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そういえば、最近、オーラの泉を見るのを忘れていることが多いなあ・・・と思いつつ、昨日は、オーラのスペシャルだったらしいけれども、私はキムタクの「MR. BRAIN」を見たのだった。ただ、ああいう番組を見る時、困ったことに、始まった瞬間に、犯人がわかってしまう・・・という余り楽しめない癖があるので、昨日も「ああ~~、やっぱりねえ・・・」と思って終わりだった。私は大の刑事コロンボ好きで、原作を原本(英文)で全部読破しているくらい好きで、自分流に訳したりもしていた。子供の頃は、吹き替えが当たり前だったので、あの声に慣れていたけれども、ニューヨークに暮らすようになってから本当の声で見慣れてしまうと、いろいろと「違うなあ・・・」と思うのだった。この刑事コロンボシリーズの始めの頃、1回だけ、スティーヴン・スピルバーグが監督をしている作品があって、その時のカメラワークだけを取ってみても、「ああ、やっぱりスピルバーグだなあ」と思わせるものがある。まあ、それはいいとして、最近「なんだかなあ・・・」と思うことが多すぎて、かなりやりきれない気分になっております。ま、なるようになるでしょう。
May 31, 2009
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私にはいろいろな友達がいて、国籍も仕事も有名だったり、一般社会人だったり、主婦だったり、会社員だったりと、それぞれいる。最近、特に感じることがあって、つらい経験をした人の多くは、とても理解力があって、優しい。逆に、ずっとちやほやされて、社会的地位のある男性と結婚した女性は、まるで、自分がその地位に自力でなったような錯覚を覚えるのか、人間的に「冷たい」と思うことが多々ある。よく人は「他人の傷みのわかる心をもった人に成長して欲しい」と自分の子供に対して希望を持つ。けれども、その親自体が、ちやほやされる日々を送り、何か勘違いしているのか、私から見ると所詮、井の中の蛙にすぎないのに、偉ぶって、人の傷みを理解しない。理解しないどころか、よほど、一般の主婦や会社員の友達のほうが、気持ちをわかってくれているように思う。私はそういう偉ぶった人を「友達」からばっさりと、切り離す。人の傷みを理解しないどころか、優越感に浸った態度は、うんざりする。私は一部の人が思っているほど器用ではなく、どちらかというと不器用で、こういう性格なので、見切りをつけるとばっさりと、どれほど長い付き合いでも、切り捨てる。残念なことだけれども、どうしようもない。そう、生まれついたとしか言いようがない。なんだか、今日は余り気分が良くなくて、ごめんなさい。
May 29, 2009
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作品の注文が入ったので、サンプルを郵送するために箱の中からサンプル用の「写真」を見つけながら、友達とスカイプで話をして、お昼からず~~~~っと・・・気がついたら、夕方の4時過ぎだった。スカイプというのは、私の場合はマックブックを使って会話するので、両手が開いているし、スピーカーから相手の声は聞こえるし、かなりマックブックから離れても、相手に声が届くし、あれこれしながらおかしな話をするにはうってつけってな感じです。サンプル用の写真を見ながら、「ねえ、わたしってさあ、天才だと思うわ」と、唐突に言うと、そういう私を知り尽くしている友達は呆れもせず、『ま、天才というのは、だいたい自覚があるらしいからね。天才なんだと思うよ。まあ、世の中には勘違いしている人達も沢山いるみたいだけど』と言うので、「多分ね。私の場合は確信しているっていう勘違いだったりしてねえ」などと言いつつ仕事をしながら、ある俳優の話を始めて、「私、あの人、かなり好きだわ。何しろ声がいい!」『そうねえ。顔も奇麗だしね』「そうなのよ。私の「身長180センチ以下」って言う条件もクリアーしてるしねえ」『へえ。ぎりぎりじゃん。すごいね』「前にね、とんねるずの食わず嫌いに出た時、凄くお父さんの教育が厳しかったって言ってて、それで食べ方がすごく奇麗だった。最近は珍しいよね。きちんとお箸が使えて、きちんと食事ができるって」と褒めまくっていたのでした。そして、なぜか「ああ、それにしても、わたし、時々ビルゲイツになりたいって思うけど、本当にビルゲイツになったら、楽しいかなあ? 何でも買えて何でも出来るってことになったら、一体何が楽しみになるんだろうねえ。財産目当ての女性はわんさか来るだろうし。困ることってなさそうだしね」『そうよね。まあ、なってみないとわからないけど、何でも買えるって身分はちょっといいカモしれないね。でも、本当に何でも買えるってことになったら、特に欲しいって思わなかったりしてね』「うーん。あんなに財産持ってても、墓まで持って行くわけには行かない訳だしねえ。生きている間だけの道具だよね。お金って。でも、この間、世界の長者番付の首位から脱落してたけど、また、返り咲いたらしいよ」『へえ。そうなの。世の中には金持ちって結構いるだね』「でもさあ。マイケルジャクソンじゃないけど、余りにも有名になって一気にお金持ちになったら、友達がいなくて、お金目当ての人達ば~~~っかり集まって来て、あれしませんか、これしませんかって騙そう騙そうってするみたいだから、疲れそうだよね」『確かに言えてる。疲れそう。寄って来る女性って、ほとんど財産目当てに思えてしまうだろうしねえ』「でも、私、ビルゲイツの顔って、下に「ビルゲイツ」って書いてなかったらわからないわ」『えええ!あんなに有名なのに?判んないの?うそ~~~!まあ、コンタクトレンズにしたら、わからないかもしれないけど』「えっ?ビルゲイツって眼鏡かけてるの?」『かけてるよ。いろいろ持ってるみたいだけど、まあ、お金あるし。眼鏡も沢山持ってるんじゃないの?』「へえ。眼鏡かけてるのかあ(実は私は眼鏡をかけている人が結構好きだったりするのだ)いいね。でも、わたし、例えばニューヨークで偶然ぶつかったりして知り合っても、「お仕事何なさってるんですか?」って聞きそう」『それって結構新鮮かも』「そしたら、「そうですねえ。コンピューター関係の仕事をしています」なんて言って、「ああ、そうですか。プログラマーかなにかなさってるんですか?」なんて聞きそう。」『それは彼にとっては新鮮な質問かもしれないね』私は以前、F1のアメリカグランプリの時、フェラーリの友達が仕事(ピットウォールに並んで座っている中の一人)で世話ができないからって、アメリカのCART(カート)というレースのすっごく有名なレーサーに、そのフェラーリの友達が私の世話するようにって言ったらしく、電話がかかって来て、実は、私はレースはF1以外は全く誰も知らないし、興味もないので、まったく無知なもんだから、電話がかかって来た時、名前を名乗られても誰だか怪しい・・・と思って、思わず、『あのぉ。お仕事、何してるんですか?』と聞いたことがあった。そのレーサーは意外な質問だなとは思ったらしいけれども、まあ、軽く「カートに乗ってます」と言う。しかし、私の頭の中には、「カート」というと「ゴーカート」しかなくて、なんだ・・・いい年して、ゴーカートになんか乗ってるんだ、と思い込んでしまったのだった。それで、インディアナポリスのシューマッハと同じフェラーリ特別扱いの部屋をフェラーリが取ってくれたので、そこに滞在していたら、部屋に電話がかかってきて、「ボクです。明日、サーキットに行く前に1階のレストランで朝食をもう一人のスポンサーの人と一緒にいかがですか?」と言うので、「はい。行きます」と快諾した。『じゃあ、明日の朝8時に下のレストランで・・・・』と言われた時、「あっ!スイマセン!私・・・あなたの顔、知らないんですけど、どうやったらわかりますか?」と聞いたのだった。その有名なレーサーは一瞬固まってしまって、『アメリカでは知らない人は余り居ないんだけど・・・・』と結構ショック状態だった。しかし、しらないものは知らないんだからしょうがない。『とにかく、受付にボクの名前を言えば案内してくれますよ』と言う。そして翌日、レストランに行ったら、案内係の女性が待ち構えていて、その有名な某レーサーの待つテーブルまで案内してくれたのだった。そのレーサーは、さすがに私服だったけど(レーサーみたいな格好ではなかった)かなりカッコイイタイプの男性で、礼儀もキチンとしていた。私はとにかく、F1以外のことは何もしらないので、数々の失礼を詫びたのだった。ところが、そのカッコイイレーサーはフェラーリの親友から頼まれたという理由以上に私をかなり丁寧にエスコートしてくれたのだった。大勢の人達でごったがえするインディアナポリスで、「君を迷子にしたりしたら、彼(フェラーリのおやじ)から叱られから、手をつないで!」と一緒に手をつないで歩くことになった。すると、私はその人のことを全くしらなかったけれども、確かにアメリカのレースファンにはおなじみの「レーサー」らしく、私の手を握って歩いているところを、色んな人達が写真に撮ったり、その人にサインを貰ったりしている。おまけに、別のレーサーがモデル風の女性を伴って来ているところに出くわして、「カノジョ?」とか聞かれて、『いや、残念ながら、友達の友達』とかなんとか話していると人だかりができてしまって、その間私は隠れていたかったのだけれども、手をつないだまま離してくれないので、ああ、もう、なんと思われたっていいや。と半ばやけくそになっていったのでした。それで、パドックパスでピットまで行ったら、さすがにそこからは一般の人達は立ち入り出来ないので、やれやれ、と思いきや、手を離してくれない。すると、向こうからその時大好きだったTrulliが歩いて来るではありませんか!「あ、君の好きなヤーノ(日本ではヤルノって呼ばれているらしい)だよ」と言うから、そんなことは言われなくても判っているわっ!と思って、『ヤーノ~~~~!』と呼んだら(私はモナコでヤーノと食事をしたりしているので知っている)すぐに気づいて笑顔で手を挙げてくれたけど、横にオトコがいるもんだから、さっさと行ってしまった・・・・くそ・・・とその時は本当に思った。私はできるなら、ヤーノと手をつないで歩きたかったのだった。てなことがありました。ピット裏には有名人が沢山いて、三大テノールのプラシド・ゴドミンゴが来ていて、さすがにその人の写真は撮った。でも、そのアメリカでは有名なレーサーの写真は一枚も撮らなかったばかりか、名前も今では忘れてしまっている。
May 27, 2009
