ルドルフ・シュタイナー(GA230) 創造し、造形し、形成する宇宙言語の協和音としての人間 Der Mensch als Zusammenklang des schaffenden,bildenden und gestalteden Weltenwortes(翻訳者:yucca) 第5講 1923年10月27日 ドルナハ ・蝶、鳥による地球素材の霊化 ・蝶は生きている間に、鳥は死ぬときに、霊化した地球素材を宇宙にもたらす ・蝶と鳥の世界を通じて地球は宇宙に霊化された素材を放射する ・星は無機的なものではなく、生命あるもの、霊化されたものの結果 ・蝶は光エーテルに、鳥は熱エーテルに属する
さて私たちは、こう申してよろしければ、地球をぐるりと取り巻いているこの蝶の帯から、もう一度鳥類へと入って行きましょう。私たちがもう知っていることを思い浮かべますと、境を接した三つの領域が得られます。その上部には別の領域があり、その下にもまた別の領域があります。私たちは光エーテルを有し、私たちは熱エーテルを有しますが、これには本来二つの部分、二つの層があります、一方は地上的な熱層、他方は宇宙的な熱層であり、これらは絶えず浸透し合っています。実際のところ私たちは一種ではなく二種類の熱を有しているのです、地上的、地球的な起源である熱と、宇宙的起源である熱です。これらは絶えず互いに浸透し合っています。さらに熱エーテルに接して空気があります。続いて水と地が、上方には化学エーテルと生命エーテルが来るでしょう。さて、今蝶類を取り上げてみますと、蝶類は主として光エーテルに属していて、光エーテルそのものが、輝きの力が蝶の卵から幼虫を引き出すための手段なのです、輝きの力は本質的に幼虫を引き出します。鳥類の場合はもうこれは当てはまりません。鳥たちは卵を産みます。この卵は熱によって孵されねばなりません。蝶の卵はもっぱら太陽の本性に委ねられますが、鳥の卵は熱の領域まで至ります。鳥は熱エーテルの領域に存在します、単なる空気であるものを鳥は本来克服しているのです。蝶も空中を飛翔します、けれども蝶は根本的にまったき光の被造物です。そして、空気が光に浸透されることで、蝶はこの光ー空気存在(状態)の内部で、空気存在(状態)ではなく、光存在(状態)を選び取ります、空気は蝶にとって運び手にすぎません。空気は蝶がいわばその上を漂っていく波浪ですが、蝶のエレメントは光なのです。鳥は空中を飛翔します、けれども本来鳥のエレメントは熱、空気中のさまざまなニュアンスの熱であり、鳥はある程度空気を克服しています。鳥もまた実際内的には空気存在でもあります。鳥はかなりな程度空気存在なのです。ひとつ哺乳動物の骨、人間の骨をごらんください。それは髄で満たされています。なぜ髄で満たされているかについてはさらにお話ししていくでしょう。鳥の骨は空洞で空気にのみ満たされています。したがって、私たちの骨の内部にあるものを観察する限り、私たちは髄的なものから成っており、鳥は空気から成っています、鳥の髄的なものは純粋な空気なのです。鳥の肺を考えてみると、皆さんはこの鳥の肺のなかに肺から出ている多数の袋を発見されるでしょう、これらは空気袋なのです。鳥が吸い込むとき、鳥は単に肺のなかへと吸い込むだけでなく、この空気袋のなかへと空気を吸い込みます、そして空気はこの空気袋から空洞の骨のなかへと入っていくのです。したがって、鳥から筋肉も羽根もすべて外し、骨も取り去ることができるとしたら、空気から成る動物がなおも得られるでしょう、この動物は、内部の肺を充填するものとすべての骨の内部を充填するものの形(フォルム)を有しています。これを形(フォルム)において思い浮かべれば、まさしく鳥の形が得られることでしょう。筋肉ー骨鷲(Fleisch- und Beinadler)の内部に空気鷲(Luftadler)がおさまっているのです。さてこれは、単にまだ内部に空気鷲が存在するからという理由でのみそうなのではありません、鳥は呼吸します、呼吸を通じて鳥は熱を生み出します。この熱を、鳥は、鳥が今やそのすべての肢のなかに押し込んでいる空気に伝えるのです。ここで、外部環境に対して熱差が生じます。鳥はここに内熱を、ここに外部の熱を有します。空気の外的な熱と、鳥が自身の内部の空気に与える熱との間のこの水準差、この水準差のなかに、つまり熱の、熱のエレメントの内部の水準差のなかに、本来鳥は生きているのです。そしてしかるべきやりかたで皆さんがもし、そもそも鳥の体はどういう状態なのか、鳥にお尋ねになるとしたら、鳥は皆さんに答える。