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前にも書いたように、月曜日からイタリア中部のバーニョ・ディ・ロマーニャという温泉町で、イタリア語のお勉強をしている。小さな、アットホームな学校で、先生たちもフレンドリー。居心地はいい。 午前中は個人レッスン、午後はグループレッスンというスケジュールだが、個人レッスンはやっぱりいい。こちらの個人的な?質問にも答えてくれるし。 で、今日も、気になっていたことを聞いてしまった。 オペラのイタリア語、である。 オペラの講座などをやっていて思うのだが、どうやら皆さん、イタリア人ならたとえばイタリア語オペラの言葉はわかる、と思っているらしい。 でも、本当は違うんだろうな、と、私はずっと思っていた。 で、個人レッスン担当の地元の先生に、それを確認してみたわけなのです。 彼女は、別に特別なオペラファンではないのだが(椿姫くらいなら知っているというところだろうか)、十二分に答えてくれました。 で、その結果。やっぱり、分からないのです。 「声が高すぎたり低すぎたりして、言葉が聞き取れない」 というのが、先生の答えでした。 結局、オペラ(イタリア語ではオペラ・リリカ。「オペラ」という言葉は本当は「作品」という意味)は、「音楽が重要なんでしょ」「音楽が優先されているんでしょ」と、彼女は言うのである。 そうだよね。やっぱりオペラは「音楽」。だからこそ、国境を越えて親しまれるんじゃないだろうか。 そしてその「音楽」のなかに、作曲家によって作り出された人間の感情がこめられているんだよね。 それから、オペラで使われている言葉は(これも予想したことだけれど)、古すぎて、今使ったらおかしい、変に気取っているととられてしまう、ということでした。 そりゃそうだよね。大半が19世紀のものなんだから。森鴎外か樋口一葉か?というところかも。 もうひとつ。イタリアにいて、現地のひとと接していると、オペラのなかに使われている言葉が、そこから連想されるのとまったく違う意味で使われているのに気づくことがある。 たとえば、「椿姫」、第1幕終わりのヴィオレッタのアリアに先立つ、「不思議だわ・・・e strano」という有名なせりふ。 これは彼女が、恋人のアルフレードに初めて会って、今までにないときめきを感じている場面なので、この「不思議だわ=strano」という言葉は、何かときめくようなロマンティックな感情をあらわしているように、これまでは思っていた。 でも違うんですね。 だって、イタリア人の話をきいていると、「あの人変わっているよね!=変人だよね」なんていうところで、「strano」を使っているんだもの。 結局、英語の「strange」なんですね。 ついでにもうひとつ。これはオペラとは関係ないが、イタリア人がよく使う「きれい bello,(男性形) bella(女性形)」という言葉。見ていると、どうやら深い意味もなく、親しみを感じる対象に対して使っているみたい。たとえば家族や親しい友人に電話するとき、「 ciao, bello(bella)」なんて、挨拶言葉にまぜて使っている。だから彼らに「きれい」なんて言われても、あまり本気に取らないほうがいい? うーん、ほんとに言葉は、現地に来て見なければわからない。2週間でも、来ないよりはるかにまし、なのである。
August 11, 2005
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ジュゼッペ・ヴェルディの人生のパートナーといえば、ジュゼッピーナ・ストレッポーニ。 作曲家の娘で、ソプラノ歌手として活躍し、「スカラ座のプリマドンナ」として君臨。ヴェルディの出世作「ナブッコ」のアビガイッレを歌ったのがきっかけで、妻子を亡くしたばかりのヴェルディと親しくなりました。けれど2人が正式に結婚にいたるまでには、それから17年の月日がかかります。(2人は結婚前、10年ほど同棲していたのですが) なぜそんなに時間がかかったか。最大の理由はジュゼッピーナの過去でした。奔放な男性関係で知られた彼女は、ヴェルディと知り合う前に、複数の男性との間に少なくとも4人の子供をもうけていたのです(1人は死産)。父親の名前がわからない子供もいました。 劇場の世界では、珍しくなかったというひともいます。けれどヴェルディの故郷であるイタリアの田舎町ブッセートでは、とんでもないことでした。もともと息子と折り合いが悪かったヴェルディの父は、息子がジュゼッピーナを連れてきて「家名を汚した」と怒りました。同棲した2人は、町の人たちから激しいバッシングを受けます。 おそらくそれが原因で、2人はブッセートに越して2年後の1851年に、近郊のサンターガタに移りました。今でも「ヴェルディ邸」として知られるサンターガタの家は、周囲から孤立した一軒家。孤独を愛したヴェルディですが、ここまで引きこもった原因のひとつがジュゼッピーナでした。 2人は1859年に結婚。その後も子供ができることはなく、ヴェルディはやがて年の離れたいとこを養女にして家を継がせます。なので、ヴェルディには直系の子孫はいません。 と、いうことに、長い間、なっていました。 ひょっとしたらジュゼッピーナは、ヴェルディの子供も身ごもったのではないか。でもスキャンダルを恐れて、赤子を棄てたのではないか。 そういう話は、1990年代から出始めました。90年代に膨大なヴェルディの伝記を著したフィリップス・メッツ女史は、クレモナの棄子養育院の記録から、1851年の春に2人の間の子供が棄てられたと推測しています。そして、そんなことがあったなら、2人とブッセート、そして父親との決裂は決定的になっただろう、とも。 けれどこの説には確たる証拠はありませんでした。 そしてこの春、この問題に決定打となりうる著書が発売されました。著者は指揮者のシモーネ・フェルマーニとジャーナリストのジョヴァンニ・フェルマーニの兄弟。2人はヴェルディとジュゼッピーナの間に生まれ、棄てられた(里子に出された)女児のひ孫だと主張しています。 私はある方の紹介でこの本を読み、この6月、ミラノでシモーネ氏にお会いしました。そして、おそらくフェルマーニ兄弟はヴェルディとジュゼッピーナの末裔だろうと思っています。 このことに接してのち、腑に落ちたことは、「シモン・ボッカネグラ」という作品についてです。 「シモン」をご存知の方ならおわかりのように、「シモン」は棄て子、それも女の子の物語です。主人公は未婚の身で心ならずも恋人を妊娠させ、恋人は死亡。生まれた女児は里子にだされて行方不明に。しかし25年後に父娘は再会します。その場面の二重唱の天国的な美しさ! それは、実際に、ヴェルディが娘を棄てたからではないでしょうか。贖罪(ある友人言葉)も、あるのではないでしょうか。 そしてその「娘」は、自分が原因で決裂した父と祖父を、仲直りさせるのです。その場面の音楽もまた、限りなく感動的なのです。 ヴェルディは実父と仲が悪かった。それはジュゼッピーナも一因でした。もし結婚前のヴェルディとジュゼッピーナに子供ができていたら、あるいはできたことがわかれば、大スキャンダルになったことでしょう。だから2人は子供を棄てる決断をせざるをえなかった。ヴェルディは、父との和解を夢見たでしょうか。 「シモン」は、棄て子事件があったとしたら、その6年後に初演された作品です。地味な作品だと日本では言われますが、実はファンが多い。「シモン」がいちばん好きなヴェルディオペラだというひとを何人も知っています。感動的な名作ですから。そして世界中の劇場でレパートリーです。メトでもウィーンでもスカラでもしょっちゅう上演されているのです。公演が少なすぎる日本のほうがおかしいのです。(さすがに生誕200年の2013年には、演奏会形式でちらほらありましたが) で、やはり、あの感動的な音楽は、棄て子事件のせいかもしれない、と感じています。 詳しくは、今月刊行された「日本ヴェルディ協会」の協会誌に寄稿しております。ご興味のある方は、ぜひご覧いただければ幸いです。 会報ご希望の方は、以下のサイトからお入りになり、事務局にご注文ください。 多くの方にご高覧、ご意見をいただけましたら幸いです。 http://www.verdi.or.jp
November 23, 2015
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昨夜、モネ劇場の来日公演「ドン・ジョヴァンニ」を見てきた。 ここの音楽監督をしている大野和士氏の指揮。凱旋公演である。 大野ファンなのか、会場におしゃれな女性多し。スカラ座やウィーンの来日公演に来ているマダムたちとは、ちと感じの違うお客が多かった。面白いですねえ。 大野さんの指揮はほんとすばらしかった。流れがよくて鋭敏だけれど繊細で。レチタティーヴォから歌への移行があんなに絶妙なモーツァルト・オペラの演奏は初めて聴いた。(知り合いの評論家によると、とても計算しているそうだけれど)。オケも反応がとてもいい感じ。 歌手は、それはウィーンとかに比べればまだ若手だし、一段階落ちるかもしれないけれど、全体的に若々しい活力があって、とても楽しめた。大野さんは歌手に歌わせるのもうまい。 プログラムの記事によると、大野氏はすごく頭のいいひとらしい。話術、交渉も巧みとか。えらく貴重な人材ですね。 ところで、「ドン・ジョヴァンニ」という作品は、(よく言われることだが)モーツァルトのオペラのなかで、かなり異質な、ロマン派の方へはみ出している作品である。 今日とくにそれを感じたのは、登場人物の心の葛藤の激しさだった。 とくにドン・ジョヴァンニをめぐる女性は、みんな揺れている。というのも3人とも、どこかでジョヴァンニに惹かれているからだ。 ドン・ジョヴァンニと結婚して捨てられたドンナ・エルヴィーラはもちろんだし、口説かれては陥落しそうになるツェルリーナも当然、そしてよく論議の対象になるドンナ・アンナも。 それぞれ程度は違うのだが、みなドン・ジョヴァンニに惹かれる気持ちがあり、葛藤しているのだ。 葛藤のなかで、一番自分の気持ちを把握できないのが、ドンナ・アンナだろう。お嬢さん育ちで、たぶんそういう激しさを経験したことがないから、どうしていいか分からないんじゃないだろうか。 ただし、よく(とくに男性から)言われるように、ドンナ・アンナが幕が上がる前にドン・ジョヴァンニと関係してしまっており、そのために惹かれている、と言う解釈は(そういう演出も多い)、私はとらない。 だってドンナ・アンナはファザコンで処女(のはず。貴族の娘なんだから嫁入り前は厳禁でしょ)なのだ。だからこそ、闇にまぎれて忍んできた暴漢=ドン・ジョヴァンニを追っかける、なんて無謀なことができたのではないだろうか。もし本当にやられていたら、とても起き上がって追っかけてくる、なんて無謀なことは、精神的にも肉体的にもできないと思うよ。自分の恥をさらすようなものだし。 まあ、ただ、私が感じたのは、やられてしまったのかどうなのか、ということではなく(それは最終的にはあまり重要ではない気もする)、その忍んできた男に、ドンナ・アンナはフェロモンを感じてしまったのだろうなあ、ということである。 おとなしいお行儀のいい婚約者のドン・オッターヴィオと結婚するというレールを信じきっていた彼女が、自分でもわけのわからない感情に襲われているのではないか、ということである。 けれど同時に、そのジョヴァンニは父の仇であるわけだから、それはそれでやはり許すわけにはいかない。 つまり、どうしていいかわからない状態ではないだろうか。 だから彼女の歌うアリアはわけがわからない。オッターヴィオの誘いを断るのは、ドン・ジョヴァンニへの複雑な感情に揺れているからだろうけれど、まさかそれを口に出すわけにはいかないから、父のことだけで逃げようとする。でもそれは本心の半分でしかないから、やはり心情のこもらない、半分空虚なわざとらしい感じがしてしまうのではないだろうか。オペラ・セリア型の大仰なアリアにしたのには、その心理表現もあるのでは。 今回改めて認識したのはドンナ・エルヴィーラの女らしさ。モーツァルトは男の純情を描くのは得意だけれど、女の純情はあまり描かないな、と思っていたのだが、どっこい、これはすばらしき女の純情であります。揺れる女心を描いた第2幕の彼女のアリアには、本当に胸を打たれた。
October 7, 2005
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ワーグナーのオペラは、普段はあまり触れない、といいますか、(あまり積極的に聴いていないので)「触れられない」というのが本当なのですが、音楽体験の原点の一つはワーグナーです。子供の頃、ウィーンフィルがカール・ベームと来たときに、NHKホールで聴くことができ、ブラームスの交響曲第一番がメインだったコンサートのアンコールに演奏した「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の前奏曲で、持っていかれてしまったのでした。 その時思ったことは、忘れられません。 「この世に生まれてきてよかった」 と思ったのです。本当に、心の底からその言葉が湧いてきたのでした。 なので、ワグネリアンになる素地?はあると思うのですが、色々考えるところがあり(生意気ですみません)、ちょっと距離を置いておきたい作曲家でもあります。 とはいえ、ワーグナーの音楽が凄いということには全く異論はありませんし、とてつもなく深いものだということも同じです。 その次にワーグナーに持っていかれたのは、1990年代なかばのバイロイトでした。正確な年がわからず、お恥ずかしい次第ですが。。。。 実は別の目的でバイロイトに行ったのですが、ある方の仲介で、その場でたまたま聴けてしまったのです。演目は「パルジファル」、シノーポリの指揮でした。 驚きました。「玄妙」としか言いようのない音楽が、オーケストラピットから湧いてくるのです。銀色の音色。それが所々で壮麗な大伽藍を築く。それが延々と続くわけですが、持っていかれる。引き込まれます。所々意識を失いかけましたが、気づくとまた音楽に揺られている、その快楽。ワーグナーの「毒」というのはこれか、と思いました。「パルジファル」は、バイロイトの音響を考えてワーグナーが作曲した作品のようですが、以来実演に何度か接してはいますが、確かにあの音色はバイロイトでなければ体験できないような気がします。 ちなみにシノーポリは、1994年から99年まで6年続けてバイロイトで「パルジファル」を指揮しており、1998年の演奏が映像になっています。シュトルックマンやワトソンなど、歌手も充実。こちらはブルーレイ。あの劇場内の音響が感じ取れるかどうかは微妙ですが。。再生機器にもよるでしょうか。 「パルジファル」 シノーポリ指揮 バイロイト音楽祭 ブルーレイ youtubeでも全曲見られます。 「パルジファル」 シノーポリ指揮 バイロイト音楽祭 youtube パート1 「パルジファル」 シノーポリ指揮 バイロイト音楽祭 youtube パート2 さて、「マイスタージンガー」に話を戻します。 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」は、ワーグナーのオペラの中では聴きやすい、入りやすいと言われる作品ではないでしょうか。音楽も聴きやすいし(長いけど)、物語もわかりやすく、ハッピーエンドで高揚感があります。(思想的にちょっと賛同できない部分はありますが)「前奏曲」はあまりにも有名ですが、全曲を聴くと、最後で回帰する「前奏曲」が沁みます。 日本では何度か聴きましたが、海外で印象に残ったのは、2010年の春にチューリヒの歌劇場で聴いた時。スイスの指揮者フィリップ・ジョルダンの指揮が若々しくみずみずしくフレッシュで、ピットから音楽が水しぶきのように弾け飛んできて、それは快感でした。ジョルダンはその時初めて聴いたのですが、そのシーズンからパリ国立オペラ座の監督になっていて、上り調子の時でした。その後ご本人から、「あれが自分の『マイスタージンガー』デビューだった」と聞いて、納得。指揮していて楽しい!というような高揚感の理由がわかったような気がしたのです。 ジョルダンはその後パリで大活躍。そして、(ご存知の方も多いと思いますが)この秋からはウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任予定です。 次にジョルダンの「マイスタージンガー」を聴くことができたのは、一昨年のバイロイト音楽祭。2017年に初演されて高い評価を得た、バリー・コスキーのプロダクションでした。およそ20年ぶりのバイロイトは、暑さには参りましたが(個人的に、バイロイトの劇場には冷房をつけるべきだと思っています)、公演自体は全てが素晴らしいものでした。ユダヤ系で初めてバイロイトで演出をしたというコスキーは、反ユダヤ主義という要素がある「マイスタージンガー」を、ハンス・ザックスをワーグナーに擬え、最後のシーンで舞台にオーケストラを指揮するワーグナーが登場することで、音楽による「克服」を訴えているように思え、共感できましたし、指揮も、歌手も、全てが高水準でした。 今、ベルカントやバロックは歌手がいい、と何度も書いてきましたが、ワーグナーの歌手も層が厚いと感じます。その背景には、やはりバイロイトという、ワーグナーをめざすアーティストが目標とする場所があることが大きく関係しているのではないでしょうか。ペーザロのロッシーニ音楽祭が、ロッシーニ 歌手、指揮者の震源地になっているように。 残念ながら全曲をネットで見ることはできませんが、映像は発売されています。おすすめです。 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 ジョルダン指揮 コスキー演出 バイロイト音楽祭 2017 DVD トレイラーはこちら。 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 バイロイト2017 トレイラー 手前味噌で恐縮ですが、この作品の背景については、3月に出した新書で割と詳しく触れましたので、ご興味がおありでしたらご覧いただければ幸いです。 「オペラで楽しむヨーロッパ史」平凡社新書 2020 追記Facebookで繋がっている友人から知らせあり、上記の「マイスタージンガー」、youtubeで全曲見られるようです。こちらにいただいたリンクを貼り付けます。「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 2017年 バイロイト音楽祭 youtube
April 27, 2020