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昨日、よく買い物をする楽天のショップで注文したワンピです。素材は麻100%で、キュプラの裏が全体に付いています。色はオフホワイトと黒があったのですけど、最初はオフホワイトのほうが先に△(残り少ない)になっていて、どーしよーかなあー・・・と思っているうちに、本当はやっぱり黒のほうが自分には合うような気がしていたら、あらよと言う間に、黒が三角になったので、即、注文したら、即「×」になって、その後しばらくしたら、オフホワイトも「×」で完売になりました。日頃、パンツばかり履いているのに、何故か、ワンピが好きで、つい、買ってしまいます。いつかデートする日のために・・・なーんて訳ではないけれども。昨日も友達と電話で話をしていて、私がニューヨークに行く前に会ったのが最後の友達で、あれから凄い年月が過ぎているのだけど、元気そうな声を聞いて嬉しかった。彼女は20代前半で、産婦人科の開業医と結婚して、すぐに長男がうまれて、それから翌年に長女が生まれて、いつのまにか、4人の子供のに恵まれてる。まあ、ご主人が産婦人科なので、病院に行かなくてもご主人がいるので産みやすいのかも?「やっぱり子供は医学部に?」との問いに、「いや~~産婦人科って、過酷なことを息子には継がせたくないって気持ちのほうが大きいよ」と言っていた。「でも、娘婿にさせるってのがいいかもね、なんて主人と話しているのよ~~」と言って笑っていた。まだまだ先の話ではあるけれども。何しろ、他の病気と違って、子供を産むのは「病気」ではないし、いつ産まれるか判らないので、夜中に叩き起こされることも毎度のことだし、難産の場合など、丸一日以上かかったりもするし、とにかく大変な仕事らしい。お金があっても海外旅行にも行けないって愚痴ってました。代診の先生を雇うのもかなりかかるらしく、もし、留守中に事故でもあったら、もう、病院自体がダメになってしまう危険もあるから病院を離れられないらしい。私は他の同年代の友達と比べると、はなはだ置いてきぼりというか、皆、縁あって、結婚して、子供に恵まれたり、また、恵まれなくてもそれなりにハッピーな生活を送っていたり、また、逆に子供を抱えて離婚していたり・・・と色々で、それに比べると、私は本当に、大学時代と気分的には何も変わっていないのようなところがあって、それは多分、子供の成長などを見ることがないので、時計が止まっているような錯覚のなせる技なのだと思う。だけど、人生が「長さ」で価値が決まらないように、「適齢期」というものも、それぞれ違っていていいのだと思う。とても簡潔に自分の価値観を言えば、だらだら長生きするより、短くても(もう短くはないなあ....)「ああ、生きた!」と思えたら、それはそれなりの充実感と幸福感があると思う。ま、なるようになるでしょう。
May 26, 2009
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先日、作品を買った人から、受け取ったら即、電話がかかってきた。アートをやっていて、一番嬉しいのは、「思っていたよりずっと素晴らしかった!」と言う感想を聞く時だったりする。今日もまた、注文が入った。思えば、こうして、自分の専門の分野で収入を得ることのほうが、FXなどで時間を無駄にするよりは、ずっと喜ぶ人もいたり、自分も嬉しかったりして健康的だと思う。で、今日はまたもや「ワンピース」を買いました。何故、パンツばかり履いているにもかかわらず、ワンピが欲しくなるのかよくわかりませんが。ま、似合わなかったら返品ですけど。昨日、割と遠くに住んでいる友達と、もの凄く久しぶりに電話で話をした。古い友達というのは、どんなに時間が経っていていも、まるで昨日話したように話ができることがうれしかったりする。それぞれ、私の日本の友達は結婚して、子供がいて、塾の送り迎えで忙しかったりと、私とはまったく違う(私が違うだけかもしれない)生活を送っていて、懐かしい話もあれば、ところどころで、通じないこともあったりする。だけど、友達っていいなと思う。私が恵まれているのは、そういう長年の友達が変わらず接してくれることかもしれない。You've Got a Friend.
May 25, 2009
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唐突ですが、これは先日ロンドンのオークションで自動車史上最高額で落札された、1957年のフェラーリでございます。落札価格、約¥11億5000万円。こういうのを落とす人って、だいたい姿を現さないんですよね。この時も電話で落札したらしい。つまり、誰だかわからない。私はこれがとても欲しかったので、このときだけは、「ああ、なんで私はビルゲイツじゃないんだろう・・・」と思ったりしたのでした。まあ、ビルゲイツが本当に幸せかどうかは、本人の「気持ち」次第ですが。私が実際に目の前でフェラーリの12気筒のF1のエンジンサウンドを聞いた時、私はまだほんの子供だった。(フェラーリのピットにて)けれども、その頃から私は一種の「音フェチ」で、音楽もそうなんだけど、その乾いていてマイナーなエンジンの音が素晴らしく美しく聞こえて、メカニックのおじさんに「イッツライクアミュージック~~~!(音楽みたい~~~!)」と言ってアイスクリームをもらったりしていた。なので、日本で見る洋画の吹き替えにどうしても馴染めないまま。先日のダヴィンチコードのトムハンクスの吹き替えの声も全くトムハンクスじゃなかったし、今まで最低だと思ったのはロバート・デ・ニーロとケビンコスナーかな。その代わり、女優の声には余り違和感を感じないのは不思議。まあ、余り興味がないから、っていうところもあるかもしれないけれども。(今、後ろでやっている日曜洋画劇場のハリソンフォードの吹き替えの声もかなりひどい)私は以前、ドイツの美術館に作品が展示される時、ドイツに行き、ドイツのテレビ番組のインタビューに出て、それは翌朝の番組だったらしく、録画だった。私は「放送」というものには小学生高学年の頃から関わっていたし、プロのリポーターでもあるからして、インタビューを受ける時、相手がどういう風に答えて欲しいかがだいたい判ってしまうところがある。それで、1回だけ顔の動きが乱れたのでNGを出したけれども、2回目でオーケーだった。そして、翌日、レセプションで外出していてテレビを見れなかったのだけれども、その番組を見たドイツ人の友達が「ドイツ語で話していたよ」と教えてくれた。(実際は英語でのインタビューだった)今まで、自分の放送は見たくないし聞きたくないので興味がなかったのだけど、この時だけは、ドイツ語に吹き替えられた自分のインタビューを見てみたいと思った。一体、どんな風にドイツ語になっていたのだろう?って。私はよく電話で問い合わせしたり、文句を言ったりするのだけど、相手の「声」で、大体どんな感じかなあ?と思ってしまう。余り日本の芸能人には興味がないのだけど、ひとりだけ、もの凄く「声」がモロ好みの男性がいて、演技もうまいので台詞の言い方も非常にうまい。国際レベルにうまい。顔もめちゃくちゃハンサムというわけではないけれども、気品があるしある意味、美しい。背は、私のリミット「180センチ」以内、と文句なし。文句があるのは向こうのほうだろうなあ。ああ、あの声はいいなあ.....。なーんていいつつ、それでも、もし、その人が、貧乏揺すりをしたとしたら、その瞬間に、私の意識は180度変わるのだ。多分、しないだろうなあ。その人は。お父さんが厳しくマナーを教えて育ったらしいし。って、誰だか判る人、いないだろうなあ。うへへへ。
May 24, 2009
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不思議なもので、私は日本にいる間は、ほとんどいっていいほど話題のドラマというものを見ない。見ないだけでなく、ほとんど感心がないことの方が多い。いくつかの「常連的」ドラマは見ることがあるけれども、そもそも日本にいるとニュース以外、余りテレビを見ない。特にワイドショーが嫌いで、誰と誰がどーしたこーしたということを政治情勢以上に重大に取り扱っているところからして、私は興味がない。なので、人々の話題からかなりズレが生じてしまうことが多い。それなのに、ニューヨークに居る間というのは、逆に、日本のドラマをかなり良く見ていてい(レンタルビデオで)ニューヨークにず~~~~っと居た間は多分、日本にいる人以上にいろいろと見て来たように思う。今日、たまたまYouTubeを見ていたら、懐かしいタイトルのドラマがあったので、エピソード1から見始めたら、何となくストーリーを思い出して、いつの間にかどんどんエピソード2、3、4・・・と見ていたのです。ところが、5までは同じ人がアップしていたのでストーリーが続いていてとても見やすかった。それで、続きのエピソード6を探すけれども、その人はそれ以降はアップしていなくて、仕方なく、別の人がアップしているものを適当に「この辺かな?」と思ってみるのだけれども、重複していたり、また、ストーリーが突然飛んだりして、訳が割らなくなって・・・4時間以上が経過した。まあ、昔一度見ているものなので、ラストを探せなくても、大体思い出したけど。と言う訳で、本日は短く終わります。またの機会に。
May 23, 2009
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ああ、なんて「時間」というものは過ぎて欲しい時には遅く、過ぎて欲しくない時には早く過ぎてしまうのだろう・・・といいつつ、それはその時の深層心理状態が起こしてる「感覚」の違いと、年齢という「スケール」からくる、やはり「感覚の違い」なのである。と決める。昨日もスカイプで3時間以上、海外にいる友達と「宗教」と「宇宙」と「人の歴史」について話しつつ、ミルクココアを作って飲んだりしていたのでした。タダだと思うと海外と長話ができる、非常に便利です。日本の友達が、ダヴィンチコードより今度の「天使と悪魔」のほうがよくできてらしいね、と言うので、それはどちらがよく出来ているかどうかということ以前に、今回の新作のほうが、宗教色が薄く、どちらかというとインディアナジョーンズみたいなミステリーアクションものに仕上がっているから、前作の「ダヴィンチコード」ほど宗教の知識がなくても楽しめるからなんじゃないかな?という感想を伝えたのでした。私自信は、何度も、どこでも言うように、どの宗派にも宗教団体にも属する気持ちは全くなく、また、そういう類いのものにのめり込んでいる人から誘われると、条件反射的に嫌になってしまうところがある。けれども、マグダラのマリアがどうしたこうした、という聖書の中の話にはかなり精通していて、だからこそ、ダヴィンチコードは私にはとても判りやすい映画だったし、言えてるなと思う点と、それはなかろう、という点がはっきりと見て取れた。聖書を一度も読んだことのない人に、あの映画を理解せよというほうが無理があると私は思う。誰が一体「マグダラのマリア」の存在を知っているというのだろう?知らない人のほうが日本では断然多いはず。まあ、あの映画自体、シリーズ化されるようなので、だんだんと娯楽映画っぽく(すでに娯楽映画かも)なっていくのではないかな?とは思う。私は色々な宗教の友達がいて、まあ、一番多いのはキリスト教だと思う。それからユダヤ教、イスラム教、仏教・・・etc.それぞれ、教会に行ったり、断食したり、熱心な人もいれば、それほどでもなく、ただ単に子供のの頃からそういうことになっていたのでそうですっていう友達も割と多い。英語では「神様(GOD)」を語る時、「him(彼)」という言い方をして、私はその時点から、なんで男なのよっ!と言って笑わせたりしている。キリストが「男」だったことは歴史上確かだけれども、「神様」という、いわば、宇宙的ボスが「男」じゃあねえ・・・と思っても仕方がない。私はこの「宇宙的ボス」の存在はきっとあると思う。それは「he(彼)」とか「彼女(she)」などと表現されるようなものではなく、まったく人知を越えたものなのではないかと漠然と感じていて、その存在は感じている。どんな宗教も、私から見ると、その営業所みたいなもので、支店であり、決して「本店」ではない、というのが私がいつも語ることだったりする。人類がこの地球に誕生して、わずか38万年くらいしか経っていない。宇宙の歴史から見ると、ほんの最近、私達は存在するようになった。そうして、宇宙は膨張を続け、まあ、心配せずとも、平均寿命からして、この世の終わりを見届けることは不可能だと言える。それはそうと、ああ、パリに行きたい!
