「反・哲学入門」
高橋哲哉 2004/7 白澤社 /現代書館 単行本 228p
No.993
★★☆☆☆
反
☆哲☆学つながりで、まとめて借りてきた本の中の一冊。反「哲学入門」なのか、反「哲学」入門なのか、「反哲学」入門なのか、よくわからない。木田元の場合は、ニーチェ以降の思索を「反哲学」と表しているので、割りと簡単に 「反哲学」入門
であるな、と判断できる。ウィットゲンシュタインの場合も、 「反哲学」的断章
であろう、と察することができる。
はてさて、こちらはというと、やはりタイトルどおり、「反」哲学入門、あるいは反「哲学入門」というニュアンスが強いようだ。
古典的でアカデミックな「哲学入門」ではなく、学校の先生や子どもたちが影響を受けやすい現実社会の諸問題を直接主題にするような、いわば「哲学入門」らしからぬ「哲学入門」にしようという程度のことだった・・・
p227
そ
の狙いは成功しているのかどうか知らないが、この本を読んでいるとやたらと、こちらの、ようやく落ち着きかけている心のざわめきに、棒っきれを突っ込まれてかき回されているような気分になる。
私は、哲学、あるいは「反哲学」という時には、なにか、心が落ち着くような鎮静剤(歯痛の時つかったことがある)や誘眠剤(使ったことない)をイメージしているところがある。
それなのに、この本はせっかく忘れてしまっている(ふりをしている)問題について、例えば君が代・日の丸とか、天皇制・市民革命とか、ナチス・慰安婦問題だとか、やたらとあちこち突付いてくる。たしかに、これは通常の「哲学」入門ではない。やたらと挑発的姿勢が目立つ。
藤
岡信勝氏の自由主義史観、「新しい歴史教科書をつくる会」、加藤典洋氏の「敗戦後論」(講談社)が出てきて、私はそれらにはとても我慢できなかった。p74
突然、名前がでてきたので、見落としそうになったが、加藤典洋は加藤三郎の
「意見書」
に一文を寄せている。どうしてそのような文を寄せることになったのか、再確認する必要があるが、また、著者がどうしてこれらの人々に「とても我慢でき」なくなったのか、ひとつひとつ追っかけていくと、なんだか袋小路に入っていくような気分になるので、いまはやめておこう。
帝
国と言ってもかつてのローマ帝国のように広大な領土をもちそのなかに異民族を多数抱え込むという帝国ではありません。それがハートとネグリの帝国論(「<帝国>」以文社)とどこまっで重なるかは別として、圧倒的な経済力・軍事力によって、自国から地球上のすべての国々をコントロールするという帝国です。そのような帝国は世界のどこかで異民族の反抗に出会ったときには圧倒的な武力で鎮圧する。これが新しい戦争のイメージでしょう。
p156
ここでもいきなり
「<帝国>」
がでてきたので、びっくりした。ごく著名な本なのでびっくりする必要はないのだろうが、こちらが大きく引っかかっている本について、簡単にひとこすりされたただけ
だったので、びっくりということなのだが。密度と配分が、また、こちらの期待しているものと微妙にすれ違う。
ス
ピノザは存在論であり、認識論であり、倫理学でもある「エチカ」を書くとともに、神学や政治について、国家論についての著作も残しています。
p18
そういえば、初めのあたりでも、スピノザの説明はこの程度でかすっていった程度だった。反「哲学入門」といいつつ、むしろ、しっかりした網羅的な「哲学入門」になっているのではないだろうか。
出
来上がってみれば、本書は、「市民のための哲学入門」とでもいうべき内容のものになった。
p228
やっぱりそうであろう。市民のための「反」哲学入門、ではない。立派な「哲学入門」だ。
しかし、ここで気になるのは、「市民のための」というところになってくる。「市民」とはいったいなに? すくなくとも、当ブログでは「市民のため」というニュアンスはおっかけてこなかった。
確 かに「市民」という言葉はあいまいです。日本語では「国民」、「人民」、「民衆」という言葉もあるなかで、それぞれの概念の内包を定義することはむずかしい。それぞれの言葉がそれぞれの文脈でどういうニュアンスで使われているかでしか区別できない。 p184
当ブログでは、「来るべき人々」とか「私たち」という概念で、漠とした未来を予測しようとしているのだが、そこに、例えばマルチチュードとか、アガータとか、あるいは地球人とかいう言葉を当てはめてみたりしている。
現
存の民主主義の限界を乗り越える運動を、ジャック・デリダはdemocratie a-venir(来るべき民主主義)と表現しています。ふつう、avenirというフランス語は「未来」という意味ですが、a-venirとは「やがて来るべき」という意味になります。つまりデモクラシーというのは、制度としてではなく、運動、あるいは「精神」としてとらえるならば、つねに未来形なんです。
p202
どことなく親和性のある言葉群である。すくなくとも漠として思い描いている世界観や人間像に対して、地球のどこかではすでに、あるいは同時に、あるいは未来において、近似値の思いを抱いている存在がきっといるはずだ、と希望を持たせてくれる部分ではある。
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