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今が「旬」のオペラ作曲家といえば、ヘンデル。 フランスやドイツをはじめ、ヨーロッパ諸国ではスタンダードなレパートリーとして定着しつつあります。ヘンデルの音楽の、流麗であふれんばかりの美しさにめざめるひとが、増えているのでしょう。 その背景には、古楽の復興があります。ピリオド楽器のオーケストラの水準が向上し、優れた技術とノンヴィヴラートに近い歌唱法を身につけた歌手が格段に増えていることが、ヘンデル・オペラの興隆の主因でしょう。ヘンデルのオペラが高水準で楽しめるなんて、2、30年前には考えられなかったのではないでしょうか。昨夏ザルツブルク音楽祭で聴いた、バルトリが主演した「ジューリオ・チェーザレ」など、今のオペラのあらゆる分野〜バロックからワーグナー、20世紀まで〜すべてを統合しても抜きん出たできばえだったと思います。 もうひとつ、ヘンデルのオペラは読み替えが比較的自由にできる(と思われている)のも、今の時代の魅力なのでしょう。ヘンデルのオペラ上演の大半は、いまや読み替え(置き換え)なのではないでしょうか。 読み替えもいろいろあります。ヘンデルのオペラはそれこそヴェルディなどに比べればその余地ははるかに大きいと思いますが、強引と感じられるものも散見されます。やはり当時のエンタメでもあったわけですから、あまりに演出家のメッセージ性が強いものは辟易します。 今回、メトロポリタンオペラのライブビューイングで、今シーズンの最終演目として配給された「ジュリアス・シーザー(イタリア語名ジューリオ・チェーザレ)」は、「楽しめる」ヘンデルのオペラのプロダクションの最右翼ではないでしょうか。 「ジュリアス・シーザー」という作品自体が、ヘンデルの最人気オペラのひとつ。ロンドンでイタリア・オペラの上演を始めたヘンデルが波に乗っているときの傑作で、次から次へと名旋律がむせかえるように続きます。ヘンデル・オペラの入門にも最適な作品のひとつです。 プロダクションはもともと、2005年のグラインドボーン音楽祭で、大評判をとったもの(デヴィット・マクヴィカー演出)。シーザーとクレオパトラの出会いを描いた歴史物語を、19世紀の植民地時代のエジプトに置き換えたものですが、とにかくおしゃれで、ダンスタブルで、楽しめるプロダクションです。舞台の奥行きを深くし、立体的で、機械仕掛けを使うのはバロック時代のオペラ劇場の再現ですが、時代は変えてある訳ですから、よりモダン。色彩的にも美しい(とくに海の藍)。演劇的ですが過剰ではなく、音楽がいきいきと通ってきます。DVDも発売されていますから、ご覧になった方もあるでしょう。 (そういえば、19世紀植民地時代のエジプトという設定は、何年か前にチューリヒで初演された「アイーダ」にもありました(ニコラ・ジョエル演出))。 グラインドボーンでのプロダクション初演でヒロインのクレオパトラを歌ったソプラノ、ダニエレ・ド・ニースは、この公演でグラインドボーン音楽祭の御曹司に見初められ、妻の座を射止めるというシンデレラストーリーも体現。プロダクション自体の好評におまけもつき、何かと話題になったのでした。 そのプロダクションをDVDで見て、「一度でいいからこんな舞台で歌ってみたかった」と思ったというのが(今回の映像収録のインタビューより)、フランスのスター・ソプラノ、ナタリー・デセイ。ダンスを活用した動きの多さに加え(デセイ好み)、軽やかな高音と情感豊かな歌唱が得意な彼女には、声楽的にもあっている、と思えたのではないでしょうか。 そのデセイの夢を、メトロポリタンオペラが実現してくれました。 デセイはこの役を、パリのオペラ座などでも歌っていますが、今回の「歌って踊れるクレオパトラ」(グラインドボーンでのド・ニースもそうでしたが)はまさにはまり役。得意のコメディ的な演技も交え、敏捷に身軽に(彼女の身体能力にあわせて、初演時より軽やかな動きが多用されていたと思います)、そしておしゃれに、クレオパトラを演じ切りました。ニースに比べ、やはり大人の女の貫禄もあり、とくにスローテンポのアリアでは、彼女ならではの情感こもった表現力で胸を打ちました。ここはやはりベテランの力です。技巧的なアリアでは、正直なところ最盛期の切れ味はないですが、そこは演技力も含めてのステージプレゼンスで十分にカバーしていました。 タイトルロールのチェーザレは、カウンタテノールのデヴィッド・ダニエルズ。この役はメッゾソプラノかカウンタテノール、どちらかが歌うのが慣習になっています。グラインドボーンではメッゾのサラ・コノリーが歌っていて、すがすがしくて品がよく、好感が持てました。一方、昨夏観た、バルトリが出たザルツブルク音楽祭のプロダクションでこの役を歌ったのは、カウンタテノールのアンドレアス・ショルで、これはほんとうに素晴らしかった。ちなみに初演で歌ったのはカストラートのセネジーノですから、まあカウンタテノールのほうが好もしいかもしれません。 ダニエルズ、よく歌っていたと思います。最初のアリアではちょっとはらはらしましたが、後は8曲!のアリアを要求されるこの難役を破綻なく歌い切りました。ただ、上にあげた2人に比べて、声の質も含めた華にやや欠けるのが物足りない。技術的な精度がもう少し加われば、多少はカバーできるかもしれません。 他のキャストでは、トロメーオを歌ったカウンターテノール、クリストフ・デュモーが秀逸。デュモーはグラインドボーンでも出ており、バルトリの歌ったザルツブルクの公演でも同役を、そしてパリのオペラ座などでもこの役を、と、目下最大の当たり役です。デュモーの素晴らしいところは、完璧な技術がバックアップする様式感がきちんとしているところ。彼が歌い始めると音楽の輪郭が立ち上がるので、安心して聴けます。アジリタも完璧。この役を歌い込んでいるというのもあるのでしょうが、技術面では今回のキャストのなかでもっとも安定していました。声にも硬質の輝きがあり、かっちりした様式感が大事なバロックものに向いていると思います。今回のライブビューイングの映像で、デュモーのインタビューがなかったのは残念。これだけ歌っている役だから、面白い話がきけたでしょうに。 ニレーノ役のカウンターテノール、ラシード・ベン・アブデスラームも、芸達者な面を見せて好演。彼もグラインドボーンのプロダクションに出ていたメンバーです。コルネリア役のパトリシア・バードンも、グラインドボーン組。こうしてみると、初演時にこのプロダクションで歌っていた歌手の役割は大きいな、と感じます。 自宅にあるグラインドボーンの映像と比べてちょっと物足りなかったのは、セスト役のメッゾ・ソプラノ、アリス・クート。よく歌っているのですが、様式的にちがう、という感じ。彼女はライブビューイングでは「ヘンゼルとグレーテル」などに出ていましたが、あの手の様式とあまりかわらないような。音楽の輪郭がきっちりしていないので、もやついてしまうのです。セスト役は主役の2人に続いて重要な役なので、できれば強力な歌手を持ってきてほしかった。グラインドボーンでは安定度抜群のメッゾ、アンゲリカ・キルヒシュラーガー、ザルツブルクではカウンターテノールの若手スター、フィリップ・ジャールスキーが歌っていましたので。ヘンデルは、シャープで、壮麗な音楽であるのが個人的には理想です。 全体としては、とにかく「楽しさ」が炸裂している映像。ダンスタブルな演出は、ヘンデルの音楽に流れている舞曲のリズム(バロックのひとなので、舞曲は必然)を生き生きとあぶりだします。デセイのインタビューでも、演出のマクヴィカーが「とても好きなプロダクション」だという言葉が出てきたのですが(マクヴィカー本人が出てこなかったのもちょっと残念)、それが出演者にも伝染している感じで、みながこのプロダクションを大好き、というワクワク感が伝わってきました。この手のワクワク感は見る側にも伝染するので、引き込まれます。 ひとつだけ、贅沢なリクエストを書いておきます。 オーケストラ、ピリオド楽器でやってほしかった、ということです。 グラインドボーン(クリスティ指揮のエイジ・オブ・エンライトメント)も、ザルツブルク(アントニーニ指揮のイル・ジャルディーノ・アルモニコ)も、そうだったから。そしてピリオド楽器のあの響き、壮麗でシャープで音のグラデーションの豊かなあの響きこそ、この演出を際立たせるのではないかと痛感したのでした。グラインドボーンの時のマクヴィカー演出も、音楽がピリオドであることを前提に作られていたのではないでしょうか。ビケット指揮のオケは悪くはないのですが、どうしても小回りがきかないし、様式感とか音の切れが違うのです。響きの繊細な壮麗さも。 もちろん、いくらヘンデルだといえ、世界の大歌劇場で、自前のオケをどかせてピリオド楽器のオケに代えるなどということは一般的ではありません。けれど、ウィーンの国立歌劇場では、グルックのオペラ「アルチェステ」をやるにあたって、初めてピリオド楽器のオケ、フライブルク・バロックオーケストラを入れました。もちろん例外的なことですが、これからはメトも、その手の冒険を検討してもいいのではないでしょうか。 「ジュリアス・シーザー」は金曜日までです。 http://www.shochiku.co.jp/met/ グラインドボーンの公演が気になった方はぜひこちらも。3枚組ですがアマゾンでは3000円以下で買えます。メトのキャストを思い出しながら比べてみると面白いかも。これ、「ライブスパイア」っていう、イギリスのハウス中心にやっぱりオペラの公演映像を配給していたシリーズでやってたみたい。知らなかったなあ。それだけ人気のプロダクション、ということなんでしょうね。 http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss/376-3786951-1123307?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&url=search-alias%3Daps&field-keywords=%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AB%EF%BC%9A%E6%AD%8C%E5%8A%87%E3%80%8A%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%AC%EF%BC%88%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BC%EF%BC%89%E3%80%8B%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%B3%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E7%A5%AD2005-DVD-%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E6%8C%87%E6%8F%AEヘンデル:歌劇《ジュリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザー)》グラインドボーン音楽祭2005-DVD-ウィリアム・クリスティ指揮/dp/B00660ORVG
May 21, 2013
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人生で一番影響を受けた本といえば、開高健「夏の闇」です。 中学生のころ初めて読んで衝撃を受けました。それまでは、従姉や父から譲り受けた「少年少女世界文学全集」で文学少女?を気取っていた私にとって、日本語ってこんなに豊穣なんだ!こんなに表現ができるんだ!と痛感させてくれた1冊だったからです。 物語というほどのものは、ないと言えばない。かなりの程度、私小説と言っていいのでしょう。「私」(=作家)が、一夏を「女」と一緒に過ごすだけの話です。眠って、食べて、交わる。そのことに膨大な、華麗な語彙を使う。そしてうつ病に陥っている自分を観察し(作家って自分を観察し尽くすという意味では大変な商売だと思います)、「女」を観察する。最後は「私」は、束縛を匂わせ始めた「女」から逃げ出して、かつて従軍記者として滞在したベトナムへと向かう。(ベトナム体験を描いた開高健のもう一つの名作が「輝ける闇」です) 最初と最後の一文は、今でも憶えています。 「その頃も旅をしていた」 そう始まり 「明日の朝、10時だ」(ベトナム行きの飛行機が飛ぶ時間) で終わるのです、 何より魅了されたのは、繰り返しですが語彙と表現の豊かさ、饒舌さ。最初の頃は内容などよくからず、ただただ文章、文体に魅了されて、浸っていました。ああいう文章が書きたい、というのは今でもどこかにあります。 「私」の夏はパリで始まり(開高はパリが好きでした)、「女」が住んでいるボンや、ドイツの山の湖を経て、ベルリンで終わります。この間、町の名前は一切出てきませんが、だいたい想像がつくのです。 例えばベルリンは「あちらのこちら」と表現される。東西分割時代のベルリンの描写は強烈で、私自身、1988年に、まだ分割時代のベルリンに初めて足を踏み入れた時、「夏の闇」での描写を思い出して感慨の深いものがありました。 最後のシーンは、二人が東西ベルリンを循環する列車に乗っている場面です。 「東は暗くて広く、西は明るくて広かった。けれど、止まったり、かけぬけたり、おりていく背も見ず、乗ってくる顔も見ず、暗いのが明るくなり、明るいのが暗くなるのを、固い板にもたれて凝視していると、東も、西も、けじめがつかなくなった。あちらも、こちらも、わからなくなった。走っているのか、止まっているのかも、わからなくなった。 明日の朝、十時だ。」 この本を読んでから、漢字とかなの使い分けにも気を配るようになりました。 今回、この本を再読しがてら調べていたら、「女」にはモデルがいたんですね(いるのだろうとは思ったのですが、調べてまでという興味がなかったので)。早稲田でロシア文学を学び、ドイツに流れ着いてそこで博士号を得た(この本の中で「女」は博士論文の仕上げをしています)、エネルギッシュな女性。佐々木千代さんという方で、なんと交通事故で亡くなったらしい。 「夏の闇」は彼女の死後に書かれました。ちょっと、ぞくりとしました。 詳細はこちらから。 開高健「夏の闇」新潮文庫
May 5, 2020
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某有名人に同行しての「カラヤン」取材旅行、昨夜から第2目的地のベルリンです。 今日はまず、ベルリンのフィルハーモニーホールへ行き、カラヤン時代からベルリン・フィルにいるフルート奏者に、有名人氏がインタビューをしました。 写真撮影もあるので、前半の話はあまり近くで聞けなかったのですが、後半はちょっと近づいてきくことができ、なかなか面白かった。 たとえば、カラヤンの音楽づくりについて。 カラヤンの特徴は「フレージングとレガート」にある、とフルート奏者氏はいいます。 そして、「盛り上げるところは120パーセント盛り上げるようにもっていく」のだとも。 なんだか、カラヤンの音楽が、ありありと頭のなかに浮かびました。 もうひとつ、これはもっと一般的なことですが、オーケストラ奏者からみた指揮者について、 「どんな指揮者でも、これから演奏する作品について、美学を持っている。 それは、指揮者が指揮台に立てばすぐわかる」 なるほど、怖いものですねえ。 今回の取材旅行の結果は、いずれ(もちろん有名人氏の名前で)本になる予定なのですが、このあたりの話、なかなか面白くなりそうです。 写真は、ベルリン・フィルハーモニーでの取材陣一同。
April 15, 2009
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あけましておめでとうございます。 本年も、どうぞよろしくお願いいたします。 さて、2015年の最初のブログは、「初めての追っかけ」アーティストについて書こうと思います。 ネルソン・フレイレ。クラシックファンならご存知の方もそれなりにいらっしゃるでしょうか。70歳になる、ブラジルのピアニストです。 そう、追っかけ第一号は、ピアニストでした。今でこそ歌手だ指揮者だと騒いでいますが、クラシックの原体験はピアノです。ど下手な「習い事」だった時期もありました(誰でもピアノを習っていた時代なので)。親戚にピアニストがいて、その彼女から最初にもらったLPが「フレイレ」だったのです。忘れもしません、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番と「死の舞踏」のカップリング。ルドルフ・ケンペ指揮ミュンヘン・フィル。それと、シューマン「謝肉祭」とシューベルト「即興曲」の組み合わせ。ちょうど習い事ピアノで、「即興曲」を弾いていたのです。なので、聴き込むうちに惹かれて行きました。 その時、フレイレがうたい文句で何と呼ばれていたかというと、「若き巨匠」だったのですね。超絶技巧のヴィルトゥオーソという売り方でした。今のフレイレをご存知の方なら、へえ?という感じなのではないでしょうか。でもたしかにこの録音は、テクニカルな面を前面に押し出していてまばゆいばかりという印象です。 当時、南米のピアニストがブームでした。アルゲリッチ、ゲルバー、バレンボイム、そしてフレイレ。あの吉田秀和さんが彼らのことをしばしばとりあげたことも、話題になるきっかけとなったように思います。クラシックの世界にとって新しい大陸から出てきた新鮮な人材、という位置づけでした。その後の彼ら、とくにアルゲリッチやバレンボイムの活躍についてはご承知の通りです。(考えてみると、今のオペラ歌手も同じような状況、つまり本場であるヨーロッパ(特にイタリア)の人材が枯れてきて、南米とかロシア東欧など、その方面の新興国に頼っているわけですね。) デビュー後しばらく、フレイレは、ひんぱんに来日していました。高柳音楽事務所というところが呼んでいたのです(今はもうありません。。。)。前後してシューマン&グリークの協奏曲、ショパンのピアノソナタ3番とリストのピアノソナタのカップリング、母国の作曲家であるヴィラロボスのアルバム、ショパンアルバムなど、LPもたくさん出していました。 けれど、コンサートは残念なことに入りがよくありませんでした。日比谷公会堂あたりで聴いたこともありますが、正直、がらがらで、気の毒なくらいだった時もありました。なので、LPも売れていなかったと思います。 ちょうど、美形?ピアニストがブームの時でもあり、「ハンガリー三羽がらす」と呼ばれたラーンキ、コチシュ、シフ、ちょっと後にポーランドのまさに美形のツィンメルマンが続きました。彼らのリサイタルには音大生をはじめとする女性ファンが列をなし、カーテンコールでは花束贈呈の行列ができて話題になったのを覚えています(世代がわかりますね)。フレイレは、そんな「ブーム」とは、まるで離れたところで音楽を奏でていました。私も何度か彼のコンサートで「花束嬢」を自演しましたが、私以外に花束を持って来ている女の子なんて誰もいなかった。そして彼も、そういうのがあまり得意ではないようでした。花束を受け取るときの表情も、とてもシャイ?でしたので。 そのうちフレイレは来なくなり、録音も発売されなくなりました。 彼が「復活」しはじめたのは、アルゲリッチとデュオをしたあたりでしょうか。「ラ・ヴァルス」などを収めたアルバムが話題になりました。その後、留学していたドイツで、「ミュンヘン ピアノの夏」というフェスティバルで2人を聴いて痺れた記憶があります。 そしてまた、フレイレの名前をしばらく放念していました。 ここ7、8年ではないでしょうか、彼が(ソリストとして)本格的に「復活」してきたのは。 日比谷公会堂ががらがらだったピアニストは、今やシャイーやゲルギエフといった売れっ子指揮者から「ぜひ」と指名される人気ピアニストにして、(若き、ではない)「巨匠」になっています。 昨年10月、マリインスキー歌劇場管弦楽団と来日したフレイレは、ブラームスのピアノ協奏曲第2番を披露しました。ちょっとマイペース気味なのですが、ゲルギエフがちゃんとサポートして、ほどよいスケール感と繊細な表情に富んだ「いい味」の演奏を堪能することができました。 そして昨年の終わりには、(3月に一緒に来日もした)シャイー&ゲヴァントハウス管との共演で、ベートーヴェンの「皇帝」と、ソナタの32番のディスクを聴くことができました。 よかった。 しみじみと、心に落ちてくるピアノでした。とくに32番のソナタの、それも第2楽章のあたたかな美しさは涙が出るほど。繊細で、優しい。テクニックは相当なものですが、それを見せることをためらう、フレイレにはそんなところがあります(昔から)。 追っかけをしていたときも感じたのですが、彼はたぶん、相当にナイーブでピュアなアーティストなんですね。(たしか結婚もしていなくて、ペットの犬と暮らしているそう)。マイペース。インタビューもあまり受けないらしい。 (そういえば、「追っかけ」時代に目にした音楽の友誌のインタビューで、ときどき質問と答えがずれていて、今風に言うと「不思議君」みたいだなあ、と思った記憶があります) この時代に彼がブレイクしているのは、そんな部分の魅力もあるのかもしれません。 派手で華麗で天才肌のピアニストはとかく目立ちます。たとえば、ラン・ランとか。ラン・ランは天才だと思いますが、ずっとこのタイプばかりだとちょっと疲れる。癒しという言い方は安易で好きではないですが、今時のフレイレの人気は、それに近いスタンスにもあるのかもしれない。 今はともかく、頭がよく、知識もあり、打てば響くように話もうまいアーティストが大半でしょう。それはもちろん素晴らしいし、必要なことです。けれど、フレイレのような、マイペースを守り続けている、それも孤高とかそういうのではなくて、自然にそうなっているアーティスト、外向きではなく内向きで、どこまでも自分と、音楽と向き合いながら、けれどそれが溢れ出してきて外の世界に伝わるようなピアニストの味わいも、いいなあ、と思われているのではないだろうか。 32番の、抑えていてもきらきらと湧き出てくる音の群れを聴きながら、そんな思いに捕われたことでした。 CDの情報はこちらです。 http://store.universal-music.co.jp/fs/artist/uccd1404
