音量で音楽聴いていた最中だったので、気づく間もなく「バ~~~ン!!!!」と落ちちゃったってわけです。青天の霹靂いや、雨降ってたかも。あ、今日はマイケルジャクソンネタないです。LAPD(Los Angeles Police Department) も「他殺」と断定したようなので、あとはあの専属医師が逮捕されるだけかな。毎回、あの死の原因になった麻酔薬の名前を見るんですけど、覚えられなくて、覚えたかな?と思っていたら「ポリフェノール」とかって覚えてしまって、まったくなんのこっちゃわかりません。松岡修造と、マイケルジャクソン・・・どっちがお父さんであって欲しいか?と考えると、もの凄く複雑ですが、私の場合、プールに突き落とされる可能性のないマイケルジャクソンさんを指名したいです。
August 29, 2009
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日本では、薬物使用の芸能人のニュースが連日、報道されていますが、海外はどうか?というと、クラプトンもそうだけど、「ヘロイン中毒だった頃」とか、平気で言ったりしてますね。最初にポール・マッカートニーが来日した時、成田の手荷物検査で大麻が見つかり、そのまま逮捕されてコンサートが中止になったこともありました。ポール・マッカートニーと言う人は、当時の奥さん、リンダ・マッカートニーと毎日いつも一緒で、彼女が乳がんで亡くなるまでに唯一離ればなれになったのが、この逮捕で拘置所にいる間だったという。そして、ホテルで心配して待っているリンダに、拘置所から毎日花束を贈っていたというのも有名な話だったりします。私は渡米してから、日本での海外アーティストのコンサートはほとんど行かなくなりましたが、海外ではかなりの数のコンサートに行っていて、大抵、会場で誰かがマリワナを吸っている「匂い」が漂って来くるのに気がつくものです。まあ、私はタバコの匂いに非常に弱くて、頭痛がしてくるのだけどこの日本では違法の大麻の匂いはタバコほど嫌じゃない・・・と言ってはいかんのかもしれんが、どっちかというと、「ああ、誰か吸ってる」って思うくらいで、別に頭痛はしないですね。いい気分にもならないけど。そのマリワナが、マイケルジャクソンの寝室から見つかったらしい。それと一緒に違法ではないヘロインっぽいものも見つかったらしいけれども、あれだけ食べずに、あれだけのパフォーマンスでハイになっている姿を見れば、こりゃあドーピングにひっかかりそうだなあ・・・と思うのも当然のことでして、それには余り驚かなかったけど、一緒に発見されたものに、「美白剤」「育毛剤」というのがあって、そっちのほうが、なんとなくしみじみとしてしまいましたよ。亡くなった時、マイケルさんはほとんど髪の毛がなかったらしい。それで友達と話していて、『♪リ~~ブ21~~♪って歌ってあげたりしてね』「いや、それより、ヘアフォーライフ、知らなかったのかなあ。あれのほうがより自然で、あんなにいかにもヅラかぶってますって感じにならなくて良かっただろうにねえ」『そうだよね。お金は沢山あるんだから、専属ヘアフォーライフを雇ってもいいくらいだもんね。でも、多分、カツラ屋が教えなかったんだよ。ヅラ、高く売る為にいい客が逃げると困ると思って』「多分ねえ。ああいう人って、わたし達が想像できないくらい狭い世界で暮らしているところがあって、普通の生活をしている人が知っていて当然のことを知らなかったり、接する機会がなかったりするから、知らなかったのかもね」などとしみじみと彼の髪の毛について語っていたのでした。おい、他に語る事はないのかって感じもありますが。それに「美白剤」「ああ、どうりで、よく日本にお忍びで来てたけど、案外化粧品買ってたりしてね」『それはあり得そう。「うわ~~、ホワイトニングって書いてある!」なんて喜んでたりしてね』「そうそう。アメリカではちょっと前までえはホワイトニングなんて名前で売るなんて人種差別的行為はできなかったからねえ」『ああ。そうなんだ』「私はどっちかというと、あれだけ汗をかいても崩れないファンデーションを知りたいよ~~」私は一時期、ニューヨークでファッションの撮影をしていた時があって、モデルが変貌していく過程をかなりの回数見てますが、ヘアメイクの人達が使っている化粧品をよく見てました。撮影の時には、映画の撮影の時用に開発されたディオールのファンデーションを使っていましたね。その頃は。それはそれは、もう、見事に奇麗な美肌になるんですよ。色も沢山あって、それをプロのメイクアップアーティストがナチュラルに見えるように混ぜて色を作って丁寧に肌につける。モデルも10代の若い娘ばかりだから、ただでも肌が奇麗だからそりゃあもう、きれいに仕上がるわけですよ。おまけにつけ毛などもプラスするので、見事に別人になりますね。しかし・・・「育毛剤」なんとなく、しみじみしてしまいました。
August 28, 2009
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おばはんです。いや、おばんです。(ベタですが)月曜に病院に行ったということはすでに書きましたが、今、新型インフルエンザが流行っているので、流行に乗りたくないなあ・・・などと思いつつ行ったら、外来待合室はいつもより人数が少なくて、ちょっとした驚きでした。それで、待っている間、ふと壁のポスターを見たら、『メタボ測定』というのがあって、自分の「安静時基礎代謝量」を知らないと、どんなにダイエットしても効果がなかったりします、というようなことが書かれていて、その「安静時基礎代謝量」とうのは個人差があって、簡単に測定出来ます、という宣伝のポスターだったのです。運動せずにだらだらしているとカロリーの消耗が少ないように感じるものですが、なんと、摂取した熱量(カロリー)の約75%が、この「安静時基礎代謝量」で消耗されるというではないですか。つまり、走ったり踊ったりするよりも、じ~~~っと眠っている間にも、生きて行くには内蔵を動かしたり脳や血液を循環させたりする為に75%の熱量を消費しているという。ちょっと太めの方には申し訳ないですけど、私は人生で一度も「ダイエット」の必要性があったことがなくて、どちらかというと、細身なのでもう少し体重があってもいいかもねってな感じなもんだから、友達などが、「ああ、もう一個ケーキ食べたいけど、一日テニスして消化するエネルギー量と変わらないと思うと、やっぱり手が出せないなあ」なんて言っている時、「へえ~~。そんなもんなのか」と思っていたりします。私は低血糖なので、食事などの後には必ず甘いものを食べないと、ちょっと脈が上がったり気持ちが悪くなったりするので、欧米にいる時は食後のデザートは「当然」のものなので助かりますが、日本は余りそういう習慣がないので、食事の後はケーキ屋に直行したりします。そういう風に「安静時基礎代謝量」を考えると、(はい、今日もお約束のマイケルさん登場です)マイケルジャクソンのロンドン公演のリハーサルなどを見ても、余りにも痩せてて、それであれだけの踊りを踊るのだから、普通だったら、炭水化物いっぱい食べても1公演でカロリー消化しそうだけど、彼の場合、ケンタッキーフライドチキンは食べても、一応、ベジタリアンということになっているので、葉っぱでカロリー取るのって難しそう。そうね・・・私がついていてあげられたら、「豆腐ハンバーグ」なんか作ったあげたのにねえ。マイケル『うわ!ハンバーグだ!・・・ボク、お肉食べないんだ・・・』私「ノープロブレム。トーフじゃ。トーフ。知っとるけ?ソイビーン(大豆)は畑の肉と言われているから元気がでるぞ」と言って食べさせたのになあ。と今だから書ける。
August 27, 2009
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朝晩は、もう秋って感じですね。本当は、今日はこれと言って何も書くことがなくて、気分的にも書くような気分ではなかったのだけど、今日の午後、友達と話をしていたら、ケラケラ笑いながら、「それ、ブログに書いてよ~」なんて言うので、別に面白くも何ともないネタなのだけど、書くか・・・と言うような気分です。話の内容はいつもみたいにくだらない話なんですよ。例えば、「今朝、夢に誰がでて来た?」とか。実は今朝の夢には何故か、香取慎吾くんがでて来て、おまけに国会議事堂の撮影をしているというつじつまが合わない内容の夢をみたので、それを報告したら、「今、選挙カーがうるさいしね。でも香取慎吾ってのは、これまた意外だよね」と言う。今日は午後、お互い時間があったので、というか私は毎日割と時間を持て余しているのだけど、夕方になるまでスカイプで話をしていたら、「あ、そろそろ夕飯の買い物の行くわ」と友達は言う。友達は典型的な専業主婦なんだけど、大昔から一緒に学校に行っていたロック仲間だし、一緒にかなりのコンサートにも行ったものです。二人の息子を持つお母さんに、私がニューヨークにいる間になってしまった人なんですけど、でも、未だに音楽の話をするとツーカーで話が通じる面白さがあって、多分、話している間はお互いまだ幼かった頃に戻るんでしょうね。『あ。そうかあ。今夜は何作るの?』「さあ、マーケットに行ってから決めるわ」という。毎日毎日、夫や子供のためにせっせと家事をこなしている。私には自分がそういうことをすることが全く想像できないし、友達も「想像できないね」と軽々と言う。『ほんと、偉いよね。ちゃんと子供育てて、家事して、毎日ご飯作ってさ。主婦って偉いとつくづく思うよ・・・自分に出来そうもないことだからね』としみじみとしつつ、『私、主婦やりたくないけど、今ならマイケルジャクソンのためなら7ヶ月くらいだったら、出来ると思うわ。今、彼、私の中では旬だし。』と言ったら、何故かげらげら笑いこけるではないですか。「その、「7ヶ月だけ」ってところが凄くあなたらしいよ~~あはははは」『だってさ、7ヶ月くらいしたら飽きそうな気がするもん。あ、マイケルジャクソンにじゃなくて、主婦ってことにだけど、つまり、単なるブームな訳よ』友達は笑い続けていた。『有名人なんかよく熱愛で結婚して仲良さそうにしていても、突然離婚したりするじゃない。あれってさ、結婚する時って、お互い「ブーム」の最中で、ブームが去った時「あら、どうしてこんな人と一緒にいるの?」って感じで別れたりする人も多いのかもね』「ああ、言われてみればそうかもね。ブームな訳ね。そして、それが過ぎ去った時別れるから、アメリカ人とか離婚している人がやたらと多いもんね」『多分アメリカの人ってブームに乗りやすいだろうね』そして、私はそのブームにのれないまま、今日に至っているというわけです。
August 26, 2009
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『笛吹けども踊らず』『I have piped unto you, and ye have not danced...』(マタイの福音書)まあ、もういいですけどね。マイケルジャクソンさんが亡くなった後、ここに「専属医師は捕まると思う」と書いていたけど、やっぱりそうなりそうですね。なんだか、借金まみれで、税金滞納、養育費も未払いだったらしいし・・・でも、マイケルさんからの月給はなんと、月給¥1500万円だったとか!うへ~~。それだったら払えそうじゃないですか。しかし、私の不眠症もかなりひどいけど、マイケルさんの不眠症はウルトラ級だったみていで、どうしても「8時間眠りたい」ということだったので、まあ、普通の常識的な医師だとそんなことはしないと断る所に、借金で困っていた医師と出会って、意気投合して、お金さえもらえれば、言うことを何でも聞いて投薬していたのが災いのもとでしたね。そうなると、100%医師が悪いとは言えない。マイケルジャクソン側にも危険性があることは十分承知だったと思う。しかし、眠れないと、本当につらい。友達との毎度の会話。『急性膵炎になった時、夜眠れないけど薬飲めないし、水も食べ物も口にしてはいけなかったから、看護婦さんから「眠れなかったらナースコールしてくださいね。注射しますから」って言われて、出来れば注射は痛いので避けたかったけど、夜中の3時までトライしてもやっぱり全然眠れなかったからナースコールして眠れる注射してもらったら、もう、バカみたいに眠って、翌日も一日ほとんど眠気が取れずにラリってたよ、そのおかげでもの凄く安静にしてられて回復が早かったけど。』「その頃、マイケルジャクソンとお友達になっていたら、「ねえねえ、いいのあるみたいよ。安全でさあ」とか教えられたのにねえ。」『本当にねえ。でも、あの睡眠注射は後をひくというか、抜けが良くなくていつまでも眠気が中途半端に残ってたから、踊らないといけないマイケルさんには不向きかも』「踊れないと困るね。あの人の商売だし」まあ、亡くなった事は本当に残念で悲しいことですが、それが業務上過失致死みたいなもんで命を落としたとなると、なんだか、別に彼の熱烈なファンではないけど、やりきれないですね。それにしても、あるサイン会みたいな会場で、ひたすら並んでいる人に一人ずつ白い紙にサインをしているマイケルさん。順番が回って来ても、固まってしまって身動きが取れない女の子もいたりして、物のように移動させられていたのも面白かったけど、一人、黒人の女性が小さな声で「マイケル、マイケル、結婚してくれない?(Michael, will you marry me?)」と言って、指輪を渡したのです。最初指輪だと思わなかったらしくて、間に入っているセキュリティから指輪を受け取ってから、マイケル『彼女、何て言ったの?』スタッフ達「結婚してくれって。プロポーズされたんだよ」スタッフの女性「それであなたYESって言ったことになっているのよ。指輪も受け取ったし」と言って皆が笑う。すると、マイケルさん、貰ったリングを照れくさそうに右手の薬指にはめて、そのままサインを続けながら、なんとなく落ち着かない様子。遠くで、その女の子が『アイラブユ~~~マイケル~~!』と叫びつつ、店から出ていく彼女。それを見たマイケルさんは、その彼女に向かって手を振って、「じゃあ、結婚式でね~!』優しい人ですね。ファン心理を理解して、ファンが喜ぶことをするという基本的なことをする人だと思った。野生のシャチの背びれはピンと立っていて、シーワールドのプールなどにいると退化して、ぐったりと曲がってしまう。多分、ニューヨークにいる時の私の背びれはピンと立っているけれども、これだけ長期間狭い日本という「プール」で泳いでいると背びれは折れてしまっている、そんな感じ。私にはマンハッタンは「野生」なのかもしれない。
