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全く予定外だったのですが、友達の家族と一緒に、香港にやってきました。 しかもペニンシュラホテルです。とってもとっても素敵です。 以下、取り急ぎの感想。 ■夜景が綺麗とは聞いていたけど、ほんとに綺麗!!! やばいです。見てるだけでいくらでも時間が過ぎていきます。 ■とにかく香港はどこもエアコンの効き方がハンパじゃなく、 とてつもなく寒い。夏には上着が必須。 ■香港もご飯がおいしい。台湾とはまた違うんだけど。 日本人にはこっちのほうが合うんじゃないかなぁ。 毎食、胃の150%ぶん食べてます。 ■ホテルで1週間ぶりに体重計に乗ったら3キロ太っていた。 1週間で3キロって、ありえない・・・。 お正月に太った3キロとあわせて6キロ。まじでありえない。
August 16, 2005
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数日振りに台北を離れて台南にやってきました。 本当はここ何日か、山とか湖とか、 自然のある所に行くはずだったんだけど、 台風だったので全部やめに。 台北でダラダラと過ごしてました。 つーか、レポートが終わらなかったというのもあったけど。 台湾に来て、EMSとかFEDEXでわざわざ日本に出すって、 時間とお金を無駄にしてる感がたっぷりです。 で、本日は台南です。 台南でも友達のところにお世話になっています。 台北の友達と台南の友達はカップルなので、 一週間ぶりの愛を確かめ合っていて、 私としては、若干身の置き所がないわけですが、 ま、よかよか。 今も、隣でなにやらいちゃいちゃしていますが、 ま、よかよか。 この旅の間、私は中国語を勉強する必要性を ヒシヒシと感じるばかりでしたが、 今ほど、中国語がわからなくてよかったと思ったことはない(w。 台南はいいですよ。 なんか、田舎の都市~ってかんじで。しかも南国の。 おばあちゃんの家に来たようなかんじです。 しかもごはんが無茶苦茶うまい。 台北も美味しかったけど、台南はなんかまた違って、 私は台南のほうが好み。 ところで、毎日、胃がはちきれんばかりに食べてるんですが、 体重計がないので、ほんとにやばい気配ぷんぷん。 でも、友達のご両親から「食べろ食べろ」と勧められて、 どうして断れようか。 私が習った中国式の礼儀作法(ホストは食べきれないほど 出すのが礼儀なので、ゲストは残す)というのが どこまで台湾で通用するのかわからず、 あまり残すのは失礼と思い、死ぬほど食べてるんですけど。 つーか、最初から出される量がありえないほど多い。 死ぬほど食べてもまだ残る。 いや、美味いんだけど。 今日も7時から食べ始めて、9時には食事が終わっていたのに、 キャベ2も飲んだのに、今でもまだ苦しい。 ちなみに今、夜の3:00。 でも、このジーンズのきつさと、 下を向いたときのあご肉の感じから言って、 たぶん2~3キロは太っている気がする。 この調子で食べたら、帰ることには5キロUPは確実。 ああ、俺のダイエット計画はいったいどこへ・・・。
August 13, 2005
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友達の家が豪邸でびびる。 メイドさんが何でもやってくれます。 お世話されるとかえって居心地が悪くなってしまう 私の庶民っぷりにがっくり。 お姫様になりたいです。
August 10, 2005
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友達が日記で書いていたのだが、今日、原爆投下したアメリカ側の人間と原爆被害者との 対話のドキュメンタリーがあったそうだ。大体の内容は、日本の被害者側は苦しみの中死んでいった人への謝罪を求め、 しかし、アメリカ側は原爆投下の正当性を主張し、謝罪せず、 その議論は平行線に終わってしまった、という話。そこで、ひとつ、思い出したエピソードがある。 いま受けている授業で、毎回講師が変わる授業がある。 その内容がすごくよくて、毎回、一回は、感動して涙が出そうになるのだが、 そのうちのひとつに、戦争の問題と現在の中国との関係について、 ジャーナリストの高野孟が言っていたエピソードがある。 彼が、大学時代(1960年代)、労働運動家だった父親の関係で、 当時の中国に行く機会があったそうだ。 