2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全3件 (3件中 1-3件目)
1
2018、2、19先日インフルエンザに見舞われた。何年も床に臥すということがなかったので、ほんと久しぶりに熱に苦しんだ。いつものようにスポーツセンターに行ってマシーンンを使ってトレーニングをこなし、ルームランナーの上で30分ほど走ったら胸の辺りがゼイゼイして、ああまたやり過ぎたか、と思っていた。普通数時間でその違和感も消えて行くのだが、この時は次の日になっても消えずそのままそこから炎症が広がって行き、熱が出始めた。今から思えば鼻や喉の粘膜から感染したのではなく、肺門に近い気管支でウィルスの感染が起こったらしい。だから喉も全く痛くないし、さほど鼻水も出なかった。8日から気管支に違和感が出て、10日の夜には布団にくるまれていてもブルブル寒さに震えた。これは「セットポイントが上がった」というのだが、我々の体温というのは常にセットポイントによって一定に保たれている。不通なら35・6度ぐらいのところにバーが設定されている。何かしら敵が体内に侵入した場合、免疫が 反応して倒す武器として用いるのが熱である。大概の菌やウィルスは熱に弱い。急に体温を上げて敵を死滅させるのである。いくら暖かくしても寒さでブルブル震え歯をガチガチ言わせるのは、体が突然セットポイントを上たことを意味する。熱を上げて敵に攻撃を加えるぞ、ということだ。セットポイントのバーが高いところに上がるということは、本人の体温感覚は低いところに置き去りになるということで、ものすごい寒さに襲われるということになる。本来はそれに過剰に反応して、すぐ熱を下げる薬など飲むのはよくないかもしれない。薬の力ではなく、自分の熱でウィルスを倒すことができれば、それだけ体は強くなる。潜在的な癌細胞もその時に死滅するとも言われている。ただ、高すぎる熱はやはり危険である。脳炎や目、耳の機関の後遺症の危険なども伴うから。どうだろう、やはり9度が目安になるだろうか。でもその人の体力、ウィウルスや菌の種類にもよるので一概にそうは言えないだろうが。今回は丁度連休だったので、病院にも行けず薬は一切飲まなかった。だから症状から見てインフルだと自分で判断しているだけで、本来はどうか分からない。熱が下がった後は腰が痛んで動けなくなった。3日ぐらいするとそれも消えて行った。運動さえしていれば風邪菌にもインフルにも打ち勝てるという僕なりの神話は、これで消えた。
2018.02.19
コメント(0)
2018、2、15京都の者が「どうぞお上がりやす」と言ったら上がっちゃだめ、とか「おぶ食べてお行きやす」と言われて「それじゃいただきます」と腰を据えたらえらいことになるとか他府県で悪口を言われているというのは、京都を出て初めて耳にした。でも現代そんなやつはいないだろう(笑い)。僕が人類文化比較論の観点から見分したところによると(笑い)、パリ、ロンドン、ローマ、イスタンブール、アテネ、京都のように以前一度華やかに栄えた町に昔から代々住み続ける子孫たちは、プライドが高く、他人を見下ろしていないと生きていけない、という者がいるようだ。人間が一旦持ってしまったいやなプライドは、家の中でどんどん子や孫に受け継がれて行くということだ。怖いものだ!他府県での京都への陰口のような内容は今としては誇張になるが、でもまあちょっと独特なプライドみたいなものは未だ内に持っている人もいるのかもしれない。東京人と京都人がなにやら似ているのもそういう理由かも。「家の中で脈々と受け継がれるメンタリテート」というものは、やはり一人の人間を作り上げる最も大きな要素になるから。もしその家系の悪いメンタリテートを断ち切りたいと思うなら、どこかの時点で誰かが子を儲けない、と決断しないといけないぐらいの強い伝達力を持っている。その上、京都という町は古来から女性がイニティアシブを取ってきた町である。逆に言えば男がとにかく頼りないのだ。今の京都の若い男の子たちはどうか知らないが、僕らのころでも女の影に隠れていないと生きていけない、というような男ばかりであった。それによって男通しの陰険さよりも、女通しの陰険さが町の風潮のようになって行ったのかもしれない。だからこそ女性の細やかさや優しさ、思いやりもそこに根付いている。現代ではどの町でも他府県との混血が盛んで、京都でも純血が減って行ったことで、悪いプライドみたいなものも少しずつ消えて行っていると考えられる。
2018.02.15
コメント(0)
2018、2、14頑固と意固地の違いについて考えることがある。僕は昔から頑固と言われることが多い。でも意固地の結果に頑固になっているとは思えない。世の中の常識や暗黙の了解や足並みを揃えることを重んじるこの国の大きな流れの淵でふと足を止め、自分の頭でものを考えようとすると「頑固者」と罵声を浴びるような気もする。今「天と地の守り人」という守り人シリーズの最終章を読んでいる。最初に11歳のチャグム皇太子の用心棒をバルサが引き受けたことから、ずっと彼との関わりが続く。その中で何年も合わない時期などがあり、父の帝に疎まれて、命を狙われ国を追われたチャグムがいろんな国を旅して、皇太子には考えられない下働きなどもしながらなんとか命を繋いで、我が国衙他国から攻められることを防ぐために他の国への同盟を希望して、一人で画策に走り回ることが描かれている。今読んでいる最終章ではバルサとチャグムが5年ぶりに再開して、再びバルサがチャグムを守りながらバルサの故郷の国王に同盟を嘆願するため旅をするのだが、5年ぶりに再開したチャグムは16歳、抱き合った相手はもう男の子ではなく、立派な男に成長し、バルサは自分よりはるかに背の高い青年の大きな腕に抱かれている、というシーンがある。5年前にバルサと別れるときに「いやだ、僕は皇太子なんかになりたくない、バルサとずっと一緒にいたい!」と泣いていた少年は、今は自分の国の民を何とか自分の手で他国の侵略から守りたい、という強い思いから信念を持って バルサの諭すことにも首を横にふるような頑固さを備えている。でも子供のころからずっと持ち合わせている「誰も死なせたくない、誰も血を流さず平和に生きて行く世を築いて見せる」という、皇太子としては優しすぎる心を持ち合わせている彼は、火事の中で自分を狙う死角をバルサが倒した後も、バルサが止めるのも振り切って火の中に飛び込んで敵を救うという青年。「誰も傷つけずに自国を救うなんてことは誰にもできやしないよ」というバルサの言葉にも「いや、まだ道はあるはずだ、私はそれをやってみせる!」ときっぱり言い切る彼をバルサは何も言わずに、彼のまぶしい成長に目を細める、というシーンンもある。信念を持って自分を信じて目的に突き進む力は、周りからは頑固と見えるかもしれない。それと意固地とはまた違う。女性ではる上橋菜穂子さんが描くチャグムの像は、全女性の憧れる青年ではないだろうか。大人たちなら簡単に諦めてしまうことを「できるはずだ」という思いで諦めずに乗り越えようとするこの青年の背中に、僕ですら心を奪われそうになる。
2018.02.15
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1

![]()
![]()