May 22, 2009
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ああ、なんて「時間」というものは過ぎて欲しい時には遅く、過ぎて欲しくない時には早く過ぎてしまうのだろう・・・といいつつ、それはその時の深層心理状態が起こしてる「感覚」の違いと、年齢という「スケール」からくる、やはり「感覚の違い」なのである。と決める。昨日もスカイプで3時間以上、海外にいる友達と「宗教」と「宇宙」と「人の歴史」について話しつつ、ミルクココアを作って飲んだりしていたのでした。タダだと思うと海外と長話ができる、非常に便利です。日本の友達が、ダヴィンチコードより今度の「天使と悪魔」のほうがよくできてらしいね、と言うので、それはどちらがよく出来ているかどうかということ以前に、今回の新作のほうが、宗教色が薄く、どちらかというとインディアナジョーンズみたいなミステリーアクションものに仕上がっているから、前作の「ダヴィンチコード」ほど宗教の知識がなくても楽しめるからなんじゃないかな?という感想を伝えたのでした。私自信は、何度も、どこでも言うように、どの宗派にも宗教団体にも属する気持ちは全くなく、また、そういう類いのものにのめり込んでいる人から誘われると、条件反射的に嫌になってしまうところがある。けれども、マグダラのマリアがどうしたこうした、という聖書の中の話にはかなり精通していて、だからこそ、ダヴィンチコードは私にはとても判りやすい映画だったし、言えてるなと思う点と、それはなかろう、という点がはっきりと見て取れた。聖書を一度も読んだことのない人に、あの映画を理解せよというほうが無理があると私は思う。誰が一体「マグダラのマリア」の存在を知っているというのだろう?知らない人のほうが日本では断然多いはず。まあ、あの映画自体、シリーズ化されるようなので、だんだんと娯楽映画っぽく(すでに娯楽映画かも)なっていくのではないかな?とは思う。私は色々な宗教の友達がいて、まあ、一番多いのはキリスト教だと思う。それからユダヤ教、イスラム教、仏教・・・etc.それぞれ、教会に行ったり、断食したり、熱心な人もいれば、それほどでもなく、ただ単に子供のの頃からそういうことになっていたのでそうですっていう友達も割と多い。英語では「神様(GOD)」を語る時、「him(彼)」という言い方をして、私はその時点から、なんで男なのよっ!と言って笑わせたりしている。キリストが「男」だったことは歴史上確かだけれども、「神様」という、いわば、宇宙的ボスが「男」じゃあねえ・・・と思っても仕方がない。私はこの「宇宙的ボス」の存在はきっとあると思う。それは「he(彼)」とか「彼女(she)」などと表現されるようなものではなく、まったく人知を越えたものなのではないかと漠然と感じていて、その存在は感じている。どんな宗教も、私から見ると、その営業所みたいなもので、支店であり、決して「本店」ではない、というのが私がいつも語ることだったりする。人類がこの地球に誕生して、わずか38万年くらいしか経っていない。宇宙の歴史から見ると、ほんの最近、私達は存在するようになった。そうして、宇宙は膨張を続け、まあ、心配せずとも、平均寿命からして、この世の終わりを見届けることは不可能だと言える。それはそうと、ああ、パリに行きたい!
May 22, 2009
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余り気分が良くなくて、昨日は日記が書けませんでした。今日、スカイプでタイに住むコロンビア大学のクラスメートと話をしていたら、ログイン状態と判ったらしく、途中で、ヨーロッパの音楽プロデューサーからスカイプに画像入りでかかって来て、しばらく話をしていたのでした。日本は夕方だったけど、ヨーロッパは午前だった。しかし、便利な世の中になったものです。でも、彼が言うには、女性は決してスカイプでテレビ電話状態にしない!と言っていた。そうですとも。電話するのに化粧して上半身だけ着替えてなんて面倒でやってられません。おまけにライティングとカメラの位置で妙な風に写ってしまうのを知っているので、とても画像をオンにする勇気はないですね。男性はその点、化粧もしなくていいし、気楽にテレビ電話にしてました。しかし、タイとヨーロッパ・・・日本の部屋に居ながら、様子がわかるって凄いなあと感心しました。メールより会話するほうが好きな私には、実際に会うことには及ばないけれども、結構気に入りました。それにしても、新型インフルエンザ、ついに東京にも発症者がでましたね。昨日ニューヨークから帰ってきたらしいけれども、私は今、調子悪いし、ニューヨークにはもうしばらく戻れそうにないので、ま、いいか。ニューヨークでインフルエンザになったことがあって、夜中の3時頃、40度を越える発熱で苦しく、日本人の医者に緊急で電話したら「それだけ熱が出てたら、そのうち疲れて寝るから、寝なさい」なんて言われて、結局、救急車を呼びました。病院では点滴などいろいろ打たれて、「では、熱が下がったようですから、帰っていいですよ」と言われたけれども、その時は「元アホカレ」がいたので、車で帰ることができたけど、いつも救急車で病院に幾たびに、「帰りも送って欲しい・・・」と思うのでした。だって、嘘みたいに元気になれた訳じゃなくて、それでタクシー捕まえて帰るって結構大変。おまけに、靴を持って行ってないと、使い捨てスリッパで帰らねばならない。そういえば、今日、そのタイに住むカトリック信者のベネズエラ人の友達が、落ち込んでいる私に「神様に祈るのよ!」と言うので、『祈り続けているけど、何も変わらない』と言ったら、「神様はちょっと時間がかかるのよ」なんて言っていて、ちょっと笑ってしまった。なるほど。神様は時間がかかるのか。順番制?
