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翌日は8時出発、途中で九谷焼店に寄り、9時40分東尋坊に到着しました。(livedoor 地図情報)バスを降りてから東尋坊までの土産屋さんが並ぶ道は江ノ島の光景に似ていました。あいにく曇天で海上は霞んでおり、写真を撮ろうと岩の上を移動したところ、『もう若くはないんだから、危ないから止めてよ』…とサクラさんに叱られました。10時20分東尋坊を出発、途中蒲鉾店で休憩をとり種々の蒲鉾を試食しました。11時50分曹洞宗大本山永平寺の土産物店の駐車場到着、寺に入ると靴を脱ぎ、修行僧の案内で寺を参拝しました。(livedoor 地図情報) 永平寺は1244年道元禅師によって開かれ、座禅、朝課(朝の読経)、行鉢(食事)、作務(掃除などの労働や作業)をとおして修行する僧侶の育成場で檀信徒の信仰の源となっている所だそうです。斜面を階段状に配置された建物は手入れが行き届き、天守閣を備えたお城のよう、傘松閣の天井に描かれた花や鳥を中心とした色彩画も見事でした。参拝後バスを止めた駐車場の土産屋さんの2階で昼食をとりました。山菜を中心とした食事でしたがとても美味しく、お吸い物に入っていたカニも昨夜のものより大きく立派でした。また店先に並べられていた座禅草が目に止まりました。永平寺では90分とってあり、参拝(500円)はオプションでした。永平寺を出ると途中で羽二重餅の製造工場を見学し、北陸自動車道、名神高速道路、東名高速道路を乗り継ぎました。名古屋を過ぎた頃から晴天になり、こちらは背後からでしたが下りの車はまともに前から夕日浴びていました。そして18時30分富士川SAで休憩をとった頃は辺りは暗くなり始めました。(livedoor 地図情報)19時40分厚木ICから一般道を通り20時29分出発点に無事帰着しました。降りる時バスの運転手に聞くと2日間で1150km走ったそうで、自分で運転するとなると途中でもう1泊しても辛いかなと思いました。☆☆ ハーブに関する各種一覧 ☆☆(ハーブティー専門店「e-ティザーヌ」) ☆ハーブティーの基礎 ☆ハーブ料理レシピ ☆ハーブティーバッグ ☆エッセンシャルオイル ☆各種シングルハーブ ☆各種ブレンドハーブ ☆各種ハーブの苗 ☆各種ハーブの種 ★楽天ギフトセンター★ ★フラワーギフト市場★ ★ガーデニング市場★ ★観葉植物市場★ ★プリザーブドフラワー市場★ ★エクステリアカタログ★
2008.06.26
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楽天ブログ「トラ五郎88の生活」廃止に伴い2008.5.12.投稿したものを再掲いたします。 ゴールデンウィークも終わりましたがフィリッピン沖に強力な台風2号が発生し、小笠原沖から伊豆諸島に向かっています。先日は各地で30度を超すところがあったと思ったら、昨日は15度と3月下旬の気温、長袖が必要になりました。気候がめまぐるしく変化しています。4月29日は「昭和の日」、夜のチャリティーコンサートでは昭和の歌の特集があり、歌と共に昭和の時代を懐かしく思い出しました。また連休明けには2日間にわたり「ちりとてちん」の総集編があり、こちらも父と一緒に見た思い出が蘇りました。さて遅くなりましたが4月のぶらり旅の報告をいたします。今回はサクラさんがインターネットで探した「クラブツーリズム」(http://www.club-t.com/bus/index.htm)のバスツアーに二人で参加しました。題して「1泊5食!北陸うまいものめぐり兼六園・東尋坊と名湯山中温泉」で定員40名、旅行代金一人19,980円というものです。「兼六園・山中温泉」、「東尋坊・永平寺」と2回に分けて報告いたします。4月13日JR平塚駅北口(NTT平塚前)を7時10分に出発しました。バスは高床式のもので座席に着くと視界は地上高3m位になり列車に乗っているよう、普段乗用車で走っている平塚と厚木間の道路も違った景観に思われました。(livedoor 地図情報)本厚木を通り北上、八王子西から圏央道を行き、鶴ヶ島JTCから関越自動車道に入りました。9時20分に高坂SAに到着、トイレ休憩をとりました。