皆さんが鳥の言葉を解されるなら、鳥が答えることはおわかりになるでしょう、そして皆さんに明らかになるでしょう、鳥は堅く実質的な骨について、そして通常自らが担っているものについて語っているのだ、つまり、たとえば皆さんが、トランクを左右に持ち背中と頭の上にも乗せているときのように、自分が担っているものについて語っているのだと。トランクを持っているときは皆さんにしても、これは私の身体だ、右側のトランク、左側のトランクその他は私の身体だとはおっしゃいません。皆さんが、自分が荷物として担いでいるものについて、自分の身体について語るように語ることはほとんどなく、自分が担いでいるものとして語るように、ちょうどそのように、鳥は自分について語るとき、単に鳥によって暖められた空気について語るのです、鳥が地上での生存において担っている荷物とは違うものについて語るのです。この骨、こういう本来の鳥の空気体を覆っているこの骨は、鳥の荷物なのです。したがって私たちはまったくもってこう言わなければなりません、根本的に言って鳥はまったく熱エレメントのなかで生きている、そして蝶は光エレメントのなかで生きている、と。蝶にとっては、蝶が霊化する物質的実質であるものはすべて、霊化以前にはそもそもまさに荷物ですらなく、建物の設備とでも言ってよいものです。これは蝶からさらに遠く離れているものなのです。つまり、この領域まで、この領域の動物のところまで上昇することで、私たちは、私たちが決して物質的なしかたで判断してはならないものに到達するのです。私たちがこれを物質的なしかたで判断すれば、それはたとえば、私たちがひとりの人間を次のように描こうとするときのようなものです、つまりその髪の毛が頭にかぶっているもののなかへと生えていくように描いたり、そのひとのトランクが両腕と合体し、背中にそのひとがリュックサックとして背負っているものが付いているように、その結果、あたかもリュックサックが後ろへ成長していったかのように背中に瘤をつけてしまう、という具合に描こうとするときのような。私たちが人間をこのように描くとすれば、これはひとが画家として鳥について本来抱いている想念に当たります。それはまったく鳥ではありません、それは鳥の荷物なのです。本来、鳥もまた、あたかも自分がこのひどく重い荷物をひきずっているように感じています、と申しますのも、鳥は率直に、まったく重荷などなく、暖かな空気動物として、世界をめぐってさすらいをして行くことを一番望んでいるのですから。それ以外のことは鳥にとって重荷なのです。そして鳥は、貢ぎ物を宇宙存在(状態)へともたらします、死ぬときに、この重荷を霊化し霊の国へと送り込むことによってです、蝶はまだ生きているうちにこれを行ないます。よろしいですか、鳥は私が皆さんにお話ししましたようなしかたで呼吸し、空気を用います。蝶の場合これはまた異なっています。蝶はそもそも、いわゆる高等動物と言われているものが有しているようなそういう装置によって呼吸しているのではありません、高等動物というのは実際嵩高 動物なのであって、本当は高等動物などではないのです。蝶は本来、その外側の覆いから内部に入り込んでいる管を通してのみ呼吸します、この管がいくらか膨らまされ、それで蝶は飛んでいるときに空気を貯えることができます、それで蝶は常に呼吸しなくてすむようになっているのです。蝶は本来いつも、蝶の内部に入り込んでいる管を通じて呼吸します。内部に入り込んでいる管を通じて呼吸することによって、蝶は、吸い込む空気と共に、空気のなかにある光も同時に体全体へと取り入れることが可能なのです。ここにもまた大きな違いがあります。 挿入図:肺(lung)
参照画:Giant golden-crowned flying fox
□編註 ☆1 土星は記憶の大いなる担い手:詳細はシュタイナーの1923年7月27日の講義(『秘儀参入学と星認識』[Initiationswissenschaft und Sternenerkenntnis] GA228)参照。 □訳註 *1 GA228『秘儀参入学と星認識』の第1講(1923年7月27日)によれば、土星は太陽系の生き生きとした記憶、木星は宇宙の創造的、受容的思考、火星は言語の衝動に関係する。金星は地球から発するすべてを愛に満ちて宇宙に返す。水星は宇宙的思考、月は遺伝の力の担い手。火星、木星、土星は人間を解放する惑星、金星、水星、月は運命を定める惑星。これらの惑星の間にあって、調和を創り出すのが太陽。