May 20, 2009
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午後から病院に行って来ました。毎月、お薬のために行くのですが、今日、1ヶ月ぶりに自動ドアが開いて中に入ると・・・おっ。関係者は皆、マスクをしているではないですかっ!おまけに、新型インフルエンザのために、自動受付機械が利用できないようになっていて、マスクをした係の人に直接会って予約確認の番号を貰うのです。そこで、『やっぱりマスクはしたほうがいいですかね?』と聞くと、「ええ、されてたほうがいいと思いますよ、こちらにございますから、どうぞ」と言ってマスクの入った箱を示してくれたので、1枚とって久しぶりに・・・・実に何年ぶりだろうか、マスクをしたのでした。あ、そういえば、かなり前に、セブンイレブンのくじびきで「高性能マスク」が当ったのがどこかに確かあるはずだった。使うことがないというか、私は呼吸が出来ない状態というのが非常に嫌で、って誰でも嫌だろうけれども、従来の長方形のマスクが苦手で、マスク嫌いなのです。しかし・・・どんどん感染者が出ているし、こういうデカい病院というのは多分、何人かがかかっているような気がして、マスクをしたのでした。最近のマスクは良く出来てますね。スッピンで行ったので、化粧がつく心配などはする必要はなかったけれおども、もし化粧をしていても、口紅もつかないんじゃないかなってくらい余裕があって、思ったよりずっとつけ心地は良かったです。しかし、割と隙間があるので本当にあれで防げるのかどうかは、はなはだ疑問ではある。そして、外来待合室のソファーで待っていると、結構ヒマで、人の動きを見ていました。待合室の壁に、大きな水の入ったタンクがあって、お薬を飲んだりするための水が用意されているんですね、そこには。そして、そのタンクの横に紙コップの入った透明の筒状のものがあるのです。紙コップは「PUSH」というレバーを押すと自動的に1個、落ちて来るようになっているのです。そして、その透明の筒状の紙コップの入った容器には大きな日本語で『PUSHを押すと紙コップが出て来ます』と、判りやすく書いてあるのです。そして、レバーには確かに『PUSH』と書いてあるのです。なのに、見ていると、その水を飲むのに利用する人のほとんどの人達が、老いも若きもその説明の日本語を読まないのかなんなのか、どうやったらコップが取れるんだろう?と悪戦苦闘するんですよ。見ていると面白いですよ。日本語で、ちゃんと判りやすく大きく目の前に『PUSHを押すとコップが出て来ます』って書いてあるのに、誰もそれを読まないで、ほとんどの人が無理矢理引っ張りだすような形でコップを取るんですよ。不思議ですねえ。私ですか?私は日本語読めますから、悪戦苦闘するよりも前に、説明を見ましたから、「PUSH」を押して、スムーズにコップを手にして飲みました。他の人達もちゃんと日本語が読めるはずなのに、読まないんですね。それも目の前に書いてあるのに。一昨日のダヴィンチコードの中でも金持ちのじいさんが言ってましたね。『人は案外目の前のことは見えてないものだよ』と。そして、待合室の横のほうで、マスクもせず、ハンカチもつかわず、いや~~な咳をしている患者さん一名・・・うへっ、やばそ。そんな時間を過ごした月曜の午後でありました。それにしても、今日の病院は寒かった。まるでアメリカの病院みたいだった。アメリカの病院、といっても私が知っているのはニューヨークの病院だけだけど、異常に寒いんですよ。点滴なんか打ってると風邪ひきそうなくらい、ただでも具合悪いのにその上風邪までひきそうなくらい寒いんですよ。そこである日、ドクターに聞きました。『なんで、アメリカの病院は寒いんですか?』と。すると、帰って来た答えが、「だって、ボク達、病気になりたくないからね。菌が繁殖しないように室温を下げているんだ」と言うことだった。なるほど・・・病人ばかり集まる病院だから、院内感染を防ぐためにはとにかく寒くしていれば、最小限の予防は出来るというわけか・・・。そのためなのかなんなのか(多分そのためでしょう)今日の病院はいつもよりずっと冷房が効いていて、寒いのなんのって、旧型インフルエンザになりそうなくらい寒かった。今季モノじゃなくて、古いデザインの服、みたいな感じ。
May 18, 2009
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久しぶりにまたもや「ダビンチコード」をテレビで見てたらこんな時間になってしまった。いやはや、長い映画だ。本当に。この映画が作られる時に先に本になっているのを読むのが面倒で、友達が読んで、要点だけを教えてくれたのだった。そして映画を見たけれども、もしかしたら、宗教色のない「日本人」には、かなり難解な映画だったんじゃなかろうか?と思ったものだった。というのも、私は幼い時からカトリック系の幼稚園に通い、それから、もちろん、カトリック系の女学園を卒業したので、聖書の内容を暗記するほど熟読しているし、あの映画は、ある意味、私にとってはとてもわかりやすい映画だった。いや、もしかしたら、カトリック系の学校で学んだからではなく・・・・私の中のとても古い、どうしても消えない「記憶」に、確かに、確実に、「キリスト」という人を知っているというところがあって、それは、もしかしたら単なる幻想かもしれないし、もしかしたら、本当にあった古い記憶なのかもしれないし、どちらにせよ、本当のことは誰にもわからない。多分、聖書を一度も読んだことのない人や、また、別の宗教の人達には難解であり、また、どうしてそう大騒ぎするほどのものなのだろう?という映画だったんじゃないかなあと思う。子供の時、最初に行ったヨーロッパがイタリアだった。そして、私はそのローマの中にある「ヴァチカン」のサンピエトロ寺院に飾ってある、ミケランジェロの「ピエタ」を見るのを楽しみにしていた。私はローマが嫌いだけれども、なぜか、カトリック教徒でも何の教徒でも、何の宗教にも属していないのに、ヴァチカンには、ローマに行くと必ず一度はそこに行き、そして、ピエタを見る。そして、ラテン語のミサの間、少しだけ座っていることもある。ラテン語のミサは「音楽」と通じるところがあって、聖書なのに、私には「音楽」に聞こえる。そして、心地良い。多数の世界中のスピリチュアルな人が、私に会うと、「神に一番近いところにいる人だ」と言う。去年と今年に会いに行った、スピリチュアルばあさんも、初対面に最初に、その言葉を私に言った。私は驚かなかった。何故なら、始めて聞くことでもないし、本当のことは、誰にもわからない。もしかしたら・・・本当にわかっているのは「自分自身」なのかもしれないと。私の中の「キリスト」の記憶は、とても小柄で、とても「いい人」であった。そして、私達は仲が良かった。主と使途という関係ではなく、なにかもっと違った、もっと親しい、もっと近い存在の記憶がある。そして、キリストは、まあ、これは私個人の記憶なので熱心なキリスト教信者の方には失礼かもしれないけれども、彼は、私達と同じ、人間だった。あの映画のところどころにはかなり無理があるけれども、でたらめでもない。私は脆く、その反面、強い。キリストの誕生はたったの約2000年前のこと。そう、昔のことではない。スピリチュアルな人も、クリスチャンの友達も口を揃えるように私に言う。「あなたには、聖マリアがついている」と。私は1997年。ニューヨークの自室でベッドルームのドアから、見たこともない影のような流れるようなものが入って来るのを目にした。その時、私はとても落胆していて、死んでしまおうとさえ思い、泣きながら友達と話していたのだった。ふと開いたドアをに目をやった瞬間、その不思議なものが部屋に入って来たのが見えて、その瞬間から、私の気持ちが180度変わった。死んでいる場合じゃないと。スピリチュアルな人はそれを「マリア様が入ってきましたね」と言った。本当のことは誰にもわからないけれども。宗教は人が作り上げたものに過ぎない。だけど、それで救われたり、幸せな気持ちになれるのなら、信じることは悪いことではない。だけど、宗教がからむと、人の醜さというか、どうして、神は何一つ言っていないのに、争ったり、殺し合ったりするのだろうと不思議でならない。ファンクラブの争いみたいに。久しぶりに見たパリは、やっぱり美しかった。カメラを持って、また、撮影に行きたいと、そう思った。
May 16, 2009
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昨日は日記を書かないまま寝てしまいましてごめんなさい。いや、余り早めに寝たので、いつものように夜中に目が覚めるんじゃないかあなあ、そうしたら、夜中に日記書こう、と思って寝たのでした。そうしたら、朝まで寝てました。作品用の額とマットが仕上がりましたと12日に連絡があったのですが、13日は眼科に行ったし、昨日は疲れていたし、今日、やっと行って来ました。ああいうのは「餅は餅屋」と言って、専門家に任せるのが一番確実で奇麗に仕上がりますね。「あちらでお座りになってお待ちください」と言われても、私は監督したいので、最後まで見届けるのでかなり緊張していたようです。でも、奇麗に仕上がって発送手続きも完了。やれやれ、ってことで、イタリアンレストランで遅めのランチ。日頃、家でカルボナーラばっかり食べているので、今日は「たらこスパゲティ」にしました。「柔らかめにゆでてください」とお願いした。アルデンテは私にはちょっと固い。胃袋のない状態だと消化にちょっと困る。でも、やわらかめでもわりとこしがあって、美味しく頂きました。カフェラテキャラメルとかいう、スタバの名前を逆にしたような飲物と一緒に。それから、色々なお店が並ぶ通りを歩きつつ、誘惑に負けて、つい、ふらっと一件の店に入って、デニムのコートワンピとオーバーオールを試着してみたのでした。しかし、「中国製」でこの値段かあ・・・と思いつつ、やっぱり着ていた服(トゥモローランドのものです)のほうが自分には合っているような気がしながら着替えたのでした。最近は「オーバーオール」のことを「サロペット」なんて言うらしいですね。幼稚園と小学生の頃、着てましたよ。いろいろな店の試着室に入っていて思うのだけど、服を本気で売りたい場合は、ライティングひとつで売り上げが変わると思う。つまり、試着室のライティングが『似合って見えるような光の状態』にあると、実際にはそうでもなくても、似合って見えるので買ってしまいます。しかし、ライティングが悪いと、本当はそこそこ似合っているのに、顔写りが悪そうだとか、似合ってないように見えて、結局、やめてしまうことが多いです。私がブティックをするとしたら、この試着室のライティングには徹底的に凝るでしょう。何故かと言うと、女性は試着室に入って試着するのだけれども、半分以上はその服でなく、自分の顔のほうを見ているもので、その時になんとなく冴えない自分が鏡に映っていると欲しく亡くなるけれども、逆に顔を見て、血色が良く、奇麗な肌にみえたりすると、その服があたかも非常に似合っているような錯覚を起こすんですね。すると、「これ、ください」って気分になります。