(livedoor 地図情報)バスはさらに北上し藤岡JCTから上信越自動車道に入り妙高SAで休憩、さらに上越JCTから北陸自動車道に入り小矢部SAで休憩、14時50分金沢市「兼六園」に到着しました。(livedoor 地図情報) あいにく小雨模様でしたが園のガイドさんの説明を聞きながら1周しました。兼六園は…広さ約3万坪、江戸時代を代表する池泉回遊式庭園としてその特徴をよく残していて国の特別名勝に指定されています。岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで日本三名園の一つに数えられます。六勝とは宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望のことで「広々とした様子(宏大)を表そうとすれば、静寂と奥深さ(幽邃)が少なくなってしまう。人の手が加わったところ(人力)には、古びた趣(蒼古)が乏しい。また、滝や池など(水泉)を多くすれば、遠くを眺めることができない」、「この六つの景観が共存しているのは中国の湖園(こえん)だけ」。兼六園は、この湖園に似つかわしく六勝を兼ね備えているという理由から、文政5年奥州白河藩主・松平定信によってその名を与えられた…と説明していました。園内では丁度桜が咲いていましたがソメイヨシノとは違い白っぽい花でした。松が立派なこと、池泉が多く下草の苔が綺麗なこと、そして園内の霞ヶ池から石管で水を引き、水位の高低差だけを利用して、水を噴き上げさせているという日本に現存する最も古い噴水が印象に残りました。散策時間は90分、散策後は茶店でお団子をいただき、土産物屋さんで九谷焼の一輪挿しを求めました。16時過ぎに山中温泉のかなり大きな宿泊ホテルに到着、案内された部屋は広く窓からは下に川のせせらぎを眺めることが出来ました。(livedoor 地図情報)おそらく日本の高度成長期には会社の接待等で大いに使われ、繁盛したと思われますが、現在はトイレのウォシュレットも電源が切られ、部屋のテレビも大層映りづらく、現状を維持するのが精一杯という感じがしました。夕食前にキャチフレーズの「足元が心地よい畳敷きの大浴場と露天風呂」に入浴しましたが、普段スーパー銭湯に入っている私には、ものたりませんでした。そして小型の越前ガニ1匹、カニすき鍋、カニ釜飯、焼ガニ… の夕食ですが、釜飯はよかったですが出されたカニは北海道の毛ガニに比べると食べるところが何とも少なく、ものたりませんでした。 上のバーナーは広告主用です。 読者として新規登録用は右クリック LuxuryMail ☆☆☆ 阿久悠を偲んで CDアルバム ☆☆☆
2008.06.24
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楽天ブログ「トラ五郎88の生活」廃止に伴い今年4月に投稿したものを再掲いたします。 例年より5日程早く開花し始めた桜前線は日本列島を北上中です。東京は真っ先に開花しましたがその後の台風並みの低気圧通過により今では完全に散ってしまいました。ところが鹿児島では寒い日が続きまだ開花中との報道がありました。4月5日、鎌倉霊園の墓に子供と孫と曾孫が集まり、父の納骨をしました。(livedoor 地図情報)朝から晴天で霊園の中を流れる川沿いに植えられた桜が満開でした。また土手には黄色い水仙が咲いていました。お墓には生花とともに鉢植えのパンジーとカランコエを供え、墓の裏側にゼラニウムと菊も植えました。朝テレビを見ていると平塚の桜ヶ丘公園の桜が見事との報道があり、出かけてみました。ここはもと高等学校があったところですが、生徒減で他の高校と統合された跡地を公園としたもので、校内の桜を再配置し、小山や花壇をが作られ、高麗山も間近に眺めることができ、後数年するとさらによくなるように思われました。また近くの花水川沿いにも桜が植えられ、この日は桜の向こうに富士山を眺めることができました。そして今年も白百合公園の桜が咲きました。昨年は父と一緒に眺めた桜です。庭に植えたスナップエンドウとスイトピーが勢いよく伸び、その他たくさんの花も一斉に咲きはじめました。いろいろありましたが、今後はまずは健康に気をつけ、充実した毎日を過ごしたいと思います。 ☆☆☆ ハーブに関する各種一覧 ☆☆☆(ハーブティー専門店「e-ティザーヌ」)☆ハーブティーの基礎 ☆ハーブ料理レシピ ☆ハーブティーバッグ ☆エッセンシャルオイル☆各種シングルハーブ ☆各種ブレンドハーブ ☆各種ハーブの苗 ☆各種ハーブの種 上のバーナーは広告主用です。 読者として新規登録用は右クリック LuxuryMail