そのころの中国というのは、まだ文化大革命の前で、 日本でも世界でも、まだ社会主義の理想性が広く信じられていた時代。そんな時代の大学生の彼が、中国で農村に行ったときのこと。 その農村で彼を泊めてくれた人は、腕がなかったそうだ。 当時、まだほんとに幼くて未熟だった(本人談)彼は、 「その腕、どうされたんですか?」 と聞いてしまったのだそうだ。 答えは、 「日本軍に切り落とされたんです。 妻と娘もそのとき亡くなってしまいました。」 (何があったかは想像に難くない) しかしながら、言葉を失った彼に、その人はこう言ったそうだ。 「日本でも民間のふつうの人がいっぱい殺されたでしょう。 私たちも日本のその人たちも、同じ戦争の犠牲者。 だから、責められるべきは、日本じゃなくて、戦争なんです。 だから、これからは手を取り合って、一緒に頑張っていきましょう」と。 もちろん、 彼がそこに招かれたこと自体、中国共産党のプロパガンダだ、 という見方もできるだろうし、その側面はきっとあったろう。 それでも、彼は、当時の中国政府が、読み書きもできない農村の、日本に恨みを持って当然の人々にまで、過去の恨みを乗り越えて共存を目指すという思想教育を施した時代があったことは事実だし、 農村の深部まで教育するのに、どれだけのコストがかかったことか、 それを日本人は知ろうとしたか、中国の努力にこたえようとしたか、という点を考えなければ、今日の反日教育の是非を問うことはできないという。 彼の考えによれば、反日教育を招いたのは(一部には)戦後の日本自身のせいであると。 ちなみに、中国が反日教育に転じたのは、25年位前。 日中国交正常化のあとなんだよね。 そこはきちんと考えるべき点じゃないだろうか。 もちろん、戦争とそれにまつわる歴史や倫理や責任、政府の方針の問題は多面的で、 ここからだけは論じることはできないが、 しかし、だからといって、乗り越えられない問題なわけではない。 空襲をし、原爆を投下し、民間人を散々殺したアメリカとだって、 それでも今は、全般的には友好的な関係を築いている。 ここで重要なのは、自らの最適の利益だけを考えて行動することが、本当に最適な利益か、ということ。国際関係は、囚人のジレンマ(*)が非常によく当てはまる場合が多い。たとえ、中国の要求を呑んで、日本が損をしてるように見えても、 その要求をはね付ければ、敵対関係に陥ってしまう。逆に、中国にとっても、要求ばかりしていると、日本国内で反中感情が高まる可能性がある。自分の利益のみを考え、権利を主張することが、日本と中国、お互いにとって実は損かもしれない。 日本も最近愛国論とか、強い日本とか、ナショナリスティックな議論が盛んだが、特に、中国のような経済的にも大きく、更なる急成長が見込める国に、 あまりナショナリスティックな反応をするのが、 本当に本当に得なことか、ここをほんとに考えたほうがいい。 強大な力と市場を背景にしたアメリカの傲慢な押し付け(市場開放とか)に対しては、 ナショナリスティックな反応をすると損ですよ、という議論がすごく出るのに対し、 どうして中国にはあまり出ずに、やたらナショナリスティックな反応が主流になるのか。 これは、別途検討の対象となるし、非常に面白いんだけど、 長くなったのでまた今度。 あ、そうそう、囚人のジレンマというのは、 各人の最適な選択が全体として最適とならないということなんだけど、 (たとえばこのへんで理論をわかってください) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9A%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%9E 懲役をとれば、年数だからわかりやすいけど、 国家間の例では、その数字自体も把握するのが難しいし、 現時点での評価だけでなく、未来の経年評価も必要なんだよね。 たとえば、日本が虐殺とかを認めたとして、一時的にプライドが傷ついたとしても、 時が過ぎれば、自らの罪を認めた姿勢への評価というのがあらわれてくるとか、 近隣諸国との揉め事の元をさっさと解決し、いつまでも引きずらないことで、経済的にすごく協力が進む可能性があるかも、とかまで考えないといけないよね。
August 5, 2005
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