January 3, 2015
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人生で一番たくさん聴いたCD、それは間違いなく、トーマス・ヘンゲルブロックが指揮したバッハの「ロ短調ミサ曲」です。 そもそも「ロ短調ミサ曲」は、私がバッハの声楽作品にハマるきっかけを作ってくれた曲。バッハの声楽作品というと、「マタイ受難曲」が圧倒的な人気ですが、個人的には「マタイ」より「ロ短調」の方が好きです。 なぜ「ロ短調」か。 音楽の抽象性、自律性が高いからでしょうか。音楽としての純度が高い。 「マタイ」や「ヨハネ」は、キリストの受難物語ですからドラマがある。そして(特に「マタイ」は)アリアが多いです。この2つの受難曲は、福音史家(エヴァンゲリスト)が朗唱する聖書の記述に、コラール(賛美歌)、自由テクストを組み合わせる構造ですが、この自由テクストの部分の多くがアリアで、それがまた名曲揃いなので、聴きやすいのかもしれません。 一方「ロ短調ミサ曲」は、カトリックの典礼音楽であるミサ曲の形式で書かれており、テクストはラテン語、自由テクストの入る余地はありません。ルター派プロテスタントであるバッハにとっては、唯一の「完全ミサ曲」であり、礼拝で上演されることはおよそない作品(「ミサ」の前半部分だけは「短ミサ」などと言われてルター派の礼拝で演奏されていました)。だから、なぜ作ったのか、をはじめとして大変謎の多い作品です。 有力な説は、彼が自分の集大成として、宗派を超えた作品を作ったのではないか、ということ。当時はカトリックだったドレスデンでの上演を目指していたという説もあります。まあ、もともとは、前半部分をドレスデンの宮廷に献呈したことが曲の始まりなので、ドレスデンでの上演を考えていた可能性は大いにあります。 兎にも角にも、この作品がバッハの声楽作品の集大成であることは、おそらく間違いがないでしょう。彼は多くの自分の作品(ルター派教会のための作品)を本作に転用しており、その中で最も古いものは1714年に書かれたカンタータ第十二番。そして「ロ短調ミサ曲」を、バッハは死(1750年)が近づく中で書き進めていたので、35年くらいにまたがる彼の音楽のエッセンスがつめ込まれた作品です。 私にとって、「ロ短調」は「マタイ」より聴きやすい作品です(上演時間も短いし。。。)。この曲は合唱が主体で、その各曲が本当に完成度が高いのです。大粒の真珠を連ねたネックレスのように、美しい曲が次々と続く。前後の曲同士のコントラストも素晴らしい。 特に好きなのは、第3部の「二ケア信経(クレド)」の部分。有名な冒頭の「キリエ」より、音楽が変化に富んでいます。一番古い部分と一番新しい部分が同居している。かつ、新作が多い部分でもあります。 個人的に「ロ短調ミサ曲」は、聴く機会がかなり多い作品です。かれこれ20年通い詰めている、毎年6月に開催されるライプツィヒのバッハフェスティバルの、ファイナルコンサートの定番だからです。バッハフェスティバルのファイナルなら「マタイ受難曲」の方がふさわしいのでは、と思われる方もあるかもしれませんが、昨日も書いたように「マタイ」は本来復活祭前の聖金曜日に演奏されるためのものです。時季ものなのです。6月に演奏するのはおかしいのです。ミサ曲は季節に関係ありませんから、こういう時にふさわしい。また「ロ短調」はバッハが完成させた最後の声楽の大作ですから、その点でもファイナルにふさわしいでしょう。ですので、ライプツィヒでだけでもほぼ20回聴いている計算になります。 実際、「ロ短調ミサ曲」は、ヨーロッパではかなり演奏の機会が多い印象があります。ケーテンのバッハフェステバルでも、何回も聴きました。サヴァール、ミンコフスキ、ヘンゲルブロックなどなど。。。やはり時期を問わないから取り上げやすい、ということもあるのではないでしょうか。 一方、日本では、「マタイ」以外のバッハの声楽曲はまだまだ上演の機会が少ないと感じます。6月のバッハフェスティバルは毎年ツアーで行くのですが、ツアーメンバー(毎回違います。リピーターはほとんどいません)の中で、「ロ短調」をそれまで生で聞いたことがある、という方は正直とても少ない。せいぜい(20名くらいのうち)数人、という感じではないでしょうか。日本ではまだまだ、一部のファンをのぞいて知られざる、真価が浸透していない作品だと痛感します。聴く機会が増えれば、「マタイ派」と「ロ短調派」が拮抗するようになるのではないでしょうか。 初めて「ロ短調ミサ曲」の素晴らしさを教えてくれたのは、フィリップ・ヘレヴェッヘが指揮したコレギウム・ヴォカーレのディスクです。合唱がそれは美しく、透明感があり、柔らかく、かつ華やか。ヘレヴェッヘはベルギー人ですから、フランドル楽派の華やかな合唱の伝統を引いているのか、と思いつつ、飽きずに聴き惚れました。録音は二つありますが、なぜか旧録音の方が合唱の純度が高く、聴くのはもっぱら旧盤です。 旧盤、HMVにありました。 https://www.hmv.co.jp/artist_%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F%EF%BC%881685-1750%EF%BC%89_000000000002339/item_%E3%83%9F%E3%82%B5%E6%9B%B2%E3%83%AD%E7%9F%AD%E8%AA%BF-%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%AC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%83%E3%83%98%EF%BC%86%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%AE%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AC%EF%BC%881997%EF%BC%89%EF%BC%882CD%EF%BC%89_8143564 動画でも全曲見られます。これは素晴らしい演奏。めくるめく合唱。ソリストもドロテー・ミールズ、ハナ・ブラシコヴァなど豪華! ヘレヴェッヘ ロ短調ミサ曲 動画 ヘレヴェッヘの「ロ短調」、生は2003年のバッハフェスティバルで聴きました。20年近くのバッハフェスティバルのファイナルの「ロ短調」でも、1、2を争う名演でした。ソリストも、アンドレアス・ショルをはじめとして豪華でした。聖トーマス教会(バッハが活躍した教会)の2階席で聴いていて、ショルの声が正面からバンバン響いてきたのを昨日のことのように覚えています。終わった瞬間、心の中で叫んでいました。お願いだから、拍手しないで!!!この余韻に浸らせて!って。 さて、そのヘレヴェッヘと並ぶ名演を残してくれ、CD としてはヘレヴェッヘより愛聴してしまっているのが、トーマス・ヘンゲルブロックです。 ヘンゲルブロックの「ロ短調」に初めて接したのは、2002年のケーテンのバッハフェスティバル。きりっと締まった、でも自然な透明感にあふれた演奏で、とくに合唱の精度の高さに圧倒されました。 その時もツアーでしたが、初めて「ロ短調」を生で聴く、という40代の男性がいらして、普段はリヒターのCD を聴いている、とのことだったので、終演後、「どうでしたか?」と聞いてみたら、 「え?あの、、、」 と言葉を濁して、そそくさと立ち去ってしまった。あら、何かまずいことを言ったかしらん、と思っていたら、翌日その方が近づいてきて、「昨日はすみませんでした」 とおっしゃる。「あまり素晴らしくて、感動して、何も喋りたくなかったんです」 わかります。それ。翌年ヘレヴェッヘの演奏で同じような気分になって、尚更痛感したのでした。 で、ヘンゲルブロック、その後2009年にはライプツィヒのバッハフェスティバルに登場、ファイナルコンサートで「ロ短調ミサ曲」を演奏し、震え上がりました。非常に精度が高い、真摯な演奏なのです。そして合唱が本当にうまい。スーパーソリスト合唱団といいますか。ソリストも皆合唱のメンバーが交代で歌う形式。そこは有名ソリストを立てるヘレヴェッヘとは違います。けれどヘンゲルブロックのやり方の方が、昨今の古楽アンサンブルでは一般的かもしれません。 ヘンゲルブロックが率いる団体は、「バルタザール・ノイマン合唱団&アンサンブル」といいます。彼が創設した団体です。古楽系の指揮者は、大体自分のアンサンブル、合唱団を持っています。バルタザール・ノイマンは、バロック時代のドイツの建築家で、総合芸術を志向しているヘンゲルブロックによって名付けられたもの。ですのでこの団体は総合芸術志向が強く、「ロ短調」もダンスと組み合わせるなどしています。オペラにも盛んに取り組んでいて、フライブルクで1度セミステージ形式の「オルフェオ」をみましたが実に面白かったし、パリで見た、ピナ・パウシュとコラボした「オルフェオとエウリディーチェ」も、実に颯爽とした名演でした。 CDになっている「ロ短調」も、そういう意図で演技をつけて演奏された時のものらしい。録音はかなり古く(1996年)、オーケストラはフライブルク・バロックオーケストラです。ヘンゲルブロックはもともとフライブルクのヴァイオリン奏者でした。 とはいえ、CDでは舞台は見えないですから、音楽に集中できるのはもちろんです。 ヘンゲルブロック ロ短調ミサ曲 CD この演奏、なんで自分がこんなにハマっているのか、今回いくつかのディスクと聴き比べて、よくわかりました。 繰り返しですが特に合唱の精度が高く、ぴしりぴしりと決まって小気味いいんですね。オーケストラも含めて音程が正確。発声もくっきりと明瞭(「クレド」の冒頭など、典型です)。曲同士のコントラストがはっきりしている。そしてダイナミックで劇的。「クルツィフィクス(磔刑)」の曲なんか、十字架を引きずるキリストの重い足跡(いわゆる「ラメント・バス」という下降音型ですが、そのような絵が私には思い浮かびます)がくっきりはっきりと刻印されます。絵画的なんです。そして、その後に続く復活の合唱での喜びの爆発!バッハは喜びだ、と私の連れ合いは言うのですが、まさにまさに、の演奏なのです。 ヘレヴェッヘの演奏が、カトリックの大聖堂での、ステンドグラスの光を通した華やかな音楽なら、こちらはドイツの教会の質素な祭壇から生まれる音楽。その響きは、バッハが奏でていたバロックオルガンのようです。ひょっとしたらとてもドイツ的なのかもしれないし、そういう意味では、リヒターとつながっているのかもしれません。少なくとも真摯さは共通しています。この精度の高さを実現するには、相当細かい練習が必要なのではないでしょうか。 なんとyoutubeで全曲聴けます。音は良くありませんが。。。youtubeで聴けるものは、ヘレヴェッヘの方が圧倒的に素晴らしいかもしれません。ヘンゲルブロック 「ロ短調ミサ曲」 youtube 最後の曲「神よ平和を与えたまえ」、動画が上がっていました。これも音はいまいちですが。。。 ヘンゲルブロック「神よ平和を与えたまえ」 神よ平和を与えたまえ。新型コロナ禍の中で、沁みます。 そういえば3.11の年、暮れに聴いてしみじみ心を支えられたのも、オランダ・バッハ協会の「ロ短調ミサ曲」でした。
April 12, 2020
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イタリア旅行のこぼれ話、その3は、「ドレスコード」について。 「オペラ」というと、ロングドレスにタキシード。そういう時代がはるか彼方のものになってしまったことは、ご存知の方も少なくないと思います。 もしくは、そのような正装の習慣が、一部のフェスティバル(ザルツブルクやグラインドボーン)、と、大劇場のシーズンオープニング(スカラ座をはじめイタリアの劇場やメトなど)に限られてしまっていることも。 シーズンオープニングといっても、たとえばフランスなどまるで「正装」の空気はありません。2年前、リヨンの歌劇場のオープニング当日の「マクベス」に行った時、フランスにせよオープニングだからといちおう?ロングスカートをはいていって、場違い感を発信してしまいましたから。ドレスコードはカジュアルの一頃。ネクタイ姿もほとんど見かけず、お隣のジャーナリストらしき人物はスニーカーにリュックサックというていたらく(失礼!)。会場で会ったパリ在住のジャーナリストの知人にこぼしたら「だってここはフランスですよ」と言われてしまい、ぎゃふん。「リヨンは若いひとが多いから、よけいカジュアル」なんだそうでした。 そんなわけで、当節、海外へオペラ観劇に出かけても、せいぜい「ちょっとおしゃれ」くらいが浮かないドレスコード。ま、国によって多少の差はありますし、観光客の多い大劇場ーウィーンやスカラーでは、観光客がおしゃれてしているのでそれに混じっておしゃれする、という手もあります。 こういう風に「おしゃれしたい」と書いてしまうのは、海外でなければ着られない服を着よう、とついついもくろんでしまうせい。というのも、ヨーロッパに出かけた時、つい買ってしまうロング丈のドレスとかスカートが何枚か、日本では出番がなくて眠っているのです。「つい買ってしまう」のは、1万円以下で買えるような手頃なロングスカートなどを「つい見かけてしまう」(言い訳ですね)から。日本だと、まず見かけないたぐいのものです。 この夏も、プロヴァンスに出かけた時、「つい買ってしまった」えんじ色のロングスカートが、日本ではまったく出番なし。だいたい日本だと、電車に乗らなければならないから着られないのです。タクシーで乗り付けるような優雅な身分なら、たまには冒険してみるのもありかもしれませんけれど。 で、強引に、イタリアでデビューさせてしまいました。 10月、スカラ座で一度。そして年内にもう一度どこかではきたいと、今回のイタリア旅に持参したのです。再度のお目見え?は、オペラ観劇最終日のローマ歌劇場でした。 いやはやこれが、浮きまくり、でした。 まず、イタリアの他の劇場と比べて、今のローマは多少客層が違う感じがあります。ムーティが来てから、オペラファンの間で人気が出ているせいでしょうけれど、わりとオペラ好き、オペラマニアという感じのひとが多い。その前に訪れたナポリのサンカルロ歌劇場は、地元の社交界という感じでローマよりは多少華やかだったのですが。 そして、これはたまたまだと思うのですが、私が入ったボックス席ときたら、私以外の5人は全員男性、それも、いかにも筋金入りのオペラファン、という感じの、もの静かで地味なひとたちだったのです(前も書きましたが)。当然服装も地味。セーターにスニーカー、そして足元にリュック。あれは、ジャーナリスト席だったのでしょうか。。。 そのなかにひとり混じってロングスカート、というのは、今思い出しても笑えます。 海外で思い切ったものを着てしまうのは、もし場違いで浮いても、ヨーロッパ人はわりとマイペースで他人のことを気にしないから、めいめい、思い思いにしている人が多いから、という理由なのですが、今回はさすがに気になりました。イタリアで、こんなに「浮いた」気分になったのは、初めてかも知れません。 オペラやコンサートのドレスコードがカジュアルになるのは、悪いことではないと思っています。気軽に出かけられる場所であってほしいと思うからです。半世紀以上前、この歌劇場にマリア・カラスが出ていたときの劇場内の映像(モノクロ)を見たことがありますが、みなそれこそ舞台の歌手なみに、ティアラのようなアクセサリーも含めてデコデコに正装していました。あれでは、一般人はとても敷居をまたげないでしょう。 けれど同時に、非日常のハレの場としての機能が皆無になるのも寂しい気がします。服装も含め、その「場を楽し」める雰囲気がなくなってしまうのは、由緒正しき社交場だった歌劇場の歴史を考えると物足りない。歌舞伎だって、和装のお客さんがいると映えますよね。いろんな人がそれぞれの楽しみ方ができる場所なら理想的なのに。 今後はイタリアの歌劇場でロングスカートをはこうと思ったら、シーズンオープニングを目指さなければならないのかも、と、ロビーを行き交うノーネクタイの紳士たちの間を肩をすぼめてすり抜けながら思った、ローマの夜だったのでした。
December 26, 2013
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桐野夏生の「グロテスク」は、あの「東電OL殺人事件」に題材をとった長編です。 「東電OL殺人事件」については、記憶されている方も多いのではないかと思います。1997年に、東京電力で総合職として働いていた優秀な女性が殺された事件ですが、その女性がなんと夜は渋谷の街で立ちん坊をしていて、それがらみで殺されたらしいということで世間の好奇心をそそり、大変な騒ぎになった事件です。しかも「犯人」として捕まった、被害者の客でもあったネパール人は、終始無罪を主張したにもかかわらず有罪の判決を受けて服役し、出所後に無罪を勝ち取りました。なので、未解決の事件でもあるのです。 この事件を題材に、ノンフィクション、フィクション両方で、多くの本が書かれました。ノンフィクションの代表作は佐野眞一さんの「東電OL殺人事件」。佐野さんは、本作の中で無実の罪を着せられたネパール人ゴビンダさんに丁寧に寄り添っていますが、一方で佐野氏をこの題材に駆り立てたものは、被害者に対する、ちょっぴり恋にも似た興味のようです。 「グロテスク」もまたこの事件から派生した物語ですが、「東電OL」がモデルになっている女性は何人もの主人公の一人にすぎません。著者はこの本で、人間の「悪意」というものを徹底的にえぐりとります。登場する人物は皆「悪意」を拡大され、デフォルメされた「グロテスク」な存在です。一番語り手の役割を果たす「私」は、美人の妹ユリコに人生を抑圧され、悪意を通して人間をみる癖がついています。ユリコは、生まれながらの娼婦。「東電OL」がモデルだろう和恵という女性は、ストレートで進学できる私立一貫校に高校から入り、ダサくて周囲に馴染めず、一流会社に就職したものの会社にも馴染めず、実質左遷のような部署替えにあい、自分を爪弾きにする世間への復讐?もあって夜の世界に走り、けれどそこでも次第に相手にされなくなっておかしくなり、殺されてしまう、なんとも救いようのない人生を送ります。 「和恵」は、モデルとされている方とはかなり違うとは思います。実際に殺された女性は、写真を見る限り綺麗な方ですし、会社でも優秀で(総合職のはしり)、論文なども発表して評価されていたよう。そこはやはり小説、フィクションですから、デフォルメされて当然です。 そして犯人は、やはり「和恵」のお客ですが、中国の極貧地域から日本に流れてきたかなりの悪党、という設定です。まあ20年前の話なので、今のように中国からの観光客が日本に溢れかえる時代ではありません。ちなみにこの犯人は、ユリコも殺しています。 後味は無茶苦茶悪い小説です。私も引き込まれ、ページをめくるのがもどかしい!!!という典型的な読書の快楽を味わいつつ、何度か読み返したあとは気持ちが悪くて処分してしまいました。今回、改めて読み直そうと思ったもののそういうわけで手元になく、ネットでも買えず(今、アマゾンをはじめネット書店は異常な品薄です)、kindle版をダウンロードして読みました。 桐野夏生はすごい作家だと思うし、いくつか感服した小説はあります。けれど「グロテスク」で立ち止まってしまうのは、「そうそう!」と膝を打ちたくなる部分があるからです。 「佐藤和恵」は、私立の一貫校の高校から入学したという設定ですが、これは殺された女性〜渡辺泰子さんという名前がネットに出てきます〜と同じです。慶應義塾女子校。渡辺さんはそこから慶應の経済学部に進み、東電に就職しました。 「グロテスク」の「佐藤和恵」は、この学校〜もちろん小説には、学校名は書かれていません〜にやはり高校から入り、浮きまくります。真面目に勉強してきて憧れの学校に合格し〜それは多分に厳格で吝嗇な父の影響だという設定〜、けれど入ってみたら、そこは「内部生」と「外部生」に分割される階級社会。生真面目でダサい「佐藤和恵」は全く溶け込めません。さらにそんな自分を客観視できず、居場所がない。この状態は大学に入り、さらに就職してからも続きます。彼女は人間関係を築くことができないのです。友人ができない。仲間ができない。もちろん恋人もできない。初体験の相手はなんと客。(この小説では、美人の妹ユリコに抑圧されている「わたし」も40まで処女で、最後はやはり娼婦になって客相手に体験することが示唆されています、、、いやはや) でもこの「人間関係を築けない」って、社会で生きていけない最大の原因ではないでしょうか。 私がこの小説に恐怖を感じると同時に、ほのかな共感?を抱いてしまうのは、わたし自身、人間関係という自分が弱点だと感じている、そこを突っつかれてしまうからです。「佐藤和恵」とその周辺に、自分自身の断片的な投影を見るからです。 これ以上のことはここでは書きませんが、改めて、桐野夏生の観察力と物語構築力、そして何より凄まじい筆力に、久しぶりに圧倒されました。