2008.06.22
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第3回トラ五郎とサクラのぶらり旅、後半の「三渓園」についての報告です。前回のぶらり旅083A(横浜MM21地区)を参照した後、見ていただくと幸いです。「パンパシフィック横浜ベイホテル東急」に宿泊した翌日早朝、赤レンガ倉庫付近を散歩しました。散歩途中で買い求めたパンとケーキとドリップコーヒーをホテルに持ち込み、朝食を済ませホテルをチェックアウト、地下街を通って桜木町駅に出ました。地上に出ると日本丸と半月型の「ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル」が見渡せました。そして桜木町駅前からバスで「三渓園」に行きました。 「三渓園」は横浜の東南部本牧にあります。(livedoor 地図情報)(地図を参照する場合はここをクリックして下さい)生糸貿易で財をなした実業家原三渓(富太郎)が1906(明治39)年自宅を公開した日本庭園です。その住まいは平面が鶴の形に似ていることから「鶴翔閣」と呼ばれていましたが、豪商の住まいながら、建物には装飾がほとんどなく、当時の建物には珍しい水洗便所や三渓が蒐集した美術品を収蔵する蔵が完備されていました。「鶴翔閣」では彼と親交のあった横山大観、下村観山、前田青邨らの画家達がしばしば訪れ、泊まり込んで創作活動をしたそうです。丁度この日は数少ない公開日だったそうで、案内の方について中を見学することができました。三渓の書斎の窓からは当時から植えられていたという「さんしゅう」の黄色う花が目にとまりました。園内には大きな池があり、水鳥達が楽しそうに群れ、池の中の小岩には亀の群が日向ぼっこをしていました。 山の上には旧道明寺本堂と旧道明寺三重塔があり、その他横笛庵、林洞庵、聴秋閣、春草廬、臨春閣、白雲邸という古建築があります。そして春はコブシ、桜、雪柳、シャガ、藤、山吹、ツツジ、ウノハナ、サツキが、夏はスイレン、ハナショウブ、アジサイ、サルスベリ、ムクゲ、蓮、フヨウが、秋はハギ、ノギク、ヒガンバナ、ミズアオイ、モミジが、冬はサザンカ、カンツバキ、スイセン、ヤマツバキ、ウメ、ボケが咲きます。また「鶴翔閣」を舞台に新春を祝う神代神楽、盆栽展、観梅会、俳句展、観桜の夕べ、さくらそう展、さつき盆栽展、蛍の夕べ、早朝観蓮会、朝顔展、観月会、大茶会、菊花展、紅葉の古建築公開という行事があります。3時過ぎに園を出てバスに乗り、中華街近くで下車しました。そして店の入り口で熱心に呼び込む女の人に誘導されてこの店に入り、遅い昼食をいただき、石川町駅からJRで帰途につきました。 上のバーナーは広告主用です。 読者として新規登録用は右クリック LuxuryMail ☆☆☆ 阿久悠を偲んで CDアルバム ☆☆☆
2008.06.19
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第3回トラ五郎とサクラのぶらり旅は多忙の中、近場がよく、横浜でということにしました。サクラさんにインターネットでいろいろ調べてもらったところ「横浜みなとみらい地区(MM21)」のど真ん中、そのシンボルともいうべき「横浜ランドマークタワー」とヨットの帆を模したといわれるユニークな形の「ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル」の間にある「パンパシフィック横浜ベイホテル東急」が1日10室限定で特別料金で泊まれることが分かり、ネットで申し込みました。エクゼクティブツインルーム59,000円が17,600円(税・サ込)で室の中から正面に「大観覧車」と「横浜ベイブリッジ」を眺めることができるというものです。そしてこの際「横浜ランチクルーズ」をすることにし、翌日は「三渓園」に行きました。今回は「MM21」と「三渓園」に分けて報告いたします。(livedoor 地図情報)(地図を参照する場合はここをクリックして下さい。)