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東日本大震災が発生後1ヶ月が経過しました。震災地にも桜の季節が訪れ本格的な春が訪れようとしています。道路整備が進みガソリンの供給不足も解消しつつあり、JR東北線も21日には全線運転再開の見込みが立ちました。15日には南三陸町の一部で停電が解消し電灯が灯り、震災地の子供達が笑顔で「明けない夜はない」を歌っていました。大震災の残した傷跡は深いですが復興への力強い槌音が聞こえます。今回の大震災で被災された方々を私なりに応援したいと考え横浜の両親の住んでいた家を役立てることを思い立ちました。インターネットでいろいろ調べた結果NPO法人アースデイマネー・アソシエーションが主催する(http://www.earthdaymoney.org/) 被災者一時家庭滞在プログラム「ホープステイ」を見つけ(http://hopestay.net/)3月25日、被災者ホームステイをするための登録を済ませました。私は年金生活者で自分の年齢も考え、受け入れ期間は1ヶ月とし受入人数3人、8帖和室と2帖の縁側を提供することにしました。ホープステイには4/15現在4208件の受け入れ家庭の登録があり外国からのものもあるそうですがマッチング件数は2件です。被災者は現地の仮設住宅や現地に近い集団避難施設の希望が多く同じ被災体験をした新潟県の施設にはかなり行っているようです。東電福島原子力発電所の放射能漏れ事故に対しては4月11日、政府は新たに5市町村を計画的避難区域に指定し原子力安全委員会は事故発生後20日以上たった4月12日になって国際評価をレベル5からレベル7にしたと発表しました。東電・委員会・政府は放射能量の発表や避難区域の設定はしましたがその後の具体的な対応が一向に見えません。(15日一時見舞金を発表)日本は広島や長崎で原爆の投下を受け多大の苦しみを味わいました。アメリカやフランスは洋上で水爆実験をし大量の放射能をばらまきました。これらから比較すると今回の放射能の影響は遙かに少ないと思います。今回起きた放射能漏れ事故に対し現状をしっかり把握した上でこれをいかに早く納めるか確実に取り組んで欲しいと思います。まずは発電所の放射能漏れ箇所を徹底的につきとめ、これを防止し周辺の風や雨水の影響により発生した放射能レベルの高い所は表土を掻き集め深く埋め、農地は深耕し、空気や水の浄化に努めます。この地区の農業・牧畜・漁業は見合わせるのではなく応援して継続させ、とれた農作物やこうなご等水産物は政府が責任を持って買い上げ放射能レベルの高い物は適切に処分することで拡散を防止します。避難区域が早く減っていくことに全力をあげて取り組み、こうすることが避難区域住民を元気づけることになると思います。4/11 サクラさんと平塚市北部にある渋田川桜堤を訪れました。(http://hanami.walkerplus.com/detail/S1428.html)平日の午前中で人出も少なく桜は8分咲き、連翹も咲いていました。渋田川の川辺の緑地で桜を楽しむ人々も見かけました。渋田川に平行して流れる用水両側の桜は特に見事でした。花見後は有機野菜を使う料理の「ひな野」で昼食を摂りました。(http://www.hinano-net.jp/index.html)かなり待ってバイキング形式のランチをいただきました。この日はシルバーデーで私は500円安く飲食できラッキーでした。帰る途中でユキヤナギ、クリスマスローズ、芝桜を見かけました。横浜の父母が住んでいた家は昭和40年代の木造建築で頻繁に起こる地震に備え徹底的な耐震対策をしました。2階の書斎は机とプリンターを置いてある台はネジでくっつけ両端を柱と固定された棚板に金具を使いビス留めしました。また塩ビコーティングされた鉄棒を渡して固定しこれに電気スタンド、パソコン、プリンターを針金で留めました。書棚とこの上に乗せた1個15kgあるスピーカーボックスは天井に太い横木を渡し、全てを金具を使いビスで固定、金具は茶色のマジックインキで着色、カーテンで目隠しをしました。1階居間の飾り棚は後ろの板壁にビスや金具を使いしっかり固定棚上に置いたあったスピーカーボックスや置き時計は自転車用のゴムロープを使い板壁に弾力固定しテレビとテレビ台、和室のテレビもゴムロープによる固定をしました。蛍光灯付き懐中電灯、手回し発電機付きLEDライトも設置しました。今回の工事に使った工具と金具の一部を並べ写真に撮ってみました。下は計画停電に備えた車のバッテリーを用いた非常電源装置です。充電は前に使用していたノートパソコンのACアダプターを使い直列に24Wの車用ランプを接続、充電時はこれが点灯します。直流12Vのバッテリー電圧はインバーターにより100V交流に変換車のシガーライターで使う出力が80Wと150Wのものを用意しました。丸形蛍光灯スタンド他消費電力の少ない普通電気製品が使えます。
