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軽井沢2日目は真っ赤に熟したトマト、パリパリのレタス・キュウリなどのさわやか山盛りサラダ、軽井沢のロースハム、各種のベーグルやイギリスパンのトースト等とコーヒー・紅茶の朝食からスタートしました。さらにスイカ、ナクタリン、ブルーベリー、ブドウ…刻んだパイナップルを入れたヨーグルト… をいただきフルーツやデザート好きの孫達は大喜びでした。そして朝食後孫たちは勇んで虫取りに出かけたいと言うので、私も同行。道端にはキノコや月見草を見かけました。その後中軽井沢にある軽井沢高原教会に行きたいということで交通渋滞を避けて裏道を通り10:48教会に到着しました。4年前長男夫婦がこちらの教会「星野遊学堂」で挙式しました。1886年、カナダ人宣教師、アレキサンダー・クロフト・ショーが軽井沢をを訪れ、この地にキリスト教伝道が始まりました。「星野遊学堂」は1921年「芸術自由教育講習会」を原点に誕生しました。前身であった質素な講堂に、内村鑑三、北原白秋、島崎藤村ら当時を代表する文化人が集い、「真に豊かな心」を求めて熱く語り合い、この空間を内村鑑三は「星野遊学堂」と名づけ、布教の場としました。大戦後、「星野遊学堂」は「軽井沢高原教会」と改名して再建しました。この教会は思想・宗教の別なく「芸術自由教育講習会」の伝統を受け継ぎ1974年には信者以外の挙式も受け入れるようになりました。建物の横にある事務所のような建物には、「星野遊学堂」のスケッチとここで挙式をあげた人の写真がいっぱい飾られていました。挙式の時のメッセージや再びここを訪れ記帳したメッセージが残されていて、長男夫婦もメッセージを追加記帳していました。外では美しい緑の木立の中、新カップルが記念写真を撮っていました。11:30 手打・生そば かぎもとやの中軽井沢本店で昼食をとりました。創業明治3年の老舗で壁には吉川英治氏をはじめ内外有名人の写真や色紙が貼られていました。 ざるそば、天ぷら、けんちん汁、山菜がセットされたものを美味しくいただきましたが、こちらが出る頃は店頭に行列ができていました。昼食後は小諸市農村資源活用交流施設「あぐりの湯こもろ」へ向かいました。この施設は昨日の「穂の香乃湯」より新しいのか、とても立派でした。展望露天風呂は広く展望サウナもあり、浅間山連峰の雄大な絶景と小諸市街が一望できる大パノラマが目の前に広がりました。しばし開放感に浸りながら温泉を十分に楽しみました。入浴後スーパー「つるや」で買物をし、別荘に戻りました。軽井沢3日目、私は5時前に目覚め一人で散歩に出ました。玄関前階段横に薄紫のシオンの花が咲く別荘横を通りしばし樹間の道を行くと朝霧の立ちこめた畑に出ました。朝早くから野菜を収穫している人々がいて収穫している野菜は何かを尋ねたところ、ブロッコリーでした。道の近くでこれを収穫していた男の人と話をしていると、女の人がブロッコリーを2つ持ってきて私にくださいました。また途中の道にクルミの実が落ちていて、持ち帰りました。帰ってから茹でて食べましたが、さすがに新鮮でとても美味でした。この朝も紫のプルーン、プチトマト、ナクタリン…新鮮な野菜と「つるや」特製の弾力のある美味しいハムをいただきました。8:50皆で掃除や片付けを短時間で済ませ、 帰りの準備完了。別荘をあとにし帰途につきました。途中佐久平駅で長男の嫁さんと孫は車を降り、新幹線をを利用し、長男とは一足先に里帰りしました。そして娘家族と長男が運転する車に私とサクラさんが乗り清里、韮崎経由で中央高速を利用し帰ることにしました。清里の手前の沿道の産直店で巨峰の大箱やキュウリ、レタス、トウモロコシを求め娘家族と分け合いました。また店の近くにあった小須田牧場に立ち寄り暫し休憩。緑の草原で馬や山羊と触れ合う機会でした。清里からは141号線を南下し韮崎ICで中央高速道に入り双葉SAで食事をし、八王子IC経由で帰途につきました。
2011.08.30
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夏のこの時期に2008年、2009年、2010年、と3回サクラさんのお姉さんの家が所有する軽井沢の別荘へ、息子の家族、娘の家族と一緒に行き、合宿をしました。コンサートを聴いたり、ウィンナーソーセージ作りを体験したり、ワイン工房を見学したり、カブトムシを採集したり… と毎年楽しい思い出が増えていますが、若者たちがまた行きたいと言い、孫を含めた3家族で今年もお邪魔しました。2泊3日の上信越の旅を2回に分け投稿いたします。お盆ラッシュ前の8/8 早朝2:30 私とサクラさんは息子の車に同乗、そして娘家族の車も同時刻自宅を出発しました。ケータイで連絡をとりながら移動し、5:50 上信越自動車道の佐久平SAで落ち合いました。SAには鯉の銅像があり、娘家族が先に到着していました。朝霧が立ちこめ、小さな蛙があちこちで跳びはねていて孫はこれを手にすくったり追っかけたりしのどかな夏の旅が始まりました。そしてETC車専用のインターチェンジ:佐久平スマートICを下り一般道を走り7時過ぎに別荘に到着しました。サクラさんのお姉さん・ご主人、サクラさんの弟と再会し、休憩後、高峰高原に行くこととし、全員3台の車に分乗しました。高峰高原は.上信越高原国立公園の高峰山(2091m)北側に展開し東方の黒斑山(2404m)と西方の籠ノ登山(2227m)の鞍部である車坂峠(1968m)を中心とした標高2000m級の高原台地です。