「英知の辞典」
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OSHO
ブッダフィールド BUDDHAFIELD
私のブッダフィールド(覚者のエネルギー場)は、私が数千人のサニヤシンたちと住むような、そういった狭い場所には限定されない。世界中の小さなコミューン、アシュラム、センターのひとつひとつが小さなブッダフィールドになる。
私たちは地球全体をブッダフィールドで満たさなければならない! 私たちはブッダフィールドの連鎖をつくりださなければならない。それをやりとげることは可能だ。どこへ行くときも私の喜び、私の愛、私の笑いのいくらかを携えていくなら、あなたはブッダフィールドのかぐわしい香りを携えていくことになる。種子を携えていくことになる。
科学者たちは、はるかな昔に、何かの偶然でたった一粒の種子が地球に到達したのだと言っている---たぶん星どうしの衝突か、星の爆発が原因で。たった一粒の種子によって・・・・地球全体がだんだん緑になっていった。地球全体を緑の園に変容させるには一粒の種子だけで充分だ。
より高い次元についても同じことが言える。ブッダフィールドをつくるには、たった一粒の愛、<気づき>、喜びの種子だけで充分だ。だからどこへ行くときも、どこにいるときも、あなたは私から遠く離れてはいないことをかたときも忘れてはいけない。
師(マスター)と弟子のあいだにはいっさい物理的距離というものがない。ここに肉体的に坐っていても、あなたは私と調和していないかもしれない。そうしたら、あなたはここにいない。あなたは何千キロも離れた場所に、たぶん月の上か、火星の上にいるのかもしれないが、どこであろうと違いはない。だが、あなたのハートが私とともに鼓動しているなら、あなたが私に調和しているなら、そこに内なるつながりがあるなら、あなたは実際に私の存在のもとにいるのと同じだ。時間も空間もどのような違いも生まない。違いを生むのは愛だ・・・・。
イエスはこう言ったと伝えられている。「私の4人の弟子がともに集うとき、私はそこにいる」 彼は私のように幸運ではなかった。彼の弟子たちはとてもありふれた人々だった。私は多くの面で幸運だ----私の弟子たちは多くの面できわめて創造的であり、才能があり、大いに知性的で、愛に満ちあふれている。だから私は4人さえ必要ないと言うことができる。ひとりのサニヤシンがいるだけで、人々は私の臨在を感じることができる。 OSHO p499
COME、COME、YET AGAIN COME
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