2011.04.16
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東北関東大震災は東日本大震災と名前が変えられました。既に死者は1万人を超え、まだ行方不明者が多数いるため昨日からは自衛隊と米軍による大規模な捜索が開始されました。福島の原子力発電所の事故は連日懸命な後処理をしていますが昨日は高濃度の放射能汚染された水が海に流出された事が分かり次々に問題が噴出、これらを解決するのは長引きそうです。自衛隊ヘリコプターによる海水散布や特殊な消防車による海水の注入で事故も沈静化すると思われましたが正直、地震により自動停止された原子炉や使用済み燃料が津波による冷却装置の全滅により、これほどの惨事になるとはあらためて核施設の危険性を思い知らされました。今回の事故により東電は発電量不足をきたし計画停電が実施され一時は電車も運休し、現在も間引き運転がされています。3月末には弟が計画した広島・宮島での父母を偲ぶ会にも参加できず旅館や航空券の予約をキャンセルしました。またサクラさんのお父さんが亡くなられました。こうしたこともあり今回の大震災が発生するかなり前に実施した河津・稲取の旅を大変遅くなりましたが投稿いたします。早咲き桜として有名な伊豆の河津桜祭りが今年は 2.5~3.10 に開催され2.22~23 稲取の旅館を予約し、サクラさんと行ってきました。10:40 伊豆急河津駅に降り立ち、歩行者天国の道を歩きました。やがて河津川に懸かる館橋近くに到着、平日ですが人で溢れていました。桜は5分咲き、袂には黄色の菜の花や白の水仙が開花していました。河津桜は1955年飯田勝美氏が発見した新種の早咲桜を1975年頃から現在の地に植栽し、現在は8000本あるそうです。11:20 河津川沿いの桜並木を浜橋まで歩いて行くとやがて海に出ました。この日は波が防波堤に激しくぶつかっていました。再び河津川沿いに今度は上流を目指して歩いて行くと猿まわしが始まるというので20分程これを見学しました。NHKの朝いちに登場する有働さん似の女性とお猿さんが演技しました。沿道には食べ物屋さんや農産物を売る店が建ち並び塩焼き鮎、牛タンの串焼き、焼きそばをいただき、甘夏を購入しました。さらに歩いて豊泉橋を渡ると足湯処があり、しばし足を湯に漬けました。14:14 峰温泉大噴湯公園が近くにある事を知り、これを訪れました。一日7回100℃の源泉が30m吹き上げるそうで、これを見学しました。帰りは川に下りたり橋の上から綺麗な写真を撮ることができました。15:22 河津駅より可愛いらしい伊豆急の列車に乗車、稲取で下車しました。伊豆急は黒船号をはじめいろいろな形の車両が走っているようです。16:30 お口の故郷がうたい文句の「やまだ荘」に到着しました。(http://www.yamadaso.net/)屋上にある貸し切り露天風呂で入浴後、部屋で夕食をいただきました。翌日の港風景写真を見ながら今回のブログ記事を書いていると一瞬、東北の港であった津波の光景が思い出され、身震いしました。鰺の干物と刺身の付いた朝食をいただき 9:10 旅館をチェックアウトロビーには京雛が飾られ、つるし飾りを見学する場所を訪ねると伊豆稲取雛の館まで旅館の車で送って下さいました。9:21 雛の館に到着、豪華な雛壇と雛のつるし飾りを見学しました。雛の和裁細工の下げ物の風習は九州柳川地区では「さげもん」、山形酒田地区では「傘福」、伊豆稲取地区では「雛のつるし飾り」と呼ばれ、江戸時代の後期からこの風習が続いているそうです。見学後は稲取駅まで歩き伊豆急に乗車、帰途につきました。
2011.04.03
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