May 8, 2020
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昨日から、伊豆高原にある「やすらぎの里」に来ている。 春にも一泊で来た、断食や食事療法と整体マッサージ、鍼灸治療を組みあわせた宿泊施設。 今回は一番長い、1週間コースで申し込んだ。私は過去に何度か体験しているが、だんなははじめての1週間コースである。 1週間といっても、断食コース、自然食コースと食事のパターンは選べるが、私たちは初日の検査の結果、2日断食、その後回復食というコースになった。 1週間コースだと、最大3日まで断食できるのだが、今回はまあ2日でいいでしょう、ということになったのである。だんなの年齢のこともあるのかな?なんて。(冗談です) ちなみにここは、断食といってよく想像される「断食道場」みたいに、座禅を組む?ような修行的なところではなく、断食といってもその間は朝はジュース、夜はスープかお吸い物が出るし、昼間はマッサージが受けられるし、夕方には日替わりで、ヨガや呼吸法などリラクセーションメニューもある。スタッフが散歩やドライブに連れて行ってくれる日もある(もちろんすべて宿泊料込み)。そのほかの時間はフリーで、館内に3個所ある源泉から引いている温泉風呂に入り放題(露天あり)。極楽です。 スタッフの話によると、断食の難しいところは、断食中よりむしろ回復食なんだそうだ。断食後にいきなり普通の食事に戻すのは危険で、徐々に量を増やしていかなければならない。これが素人だときついのだという。 その感じはよく分かる。以前はじめてここで3日断食したとき、4日目に食事(といってもおかゆと梅干し)がはじまった時が一番つらかった。もっと食べたい!と思ってしまうのだ。この辺のコントロールは、たしかに自宅では難しいと思う。 「やすらぎの里」代表の大沢剛さんは、もともと鍼灸や整体マッサージの先生。大沢先生のゴッドハンドのマッサージや、施術中の先生とのおしゃべりも、楽しみのひとつ。 今日は、「イタリアで腰痛になってオイルマッサージを受けたら、男性が当然のように来て困った」という打ち明け話をしたら、 「そうそう、欧米ってそうなんだよね」 と先生があいづちを打ち、 「業界内での有名な話」を教えてくれた。 あのマリリン・モンローが来日した時、「マッサージを受けたい」というリクエストがあり、さる高名な指圧師が呼ばれたという。 指圧師が部屋に入ると、モンロー、やおらすっぽんぽんになり、 「お願いします」 と横たわった。(何だかいかがわしいマッサージみたいですね) 指圧師、ドキマギしながらも何とかやりおえたそうです。それも大変?! 写真は、断食後の回復食の一例。玄米がゆに、車麩とお豆腐の煮物など。地味食です。
September 10, 2007
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小説は好きなのですが、読む分量はささやかなものです。「時間がない」というのが(おろかな)いいわけでしょうか。つい仕事関係の資料とか、「役に立つ本」(=味気ない本)を優先させてしまいます。 たまに気分転換に、気楽なものを読むくらいでしょうか(最近だと小川糸さんの「食堂かたつむり」とか。これはほんとの息抜きでした)。こんなに手早く、別の世界に連れて行ってくれるものはないのにね。 久しぶりに、別世界に連れていってもらいました。 川上弘美さんの「真鶴」(文春文庫)です。 川上さんは、かなり幅広いファンを持つ作家ではないでしょうか。 玄人筋?の評価も高いし(受賞歴の多さよ!)、女性ファンも多いようです。 異界とこの世を行き来するような内容が、川上文学の大きな特徴ですが、そうでないものももちろんあり、代表はベストセラーになった「センセイの鞄」でしょう。 個人的には、異界に連れて行かれるような内容のものは得意ではなかったのですが、その路線をきわめたともいえる「真鶴」は、おもしろく読むことができました。 夫に失踪された女性が、真鶴半島で「幽霊」に導かれる経験を繰り返すうちに、自分を取り戻していくという物語です。 「幽霊」とのかかわりのくだりが、よく理解できたわけではありません。 なによりすみずみまで呼吸しているような文章が、ここちよかったのです。 短いけれど余韻があり、やわらかくて、墨絵のようでいて色があり、深い。 読んでいるというより、文章をさわったり嗅いだりしている気分を味わいました。 著者はたしか俳句をよくしたと思いますが、そのあたりの経験もとても生きているのだろうと思います。 描かれているのは、狂気に近い状態ではないかと思います。けれどそれをそう感じさせず、やさしい目線で治癒の過程を描く。手まひまをかけながらそれを感じさせない自然な味の出汁を使った料理のような、心地のよい後味が残りました。
March 7, 2010
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最近「爆笑!」した本。それは、赤坂真理の「モテたい理由」(講談社新書)である。 最近、女性誌の見出しを中心に踊りまくる「モテ」の本質について、「ヴァイブレータ」などの作家であり、自称「女性誌ウォッチャー」である著者が、おもに資本主義の立場から、鋭く分析した快著なのだ。 「モテ」の大流行は、女性が消費のターゲットになっているから、という分析はまあよく分かるのだが、 女性誌の指南する「モテ」(こうすればモテる)は、結局のところ妄想。 そして脳内恋愛を「妄想」するのは「オタク」と同じ! などという結論を導き出すところは、爆笑&感服してしまいました。 なるほど、女性誌によくある「こうすればモテる!」は、本当に脳内妄想のたぐいだもんね。 「モテ」の目的は、もちろん幸せな(=有利な)結婚。そしてその先に、出産、子育て・・・という次の「市場」が待ち構える。 この方向で編集されている女性誌もあれば、「キャリアも結婚も出産も」という方向で編集されている女性誌もあり、そっちのほうが自分に向いていると思う女性はそちらを選択する。いずれにせよ、そこには「市場」がある、という説明はとっても納得できました。 そして、しかし、こうやって指南どおりに結婚なり出産なりキャリアアップなりしていく女性たちをターゲットにしている女性誌だが、その女性誌に決定的に欠けているものは、実は 「男の気持ち」。 パートナーが何を本当に求めているのか、については、これら女性誌はまるで顧みようとしないのだ。 つまりパートナーの役割は、これら女性誌の立場からは最終的には「種馬」でしかない。というのが著者の結論、である。 そんな、と思う方はぜひご一読を。面白いです! ところで、私がこの本でもうひとつ爆笑してしまったのは、女性誌によくある「着回し指南」にくっついてくるストーリーにあったという、主人公の設定。 エビちゃんのような人気モデルが主人公をつとめるこの手のストーリーの主人公は、読者からうらやましがられる才色兼備、キャリアもある若い女性が主人公なのだが、その設定でとてもうらやましがられるたぐいのひとつが、「幼稚舎からの一貫教育で大学まで出た」という設定なのだそうだ。 お断りしておくと、「幼稚舎」というのは慶応大学に付属する小学校、「慶応幼稚舎」のことである。 爆笑!しました。だって何を隠そう、私はその幼稚舎出身だから。 そして、この女性誌の着回しヒロインとは、まるで別世界で過ごしてきたから。 家庭にしたって、すごく地味な学者の家庭で。まあこちらが「幼稚舎」には異質なのだったとは思うけれど。 幼稚舎出身といっても、色々なのです。・・・・ たぶん世間の一部には、「幼稚舎=セレブ」というイメージがあるのだろう。 たしかにそういうひともいます。けれど、ほんの一部(たぶん)。そしてそのまま人生無事に送れているひとばかりではないのは言うまでもない。 ちなみに、私のころの幼稚舎の1学年て、40人ちょっとのクラスが3つ。女子はたしか16人。そのなかで、世間で思われている「幼稚舎幼稚舎」した人生を送っているひとなんて、たぶん数人だ。ほとんど皇室か華族!?なみの少なさではないか(これは冗談ですが)。 小さなリアリティから大きな妄想をつむぎだす。それもこれもターゲットである女性の欲望をかきたてるため。そして真実の姿が見えなくなる。「消費社会」とはげに恐ろしき、であります。
February 6, 2008
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1週間ばかり、山の小屋へ行ってきました。 場所は、八ヶ岳山麓の富士見高原。湿気がなく、からっとして気持ちのいい場所です。 いろいろ仕事も持ち込んだのですが、知人のところへ招かれて楽しく過ごしたり、ちょっぴり親孝行もしたりで、まあ仕事のほうはそこそこでしょうか(苦笑)。 昼間はちょこちょこ周辺の飲食店も開拓し、質のいい、コストパフォーマンスもいい店が多いのに気づいたのも、収穫でした。 ところで、山の家に行くといつも行くところに、「リゾナーレ小淵沢」というリゾートホテルがあります。 滞在中は何度か行くことになるのは、ひとつはネットがつなげるから。家は木立に囲まれているせいか、とくに室内にいるとまず電波が入りません(イーモバイル)。300メートルほど低いリゾナーレまで来ると、場所によっては電波がよく入るのです。 けれど、リゾナーレに行く目的はそれだけではありません。やはり、このホテル自体がなんとなくうきうきする場所だからです。 もともと、イタリア人建築家の設計した建物なので、それ自体もしゃれてはいるのですが、カフェもショップも、行くたびに覗いて飽きません。 「ピーマン通り」と名づけられたショッピングアーケードは、メゾネットになっている「レジデンス棟」に沿ってあり、雨でも濡れない設計です。はいっているお店も、地元の店が多くて、ローカル色満点。どこにでもあるブランドショップではないのです。 カフェも、やはり地元の店を中心にいくつもあります。とくに本屋とカフェが合体している「ブックス&カフェ」は出色。本を読みながらお茶が飲めるのです。本屋の品揃えもビジュアルものが多くてリゾートらしい。 で、その本屋を覗いていたら、驚きました。 「星野リゾートの事件簿」という本が平積みになっていたのです。なんとリゾナーレは、NHKの「プロフェッショナル」でも有名な、あの星野リゾート~軽井沢の破綻寸前の温泉ホテルをみごとに再生させた~の傘下だったのでした。 というのもこのホテル、知った当初とくらべて、コンセプトが大幅に変わったのは気づいており、どこがやっているのかな、と気になっていたからです。 たとえば初めのころは、建物はとにかく、あとの施設はわりと普通でした。メインダイニングに加えて和食や中華のレストランがあり、まあちょっとしゃれたリゾートという感じ以上のホテルではありませんでした。 それが途中から、和食も中華もなくなり、「ブックス&カフェ」ができ、子供を遊ばせるスペースもでき、レストランはバイキングスタイルになるなど、家族層を意識していることがはっきりしたホテルになってきたのです。 食事ひとつとっても、別にレストランに入らなくても、コンビニやカフェを活用すれば済んでしまう。実際、カフェも1日中あいていて、軽い食事ができるようになっています。 果たして、「星野リゾートの事件簿」(日経BP社)によれば、星野リゾートの傘下になって以来、ファミリー層をターゲットにする方針に切り替えたとのこと。以前はカップル層をターゲットにした、「シティホテルの延長線上」のようなホテル(会員制)だった、と本にありました。けれどその方針がバブル後だめになり、星野リゾートが買収して、大胆に方針転換したのだそうです。 目のつけどころ、どんぴしゃ、だったと思います。 たしかに「シティホテルの延長線上」のようなリゾートホテルは多い。それが飽きられているのもほんとうだと思います。それでファミリー層をターゲットに考えるホテルもあるだろうけれど、「リゾナーレ」は徹底しています。両親がしばらくの間、子供抜きでくつろげるようにという工夫もある。 冬場は閑散期だったのだが、近場のスキー場との間にシャトルバスを走らせ、スキー用品のレンタルを無料にすることで、冬場も収益があがるようになった、ということでした。 清里のように、近くのリゾート地で以前ほど賑わっていない場所がある一方で、小淵沢が賑わっている(明らかにお店も増えているし、潰れる店も少ないよう)のは、「リゾナーレ効果」もあるように感じました。今回開拓したお店のなかには、明らかにリゾナーレのお客さんも見込んでいるお店がありましたから。 もうひとつ、近くに「八ヶ岳リゾートアウトレット」があることも、プラスに働いているようです。 星野社長、 藤原和博氏との対談本(筑摩書房)のなかで、「日本は観光資源があるのにそれを生かしきれていない。日本の観光を「やばくする」(もりあげたい)」と語っていたのが印象的でした。 実は星野社長、中学の1年先輩にあたります。 もちろん面識などはなく、ただ生徒会長に立候補するなど活動的な方だった記憶はあります。 それと、当時の、軽井沢の「星野温泉ホテル」の御曹司だったので、中学の林間学校は、2年生のときはみな「星野温泉ホテル」だったのです。 小さかったからあまり記憶にはありませんが、ごく普通の(失礼!)和風の「温泉ホテル」でした。 それが今や、「星のや」として、日本で一番泊まりたいリゾート、になっています。 社員さんとの関係も良好なようですが、やはり思い切った改革、お客さんのニーズを先読みするセンス、というのは必要なのだな、と痛感しました。 何より、おしゃれです。そしてファミリーの「身」になっている。私だって、子供がいたら家族で滞在したい、と思いますから。 星野社長、今ではリゾート再生の請負人として、あちらこちらのリゾートの経営をまかされているようです。こういう方にどんどん出てきてもらって、日本をおおいに「やばく」してほしいな、と切に思ってしまいました。 リゾナーレのHPは以下です。http://www.risonare.com/
August 20, 2011
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5月になりました。 今月もまだまだ、新型コロナ感染防止のための自粛月間が続くようです。 3月以来、ツアーや講座講演の仕事が一切合切なくなって、しばらくは呆然とし、気持ちがなかなか落ち着きませんでしたが、ようやく少し肚が据わってきて、この期間を有効に使おうと前向きに捉えることができるようになりました。 そうなって真っ先に思い浮かんだのが「自分の棚卸し」。 その一環として仕事部屋の片付けもやりましたが、その延長線上で取り組んだのが、先月投稿していた、これまで影響を受けた演奏を振り返ること、そして、これまで読んで感動した本を読み返す、ということでした。 今、Facebook(やツイッター)で流行している、「7日間ブックカバーチャレンジ」というチェーンがあります。自分の好きな本のブックカバーの写真を、7日間投稿するという内容です。1日ごとに(可能なら)次にバトンを渡す方を指名する、というルールもあります。 知人からバトンをいただき参加しましたが、これは私にとってグッドタイミングな企画でした。7冊にとどまらず、色々ひっくり返すことになったからです。 考えてみると、私が人生でおそらく一番時間とお金を注ぎ込んできたのは、「本」と「音楽」と「旅」。 このブログも、4月は「音楽」でしたので、今月は「本」、そして来月は「旅」をテーマに、毎日更新する、という目標を立てました。 ですので、5月は、「人生が変わったこの1冊」をテーマに、ブログを書いていこうと思います。 よろしければ、お付き合いください。 1冊目は、若桑みどり「クアトロ・ラガッツィ」です。自粛期間が始まって、真っ先に読み返そうと手に取ったのがこれでした。大作なので、普段はなかなか読み返すことができないからです。 これはfacebookにも投稿しましたので、それを編集して投稿します。 「クアトロ・ラガッツィ」は、16世紀の末に、日本に宣教にきたイタリア出身のイエズス会の宣教師ヴァリニャーノが、九州のキリシタン大名たちを説得して企画した「天正少年使節」の足跡を、その前後を含めて辿りながら、当時の日本とヨーロッパ世界の邂逅を、その後の日本の運命を見つめる大作です。 著者は有名な美術史家。イコノロジーの研究で知られる方で、ミケランジェロに熱心に取り組みました。なぜその方が「天正少年使節」を取り上げたのか、その理由は「プロローグ」に率直明快に書かれています。「ミケランジェロの本質がわかってきた」ことが「むなしかった」。なぜなら「彼は白人男性で、16世紀のイタリア人であり、私は現代の日本人だからだ」。そして著者は「日本人として西洋と日本を結ぶことを研究したい」と痛切に思ったのです。(西洋の文化を研究したり実践したりする方の多く、特に戦中や戦後すぐの生まれの方の多くが、同じようなことを思われるのではないでしょうか。小澤征爾さんもそんなことを書かれています。) 船に乗ってイタリアまで出かけた最初の留学の時、著者は船内でヴァチカンに向かう日本人留学生と一緒になります。彼らは「とても静かで、とても日常的だった」。爽やかな佇まいだったらしい。「外国に行く興奮で日本人留学生が緊張しきっていたのに、船の上で彼らがあんなにも平安だったのは、彼らが外国にではなく、その祖国に向かっていたからだ」。そしてそれは、天正少年使節の手記と重なるのでした。「かつてローマに行った少年たちの手記が、彼らがいつもとてもおだやかで平和だったと書いているように」。 最初の留学から34年後、著者は再びヴァチカンの図書館で、「東アジアのキリスト教布教についての第一次資料」を探していたのでした。 