JR横浜駅東口、「そごう百貨店」の裏側にある船乗場からシーバス(水上バス)に乗りました。この日はあいにく朝から曇天で海上からの景色も全体霞んでいたのは残念でした。シーバスは途中「MM21ぷかり桟橋」「ピア赤レンガ桟橋」に立ち寄り「山下公園桟橋」まで乗船しました(大人700円)。海上から眺める「MM21地区」の特色ある建物、「大観覧車」、「赤レンガ倉庫」、「大桟橋」、そして「氷川丸」と「マリンタワー」のある「山下公園」を海上から眺めることができました。 「山下公園桟橋」で下船し公園を散歩、「氷川丸」や「マリンタワー」をバックに写真を撮りました。そして12時発のレストラン船「マリーンルージュ」のランチクルーズ(90分コース)に参加しました。(大人5,500円:http://www.yokohama-cruising.jp/plan/lunch.html)昼食をいただきながら「横浜ベイブリッジ」や「鶴見つばさ橋」の下をくぐり、キリンのような形をした大型のコンテナーを扱うクレーンやジェットコースターのような立体道路でいっぱいの扇島地区を海上から眺めることができました。 一回りし「山下公園」で下船後は「大桟橋」の横を通り、「赤レンガ倉庫」に行きました。途中「赤い靴を履いた女の子」像や「赤い靴バス」を見ることが出来ました。「赤レンガ倉庫」は前面の庭が大変綺麗に植栽されていて(写真は人混みの少ない翌日早朝に撮影)中は食べ物屋さんとお土産物市場があり、大層混み合っていました。 そして「赤レンガ倉庫」を出た後は「横浜ワールドポーターズ」に寄り、大観覧車の横を通って宿泊ホテルに入りチェックインをしました。案内された部屋は9階で窓からは正面に「大観覧車」、「横浜ベイブリッジ」が左手に「ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル」が見渡せ夕方、夜、朝方の変わりゆく景色を堪能しました。 ☆☆☆ ハーブに関する各種一覧 ☆☆☆(ハーブティー専門店「e-ティザーヌ」)☆ハーブティーの基礎 ☆ハーブ料理レシピ ☆ハーブティーバッグ ☆エッセンシャルオイル☆各種シングルハーブ ☆各種ブレンドハーブ ☆各種ハーブの苗 ☆各種ハーブの種 上のバーナーは広告主用です。 読者として新規登録用は右クリック LuxuryMail
2008.06.14
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「トラ五郎88の生活」3月16日投稿分です。 今年から月1回を目標の「トラ五郎とサクラのぶらり旅」を始めました。1月の第1回「金沢八景・観音崎」に続いて、第2回は2月22日に御殿場高原の「時の栖(すみか)」http://www.tokinosumika.comと決めていました。ところが2月7日、思わぬ父の急死に伴う葬儀があり、とても大変でしたが、気分転換をはかることも大切と、時間を割いて敢えて計画を実行しました。遅くなりましたが第2回「トラ五郎とサクラのぶらり旅」の報告をいたします。今回は下の娘夫婦と孫のタイガー5も同行、我が家の車、三菱コルトを娘の旦那さんが運転してくれ、私とサクラさんは後部座席でゆったりでした。東名高速道路「裾野」インターチェンジを降り、5分位で「時の栖」に到着しました。地図を参照する場合は下をクリックして下さい(http://map.livedoor.com/map/scroll?MAP=E138.55.31.5N35.13.51.0&ZM=10)15時半頃駐車場に車を入れ、宿泊する「ブルーベリーロッジ」のフロントでチェックインの手続き、天然温泉「気楽坊」の入浴券の購入、夕食の確認をしました。「ブルーベリーロッジ」は洋室(2ベッド)、和室、冷蔵庫・電子レンジ、それにテレビを備えた定員5名の2DKタイプの貸別荘で1泊10000円+5歳以上一人1000円(計14000円)で使用できました。「気楽坊」は1日券(何回でも入浴可)が大人1500円でした。夕食は施設内にあるバイキングレストラン「麦畑」を予約しておきました。肉料理から、和食、中華、デザート、それに5種類のビールとソフトドリンクが80分間食べ放題、飲み放題で3000円という内容です。 「ブルーベリーロッジ」に入り休憩後17時から「麦畑」で夕食を予約していたため豆球のイルミネーションでアーケード状に飾られたロードを移動しました。