August 25, 2009
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ワンピです♪ 届いたのでさっそく今日はこれを着て病院に行って来ました。これはd.m.g.(ドミンゴ)のデニムのワンピ(セール!)なのですが、定価では買う・・・というまで気持ちが行かなかったのでやめてたのがセールになっていたので「買い!」と思ったけど、それだけだと送料がかかるので、さっそく友達に電話して画像を添付して送って、「ねえ、一緒に買わない?」と誘ったのでした。彼女も気に入ったらしく、めでたく送料無料で買う事ができました。とてもシンプルで、後ろの紐がなかなかいいなと思ったのでした。ドミンゴは生地がしっかりしているし、私には体のラインにとてもフィットするので気に入っています。セールで良かった♪。デニムでしっかりしているので、暑い時はさらっと一枚で着て、秋冬になったら下にタートルのセーターなど着てブーツを履いたりして着るつもりでいます。私はだいたい80%はパンツを履いていて、ワンピやスカートはそれほど着ないのだけど、なぜか欲しくなる。そして、気に入ると、とにかくくまなく探して手に入れる。日本では日本の某放送局にフルで放送の仕事を、それほど長くはなかったけど(アメリカに戻って大学を卒業したかったので)やっていたし、その後もニューヨークから生放送をかなりの回数やっていて、アメリカでも放送局やニューヨークタイムズ紙のインタビューに立ち会う機会が多々あることもあって、いろいろな著名人に会って来たし、話をしてみて印象が変わった人も多かった。そういうことからも、私は一般にメディアに書かれている事はほとんど信じないようになった。何故なら、本人から直接聞くのが一番確かだと思うようになったし、本気で話してくれることと、「無難」なメディアの質疑応答の内容が余りにも違うことが多いからで、一般に言う「うわさ」というのも、余り信じない。以前、私が珍しく(かなり時代遅れだったけど)ネットでヨン様の「冬のソナタ」の一部を見た時、そのマフラーの巻き方が気にってそれをブログに書いたら、巻き方が書かれているサイトを教えてくれた人がいたので、さっそくそのページに飛んで、ヨン様巻きをマスターしたのです。今でも、冬になるとその巻き方をしている事が多いですね。それで、冬にニューヨークに居た時、丁度57丁目にあるCBSのニューヨーク本社の屋上から夜のニュースをするというので立ち会っていて、その時のリポーターの女性はかなりのベテランで、放送前に私が巻いていた「ヨン様巻き」が凄く気に入ったらしく、彼女に教えたのでした。冬だったので、屋上からの生放送は寒い。彼女は本番前に私から習った通りに真っ赤なマフラーをヨン様巻で巻いてそれで摩天楼の輝く夜のマンハッタンをバックに放送したことがあった。彼女はもちろん私より年上のベテランで、見ていて、学ぶ事が多かった。さて、今日は風邪具合が割と楽になってきたので、病院まで行く元気が出て、病院に行ったのでした。友達ともよく話すのだけど、病院って、本当に具合が悪い時には行けないもので、元気が出て来てやっと行ける所って感じ。病院まで元気に行ける人は「元気」なんだろうねって。風邪薬と鼻づまりの点鼻薬と眠るお薬を処方してもらって来た。眠る薬が1種類(飲んでも飲まなくても余り変わりがなかったので)減らしてもらいまして、今のところ、通常の軽い不眠症の人が飲む、6倍の量で眠れています。こうなると、鎮痛剤薬物依存症と言われていたマイケルジャクソン(今日も出た)と似たようなもんです。そして変な夢ばかり見ます。目が覚めて、しばらくして友達とスカイプで話をしていたのです。『ああ・・・なんか変な夢ばっかり見るよ・・・』「どんなの?今日は」『今朝?今朝は何故か知らないけど、ヴァン・ヘイレンが出て来た。なんでだろう?』「そりゃまた、突拍子もない人が出て来たもんだね。なんで今頃ヴァンヘイレンなんだろうね」『それがわからないから夢なのよ。毎日マイケルジャクソンの事書いているのに、マイケルさんはちっとも出てこないのにねえ。ヴァンヘイレンよ。出て来たのは』そして、昨日書いた「オプラ・ウィンフリー」のインタビューの時に、オプラがマイケルジャクソンに「アカペラで何か歌ってよ」とリクエストしたら、『ええ~~。何歌ったらいいんだろ・・・何だろう・・・』と困りまくっているマイケルジャクソンに「ほら、ヒ~~ヒ~~♪っての、あれやって」と言うと、私はその原曲がどれだか知らないのだけれども、マイケルさんは口でパーカッションを始めて、段々とのって来て体も動きだして、歌いだしたのでした。それにつられるように横で踊るオプラウィンフリー・・・。歌い終わって、「ああ、恥ずかしい・・・恥ずかしい・・・」と言って、前を見ようとしなかったマイケルジャクソンさんでした。本当に子供みたいに恥ずかしがりで、よく、それでツアーの時、股掴んで踊って歌えるもんだなあ・・・と思って、ふと、「ああ、だから、僕はツアーが大嫌いだ。地獄みたいに嫌いだ」って言ってたのかあ、と納得したりした。余りに面白かったので、すっかりそのマイケルジャクソンの歌う所を覚えてしまって、友達に歌って聞かせたのでした。「二人とも元歌知らないのにね。なんだかもう知ってる曲みたいになっちゃったよ~~」と言って笑っていたので、『今度会った時、歌ってあげるよ』と言ったら、「ぜひ、路上の真ん中で」と言うので、『いや、マイケルジャクソンとオプラは座っていたから、上半身の動きしか真似出来ないから、どこかでケーキでも食べながらだね。結構、うまいよ』と自画自賛した。彼女と今度会うのは来月の始めなんだけど、それまで覚えてられればいいけど・・・というか、それまでその話題をお互い覚えているかどうか、かなり怪しかったりする。
August 24, 2009
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これは、私が使っている3種類のリップクリームです。左はメンタームで¥98円。中央はアヴェンヌので¥1,050円、右は飛行機のファーストクラスの洗面キットの中に入っていたものなので値段不明。メンタームの98円とアヴェンヌの1,050円は10倍以上値段が違うわけですが、使ってみるとそれほど違いを感じなかった。ただ、メンタームは塗った時にス~~~っとするところだけは凄く違う。もしかしたら、アヴェンヌのほうは使った感じは余り差を感じないけれども、温泉の成分などが入っているらしいから、長く使っていると唇にはいいのカモしれないけれども、今のところそういう違いは余り感じてないというのが正直な感想で、それなら98円でいいやって思ってしまうのでした。何故なら、私は日頃スッピンで日焼け止めのクリームとリップクリームだけで過ごす事が多いので、リップクリームの減りが凄く早いので、そうそう、¥1,050円を片っ端から買い続けるのはかなりイタい。だって、アヴェンヌ1本でメンターム10本買えますからね。さて、風邪気味ですが、やっと頭の重さというか痛さが抜けてきまして、かなり楽になりました。昨日、名古屋にいる友人に電話で話をしていたら、「風邪で微熱が続いたら、体、偉いよね」と言われて、思わず笑ってしまった。名古屋弁ではつらいとか、きつい、大変、ということを「偉い」と言うそうで、『そうかあ。私は偉いのかあ。確かに頭が痛いと偉いわ~~』と、訳わからずに方言を使ってみた。なんだか、毎日、マイケルジャクソンさんの話を書いていたせいか、今日も書かないといけないような気がするのは困ったものですね。そんなにネタがあるわけではないけど、全くないわけでもし、書けることと書けないことというのもあったりするし。マイケルさんも、いろいろと「偉かった」のでしょう。名古屋弁で言うところの。しかし、私がツボにハマってしまう「スリラー」の踊りですけど、それを編集して「YMCA」の曲に合わせているのを見て、笑った笑った!ブッシュ大統領の任期が終わって笑うネタがすっかりなくなってしまって淋しい思いをしていたので、久々に大笑いしました。アメリカには「オプラ・ウィンフリー」という女性司会者がいまして、ご存知の方も多いかと思いますが、彼女のトーク番組には大物が出て来ることでも有名で、彼女のインタビューのクオリティーの高さやウィットなど、評価すべきところの大きい、つまり大物なのですが、彼女の番組にマイケルジャクソンが出た時、私が一番知りたかったことを彼女が聞いてくれたのですよ。マイケルジャクソンについて一番知りたかったこと。『なぜ、(踊っている時)あなたはいつも股を掴むんですか?』ジャーナリズムの基本は、人々が知りたいことを正確に、確実に、素早く伝えることですが、オプラが聞くまで、誰も尋ねたことがなかったことのほうが私は不思議に思った。埋葬は9月3日らしい。生前、「埋められたくない」とマイケルジャクソン本人自身はっきり言っていただけに、なんとも言えない。
August 23, 2009
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「何を買いましたか?」って・・・別に、私が買ったわけじゃないけど、このウォーホールの絵が(えっ?「絵」?)100万ドル、つまり日本円で約9460万円で落札されたとか。なんとなく、アンディー・ウォーホールって、かなり昔に死んでしまっていたような印象があったので、彼がマイケルジャクソンもやっていたというのには、値段より、そっちのほうがちょっと驚いた。まあ、ちょっとだけだけど。この作品も、有名なマリリンモンローと同じようなシルクスクリーンで、シルクスクリーンをやっていた私としては、それほど大騒ぎするほどの作品じゃないような・・・まあ、最初にやった者勝ち、そして有名になったもん勝ちってところがかなりありますが、アンディー・ウォーホールという人は、もちろん変わった人だったらしいけど、一度も自分自身のことを「芸術家(アーティスト)だとは思っていない」と言い張っていた人でもあった。まあ、出身が商業広告などのイラストレーターだったってこともあるのかもしれないけど、まあ、売れれば何でもいいんですよ。本人が何と言おうと。ただし、本人が頑に『いや、オレはアーティストじゃなくて、漫談家だ!』と主張した場合は訂正せねばならないでしょうが。と言うのも、私のアメリカの会社の公認会計士(CPA)の先生に当る人が、ウォーホールのCPAをやっていた頃があって、その頃はまだウォーホールはそれほど有名ではないというか、世の中に認められていなかったので、会計士費用が払えず、「代わりにコレで・・・」と作品をくれてて、今ではその会計士の人はかなりの財産家になってしまったという話を私のCPAから聞いたので、その時、『じゃあ、私も費用を写真で払おう。そのうち値が高くなるから』などと言ったものだけど、もちろん受理されなかった。今日も、まあ、今朝書いた昨日のブログ(なんか変な表現)にも書いているように、風邪気味が余りよくなくて、しかし、高熱という訳でもなく、微熱で頭が重いというか、痛いというか、まあ、一般的な「風邪」で、おとなしく横になっているような忍耐力もなく、友達とスカイプで話をして午前中は過ごしたのでした。何しろスカイプはピアノの下なので、寝転がって話が出来るので非常に楽ちん。友達も風邪がやっと治りかけている最中らしく、お互い寝転がって話をしていた。しかしながら、今朝は本当に嫌な夢見て、気分転換に聞いたマイケルジャクソンの曲が選択ミスで、「現時間」に感覚が戻るのに1時間くらいかかった。そういう話をしていた。『いや、ビートに乗った曲でも聞けば気分が変わるかと思ってね。リメンバー・ザ・タイムをかけたら、自分が英語がわかることをうっかり忘れていて、歌詞がモロ、頭の中に入ってきてさあ、こりゃいかんって、キースジャレットにしたよ』と、歌の内容を和訳して伝えた。「へえ。英語がわからないとノリで聞いて流せるけど、そんなことを歌ったいたとはね。ラップとか聞くと気分が逆転しそうだけど」『うーん・・・ラップは持ってないしね』そう言えば、マイケルさんの葬儀が延期になったそうですね。嫌われ者のお父さんが発表したらしいけど、「もっと準備に時間がかかる」らしい。一体、何の準備が必要なのだろう?私は葬式と結婚式は簡単なほうがいいと思う主義で、特に、死んでからの葬式ほどバカみたいな企画はないと思っているので、私はしてほしくない。結婚式は、何度も、かなり前から書いてます通り、イタリアのセント・ヴァレンティノ教会で神父様と付き添いと自分たちだけってのが理想です。(本当は付き添いもいらないけど証人が必要らしい)ただ、参加したい人には、「自腹で最寄りの駅までいらしたら、迎えに行きます」ということは一応伝えている。マイケルジャクソンという人はシャイだからか、普通、いつもサングラスをかけていましたが、確かにサングラス、特にこちらの視線がわからないくらい黒いやつか、ミラーグラスになったものをかけていると、なんとなくお面をかぶっているような妙な安堵感があったりします。私はNYで真っ黒なサングラスをかけてバスに乗っていたら、目の前に座っていた爺さんがバスを降りる時、「とても似合っていし、どこを見ているかわからないところが便利だ」と言って降りて行ったことがあった。