「私はずいぶん旅をしてきた。でもこれでほんとうに私がやりたかったこと、知りたかったことが書けた。この主人公は私と無縁ではなかった。彼らは描かれたばかりのミケランジェロの祭壇がを仰ぎ見、青年カラヴァッジョが歩いた町を歩いたのだ。ローマの輝く空の下にいた4人の少年のことを書くのは、まるで私の人生を書くような思いであった。島国日本を出て広大な異文化の世界を行く船の旅はあらゆる意味で私の生涯の転換点であった。ローマのコレジオに留学する3人の若い神学生の輝く青春の姿が、天正の4人の少年にいつも重なって見えた。アジアからヨーロッパへ行く船の上に、彼らといっしょに、青春のさなかにあった自分の姿もまた重なって見えたのである。そして日本に帰ったあとの4人の少年の苦悩と苦難のいくぶんも、私のものであった。なぜならこの4人の運命は日本の運命にほかならないからである。そのことはこの本の最後のページをおかれたときに読者にはおわかりになるであろう」。 けれどこの本の目的は、彼らを描くことだけではありません。この本の真のテーマは、「人間は異なった文化のあいだの平和共存の叡知を見出すことができるだろうか。それとも争い続けるのだろうか」ということなのです。 16世紀の末、信長によって開国の可能性〜と言ってもそれは信長の世界帝国という野望のためなのですが〜がよぎった日本を舞台に、ルターの宗教改革によってヨーロッパで追い詰められ、世界に布教の活路を見出したカトリック教会の日本との邂逅、彼らがみた(戦国時代だったこともあって)貧しく、残酷で、けれど高潔でもあり、清潔好きな日本人の観察、日本におけるカトリック教会のイエズス会とフランシスコ会の対立、信長の野望、秀吉の野望と残酷、キリスト教を「ホロコースト」のように弾圧し、その血の上に強固な幕藩体制を築いた徳川幕府、その激動の時代を生きた、「天正少年使節」の4人の少年の明と暗。彼らはローマで「日本の王子」として最高の待遇を受けますが、その背後にあったのは死の直前にあったローマ教皇による政治利用でした。様変わりした禁教令下の日本ー彼らのバックにいた信長は、彼らの出発数ヶ月後に本能寺で死にましたーに帰国した4人は、秀吉と面会後に司祭になりますが、みな迫害を受け、あるひとは殉教し、あるひとは追放され、あるひとは棄教します。光と闇の人生。華々しい光と闇を経験したという点では、彼らの人生はマリー・アントワネットやジャンヌ・ダルクと同じなのです。歴史は、平凡な日本の少年たちに、かくも大きな役割を与えました。 この1大絵巻を、著者はローマ、マカオ、ゴアと、少年たちの足跡を辿りながら徹底的に一次資料を調べ、時に大胆な推測を巡らせて、生き生きと描いていきます。「本能寺の変」の背後に朝廷がいたのではないか、とか、ローマで教皇に面会できたのが4人のうち3人だったのは「東方からの三王」を再現したいという教皇の意図だったとか、著者の推論だと思うのですが、大変魅力的です。何より、著者が彼らと人生を共にし、泣いたり笑ったりしているのが魅力的なのです。(ちなみに原田マハさんのベストセラー小説「風神雷神」に登場する、信長がローマ教皇に寄贈した屏風も登場します。原田さんはこの本に触発されて「風神雷神」を書いたようです。) 著者が一緒に生きているのは4人の少年たちだけではありません。若桑氏は、信長にも秀吉にも宣教師たちにも名もなく貧しい日本のクリスチャンにもローマ教皇にもフェリペ2世にも、同じ高さで視線を向けます。この点もまた、本書の大きな魅力になっています。 全体を締めくくる以下の言葉は感動的です。どの人間をも平等に慈しむ著者の姿勢がひしひしと伝わってくるからです。 「私が書いたのは権力やその興亡の歴史ではない。私が書いたのは歴史を動かしてゆく大きな力であり、これに巻き込まれたり、これと戦ったりした個人である。このなかには信長も、秀吉も、フェリペ2世もトスカーナ大公も、グレゴリオ13世もシスト5世も登場するが、みな4人の少年と同じ人間として登場する。彼らが人間としてすがたを見せてくるまで執拗に記録を読んだのである。時代の流れを握った者だけが歴史を作るのではない。権力を握った者だけが偉大なのではない。ここには権力にさからい、これと戦った無名の人びとがおおぜい出てくる。これらの少年たちは、みずからの志をもってそれぞれの人生をまっとうした。したがって彼らはその人生においてヒーローだ。そしてもし無名の無数の人びとがみなヒーローでなかったら、歴史をたどることになんの意味があるだろうか。なぜならわたしたちの多くはその無名のひとりなのだから」 Viva 若桑みどり。 本の詳細は以下でご覧ください。 若桑みどり「クアトロ・ラガッツィ」
May 1, 2020
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オペラファンの方なら、「びわ湖ホール」をご存知の方は少なくないだろう。 大津市、びわ湖のほとりに建つ、環境抜群、音響抜群、のホールである。本格的オペラハウスとして、東の新国、西のびわ湖、というくらい素晴らしいホールだ。 開館は1998年。指揮者の若杉弘氏が芸術監督となり、さまざまなオペラ公演を行ってきたが、今や関東からもオペラファンが駆けつけるのが、ホールの「プロデュース・オペラ」として行われるシリーズ。これは開館当初から、ヴェルディの日本初演ものばかり取り上げてきたユニークなシリーズだが、もう9回目になる。「エルナーニ」のような初期の名作も、「シチリア島の夕べの祈り」のような、序曲はよく知られているグランド・オペラの大作もとりあげて、注目を集めてきた。 歌手をはじめキャストはすべて日本人だが、いつも一流どころをそろえていて、外国のかなりの水準の劇場に劣らないレベルに達していると思う。ベテランの市原多朗や、今をときめく福井敬も常連。若杉氏の人選なので、従来のオペラ団体のわくにとらわれないキャストが組めるのだ。 演出(鈴木敬介)はごくオーソドックスで、安心してみられるし、加えて、こちらはイタリア人による衣装、舞台美術が色彩感ゆたかで素晴らしい。特に衣装はいつも好評のようだ。 今年の演目は(10月28,29日)、1848年初演の「海賊」。ちょうど初期の終わりごろの作品で、旋律美が躍動するロマンチックなラブ・ロマンスである。ちょっと「トロヴァトーレ」のような感触の作品、といったらいいだろうか。 実はこのシリーズ、来年、10回で一区切りの予定だったのだが、残念ながら今年で打ち切りになることになった。若杉氏が来年から新国立劇場の芸術監督になることが決まったからである。来年は「レニャーノの戦い」が予定されていたのだが・・・かなり、残念・・・ というわけで、今年で最後。まだ見ていないオペラファンはぜひ!かけつけていただきたい。 実はツアーもやってます。10月の28日の初日を鑑賞する、1泊2日の日程で、大津駅集合、開演前に私が作品解説をやり、鑑賞後はホテルで、歌手の方(予定)と演出家を囲んでパーティ、翌日はホールで開催される「ワークショップ」に参加するという行程。ご興味のある方は以下にお問い合わせ下さい。ちなみに28日は、日本を代表するテノール、市原多朗、これも日本を代表するソプラノ、緑川まり、出口正子が出演します。 郵船トラベル 音楽ツアーデスク 電話03-5213-6240 http://www.ytk.co.jp 公演だけという方は、ホールのHPを。 http://www.biwako-hall.or.jp なお、10月1日2時より、「海賊」の公演について指揮者、演出家がトークをする「プレトーーク・マチネ」が中劇場であります。出演歌手とカヴァーによる実演(4曲)あり。私も作品解説で急遽出演することになりました。 改めて、これが最後です、お見逃しなく!
September 25, 2006
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当たり前のことで申し訳ないけれど、「フィガロの結婚」はつくづく深いオペラです。 改めて見直してしまったのは、カルチャーセンターで「フィガロ」の講座を持ったため、いろいろ聴き比べ、見比べをしたからなのですが。 演奏の面でいえば、ベームやジュリーニの過去の名演から、最近のアーノンクールやヤーコプスまで、どの時代にも、それぞれの名演がある。 歌手にしても、ジュリーニのように大歌手を並べても、ヤーコプスのようにアンサンブル重視でも、面白く聴くことができる。 演出の面でも、古典ながらいまだに輝きを失わないポネルの映画版から、読み替えのはしりとして話題を呼んだセラーズ、やはり読み替えをし、さらに「音楽」にいたずらをしてこれも賛否両論になったマルターラーと、いろいろな解釈が、音楽に齟齬をきたさず可能になる。 ちなみに2001年にプレミエだったマルターラー演出は、今回DVDで初めて観たのですが、「ほかの曲が入っている!」と一部のファンが激怒していた音楽も、納得できる場所にまあ納得できる形で入っていたので、それほど気になりませんでした。 むしろ、充実した歌手と、はつらつとした演技づけ、舞台上に「レチタティヴォニスト」を配してのレチタティーヴォの面白さ、ブッファの精神が反映されたふんだんなユーモアで、楽しめました。 セラーズやグートのように、あまりシリアスにしてしまうのは好きではありません。あくまで「オペラ・ブッファ」なのですから。 ザルツブルクで話題になったグート演出は、少なくともDVDで見る限り、一度意図が分かってしまうと退屈です。舞台で観たらまた違うのでしょうけれど。 それにしても、これだけ多様な可能性が成立するのは、やはりヴェルディやプッチーニでは無理な芸当でしょう。 演奏の面でいえば、ヴェルディなど、歌手がいなければおよそ成り立たず、また演出も、音楽に齟齬をきたさないとなると限られてしまいますから。 モーツァルトの、とくにダ・ポンテ・オペラの場合、行間にあるものがさまざまに解釈できるので、これだけの多様性が可能なのでしょう。細かい「空気」を読み、それを音や演技にすることができる。こんなオペラは、やはり無比であるように思います。 ちなみに、演奏の面で今一番はまっているDVDは、ヤーコプス盤です。いきいきとした舞曲のリズム感、ソリストたちによる装飾の面白さ、あちこちに見え隠れする修辞法、とてもスリリング!
February 24, 2009
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赤坂のサントリーホールといえば、言わずとしれた人気ホール。音楽ホールの概念を変えた(おしゃれな立地と雰囲気、加えてすぐれた音響)ホールとして、あまりにも有名だ。 この春から、5ヶ月にわたってリニューアルのため閉館していたが、明日の再オープンを控え、記者会見、内覧会が行われた。 記者会見には、新館長に就任した堤剛、新総支配人に就任した原武、同じく新しい副支配人に就任した竹田洋太郎、の3氏が出席。堤氏と原氏の挨拶に続いて、竹田氏より、改装のポイントについて具体的に説明があった。 大きな変更は、大ホールは舞台迫(オケの乗る階段状の部分)の増設、スピーカーのメインクラスタや、各種音響設備の更新。 加えて、客席に、車椅子用の席が増設された。 とくに印象に残ったのが、車椅子からそのまま乗り移れるという、電動昇降回転椅子。座らせてもらっちゃいました!が、とても動きがスムーズで、動いているのもわからないくらい。負担少なく移れるのではないだろうか。 小ホールは、舞台の拡張(上手、下手に舞台を増設し、間口全面を舞台にした)、舞台袖の新設、シャンデリアの交換(新しいデザインのものに)、ビデオプロジェクターやサラウンド再生システムの新設、など。 その他に力を入れたのが、身障者対応の部分で、ホワイエにスロープや段差解消機をつけたり、専用トイレを増設したという。 ついでに女性トイレも少し増え、パウダーコーナーも新しく作られた。 そうそう、楽屋もきれいになったそうで、めったに入らないから以前の様子は分からないままなのだけれど、見せてもらうことができた。 高級ホテル風の家具は素敵だったが、ちょっと気になったのがガラス張りのシャワールーム。これも高級ホテル仕様? 個人的に気に入ったのは、小ホールの舞台が、コンサートホールらしくなったこと。以前は舞台が左右の壁までなく、舞台袖もなかったから、ついたての陰から演奏家が出てくるような感じで、多目的ホール(パーティ空間にもなるような)的な印象が強かったのだ。 レクチャーに使える設備が整ったのも魅力的である。 いいなあ、と思っていたら、「ぜひレクチャーなどにお使い下さい」と、ホールのひとに声をかけられた。 本当に期待?されているかどうかは別として、サントリーの小ホールでレクチャーコンサートとは、あまりにも魅力的。ついでに費用も、あまりにも高嶺(高値?)の花だろうけれど。 どなたかマネージしてくださる方はいらっしゃいませんでしょうか???? 写真は、話題の?車椅子用回転椅子(後方に回ったところ)。ふだんはふつうの椅子として使えるそうです。
August 31, 2007
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今週から、イタリア語のプライベートレッスンに通い始めた。 夏に語学研修に行く前、高いことで有名な「B」という会話学校に通っていたのだが(たしかに内容はよかったと思う)、これ以上「B」を続けるのは経済的に無理なので(もともと転勤の決まった社員が、会社のお金で通うような学校なので)、「B」で目をつけた先生に頼み込んだのだ。 「B」はネイティヴスピーカーによる個人レッスンが基本で、入れ替わり立ち替わりいろんな先生が来たが、今回の先生が一番話が合ったのである。 もちろん費用は「B」の半額以下。 想像のつくことだと思うけれど、イタリア人男性講師はほぼ例外なく日本人女性と結婚している。私の先生もそうだが、プライベートレッスンに来ている生徒さんたちとの写真を見せてもらったら、これまた見事に全部女性。 「男性はイタリア語を習わないのか」 ときいたら、 「転勤で必要な会社員以外は、せいぜいオペラ歌手の卵くらい」 という。ごくたまに、イタリア料理人をめざすひともいるようだけれど。 「じゃ女性はどうしてイタリア語を習うのか」 ときいたら、 「たぶんイタリア人と結婚したいんだよ」 という。 まあ、当初の理由は、旅行したとき使いたいとか、そういうことらしいのだが。 私の場合は、仕事で必要なので、今までやらなかった方が顰蹙ものなのだが(オペラの仕事をしているくせにイタリア語が不得手では話にならない)、旅行のとき使いたいというためにお金と時間をかけてイタリア語を習う、ことはたぶんしないだろう。逆に言えば、そのような理由でイタリア語を勉強して続くなんて、尊敬してしまう。 で、「イタリア人と結婚したい」という話だが、 「僕はすすめない」 と、先生は言うのである。 その理由は、 「イタリア人は最初は当たりがいいけれど、だんだん不機嫌になる」 のだそうだ。 では日本人はどうかというと、彼の説では 「あまり態度がかわらない」のだという。 結婚前も後も、そんなに激変しないから、そのほうがいいんじゃないの、ということらしい。 うーん、そうかな。「釣った魚にえさはやらない」ということわざがありましたよね・・・「あまり変わらない」というのは、日本人女性から結構ブーイングが出るのでは? では女性はどうか。 「イタリア女性は強い」というのはよく聞く話だ。 イタリア人男性と結婚したある日本人女性によると、 「男性が銀のアクセサリーをプレゼントすると、相手の女性に「どうして金じゃないの」って言われる」らしい。 「イタリア女性はけんかすると大変。物を投げたりする」 というのは、件の先生の弁である。 「日本人女性の方がドルチェ(やさしい)。妻ともけんかをするが、10分後には仲直りしている」 これはのろけというやつですね。 まあ、日本人と結婚するようなイタリア人(ほんとはイタリア人だけでなくオーストリア人もドイツ人も)は、どちらかというと繊細なタイプが多いように思う。本国では「変わっている」タイプかも。 最終的には、個人差でもあると思うんですけれどね。
September 14, 2005
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経済評論家の勝間和代さんの本が、大ブレイクしているようだ。 ふだんはあまりビジネス書を見かけないムック本のコーナーにも、大きくスペースがとられている。 神田昌典さんと共著の「ビジネス本」紹介ムックは内容が濃かったが、「勝間和代のすべて」みたいなムックまで出ていて、ライフスタイルから愛用のアクセサリーまで紹介されていたのには驚いた。 自転車で移動していることなどは、珍しいし、これまで気づかれなかった利点を紹介した点で興味深いと思うけれど、 行きつけのネイルサロンから「まつげはエクステ」「アクセサリーはスワロフスキー」なんてことまで出てくると、ちょっとした芸能人なみである。 勝間さんの成功のオーラをもらおう、ということなのかしらん。 勝間本は私も何冊か買っているが、時間の使い方の具体的な方法、自分を高める実践的な方法など実際的なアドバイスが多く(時々素人には難解なカタカナ語が出てくるが)、分野を問わず、自分を伸ばしたいひとが参考にできる本だと思う。 個人的にも、参考になることが多々あった。 また、ご本人の姿勢が真摯で、精一杯やってきたのだということがよく分かるので、基本的には読んでいて心地のいい本である。 本が売れて活動が知られ、「著名人との人脈ができた」というくだりは、当然といえば当然のことだから(もちろん勝間さんはその機会を生かしているのだけれど)、あまり強調されると首を傾げたくなるが、そんな姿もあこがれなのだろう。 思うのだが、勝間人気を支えている最大のものは、「離婚2回」を経験しながら「子供3人」を育て、仕事で成功したという、スーパーワーキングマザーぶりにあるのではないだろうか。 そういう立場の勝間さんが、仕事と子育てを両立させる効果的な方法を、惜しげもなく開陳しているから、同じような立場にある女性たちの支持と共感(私にもきっとできる、と思える)を呼ぶのだろう。 ところで、勝間本のどこかで、「私は早い時期に子育てを終えてしまった」というくだりがあり、あ、と思った。 ちょっと前にベストセラーになった、三砂ちづるさんの「オニババ化した女たち」(光文社新書)に、同じことが書かれてあったからだ。 これは、女性が男性なみに働き、子供を生まなくなったことで、生物としての自然な機能が鈍り、最後は昔話の「オニババ」のようになる、と、身体生理の立場から説いた本である。 著者は、問題解決の策として、早く子供を生み、若いうちに子育てをしてしまって、その後でキャリアを築けばいい、と説いていた。(もちろん、社会がそれを受け入れ、サポートするようになることも必要、とも書いてあったのだが) これって、勝間さん(たまたまそうなった、ということだろうけれど)と一緒ですよね。 私は経験がないから想像に過ぎないけれど、子育ても、若いころのほうが体力があって楽なのではないだろうか。 うーん、勝間さんの時代、しばらく続くかもしれない。
December 23, 2008