この時は豆球は点灯せず、満開の桜の木の下を歩いている感じでした。(写真は人通りの少ない翌日の朝早くに撮影したものです) やがて半球状のドームがあり、ここには電飾を施した白鳥の置物が多数ありました。夕暮れが迫るにつれ電飾の灯が点り白鳥の像が浮かび上がってきました。またドーム横にはここで手作りされたという美味しそうなハム、ソーセージ、チーズ、パン等を販売する売店があり、賑わっていました。17時にバイキングレストラン「麦畑」に入り夕食を開始しました。メニューは豊富で少しずつ多種類のものを取り、ビールも5種類いただきました。味はまあ普通といったところか、ソーセージなどは期待してましたが家で食べるものと同じで、特に代わりばえのしないものでした。私は野菜サラダ、果物、アイスクリーム、ヨーグルトを中心にいただきました。レストランから眼下に人工芝を張り巡らしたサッカー場が見渡せ大勢の少年が出ていて様々な動きをしていたのが印象的でした。たっぷり夕食をいただいてレストランを出ると、辺りは暗くなっていました。そしてイルミネーションロードは豆球が点灯され鮮やかな光のアーケードの中を「ブルーベリーロッジ」まで帰りました。ロッジのフロントや礼拝堂も電飾が施されていました。ロッジで休憩後20時頃から天然温泉「気楽坊」にでかけました。露天風呂をはじめ各種の風呂がありましたが、中でもクレオパトラが愛用したという海水の10倍の塩分濃度の塩の湯は強力な浮力が働く不思議な感触を体験しました。、また竹炭が置かれ、枕があり広いベンチが置かれた低温サウナは寝ころびながらゆったりでき、大いに発汗、出た後は爽快な気分を味わいました。温泉には次の日の朝も入浴、心身とも大いにリフレッシュをすることができました。翌日は富士山を間近に眺めながら駐車場を出発、帰途につきました。 上のバーナーは広告主用です。 読者として新規登録用は右クリック LuxuryMail
2008.06.10
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「トラ五郎88の生活」に2008年2月29日投稿したものです。 今年は日本各地で雪が多く降り、神奈川県でも4回の降雪がありました。今日は閏年の2月の最終日です。また、梅が咲き、やがては桜が咲く季節がやってまいりました。 父が2月7日に92歳の生涯を閉じました。昨年4月17日の母の逝去に続く、悲しい報告をさせていただくことになりました。2月9日の昼には、父の生前の指示により、父が住んでいた家にごく親しい方が集まり、ささやかながら思いを込めたお別れの会を実施しました。参会者に折り紙を折っていただき、沢山の花と一緒に納棺いたしました。そして父の小学校からの竹馬の友である、かんちゃん6688(葉椰子)様からいただいた、お手紙を読ませていただきました。この日の夜は、ぼたん雪が盛んに降りしきりました。翌日は天気が回復し、時間通り出棺して近くの斎場で火葬に付すことができました。 (「トラ五郎88の生活」に2008年2月29日投稿したものです。) 母が亡くなってからの父の暮らしは、私と妻が週に6日、下の妹が週に1日、遠方にいる弟と上の妹が月1回程度泊まりに来て、みんなで支えていました。同時にケアーマネージャーさんを中心とした介護サポート体勢を受けておりました。朝8時からの30分、父はヘルパーさんに着替えとトイレへの誘導をしてもらい、その後、温かいタオルで身体を強く拭いていただくのが好きでした。そしてまず最初に、自家製のカスピ海ヨーグルトをベースとしたトマト、バナナ、生パインナップル入りの特製ジュースを飲みました。次にNHKテレビの「朝の連続ドラマ」、「生活ホットモーニング」を見ながら薬をきちっと飲んだ後、1時間以上かけてパン食の朝食を摂りました。デイサービスや外部の介護施設へ通うことを嫌った父は、10時半からのヘルパーさんに部屋の掃除、洗濯や物干し、トイレと風呂場の清掃、そして時には足浴をしていただいたり、見守られながら二階の書斎へ上がり読書をしたりして、午前中を過ごしました。曜日ごとに来てくださる優しく気持ちの良いヘルパーさんに、庭を自慢したり、昔の話をしたりと会話を楽しむ日々でした。12時になると自分から食卓に着き、まず決められた薬を飲み、おかゆやお茶漬けを主とする昼食をテレビを見ながら時間を掛けて摂り、午後はスタジオパーク、高校歴史講座等のテレビを観て過ごしていました。