ニューヨークの夏の日差しのギラギラさは、日本の比ではなく、必需品としてサングラスが必要なくらい強い。それで、私はいつの間にか、サングラスを沢山持つようになったのだけど、一つだけ東洋人と西洋人の違いをはっきり感じたのは、西洋人って、サングラス外しても、鼻の上のほうの所に眼鏡の跡がつかないけど、私はどんなサングラスをしてもやっぱり鼻にサングラスをかけていた跡がついてしまって、そこが赤くなるのが凄くいやで(化粧してるとそこだけ化粧が崩れるし)『西洋人ってさ、骨格が違うからなのかなあ。サングラスの跡がつかない人がほとんどだもんね』とうらやましがっていると、友達が「普通の眼鏡かけてても跡がつくよ。やっぱり骨格の違いでどこか当ってる場所が違うんでしょうね」と言う。『だってさ、グラミーの時、時代を感じさせるナス型のサングラスをかけたマイケルジャクソンが表彰台で、客席からの「サングラス外して~~!」という黄色い声に負けて、『本当は外したくないけど、親友のキャサリーン・ヘップバーンとファンの女の子のために外します』って言って、サングラス外したんだけど、やっぱり跡がついてなかったし・・・しかし、なんで、突然、キャサリーンヘップバーンが出て来たんだろうねえ』「さあ、なんでだろうね」『だって、キャサリーンヘップバーンって、生きてた頃はウチの近所に住んでたんだよ。まあ、あちらはタウンハウスだったけど』ま、それはいいとして、話題が尽きないマイケルジャクソンさんですが、あの人、結構面白い人でしたよね。イタリアの番組にパバロッティと一緒にゲストで出ていて、アンチョコの紙をどのポケットに入れたのか忘れたらしく、話でなんとか誤摩化しながら必死でさがしていた。まず、左胸ポケット(ない)右胸ポケット(ない)右ズボンのポケット(ない)左ズボンのポケット『あった~!』って。私はあの人はいつも左ズボンのポケットに紙くずやらを入れるのを知っていたので、そのイタリアの番組で必死で探しているマイケルさん見ながら『左ズボンのポケットよっ!』と思いつつみていたら、案の定、そこから出て来た。それから、インタビュー収録の時、『新しいアルバムが出る度にツアーにでますが、僕はそのツアーが大嫌いです』と言うので、NGが出て、「マイケル、そのツアーの所だけど、もっとポジティブな表現に変えてもらえないかな」と監督が言い、『だって、ボク、ツアーするの、嫌いだから』「うん。それはわかる。でも、ポジティブな表現に変えて欲しいんだ」『わかった。だけど、ボクがツアーが嫌いってことはわかってるよね?』と言ったあと、仕切り直しになっていきなり、『ボクはツアーが大好きです』と真面目な顔で言うもんだから、全員が大笑いして、マイケルさんったら『なんで?だって、ポジティブに言うんだろう?』と言って一緒に笑っていた。私は彼の何が好きかと言えば、彼の笑い声が一番好きな気がする。
August 21, 2009
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どうも。変な時間にブログ書いてます。と言うのも、やはり風邪具合が余り良いとは言えない日々が続いていて、高熱が出る訳じゃないけど、微熱が出て、鼻が詰まったりと、起きているのが嫌になって、さっさと9時頃に寝てしまったんですね。すると、もの凄くリアルで、おまけに凄く嫌な内容の夢を見て目が覚めた・・・という訳です。凄く嫌な内容…と言えばアレに決まっている訳なんだけど、それが、夢の中でそれが「夢」であることがきちんと意識されていて、時間は戻るし、いろいろと複雑怪奇な内容で、最後はやはり凄く嫌なところで目が覚めると言う最低の「夢」だったので、今、iTuneで音楽を聞いて気分を変えようとやっている最中なのです。思い出が重なってない曲がほとんどなので、音楽は凄く助かります。いっそ、このまま踊ったりすると「夢」のことなど忘れられそうだけど、やはり微熱があって、今、風邪薬を飲んだところなので早々踊る訳にはいかない。特に夜中の4時過ぎには。私の中の「時間」というのが時々狂うんですね。昔のカルティエの時計ほどではないけれども。そして「意識」を「今」に戻すのに凄く手間取る。なかなか戻ってくれない。上にあるのはオリジナルの「パリス・シリーズ」の中の一枚で、サンプルでイメージだけを送った時に(今、デジタルカメラがパソコンに取り込めないという故障中なので)携帯の画質の非常に悪いもので軽く撮ったもので、写真の横に置いてある銀色のものは資生堂の口紅で、大きさを比較するのに使っているというわけです。普通はよくタバコの箱などを使いますが、ウチは誰もタバコを吸わないのでタバコの箱がない。それにしても、本当に画質が悪いので何を撮っているのか、これだけ見るとわかりませんね。うーん・・・どうも選曲を間違っているのか?マイケルジャクソンの「Remember the Time」なんだけど(ビートが効いていてよいかと思ったのだけど)、歌詞がそのまま頭に入って来るので、夢と同化するような気がする。これはマズい。何か、全く関係ない話を書かねば。私はかなりドライな感じがするらしいのですが、本質は非常にウェットで、一度飼った犬を絶対に捨てられないような、そんなところがあります。曲を変えました。キースジャレットの「Paris Concert」です。この即興は、多分にバッハの影響が現れている演奏と言えます。と言っても、私が本当に好きなのは、最初の6分くらいかなあ。ピアノの音は、多分、いろいろな楽器をやってきて、やはり一番好きな音だと思う。トゥーツ・シールマンスは、調子が良い時など、感情が入りすぎて、自分で演奏しながら、自分の演奏に涙を流すと言っていたけれども、なんとなく、わかる気がする。泣く、ということには、いろいろな種類がある。傷ついて泣いたり、腹が立ち過ぎて悔し泣きをしたり、嬉しくて泣いたり、思い出を振りほどけなくて泣いたり、思い出の美しいところだけが記憶に蘇っては泣いたり、痛くて泣いたり、誰かを亡くして泣いたり・・・だけど、感動して泣く時の涙は、それのどれにもあてはまらない、純粋で、美しい涙なのではないかって。人のこころに達することは、思うより難しい。
August 20, 2009
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はい。ピアノです。左から(白鍵)C、D、E、F、G、A、B です。私は3才からコレを弾いているにもかかわらず、極端に譜面が苦手で、渡米してからほどんど弾く事がなくなって、今ではほとんど読めません。が、コードのほうは他の楽器をやっていた関係もあって、結構覚えているものです。もちろん、これはスタインウェイではないけれども、音質は「¥10,000,000」らしいので、割といい感じの音がする。マックブックをピアノの下に置いているので、友達にピアノを弾いて聞かせる事も多々あります。一番人気はやはりキースジャレットの即興のパクリで、あれは、なかなか真似ができないらしいけれども、ただ楽しんで弾いているだけなので、それほど完璧という訳では決してありませんが。そして、相変わらず、マイケルジャクソンのスピンやタップや横ムーブを少しずつ練習していたら、割と出来るようになりました。ピアノも踊りも、毎日少しずつやっていると、少しは上達するみたいですが、一回転は出来るようになったけど、でもスピン2回転は無理です。三半規管が弱いので。なのに、マイケルジャクソンの踊りのパターンは難しいですね。パナマ帽かぶってないからかなあ。そう言う次元の問題ではない。いや、あちらはそれのプロフェッショナルなのだから、上手に出来て当たり前なのはわかっているのだけど・・・どこが違うんだろう? ギャラ?マイケルジャクソンはチャップリンが好きだったというのは有名な話ですが、そのチャップリン作詞の「SMILE」を歌っていて、これは、ロッド・スチュワートのよりこちらのほうが私は気に入っている。クラプトンの「SMILE」はライブということもあるけど、そもそも、論外。友達とスカイプで曲を弾いた後、しばらく話していて、彼女はマイケルジャクソンのことはよく世間で騒がれていたことしか知らなかったらしく、私からいろいろと聞いて、「・・・そんな人だったの。知らなかった。死ななかったらずっと知らなかったかもしれない」と言っていた。「だってさ、私が一番最初に見たのが、バブルス君(チンパンジー)を連れて来日した時で、そのバブルス君が強烈に印象に残ってて、変な人だってずっとそう思ってたもん」と言うので、『確かに、連れて来るのはいいけど、記者会見に同席させるってのはかなりウケたよね。あれはやっぱり「なんか変なんじゃないの?」って思わせるよね。しかし、今思えば笑えるけど』「どんな人だった?(会った時)」『私が覚えてるのは・・・とにかく、声がやわらかで、話し方がとてつもなく穏やかな人ってことかなあ。 私、ブリティッシュロック派だし、それほど気にしてなかったし。ただ、意外に普通のシャツ着てて(オフの時は極めて普通の格好をしていたみたいです)おとなしくて優しそうな人だなって、それだけかな。その頃はそんなに若くして死ぬとは思ってなかったしね。ただ、はかなそうって感じはしたけど』この「はかそうな感じ」というのを、実は別の人からも感じたことがあった。それは、古典落語家の故桂枝雀さんがニューヨークで英語落語をなさっときにお会いしてお話しもしたのだけれども、とても尊敬する落語家で、私には落語界のクラプトンみたいなもんで、その話術と表現力は英語になっても色褪せず、アメリカ人さえゲラゲラ笑わせていたのはあっぱれだった。そして、小柄で、腰が低くて、温厚で、だけど、どこかやっぱり話をしていて「このかたははかないな・・・」と感じたのを覚えていたので、ご自害なさったというニュースを聞いた時は驚くというより、ああ・・・という感じだった。私は古典落語が非常に好きで、自分でもソラで覚えているレパートリーはいくつもあるけれども、なかなか出番がない。私のオハコは「壷算」。あれには言葉のおもしろさが詰まっている。と、遠い記憶を辿った。そう言えば、本当に普通の格好だった。ロッド・スチュワートとかハリウッドスターの、ええっと・・・名前なんだったっけ・・・(相変わらず名前覚えられず)あ、そうそう、ウォーレン・ベイティとか(この人はもうかなり昔にちょっとだけ会ったことがあった)もう、「僕たちスターです!」って感じの格好だったなあ。夜中だったのに。いや、夜中だったからかなのかなあ。それにしても。才能のある人が若くしてこの世を突然去るのはもうこりごりだと思う。私の友達はグラフィック科を出ているので絵がうまいのだけど、その彼女が『マイケルジャクソンが描いた直筆のミッキーマウスの絵があったけど、上手かったよ。やっぱり好きだったんだね。普通あそこまで上手に描くのって難しいもん』と言っていた。「へえー。それは凄いね。ミッキーマウスと鉄腕アトムは書くのが難しいよね。オバQとかドラえもんのほうが簡単に描けるけど、ミッキーマウスは変になってしまうし、実際「さあ、描いて」って言われたら「えっ?どんなだったっけ?」って迷うよね」『そうそう。鉄腕アトムなんか、どうしても変になって、コバルトのほうに似ちゃうしね』と思って、実際に自分で描いてみたけど、やっぱり「あれれ?」ってな感じになってしまった。
August 19, 2009
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これは、かなり古いカードで、確か・・・相当昔にカリフォルニアかニューヨークで、友達にカードを出す為に一箱買って、気に入っていたので、1枚だけ残していたその残りの一枚だと思う。これは、b.kliban catシリーズのもので、私はどちらかというと猫よりも犬のほうが好きなのだけど、このシリーズの猫は好きで、Tシャツも着ていた頃があった。父にはゴルフをしている猫のクリバンキャットのTシャツをプレゼントした覚えがある。そうそう、昨日壊れたテレビですが、今日、気がついたら、もう新しいテレビが来てました。早い。どうしてだろう?と思っていたら、どうやら他の部屋にあったテレビを移動させてきただけのことで、どうやら「地デジ対応テレビ」はまだまだ我が家にはやってこないような・・・そんな気がするのでした。そう言えば、マイケルジャクソンの棺がやっと、29日の彼の51才の誕生日に埋葬されるとニュースで言っていました。しばらくはマイケルジャクソン関連のニュースが多かったのだけど、ここしばらくは酒井容疑者と押尾容疑者といったドラッグ関係の話題が先行しているようです。マイケルジャクソン・・・今頃になって、やっと、ああ、もう、いないんだ・・・という感覚がある。人が亡くなってすぐに泣ける人って凄いと思う。本当に「信じられないこと」というのは、時間が過ぎてから、徐々に感じられて来るものだから。私はある5月の晴れた日曜日に愛しくていたずら好きだった人をイモラで突然亡くした。その時、私はどうしても泣けなかった。そういう感覚が麻痺しているように。泣いたのは、それから何日経った頃だろう。ニューヨークに戻って来て、それから、送られて来た書物などを整理していて、真っ黒なページにまるで礼砲のように、21個の単語がその人の為に並べられている、そのページを見た時、それまで一粒も流れなかった涙が、堰を切ったようにあふれて、声を上げて泣いた。私はその人のプライベートのことはほとんど語る事がない。学生だった頃から「アメリカの紙幣はドラッグがついている」ということを何度も聞いていたので、今日、ネットのニュースで「アメリカの紙幣の90%はコカインに汚染されている」というのを読んでもまったく驚かなかったどころか、何を今更・・・という気分だった。それで毎度のように友達と、『ってことは、ここに私、ドル札、かなり持っているんだけど、これをクンクンやってると微量のコカインが吸い込まれて、全部吸い終わった頃にはラリってるのかなあ』「かもね。でも、コカインってさ、どんな作用があるのか知らないからわからないよね」『うーん・・・そうよね。ビール飲んで酔っぱらった感じは経験しているからわかるけど、コカインはコカコーラとも違うだろうし、ちょっとわからないよね。まあ、コカインってアメリカじゃもの凄く流行っているらしいし、クラプトンが歌っているくらいだしね』「まあ、あの人の場合なヘロイン中毒だったけどね」『そ。で、思ったんだけど、ヘロイン中毒なのに何故「コカイン」という曲になったか?と考えたら、単に、「♪ヘロイ~~~ン♪」じゃ、余りかっこよくないじゃない。やっぱいり「コカイ~~ン♪」のほうがノリがいいからなんじゃないのかなあ。でもさ、お札をクルクルって丸めてストロー代わりにして吸引するって、どうやるんだろうね。私が思い出すのはウッディアレンの映画で、リビングで友達数人で粉状の麻薬を回し嗅ぎしていて、ウッディアレンのところに来て、彼が吸い込んだ途端にくしゃみでその粉が舞い上がったってシーンだね』「あはははは。あれは良く出来てたね』私は大学生の頃、ウッディアレンに会ったことがあって(とにかく会いたかった)『日本に行ったことありますか?』とか聞いたら、「いや、ないよ。だって、遠いもん」という返事だった。そして、いろいろと話をしていたら、「どうしてそんなに英語が上手なの?」と聞かれたので『コロンビアで勉強してます』って言ったら、ああ、どうりでという顔になったのを覚えている。その話を友達にしたら、「養子にならないかって聞かれなかった?」とからかわれた。凄く温厚そうで、とてもあんなニューヨーカー的笑いを作る人って感じじゃなくて、凄く穏やかに話す紳士って感じだった。私はなぜか、もう死んでいる人以外は、本当に会いたいと思ったら、何故か、会える事が多い。何故だか本当にわからないけど。