私がデパートの化粧品売り場で口紅を買う時にいつもクレームをつけるのが、ライティングのせいで、本当の色がわからない、という点です。私のこの部屋のライティングは間接照明なので、鏡にうつるとかなりイケて見えます。ええ、見えてるだけですけど。ですから、化粧をするときは、自然光に変えます。写真をやっていると、「光」がどれほどいろいろな錯覚を起こすのかがわかって、結構楽しいです。テレビの世界では、女性の年齢によってライティングを変えます。光は「影」をつくりますが、同時に、女性の顔や首の「シワ」をはっきりと写してしまうので、できるだけ「フラット」な状態のライティングにします。キャッチ、というライティングは代表的なもので、例えば黒柳徹子さんの顔の下のほうに小さなライティングが設定してあって、そこから、つまり、下からも光をあてることで、フラットな光の状態にします。すると、あ~~ら不思議。シワが目立ちません。私のテレビの放送の時のライティングは自然光プラス、単純なレフ(反射板)のみです。この「レフ」だけでもあるかないかでは、わりと感じが違ってきます。私は自然光のほうが好きなので、スタジオより屋外で写るほうが楽です。まあ、それはいいとして、ロッテリアが「今なら150円!」とアイスコーヒーとアイスカフェラテの宣伝をしていたので、丁度一休みしたかったので150円のアイスカフェラテを買って飲んだのですが、なんというか、ほとんどが氷で、オマケみたいにアイスカフェラテが入っていると言う感じ。「なるほど。どうりで150円なわけだ」と思いつつ飲んだら、そこにはプラスチックのカップ半分以上までの氷が残った。こういうのって、ニューヨークだったらすぐに、「エクスキューズミー。氷ください。もしよければ、カフェラテも少し入れてください」というジョークになるけれども、日本ではまずなりません。それにしても、今日、5人くらいの接客女性と話をしたけれども、皆さん、20代前半なのかなあ、皆さん、同じように真っ黒なアイライナーを書道のように描いてました。器用だなあ・・・と思いながら、見てしまいました。おしまい。
May 15, 2009
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ここ数日、目が痒くて、ちょっと腫れたようにまぶたが赤くなって涙が出るので、眼科に行ってこようと思ったのが昨日だったのだけれども、昨日は休診日だったので、今日、行って来ました。「かなりゴシゴシかきましたか?」と聞かれ、『いいえ。ゴシゴシしてはいけないことになっていますので、ゴシゴシしなくてこの程度です』と答えた。私の白目は、かなり白くて、どちらかというとアイスブルー系に属するくらい白い。で、その白目には充血はなかったので、結膜炎と言う訳ではなかった。ニューヨークに居る間は、毎年春先になると決まって、アレルギー性結膜炎になっていたので、その辺のことは割と詳しくなっているのだった。そして、右目のまつ毛の生え際に出来た白いデキモノも『まあ、痛くもかゆくもないので放っておきました』と言ったら、「それは正しい選択です」と言われ、「そのまま放っておいて大丈夫です」そして、目に入っても大丈夫な塗り薬の処方箋を書いてもらって、薬局に行った。実は、昨日から珍しいことに頭が痛くて(ここ2年ほど頭痛らしいことと縁遠くなっていたもので)その薬局で鎮痛剤を買おうと思って行ったら、そこは処方箋専門のところで、普通の薬は売っていないのだった。しかたがないので、近所の薬局まで行って『あのー、鎮痛剤がいるんですけど』とヒマそうな薬剤師風男性に言った。そして、『非ピリン系でアスピリンが入ってないものじゃないとだめですから』と付け加えたら、3種類くらい出て来た。『これは....アセトアミノフェンですかねえ』と言うと、「アセトアミノフェンの入っているものには大抵アスピリンが入っていますから違いますね」と言う。おいおい。それはないだろう。アセトアミノフェンは「アセトアミノフェン』であって、タイレノルみたいに純粋に「アセトアミノフェン」みたいのが多いのくらい、私は知っているのだ。3種類の中に見慣れない箱があったので、一体何が主成分なのだろう?と箱のあちこちを見渡していた。その薬剤師風男性は、私がいかに薬に詳しいか、知らなかったので、段々と専門用語を出し始めて来ると、「あ、これは余り効きませんけどね」などと言う。効かない薬を売りつけようって魂胆だったんだ!と一瞬思った。私も最初から、それは買わないだろうとは思っていたけれども。しかしもう一つの薬はきちんと「アセトアミノフェン200mg」と書いてあるではないか。『これは、アセトアミノフェンですね。それもたった200かあ・・・・』私はアメリカ暮らしが長いので、アセトアミノフェンは日本の基準の3倍くらいを平気で飲んでいるので、200mgなんて「屁」のようなもので、通常飲んでいる数値からすると5倍飲まなくてはならない。おまけに、高い。それで、見慣れない白い箱のに目を付けた。「それは割と効きますよ」と言うので、「うーん・・・聞いたことのない成分が入ってますね。効くかどうか、飲んでみます」と言ってお金を払っていたら、薬剤師風男性が『水は余り飲まないほうがいいです。東洋医学では「水毒」と言って、水を飲むと病気になるんですよ』と言うではないですか。「へえ。そうなんですか。私は水ばっかり飲んでますよ」と言うと、『だから、頭が痛くなるんですよ』などと言い始め、もう訳の判らない東洋医学とやらの話を始めたので一応ちょっとだけ聞いたけど、「コイツは何もわかってないな」と思って、薬だけ買って薬局を後にした。水飲んだら頭が痛くなるらしい。その人の言うことには。で、頭が痛かったので早速家に帰ってからカプセルを2個のもうとして説明書きを読んだら、『コップ一杯のたっぷりの水と一緒にの飲んでください』と書いてあった。なんじゃこりゃ。漢方だの東洋医学だの、いろいろとちょいと怪しげなものが最近増えているような気がする。多分、それだけ病気だったり疲れている人が多いのだろう。私の体質は全く漢方を受け付けない。漢方の入った薬など飲もうものなら、もう、大変なことになる。実際なったし。店を後にして、ふと振り返ると、店の看板に『漢方 アトピー、うつ病、不眠症などご相談ください』とでかでかと書かれていて、「うへっ。やばそー」と思って、帰って来たのだった。しかし、見慣れない白い箱の薬を飲んだら、結構効いて、こうしてパソコンに向かっていられる。調べてみたら、本来、頭痛のための薬ではなく、ついでに、頭痛にも効果があるってくらいの薬だと判明。なるほど。ついででもなんでもいいから、効いてくれさえすればそれでいいです。そして、訳の判らない「漢方」も「東洋医学」も遠慮します。あ、別に東洋医学が間違っているという意味ではないです。きちんとしたところでは、きちんとした対処でつかわれているはずですし、それなりの効果があるのも知っています。ただねえ・・・今日のあのおっさんは怪しかったなあ。ちょっと新興宗教っぽかった。
May 13, 2009
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数日前から、目の具合が変で、今日、眼科に行こうと思ったら、午後は休みだった。ので、明日、行こうと思っているところです。同変化、いや、どう変かと言うと、多分毎年恒例になっているアレルギー性のものだと思うんだけど、目がかゆかったり、涙目になったり、右目のまつ毛の生えてるところに白い小さな白ゴマみたいなものが出来ていたりと、まあ、そういった「変」です。特に昨日はかなり左目が腫れていて、傷みはないけど、かゆい。今日は腫れはひいているようだけど、まあ、念のため、行ったほうがよかろう、ということです。私の視力は前回の検査で、想像を絶するくらい良かったわけですが、よく観察してみると、私は物事の多くを左目で見ているように思う。ファインダーを覗くのも左目だし、音楽を奏でていて聞こうとする時もなんとなく左耳で聞いているような気がする。ファインダーを覗くのが左目というのは、写真を撮り始めてからずっとそうなので、もう、修正がきかないです。信州大学の松尾教授に言わせると、私は近くの物は左目で見て、遠くの物は右目で見ているそうです。そして、すごく器用に使い分けているらしく、普通の人は「効き目」というのがあるけれども、私の場合は「両目」を使い分けているそうです。何故だろう?と思ったら、私は右目に若干乱視があって、近くの物を見るのには右目のほうがはっきり見えているようで、教授によると、私は典型的『右脳』派だそうです。今日もピアノを弾いていました。毎日弾かないとうまく弾けなくなるのです。私は楽譜と説明書を読むのが大嫌いで、まあ、悪い癖なのだけど、何か機械的のものを買って来ると、説明書を読まずにいきなり使ってしまいます。このピアノもどきも、説明書を読んでいないので、時々、どこかのボタンを押したらしく、突然変な音になってギョッとすることもあります。私の楽譜嫌いは子供の頃からで、とにかくシャープとかフラットがいくつも付いている楽譜になるとうんざりしてしまって、弾く気がしなくなっていたものです。今は、昔に比べると、凄く自由に弾けるようになったと思います。こういうのを「趣味」というのでしょう。私は楽譜も見なければ、鍵盤もあまり見ません。耳で音を確認しているだけのようで、まあ、キースジャレットみたいに後ろにのけぞったり、中腰になったり、前屈したりしながらってところまでは行ってませんね。先日は、映画アマデウスの中で、サリエリが作曲して皇帝がモーツアルトが来る時に弾いて歓迎した曲を一回聞いただけで見事に再現するだけでなく、いつの間にか、だんだんとアレンジし始めて、最後はモーツアルト的な曲になっていたのがおもしろくて、さて、私も一回聞いたけど、弾けるかな?と思って弾いたら、サリエリの原曲でなく、モーツアルトが編曲したほうの曲を一回でひくことができました。とはいえ、そうそう難しい曲ではないですけど。私はあの映画「アマデウス」の中のトムハルクが演じるモーツアルトが大好きで、多分、本人はあんな風ではなかったとは思うけれども、できることなら、ああであって欲しいと思う。私があの映画で好きな場面は、ガールフレンドを追いかけ回して、ふざけている最中に、自分なしで自分の曲の演奏が始まった瞬間、急いでドアを開けて、長い廊下を短距離走者のように走って、オーケストラのところに指揮しに行く場面で、あの長い廊下を駆けるモーツアルトはかなりイケている。それから、サリエリがモーツアルトの楽譜を前に、その曲の説明を神父様にしているシーンは良く出来ていると思う。おしまい。
May 12, 2009