そして週に2回は4時頃から私と一緒に風呂に入りました。夕食は6時半、まず薬を飲み、宅配のお弁当と同宿する人が用意した食事を時間を掛けて摂りました。その後はNHKの総合テレビを見て過ごし、夜10時になると、自分でエアコンや加湿器の電源を切り、『それじゃー寝るよ、お休み』と言って休むことが常でした。月1回家庭医の先生の往診を受け、採血・血圧測定をし、医者である父は、家庭医の先生から前回の検査結果の報告を受け、薬の処方をしてもらいました。また月に2回、訪問看護師さんに血圧・血中酸素・体重の測定、爪切りや足のマッサージ等体調管理をしていただきながら暮らしておりました。母が亡くなった直後は体重が42kgまで減少しましたが、最近は46kgになり、精神的にも安定した穏やかな日々を過ごしていました。しかし、今年の冬は近くへの散歩や手紙を出しに杖をついてポストに出かけることもなくなり、庭の花を眺めて楽しんでいましたので、私は時間があると庭や柵の手入れをし、球根や花の苗を植え、父と一緒に春の訪れを楽しみにしていました。土曜日のNHKテレビの午前中の番組、ネット54で「”恒ばあ”の贈りもの 97歳の名物おばあさんの1年 八丈島」の放映を一緒に見たことがありました。毎日午前中は篭を背負っては畑に行き、野菜作りをし、午後はゲートボールをしたり、老人ホームにも積極的に出かけ、自分の家に来た人にいろいろ話を聞かせ、帰る時は『またおじゃれよ』と言いご主人や弟や親しい友人が先立つ中、『今は99歳まで生き、今までお世話になった島の人々の厄落としをしたい』と言っていたことが印象深く思い出されます。その他、百歳万歳、鶴瓶の家族に乾杯等元気なお年寄りや地方で逞しく生活する人の番組をよく一緒に見ました。 父は糖尿病であるため、お酒は一切口にせず、決められた薬は毎日確実に飲み、規則正しい生活としっかりとした体調管理をしていたため、顔色も良く、『とてもお年に見えずお若い』と会う人に言われるのが、自慢でした。ところが2月4日就寝後、夜半に原因は分かりませんが、腹痛があり、嘔吐があったため、翌日は午前と午後に訪問看護師さんに来ていただき、様子をみてもらいました。2月6日には食事もでき、親友のかんちゃん6688さんや弟からの電話にも、しっかりした声で応答もでき、元気を回復してきたように見えました。私は翌日、自分の定期検診日であったこともあり、妻と帰宅し、父のサポートを下の妹と交代しました。2月7日、いつもと変わらぬ朝のスタートでした。ゆっくり朝食を摂った後、トイレに入りましたが、しばらくして、隣の洗面所にいた妹がドスンという音を聞きました。妹はすぐに駆けつけ、トイレの扉を塞ぐ形で父が倒れ込んでいるのを見て、救急車を依頼し、家庭医の先生と訪問看護師さんへ助けを求めました。到着した方々が救命処置をして下さいましたが、10時49分、脳梗塞という診断のもと、息をひきとりました。私と妻は11時半頃到着し、手を握り顔に手を当てると、まだ温かい状態でした。2月21日の93歳の誕生日を目前にし、毎朝見ていた「ちりとてちん」の草若師匠に先だって、また私と昨年一緒に行った近くの公園の桜も見ることもなく、父は1周忌を迎える母の元へ旅立ちました。まさに大往生でした。 かえりみて 長かりき長かざりき 去年今年 父 いつの日か吾も辿らん旅なれど 悲しからずや朋友の先発 葉椰子 ☆ 今回使用させていただいたスケッチは全てかんちゃん6688さんが描かれたものです ☆☆高齢者への戒め☆ (かんちゃん6688さんと父のぶらり旅道中駄弁り記録より) 僕達高齢者が自ら戒むべき事を挙げてみよう。 あまり『今時の若い者は…』なんて、他人様 の悪口ばかり言ってはいられない。 さてそこで高齢者への戒めだが、○今更、国家、社会のため…なんてデカイ事は考えない事である。自己過信して、 若者の道を 塞ぐ事は慎もう。○常に感謝の気持ちで人に接し、おとなしく、健康に注意して、過ごそう。 そして、できるだけ他人様の迷惑にならぬよう心がける、 …実はこの事が一番社会の ためになる。○無理のない自己ペースで、足と頭を動かし、「日々是好日」と余生を燃焼させる事。○思い出を語ることは楽しいが、自慢話はみっともない。 要注意!。要注意!。○何事も控えめに(自制)し、何事も多少の余力を残すことが肝心。
