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やっとNYにも春が来たというのに、息子が今頃風邪をひいた。その日、放課後のクラブを終えて、6時にお迎えに行ったときはいたって普通だった。外でサッカーをしたみたいで汗をいっぱいかいていた。その後、普通に夕飯を食べ、普通にお風呂に入り、普通に宿題をした。しかし、夜の8時半になったところで、もう寝るという。いつもは9時半になっても寝るといわないのに『寝不足だったからかなあ~』と、ここでちょっと違和感が…。そして、10時半、私が寝ようとしたところで、息子が突然起き出し、お腹がいたいと訴える。次の瞬間、バケツが間に合う間もなく、全部吐いた。「ぎゃああああああ~」夜中なのにシーツを全部代え、モップとパイン剤で後片付け。まじかよ。翌日、息子は学校を休み、私はブランケット2つ、シーツ、タオルとカートに詰め込んで、大物洗濯だよ。とほほ。午後から私も頭がぐらぐらしてきて、すぐに葛根湯を飲んだ。息子はドラえもんが見られるぐらいに回復したけど、あまり食欲がない。もう一日休むかなあ?こういう時、普通の生活のありがたさをしみしみ思う。これでも見て元気だそう
2007.03.29
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書き忘れていたことがあった。日本への行き道、しょっぱなから50ドルを失くし、スーツケースの鍵を家に忘れ、これ以上はもうやめてくれと思っていたら…。帰りの成田発の飛行機の中で気づいたときには遅かった。帰りも友達の車で送ってもらい2時間前に到着。だんなは第一ターミナルからシンガポール・エアであらぬ方向に旅立っていった。残された私と息子、友達夫婦と余裕をぶっこいて、しらたまあんみつなど食べ、最後の最後まで本屋でねばり、もう思い残すことだらけの日本をあとにした。はずだった。搭乗口で涙の別れ。ありがとう!そして、セキュリティー・チェック。明日からは成田でも液体が禁止になるらしいことをニュースで見た日だ。今日は最後の日だからだんじょうぶねっと思いながら、息子を金属探知機に先に通し、私があとからくぐった。『ビー』というけたたましい音。手につけていたものをすべてはずし、またトライ。今度はだいじょうぶだた。無意識のうちにとったものを手に戻し、ゲートへと急ぐ。なんとか間に合って、席に着いた。シートベルトをしめる。『あ~、もうすぐ出発ね。』と一人ごとをいいながら、ふと時計を見ると、なああああああああああああああああああ~い。があああああああああああああああああああああああああああ~ん。時計がない。え、どこに落としたんだろうと頭はパニック。この時計はいわくつきで、一応11年前に結婚したとき、だんなが5番街のティファニーで当時では大枚をはたいて買ってくれたものなのだ。あ~、もう買えない。『どうしょう!』すぐに近くを通った客室乗務員のお姉さんにいうも、「もうドアはしまってしまったから」という答え。つめたい。もうあきらめるしかないかと思ったわけです。ホント。ところがところが、帰ってきてこの話を母に電話でしたところ、すぐに東京税関に電話をかけ便名と時間と時計の種類など詳しく述べ、なんと見つかったのです。着払いでなんと電話の翌日には実家に届いたのです。東京税関の方ありがとうございました。うるうる。やっぱりこういうところが日本のいいところ。これがJFKだと、もうだれかの手にはまってるだろうなあ。ロクン一周年おめでとう!