August 18, 2009
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すいません。おはようございます。実はもう火曜日の早朝だったりします。昨夜、早めに寝たら、そのまま寝続けていたらしく、途中で何度か目が覚めたので「ああ、日記書かなくちゃ」と思いつつ、風邪気味で風邪薬も飲んでいたせいか、眠ったままになって今朝5時半頃に目が覚めた、という訳です。昨日、居間で両親が、以前、私が使っていた、パソコンのモニターくらいの大きさの、いや、大きさというより小ささの、って言うほうが当っているかも、テレビを倉庫から出して来て見ているので「どうしたの?」と聞くと、『急にテレビが(これは大きなテレビのこと)が映らなくなったから、仕方なくこれで見ている』と言う。私は女なのだけど、割と機械や電気関係には長けているところがあって、いろいろとやってみたけど、音はすれども映像が全くダメで、「ああ、これはブラウン管がダメですね」ということになって、多分、ウチでテレビが壊れて映らなくなったのって、初めての出来事だと思う。しかし、思えば、そのままきれいに映り続けて2011年までいくとしたら、地デジに移行するためどうせアダプターかテレビそのものを買い替えなければならなかったので、まあ、良いタイミングだと思うことにして、勝手に買ってもらいましょう。問題は私のテレビだ。私のテレビはデスクトップのモニターより小さくてビデオ一体型なのです。おまけにステレオじゃないので、映画など、英語で見たくても見れないという大変ベーシックなタイプのテレビなのですが、まあ、私自身、余りテレビを見るほうではないので、それほど不便を感じてはいないし、何しろ、この部屋にはモノが多すぎなので大きなテレビを置くスペースがない。だけど、あの変な吹き替えの声の映画は見ていて面白くない。でも、多分、いや、絶対、親は私のテレビが地デジしか映らなくなったとしても買ってはくれそうにないので、自力でなんとかするしかない。そう思って、懸賞で当てよう!と、せっせと応募しているのだけれども、まだ、当らない。この『まだ』というところがみそで、『いつか当るはず』という意味が含まれています。あと2年もあれば当るだろう・・・という思いがそこにはある。では、また今夜。(多分、今夜は起きていることでしょう)
August 17, 2009
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Before you judge me,try hard to love me,look within your heart,then ask.No one understands me...いやはや、思わず「うたばん」の特集でキムタクに見入っておりました。キムタクはやっぱり見ていて楽しい。しかし・・・キムタクと抱き合えるなんていいなあ・・・私、抱きつくなら、マイケルジャクソンよりも、キムタクのほうがいいけど、抱き合って、恐怖の「風船」を割らねばならないとなると、もの凄く複雑な気分・・・キムタクはいいけど、風船はイヤっ・・・って。さて。掃除は着々と進んでおります。NYで私は一時期、仕事の関係もあって、アルマーニばかり着ていた頃があって、その頃にジョルジオ・アルマーニから貰った小さなバッグが出て来て、「あらま、お懐かしい」という気分で、そのまま母に「使う?」と聞くと(母はほとんどの物は使わなくても「使う」と言うのだけれども)にこっと笑って『使う~~』と言うのであげてしまった。そしたら、今度はどこからともなくグッチのスカーフが出て来たので、またもや「使う?」と聞くと、『使うわ~~~』と言うのでそれもあげてしまった。段々と物の数は少なくなっているはずのなのに、何故か、余り見栄えは変わらないこの部屋・・・友達とスカイプで話をしながら、『あのさ、マイケルジャクソン、死んでから収入が190億円増えたんだってね。ああいう人は死ぬと収入が増えるのよね・・・死んだ本人は何ひとつあの世に持って行けないのにね』「190億かあ・・・見た事ないから想像がつかないね」『うん。思わず「ねえ、1億ちょうだい?190が189になっても大した違い、ないじゃないのって言いたくなるけど、多分、そういう魂胆の人達ばかりに囲まれて暮らしていたんだろうね』「そうだよ。気の毒だよね。子供の頃から人気者ってのも」『司法解剖の結果で、マイケルジャクソンの胃からは錠剤しか出てこなかったらしいしね。ああ、私が生きている間にお友達になっていたら・・・そうね・・・ベジタリアンで食欲なさそうだから、ざる蕎麦とか作って食べさせたのにね。ざる蕎麦って美味しいよね』「うん、うん。ざる蕎麦は美味しいね。「ほらジャパニーズパスタ、パスタ!」とか言って食べさせるってのはいい考えかも」『冷や麦ってのもいいかも。「ジャパニーズホワイトパスタ!」って言ってさ。私、マイケルさんの為だったら、きゅうりの薄切り3枚とみかんの缶詰とさくらんぼも飾りで入れるよ。「おお、カラフル~~~♪」とか言いそうじゃない。あの人、凄く単純なことに喜びを覚える人みたいだしさ』などとアホなことを毎度話していたのでした。何故、突然「ざる蕎麦」が思いついたかと言うと、コロンビア大学の寮生活中、火災防止の為もあって、部屋で料理などをしてはだめだという決まりになっていて、お茶湧かして飲むくらいしかできなかったので、その電気式ポットで蕎麦を茹でて、買って来た麺つゆで食べていたのでした。ところがある日、電気ポットから麺を取り出そうとして熱湯を左手にまともにかけてしまって、急いで大学の病院に行ったら「レベル3の火傷」と診断されたのでした。だから、マイケルジャクソンがペプシのCMの時に頭と顔に火傷をおって(彼の場合はレベル2とレベル3だった)それを機に、鎮静剤依存症になったというのも、まあ、わからないではないのだった。ヤケドって、レベル1のほうが軽くて最大が3~4なので、私の場合もマイケルさんの場合もほぼ最大級のヤケドっていう共通点がある。長い間、左手首の辺りが特にひどくて、大学病院のドクターは「女性でかわいそうだけど、皮膚移植でもしない限り、火傷の跡が残りますね・・・」ということだったけれども、何故かわからないけど、火傷の跡はいつの間にか消えた。薬疹がお腹に出来た時も、皮膚科と形成に行ったけど、「これはレーザーでも無理だなあ・・・残りますね」と言われたけど、いつの間にか消えた。ま、それはいいとして、ステレオで「You Are Not Alone」をかけて、『これの最後のほうで、マイケルジャクソンが声張り上げて連続で長時間声を出しているところがあるんだけどさ、勝てるかなと思ってやってみたよ~~』「相変わらずアホなこと真面目にやってるね」『うん、でも、割とあれは楽勝でしたね。ただ、あれくらいの大声になるとちょっと息が持たないカモしれないけど。しかしさ、マイケルジャクソンの作った歌って、自分の都合のいいように作ってあるからかもしれないけどさ、字余りだったり字足らずだったりして、割と歌いづらい曲が多いね。実際に歌ってみて思うよ』嘘だと思ったら、歌ってみてください。彼の作詞作曲のやつを。私は日頃、スッピンで過ごしていまして、近所のコンビニや銀行まではそのままで平気で行きます。ただ、日焼け止めだけは塗りますが。掃除をしていたら、アイシャドーやら頬紅などが出て来たので、久しぶりにどこにも出かけないのに塗って遊んでいました。私は基本的にはファンデーションが要りません。アイシャドー塗って、マスカラ塗って、頬紅塗って、口紅を少し塗っただけでじゅうぶんなのですが、はやり、年齢を重ねておりますと、外出したり人に会ったりする時は「礼儀」と思ってきちんとファンデーションを塗ります。友達はテニスをするので、「私はテニスする時は壁作って行かないと日焼けするからねえ」と言う。『日焼け止めだけじゃだめ?』「だめだめ。汗ですぐダメになるし、壁塗りみたいに化粧してやってるよ」と言うので、ふと、『ほら、あの、ロシアの、奇麗な、背の高い・・・(私は本当に名前を覚えない)誰だっけ?』「ああ、シャラポア?」『あ、そうそう。彼女。試合中化粧してるのかなあ』「ああいう人達はしてないでしょう」『そうだよね。タオルで顔の汗、ゴシゴシ拭いてるしね・・・でもさ。私、思うんだけど、ウォータープルーフのマスカラとアイブローペンシルは使ってると思うよ。だって、彼女、金髪でしょ?ドイツ人のプレイボーイが言ってたけど、金髪と一晩過ごして朝になって彼女の顔を見たら「顔がなかった!」って言ってたし。つまり、まつ毛も眉毛も金髪だから何もないらしいよ』「それは怖いね。ある意味。眉毛が見えないと怖いよ。ああ、そう言えば、彼女、試合中、まつ毛、ちゃんとあったわ。眉毛も。あれは使ってますね。じゃないとあんなにパッチリなお目目にならないよね」と、他人の化粧の話で盛り上がったりした。「しかし、マイケルジャクソン、人生50年か・・・」『人生50年なんだからさ、50過ぎたらオマケの人生と考えて、好きな事するってのがいいね』「そそそ。アタマに花つけて歩こうとマイクロミニ着て出かけようと、もう好き勝手ってのがいいね」そう思えば、長生きも楽しいかもしれない。ある意味、他人には迷惑かもしれないけど。
August 16, 2009
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西洋には「お盆」がありませんので、死んだタマシイが帰ってくるというのは日本だけ?もし、そうじゃなくて、本当にそういうことがあるのだとしたら、一日でもいい。一日でも帰って来て、まるでヴェガとアルタイルのように、一年に一度でもいいから、会いたい。(注:ヴェガとアルタイルは七夕の織り姫と彦星である)しかし、おどろおどろしい格好では現れて欲しくなかったりする。もし、本当に亡くなった愛しい人が帰ってきて、わたし達と同じような格好だったりしたら、お盆休みになると、レストランや喫茶店はそういう人達連れでさぞ賑わうことでありましょう。レストランで「只今満席となっておりますので、お名前と人数、よろしいですか?」『はい。○○で、3人です。人間一人と魂二人です』「はい。かしこまりました。(カウンターに向かって)人間様お一人、幽霊様お二人はいりま~~す!』ってな具合に。私は昨夜から、どうかしたのか、突然、部屋の掃除を始めて、今までたまっていた要らない請求書や領収書、説明書、期限切れの保証書、手紙、ジャンクメールなどをどんどん破いては捨てている。そして、オマケに「なんだか前髪が長いなあ」と思ってハサミを取り出してカットしたら、いささか短くなり過ぎて、ちびまるこっぽくなってしまっている。まあ、前髪だけなので、分けたりしていればそのうち嫌でも伸びて来るだろう。昔、まだバンドをやっていた頃まではショートヘアーで、どうしたらロッド・スチュワートのように逆立ったアタマになるのだろうか?ということが課題だった。ところが、高校生になって美容院に行って髪をカットすると、やたらと幼く見えるらしく、高校生なのに「中学何年生?」などと聞かれてもの凄いショックを受けたりしたものだった。何故かと言うと、その頃は「I love Clapton」でしたから、その年齢差が更に広がる、更に縁遠い存在になって、また子供扱いされるのか・・・と思うからで、今の年齢になってみると、若く見られることは結構気分がいいものだったりする。クラプトンがチェーンスモーカーだった頃吸っていた煙草はイギリスの「ロスマンズ」だった。1本吸ったかと思ったらもう次を吸ってるくらいのヘビースモーカーだったのだけど、私が駆け寄って行く度に、そのタバコを自分の後ろの方にやったり、消したりしていた。クラプトンがその時に言ったことは、「子供にタバコの煙は悪い」ということだったらしい。学校が厳しく、肩にかかるくらいの長さになるとゴムで結ばねばならなかった。そして、それよりも長くなると三つ編みをして登校するのが規則だった。大人になって放送の仕事をするようになると、どうしても人前に出る事になり、放送前の準備の時など見ている人達からのコソコソ話が聞こえて来たり、サインを求められたりしていた。ディレクターはサインを求められたら素直に応じるようにと言っていたけれども、集団心理というのか、私のサインなど何の値打ちもないのに、一人が欲しがると、もう一人、もう一人と言う風に増えて行って、段々とエスカレートして行き、シャツに書いて欲しいとかカバンに書いて欲しいとかって人達まで現れて、「あの・・・私には書けません。私のサインは価値ないですよ」と言って、紙にだけは書いていた。ニューヨークのアップステートにウェストポイントという陸軍士官学校がある。そこの博物館には、1945年。日本がポツダム宣言を受け入れ、無条件降伏をしたという、あの、東京湾上のミズーリの甲板で書かれた重光葵外務大臣のサインが記された紙がある。私は船で友達と一緒にウェストポイントに行った時、それを見た。「学校で確かに習ったけど、本当に負けたんだね」と、友達と話、友達は何故かその重光葵のサインの入った無条件降伏の紙の前でVサインでポーズをとった。「今に見ていろ」と、白洲次郎が号泣した。日本は戦争にだけ負けたのに、今の世の中を見ていると、色々な物事に負けているような気がする。