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昨日、コロンビア大学時代の友達と4時間も長話をして、そして、日曜洋画劇場でウィル・スミスの「エネミー・オブ・アメリカ」を見て、それから、ネットのニュースでオバマ大統領が恒例のホワイトハウス記者協会主催の夕食会のスピーチでジョークをかなり言っていたというのを読んだせいか、今朝は中学受験の予備校に通う生徒達と同じ列車に乗り合わせて、その列車の運転手が「オバマ大統領」で、なぜか、自分が任期中にはウッディ・アレンのアカデミー受賞作品である「アニーホール」の一部の公開を許可しない、という事に対して(実際はそういうものはない)抗議している夢を見て目が覚めたのでした。まあ、何というか複雑怪奇で、難しいのやら単純なのやら訳が判らないですね。何しろ夢ですから。映画の中に出て来る「NSA」というのは「米国国家安全保障局(National Security Agency)」で、この映画が作られたのは1998年頃で、まだ連続テロ以前の話なのだけれども、あのテロ以降、ニューヨークに居る間にインターネットなどの傍受が法律として可能だという法案が通った記憶がある。何故かと言うと、あのテロ以降、私はかなりパキスタン情勢について情報収集をしていて、「こんなにパキスタンについて調べていると電話も盗聴されそうだし、メールも読まれているような気がする」と友達に冗談を言っていたのを良く覚えているからでありました。しかし、私のメールなど盗み読みしても、盗聴しても、余りにもくだらないことばかりなので、その価値はゼロな訳ですが。アメリカと言う国は観光旅行して得る程度の「アメリカ」とは違った国だと思う。長年ニューヨークに暮らして、つくづくそう思う。本当に脅威なのは、中東でも北朝鮮でもなく、真っ先に、この「アメリカ」という国だということを、人は余り感じていないのが現実で、そのカモフラージュは見事だと言ってもいい。オバマさんの夢はさておき、(さておきって、どういう日本語だろう?去って置く?)今日は突然、何故か知らないけれども、急に発作的にユニクロのクロップドパンツが欲しくなって、ネットで注文しようかと思ってネットストアーを見たけれども私が欲しかった白のパンツはほとんど完売状態で、仕方なく、近所にあるユニクロに電話をして在庫確認をしたのでした。やっぱり私のサイズはお店でも完売でなかったので、デニムのクロップドパンツを買うことにした。クロップドパンツと一緒に、パッド付きタンクトップが欲しかったので、どっちにせよお店に出向くことにしたのでした。一応、ネット上の「サイズの見方」というのを見ると、25インチでよさそうな感じだったので(いつも、アールジーンは25を履いているけど、ドミンゴは「SS」を履いている)お店に行って25インチのクロップドデニムを試着室に持って行って履いてみた。すごくラクチン。つまり、デカい。そこで、店員さんに「すいません、なんだか大きかったので、24インチを持って来てください」と頼んだ。そして試着。するとまあヒップのところはまあまあフィットしているけれどもウェストはかなり余っている。「すいませ~~ん、サイズあってるでしょうか?」と今度は意見を求めた。店員さんは、私が窮屈なのだと勘違いしたらしく『あの、デニムは伸びますから、特にウェストはそのうち伸びますから、大丈夫と思いますよ』と言うので、余っているウェストの部分を見せたらびっくりして『ああ、これだったら、もう一つ小さいサイズ、23でいいんじゃないでしょうか、お持ちします』と言って持って来てくれた。履いてみるとかなりフィットした感じではあるけれども、ボタンもすんなり留まるし、ヒップも破れそうなくらい小さくはない。店員さんは『ああ、こちらで大丈夫ですよ』と言うので、それを買うことにした。そして、カップ付きキャミを1枚と一緒に買ってきたのでした。それから、家に帰って突然、「なんで、発作的にこのクロップドパンツが欲しくなったのかなあ」と訳がわからず、「まあ、いいや』てことで、今日はオバマさんに始まってユニクロで終わった。しかし、自分が23インチだとは本当に思っていなかったので、ネットで買わなくて良かった。で、パッド付きタンクトップですが、これはMサイズ。だけど、何故か、上半身は割と普通なので、Mでもフィットしていて、もう少しゆったりめで「L」でも良かったかなあ、と思ったけど、どうせ、重ね着の下に着るのだからいいや、とそのままにした。てなわけで、今日は衝動買いしました。追記:内容の一部に間違いがありまして、親切な方が教えてくださりましたので、訂正しております。指摘してくださった方、本当にありがとうございます。
May 11, 2009
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オークションで買ったブラウスが思ったように自分には似合わなかったので、単純に母に差し出したら、「あら~~母の日のプレゼントね~~ありがとう~」と言われて、あ、そうか、と気付き、『あ、そうそう。それそれ』といいタイミングで似合わないブラウスが2枚送られてきたものだと思ったのでありました。そして、昨日から「スカイプ」が使えるようになったので友達数人に連絡していたら、早速、コロンビア大学時代のクラスメートで、スイス人の男性と結婚してタイに住むヴェネズエラ人(ここまでだけで、4カ国が登場している)のお人形さんのように可愛らしかった友達からスカイプで電話がかかって来た。私はマックのデスクトップ愛用者なのでスカイプの普通のヘッドフォンセットだとこちらの音声が相手にうまく届かないということがあるというので、ノートブックのほうのマックに接続して、ノートブックで話をすることにしたのです。マックブックには画面の上部にカメラとマイクが付いていて、相手の声はヘッドホンを繋いで聞く。そうやって、ノートブックパソコンを開いて、床にあぐらをかいてヘッドホンかぶって、パソコンの画面に向かってぶつぶつ話をしている姿は、かなり奇妙カモ。彼女はカメラをオンにしているのでテレビ電話状態だったけど、私は実はこのテレビ電話状態が嫌いで使うことがない。本当のテレビには出ても、テレビ電話には出たくないのだ。昨日の友達とのテスト会話の時にも感じたのだけど、今まで「電話」というのは片方の耳で相手の声を聞く。それに対して、ヘッドホーンで聞くと、相手の声が頭の真ん中あたりに聞こえて、最初は脳を占領されたような感じにびっくりした。音楽を聞く時には何の違和感もないのに、会話の「声」となると、凄く変。それに昨日のテストの時にも相手に言われたけれども、マックの画面の上についているマイクの感度がかなりいいらしく、飛行機が犬が吠えても、まるで同じ部屋に犬がいて吠えてるくらいよく聞こえるって言われてびっくりした。彼女はベネズエラ出身なので母国語は「スペイン語」だけど、私とは英語で会話する。ご主人はチューリッヒ出身なのでスイスジャーマン(ドイツ語)なので、彼女はドイツ語も多少わかるらしい。結局、久しぶりに4時間、話しまくったのでした。英語で。英語で話をしていると、時々日本語より楽なときがある。日本語には日本語の美しさというものがあって、それは、宇多田ヒカルさんも言ってたように「言語は音楽」ということにも通じていて、私は英語の時は英語ならではの冗談を言ったりするのだけど、それをそのまま日本語に訳しても成立しない時の方が多い。その逆もあって、だから、「言葉」というのは面白く、複数の言語を使うことができると、それだけでも世界は広がるとも言える。こうしてブログに文字で文章として「言葉」を書き記す。けれども、私が意図するように、本当にそのまま、通じているかどうかは至って怪しい。多分、通じていないどころか、逆の意味に捉えられていたり、また、てんでんばらばらな意味になって読む人によって、それぞれ違って来る。それは仕方がないことだと思うし、そうあることはそれはそれで自然なことでもある。私がネットを使いつつ、電話で話すほうが好きなのは、相手にできるだけ正確に意図することを伝えるためであり、また、相手の意図することを正確に受け止めるためでもある。だけど、もっと確実なのは、やはり本人を前に話をするという方法が、私達ができる最良の方法かもしれない。もちろん、話をすることや、聞くことが困難な人が相手の場合は、また別の話になるけれども。本丸のどこかに書いた覚えがあるけれども、「評論」というのは不思議なもので、私はニューヨークのギャラリーで、自分の作品を「評論」している紳士の後ろに立っていたことがあって、しばらく聞き入ってしまった。何故なら、その紳士の「評論」はとてつもなく芸術性に溢れ、意味があり、特殊なテクニックを駆使した作者(私です~~)の意図がそこにあるというようなことが論ぜられていて、私は思わず、「へえ~~~。私って、そういう意図があって、この作品を作ったのかあ、なるほどねえ」と感心しつつ、それ以来他人が何かに対する「評論」はほとんど信じなくなった。自分がその対象になった時、まったく違う意図が作り上げられるその現場に居合わせたことがあるから。
May 10, 2009
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私はあちこちによく電話をするので、電話代がかなりの額になるのです。おまけに、世界中あちこちに友達が散らばっているもんだから、大変なのです。すると、そのあちこちの友達から、もうかなり前から「スカイプをダウンロードすればパソコンでタダでいくらでも話ができるよ」と、言われ続けていたのです。それで、早速ダウンロード。ところが、私のPCはデスクトップですから、マイクがついてないんですよ。ノートブックパソコンだったら付いているからイヤホーンさえあれば、すぐに使えるのに。そこで、スカイプの関連商品から2000円弱の、まあ、昔みたいなグルグルしたコードのついた古い携帯みたいな電話機をアマゾンドットコムから買ったんですよ。それが、今日届きました。ところが・・・・なんと・・・・ウィンドーズのみ対応。ここでもマックは論外なのでした。そこで、せっかくウィンドーズのOSもマックで使えることだしと思って、Windowsに切り替えて使うようにしたのですよ。だけど、私がWindowsを使う時は、原稿を書く時くらいなので、相手は私がログインしているかどうかわからない。それで、「あ、そうだ。マックブックが修理から戻って居ているから、マックブックだったら、マイクも付いているし、問題なく使えるな」と思って最初はきっと充電しなければならないだろうと思って、アダプターを繋いで起動させたのです。ところが、何やらバッテリーのマークに「×」印が付いているし、充電中のオレンジの電気が付かない。そこで、アダプターを外したら、「ボンッ」ええ、電源が落ちました。『なんや、これ?』そこで、腹減ってましたけど、毎度毎度のアップルサポートに電話しましたよ・・・・。そして、段々腹が立って来て、腹が減っているし、腹が立つんですよ。『修理に出したら、壊れて戻って来たなんて、ちょっと正気じゃないでしょ?』「はい、おっしゃる通りです・・・」『だいたい、元々まったく問題なかったところをどうして壊して、最終チェックもせずに送り返したり出来るのですか!』「はい・・・まったく申し訳ありません・・・』「そもそもこのマックブックは買った時から不具合ばっかりで、修理に出せば出すほど悪くなって帰ってくる。それって、失礼じゃないですかっ!(本当は「それって無礼じゃないですか!」と言いたかったが...)」「ええ・・・もちろん、おっしゃるとおりでございます・・・」とサポートの人の声はどんどん小さくなっていくのでした。結局、それから相手はだま~~~~ってしまったので、『時間の無駄!解決策を提示してすぐに対処してください!』と言うと、なにやら、すぐにバッテリーの新しいのを送るので、古いのと交換で受け取って、それをつけてやってみてくださいということになり、とどめに、「それでダメだったら、もう、機種替えしてもらいますから」と言った。「はあ、その時になりましたら、また、対策を考えたいと思いますのですが・・・」『あのですね。もう、このマックブックの不具合で何時間時間を無駄にしたと思いますか!おまけにニューヨークでまで修理に出さねばならなかったし・・・修理に出せば出すほど壊れて帰って来るし。冗談じゃないですよ。』てなわけで、相手はマニュアル通り平謝り。いつまで続くのか、マック対決。しかし、私はやっぱりウィンドーズよりはマックが好きです。
