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相模原市内に暮らす在日コリアン3世の母親は2019年春、小田急線相模大野駅前でヘイト街宣に行き当たってしまった。朝鮮人への敵意と排斥をあおるヘイトスピーチを拡声器で叫んでいた。とっさに子どもの耳を両手でふさいだという。
「小学生なので何を言われているかある程度分かってしまう。自分はここにいてはいけない存在なんだという傷を心に負えば取り返しがつかない。『どうしたの?』と不思議がられ、『うるさいから耳が痛いかなと思ったの』とごまかすことしかできなかった」
わが子を守る必死さとその惨めさはどれだけ伝わっただろうか。翌年の12月、母親は本村市長に面会した。ヘイトスピーチに罰則を設けた条例を求める署名を市民団体と届けた。訴えたのは、3人の子どもたちに外では朝鮮の言葉を使わないよう言って聞かせているという差別の現実たった。
「私たちのことをよく思っていない人もいるから、『アッパ(お父さん)』『オンマ(お母さん)』と呼ばないよう気を付けようね、と。朝鮮人であることに誇りを持ってほしくて民族学校へ通わせているのに、こんなことを言わなければならないなんて」
ヘイトスピーチはかくもマイノリティーの表現の自由を奪う。圧倒的強者のマジョリティーからの排斥に言い返しようがない。言い返したり、被害を訴えたりしようものなら、さらなる攻撃が襲いかかるのは目に見えている。そうしてますます沈黙を強いられる。
だから表現の自由が大切たというなら、規制がマジョリティーの表現の自由を萎縮させかねないと心配する前に、いまこの瞬間も損なわれているマイノリティーの表現の自由を直ちに回復させなければならないはずだ。表現の自由を守るためこそペイトスピーチは規制する必要があるのだ。
◆川崎市が証明
ところがそうはならない。名誉毀損罪や侮辱罪など言論を規制する法律は既にある。だが、ヘイトスピーチの問題では途端に表現の自由が振りかざされる。マジョリティーの表現の自由が心配だから、危険にさらされ、尊厳が踏みにじられようが、マイノリティーなのだから甘んじていろと言っているに等しい。この思い上がりこそが差別だと知るべきだ。
公的機関でさえヘイト街宣をやめさせようとしていないのだから、襲われても誰も助けてくれないのではないかと恐怖はさらに増す。実際「表現の自由は大切だから慎重に検討するべきだ」と腕組みを続けているうちに、ヘイトクライムまで続発するようになった。朝鮮人という理由だけで脅迫され、住まいに火を放たれ、子どもたちが通う学校までも放火の標的にされた。
これでどうしてありのままの自分を生きられるというのか。朝鮮人であることを隠して生きざるを得ず、偽りの自分を強いられ、表現の自由どころか生き方までがねじ曲げられている。
母親は懇願するしかなかった。「条例が未来をつくる。耳をふさぐのではなく、あの人たちが言っていることは間違っている、私たちはここで生きていていい人間なのよと子どもたちに伝えられる、そんな確かな条例になることを願っている」
切実な願いを直接聞きながら本村市長は応えなかった。それも「表現の自由」というもはや理由にならない理由によって。
ヘイト規制で表現の自由は萎縮しない。萎縮するのはレイシストだけで、間違った「表現の自由」の名の下に放置されてきた「差別する自由」が規制されるだけだ。
川崎市の条例が証明している。インターネット上のヘイトスピーチの認定を担う市差別防止対策等審査会の吉戒修一会長は言う。
「罰則対象のヘイトスピーチはその後、市内で行われていない。条例は一定の効果を与えている」
川崎市の条例では罰則の対象を露骨な差別的言動に絞り込んだ上、勧告、命令と段階を踏み、それでもやめなかった場合、確信的にヘイトスピーチを行っている者を刑事告訴する。その際も恣意的な判断にならないよう、有識者でつくる審査会の意見を聴くという慎重な仕組みになっている。
あからさまなヘイトスピーチができなくなったレイシストたちは川崎での活動から手を引いていった。もちろんレイシスト以外の市民が言論弾圧を受けている」という声を上げることもない。
吉戒会長は東京高裁長官、法務省人権擁護局長などを歴任してきた。保守的で慎重な物言いが多いその人でも「表現の自由を逸脱した言論活動なのでプロバイダー企業に削除を求めている。線引きは難しいが、憲法や行政法の学者の知見を踏まえ、お墨付きを得ながらやっている」と言い切る。「川崎モデル」に倣った答申通りの条例なら、表現の自由を守りながらマイノリティーの人権を守れる。国や自治体に先駆けた川崎市の歩みがそう示している。
◆政治家の本分
本人は忘れてしまったようだが、19年4月の就任会見での本村市長の発言は筋が通っていた。
「生まれた環境や人種で差別するということはあってはならない。条例制定も含めて検討をしっかりしていかなければならない」
2ヵ月後には川崎市が刑事罰を盛り込んだ条例案を公表したことを受けて、さらに踏み込んだ。
「罰金を科す対応は高く評価したい。ヘイトスピーチのような人としての尊厳を傷つけるばかりでなく、差別意識を助長させ、人々に不安感や嫌悪感を与えかねない行為は決して許してはいけない」
「先週、川崎市長と意見交換した。相模原市は後発なので、罰則を含めて川崎市に引けを取らない厳しいものにしたい。先進市である川崎市を見習いながら罰金や刑事罰を含めて検討していきたい」
罰則条例の制定を宣言して5年近く。本村市長は「自分が直接見聞きしていないのでヘイトスピーチはなくなった」という、およそ72万市民のトップとは思えないとんちんかんな認識まで口走り、差別から目を背けるようになった。一体、何を吹き込まれ、誰に言いくるめられているのか。県議時代からの親友で、自らの条例案について「教育や啓発の対応では限界がある。表現の自由といっても何を言っても許されるわけではない」と説き、差別に立ち向かう強い姿勢を示した川崎市の福田紀彦市長から何を学んだのだろう。
国会議員だった当時の本村氏は母子家庭で育ち、居酒屋のあるじだった母から「父親がいないぐらい何だ。せっかく生まれてきたんだ。夢と希望を持て」と厳しく育てられたと選挙演説でよく語ったものだった。「生まれた環境や人種で差別するということはあってはならない」とヘイト規制に意欲を見せる本村市長の姿に、私は自身の過去を重ね合わせているに違いないと感じ、罰則条例を必ず実現させるだろうと思った。しかし――
「私たちはここで生きていていい人間なのよと子どもたちに伝えられる、そんな確かな条例になることを願っている」
本村氏はまさに、差別に苦しむこうしたマイノリティーの母子も等しく夢と希望を持てる社会をつくるため、政治家になったのではなかったか。そのために権力が与えられているのではないのか。
まだ間に合う。条例案骨子を撤回し、仕切り直せばいい。不見識ゆえの思い違い、判断ミスと知りながら突き進むことほど愚かなことはない。恥じることはない。いま引き返さなければ、差別の被害者や差別根絶を願う人々による「人権をうたった『反』人権条例案の廃案運動」という、かつてない惨状と恥辱をこのまちにもたらすことになる。
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