August 15, 2009
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おはようございます。今日は二本立てになると思います。といいますのも、今、起きましてね、見た夢を書きたいと、ただそれだけの話題なので、内容がないのです。忘れないうちに書こう。と言っても、大した夢じゃないんですよ。地方に知り合いらしき人(実在しない)女性3人を訪ねて、行ったら、「ここのパイ、凄く美味しいのよ!」と言って連れて行ってくれたのです。そこには、白い、パティシエの格好をした日本人男性が一人いて、台の上に作りかけのでかいパイが3種類並んでいるのです。それも、私好みのばかり。「すいません。これ一切れ、先に頂いていいでしょうか?」と言うと、気軽に『あ、いいですよ。後はちょっと飾りをつけるだけですから』と言って一切れくれたのです。それが非常に美味しかった・・・と、ただ、それだけの話で、話題性は全くありません。それで、余りにも美味しかったけれども、その地方にはあまり行く事がないというか、その夢の中にだけ存在しているようなまるで宮崎駿のアニメのような店で、「これって、地方配達はしてもらえないんでしょうね・・・」と言うと、『いえ、送料かかりますけど(ここが非常に現実的)冷凍で送って、解凍して召し上がるといいと思いますよ』というところで目が覚めた。つまり、注文しないまま目が覚めた。惜しい事をしたもんだと思うけれども、夢の中で注文しても実際に届く訳ではない。食べ物の夢を見るときというのは、割と胃が弱っているときが多いと言います。多分そうかもね・・・って言っても、胃はもうほとんどないけどさあ。では、また今夜。
August 15, 2009
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これは、私のアメリカの運転免許証から作った国際免許証で、ヨーロッパに行く時はコレを持参して行くわけです。私は日本の免許証とアメリカの免許証の2つを持っているので、日本からヨーロッパへ行く時には、日本で国際免許証を作りますが、面白い事に、文字が違うだけで、ほとんど同じ形式で同じ大きさで同じ色です。セナは、モナコの免許証で国際免許証を作っていました。あっちのほうが小さくていい感じだった。さて、日頃、あまり大掃除をしないのに、どういう風の吹き回しか、突然、掃除を始めた。こういうことは、1年に2~3回あって、大事に取っていた手紙や、切り抜きや、本などまで、あっけらかんと破り捨ててしまう。まるでもうこの世からさようならをする準備みたいに。友達に電話して、買ったままだった服を「着る?」と聞いたら、「着る!着る!」と喜んでいたのであげる事にした。靴は、今月だけでも、もう3足買ったので、かなり「余り」があって、ヒールのない靴を私は余り履かないので、ヒールの低い靴は母にあげた。先日、トゥモローランドに行ったら秋冬物が多少入荷していて、黒の幅広なベルトを買った。流行はまた、ウェストマークするような流れになっているらしく、やたらと目についた。とかなんとか書きつつ、本当は今日は何も書くことがない。書く事がないというよりも、書く気がない、という感じ。また何か思いついたら追加します。
August 14, 2009
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これは、ニューヨークの放送局CBSに出入りする為のパスです。顔写真があるので隠してますが・・・。昔はそうでもなかったけれども、連続テロ以来、非常に出入りが厳しいですね。さてと。No I can't forget this evening Know your face as you are leavingBut I guess that's just the way the story goesYou always smile but in your eyes Your sorrow showsYes it shows.これは、非常に古い歌で、一番新しいカバー曲としてはマライヤキャリーが歌っていた曲ですが、その昔、ニルソンと言う人でヒットした曲です。しかし、ニルソンが作った訳ではなく(ニルソン版が非常に良かったのでヒットしたらしい)本当はイギリスのバッドフィンガーというバンドのピートハムともう一人・・・ああ、名前が覚えられない、とにかく、二人で作って演奏していたらしいのですが、この本家のものを聞いたことがなかったので、聞いてみたら・・・あらま、なんてちゃんちゃらおかしい曲。バッドフィンガーの憂いのないあの曲を聞いて、あそこまでもっていったニルソンは凄いなあ、と妙に感心して、そして、マライヤキャリーになるともっと洗練された「お涙ちょうだい」の曲に仕上がっていて、こういう曲は泣きたい時のBGMにはいいですけど、踊りたい時に不向きです。しかし、大変良い曲ですが、歌詞が短いくてその繰り返しというところに、バッドフィンガーの面影があったりする。今日はイタリア製のパンプスを買ったのですが、これはなかなかいい感じの靴で、靴マニアとしては結構気に入りました。皮のパテントにアンクルストラップ、ヒール6.5センチ、スタッドヒール、全て本革。私にとっては、革底の靴に滑り止めを貼るのは邪道です。革底というのは、最初こそすべりやすい(つまりマイケルさんのスピンがやりやすかったりします)が、あれは歩いているうちに自然と小石や路面のデコボコで自然にスキッドがかかるようになるところがいいところなのです。そして、底が減って来たら、靴屋の修理屋さんで底を張り替えてもらって、ずっと愛用する・・・というのが靴好きのすることだったりします。私の靴好きは父の遺伝で、子供の頃から、靴は本当にいいものを買ってくれていました。まだ子供の時、ドイツに行く前に靴屋に一緒に行っていろいろと見て回ったのです。私は細身のデニムに合うようなアンクルブーツが欲しかった。ある靴屋に凄く気に入ったショートブーツが売っていたけれども、子供の為にはいささか高額な靴だったのだけど、「これ、好き」と言うと、父はそのブーツを手に取って検証し、そして、『これならいい。いい靴だ。』と言って買ってくれた。なので、まだショートヘアーの頃、ドイツで写っているスナップ写真ではそのブーツを履いているし、アルプスに行った時も同じブーツを履いている。そんな高額なブーツを履いていながら、上はわざとボロに作られた服を着ているところがちょっと「ロックっぽいかも」と思ってました。両親とビバリーヒルズの有名なロデオドライブで買い物をした時、一軒のとても感じの良い紳士靴専門店に入ったのです。店員の人も年配できちんとスーツを着た紳士風で、接客も丁寧だった。父はそこで2足、気に入った靴を見つけ、店員の紳士がサイズを計って、持って来てくれた。試し履きする時も、立派な椅子に座って、足置きがあって、店員の紳士は父が履いている靴をそっと脱がし、その靴を見た瞬間に、「本当に靴がお好きなのですね」と言って感心していた。つまり、単にブランドだとか高額だとか、そういう靴を履いているということよりも、いかに手入れをして大事に履いているかということがその道のプロにはすぐにわかったらしい。そのせいか、私は昔から、男性を見るとき履いている靴で大体その人なりがわかるようになった。私が一番びっくりしたのは、ニューヨークのNBC(全米三大ネットワーク局のひとつ)でケビン・コスナーに出会ったとき、ジーンズにタキシード用のエナメルの靴を履いていることだった。「ああ・・・いい男だと思っていたのに・・・やれやれ」てな感じでした。しかしながら、話はまたマイケルさんになってしまうのですけれども、画像を見ていてやっぱり思うんですよね。あのブカレストでのライブの時に着ていた、黒のズボンの上から着ていた金色のTバッグの女性の水着的なものは着方を間違っていて、誰も「NO」とは言えないので、世間知らずのピュアなマイケルさんはマイケル「これって、これでいいのかな?」取り巻き『おお、マイケル、素敵だよ!』取り巻き『素敵、セクシーだわ!』マイケル「ほんと?そう思う?」取り巻き『本当だとも、君が着てセクシーじゃないものなんてこの世にないよ」なんて言われてそのまま着て舞台に出てしまったのではないかと。「YESマン」に囲まれていると、何が正しくて、何が間違っているか、きっと訳がわからなくなるんだと思う。信頼していた人が本当は裏切っていたり、いい事ばかり言って気に入ってもらえてたらお金になるって思っている人達ばかりが周りを取り囲んで。だって、女性用によくあるんだけど、動いた時にシャツがパンツから出ないように下が水着みたいに繋がっている形のシャツとかニットとか・・・。あれって、どう見ても私にはソレに見えてしまって、もし、その場に私がいたら、「あのさ、マイケル。それって、もしかしたら、ズボンの下に入れて着るんじゃないの?そしたら、激しく踊ってもシャツが出てこなくていいってやつなんじゃないの?」って言ってあげられたのに・・・残念なことに、私はブカレストまで行って助言するほど彼の虜ではないのであった。ちなみに、ライブでビリージーンをやるときによく着ていた黒のスパンコールのジャケットは、本当はマイケルさんのお母さんのジャケットだ。
August 13, 2009
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ついこの間友達と電話で「御巣鷹山からもう23年になるんだよね・・・ってことは、あれから23年ってことにもなるんだよね・・・」とどうしても重なる記憶に複雑な心境になりながら、今年もまた「御巣鷹山からもう24年になるんだよ。ついこの間23年だねって言ってたのにね」と時の早さを実感するのであった。今日は友達が夏風邪をこじらせていて、しばらく話が出来なかったのだけど、週末を挟んで安静にしていたおかげで平熱にさがったというので、久しぶりにスカイプで3時間半ほど話をしていた。「でもさ。まだ笑うと咳き込んで大変だから笑わせないでよね」なんて言うので、『はい。くれぐれも真面目に話しますけど、会話中、不適切な表現がありましたら申し訳ありません』なんて言ったはなから、もう笑って咳をしている。私は笑わせた覚えはない。最近、またマイケルジャクソンのインタビューを見ていて、彼がプライバシーの事について語っている時に、「パジャマを着て、明かりを消して、横になる」という下りをジェスチャーと一緒にやるんだけど、パジャマを着てっていうのは別にいいんだけど、「明かりを消して」と言うところで、紐をひっぱるような仕草で、見事に電気が消える音を声でやっていて、その擬音が面白くて何度も見てしまった。「マイケルジャクソンの寝室の明かりは紐でひっぱる形のやつだって、あのジェスチャーでわかったよ」と言うと、『さすが、刑事コロンボ!妙なところに気づくところが面白い』などと言ってはまた笑っている。私は笑わせていない。友達は『病院の検査じゃ陰性だって言われたんだけど、体の節々が痛くてさ、変だよね』と言うので、「それって、新々型インフルエンザなんじゃない?まあ、何事も一番先にやったモン勝ちってとこあるから。私もさ、足の筋肉痛でねえ・・・」と言うと『何かしたの?』と聞かれたので、「あ、私の場合は単にマイケルジャクソンのステップと横ムーブの練習をしただけなんだけど、これがなかなかどうして、難しい訳よ」といかにそれが日頃使わない筋肉と脳を使った動きかを説明した。「そんなに大変な動きをコンサート中全部覚えるって、相当な記憶力だよね」『そ。私、マイケルジャクソンってすっごくアタマいいと思う。話していてもなんとなく「ああこの人はアホじゃないな」って思ったし。タブロイドなんてひどいからねえ。お気の毒としか言いようがないよ』といいつつ、足はやはりステップの練習をしていたのです。『だってさあ。8人の他の兄弟の名前全部覚えるのも大変だと思うよ。私、人の名前覚えるの、極端に苦手だし』などと、訳わからない話にまで発展していった。ニューヨークでスティーブガッドというドラマーに「ドラムを叩いてみたい」というわがままでスティックを頂き、基礎的なことを教わったことがあって、その時に衝撃を受けたのが、なんと、一回叩く時に二回音を立てるという、これまた訳わからないことに「WHAT? WHAT?」「What the hell is this???」と続き、なんとか基礎的な両手は動くようになったけれども(幼稚園の頃やってたし)それに両足が加わるとなった時点で、「Thank you, Steve」(どうもありがとうございました)ということになって、大笑いされたことがあった。あ、もちろん頂いたスティーブガッドの専用スティックは持っています。多分・・・両足なしだったら、私、リンゴスターより確実なドラムを叩く自信があったりする。手前味噌ですが。