高山植物の宝庫で、近くには国民宿舎やロッジ、スキー場などがあり眼下に佐久盆地の全景、遠くに蓼科や八ヶ岳の連峰が一望できます。10:06 小諸市高峰高原ビジターセンターに到着しました。暖炉の前に毛皮が置いてあり、孫が肩に掛けたりしました。外にはカラマツやピンクの花、ワレモコウ… を見かけました。朝取れ野菜を売っている人がいて、立派なトウモロコシは予約済みで残念ながら購入できませんでしたが、新鮮なキャベツと鞘の大きなモロッコインゲンを買いました。そして湯の丸高峰林道をゆっくり走り、東御市湯の丸高原に到着し、ブルーベリーと木イチゴのソフトクリームをいただきました。ここからは舗装された道を一気に下り、前から調べておいたアトリエ・ド・フロマージュに11:30 到着しました。手作りチーズの製造・販売のアトリエ・ド・フロマージュは、1982年にこの地で松岡夫妻がチーズ工房をスタートさせたのが始まりで日本で初めて農家自家製の生チーズ(ナチュラルチーズ)を作った工房で、今では軽井沢や東京の青山にもお店がある人気ブランドだそうです。お店の2階にチーズ工房があり、レストランのある棟へは、渡り廊下で結ばれていて外の軒下にはツバメが巣を作っていました。お店には自慢のカマンブルー、ナチュラルブルー、チーズケーキ…が並べられ、試食品も置いてあり、これらをいただきました。そしてレストランで私とサクラさんは焼きチーズカレー、ピザを注文。子供達の家族はそれに加えチーズを器に入れ下から温めて溶かし、これに野菜やパンを絡ませて食べるチーズフォンデュを楽しみました。食事後はレストラン前に、ケーキに使う紅玉のリンゴ園やブドウ園があり、ブルーベリーや木イチゴも見学しました。アトリエ・ド・フロマージュを後にし、全員で佐久市にあるあさしな温泉穂之香乃湯に立ち寄り汗を流しました。地元人気スーパー「つるや」で食材やお土産の買物をし、ゲリラ的な激しい雨の中を別荘に戻りました。早めの夕食後はワサビチューブをマイク代わりにして孫も交え学芸会風に歌を歌ったりして楽しい時を過ごし一日目を終了しました。
2011.08.21
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6月下旬、私が卒業した高校の同期会が東京でありました。今回は古希の集いということで「明治記念館」で実施され、(http://www.meijikinenkan.gr.jp/index.html)同期生258(16:物故者)名中、男性40名女性31名が参加しました。10:20 JR中央・総武線【信濃町駅】に降り立ち、明治神宮外苑の看板や神宮球場の夜間照明灯が見ながら「憲法記念館」と石碑のある「明治記念館」入口に到着しました。1881年に今の迎賓館の場所に建てられた「憲法記念館」は1918年現在地に移され、1947年より「明治記念館」となりました。「憲法記念館」は帝国憲法草案審議の御前会議が開かれた会場で本館玄関車寄せは京都御所や大宮御所風の宮造りで周りの植栽とともに荘厳な姿を今に残していました。会場は東新館の一番奥、2階「紅梅の間」でした。途中の庭園には松の木の周りに置かれた椅子が印象に残りました。11:00 受付、11:30 写真撮影、12:00~14:00 に宴会開始。会に出席された皆さんは大層お元気で、いろいろ話がはずみました。同期会メンバーの中の2名の方は都内私立大学の学長をされています。会場内の雰囲気をと皆さんの写真を小さく載せさせていただきました。7月に入り今年還暦を迎える親族の女性が結婚されたということでご主人、彼女の娘さん、サクラさんと私でお祝いの会食をいたしました。会場は横浜そごうのレストラン街のなかにある、とてもお洒落なイタリアンレストランでした。大きな窓からは日没前の横浜の海、ベイブリッジ、ビル群が望見され会食は照明を落とした落ち着いた雰囲気の個室でしました。料理はこの他に肉料理、魚料理… もあり、美味しくいただきつつ、歓談。夫妻はこの後スイス旅行を計画、娘さんはブーケ持参でお祝いをしました。台風6号は極めてゆっくりの速度で四国に近づき、ここから東進紀伊半島をかすめると一転して南に進路を変えました。この間、四国・紀伊半島には空前の降雨をもたらしました。また梅雨前線の北上により新潟方面で大雨による被害が続出、牛肉の放射能汚染や住民の反対により停止中の原発が再稼働ができず全国的に電力不足懸念が拡大、一段と進む円高と企業業績の悪化…津波・洪水等災害補償費や放射能汚染に対する補償費は止まる所が知れず世界的不況も押し寄せ、日本が沈没せぬかと大変心配です。(画像は残念ながら削除しました)こうした中でFIFA女子ワールドカップ2011大会がドイツで実施されなでしこジャパンが出場、6大会目で初の世界タイトルを手にしました決勝はアメリカと対戦、延長2-2からPK戦を制して優勝。日本はアメリカに2度リードを許しましたが、81分にMF宮間あやが、延長117分にMF澤穂希がそれぞれ同点弾を決めて追いつき、PK戦ではGK海堀が相手のキック2本を止めるファインセーブを見せ、日本は宮間、阪口、熊谷がゴールを決めて勝利を手にしました。主将の澤は今大会のMVPと得点王(5得点)に輝き、海堀が試合のMVPに選ばれ、チームはフェアプレー賞を受賞、最後まであきらめない戦いぶりに日本中が勇気づけられました。
2011.08.06
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