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前回は、「想い出のアーティスト」について書きましたが、今回は、昨年一番衝撃を受けたディスクをご紹介します。 テオドール・クルレンツィス指揮、ムジカエテルナによる「フィガロの結婚」です。 クルレンツィス。1972年、ギリシャ生まれだというこの指揮者についての評判は、しばらく前から耳にはしていました。ショスタコーヴィチのディスクなども高く評価されていたようです。一昨年には2012年に録音されたこの「フィガロ」、昨年は「コジ・ファン・トウッテ」のCDが発売されました。気になっていたのですが、長い間、「積ん聴く」状態になっており、ようやく、この年末年始にかけて、全曲を聴き通すことができました。どちらも凄い演奏ですが、以下、こちらから聴き始めた分よけい衝撃的だった「フィガロ」について書こうと思います。 とにかく、衝撃でした。いままで聴いてきた「フィガロの結婚」は一体なんだったのか。私にとっては、そのようなレベルの演奏でした。 嵐のように沸き起こる序曲から「こんなフィガロ、聴いたことない」という体験の連続。音の響きもそうですし(もちろんピリオド楽器)、リズムも、アーティキュレーションも、あっ、と息をのむ瞬間ばかりが続くのです。歌手たちの即興演奏もふんだんだし(それもこれまで聴いたことのないような)、楽器のほうも負けてはいない。フォルテピアノなど、レチタティーヴォばかりでなく、アリアや重唱でも関係なくずかずかと入り込んで即興をまき散らす。それがちっとも不自然ではなく、わくわくさせてくれるのです。 歌唱法も、これまでとは違います。古楽の団体が演奏する場合、ノンヴィヴラートで歌われることが多いわけですが、それがより徹底している。結果、音楽は奏でられているのに、かぎりなく語りに近く聴こえます。声を張り上げて歌うことは一切なく、音楽に伴われている人間ドラマに徹している。 なぜ、こんな演奏が可能になったのか。それを、解説に含まれるロングインタビューで、指揮者のクルレンツィス自身が詳細に語っています。それが、すごく面白い。このインタビューだけでも、CDの定価(6000円)の何分の一かの価値があると思えます。 インタビューの冒頭でまず驚くのは、この「フィガロ」の録音が、構想から実現にいたるまで10年という歳月をかけたことです。クルレンツィスによると、フィガロを録音しようと思ったきっかけは、モスクワのホスピスでフィガロを演奏した時、そこにいた人々に「この音楽が与えた効果は、私にとって決して忘れられないものになりました」(クルレンツィス。以下同)ことだといいます。「指揮をしながら私は、この傑作を一度もきくことなく終わる人生があるとしたら?などと考えずにはいられませんでした。」 彼のそんな思いは、たんにフィガロを聴いたことがないひとばかりではなく、フィガロを知っていると思い込んでいるひとにも向けられたのです。 「そういう危険はわれわれすべてにあり得るのではないか、録音やコンサートを通じてこの作品をよく知っている人たちにもあり得るのではないか、と、つまり、モーツアルトのスコアの研究によって、そういうわたしたちの耳がなじんでいるのとはかなり異なったものが明らかになっているとしたら?」 モーツアルトのスコアを徹底的に研究し、同時に他の音楽の研究も進めることによって、できるだけ、本来あるべきフィガロの姿に到達すること。録音に当たって、それが、クルレンツィスの目的となった。それが、この録音の第一にユニークな点でしょう。 その目的のために、彼ら(クルレンツィスと、彼が創設したピリオド楽器のアンサンブル、ムジカエテルナ)が何をやったか。 「フィガロ」の自筆譜の研究はもちろんですが、「ベートーヴェンの交響曲をやり、中世とルネサンスの音楽で即興演奏を経験し、モーツァルトにもどってたとえばピアノ協奏曲の第23番をやり」、さらに、「モーツアルトと彼の同時代の作曲家たちの作品のファクシミリ版を収集するという作業も始めました」 そこまで徹底したやり方を進めるうち、何が見えてきたか。 「そういうスコアを長年にわたって研究しているうちに、私たちは、モーツァルトがはっきりと書き表している意図と、私たちが聞き慣れている演奏との間の食い違いを見つけて何度も驚くことになりました」 「私たちが聞き慣れているものは20世紀のオペラの伝統に根ざしていますが、それは要するに物事を単純化するという伝統です。その伝統のおかげで、オーケストラはリズムや強弱法といった複雑なことに無頓着でいられるようになりました」 一例をあげれば、むらなく美しい音=美しい、という価値観でしょう。 このあたりのことは、ピリオド奏法を積極的に展開している演奏家や、それになじんでいる聴き手には当然のことといえるでしょうが、クルレンツィスのやり方は、より徹底しています。 「この録音では、初めてちゃんと録音されたそのような部分を数多く聴くことができると思います。(中略)私たちは、そうした細部に注意を向けることによって、どこかの素晴らしいアーカイヴ、書庫のなかで幸せに暮らす虫に、古い紙を大喜びで味わい、その複雑な香りを吸い込んで楽しむ、飽くことを知らない虫に、なりたいと思ったのです」 研究者のような態度ですが、彼のやり方は、同時に創造的でもあります。スコアにないことも、わざわざ取り入れている。それは研究から彼が汲み取った成果であり、同時に霊感の賜物でもあります。「フィガロ」の初演時の演奏ではやらなかったようなことも、音楽を生かすためにあえて取り入れている。ただしそれはあくまで場面にふさわしいからであり、たんなる思いつきではありません。 「音楽演奏に関して歴史的真正さをどうこう言うのは無意味だと考えています。モーツアルトが実際に耳にしていたサウンドを知ることは、彼の肌の感触を知ること同様、不可能です」 「モーツアルトの場合、私たちは時代楽器またはレプリカを使います。歴史的真正さに近づけるからではなく、それらの楽器がもたらす(中略)サウンドが、この音楽のスリリングな感じをフルに表現してくれるからです) これも、多くの音楽家に共通する認識だと思いますが、その先どうするか、という段になって各人の個性が発揮されます。たとえばクルレンツィスはこんなことをやる。 「 普通のピリオド演奏の枠組みからは外れている、リュート、ギター、ハーディガーディといった楽器も使いました。それらの楽器はモーツアルトの時代にはまだ演奏されていましたが、オーケストラでは使われていませんでした」。 そんな楽器も、場面によっては、効果を考えて取り入れてみるのがクルレンツィス流です。たとえば、音楽により田舎らしい雰囲気を与えるためにハーディガーディを使ったりする。「歴史的真正さという点からは、これらの楽器を使うのは間違っているかもしれませんが」、「私たちは単にモーツアルトのサウンドだけを再現したかったのではなく、それと同時に、音楽を本当の意味で生き生きしたものにするために、その登場人物たちが存在している空間や、彼らが呼吸している時代の空気までも再現したいと思ったのです」 モーツアルトの「時代の空気」。そこには「革命」がありました。そのことについて、そして「革命」と「フィガロ」との関連について、クルレンツィスは鋭い洞察を示しています。「フィガロ」はまさに(フランス)革命の申し子であり、「革命的」な作品だった。内容においても音楽においても。だから彼の演奏する序曲は、革命前夜のように聴こえるのかもしれません。 クルレンツィスの言葉があまりにも魅力的なので、つらつらと引用してしまいました。が、個人的にこの演奏が、自分がこれまで聴いた「フィガロ」とどこが違うのか、一言で言えと言われれば、 「自然」 だ、ということでしょう。 これほど徹底的に考え抜かれた「フィガロ」が、なぜ「自然」なのか。 以下はまったく個人的な好みと照らし合わせた上の意見なので、そのことをご承知のうえお読みいただければ幸いです。 繰り返し書いているように、私はオペラ作曲家ではヴェルディが一番好きです。1にヴェルディ、2、3、4がなくて5がモーツァルトといったところでしょうか。念のために申しますが、あくまで「好き嫌い」です。凄い凄くないではありません。(以前「モーストリークラシック」誌で、好きなオペラ10選をあげるという特集記事で10作すべてヴェルデイにしましたが、好き嫌いではなく、凄い作品をあげろといわれたら、全然別のリストになると思います。「ペレアスとメリザンド」とか「ボリスゴドゥノフ」といった作品も入るでしょう) ヴェルディが「好き」な理由のひとつは「シンプルイズベスト」。最小限の音でドラマを表現できるところです。それに慣れてしまうと、他の作曲家は饒舌に感じられてしまうのです。お叱りを承知でいえば、(簡潔でいながら凝っている)モーツアルトですら「音楽がまさりすぎ」と感じてしまうのです(このことは、拙著「ヴェルディ」(平凡社新書)のあとがきにも書きました)。 ところが、クルレンツィスの「フィガロ」は、音楽が勝っているという感じがほとんどしないのです。過激なのにとても自然。今そこで繰り広げられている人間ドラマを見ているような。これこそ、モーツアルトの時代にあり得た、少なくともこれまでの演奏のなかでもっとも近づいた部類の演奏なのではないだろうかと感じられたのでした。 やはりこれは、画期的な演奏なのではないだろうか。 きわめて個人的な基準で恐縮ながら、そう思った次第です。 ちなみにクルレンツィスのヴェルディ、「マクベス」のDVDを持っていました(パリ、オペラ座)。チェルニャコフの演出が苦手で音楽はあまり聴けていなかったので、引っぱりだして再見しました。オペラ座ですから当然ピリオド演奏ではないですが、やはり面白い。ところどころ「おっ」(こんなことしている!)と思います。そしてボーナストラックのインタビューで、ヴェルディに関して言っていることがまた腑に落ちてしまった。「楽譜はシンプルです。けれどその奥へ下りて行くと、ヴェルディが意図している鉱脈を探り当てることができる」。そんなような内容ですが、まったくその通りだと思うのです。 ギリシャ生まれながらロシアが本拠で、パルミという街のオペラハウスで活動しているクルレンツィス。80年代生まれの指揮者がどんどん出てきている今では、若手、という範囲からは抜け出ているかもしれません。ですが、近い将来、チューリヒで「マクベス」を振るという。これはぜひ行かなければと、心に決めてしまったのでした。 「フィガロ」、CDの情報はこちらです。 http://www.hmv.co.jp/news/article/1312250042/
January 5, 2015
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またまた、旅立ってしまいました。今年最後の(さすがに!)海外です。 目的地はイタリア。取材とツアーの仕事をかねて、半月余の日程です。 ミラノを経て、まず重要な目的地のヴェネツィア入り。来年4月に来日するフェニーチェ歌劇場の取材です。ヴェネツィア、一時高潮(アックアアルタ)がさかんに報道されたので心配していたのですが、いざ来てみたらきれいに引いていて、この分だと滞在中に出くわすことはなさそうで、胸をなでおろしました。 さて、到着翌日、さっそく、日本に来る「オテロ」を鑑賞しましたが、いや、素晴らしい公演でした。それについては改めて書く予定ですが、一番(いい意味で)驚いたのは、主役のオテロを歌ったグレゴリー・クンデの素晴らしさでした。 というのも、一部オペラファンの方はご存知のように、クンデといえばロッシーニをはじめとするベルカントのテノールとして名前が知られているひとだったからです。一方で、ヴェルディでも、中期くらいまでならともかく、後期、それも晩期ともいえる「オテロ」は、「ベルカント」のテノールの役柄とはおよそ考えられてこなかった。これまでこの役を得意としていた歌手、デル=モナコにしてもドミンゴにしても、およそベルカントの歌手ではなかったですからね。とくにデル=モナコは、声の威力で圧倒するタイプ、ヴェリズモ的といえばそうですから。クンデは彼ら2人とは明らかに違うタイプのテノールです。 クンデを初めて聴いたのは、2007年のペーザロ、ロッシーニオペラフェスティバル。ロッシーニの(ヴェルディではありません、念のため)「オテロ」のタイトルロールでした。ロッシーニの「オテロ」というのはテノールが3人もいるとんでもないオペラですが、共演者にはフローレスもいて、「声」の饗宴を堪能したわけです。フローレスももちろんよかったけれど、そのときのクンデはすばらしかった。単にロッシーニの音楽任せではない、性格表現と声の深さ、劇性がありました。ああ、ロッシーニもこういう劇的表現できるのだと思ったものです。 その後、クンデはヴェルディを歌い始めました。私が彼のヴェルディを聴いたのは、今年の6月、トリノでの「仮面舞踏会」。その時は正直、余りピンと来なかった。だから、今回のオテロはどうか、ちょっと気にはなっていたのです。 それが、素晴らしかったのですね。 光り輝く声に、ベルカントで養われた精確なテクニック。高音の輝かしさはさすがベルカントのテノールです。ヴェルディのとくに後期では重要な中音域も聴き応えがあり、密度が濃く、高音とのむらやばらつきがありません。ブレスも自然(に聴こえました)。演技も堂にいっていて、追いつめられて破壊していく心のありさまがよく伝わってきました。 クンデのオテロを聴いていて思ったのは、 「これは、新時代のオテロだ」 ということでした。だって、ロッシーニのセリアで名声を博したテノールがヴェルディの後期を歌うなんて、ドミンゴやデルモナコの時代にはありえなかったですから。当時はそもそも、ロッシーニのセリアは復活しておらず、オペラハウスのレパートリーでもなかったのです。ロッシーニのセリアが復活し、時々にせよ上演されるようになったのは、1980年以降行われている、ペーザロのロッシーニオペラフェスティバルのおかげなのですから。 幸いなことにクンデにインタビューがかなったので、まずはその疑問をぶつけてみました。「ロッシーニのセリアは少なくとも日本の多くのオペラファンには知られていないのです。そこで名声を博したあなたがオテロ、というと驚かれるかもしれない」と。 「ええ、ロッシーニのセリアなんか知っているひとはここでも少ないですよ」 クンデ氏、そのような状況はもちろん承知の上でした。 「私はロッシーニとヴェルディのオテロ、両方歌いましたが、音楽は全然違う。ロッシーニは音楽が優位です。ヴェルディはより人間のリアルな姿、真実を表現している。ヴェルディのオペラでは会話が大事です」 ロッシーニのようなベルカントと、「オテロ」のようなヴェルディ後期の音楽との違いについて、クンデはいいます。 「ベルカントオペラでは高音が大事です。ヴェルディは高音は重要じゃない。「オテロ」にはハイCはほんの短い1音しかありません。中声部が充実していなければならない。それを時間をかけてゆっくり育ててきました。 歌手は、今の声に正しい役を歌うのが大事です。最初は「リゴレット」の公爵などから始めましたが、その後ベルカントにの道を選び、声を育ててきました。そこで身につけたテクニックは今日役立っていると思います。」 ロッシーニのテノールって、昔は軽いと思われていましたよね?ときくと、 「ええ。昔はロッシーニのテノールっていえば、「セビリヤ」か「チェネレントラ」か「イタリア女」くらいしかレパートリーがなかったですからね(笑)。。。軽いと思われていた。 けれど、ここ25年くらいでわかってきたことなのですが、ロッシーニのテノールには2つのタイプがあつたのです。セリアに向いているテノールもいたのです。それはヴェルディを歌える声なのです。当時ブルスフォードというテノールがいたのですが、自分の声は彼に似ているようなのです」 という答えが返ってきました。つまりクンデは、復活しつつあるベルカント、とくにこれまで知られていなかったロッシーニのセリアからヴェルディへ、という、新しい道を通って、ヴェルディの「オテロ」に到達したのです。 新しい道と書いたけれど、それは今のオペラファンにとって新しいということで、歴史的にみればまっとうな道なのではないでしょうか。 ベルカントで鍛えているから、技術は確実で精度が高い。それが、たとえばデルモナコとの大きな違いだ、と私は思います。20世紀のある時期から、やたら「大きな声」への好みが強くなり、演奏の伝統が断絶してしまったのです。 ちなみにクンデは今回、ヴェルディの「オテロ」は初役です。しかもフェニーチェでデビューで、シーズンオープニング!けっこう冒険です(本人もとても光栄だといっていました)。その彼にオテロを歌わせる決断をしたのは、フェニーチェ歌劇場芸術監督のオルトンビーナ氏でした。オルトンビーナ氏のインタビューも大変示唆に富んだものでしたが、ここではクンデに関することを書いておきます。 キャスティングの責任者でもあるオルトンビーナ氏は、スカラ座にもいたことがあり、多くの歌手を聴いています。その彼ももちろん、クンデが「ロッシーニのセリアをキャリアの中心においてきた」ことは百も承知なのですが、ロッシーニのセリアには「長い、ドラマティックなレチタティーヴォがある」そうで、そこで劇的表現力が養われた。そのクンデは、ロッシーニのセリアからマイアベーア(フランスのグランドオペラ)という道をたどり、ヴェルディにたどりついた。2003年にクンデがパリで歌った「トロイア人」(ベルリオーズ)もすばらしかったそうです。うーん、ロッシーニのセリアからフランスのグランドオペラ、そしてヴェルディのドラマティックなオペラという道筋は、まさにオペラの歴史ではないですか! ちょっと話はそれますが、オルトンビーナ氏に、私が最近思っていること、とくにヴェルディの少なくとも中期まではベルカントではないかといったら「全くそう思う」と同意してくれました。 「「トロヴァトーレ」など、楽譜をみると、デリケートにとか繊細にとかピアニッシモでとか、細やかな類いの指示が多い。リッカルド・ムーティも言ってました。「マンリーコの仕事は吟遊詩人だろう?窓の下でセレナードを歌うのにどら声だったらさまにならないよ」って」 「おそらくカルーゾー以降、「大きな声」への好みが強くなったのではないですか?」とたずねたら、 「カルーゾーよりデルモナコだと思います。声の力が押し出されて、精度が低くなった」という答えでした。デルモナコは生で聴いていないので大きなことは言えないのですが、「精度が低い」という表現は個人的には納得です。彼は本来的にヴェリズモのひとだと思う。その声で、いわば歴史を逆戻りしてヴェルディに行っているというかんじなのです。 いろいろ話がそれましたが、クンデのこれまでの過程、そしてその成果をみて、新時代のオテロが現れた、と確信しました。クンデの言葉によると、彼の仲間のロッシーニテノールたち、ジョン・オズボーンなども自分のような道を望んでいるとか。これは、オテロの、そしてヴェルディの新時代が来るかもしれない。 ふだん「ヴェルディ歌手」が払底していると嘆いている私ですが、以前「トロヴァトーレ」のCDで震撼したケルメスのような歌手とあわせ、これからに希望が見えてきた、そんな気持ちになっている、ヴェネツィアの日々です。 「
November 23, 2012
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今回のボローニャ滞在、もちろんオペラが目的なのだが(結局来て見ると、事前にちらと現地からきいたような「プレスツアー」などは出ておらず、日本人ジャーナリスト(らしき存在)は私だけだった)、空き時間には現地の知人に会ったりした。 夏に留学していたバーニョ・ディ・ロマーニャは、ボローニャから比較的近く、ボローニャ在住で保養にきたイタリア人とも知り合ったりしたのである。 昨日の昼間、その一人のある男性に会ったときのこと。 夏以来たまにメール交換をしていたイタリア人なのだが、ボローニャに行くといったら、名物のタリアテッレをご馳走するから予定を教えてくれという。昨日は、夜は劇場のひとたちと食事の予定があったのだが、昼間はひまだったから、ではぜひ、と約束したまではよかったのだが。 ちなみに彼は、離婚経験者だが、パートナーはいるという話だった。 ところが、昼食の約束をしていたのに、朝、ホテルに電話がかかってきて、 「今日は彼女が家にお昼を食べにくることになったから」 という。 ちょっとキレたが、 「3時ごろに会いませんか。町を案内したいから」 というので、まあいいか、とOKした。 で、会って、ちょっと中心から外れた古い教会などに連れて行ってくれたのだが、ほんの1、2時間しか経っていないのに、彼女から電話がかかってきた。 「もう行かなくちゃ」 とそわそわする。 「彼女の息子(子持ちらしい)を、・・・まで迎えにいかなきゃならないんだ」 そういうと、私を町のどまんなかのマッジョーレ広場に置きざりにしたまま、そそくさと帰っていったのだった。 「週末は、カップルのためのものだから」 とか何とか言い訳をしながら。 マジギレしました。 バカヤロー!こっちは日本から来てんだぞ。そんなら最初からそう言えよ! そのとき、腑に落ちましたね。 日本人女性とイタリア人男性のカップルは多いのに、その反対がとっても少ないわけが。 2時間おきに電話してこられて「今どこ」「何してるの」なんてやられたら、たまんないですよね。 それを喜んでいるんだから、イタリア男は謎である。(それともマゾ?)「アモーレ」が一番大事ってことだろうか。ついていけん。