May 9, 2009
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いやはや、いきない『足』で失礼します。私は大の靴キチなんですけど、思えば、いろいろな靴を集めていながら、今まで「青い靴」というのは、なかったような気がします。グリーン系とかパープルとかネイビーなどはあったけど、こういう「青」ってのは、もしかしたら(子供の頃の記憶はないけど)初めてかも。ヒールも6.5センチあって、安定していて、さすが日本製。フックでとめるタイプなので脱着もラクチンです。クラーピアスのオリジナル1点ものです。(本当はグリーンが欲しかったけど・・・)さてと、この靴を履くために服を買わねばなりませんね。意外と不経済。今日はなんだか長いこと寝てました。そして、置きてからずっとピアノを弾いてました。ヘッドホーンで。それで、このピアノが来てから、私の手の爪は凄く短くなっている訳ですけど、それでも毎日カットしないとカチカチって音がしてしまうのです。それは、長い間、爪を伸ばしていたので(といっても3ミリくらいだけど)爪があがってきて、ぎりぎりまで切っても、まだ爪の方が長いのですよ。特に早弾きするときは邪魔ですね。しかし、フローリングの床に落ちた小銭を拾うのには、爪は必要ですね。亡くなったウチのバアさんが、よく「苦髪楽爪」と言っていたのを思い出します。しかし、私の場合は、両方、もの凄く伸びるのが速い。つまり・・・苦労しながら楽してるってこと?ある意味、器用かも。
May 8, 2009
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我が家の犬です。「なんか、よーかー?」ってな顔で振り向いていますが、こいつ、自分の都合でしか呼んでも来ないんですよ。さて、やっと連休が明けて、今日は銀行に振込手続きに行って来ました。休みの間、注文したものの半分が銀行振込だったのに気づいたのが遅かった・・・・。今日はYouTubeで、海外の「アイメイクの仕方」という動画を思わずじ~~~っと見入ってしまいました。まあ、西洋人の彫りの深い目元なので、日本人のアイメイクテクニックには応用できそうにないのだけれども、最初、片方だけメイクが完成していて、どうすればそういう風になるのかを説明しながらやっていく、という動画でした。いや~~~凄いですね。メイク5分で、「サカイ」さんから「10分はかけたほうがいいですよ」と言われた私ですが、あんなことはやってられないですよ。私は写真の前に油彩をやっていて、かなり小さなサイズの作品から畳みくらいの大きさのものまでいろいろと描いてきましたので、筆もそれなりにつかいこなすことができるんですけど、何故か、同じ筆なのに、アイライナーになるとダメなんですよ。MACだったか、ジェルアイライナーが発売になった時、ニューヨークで、「よれないし、水にも汗にもにじまない」ということだったので、写真を撮る時に片目を閉じるとどうしても質の悪いアイライナーやマスカラを使うと、片目だけタヌキになるんですよ。それで、こりゃあいいや、と思って、2色と専用の筆を購入。さっそく洗面所でライナーを描いてみるのだけど、あれだけ緻密な油彩を描いていたハズなのに、自分の目にたった一本のラインが真っすぐにひけないなんて・・・・。それにしても、YouTubeのそのメイクレッスンは割と面白かった。時間をかけると、なるほど、ああなるのかあって思いました。ま、自分でやるつもりはないけど。
May 7, 2009
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やっと色が変わったゴールデンウィークのカレンダーが白色に明日から戻る。私は余り調子が良くなくて、今日などは、ほとんど一日寝ていたような気がする。ゴッホの耳を切り落としたのは、一緒に暮らしていた画家のゴーギャンだったという記事をネタに友達としばらく話をして笑った。こういうネタで笑えるのは芸術専攻の友達しかいないかもしれない。つまり、他の人達が日本のタレントの話をするような感じで、私達は昔の画家達の話をしている。「へえー。それでゴーギャンはタヒチへ逃げたのかあ」『そうだね。それも、争いの原因がまたなんと言うか、娼婦の奪い合いでカッとなったゴーギャンが剣を抜いて、ゴッホの耳を切り落として、そのまま逃走して、剣を川に捨てていなくなったらしいよ』「ゴッホもわざわざおたふく風邪みたいに包帯巻いた自画像まで何枚も描いちゃってねえ。案外、美談になっていることの真相は違ってることが多いかもね」『ゴッホって、ある意味ナルシストだよね。自画像描く画家は沢山いるけど、包帯巻いたところまで描くって、そうとうなナルシストだよ。それも、娼婦の奪い合いの結果、そうなったなんてねえ。しかし、ゴッホも自分のスタイルを持つ画家だよね』「そうそう。何描いても「ゴッホです」ってスタイル、持ってるもんね」『私は、モネにゴッホのポートレイトを描いて欲しかったわ。モネ風ゴッホって見てみたい』「あははは。そうだね。確かに興味あるよね。」というふうに話はつきないのでありました。私はアートを専攻して二つニューヨークで大学に行ってますので、一応って、一応はいらないかもしれないけど、一応、「芸術学士号」の称号を持っていますが、それほどよくはわかりません。ジャーナリズムは修士号です。(大学院)。はちゃめちゃです。自分のスタイルを持つこと。それは、思うより難しく、また、学んで身に付くようなものでもないと思う。生まれ持つ、といしか言いようのないものなんじゃないかと。日本は何かと、皆と同じようにしていることで身を守るというか、出る釘は打たれますから、スタイルをもつことがとても難しい国のように思いますね。今日は余り元気がなくて失礼します。
May 6, 2009
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子供の日です。琴欧洲が来年2月にご結婚されるとか。あ~~~....と言っても、別に私は彼の年齢からして、遥か彼方の蚊帳の外でございますから、まあ、キムタクが結婚した時と同じような感じで、自分には別に関係ないけど、なんとなく・・・ぐったりってな感じですかね。最近、ニューヨークからも「結婚したよ」という連絡が連続で入ってきていて、あたしゃ、完璧に置いてきぼりだわ・・・としみじみするのですが、では、急いで結婚したいのか?と言えば、全くそうではなく、自分自身、世間的に言う「適齢期」は過ぎておりますが、自分の「適齢期」はまだ来てないような気がするわけです。I'm not ready. てな感じですね。私は年上の友達というか先輩達からも、同級生の友達からも「あなたは、ふつーの日本人の男性は無理ね」と言われっぱなしで、自分でも多分そうだなあと思う。先日テレビを見ていましたら、男性は「見た目」で女性を判断する傾向にあり、女性は「査定」で判断する傾向があるそうです。つまり、男性はなんだかんだ言っても、見た目のいい女性にフラフラ~~~と行くらしく、逆に女性は、その男性の将来性だとかきちんと家庭を守ってくれるだろうか、と言った「査定」をして好きになることがあるそうです。私の場合はですね「元アホカレ」の頃は何しろまだ若かったですから(大学生だった)どっちかというと、見た目と優しそうなところで、男性というより「母親」みたいな感じで親しくなったように思います。将来性・・・私はどうやら普通のサラリーマンとは話が全く合わないらしく、今まで何度か友達がセッティングしてくれて日本人のサラリーマンとニューヨークで食事をしたりしたのですが、なんとなく、興味が持てませんでした。というより、私には宇宙人みたいに感じました。海外生活が長い日本人男性だったら合うんじゃない?と聞かれたことがあったけど、それがとんでもなく間違いで、海外赴任生活が長い日本人男性の多くは(全部とは言わない)海外に居る間にどんどんタイムスリップしていくみたいで、一緒に食事していたら、「やっぱり、嫁さんは、仕事から帰って来たら、玄関で三つ指ついて出迎えてくれるような人じゃないと嫌だなあ」なんて、平気で言ってましたからねえ。海外生活が長いほど、昔風の亭主関白に憧れるそうです。それだけ、海外の女性は強いですから。私が主治医にのせられて、お見合いをさせられた時、一時帰国してその相手の内科医に会ったんですけど、なんというか、「どこ星からいらしたんですか?」って聞きたくなるくらい、ニューヨークから一時帰国している私には衝撃的に宇宙人でした。まず、全く面白くない。冗談は説明しないと通じない。お見合いで、私を気に入っていると言っているくせに、私の前をどんどん歩く。ドアを開けてくれない。そして、その人の最初の質問は「料理はできますか?」だった。私は写真家だ。そして、次の質問は、「お母さんは料理が得意ですか?」だった。何故だろうと思って聞いたら、「いやあ、女性は母親に似るって言いますから、お母さんが料理が上手じゃないとねえ」そして、次は衝撃的でした。「ボクは女性と男性の洗濯物を一緒に洗っても文句は言いませんよ」えっ?なに?その人は鹿児島出身らしく、鹿児島というところは男尊女卑が非常に強く残っているところがあるそうで(後で聞いた)男性と女性のものを一緒に洗濯しない時代が長かったらしいです。そうして、質問は、まるでお手伝いさんの面接のような内容ばかりでした。そして思ったのです。『何も、私じゃなくてもいい訳じゃん』って。自分の面倒を見てくれるお手伝いさんみたいな人を探しているようだったから。しかしですね、これが不思議なもんで、私など極端なもんで、自分から好きになると、いろいろ面倒見たくなってしまうんですよね・・・。まあ、そのうち飽きるかもしれないけど。その見合いの相手には、ニューヨークからファックスで「三行半」でお断りしました。いろいろ書いていたけど、どんどん削っていったら、本当に3行半になったので、ああ、昔の人は本当によく言ったものだなあ、と感心したものでした。本当に、ワープロで3行半でしたから。あ、なぜ、三行半なファクスを送ったかというと、毎朝4時半頃相手から長文のファクスが届いていたんですけど、その中に、とても失礼極まる文章があって、それはどうしても許しがたいことであったので、いろいろと間に入った人の立場とかあって、我慢して見合いして、あやふやなままニューヨークに逃げ帰った訳ですけど、堪忍袋の緒が切れたんです。まあ、あんなジイさんはどうでもいいんですよ。(私より一回り以上年上だった!)
