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何から綴ればいいのだろうと考えてるうちに時間だけが過ぎてってともすれば、忘却の彼方へ...それでもかまやしないよと多くの方は許してくれるのかもしれないだけど それでは自分が許せない自主避難の言葉に甘えるわけにはいかないのだと腹を括ったつもりでも現実的には多くの方たちのおかげでこうして生きていられるほんの数人ではあるが福島の地でリアルに接した方たちの思いこれは個人の感情がどうのこうのいう次元ではないと私たち親子が満足できることはもちろんの大前提であってだけど それだけでいいとも思えない福島の地を去ることも 福島で生きていくこともそれは個々の問題であって 強制されるべきものではないただ 福島を離れてみて感じたこと一度出てみなくては決してわからなかったこれは事実 私たち家族の事実福島に住む人たちに或いは他の土地に住まう人にそれぞれに知ってほしいことがあるということそのためにこのブログを続けていきたい全てが全てに当てはまるわけではないと承知しながら私たち一家をひとつのモデルケースとして捉えていただければそれに越した事はないのだけどこれより先の日記 時系列は前後しますまずは避難者として参加させていただいた「子育て in 郡山」の記録から始めます
2011年07月30日
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7月26日火曜日 「子育て相談会 in 郡山」荷片しに会津坂下に戻っていた私らが何かできることはあるまいか?の思いにかられ、鳥取市の方々に願い出て 叶えられた参加。3名の市職員の方と共に郡山市のどっちかというとはずれの方喜久田の南東北総合卸売センターに着いたのはもう午前9時も近かった。南東北総合卸売センター 入口南東北総合卸売センター ロビー中では準備に走る参加団体とスタッフの面々 中央には情報掲示板 コーナーに託児スペースを設置 席の後ろには振る舞い水が...やがて、開場の10時を迎え時間ごとの申込者がパラパラと入場してくる。鳥取のブースにも当然、2組の方。市役所の方により、事情の聞き取りが始まり、それぞれ個別の状況に応じた市の体制とシステムを説明していく。 お話を伺いながら、迫るご事情にかつての自分たちを見たのでした。避難した人達がたくさんいるはずなのにほとんど、その後の情報は入手できない。だからこその不安...そこに私たちの参加したかった意味があったんです。何も迷わずに呼吸ができること、悩まずに食べ物を口にできること、何より、人を疑わずにすむこと、生き続けていくことへの不安や迷いは決して、仕事が、収入がの次元ではないと鳥取に来て、感じた全てを知ってほしいと...私たちが鳥取に身を寄せて以来、実に多くの方との出会いをいただきました。そして、日々、心穏やかになっていくのを実感してました。避難すると一口に言ってもそれぞれに抱える背景はやはりそれぞれ...個別に、それも詳細にお話できる機会はありがたいと思いました。では、参加してくださった団体をご紹介させていただきます。(敬称略)まずは鳥取県鳥取市お隣のブースは 佐賀県武雄市 北海道網走市埼玉県行田市 京都市教育委員会 沖縄県 岡山県玉野市 秋田市 秋田県 石川県金沢市民局危機管理課 三重県松阪市 三重県伊勢町 山形県富山県黒部市黒部商工会 富山県射水市各団体のみなさん、それぞれに支援策のご説明をされていたようです。それから、民間からです。佐川引越センター ダイヤル・サービス 西山学院高等学校SAFLAN(福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク)NPO法人 チェルノブイリへのかけはし子どもたちを放射能から守る 福島ネットワークA-SHIFT JAPAN(エーシフト・ジャパン)健康相談、心のカウンセリング、防護対策、一時避難...それぞれの窓口として対応してくださっていました。私自身、他の方々とお話したかったのですがそんな自分勝手な振る舞いをしている状況ではないので大人しくしておりました。というよりも、目の前の相談者の方々のお話を聞くのが精一杯でとてもとても、余力はありませんでした。今回のイベントは公益財団法人 東日本大震災復興支援財団の主催でした。私がTwitterでずっと孫氏をフォローさせていただいて、あの文科省20mSv問題で、かの氏がいかに怒り、考え、行動してこられたかずっと、読んでおりましたから、かの氏の確実なる一致した言動を確信して参加する意志を固めたことを申し添えてこのイベントの締めくくりとさせていただきます。
2011年07月26日
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福島から、避難をお考えの皆様へ7月26日の「子育て相談会 in 郡山」 場所 南東北総合卸センター協同組合 イベントホール 〒963-8681 福島県郡山市喜久田町卸1-1-1 メール受付日時、2?4日(日)まで延長になりました。私も行きます!避難についての不安、疑問など、悩んでおられることをお聞かせください。応募フォームの受付とか、参加市町村名が明らかにならないとか、ハードル高く、お感じになられるかもしれませんが、どうぞ、ガス抜くためにも、一度、具体的なコンタクトを取られてみてはいかがでしょうか?