January 15, 2006
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大学の最終授業が終わるや否や(そして何本かの原稿を大急ぎで片付けるやいなや)、また、日本を飛び出してしまいました。 ゆきさきは南仏。音楽ファンの間で話題の、エクサンプロヴァンスの音楽祭です(といっても、ツアーに同行しての「お仕事」なのですが)。 パリ経由でマルセイユの空港へ。到着したのは夜の8時を回っていましたが、それでも明るいのはさすがヨーロッパです。空が高い!のは乾燥しているせいでしょうか。 それでも、ホテルに落ち着いた頃には、さすがに夜が始まっていました。 日中は暑い南仏ですが、朝は実にさわやか。プールサイドが望める朝食レストランでは、なんと知人の某テレビ局もと重役ご夫妻にばったり。大のオペラファンであるお2人は、毎夏のように音楽祭めぐりをしておいでです。ご主人はいわゆるえらい方なのに、ちっとも偉ぶらないすばらしいお人柄のもちぬしでもあります。 それ以外にも、ロビーでは、某女流評論家と日本人女性グループを見かけるなど、やっぱりオペラファンはエクスの魅力を知っているのだなあ、と、いきなり痛感した初日でした。 軽く市内観光をこなし、強い日差しをさけて午睡をとった後は、夜10時からのオペラに臨みます。 エクスはもともと保養地で、保養客を目当てに、大司教館の中庭という屋外の会場でフェスティバルをはじめたので、開演が遅いのです。 昼間はプールサイドでごろごろし、夜はオペラに興じて朝はゆっくり寝坊をする。これが正当な?バカンススタイルなのでしょう。 こんなこところで観光なんかしているのは、日本人くらいかもしれません。 ここの会場は、屋外といっても何となくしゃれています。座席は木製で(何となくプラスチックだったように思い込んでいたのですが、思い違いでした)、わりとゆったりし、しかも客席の床はしっかりと階段になっているので、舞台がよく見えます。 昼間は暑いといっても夜はかなり冷えるので、休憩時間あたりになるとロビーに無料の貸し出し毛布が出てくるのも、エクスならではのサービス?です。 旅の初めの演目は、オッフェンバックの「天国と地獄」。 フランスものなのに、これまでなぜかフランスで観る機会に恵まれませんでした(たんに、フランスに来ることが少ないからかも)。 いやはや、しかし、この手のオペラでせりふが分からない、というのはつらいものです。だってお客が笑い転げているのに、こっちはボーゼンとしているだけなんだもの。半分以上がお芝居、ですね。 演出(Yves Beaunese)は現代風。女流カメラマン(ジャーナリスト?)になった「世論」(Marie Gautrot)、エプロンをかけたユリディース(Pauline Courtin)はなかなかおしゃれ。天国での宴会は、大テーブルを囲んでのパーティでした。 コケットリーだったユリディースが、最後に誰からも見捨てられてしまう、という結末もなかなか面白かったです。 歌唱的にはあまり印象に残ったひとはいなかったのですが、代役で出てきたジュピター役のバリトン、Vincent Deliau はなかなかの歌唱力でした。 指揮はアラン・アルティノーグル、オーケストラはカメラータ・ザルツブルク。 一方、会場ではツアーメンバーから、「ここのお客はおしゃれ」という声が。 これまでここには2回来ていますが、「カジュアルだなあ」という印象はあったものの、こちらが鈍いせいで、「おしゃれ」だというところにまで目がいきませんでした。 けれど言われて見回してみると、なるほどカジュアルではありますが(ネクタイなどほとんど見かけない)、みんな思い思い、個性的。同じような格好をしているひとはほとんどいません。 これが、フランス人が「おしゃれ」といわれる理由かもしれませんね。 これがたとえば、先月行っていたドイツのライプツィヒのゲヴァントハウスあたりだと、男性はスーツにネクタイ、女性はシルクのブラウスだったりしますが、そのブラウスもカットが似たりよったりで、ああ、「C & A」(ドイツの代表的なデパート)あたりで買ったのでは、などと想像してしまいます。 日本なら、いかにも地元の洋品店か、デパートの特売で買いました、という感じでしょうか。失礼ながら、田舎なんですね。 そんなこんなの「発見」をするうちに、空には星がいちめんにまたたいていることに気づく、エクスの夜でありました。
July 11, 2009
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昨日一昨日と、ロッシーニのオペラ・セリアというかなりマイナー路線に走ってしまったので、メジャー路線に戻ります。 ずばり「カルメン」です。 やはり、名作中の名作です。とにかく音楽が素晴らしい。人気オペラにはヒットメロディがつきものですが、ヒットメロディがこれほど多い人気オペラは他にありません。次から次、という感じ。人物のキャラも分かりやすいし、それを描写するビゼーの音楽も天才的。音楽でキャラが立ちます。そして、場面も立つのです。 世界での上演回数も、「椿姫」に次いで二番目(Operabase調べ)という超メジャー作品なのですが、実は私にとっては、「すごかった」「大満足」という公演に出会えることがわりと少ないオペラでもあります。これ、「椿姫」と同じかも。なんでかなあ。回数は、それなりに接しているとは思うのですが。。。カウフマンがホセを歌い、ラトルが指揮したザルツブルク音楽祭の公演とか、現代の名演出の評価が高いカリスト・ビエイト演出のプロダクションとか(観たのはマドリードのレアル劇場)、ガランチャがカルメンを歌った、リチャード・エア演出のMETの大人気プロダクションとか。まあ、この時のMETの公演では、当初予定されていたカウフマンが降板で、ヨンフン・リーになってしまったのが痛かったですが。 直近では、2月に観たチョン・ミョンフン指揮の東フィルの公演も(演奏会形式)、音楽的に洗練され、緻密で、「歌」も豊かな、素敵な演奏でした。 ちなみに上にあげたエア演出のMETの「カルメン」は、2009−10 シーズン制作の伝説的なプロダクションで、アラーニャとガランチャの共演、ネセ=ゼガンのMETデビューで大成功。ライブビューイングもされ、大人気。日本でライブビューイング10周年の時に人気ベストテンを募ったら、見事1位に輝いていました。 DVDはこちら。 MET「カルメン」DVD ガランチャ&アラーニャ 上のエア演出のプロダクションから、ガランチャの「ハバネラ」をどうぞ。 「カルメン」より「ハバネラ」 ガランチャ こちらは、上にあげたビエイト演出の「カルメン」(パリ、オペラ座での上演)でフィナーレを歌うアラーニャとガランチャ。演出で随分違うので、是非ご覧ください。 「カルメン」フィナーレ ガランチャ&アラーニャ ビエイト演出 パリ、オペラ座 今思い返してみて、やはり「カルメン」というオペラは、「椿姫」同様、タイトルロールの歌手に大きく左右される作品だと痛感します。カルメン役の存在感、というのはやはり大きい。指揮者が作る音楽がいくら素晴らしくとも、やはりカルメン役の強烈さは不可欠です。 そうなると、原則「ナマ派」の私でも、録音録画に頼るしかありません。 幸い、「カルメン」の名盤はいくつかあります。マリア・カラスの録音(彼女は舞台ではカルメンを歌っていません)は有名ですが、映像もいいのがあります。上にあげたガランチャ&アラーニャ@Metもおすすめですが、あと二枚は、間違いない、と言っていい名盤がある。 一つはクライバーの指揮で、オブラスツォワとドミンゴが共演しているもの。ウィーン国立歌劇場ライブ。1978年。クライバーのキレキレの指揮、登り坂のドミンゴの熱い歌唱、迫力のオブラスツォワ。しかも演出は安心無敵豪華絢爛のゼッフィレッリ。天下の名盤と言っていいでしょう。 なんと字幕付きで全曲見られます。 「カルメン」ウィーン国立歌劇場 ドミンゴ、オブラスツォワ、クライバー youtube 映像が欲しくなった方は、こちらから購入できます。 「カルメン」クライバー、ドミンゴ、オブラスツォワ DVD もう一枚は、アグネス・バルツァとホセ・カレーラスがMETで共演したものです。1987年。レヴァイン指揮。これも伝説的な映像ではないでしょうか。 実は、私にとって、「カルメン」の歌唱で一番印象に残っているのはバルツァです。1944年生まれのギリシャのメッゾで、「カルメン」は最大の当たり役。日本では2002年のハンガリー国立オペラの来日公演で聴きましたが、もう60歳近かったのに立派な歌唱で感心した覚えがあります。 この 1987年のMET のものは、その彼女の全盛期の「カルメン」。とにかく上手い!響きがしっかりしていて、強弱も自在で、どの声域でも美しい。中音域がムラなくて、高音も綺麗に響くし、抜けるし、全体的に迫力があります。フランス語の響きも綺麗。そして、こちらの心をぐいと引き付けて持っていく個性がある。決めつけてしまうかもしれないけれど、ギリシャの大地からの魂の叫びのような。。。「声」だけとったら、このような強烈さは、がランチャよりバルツァの方が上だ、と思います。ガランチャは容姿で得をしていますが、笑、声はここまで強烈ではない、と思う。美しい声ですが。 残念ながら全曲無料というのは見つからなかったのですが、圧巻のフィナーレがyoutubeで見られます。カレーラスも大病の前で全盛期。ホセという役は、ドミンゴより、真面目な甘えん坊みたいな感じのカレーラスの方が合っている感じがします。 「カルメン」MET バルツァ&カレーラス フィナーレ youtube 「ハバネラ」も貼っておきます。ガランチャと比べてみてください。 ガランチャのもこれも、両方ともMETのプロダクションなのですが、バルツァ 1987、ガランチャ2009、という20数年の好みの差も感じます。 「カルメン」より「ハバネラ」バルツァ 実はバルツァとカレーラスの「カルメン」は、1986年のロイヤルオペラの来日公演でやっているのですが、それは見ていなくて、とても残念です。見ていれば、生涯最高の「カルメン」になったかもしれません。 全曲見たいな、と思った方は是非こちらで。ミルズの演出も伝統的で贅沢。痺れます。 「カルメン」DVD Met 1987 バルツァ&カレーラス
April 22, 2020
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昨日は三度、更新をしそびれてしまいました。 今日は2本の更新を目指します。 1本目は、2017年ザルツブルク音楽祭の「皇帝ティートの慈悲」です。このシリーズの第2回目で書いた、ギリシャ生まれの指揮者テオドール・クルレンツィスがザルツブルク音楽祭にデビューし、話題をさらったオペラ公演でした。 クルレンツィスは「フィガロの結婚」のCD以来ハマっていて、オペラは2016年チューリヒ歌劇場の「マクベス」を皮切りに、2018年秋のルクセンブルク歌劇場「椿姫」、2019年9月ルツェルン音楽祭、モーツアルト=ダ・ポンテ三部作などを見ましたが、セミステージで、3作を連夜上演してくれたルツェルンはちょっと別格として、強烈だったのはやはりザルツブルクの「ティート」です。「今」の、総合芸術としてのオペラの可能性を感じました。 「皇帝ティートの慈悲」は、モーツァルト晩年のオペラ ・セリア。セリアというのは、オペラ発祥の17世期以来の、神話や古代史に基づく作品です。「皇帝ティートの慈悲」もローマ帝国時代の皇帝が主人公ですが、同じ台本に繰り返し作曲されてきました。この時代のこの手のオペラというのは、「どういう機会にそのオペラが作曲されたか」が重要なので、モーツァルトの場合はレオポルト2世のボヘミア王戴冠を祝うために、「寛容さ」で知られたローマの皇帝ティトゥスの物語を作曲してほしいと依頼されたのでした。 ですので、今の時代に人気の「椿姫」や「カルメン」のように、物語の内容や人物に共感できるという類のものではありません。そのため、「フィガロの結婚」のように、ある程度人物の心理が伝わるモーツァルトの人気オペラほどには、人気が高くない。音楽はもちろん美しいけれど、それだけでは正直、聴いている方は「もたない」部分があります。 こういうオペラを今の時代に「再生」するには、仕掛けが必要なのだ。ザルツブルクの「皇帝ティートの慈悲」は、そう痛感させられた公演でした。セラーズの演出も、クルレンツィスの音楽も、「今だからこそ」「今の時代だからこそ」可能だ、というメッセージに満ちていたからです。 一番の発見は、今時の演出でしばしば行われる、別の曲を挿入するというやり方が、初めてピンときたことでした。 その時のブログの一部を貼り付けます。 この公演は、いわゆる世間一般の?「皇帝ティトの慈悲」ではなく、「皇帝ティト」を土台にした、セラーズ&クルレンツィスによる、「モーツァルトのある面を集大成したモニュメント」だということ。セラーズは、「ティト」のテーマは「許しと和解」だと語っています。それを尊重しつつ、より「モーツアルト」の真髄に迫るため、作曲のときに時間がなくてジェスマイヤーに任せたレチタティーヴォをカット。さらに、ティト暗殺未遂に際して、本作に「スピリチュアルな瞬間」がない、などの理由で、「ハ短調ミサ曲」を第2幕の冒頭をはじめ数カ所に挿入。また、台本ではセストに暗殺されるのはティトではなく他人ですが、今回はセストに襲われたのはティト本人で、重傷を負い、最後は死ぬ設定です。 筋書き的にはこちらのほうがすっきりします。だって襲われたのは実は他人だったって、ほんとうはおかしいですからね。なので、ティトは息をひきとる間際に皆を許すのです。そして彼の葬式の場面が続き、「フリーメーソンの葬送音楽」が流れます。 オペラの演出に際して、その作品以外の曲を入れるのは、ヨーロッパではしばしばあります。なかには、驚かせてやろう的な、必然性を感じないものも少なくありません。けれど今回はまったく違和感がありませんでした。コンセプトが一貫していたことと、演出家と指揮者の双方に「モーツァルトの本質に迫る」目的が共有されていたからだと思います。同時に演出家も指揮者も、モーツアルトのスペシャリストであり、モーツアルトを知り尽くしている。 セラーズといえば、20世紀の終わりに、ニューヨークを舞台にした衝撃の「ダポンテ三部作」の演出で世界を沸かせ、クルレンツィスはこの数年の「ダ=ポンテ三部作」の録音で新風を巻き起こしました。だからこそ説得力を持つ解釈ができたのです。奇をてらったものではまったくないのです。 セラーズの演出は、いわゆる昨今の「テロの悲劇」を前面に押し出したもの。ティトのモデルはネルソン・マンデラ!です。ティトと、部下のプブリオをはじめ多くのキャストが黒人歌手というのも本プロダクションの特色です。これは多分セラーズの意図でしょうが(彼が演出した「ドン・ジョヴァンニ」も黒人歌手でした)、よしあしがあると思います。。。今後このプロダクションを上演するときに、今回黒人だったキャストはみんなそうしなければならないのか?これはなかなか微妙な問題です。少なくとも一部のキャストは、この作品に向いた声ではなかったので、声を優先するのか、その意味でのヴィジュアルを優先するのか。。。。まあ、セラーズの母国アメリカには、黒人キャストで上演される「ポギーとベス」というオペラもあるわけですが。 隣に座った地元の紳士と色々話していて、「政治的な演出ですよね」と言ったら、「モーツアルトは政治的でしょう、フィガロもドンジョヴァンニもそう」と言われて我が意を得たりでした。よくネットで「音楽や芸術に政治を持ち込むな」という投稿を目にしますが、おかしいと思う。「今」を生きていれば政治のことが気になるのは当たり前です。「歴史」を振り返るのも同じ。歴史に興味があるのは「今」に興味があるからです。歴史の延長線上に「今」があるのですから。 クルレンツィスの音楽についていえば、「モーツァルトは大人の音楽」だと痛感しました。素晴らしい演奏なんですよ。完璧すぎるほど。とても細やかで、すみずみまで行き届いていて、音の隅から隅まで描き切る。とくにピアニッシモの部分はそうです。その行方を見届ける緊張感!なので、すごいんですが、かなり緊張を強いられます。アグレッシブな部分の盛り上げ方はさすがですが。あと、ピリオド楽器なので、どうしても音色的には地味ではあります。ここ一番、というところでは、奏者がピットのなかで立ち上がって迫力満点に鳴らしていましたが。(このオケ、ふだんのコンサートは立って演奏することでも有名です) でもモーツアルトって本来はそうなんだと思うんです。きれいで甘いモーツアルトなんて、5分聴いたら飽きます。あれはBGM用です。ほんとうのモーツアルトは顕微鏡で見たくなるような細かい表情に満ちていて、よく噛まないとよさがわからない音楽なのかもしれない。とくに「通」を意識して書かれた音楽は。18世紀だから、音楽はまだまだ一部の階級のためのものであったのですから。一方で、今回は(荘重なテーマを抱えた)演出のせいもあったのか、上のような理由でレチタティーヴォをカットしたせいもあったのか、彼とムジカエテルナが得意とする即興や遊び心はかなり抑えられていました。暴れまわっていたのはAbashevとShabashovaによるフォルテピアノくらい。フォルテピアノがどこにいるのかと思ったら、指揮台にピタリと寄り添っていたのでした。 演奏としては、挿入された「ハ短調ミサ曲」の部分がすごくよかったんです。最初のほうで、「やっぱり昨日聴いたヘンデルとは半世紀違う音楽だなあ」と思いながら聴いていたら、急に「ヘンデルか!?」と感じさせるような古臭い、つまりは教会の音楽が聴こえてきて、その落差に耳を疑ってしまいました。教会音楽はやっぱり伝統的な古いジャンルなんだということが見事にコントラストされていた。加えて、合唱曲ばかりだから、ムジカエテルナ合唱団が「むちゃくちゃうまい」というのがよくわかりました。ピリオド系の合唱団はうまいのが多いですが、ここもほんとにうまいです。今回のプロダクション自身がスピリチュアル的なテーマを設定していることも関係しているのかもしれません。 歌手のいちばんはセスト役のフランスのメゾ、マリアンヌ・クレバッサ。きゃしゃな体から湧き出るシャープなよく通る声、完璧なテクニックと敏捷な演技。第1幕の、バセットクラリネットのオブリガート付きのアリアでは、バセットクラリネット奏者が終始舞台上で演奏していて、彼と絶えず絡み(寝ながらバセットクラリネットを吹く!)、大喝采を浴びていました。こちらのレビューでも「新スター誕生!」と騒がれています。それにしても、やっぱりいわゆるクラシック音楽って、「演奏」次第なんですよ。今回のザルツブルクで改めて痛感しました。もちろん第一は「作品」なんですが、「演奏」つまり「解釈」で天と地ほど違う。はたから見ていると、「演奏」についてわいわいいうのは「マニアック」に見えるのだろうと思うのですが、しかたのないことなんです。だって「皇帝ティト」にしろ「アリオダンテ」にしろ「2人のフォスカリ」にしろ、オペラのレパートリーのなかではマイナーな作品。それが上演され、高く評価されるのは、クルレンツィス&セラーズ、あるいはバルトリ、あるいはマリオッティ(とドミンゴ)がいるから、なのですから。 この時の演奏ですが、残念ながらネットでは「音」しか聴けません。ですので、このシリーズでご紹介するかどうか迷ったのですが、やはり、私自身の「オペラ観」「オペラ ・セリア観」が変わった公演でしたので、取り上げることにしました。 「オペラ・セリア」というのは、物語は二の次、だと思っていたのですが、よく考えると、その時にその物語を取り上げるのにどんな意味があるか?というジャンルなのです。4月に新国立劇場で上演される予定で中止になったヘンデルの「ジュリオ・チェーザレ」も、シーザーとクレオパトラ のロマンスを、なぜ1724年に取り上げるのか、理由があったのです。当時の世相に重ねている。この手のオペラは「読む」ものなのです。 (来月発売号から「音楽の友」で、「オペラで知るヨーロッパ史」というタイトルの連載を始めますが、第1回はこのような視点から「ジュリオ・チェーザレ」の背景を探っています)。 2017年ザルツブルク音楽祭「皇帝ティートの慈悲」、映像はハイライトがいくつかネットで見られます。セスト役のマリアンヌ・クレバッサが、恋人に唆されてティト暗殺へと向かうアリア「私は行きます」は、ザルツブルク音楽祭の総裁によって、「音楽祭のハイライト」と総括された見事な演奏でした。 「皇帝ティートの慈悲」よりセストのアリア「私は行きます」、クレバッサ(セスト) 2017年ザルツブルク音楽祭 劇中に挿入されたモーツァルトの「ハ短調ミサ曲」も一部見られます。 「皇帝ティトの慈悲」に挿入されたモーツァルト「ハ短調ミサ曲」 音はこちらから全曲聴けます。やはり刺激的! 「皇帝ティートの慈悲」全曲 クルレンツィス指揮ムジカエテルナ