May 5, 2009
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これと言って、書くことが今日はない。まあ、本日のトピックとしましては、7日までの「無印良品のメンバー10%オフ」を狙って、肌触りの良い布団カバーと枕カバーと、羽毛布団の派手な花柄が透けて見えないようにするインナーカバーの3つを買い、さっそく入れ替えました。そして、衝動的にヒマだったのでオークションでブラウスを2枚落札しました。レジャーに行かずとも、出費がある訳です。まあ、最近、ちょっと面白いなあと思って見たテレビは、昨日だったか、ものまねのグランプリを決めるとか言う番組があっていて、かなりレベルが高かったように思いました。優勝の中川家ですが、これは、私も思わずニヤリとしてしまいました。コロッケを負かせたヒロ(?)だとか言う人(名前がわからないけど、よくキムタクの真似をしていた人です)も、かなり面白かったですね。特に「桃太郎」の童話をいろいろな人の真似でやったのは面白かった。コロッケとは、ニューヨークの57丁目にあるシャネル・ニューヨーク本店でバッタリ出会ったことがあって、当時私は学生で、丁度両親がニューヨークに来ていた時で、父とコロッケが仲良く話していたのが奇妙でもありました。「こういう時に稼いでないと、こういう商売はいつどうなるかわからないですからねえ」とコロッケさんは言ってました。でも、相変わらず出てるし、「ものまね」をこれだけレベルを上げたのはコロッケの功績が大きいと思う。モーツアルトからクラプトン、そして、コロッケに中川家を語るのでありました。
May 4, 2009
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本日は「憲法記念日」であります。日本を長く離れていて、日本の祝祭日にうとい私が何故か忘れないのが、この「憲法記念日」と「正月」だと思います。といいますのも、渡米前に、ちょっとだけおつきあいしていた人がいましてねえ。兄の友人の一人だったんですけど、その人は兄より年上でしたから、かなり年上の人でした。自営業の人だったので、よく、ランチとパフェ(そういうのが好きな年頃でしたわ、わたくし)を食べて音楽の話や車の話をしてて、凄く楽しかったけれども、私はその後、渡米するという事情もあり、一緒にいてとても楽しかったけれども、なんとなくせつない時間を過ごしていた。まだまだ、凄く若い頃のこと。その人の誕生日が今日で、そのことを「ボクは憲法記念日に生まれたから、憲法の一文字が名前につかわれているんだ」と言っていて、それを今でも覚えているから、憲法記念日もその人の誕生日も覚えてしまった。しかしながら、そういうただ「ランチ食べて、パフェ食べる」プチボーイフレンドのような存在に過ぎないにもかかわらず、父が、会うことをキツく禁じた。父は、私が稀に誰かとつき合おうとすると、必ずといっていいほど、それをぶち壊して来た。元アホカレがまだただの「カレ」だった頃に紹介した時も、友達としては愛想良く接していたけれども、その人の口から「結婚」ということが出た時から、一切会おうとしなかったし、結局、私達の間に溝が出来て、相手に隠し恋人ができて、それでも私と結婚をと最後までがんばっていたけれども、その頃は、すでに「アホカレ」になっていたので、私自身が、バッサリと一刀両断にした。そうして、「元アホカレ」が誕生した。私が「朝逃げ」して姿をくらました後、共通の友達はすべて連絡を切り、居場所がわからない私を見つけに、ついには、大学の暗室に現れ、結局、「3人で話し合おう」という、バカ名文句を言うアホに目が点になりながら、一刀両断にしたのが、やはり5月だった。しかし、未だにその「3人で話し合おう」という意図がわからないけど。普通、戻って来て欲しいと言っているのなら、「二人きりで話をしたい」と言うのがふつーでしょー。まあ、それが故、「アホ」が「カレ」の前に形容詞として、まるで英国の「サー」の称号のように付くはめになったのでありました。5月。別れの月。不思議なものは、「元アホカレ」には二度と会いたいとは思わない・・・というより、そう思えというほうが無理なくらい愛想が尽きてしまっているのだけど、その、今はそうとうなおっさんになっているであろう、その憲法記念日に生まれた、渡米前のほんの数ヶ月一緒にランチを食べて、パフェを食べて、笑っていたその人には、何故か、今、会ってみたいと思う。未練とかそういうのではなく、元気にしているかな?と。結婚する時、連絡だけもらって、おめでとうと言った覚えがあるから、きっといいお父さんになっているころだろう。私には「男性」というより、怖い本当の兄よりも「兄」を感じられた人だったからかもしれない。
May 3, 2009
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世間では、本格的にゴールデンウィークに突入したようですね。私は連休は全く関係ないので、いつも通りです。ちょっとヒマなので、いろいろと考えてみたりして。例えば、本当にあったらいいな...と思うもの:「どこでもドア」。家に居て欲しい人達:1. キースジャレット:ピアノを弾いて欲しい時に。ちょっと教えて欲しい時にも。2. マイケル(ミハエル)シューマッハ:ドライブの時に助手席に。あくまでも、助手席に。3. ビルゲイツ:パトロンとして。お金が必要な時に。4. 明石家さんま:笑いたい時に。一方的に聞く。5. キムタク:見ていると楽しい。6. ジョージクルーニー:デートする時に。7. 銀座の某寿司店の店長:寿司が食べたい時に。8. ニキラウダ;自家用ジェット操縦のために。9. エレンデジェネレス:お話ししたい時に。10. スピルバーグ:なんとなく。ああ、なんかヒマもてあましてると、アホなことしか思い浮かびませんね。昨夜はニューヨークの友達で、クラシックのチェロのソリストがいるんですけど、その人が私に電話しようとするのに通じないと言って、結局通じないままになってしまった。なにやら、あるコンペティションで1等賞を取ったらしく、それはめでたい!ヨーヨーマを抜け!ってな感じで、祝っていたのでした。今日はコンサートらしい。私とは対極に忙しいらしい。それでは、楽しいゴールデンウィークをお過ごしください。
May 2, 2009
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15年前。私は忙しく、イタリアからニューヨーク、そしてモナコからポルトガルへと飛び回っていた。理由は言うまでもない。あの頃はやたらと元気そうだったけれども、本当は踏ん張っていただけで、空元気だったような気がする。F1は、来季からピットでの給油とタイヤの保温装置の廃止を決めた。本当は「ホンダ」であったハズの「ブラウンGP」が快勝を続ける今、F1の一体何が面白いのか、もう、判らなくなってしまった。私の場合だけかもしれないけれども。多分・・・ステアリングを少し動かしただけでも蛇行するような、そんなマシーンだった頃のF1を知っている者にとっては、プレーステーションみたいになって、ボタンをいかに沢山いろいろ押せるかにかかっているようなF1は魅力がない。ま、それはいいとしよう。私はF1のワールドチャンピオンからドライビングテクニックを習っているので、モナコのコースを3分21秒で走ることができる。今のところ、それが自己記録。先日、髪をカットしに行った時、美容師さんが、私のHPの「モナコの走行記録」を見て、「あれは、無理ですよ~~。ボクは一生懸命で、20分くらいかかりましたよ~~」と言っていたけれども、私にはあそこのコースを20分かけて走るほうが難しいような気がする・・・・。20分もあったら、ランニングで足で走って来れるような気がする。実際、1990年だったか、ミラボーのストレートでクラッシュして赤旗になったとき、あそこから・・・って言ってもわからないかもしれないけど、あそこから、ぶつかったゲルハルト・ベルガーは徒歩で走ってピットまで戻ってTカー(予備車)に乗り換えている。その時、一緒にぶつかったアラン・プロストは走らず、セーフティーカーが来るのを待って、タクシー代わりに使ってピットまで戻っている。性格が出てますね。セナの頃で、あのコースはF1で2分ちょっとだったような気がする。それがシューマッハの時代になったら2分を切るようになって、今でもどんどん早くなってはいるけれども、面白みはない。そういう今日、作品のフレームとマットの発注のため、取引先の額屋に行って来ました。ミリ単位で決めるので、非常に綿密です。しかし、ゴールデンウィークに入るので、5月中旬までかかるらしい。そして、おとり置きだったトゥモローランドへ行って来ましたよ~~~。買って来ました。すると、ちょいと気になるワンピ発見。なぜか、私はパンツを履いている時のほうが多いのに、ワンピースに惹かれるんです。一応、試着してみたら、膝が見えるくらいの丈で、係の女性が、「足がほっそいですねえ!」とびっくりしていた。そして、「何か、スポーツとかなさっているんですか?」と聞かれたので、『いいえ。ただ、のんべだらりとしているとこうなるんですよ』と正直に言ったのに、ウケてしまって笑っていた。本当なのに・・・。私の足は確かに非常に細いけれども、病的な細さではなく、どちらかというと、運動して細いって感じだそうです。でも、のんべんだらりです。唯一している「運動」らしきものは、ハイヒールで奇麗に歩く、ということくらいです。あのワンピ・・・どーしよーーーーーー。
May 1, 2009
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