「一休」
その破戒と風狂
栗田勇 2005/10 祥伝社 単行本 479p
Vol.2 No.0062 ★★★☆☆
一休。ざっと見てみて、やはり私は苦手だな。花が多すぎる。もっと地味なのが私の好みかも。とくに、その性愛描写、とくに少年愛とか男色とかは、その時代背景とか、文化的系譜を考えたとしても、こちらの許容範囲にはない。なんだか ウィトゲンシュタイン
を思い出した。彼もまた男色家であった。
当ブログ、別に過激なことを書いているわけではないが、一度だけ、強烈に「Google八分」を体験したことがある。そのころ、ちょうど重なって、ウィトゲンシュタインの性的傾向、あるいは 「<反>哲学教科書」
、そしてあろうことか、ダダイスト 糸井寛二
の近影などなどが、たてつづけにテーマになったのだった。
ところがそのころ、なぜか、当ブログはGoogleには引っかからなくなった。検索方法もいろいろ変えてみたが、単体としてはGoogleから姿を消した。幸いに、リンクを張ってくれている人たちのページから逆リンクして戻ってくることはできたが、一瞬、ぎょっとした。
当時のほとぼりも冷めたのか、いまでは以前のような状態に戻っているようだが、他の検索エンジンでも同じようなことが起きているのかもしれない。誰がどのような手段や目的でこのような反応をしているのかは知らないが、インターネットは、「公共的」大通りのマーケットプレイスであれば、やはり、一方的に突っ込みすぎるテーマは避けなければならないと思う。
そのセンスで言えば、やはり、一休のセンスは、当ブログで扱うには、ちょっと突っ込みすぎ、のイメージがある。
昨日めくった
「一休和尚大全」
は、詩歌という形で秘されているだけに、それはそれ、イメージ力のない当方はそそくさと行き過ぎてしまうだけだろう。しかし、この栗田勇「一休」は、現代文だけに、ちょっとリアル過ぎるところがある。もっとも、詩歌とともに、このようなドキュメントを一通り目を通しておけば、Oshoの
「Take It Easy」
に入っていくには、役に立つこともあるだろう。

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