April 29, 2020
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先日の金曜日、大黒屋オペラの公演「ファルスタッフ」に伺ってきました。 これがとても良い公演でした。「ファルスタッフ」という作品についてあれこれ考えさせられ、発見がありました。ということは、いい公演だった、ということだと思います。 空間がプラスに働いたこともあります。立川にある「たましんrisuruホール」の「小ホール」というのは、今回のセッティングだと百人ちょっとくらい?の席数で(客席の前方に空きを作ってオーケストラを入れていましたので、本来はもう少し席数があるでしょう)、贅沢といえば贅沢。そして、舞台上の細かい演技がよく伝わる。これが作品の本質にとってプラスだと感じました。 ヴェルディはこの作品を、「ヴェルディ劇場」と名付けられた故郷ブッセートの300席の劇場でやりたかったようですが、その気持ちがわかる、と思わせる公演だったのです。別にスカラ座のような大劇場が悪いとは言いませんが、小劇場の方がこのオペラの良さ、細やかさはよく伝わります。 上演のキーポイントは、舘亜里沙さんの演出。作品の本質を分かっているのだと感じさせられる、インテリジェントで、きめ細かい演出でした。 「ファルスタッフ」というオペラは、それまでのヴェルディオペラとはある意味全然違い、歌うところが極端に少ない会話劇で、展開がスピーディ。とても演劇的です。で、この作品に馴染んでいないと、結構ついていけない部分が出てきてしまう。割と細かいエピソードが多いので、あれはなんだったのか?と考えていると、どんどん過ぎていってしまって疑問が取り残されてしまう。それが、弱点といえばそうかもしれない。説明してもらわないとわからない部分が多いオペラかもしれない、と思っています(同じ会話劇でも、「ラ・ボエーム」なら説明がなくてもわかるのですが。。)。「ファルスタッフ」はシェイクスピア劇だから、「夏の夜の夢」みたいな森と妖精なんて要素も出てきてしまうし。日本人はそのような要素にはふだん馴染みがないから、唐突な感じがしてしまうし、戸惑ってしまう。 舘演出の長所の一つは、そういう説明が欲しい部分を、演技で補っていたところです。だから、話の流れがすっと頭に入る。笑いをとるべきところで笑える。今回、結構クスクス笑えましたから。この作品の場合、それができるかできないかで楽しめるかどうかがかなり変わってきてしまいます。やはり演出は重要です。 例えば、父親のフォードが娘のナンネッタに、医師のカイウスとの結婚を強要するところ。これも、普通は会話のなかで展開するくらいなのですが、二幕の終わりでカイウスがナンネッタにプロポーズするなど、次の幕で登場するこの要素を先駆けて視覚化していました。そういう部分が結構多いのです。親切ですよね。 人物一人一人のキャラ付けも明確でしたが、特にクイックリー夫人のキャラ付けは面白かった。ファルスタッフにアリーチェからの恋文を渡すシーンでは、ファルスタッフに自ら色仕掛けで迫り、第三幕では、最終幕の妖精の森の老婆を先取りして、宿屋の主人の代わりにファルスタッフにワインを渡す。変幻自在、演技の幅が広く、かなりのキーパーソンになっていました。 ファルスタッフは、相当に豪快なキャラクター。最後の森のシーンでは、道化の帽子を被って登場。「ファルスタッフ(フオールスタッフ)は、シェイクスピアが創造した最大の道化」という河合祥一郎先生の言葉が思い出されました。 大道具は、舞台の中央に置かれたベッドが中心。基本はファルスタッフのねぐらですが、時に椅子になりテーブルになって、いろんな場面で活躍します。道具はそれにプラスアルファ、という感じ。 「イマドキ」への配慮もあり、居酒屋の場面には「新型コロナウィルス感染症対策」しております、という看板が出され、消毒用アルコール噴霧液も活躍していました。 最後のフーガでは、字幕を出すボードに、ヴェルディの年表ー主に代表作ーが若い順に登場。1901年の死まで紹介されており、ちょっとジーンとしました。 「大黒屋オペラ」を主催する中橋健太郎左衛門氏が指揮するオーケストラも(プログラムに紹介がないのでどういうメンバーがわからないのですが)、本作の室内劇的な感じをちゃんと出していたように感じました。 飯田裕之さんのファルスタッフは堂々とした美声を押し出して聴かせ、ほとんど「プリモ・ウォーモ・オペラ」と化していましたが、もう少し周囲とのバランスがあっても良かったかもしれません。フォード役月野進さんをはじめ他のキャストも芸達者な方が多かったですが、女性歌手(みんなスタイルが良くて美人!!!)では、特にナンネッタを歌った和田奈美さんに将来性を感じました。 オペラはやっぱり、生に接してなんぼだなあ、と痛感した一夜でした。
July 4, 2021
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ヴェルディの「リゴレット」は、名作のわりに、作品が生きる上演が難しいオペラのような気がします。 一つの理由は、少なくとも一部のオペラファンには「暗い」と敬遠されがちなこと。ストーリーが救いようのない悲劇であり、音楽とドラマが連動しているためでしょうが、「辛くなってしまう」と言われたこともあります。「音楽はいいけど、話がね〜」という声を聞いたことも。 とはいえ、暗い話の割に、音楽は明るいんじゃないでしょうか。有名な「女心の歌」がいい例です。他にも、有名な「リゴレットの四重唱」にしろ、明るいといえば明るい。そういう意味では、話が暗い割に、暗い音楽ってほとんどないのです。話が暗くて音楽も暗い、と言ったら、ベルクの「ヴォツェック」なんて最たるもの。それに比べたら「リゴレット」は遥かに能天気?です。 もう一つ、「リゴレット」がもし息苦しさを感じさせるとしたら、緊張感に富んでいるところでしょうか。特に第2幕後半から第3幕にかけては一気呵成にドラマが進みます。巻き込まれてしまう。そして最後まで行ってみたらとんでもない悲劇なので、うわー、と思ってしまうのかもしれません。とはいえ、「リゴレット」はとてもヴェルディらしい作品です。屈折した、バリトンの主人公(ヴェルディのバリトン好みは有名です)。輝かしい旋律。ヴェルディ好みの父と娘の愛。コントラストに富んだドラマと人物。道化師リゴレットは愛に溢れた父(やや一方的ではありますが)と、人を笑わせるためにどぎついことも厭わない悪党の仮面の両方を見せなければなりません。女性的な「椿姫」はヴェルディの中では例外です。その「椿姫」がヴェルディオペラの中で一番人気なのは、ヴェルディアンとしては実はちょっと複雑な気持ちでもあるのです。 今回、幕間のインタビューで指揮のルスティオーニが、「ヴェルディは「リゴレット」が自分の作品の中で一番好きだと言っていた」と言っていたのを聞いて、ああそうだったと思い出したのですが、ヴェルディはたしか、「一番愛されるのは「椿姫」だろう」とも言っていたのです。さすがヴェルディ翁、自作のことをよくわかっていますね。要は、「リゴレット」という作品は、一部で思われているほど?暗くもないし、もっと音楽や「歌」として楽しめるオペラなのです。 先日、新国立劇場のシーズンラインナップ発表会があり、来年5月に「リゴレット」が新制作されることが発表されたのですが、その時大野和士芸術監督が「ベルカントシリーズの流れで「リゴレット」を取り上げる」と言っていました。つまり「リゴレット」は、ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニらの「ベルカント」オペラの延長線上にあると。なるほど、と思ったのですが、「リゴレット」は暗くてドラマティックなオペラ、と思い込んでいると、「え、ベルカントオペラなの?」と不思議に思うかもしれません。でも、確かに、歌の魅力とベルカントのテクニックを備えたオペラでもあるのです。 今、METライブビューイングで上映されている「リゴレット」は、この作品のベルカント的な面とドラマティックな面の両方を堪能できる、極めて優れた上演です。歌手も指揮も、「ベルカント」的な面をよく弁えていますし、時代を1920年代のドイツに設定した演出も、人物の輪郭をよくよく掘り下げて、共感の持てるものにしています。 音楽的な功績の第一は、指揮のダニエレ・ルスティオーニにあると思います。マリオッティ、バッティストーニと共に、イタリア人若手指揮者「三羽烏」として日本でも注目されている俊英。すでにロイヤルオペラやMETの常連であり、フランスのリヨン歌劇場の首席指揮者を務めるなど大活躍です。幕間のインタビューにも登場してくれましたが、これがまたすごく良かった。ヴェルディはもう18作指揮しているとのことですが、自分にとって「オペラの父」であると。楽譜を見ていると「ヴェルディが夜中、部屋の中を歩き回りながら作曲している姿が思い浮かぶ」そうです(そう、ヴェルディはピアノもほとんど使わないで頭の中で作曲していたんですよ。彼の家に行くと書斎があって、その様子が想像できる)。重要なのは「パローラ・シェニカ palora scenica (「演劇的なセリフ」といった意味合い)」を発明したということ。そして「一つ一つの音に色がある」という話もあり、そこまで読めるというのはさすがだと思いました。そして前述の「「リゴレット」はヴェルディ最愛の作品。そんな傑作をMETで振れるのは幸せ」と。 それを聞いて、ルスティオーニの音楽づくりの理由も少しわかった気がしました。確かに一つ一つの音に色があり、表情がある。音楽が全体的に柔らかくしなやかで、色合いが豊かで(ヴェルディのシンプルな音楽から「色」を引き出すのは誰にでもできることではない。ヴェルディの音楽が「色彩的」だと思える指揮者はそんなにいないと思います)リズムは弾力に富み、劇的な場面でもピタッと「歌」につけている。要は、ベルカント的なのです。ルスティオーニはペーザロのロッシーニフェスティバルでも活躍していて、ベルカントオペラもよく知っている。さすがです。 歌手たちも、ベルカントの基礎があり、テクニックが高水準なので、がなったりあて歌いしたりということが一切なく、極めてレベルが高い。そしてやはり本作のベルカント的な、滑らかで自然な歌の美しさ、というものを、劇的なシーンであっても十二分に引き出してくれていたと思います。 前から評判になっていたジルダ役のローザ・フェオラは、イタリアで最も注目されるリリックソプラノの一人。コロラトゥーラなどの超絶技巧が得意なことでも知られます。しっとりとした深みのある音色、滑らかなレガート、澄んで情感豊かな高音。美しい弱音と凛とした響き。演劇的には、女性として自立しかかっているジルダの自負心と愛をはっきりと表現していました。 絶好調だったのは公爵役のピョートル・ベチャワ。インタビューでも語っていましたし、私も彼から直接聞いたことがありますが、そもそもMETデビューがこの役(2006年)。それから16年経って、役柄もかなりスピント系にシフトしてきて、今リリカルなこの役はどうかな?とちょっと思っていたのですが、予想はいい方に見事に外れました。やや厚みを増して豊かになった声は一方で軽快さもベルカントの技術も失わず(彼も随分ベルカントのレパートリーを歌いました)、明るさも輝かしさもあり、高音も豊かに張れて(「女心の歌」の最高音も!)まさに今この役、歌いざかりではないか!とまで思わせてくれました。大歌手ですね。素晴らしいの一言です。 フェオラとベチャワによる第1幕の愛の二重唱では、前半の最後でカデンツァがかなり長ーく歌われて(こんなに長いカデンツァを(映像とはいえ)舞台で聴いたのは初めて)まさにベルカントオペラの醍醐味を堪能できました。 ベチャワ、インタビューでは「この役を歌うのは楽しい」と語っており、本当に楽しんで歌っている様子がよくわかりました。マントヴア公爵って、悪人といえばそうなんですが、天然なので憎めないんです。本当に天然だと思う。同じプレイボーイでも、そこがドンジョヴァンニとは違うし、もっと弱いキャラのピンカートンとも違う。イタリアの、明るいドンジョヴァンニですね。 リゴレット役のクイン・ケルシーは、悩める善人のリゴレット。大袈裟になることなく、悩みと葛藤を歌と演技にのせていました。語りがうまいバリトンです。 特筆すべきはスパラフチーレ役のアンドレア・マストローニで、びろうどのようなソフトさと響きの良さを兼ね備え、特に低音の柔らかな鳴りは絶品。第1幕のリゴレットとの二重唱の最後の低音には、思わず拍手が飛んでいました。 バートレット・シャーの演出は、舞台を1920年代、ヴァイマール共和国時代のドイツに設定。ベルリン国立歌劇場との共同政策であることから思いついたらしいのですが、要はファシズム前夜の、専制政治の予感のある時代にしたかったということのよう。舞台はとても美しい。回転舞台を活用して大装置を作り、公爵の館やリゴレットの家やスパラフチーレの酒場を回転させて見せます。この装置を活用してドラマの間隙を見せることも度々あり、第2幕でジルダが公爵の寝室に入る前に夜着を着せられるところなども視覚化していました。うーん、よくわかる。 面白かったのは女性キャラクターがみんな活発で、自立していること。ジルダは「少女」から「女」へ脱皮する、自我を発揮する過程という位置づけで、父リゴレットに従順なだけではない女性です。マッダレーナもとても積極的。そして傑作だったのは、第1幕で公爵に口説かれるチェプラーノ伯爵夫人。なんと夫婦仲は最悪で、公爵に口説かれると嬉々とし、夫を拒むのです。最高!爆笑! そんなコミカルなシーンがあるおかげで、悲劇の色彩が強調されず、展開を楽しむことができました。 幕間のインタビューもとても充実し、新制作とあって演出家も、ゲルブ総裁との対談という形で登場。普段ライブビューイングではなかなかインタビューに出てくれない指揮者も、今回は前述のようによく話してくれ、主役3人も装置や衣装のデザイナーも出て、みんなして作品やら演出やらのことを語ってくれたので、作品のことや今回のコンセプトがとてもよくわかりました。bravi tutti!インタビュー見るだけでももう1回行きたいくらいです。 そういえばルスティオーニは、いっとき二期会の招聘で日本でプッチーニオペラを振ったりしていて、その頃はバッティストーニが二期会でヴェルディを振っていたのですが、今はバッティストーニは二期会でもっぱらプッチーニなので、今度はルスティオーニに日本でヴェルディを振ってほしいなあ。ルスティオーニが今のリヨンのポストを得たのも、「シモン・ボッカネグラ」の指揮が素晴らしかったからだと、彼の前のリヨンのシェフである大野和士さんが言ってました。二期会さんどうでしょう?あ、勿論新国立劇場でも。 それにしてもこのプロダクション、現地で見たかったな。 「リゴレット」、今週木曜日までですが、東劇では来月7日まで上演です。本気で、もう1回行きたいと目論んでいます。 METライブビューイング「リゴレット」
March 21, 2022
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歴史は昔から好きなので、伝記文学、歴史小説の類はずいぶん読みました。その中で1冊、と言われたら、シュテファン・ツヴァイクの「マリー・アントワネット」を選びます。留学時代に繰り返し読んだ、思い出の本でもあります。訳はいくつかありますが、いささか大時代的ではあるものの、勢いと推進力があり、スケール感に溢れた秋山、高橋訳が好きです。ちなみにこの訳が、一番原作に忠実だと言われているようです。 ツヴァイクはフランス革命で命を落とした悲劇の王妃を、「歴史によって偉大になった平凡人」と位置づけ、刻々と変わる激動の時代と、それに翻弄され、最後の瞬間に時代を克服したマリーの姿を、饒舌で劇的に、そして豊穣な語彙を駆使して熱っぽく綴っていきます。1932年の作品ですが、ルイ16世が初め男性として不能であったとか、フェルセンがマリーと関係があったとか、などという主張をしたのはおそらくツヴァイクが初めてだったのではないでしょうか。とりわけ、ところどころに「踊り場」を作りながら、悲劇へと転がり落ちてゆく下巻は圧巻。マリーの王妃時代の軽薄さや、容赦なくあぶり出されるルイ16世の愚鈍ぶりは、その後の研究などでやや修正されてはいるようですが、マリーに、そして歴史文学に興味を持つ人間にとって、本作の影響力は大きいように思えます。私自身はマリーより、例えば今度の本「オペラでわかるヨーロッパ史」で取り上げたジャンヌ・ダルクの方に惹かれますが、最初から立派だったジャンヌ〜処刑裁判でも実に見事な答弁をしたようです〜の域に、マリーが最後の最後の裁判でたどり着く姿は感動的です。 印象に残った部分をいくつか。 マリーについて、一貫したツヴァイクの主張。 「このような中庸の人物を、時あって運命が掘り起こし、有無をいわさぬその鉄拳によって、彼ら本来の凡庸さを強引に抜け出させることができるということに対して、マリー・アントワネットの生涯は、おそらく史上最も顕著な例である」 「最後の最後の瞬間に、平凡人マリー・アントワネットはついに悲劇の域に行きつき、その運命と同様に偉大となるからである」(「はしがき」より) 以下のようなかっこいい表現がどんどん出てくるところも好きです。バスチーユ前夜の章で。 「しかし革命は若い。革命は熱い、奔放な血をもっており、なんら休息を必要とせず、昼と行動を性急に待ちかまえている」 大長編は、処刑の22年後、「国王」に即位したマリーの義弟、ルイ18世の命令で、マリーの遺骸が掘り当てられた場面で締めくくられます。哀歌。 「ついに鋤が固い層に突き当たる。そして半ば朽ちくずれた靴下どめが見つかったので、湿った土から怖気をふるいながら掘り出した一握の白い塵こそ、かつて優美と風雅の女神であり、やがてはあらゆる苦悩の試練にたえた選ばれた王妃となった女性の、あの消え去った姿の最後の面影であると、人々は認めたのである」 購入はこちらから。残念ながら、中古品しか見つかりませんが。。。 ツヴァイク「マリー・アントワネット」 高橋、秋山訳 岩波文庫
May 3, 2020
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