「チベットの偉大なヨギー ミラレパ」 (二千部限定版)
訳編/おおえまさのり、
装丁/横尾忠則 1976/1 特別装丁p401 、
単行本化 1980/08 めるくまーる
Vol.2 No.329
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この本、特別装丁本と後に単行本化されたものと、両方持っていたはずなのだが、今回は、この特別装丁版を読んでみた。
比較するのもどうかと思うが、 エヴァ・ファン・ダムによってコミック化 されたものより、当然のごとくストーリーが緻密にいっぱい詰まっている。ほんの20を超えたばかりで手にしたこの本を、すでに50の齢をはるかに超えてしまった現在の自分が、ふたたびこれほどの感動を持って読むことができるということに、ミラレパの偉大さを再認識する。
おお、レーチュンよ。おまえは既にわたしの生涯や来歴についてはよく知ってはいるけれども、他の者たちの恩恵のためにこの願いをするというのであれば、それに応じるのになんら異存はない。 p35
聴衆の前にあって、ミラレパは、最愛の弟子レーチュンパの問いに答える形でみずからの来歴とその境涯を歌う。
再びレーチュンは立ち上がって礼拝し、師に懇願した。
慈悲深き主よ。あなたが最初に最勝の真理を得られた方法やそれにまつわる幾多の困難や犠牲の物語、また不滅の真理を修得してあらゆる知恵の最高に目標に到達されるまでに尊者がいかに絶え間なく瞑想されたかというお話、そして尊師がどのようにして網の目のようなカルマ(業)の力を超えて舞い上がり、未来のカルマの発生を妨げることができるようになられたのかおちうその行法の物語は、希望と大志を持つすべての者たちにとって、この上なく興味深く有益なものでございましょう。
p35
このような形が美しい。この特別装丁本は、背表紙がついておらず、長い長い400頁の一枚に経典のようになっている。そこに裏表に印刷され、つづら折りになって一冊になっている。箱表紙に入っていて、横尾忠則の装丁がかなりシックだ。
当時、仏教の一大中心地であったナーランダ大学の総長の座にあって大仏聖の名をほしいままにしていたナロパは、それをいさぎよしとせず、その地位を去って、真の知恵と法、そして大いなる解放の成就を求めて放浪の旅に出たのであった。グルを求めての長い旅の果てに、ナロパはようやく神仙ティロパの名を聞き伝え、北インドのとある村に生涯の師を探し当てたのであった。そのティロパは当の村人たちも賢者などとはつゆ知らぬ、川のほとりに隠棲して魚の臓物のみを食らいながら生きる瘋狂者(ヨギー)であった。それから12年間、ナロパはティロパと起居を共にして、後世に残る多大な苦難の後、大成就を成し遂げたのであった。 p383
ティロパがナロパに与えた歌が 「マハムドラーの詩」 である。そのナロパには「ナーローの六法」というものがあるが、当ブログではまだ充分認識していない。一連の ツォンカパの著作 の中に見つけていくことになろう。ナロパの教えを受けたマルパがミラレパであり、マルパの元で修行したミラレパが、その弟子レーチュンパの乞いに応じて歌ったのがこの本である。
ミラレパの弟子の中にあって、元医師であったガンポパは太陽のような悟りを開いたと言われたが、レーチュンパは、月のような悟りを開いたと言われる。 カギュ派の相関図 を見ると、たしかにその系譜は、月のように消えたか、表からは消えてしまって伏流水のようにもぐってしまったようだ。ガンポパは、その教義をまとめ 「解脱の宝飾」 を著した。
わたしの体は三つの素因(身と口と意)は、真理の身へと変えられてしまったので、わたしが後に亡骸を残すかどうかは定かではない。それ故、ストゥーパもツァッツァも必要でない。わたしは僧院も寺も持っていなかったので、私の法嗣を名指す必要がない。吹きさらしの不毛の丘や山の峰々、寂静の地や籠堂を、おまえたちみんなで持つがよい。六ローカの有情たちを、おまえたちの子や弟子として守護せよ。ストゥーパを建てる代わりに、ダルマのすべての部門に崇敬の念を養い、帰依の勝利の旗を揚げよ。そしてツァッツァの代わりに、不断に四唱の祈りを日々復唱せよ。わたしの涅槃会には、心の奥底から熱烈な祈願をわたしに捧げよ。
チベット民衆に最も愛されているチベットのヨギー・ミラレパ。宗派を超えて、どの系譜においても、ミラレパは最大の敬愛を持って親しまれている。

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