August 12, 2009
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マイケルさんが消えた・・・と言っても、私の携帯の待ち受け画面に、ある人から頂いたマイケルジャクソンの待ち受け画面を入れていたのです。私は余り携帯とかiModeなどには興味がなく、待ち受けも買った時のままず~~~っとそのまま使っていたので、「たまには気分転換に」と設定したマイケルジャクソンの待ち受けがやけにド派手だったので割と気に入っていたのでした。しかし、画像を消去している時に誤って、それの大元になるファイルまで消去してしまい、マイケルさんは消えてしまったのだった・・・。さて、数ヶ月前に、ちょっと用があってホテルオークラに行ったのですが、あ、それはいいとして、ホテルオークラの「マーガリン」というのはなかなか美味しいですね。アメリカには「I can't believe it’s not a butter(バターじゃないなんて信じられない)」という名前のマーガリンが売っています。試しに買ってみたけど、やっぱりマーガリンだった。ちなみに、私が反論んするとしたら「I can't believe that they can't believe it's not a butter!!!(バターじゃないなんて信じられないなんて信じられない)」ということになります。ニューヨークでマーケットに買い物に行きますと、時々万引きのホームレスと遭遇することがあります。ふと見ると、チキン丸ごと一羽入ったパッケージをスタジャンのお腹の中に入れようと必死になっているので、「ああ、これは見なかったことにしよう。誰だってお腹が空くと必死だ」と思って移動しました。ニューヨークではああいうのは見てみぬふりをするのが一番身の安全になります。どうせ、私のチキンじゃないし。ニューヨークのマーケットで「こりゃあいいな」と思うのは、デリバリーサービスがあって、どんなに重い水を買い込もうと、どれだけ買おうと、配達してくれるのです。それも、自分が部屋に戻ってからしばらくすると、ドアマンから「配達で~~す」と連絡が来るくらい素早く配達してくれます。凄く重かった時や凄く暑かった時にはチップをはずみます。すると凄く嬉しそうな笑顔が返ってきます。ニューヨーク、私の場合はマンハッタンを指すのですが、そこはあらゆる国からの人達がごちゃごちゃに暮らす小さな島です。なので、いろいろな訛の英語を耳にする機会が多く、もう慣れてしまったので、その英語の発音でどこの国出身だかわかったりします。黒人はまた、黒人ならではの英語を話しますが、高い教育を受けている人や、親が子供の頃から躾けている人は白人と同じような英語を話します。マイケルジャクソンはもちろん黒人です。彼のインタビューを聞いていると、まあ、放送用ということもあってか、きれいな英語を話していますが、歌っている時の発音を聞いているとどうしても、ちょっと癖がある。特に「e」の音が強く出る傾向にあるようです。私の父の家というのは、英語で言うところの「マンション(豪邸)」のようなところだったらしく(私はそこを知らない)オーダーメイドのスーツと革靴を履いた兄と母が一緒に写っている写真を見て、「ここ、何処の公園?」と聞いたら、『庭』と簡潔な答えが返って来たものだった。実際、テニスコートが2面あったらしい。祖父は非常にユニークな人で、私が幼稚園児だった頃に若くして亡くなったので、朧げな記憶しかないけれども、その行動の面白さはいろいろと聞かされているので、私はどちらかというと祖父に似たのかもしれない・・・と思っていると、母が、「お母さんのお母さんは音楽ができて、絵が上手で、その当時の最高の教育を受けたのよ。あなたはお母さんのお母さん(母が13才の時に亡くなっているので私は会った事がない)に似たのね、きっと」などと言われ、どっちに似たのか似てないのか定かでない。祖父の家は戦後からニューヨークタイムズ紙の記者などが出入りする所になっていたと聞く。そして、その頃は英語がわかっていた父は記者相手に柔道や剣道をやっていたらしい。おまけに、祖父は通りを歩いていてホームレスなどを見つけると、簡単に居候として家に居座らせる癖があったために、父に言わせると、誰が誰だかわからない状態だったという。そんな話を、今はもう亡くなった祖母から、寝る前になると眠い祖母を叩き起こして聞いたものだった。私はまだ幼稚園児だった頃、すでに病に伏していた祖父に、幼稚園で使う絵本を読み聞かせるのが好きで、祖父はそれを非常に楽しみにしていたらしい。思い出らしいものは余りないけれども、一度だけ、夢で祖父と会ったことがあった。それはビルが立ち並ぶ通りで、車も人も居ず、幻想的な靄がうっすらとかかっていて、祖父は紳士らしいコートを着ていた。私は「夢だから、こうして会えるね」と言い、祖父は優しく笑った。誰よりも車や機械を愛し、その血統のせいか、私はヨーロッパに行くと、平均時速160キロという速さで、誰よりも、時にはアイルトンセナよりも速く、シントラからエストリルまで走ったりしていた。私はシックスセンスの男の子のように、死んだ人は見えないけれども、ずっと前から時を構わず、とても美しい光を視界の中に見る事が頻繁に起こって、一度眼科に行ったほうがいいのかもしれないと思い、日本にいる先輩に電話で話をしたら、日本にいる霊的な、スピリチュアルに物事がわかる人に相談したところ、私は単に「精霊」を見ているだけなのだと、「彼女は特別な人だから見えるのよ。」「彼女は大切な使命をもって生まれて来た人だから、健康で生きていてもらわないといけない」と続けた。私は、鋭過ぎる感受性に振り回され、一人の時だけよく泣き、自分が向いている方角さえわからないというのに。ポルトガルに行くと、私は自分の周りにガーディアンエンジェルが取り囲むような感覚になる。そして、ある思い出の場所で写った私の写真の私の横には、何故か、白く光る光が何枚にも写っていて、ネガを取り出して検証してみても、それは決して光の反射や光の漏れでもなく、確かに「光」そのものだと言うしか結論がでない。私の古い友人は、私と最初に会った時のことを鮮明に覚えていると言う。それは、学校帰りに友達と一緒に二人が歩いているところに後ろから「一緒に帰ろう!」と顔を二人の間に出した時、彼女が言うには『空気が割れた』らしい。それ以来、彼女は学校の授業で「空気の密度」の問題になると「体験したから凄く意味がわかったよ~~~」と笑っていた。『私が許しても、天は許さない』これが、私の素直で率直な現実だと思っている。私はよくアップルのサポートを怒鳴りつけたりしているけれども、昔から、誰かを嫌うことはあっても、決して人を憎むことがない。それは、私の役目ではないから。
August 11, 2009
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まだ小学生1年生だった頃、私は夏休みを田舎の親戚の家で過ごした。両親は忙しく、淋しくさせておくくらいならと、母方の叔母の牧場で過ごして、まだほんの子供だった私はその時は「淋しい」という気持ちも「母が恋しい」という気持ちもまだ持ち合わせていなかったらしく、1週間をいとこや遠い親戚達と牛と一緒に遊んだ。だけど、その頃から私は朝に弱く、健康的ないとこ達と違って、毎朝ラジオ体操に行くのが嫌で嫌でたまらなかった。その頃から、私は団体で何かをするということに不慣れで、「やっぱり都会の子は違うわね」と親戚のおじさんやおばさんに言われたりしていた。そして、何が恐ろしかったかというと、田舎の肝試しだった。それも本物のお墓のあるお寺であるのだから臨場感満点。私は「幽霊」の類いは余り恐ろしいとは思わないのだけど、何が恐ろしいかというと、突然何かが出て来たり、突然大きな音がしたり・・・と、突然の出来事に極端に弱かったし、今も弱いし怖い。だから私は「風船」が怖い。以前、ニューヨークのシェアスタジアムでローリングストーンズのコンサートがあったので行ったら、開演直前に、ステージ前のセキュリティーが一同に耳に手をあてて身を低くしたので「これはヤバイ!何かしらないけどヤバイ!」と思って、同じ格好をしたその瞬間、もの凄い花火・・・いや、花はなかったからただの火薬?とにかく、凄い爆発音でコンサートは始まったのだった。あれって、ステージ前だったからわかったけど、多分他の席だったらすごくびっくりしたと思う。何しろ耳栓しているセキュリティーがその上から耳をふさいでかがむほどの爆発音だったのだから。まあそれはいいとして、私は「写真」を科学的に学んでいるので、心霊写真の類いなどを見せられると、まず、ネガを見たくなる。そして、どうしてそこにそういうものが写り込んだか、科学的に見るので、余り怖いとは思わなくなった。一番怖いのは、「写っている」ことではなく、「写らないこと」だと思う。桜の時期、隣の公園に年配の男性が桜の木を見上げて写真を撮っていたので、その様子を部屋の窓からデジカメで撮ったのだった。ところが、その男性の姿がない。どこを見ても、影すら写っていない。私はこれでも写真を本業としているから、被写体がないものを写すような事はない。だけど、その写真には誰一人として写っていないのだった。私には、それだけは説明ができない。だけど、恐ろしいと言う感覚もなくて、本当に恐ろしいのは生きている人間のほうかもしれないと、年を重ねるごとに思うようになった。私はニューヨークの学校に行くようになる時、自分の脆さや不安定さがとても気になって、「ダコタハウスの見えるセントラルパークのローンに寝転がって、空を見上げたら何か答えが見えるかもしれない」そんなことを本当は思っていた。だけど、答えは未だなにもなく、自分を救えるのは本当は自分なのだと、そう感じるようになった。例のスピリチュアルばあさんが言うには、私の前世は皆男で、ほとんどが武将で、正義の為に戦う非常に強い賢い武将だったと聞いた。そして、一度だけ僧侶だったころがあって、その時の僧侶と、どの武将だかしらないけれども、武将が僧侶と一緒に私の背後にいると言う。今生に初めて女として生まれたと言う。私の魂は「神」の次の位に位置するくらい高尚で、なかなかいないと、それは、初めて聞いたことではなかったから、余り新鮮ではなかったけれども、「じゃあ、何故、こんなに混乱して疲れて、何もできないんでしょう?」という問いに、スピリチュアルばあさんは優しく『魂はそうでも、今は生身の人間なんだから仕方ないのよ』と笑っていた。けれども、そういうことも、本当のことは誰にもわからない。神さまのことも、前世のことも、なにもかも、「そうかもしれない」というのが、最大で最高の答えなのだと。私にはとても好きな人がいて、余りにも長い間好きで、だけど、どうしても叶わないものだということがわかってから、本丸ができた。私はその人のことが、好きで好きで、1通の短いメールにさえ、一喜一憂していた頃もあった。本当は仕事柄、プレイボーイなのに、私とは絶対遊ぼうとしなかった。私は遊びでもいいから、その人の腕の中にいられたらと思った。「君はとてもきれいな女性。悪い思い出を持つ必要はない」それがその人の言葉だった。そして、「外を見てごらん。僕なんかだめだよ。遊んで平気で人を傷つける。僕なんかよりずっといい人が一杯いるんだから。僕みたいな変な奴はだめだよ」『でも、私はそんな変な奴が好きだから・・・』彼は答えにつまった。全ては彼の優しさ。それは十分わかっている。彼の仕事柄、なんだってできる。それを私にはしなかった。それどころか、大事なものを守るように。それが彼なりの私への愛情だということも。何度、神さまに願ったことだろう。他には何もいらないから、彼をください、と。「不可能」と直面した瞬間だった。彼の写真を見ていると、 ブルーグレイの目に、栗色の巻き毛に、音楽が聞こえて来る。神さまはちゃんと計画を立てて、私を守る。ただ、それだけは、余りにも明確に感じ取れる。悲しくても。
August 10, 2009
