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第二次大戦後、労働力不足を補うためサモアやトンガから多くの人びとを受け入れたが、1960年代の不景気で失業率が上昇すると一転。就労ビザ切れを理由に、厳しい取り締まりを始めた。午前3時、4時に警察犬を連れた警官が家に立ち入って摘発したために「夜明けの襲撃」と呼ばれ、人種差別の象徴として批判された。
「国家が認めたテロリズム」とも酷評されたこの政策は4年で終わったが、近隣諸国の人びとに世代を超えるトラウマを残しただけでなく、ニュージーランドのイメージは大きく傷ついた。
同首相は「当時の移民法は差別的な方法で施行」されたことを認め、「正式かつ無条件」に謝罪した。和解策として「夜明けの襲撃」に関する学校教育、太平洋地域の歴史家による公式記録の作成支援、南太平洋出身の人びとへの教育・研究奨学金などを約束した。その場に臨席したトンガの王女は「政府の謝罪は正しい方向への一歩で、新しい夜明けだ」と謝罪を受け入れた。
ニュージーランドは、以前にも人種差別を謝罪したことがある。2002年2月、当時のクラーク政権は19世紀後半から半世紀以上続いた中国系移民への差別的な政策を謝罪、同年6月にはサモアに対する占領政策を謝罪した。背景には、アジア系移民の増加や対中外交重視などがあったものの、「グローバル市民としてのニュージーランドの国際的評価に貢献した」と論評された。
実はニュージーランドばかりが優等生なのではない。1990年代以降、世界では過去の人権侵害への謝罪や真相究明などが大きな潮流になっている。南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)や、中南米の軍事政権による人権弾圧についての真相解明と和解をめぐる試み。ルワンダや旧ユーゴスラビア内戦での集団殺りくに関する特別の戦争犯罪法廷設置。国際人道法違反などを裁く国際刑事裁判所を常設する国際合意―。今日では、過去と真摯に向き合うことが、国際社会で信頼を得る適格要件になりつつある。
さて、日本。「明治日本の産業革命遺産」の一つである長崎市の端島(はしま・軍艦島)について、ユネスコの委員会が先月、強い遺憾表明決議を採択した。端島の炭鉱において、厳しい環境下で働かされた多くの朝鮮半島出身者に関する説明が不十分との判断からだ。委員会はこれまでにも、歴史の全体像が理解できるような説明を日本に促してきたが、決議で改めてそれを求めた。
思えば日本国憲法の前文に、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」とある。国家のあやまちを反省し、時代を先取りしたような前文のこの文言に込められた戦後の「初心」。端島問題に限らず、そこに立ち返って名誉ある地位とは何かについて熟考を重ね、決断・行動しないと、ひとりよがりの国に転落していく。
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