2007.03.21
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今回の日本の旅で息子がはまったものというと、その1、東京駅私たち親子は2時間の入場券を買って、13線から18番線を登ったり降りたり、行ったり来たり…。全然知らない人を見送ったり…。私も初めて500系を目にして、鼻の長さに驚き。これはかっこよすぎ。世界に誇れるもののひとつだと感心しました。本物の山手線だけでもはしゃぎすぎ。息子の電車熱再燃。山手線といえばだんなと乗ったとき、目の前あった漢方の広告を見て、「見て!見て!きみのお腹がのってるよ!」とのたまった。見てみるとロート製薬の和漢箋(ロート製薬といえば、私の中ではOXYなんだけど…。)即否定できないほどのリアリティー。おおお(仁調)思わず「本当だ!」といいそうになったよ。ふん、失礼な。その2、ゆりかもめもちろんお約束。一番先頭車両の窓ガラスに張り付き、景色を眺め回す。しかも、東京タワーが見えたり、レインボーブリッジが見えたり、パレットタウンの観覧車が見えたり、眺めがいい。いつも地下鉄なんで暗い中を行くだけ、つまらん。その3、世界文化遺産の姫路城現地校の社会科がなんとちょうど日本。日本のことを学んでいるのだ。HOKKAIDO、HONSYU、KYUSYU,SHIKOKU。ローマ字だと変な感じけどね。日本で一番高い山は富士山とか。だから、社会科見学もかねて一度本物のお城を見せたかった。天守閣まで登る。桜の季節だったらもっとよかったなあ。息子はお城の目の前にある『高田の馬場』で穴子丼をたらふく食べて満足そうだった。私はといえば、今回の旅で手に入れたもの。ドコモの携帯のFOMA703iのパンフレット。そんなんでいいのか?ホントだ仁だけ携帯持ってない。なぜだ?でも、仁復帰近し情報落ち、ちとハッピー♪秋が楽しみ。
2007.03.13
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紀香と陣内が神戸の生田神社で結婚した翌日、私は大学時代の友達と神戸ミント前で待ち合わせ。神戸観光を兼ねてわざわざ静岡から出てきてくれた。それだけでも感激。私は震災を知らない。その当時、東京で働いていたので、あの映像もテレビで見るのみだった。NYのグラウンド・ゼロは今もくぼんだ状態だ。が、この10年あまりで神戸は美しく再生していた。翌週月曜には明石の人丸歌壇で、中学・高校時代の友達と再会&食事。そのあと神戸でお茶。今回の旅でもいっぱいケーキを食べたけど、神戸の街はスイーツの街といっても過言でないほど、スイーツであふれてた。友達のおすすめはケーニヒス・クローネだった。東京に着いた日、NYで毎年会っている10年来の友達が夫婦そろって、羽田まで迎えに来てくれた。昼はなんと前からずっとだんなと食べたいといっていたモスバーガー。念願がかなった。やっぱりおいしかった。その夜は舞浜にあるイクスピアリの中にあるイタリアン『ピッタゼロゼロ』でピザとパスタ。息子はぼく全然お腹すいてないといいながら、きれいに平らげてしまった。翌夜には井の頭公園を出口付近にあった焼き鳥の『伊勢や』の前にある『鳥良』で、大学時代の友達と会食。昔、この近くに住んでたけど、あんまり変わってない。すぐにわかった。その翌日には銀座にある第一ホテル東京の地下レストラン『エトワール』にて、中・高の友達とランチ。総勢12人と会いました。久しぶりに会ってもにぎやかしさは変わらない。みんなそれぞれにがんばってたなあ。ま、私の場合、とりあえずダイエットかなあ!?年々、写真写りにショックを受けることもしばしば。写真ってうそつかないもんなあ。
2007.03.09
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折りしも、前日雪が積もったNY。当日も強風が吹き荒れる中、ばたばたと準備する。前日、予約しておいたリモが時間になっても来ない。イライラはつのる。しかも、スーツケース+ダンボールで計6個+手荷物でものすごいことになってしまった。前日なんとかすべて32キロ以内に収めたのだが…。しかたがないので、だんなが急遽通りからタクシーを2台拾ってきた。その間、重い荷物をアパートの下まで下ろす私。すでに重すぎてくたくた。自業自得か!?タクシーに分乗して乗ることに。が、手持ちのお金が一ドルもないことに気づきだんなに手渡しで50ドルもらうことにする。だんなが財布から50ドル札を抜き出し、私に渡そうとしたまさに瞬間、強風が吹き荒れてなんと50ドル札が空高く飛んでいってしまった。あれ~。信じられない!!!!!!『♪追いかけて~、追いかけて~、雪国♪』(By吉幾三)歌ってる場合じゃない。走っても全然追いつけないし、うす曇の空と同化してもう見えやしない。ホントに映画のようにだれかが釣り糸で引っ張っているとしか思えないすばやさだった。朝から50ドル札を拾った人はラッキーです。頭にパンチをくらった状態で、車に乗り込み、なんとか45分ほどでJFKについた。ところが、ところが予期せぬことはまだまだ起こる。なんとスーツケースの鍵を家に忘れてきたのだ。だんなとは責任のなすりつけ合い。まったく、もう。そういえば、朝、息子が「ママ、この鍵なんの鍵だろうね?」と能天気にいっていたことを思い出す。私といえば準備に忙しく、右から左に通りぬけていたのだ。今日の教訓:息子の話はきちんと聞こう!とほほ状態。もうこれ以上はないだろう。とほっとしたのもつかの間。帰りにも同じようなことが起きたのだ。二度あることは三度ある。チェックインしている間、警備のおじさんが話している声が聞こえてきた。なんと今から松井選手の会見があるという。そっか、今まさに到着した同じ飛行機で私たちは日本へ旅立つのね。珍道中はまだ始まったばかり。
2007.03.05
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