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アルツハイマーになった父をもつニューヨークの友達は、大変な世話を母と弟としながら、それでも、何かとジョークにしては笑っていた。お父さんの記憶は徐々に消え、妻のことさえ認識できなくなったり、いろいろなことが、記憶から消えているのに、本人は何も変わっていないと思っていた。人というのは、記憶でできているのか、その記憶が消えた時に、その人の存在も消えてしまうのか、話を聞きながら、不思議でならなかった。その友人のお父さんと最初に会った時は皆でミュージカルを観た後に食事に行った時だった。その頃は元編集長らしい、温厚な紳士という感じで、けれども、長年英語を使っている私には、そのお父さんの話す英語がどうしても半分以上理解できなかった。アルツハイマーになってからも、自宅を訪問する度に、暖かい笑顔で出迎えてくれて、とてもそんな病におかされているようには見えなかったし、いろいろと部屋に置いてある物をひとつずつ、説明してくれたりもしたけれども、やはり、彼の英語は私には難解で、お母さんの話す事はわかるのになぜだろうと、それだけが不思議でしかたがなかった。彼らはユダヤ系のアメリカ人家族で、食事の前の乾杯の時に、お母さんが、第二次世界大戦の時に、多くのユダヤ人を救ってくれた日本人のチウネ・スギハラに感謝する、と述べた。わたし達は、日本国内にいる限り、ただの個人に過ぎないけれども、国を出て、海外の地に足をつけた途端に日本人というレッテルを貼っているのだと、気づかねばならない。私は本当は日本が好きで、特に茶道や花道には、とても奥深いものがあると感じている。ニューヨークでも年に二回、茶会が行われ、ホテルキタノの上階にある数寄屋造りの茶室に通ったものだった。「この入り口を入った時から、肩書きも、仕事も関係なく、皆がただのひとりなのです」という茶道の考えが私は好きだった。将来海外に行く事はわかっていたので、子供のころからテーブルマナーを厳しく教えられた。その時は嫌だったけれども、今思えば、それがために、恥をかかないどころか、一目置かれるほどに役に立つ事が多くて、後には感謝した。着物を自分で着れることは当然のことで、今は着る事がなくなったので忘れてしまったけれども、日本人であること、それは、西洋でどんなに有名なブランドやデザイナーのドレスを身にまとったとしても、西洋人の女性の着こなしには及ばず、逆に、振り袖の艶やかさはどんなドレスよりも美しく、凛としていた。知り合いにクラシックのピアノを専門にやっている人がいて、私は彼女から何枚もの自作のCDを貰った。彼女にしてみれば、写真をやっている私が果たして理解できるだろうかと、その程度の感覚で渡していたのだろう。私は一応礼儀と思ってステレオに入れてCDを聞いた。何枚もあったので、それは日頃、余程の人の物でない限り、読んだり聞いたりしない私にはちょっとつらいものがあった。彼女が一番自信ありげに渡してくれたCDを聞いていて、ふと、なぜ、テクニックはプロのピアニストに匹敵するするぐらいあるのに、一音一音、楽譜通りの型にはまった音なのだろうと窮屈さとおもしろ気のなさに、魅力を感じる事ができなかった。追って、彼女から感想を聞く電話がかかったので、「上手だね」とだけは言ったけれども、それ以上の正直な感想は言葉にすることができなかった。「私の曲、聞いてみる?」とおもむろに言ってみた。私は楽譜が読めないとその前から言っていたし、実際、譜面を読むのが本当に苦手で、全ては耳から入り、その音で判断しながら弾く。だから、即興ばかり弾くのかも知れないけれども。電話越しに、私は、子供の頃、最初に出演したピアノの発表会の時に弾いたバッハの簡単で短い曲を弾いた。彼女は「ブラボー!なんだかしらないけど、音が立っている!」と炊飯器のお米のようなことを言っていた。おもしろかったので、「これ、左右逆にもひけるんだよ」と言って、左右を入れ替えて弾いたら驚いていて、そういう芸当はなかなかできるものじゃないのだと言う。それで、自作の曲を弾いたら、まったく訳がわからなくなったようで、「それって、何拍子?」と聞かれたので、「知らない。勝手に弾いているだけだから」と続けた。彼女に言わせると、キースジャレットの弾き方は汚いし、正しくないらしい。まるで自分の「譜面通り」の弾き方が正しく、上手いのだと言わんばかりに。私はフォトグラファーであって、ピアニストではないから、自由に弾けるし、元々譜面が読めないスティービーワンダー状態と同じなのだから、「音」だけが全てで、他には何もない。3才から固い鍵盤を弾いていたせいもあって、私は指圧が他の女性に比べると強く、また、指が長いこともあって、難しいと思われる音も簡単に指が届いたりする。「あなたは、わたしがもっているものを最初から持っている」彼女からその後メールが届いて、それっきり連絡が来なくなった。弾けないはずの私がピアノを弾いたせいなのだろう。まだ学生だった頃、ニューヨークのパーティ会場にスタインウェイのグランドが置いてあった。誰も弾く様子がなかったので、「弾いてもいい?」と友達に聞くと「弾けるの?」と笑顔になった。その時、確か、キースジャレットの即興の真似をして弾いたのだけれども、ことのほか、そのスタインウェイは音が良く、会場にいた人達の動きが一瞬にして止まったことだけ、はっきりと覚えている。でも、今の私は、何もかも、忘れてしまいたい。
August 9, 2009
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今朝は、珍しく、子供のように、ポール・マッカートニーの夢を見て目が覚めて、忘れないうちにと、もう、記憶は時間と共におぼろげになっていくのを追いかけるように、綴った。なぜ。ここに以前書き込みをしてくださった、弥次喜多さんが、「反復すると記憶が刻印されます。できるだけ全く別の事に没頭することです」とアドバイスを頂き、自身も「確かにそうなんだ」とやってみた。たとえ夢を見てもここにはもう書くのをやめよう、見たら、他のことをすぐにしよう、そう決めてやっていた。人が思うより、私が面白げにブログに綴るよりも遥かに、その人との問題は大きく、また、私が受けた傷は、計り知れないくらい深く、そして、あれから10年以上の年月が過ぎた今でさえ、その傷が痛み、時には「もう、過ぎた事、心から解き放つ事」と自分に言い聞かせて、でも、こころは自由には動かず、文字にするのも不可能なくらい、こころから血がにじむように、痛んでは、思い出したくなくても、浮かぶ。もう、昔のことなのに。昨日の突然の大変なことは、その時を経て、巻き起こった、その「人」に関することだった。これだけ長い年月。何の関わりもなく、時には避けるように、時には逃げるように、そして、忘れるように。だから、とてもブログは書けなかったし、すべての古傷が目を覚ますように、痛んで、私に出来るすべてのことは、すべてやった。ほんとうに、もう、私のことは放っておいて・・・・。確か、昔、同じ台詞を2度目に寄りを戻す時にも彼に言った。「私のことは、もう放っておいて。どうせ、また同じことの繰り返しになるのはわかっている」その直後、彼は手首を切った。茶番だとわかりつつ、私はまだ年若かった。わたし達は2度別れて、3度目に私が姿を消すという形で終わった。三度目の正直。それ以来、彼には一度も電話していないし、番号もすでに忘れているし、写真も持っていないし、何も、ない。ひとりになって、私は彼と一緒だった間、聞く事がなかった音楽を楽しみ、彼が嫌いだと言うので着なかった服を自由に着て、フラットの靴からヒールの高い靴を誰に気兼ねする事なく履く日々が続いていると思っていた。昨夜までは。こうして書くことも、きっと、弥次喜多さんからみると「記憶の刻印」にあたるのだろう。けれども、教科書に載っていないことだって沢山ある。神さまがもし、ほんとうにいるとしたら、あなたは、いったい、何を考えているのだろう。1リットルのペットボトルに2リットルは絶対入らないように、こころにだって、耐えられきれる重さと、そうでない重さがある。泣きながら眠った夜に、若い頃のポール・マッカートニーが出て来て、一度は幸せな気持ちに目が覚めた。けれども、ふたたび眠りに戻った全ては違った。『人の行動パターンは変わらないものです』これは、ニューヨークの精神分析医が私に言った言葉だった。彼と泥沼になって、食事も睡眠もほとんど取れなくなった私に力になってくれたのは、親しい精神分析医だった。そして、その人は続けて言った。「僕は、医者としてではなく、一人の人間として、あなたが彼と別れたことは本当に良かったと思います」と。「彼の行動パターンを分析すると同じことを何度も繰り返しています。それがあなたであろうと、他の人であろうと、彼はやはり同じことを繰り返す確率が非常に高い。だから、早くその輪から抜け出たことは、いいことです」と。「ピアノの練習に没頭するなど」そう書かれていたことを思い出して、ピアノを弾く。楽しい曲は弾けない。即興を弾いていたら、いつの間にか、キースジャレットの「Paris Concert」の最初の6分間を弾いて、そのメロディーと音と音の重なりが美しく、はかなく、涙がキーボードに落ちそうになった。生きていると、こころに届いていいものと、もう、二度と何も届いてほしくないものが、ある。
August 8, 2009
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昨日はちょっといろいろとありまして、アメリカに国際電話をかけなければならなかったり、凄く嫌な気分になることがあって、とてもブログを書く余裕がないまま、眠ってしまいました。それで、今さっきまで、ポール・マッカートニーと一緒でした。と言うのは「夢の中」の話なのですが、あれだけ嫌な思いをして泣いた夜なのに、夢は不思議なもので、目覚めるのがもったいないような素敵なものだったりするのです。なぜ、関係のない1960年代前半のポール・マッカートニーが出て来たのかは、わかりません。寝る前に音楽聞く気分でもなかったし・・・。とにかくですね、映画「A Hard Day's Night」の頃のポールで、出で立ちも同じようなスーツを着ていて、子供の頃にジョンレノンを好きになる前にしばらくポール・マッカートニーが一番好きだった時の感覚に戻っている訳です。そして、映画の影響か、ポールだけがモノクロ。とはいえ、その頃には、ビートルズはすでに解散していたのですが。コンサートの為に来日しているらしく、他のメンバーは出てこないのに、何故かポールだけが出て来て、ふたりで移動の時間までポールのお土産の買い物に行くことになって、何故かポールが運転していました。ポールとあるお店に入ったら、チェックのカバンみたいなものを買っていました。夢ですけど。それで、ポールはいろいろとすでに買い物をしていて、「ポンド」の大きな紙幣しか持っていなかったので、「あ、ポール、私が出すから、それ、崩さないほうがいいよ」と太っ腹にポールの買い物の支払いをしているのです。大した金額でもなかったし。他にもいろいろと楽しいことがあって、お店を出て、車に戻ったら、「もうすぐ戻らないと移動だね」と言うと、ポールも「そうだね」と言う。そこで、『ねえ、ポール、お願いがあるんだけど・・・』「なに?」『あのね、All My Lovingを歌ってくれないかなあ』すると、ポールは運転しながら歌いだすのです。♪Close your eyes and I kiss you Tomorrow I'll miss you Remember I'Il always be true...♪と、全くレコード(あの頃はレコードだったんですよっ)と同じ、本物のポールのAll My Loving じゃあありませんか!って、本人が歌っているのだから、同じなのは当たり前なのだけど。あのA Hard Day's Night に出て来る女の子達が悲鳴を上げて興奮する意味がわかるなあ・・・と思いつつ、手拍子をしながら、聞いていました。元々、この曲が初期の頃の楽曲の中では多分、一番好きな曲のひとつで2分ちょっとという短い曲なのだけど、今でも時々聞いている曲です。ポールは歌いながら、時々、「なんだか、大阪だとか名古屋なんかより(実際にはビートルズはコンサートをしていないのだけど)ここの町のほうがリラックスできるね」と言う。そこで、『また、おいでよ。また、二人で抜け出して遊ぼうよ』と言っていた。ポールは笑い、そして、また All My Loving を歌ってくれるのでした。その声が右耳にはっきりと残ったまま、目が覚めてしまった訳です。♪I'll pretend that I'm kissing the lips I am missing And hope that my dreams will come true...♪今の自分は、1960年代前半の頃のビートルズより年齢が上になっている。けれども、いつも、彼らの曲を耳にすると、本当は自分より年下の若造が歌っているのに、何故か、自分よりもずっと年上の、大人の人が歌っていて、自分は子供の気持ちに戻る。しかし、見事だったなあ・・・ポールの歌。目覚めたくないほど、素敵な夢だった。そして、1960年代のポール・マッカートニーの横顔は、見事に美しいラインだった。鼻筋から唇、そして、顎先にかけてのラインが「美しい」とされているラインそのものだった。♪And then while I'm away, I'll write home everyday And I'll send all my loving to you♪
August 8, 2009
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申し訳ありませんが、ブログを書く気力が低下しておりまして、本日はお休みさせていただきます。
August 7, 2009
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アインシュタインに言わせると、タイムマシーンは可能だけれども、それは机上の論理に過ぎず、わたし達は裕福貧困、老若男女に関係なく「時間」だけは平等に過ぎて行く。ただし、その過ぎ行く感覚は人によって違っていて、私は時々、その「時間」の流れについていけない。福沢諭吉は「天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず」と言い切ったけれども、天は案外、人を不平等に造っている。人生というのはプラスがあってマイナスがあるとよく言われるけれども、それも怪しい。私はよくはっきりとした夢を見ることが多くて、何度、過去に戻れる乗り物に乗る機会が夢の中であったことだろう。ビートルズのメンバーの中で、私が会った事がない唯一の人はジョン・レノンで、ビートルズの中で一番好きなジョン・レノンにもう会えないことが、他のメンバーに会う度に感じられたせいか、夢の中で、私はタイムマシーンに乗り、1980年の12月8日に戻って、ジョンに気をつけるように言おうとするのだった。けれども、夢の中でも、それは間に合わず、彼は死んでしまう。そして、アイルトンが亡くなって、やっぱりタイムマシーンで、1994年の5月1日に行こうとする。その日、私は確かにそこにいたのに。スターティンググリッドで水を飲むアイルトンに、マシーンを降りるように言おうとする。けれども、夢の中でもその声は届かず、マシーンはスタートする。夢の中で、誰かがささやく。「物事はそうなるように決まっているんだよ」って。必ずあるはずの「明日」は、本当はないかもしれない。Do you remember the time?When we fell in loveDo you remember the time?When we first met?