2008.06.05
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「トラ五郎88の生活」の2008年1月31日掲載のものです 昨年、喪中の葉書を数枚頂きました。その中の2通は、私の同僚の奥さんからのものでした。在職中でしたら職場を通じ訃報の連絡があったのでしょうが、私よりも3・4才年上の方がたでしたので、その葉書で亡くなられたことを知り、ビックリしました。昨年は 阿久悠、城山三郎、稲尾投手、水泳の木原さん……とまだお若い方がたが亡くなられており、人間の寿命は分からない…という感を強く受けました。そのようなこともあり、サクラさんにもちかけて、身体が動けるうちに動く時間を作ろう、とりあえず今年から月1回を目標に興味・関心が湧く場所へ、「トラ五郎とサクラのぶらり旅」と称して出かけてみよう…ということにしました。 第1回は1月23日、京浜急行沿線の金沢八景と観音崎(泊)に決め、実施しました。 その日は週1回妹が泊まりで来てくれる日で、サクラさんは前日から父の家に来ていました。ところがなんと起きてみると初雪が降り、和室前の庭もうっすらと雪が積もる寒い朝になっていました。それでも10時頃妹が来たので、小雪混じりの雨でしたが、ぶらり旅へと出発することにしました。途中の公園の大銀杏の周りも雪が積もっていました。 生憎の天気でしたので、この日はまず、金沢八景にある「八景島シーパラダイス」に行くことにしました。京浜急行の金沢八景駅から横浜新都市交通シーサイドライン(モノレール)に乗り換え、八景島駅で下車、駅より八景島へマリンゲート橋を徒歩で渡りました。アクアリゾーツという巨大水族館施設でイルカ、アシカ、ペンギン、白熊、…そして各種の魚たちを見学しました。水中の透明トンネルや巨大な透明水槽を横から眺めることができ、フラッシュ撮影は禁止されてましたので、明るい照明のあるものをいくつか撮影しました。館内のレストランで昼食を摂り、この日は宿泊先のホテルに直行することにしました。またこの時期は割引料金でしかもクーポン券がもらえるクジ券2枚をいただき、これをひいたところ、なんと2等賞(500円)が2枚当たり、館内の売店で孫のタイガー5にドルフィンのぬいぐるみを買うことができました。モノレールで金沢八景にもどり、京浜急行で馬堀海岸で下車、ホテルが定期的に運行するバスで15時過ぎに宿泊地に到着しました。チェクイン後隣接するSPASSOという温泉施設で2時間汗を流し、ホテルで和食コースの夕食をいただきました。 翌日は朝から雲がたちこめる日でしたが、朝食後チェックアウトを済ませ、観音崎公園を散策しました。海岸沿いの道を歩き、急な坂を登り、観音崎灯台を見学しました。眼下には、海岸風景や東京湾を行き交う大型の船が霞んで見えました。灯台横の切りどうしを抜けるとレンガ張りの立派な歩道が続き、幾組かの旅行者に会いました。江戸時代末期は黒船騒ぎで、太平洋戦争では本土上陸に備え、あちこちに砲台跡や弾薬庫跡、連絡用のトンネルがありました。海の見晴台と戦没船員の碑を見学して下山、ホテル宿泊者は何回でも入れるというSPASSOで1時間入浴しました。 天気も回復したため、金沢八景の野島公園に行くことを決めました。ホテルの送迎バスで馬堀海岸駅に行き、京浜急行金沢八景駅で下車、駅前のラーメン店で昼食を摂りました。食事後はモノレール沿いの海岸道路を歩き、橋を渡って野島に上陸、海岸沿いに反時計回りに海沿いを散策しました。野島公園は松林の中にバーベキュウ施設を備えた本格的なキャンプ場があり、野鳥がたくさんいて、春から夏にかけての潮干狩りシーズンには無料でアサリ採りが楽しめるそうです。最後に島中央の展望台のある山に登りました。この日は霞んでいましたが富士山が遠望でき、対岸には昨日行ったシーパラダイスのブルーフォール、シーパラダイスタワー、サーフコースター…といった施設を眺めることが出来ました。帰りは昨日からかなり歩いたため一駅でしたが、野島公園駅からモノレールに乗り、金沢八景駅に戻り、私は途中でサクラさんと別れて、16時過ぎ父の家に戻り、妹とバトンタッチしました。LuxuryMail
2008.06.02
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