2011年07月22日
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休眠宣言から1ヶ月。思いの外、短い休眠で済みそうです。自主避難を決行したのが7月1日の夜。そして、目的地に到着したのが明けて2日の朝9時。走行距離900km、途中交代しながらの運転。 さぁ、今いるここはどこでしょう~~~か?それはそれは海の綺麗なそれはそれは砂丘で有名な たちつて鳥取~~~!!!2週間の癒しを得て私、健康mamaとして復活です。とはいえ、Facebookでは何かしらして生きておりました。きさぶろーさん、ほんもの屋さんはご存知ですね。半ばでluna_khanさんにもお電話しました。この2週間で得たもの、取り戻したもの本当にたくさんあります。 生きていていいんだ解放された心は鳥取でいただいたご縁のおかげ。感謝の気持ちはどんどん溢れます。そして、その溢れた想いは私を次の行動へと押し上げてくれます。すっかり、勇気を取り戻しました。また、次へのステップを目指すことができます。金曜日、会津坂下に向けスタート、最終的な片付けをします。産廃業者に“ゴミ”を運んでもらうのです。中1日は郡山に行きます。その後、ヤツの故郷、東京で時を過ごし、鳥取に戻ります。なので、本格復活は8月入ってからかなぁ...ただし、焼酎ブログとしてはまだ、ちょっと難しい。メインは避難者としての日常を綴ることになりそうですね。それでも、よろしければ、どうぞ、またのお越しを!ではでは、近況報告と復活のご挨拶まで~~~~♪
2011年07月20日
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福島をあとにして 走行すること900km時間にして13時間 よく走ったね~理屈がわかってる大人でさえもヘロヘロになるわ子供たちは尚更だよね途中、休憩しながらとはいえ自由に横になることもできないんだからそりゃ、そうだ。お借りする物件の大家さんとのお話し合い。はやる気持ちでぶっ飛ばしてったらちょびっと時間が早すぎて少し、海でも見ようかとルート9を転がしてみたが、ちっともすっとも海が出て来ない。結局、鳥取市内のはずれの方まで行ってやっとこさ見つけたよ、カ・イ・ガ・ン♪じりじりと缶詰だった子供+1は2号を筆頭に浜へまっしぐら!あぁ~と伸びをして、車から下りた母は思いきり深呼吸をした。オツムに酸素が供給され、はっと気づく。 あいつら、海に飛び込むんじゃ.....こういう場合、見事に期待に答えてくれる我が家族よ!旦那が携帯で連絡を取ってる間にあ~~~~~あの展開である。 これから、初めてお会いするのに.....べっちょべちょのどっろどろ!塩砂まみれの服を脱がせペットボトルの水を使い、洗い流してお着替えポンポン!ハァとため息つくかつかないかのタイミングで川西さんの登場となる。え、川西さん?あのね、川西さんはこの鳥取に来るまでなにくれとずっとお世話してくださった方。それはもう、微に入り細に入り...私たちの不安を取り除くためにそれだけのためにそうして、この日、予定行動と違う状況になっても嫌な顔ひとつせず、予定を立て直し、手配してくださってた宿へチェックインすることになった「私の後を付いてきなんさいね」走り出した前の車は国道ではない細い道へと入っていく。くねくねくるくるそんな感じで車は走っていく。や・が・て......海沿いの道は私たちにステキなプレゼントを!写真で伝えきれるものではなくかといって、言葉にも載せられない。わぁわぁと子供のようにはしゃぐのは誰?夢中でシャッターを切るのは?目の前の透明な海はかつての憧れ...かつてのココロ...箇所箇所のビューポイントで車を降りては眺め眺めてはまた走る。地元の方たちはこの海とともに生きてきたのだと子供の時からずっと、ずっと過去の人たちもずっと、ずっと頬を伝うものを拭いながら守りたいと思うこの美しい郷を守りたいと......鳥取の海一度、ご覧になられるといいけど、というか、見てほしいし、知ってほしい。だけど、誰にも見られたくないし、知られたくないようなけど、やっぱり、知ってほしい、見てほしい...かなちょっとだけ、欲張りになった?
2011年07月02日
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