August 6, 2009
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新芽発見!私は観葉植物が好きで、NYでも日本でも、必ず部屋には観葉植物を育てています。このプラントは一昨年の冬、手術の時に部屋を留守にしていた間、水を与えるように家族の者に言うのを忘れてしまい、帰宅したときには、葉が2枚しかない状態にまで衰えていたのですが、その後、懸命に手入れをしたら、1枚、また1枚と葉が増え、いつの間にか14枚になったなあ~~と思っていたら、もう16枚になって、更に、新芽が(写真のように)出てきていてハッピ~♪さて、今日は朝っぱら凄いメンバーの夢を見てました。そして、毎度のことながら私の夢にはずっとBGMが流れているのですが、今日の夢には若い頃のビートルズが出て来て、彼らの撮影をするというので、彼らとその打ち合わせをしている、という非常に真面目な内容だったのですが、なぜか、BGMはクラプトンの「Broken Hearted」、それもマーティンD-45一本で弾き語りするアコースティックヴァージョンで、ず~~っとそれが流れているわけです。なぜ、若い頃のビートルズが出て来たのかも、そのBGMがクラプトンだったのかも、よくわかりません。だって、寝る前に考えていたのは、マイケルジャクソンがステージで、奇声を発しながら、まるでフィギュアスケートのようにクルクルク高速回転をする・・・なぜ、氷上でもないのにあんなに回れるんだろう?なんてえことを考えつつ眠りについたので、本来ならマイケルさんが出て来て説明してくれても良さそうなもんですが、そう、簡単に説明はしてくれないのが夢も現実も同じだったりします。実は、昨日、まあ、夏もの一掃セールのようなものだろうと思って、ある企画ものを買ったんですね。楽天で。それが届いたので開けてみましたら、まあ、他のものはなんとか理解できるのだけれども、1つ、細身のデニムでシャーリングが入っていて、膝から下がよく言われる「くしゅくしゅ」の状態になって履く・・・・というのがあって、私は未だかつてそういうものを着用したことがないので、ショップに電話して尋ねました。「あの・・・シックな部門を選んだらこういうのが入っていたんですけど、もう年齢から言って、ティーンでもないし、これ、どうしたらいいんでしょうか?」と。すると、ショップの男性は堂々と、『いえ、そのデニムは大人っぽく来て頂くようにとこちらでは提案しているもので、決してティーン人達が着ているような感じではお出ししてませんで、そうですね・・・それにヒールのパンプスなどをお履きになって、上にキレイメのものをもってこられたら、大人のいい感じになると思ってコーディネイトしているのですが』「はあ。キレイメですか・・・(実は、私は日本に帰って来てこの「きれいめ」という単語がまだ完全に理解出来ていないのです)」『ええ、サイズは?サイズはいいんですよね?』「はい。履いてみましたら、サイズはぴったりなんですけど、ただ、これ、どうやって着こなしたらいいの?って思いまして」『ええ、ですから、ぜひこの機会に挑戦してみてはいかがかと思いますよ』。というような会話が繰り広げられ、まんまと丸め込まれて、ついにそれを着る決心をしたのでした。品物としては、きちんとしたブランドのものらしく、定価が約2万円ほどのものです。しかし、本当に「きれいめ」って何?逆に「汚い目のものを持ってこられるとファンキーな感じがしていいですよ」なんて言う店員はいない。と言っても、実は、子供の頃から奇抜な格好をして、やたらと目立っていた頃もあって、それは単にクラプトンが見事に奇抜な格好をしていたので、同じような格好をしていたというところに原因があるわけですが、さすがにスカートやらワンピースを着るときはクラプトンは関係なかったです。彼、スカートはさすがにあの頃でも履いてなかったし。で、電話を切って、もう一度履いて鏡の前に立ったのでした。うーん・・・日頃の私らしくはないけど、別に凄く変ってこともないな、というのが正直な感想です。今現在の私は「昔バンドやってたし」と言うと『えええ!!!ウッソ~~!!!』と言われるような、凄くシンプルな格好ばかりしています。さて、レスの中に『オープンDチューニング』という言葉を見つけて、めちゃくちゃ懐かしくなりました。アコースティックギターを弾かれる方なら多分ご存知かと思いますが、どの弦も押さえない状態で「D」にチューニングするんですね。昔、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングが、オハイオかなんかやる時に確か、このチューニングだったような覚えがあります。・・・オハイオだったっけ?私は13才の時にバンドを組みまして、エレクトリックはドラマーが必要なので、多くの時間をアコースティックギターでやっていました。その時にたまにそのオープンDチューニングをやっていたのですけど、それが私にとっては恐怖の瞬間で・・・何しろ、恐怖の対象が「風船」というくらい、突然大きな音がするのが非常に怖い。そして、このオープンDチューニングをやっていると、ある弦が無理に引っ張られたりするので、ギシギシ・・・・キリキリ・・・と、とても弦が切れる可能性が高い訳です。相棒は、平気でチューニングやってましたけど、私は恐ろしくて、何しろマーティンの弦が切れる時って、風船が突然割れるのと同等の恐ろしさがありますから、ネックのところにタオルを巻き付けて、たとえ途中で切れても「びっくり度」が低いようにしながらやっていたことを思い出しました。クラプトンのアコースティックギターを弾かせてもらった時も、微妙にチューニングがズレていて(絶対音感があるのですぐにわかってしまう)片っ端からチューニングしましたが、これは彼のギターを本当に触ったことがある人にしかわからないある工夫がしてあることに気がついたのでした。それが何かは書きませんが。
August 5, 2009
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これは、愛用のハンドクリームです。日本はニューヨークほど乾燥していないので、本当はそれほど必要がないように思うのですが、何しろ、日本のレストランに行くとおしぼりが出て来るし、トイレに入れば(マイケルさんはトイレとは言わず "Rest Room" とおっしゃってましたが)、ま、そこに入るとやっぱり手を洗ったりするので、どうしても乾燥気味になるので、バッグにはいつもハンドクリームが入っています。色々と使ってみて、今のところ、このアヴェンヌのがベタつかずにいい感じです。さて、私は割と世界中の著名人と言われる人に会う機会に恵まれているのですが、それでも、めったなことではサインは求めません。余り興味がないというのもあるし、どちらかというと一緒に写真に写るのが好きです。私は子供の頃から、夏休みをスイスの学校で過ごすことがあって、そのためにヨーロッパにはかなり前から頻繁に行っているのですが、子供だった頃は、まあ、日本人の「女の子」って言うのも珍しいからか、なんなのかわかりませんが、行く先々で、よく、一緒に写真に写って欲しいと言われていました。デンマークでも「ウチのワイフと一緒に写真に♪」とご主人に言われて写ったら、「あなたはジャパニーズドールみたいに可愛らしいわ」と言ってくれたのはいいけれども、果たして彼らは本当の「日本人形」を見た事があるのだろうか?そういう背景もあってか、私の物腰はちょっと日本人とは違ってしまっているらしく、今でも友達と会って私が動く所を見て「な~~んか違うのよねえ」と言われたりします。一番言われたのは、腕時計で時間を見る仕草が完璧に外人だ!っと。何が違うのか私にはわかりませんでしたけど(無意識でやっていることですから)日本人は顔を下げて腕時計の時計を見るらしいんですね。それが、私の場合、アタマはまったく動かず、腕を顔の前にやって(その前に袖をちょっと引くような仕草も入っているらしい)時間を見る。全く違うのだそうです。欧米には極端に自動ドアが少ない。多分・・・それは「男性」がいるから?つづく
August 4, 2009
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前にも載せたかもしれませんが、これはNYのメトロポリタンミュージアムショップで買った、ディズニーの熊のプーさんの「クラッシック・プーさん」の「中」と「小」です。『大』は余り可愛くなかったし、置き場所にも困るので、この二つだけにしました。結構気に入っています。さて、今、わたくしはピートルズを聴いています。ビートルズの初期は別として、全体的に優れている演奏者は?と考えると、これが、ポール・マッカートニーに、私の場合はなります。ピアノなどを一人で弾いていますと、どうしても左手でベースを取る事になり、ベースって結構重要なパートなんじゃないかな?と思う訳です。ポールの作曲はソロになってからはメリーさんの子羊(♪メリ~~ハダ~~リトルラムッ♪って曲です)くらいしかハッとするような名曲に出会っていませんが、ビートルズ時代のポールは作曲も演奏も素晴らしかったと思う。特に彼のベースは素晴らしいと思うのです。While My Guitar Gently Weepsではどうしてもクラプトンのリードギターがお見事なので、そっちに気が取られがちですが、私はこの曲の本当にいいところはポールのベースだと思う。余りに見事なので、私はリードギタリストでベーシストではないので、ピアノでこのポールのベースを弾いているのですけど、見事にリンゴスターのちょいと物足りない(はっきり言うと下手)ドラムを見事にカバーしている。ビートルズの中盤から後期にかけてのポールのベースを中心に聴くとその良さがとてもよくわかります。ドラムも結構重要で、ビートルズがあれほど良い曲を連発できたのは、リンゴスターのドラムが地味だったからかも・・・とさえ思うくらいです。クラプトンのライブの時にドラムにスティーブガッドが座っていると「ああ、今回は本気だな」とさえ思うくらいで。で、ベースですけど、マイケルジャクソンはまだ若い頃、ポール・マッカートニーに作曲法を学んだそうですけど、はっきり言うと、学んだマイケルジャクソンの楽曲のほうが遥かにソロになったポール・マッカートニーの楽曲よりもよく出来ている。だけれども、だけれども・・・・肝心の「ベース」が生きてない!ポール・・・自分の一番得意部門はどうやら伝授しなかったようで、マイケルジャクソンの曲を聴いていると、どうしてもベースがなあ・・・・と思ってしまう。まあ、あの人の場合はロッド・スチュワートと同じで、聴いて楽しい見て楽しいという世界なので、別にバックバンドが優秀である必要はないのでしょうけれども、しかし、もうちょっとどうか別のベースワークができる演奏者を使えなかったのかなあ、と思ってしまう。なんとなく残念。私が好きなマイケルジャクソンの「You Are Not Alone」ですが、これを聴いていても、なんて単調なベースなんだろう?と思うし、自分で弾いていても思う。この曲にもし、ポールみたいなベースが入ったら、ジョージハリスンのSomethingのベースみたいに、凄くメロディアスな味がプラスされただろうに・・・。ま、仕方ないですね。それにしても、マイケルさんの手相を見たら、生命線は太いのに短い。ま、仕方ないですね。これまた。しかし、私は彼のドコを見ているのだろうか……???
August 3, 2009
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昨日の夕方、6時59分に、ソフトバンク×SMAPの60秒CMがテレビで流れるというので、ずっと待っていたのです。なかなか良かったです。でも、何も待たなくても、ネットで見れるじゃないか・・・。踊りを見ていてもやっぱりキムタクは群を抜いて切れがいい動きをしていて、やっぱりキムタクは見ていて楽しいなあ~~~と思うのでした。そうです。わたくし、さんまとキムタク、大好きです。だから、年に一回の「さんタク」がとても楽しみなのです。去年は27時間TVの時、夏にも「さんタク」が見れて嬉しかったものですが、今年は紳介だったので、なんだか、無理矢理感動させられるような威圧感があって、夜中のさんまとのトーク以外はそれほど楽しいとは思わなかったし、感動もほとんどなかった・・・。残念ながら。あのロコモーションという曲はかなり昔の曲で、私が知っているのは確か・・・グランドファンクレイルロードとかいうバンドのものだとうっすらと覚えていますが。それにしても、マイケルジャクソンの追悼Tシャツ。私は貰っても、それを着て外出する勇気はないです。クラプトンのTシャツはほとんど貰って持っていますが(もう箱いっぱい)あの人の場合は中にはなかなか良いデザインのものもありますが、でも、やっぱりそれを着て外出する勇気がないですね。NYに行く時、SNOOPY SHOPで買ったスヌーピーのTシャツで飛行機に乗ったことはありますが、スヌーピーは大丈夫ですね。今、私はポールスミスの真っ赤なTシャツを着ていますが(部屋着になってしまっている)でも、一番好きなのは、真っ白なTシャツにユーズドのデニムという格好だったりします。それに首にパールの一連のネックレスをすると、ちょっとパリっぽくなりますね。一時はほどんどデニムは着ていなかったんです。その代わりにチノパンばかり履いていました。最近、またデニムを履くようになったのは、アールジーンとドミンゴのシルエットが自分の体形に合うというのに気づいたからですね。ユニクロのパンツもなかなかよくできていると思います。ユニクロの場合は23インチですが、アールジーンは24か25です。ドミンゴはSSです。私の場合は、何故かリーヴァイスのラインが体に合わないんです。クラプトンはしっかり似合っているのに。てなわけで、本日は本当に雑談です。
August 2, 2009
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このおじいさんは、普通のおじいさんではなく、元ギターの神さまと言われ、今では歌手扱いされているエリック・クラプトンです。なんか、あまりスポーツとかしない感じですけど、結構クリケットやってることが多いですね。スピード違反で免停になっている間、アルバードホールでのコンサートに自転車で通っていたのは知っていますが。友達と話をしていて、マイケルジャクソンって、踊っているイメージが強いけれども、バラードを歌わせると、その歌唱力がよくわかって、もしかしたらミュージカルもできるんじゃないの?ってな感じがするね、と言っていたのです。それで、クラプトンもロッドスチュワートもやった、恒例のMTVアンプラグドシリーズですが、マイケルジャクソンがもし、眠れなくて、背中が痛くて踊れないとしても、歌だけでもじゅうぶん聴かせる力があるから、アンプラグドやって欲しかったよねえ、と話していたのでした。踊らないマイケルジャクソンに不満を覚える人もいるかもしれないけれども、椅子に座ってあの声でアコースティックで歌うって、凄く素敵じゃないですか。ロッド・スチュワートの「グレートアメリカンソングブック」シリーズはかなり売れたようだし、踊るはずのマイケルジャクソンだって、やれば売れただろうに。彼のブタペストのライブですが、あの時の踊りはかなりキレが良いですね。同じ曲でも、いつも、少しずつ、アレンジが違っていて、特にブタペストのスムースクリミナルは切れがいい。ただ・・・あの、黒のズボンの上から金色のTバックのハイレグの水着みたいなのを着ている感覚は、私には理解できないけど・・・誰も「ちょっと、それって、変だと思うんだけど」って言わなかったのかなあ。「ベン」は同じ13才でも、私はビリーギルマンが歌うほうが断然上手いと思う。だけど、40才を過ぎたマイケルジャクソンがもう一度、「ベン」をアンプラグドで歌ったら、凄く違ったものになったと思う。「I'll be there」もそうだけど。特に「I'll be there」はメロディーラインがとても美しいから、しっとりと歌い上げる大人になったマイケルジャクソンに歌って欲しかった。まあ、ロボット踊りはコロッケに任せておいてって。ああ、今年も残り5ヶ月か・・・。早い。F1の話になりますけど、フェリッペ・マッサが怪我をして、その代役で2006年以来、シューマッハが(この人もマイケルさんですが)フェラーリで走る事になりそうですが、果たして、すでにプレイステーション化した今のマシーンのボタンをどれだけ器用に押せるか?つまり、どれだけ今年のオンボロフェラーリで速く走れるか、ちょっと興味はありますね。彼ももう40才だし。でも、もし、あのマシーンで1回でも優勝したら、私は尊敬する。肩車してもらったけど、私が今度は肩車してあげたいくらい、尊敬する。頑張れ!マイケル・シューマッハ(彼はミヒャエルと呼ばれるのが好きではないらしく、Call me Michael(マイケルって呼んで)と私がわざと「おお、ミヒャエル!」と言うと言っていた)
August 1, 2009
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